March 31, 2014

二人以上いるのに「唯一の」?

The only Americans foreigners will meet there will be those wearing U.S. Army uniforms and carrying guns.

 文の真ん中にある therewill be を続けて there will be として、いわゆる there is構文と考えると、構文把握に失敗する。
 この there は、その直前の関係詞が省かれた関係詞節の一部で、will meet にかかる「そこで」という意味の場所の副詞にほかならない。
 また、will be の後の those に伴う現在分詞句wearing U.S. Army uniforms and carrying guns) は、主格の関係代名詞で導かれる能動態の動詞を含む節に代わるものであるのは紛れもなく、文全体の構造は次のようになる。

[The only Americans (that) foreigners will meet there](S) [will be](V) [those wearing U.S. Army uniforms and carrying guns](C).

 これを構造どおりに和訳すると、「外国人がそこで出会う唯一のアメリカ人は、アメリカ軍の軍服を着用し、銃を携帯している人たちであろう」となるが、The only Americans という複数の、つまり「ただ一人」ではないアメリカ人(たち)を「『唯一の』アメリカ人(たち)」と訳すのはどうも気になる。
 そこで、「外国人がそこで出会うアメリカ人は、アメリカ軍の軍服を着用し、銃を携帯している人たちだけであろう」とか、「外国人がそこで出会うアメリカ人といえば、アメリカ軍の軍服を着用し、銃を携帯している人たちくらいのものであろう」とかのように修正するのがよいのではないだろうか。
 これは以前にも扱った覚えがあるが、久々に出会って懐かしかったので、書いてみた次第。


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Posted by eg_daw_jaw at 07:35 講習会(英文法道場以外) 

March 30, 2014

コメントなしは寂しい

 新高3生高卒生を対象とする4日間の春期講習が昨日終了。
 事前に報告を受けた受講人数よりなぜか2人少ない状態から始まって、最終日までそのまま増えることも減ることもなかったが、受講生の反応はよく、目を輝かせて聴いてくれるので、我ながらいつになく気合の入った、十分に満足のいく授業をすることができた。
 とはいっても、それがアンケートに反映されるとはかぎらず、ノリが悪くて不調だった授業が意外に好評だったり、逆に受けがよくて好調だった授業が思いのほか不評だったりすることは、今までに何度も経験しているので、今回も悪いほうが出る覚悟はできていた。
 それで実際はどうだったかというと、授業終了後にアンケートを見ると、「プリントがわかりやすくてよかった」という趣旨のコメントが書かれたものが2枚あった以外は、「わかりやすい」かどうか、「満足」かどうかに関する選択肢にマークしただけのものばかりで、具体的にどういう受講をしたのか、授業がどうよかったのか、どう悪かったのかについて記述したものが一枚もなかったが、これは、かということでは、と言わざるを得ない。やはりコメント欄が白紙というのは何とも寂しい。
 積極的にコメントを書くのは、授業の理解度が高い証とも考えられるが、そうだとすれば、少なくとも教壇からは、受講生の一人一人が授業をよく理解しながら聴いているように見えていたとしても、資料の偏差値平均からして、学力に比べてテキストの難度が高すぎるために、本当はあまりよく理解できていなかったのかもしれない。
 現に「2日目を欠席したので、その時の分の答えを教えてください」と言って現れた受講生のテキストに書き込まれた答えを見ると、ほとんど全滅に近く、その受講生が提出したアンケートを後で見てみると、案の定「ややわかりにくい」、「やや不満」を選んでいることがわかった。
 何はともあれ、今回の授業は、少なくとも「受講生のノリと反応が悪くてアンケートでも不評」というわけではなく、たとえ自己満足でも、快適な気分で快調に授業をすることができたのだから、悲観することはないと考えることにする。


<コメント> 2014年03月30日 22:07:20 悩める同業者

 いろいろ難しいですね。最近の学生はアンケート慣れしていて、選択式の欄の記入が済めば、終わった気になってしまうのかも知れません。


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Posted by eg_daw_jaw at 09:57 エッセー・雑文など(予備校編) 

March 29, 2014

依存ではなく利用を!

元受講生:予備校の先生には「その受講生が第1志望に受かるかどうかは4月の段階でわかる」って聞いたことがあるんですけど、僕の場合、先生にはどう見えてましたか。それをぜひ知りたいと思って。(笑)
道場主:正直言うと、「受かるとわかっていた」というレベルではなかったな。(笑)
元受講生:やっぱりそうですか。
道場主:でも、可能性は感じてたから「何とか受かってくれるといいな」くらいには思ってたよ。(笑)
元受講生:そうでしたか。
道場主:でも結果として受かったんだからいいではないか。
元受講生:そりゃそうですけど。
道場主:君が難関第1志望に受かったのは、やっぱり予備校積極的利用することはあっても、決して依存することがなかったのが大きいと思うよ。
元受講生:いつも先生のところにばかり質問に来て、先生を頼りにしてましたけど。
道場主:君は僕をいい意味で利用はしてたけど、依存はしてなかったはずだよ。
元受講生:そうですね。
道場主:たとえば、せっかくプロが「これ」という効果的な勉強法を奨めても、絶対に言うとおりにしないで、効果のない自己流の勉強法を頑なに守り続ける受講生もいれば、一応言うとおりにはするけど自分では何も考えないで、言われたことを忠実に義務としてこなすだけの受講生もいるけど、君の場合は、僕が言うことをよく聴いた上で、それを自分なりにアレンジして自立してやってるように見えたから、「なかなか見どころがある」と常々思ってたんだ。
元受講生:そうだったんですか。
道場主:それに君は、少しでも納得できない疑問があると食い下がって諦めないという、生意気だけどしつこいところが目立ってたから、「こいつならやれるのではないか」という期待はふだんからあったよ。
元受講生:しつこいのは僕のとりえですからね。
道場主:とにかく、受験は「結果がすべて」だから、「でも頑張ったから」ということにならなくてホントによかったよ。めでたし、めでたし。
元受講生:ありがとうございます。これもすべて先生のおかげです。
道場主:いやいや、「すべて」じゃないけど、少しは僕のおかげかもな。(笑)


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Posted by eg_daw_jaw at 07:55 エッセー・雑文など(予備校編) 

March 28, 2014

ぜひほしい頷き上手!

 去年の秋に読んだ、竹内一郎著:「やっぱり見た目が9割」という本を、部屋の本の山の中からたまたま見つけてパラパラと捲(めく)っていると「表情のある会話表情のない聞き手」という見出しの記事が目に留まった。

 それによれば、表情豊かに話せばよく伝わる話でも、話し手無表情だと聞き手には「面白くない」と感じられるというが、実に身につまされる思いがする。
 というのも、生来の照れ性ゆえに、ふだん予備校で多人数を相手に授業をするときには、友人同士で話すときのように表情豊かに話すことができず、それが不人気の大きな原因の一つになっているのではないかと、思いあたる節(ふし)があるからにほかならない。
 一方、聞き手の側が無表情だと、話し手はそれに影響されて、表情も硬くなり、話が面白くなくなるというが、「教師など人前でしゃべる仕事をしている人ならこの事情はわかるだろう教室にいる学生の表情がまったく変化しなかったら怖くてしゃべれない」というのは、まったくそのとおりだと思う。
 「『頷き上手がクラスに2〜3人いると授業がしやすいこれは女子学生である場合が多いこちらのリズムに合わせて心地よく頷いてくれる教師は頷き上手の頷くリズムに合わせて授業の雰囲気を盛り上げることになる」というのもまたしかり。
 20年以上前、予備校に「女子大コース」なるものが1クラスだけあったが、2〜3人どころか多数の頷き上手に恵まれて、快調で快適な授業をすることができたのが懐かしい。また、そういうクラスでは、照れ性という(やまい)も一時的に癒えて、多少なりとも表情豊かに話すことができていたように思う。
 やはり、表情豊かに話せるかどうかは、聞き手の頷きに負うところが大きく、聞き手が話にピクリとも反応しなければ、話し手の顔が引きつって無表情にならざるを得ないのは、至って自然なことではないだろうか。


<コメント> 2014年03月28日 15:01:01 M

 無表情の生徒の相手は確かにキツイですねえ・・・
 口の中が乾いてうまく話せなくなることもあります。
 ただ、ウンウン頷いて気持ちよく話を聞いてくれても、飲み屋のホステスみたいに相手に調子を合わせているだけで、後で質問してみるとサッパリ頭に入っていないという場合も私の経験では少なからずありますな(笑)

<コメント> 2014年03月29日 13:54:52 あっ

 時たま頷く生徒と、さくらをお願いしたつもりはないと思えるほど頷く生徒と、2タイプの“頷き組”がいるクラスを教えたことがあります。案の定、たくさん頷く生徒は理解の方は怪しかったのですが、教える側として悪い気はしませんでした(笑)。


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Posted by eg_daw_jaw at 09:10 エッセー・雑文など(予備校編) 

March 27, 2014

被教授力あっての教授力

 冬眠明け二日目の昨日、春期講習でただ一つ担当している新高3卒生対象の講座が始まったが、この時期から講習会に来て勉強しようという意識の高い集団だから、多人数ではないものの至って反応がよく、実に授業がやりやすい。
 受講生が授業を聴いて何でも学び取ってやろうという意欲に満ちていることが、教壇に立った瞬間に敏感に感じ取れるからか、最初から快調な語り口で授業に入っていける。
 ふだん、こちらが何をどう話しても一向に反応のないクラスで授業をするときには、予備校講師という仕事に対する自分の適性を疑って自信を喪失しそうになるが、それとは逆に、こうした意欲的で反応のよい受講生が相手だと、「まだまだ自分も捨てたものではないこのように教授力にますます磨きがかかっているのだから」と増長しそうになるほど、自信が蘇ってくる。
 これほど自信を持って楽しく授業ができるのであれば、春期講習ばかり一年中やっていたいと無理を言いたくなるが、それはともかく、ちょうど、たくさん笑って楽しもうと思って集まる寄席(よせ)の客が芸人パフォーマンス反応してよく笑うように、授業を聴いてたくさん学び取ってやろうと貪欲な姿勢で春期講習を受講する受験生が、講師の話によく反応して目を輝かせて聴くのは、当然といえば当然とも言える。そして、こんなとき、やはり「被教授力」あっての「教授力」であるということをいつにも増して感じるが、受講生の被教授力に甘えることなく、二日目以降も気を抜くことなく臨みたいと思う。

 ついでながら、一昨日、「コメントはこちら」に合格の報告をしてくれた元受講生が、「来年度も生徒さんのために頑張ってください先生はまだまだお若いですし授業も面白いので生徒さんが羨ましいです応援しています」と書いてくれたのは、格別嬉しかった。改めて、ありがとう!


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Posted by eg_daw_jaw at 09:43 エッセー・雑文など(予備校編) 

March 26, 2014

冬眠から覚めて

 冬眠明けの初仕事は、現役の中高校の先生方を迎えての教育研究セミナー、題して「丸暗記厳禁主義・英文法道場の教授法」の講義だったが、いつになく受講人数が少なかったこともあって意気が上がらなかった。
 人数が少ないのは隣の教室の数学も同様だったので、開設日が平日の上、この時期は先生方も多忙でなかなか参加しにくい事情があるのかもしれないが、それにしても受けが悪く、アウェー感の強い、甚だ不本意な講義になってしまった。
 その証拠に、冗談めいた話にも特に笑いが起きることはなく、講義後の教室での質疑応答の時間にも誰ひとり挙手がなかっただけでなく、また、「最後までなかなか調子が上がらず、自分でも不満足な講義になってしまいましたが、多少でも参考にしていただけることがあったなら幸いです。長時間にわたって御清聴ありがとうございました」と挨拶を述べたのに対しては何人かの先生は頭を下げて応じてくださったが、恒例の拍手まではいただけなかった。
 そうした次第だったので、6コマの講義が終わった後、「もう6コマでもやれる」と言いたくなるような心身の余裕が今回に限ってはなく、ぐったり疲れて講師室に戻ったが、その後すぐに、二人の先生の訪問を受けて計30分を超える実り多い話を色々とすることができたので、講義の不調から多少なりとも挽回が叶った気はする。
 また、後で受講アンケートを見ても、こちらが思ったような悪評はなく、「6時間は飽きる」という否定的なものもあったとはいえ、多くは好意的肯定的コメントだったので安堵したが、中でも次の3つはありがたく、かつ嬉しかった。

◎前回の冬休みに初めて参加し、今回は2日目でしたが、毎回いい勉強させて頂いています。忘れかけていた英文法をbrush upでき、休暇中の楽しみになっています。授業にはある程度のスピードと教師の豊富な知識でいかほどにでもなるものだと痛感させられました。ありがとうございました。
◎他の分野(比較・時制)の授業も受講したい。作文指導の際、正確な文法の知識が必要だと痛感していますので、今回の講座は非常に有益でした。ありがとうございました。
◎これまで文法を教えていてモヤモヤしていた点のいくつかがクリアになり、大変参考になりました。また個人的に疑問に思っていた項目(if anyとif anythingの区別)も原理が分かり目からウロコでした。有難うございました。


<コメント> 2014年03月27日 10:15:30 a

 「6時間は飽きる」→「自分に足りないものを“自ら”見つけるのが研究会。ドラマを観るのでもあるまいし、教員のスキルアップに飽きる飽きないは無関係」


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Posted by eg_daw_jaw at 08:59 エッセー・雑文など(予備校編) 

March 25, 2014

冬眠明けの日に「書くことがない」と書く矛盾

 2005年2月に当ブログを開設して数日後から今日まで、9年あまりにわたって1日も休まず投稿を続けてきたが、「取り立てて書くことがない」、というよりも「書く意欲が湧かない」という日が今までに数知れずあった。
 それでも何かをむりにひねり出して、自身の連続更新の記録を断たないようにどうにか続けてきたが、そんな鬱気分の日が今日また来てしまった。

 さあどうするか何も書くことがない

 そんなことを言いながら、「何も書くことがない」ということを書いているのだから矛盾も甚だしく、本当に何も書くことがないのであれば、「何も書くことがない」と書くことすらできないはずではないかと、自分を咎めたくもなる。
 これはちょうど、I cannot speak English.と英語で言うようなもので、本当に英語が話せないのであれば、英語ではなく日本語で「私は英語が話せません」と言わなくてはいけない。
 そんな愚にもつかないことを書いているのも情けないが、それでも書けているだけましと考えたい。

 
 1月後半から昨日まで、教室で授業をする仕事が一切なくて、予備校講師としていわば冬眠をしていたが、今日はその眠りから覚めて、2か月ぶりに教壇に立つ、本来ならめでたい日であるはずなのに、「何も書くことがない」と言って、わざわざ書かなくてもいいようなくだらないことを今書いているくらいだから精神状態は決して良好ではないが、今までこうしたピンチを何度も経験して乗り越えてきた自分だから今回もどうにかなる。そう自らに言い聞かせながら、今日の「春期・教育研究セミナー」の舞台へいざ出陣!


<コメント> 2014?03月25日 12:21:01 はるか

 道場主先生、お久しぶりです!
 わかりますか?8号でお世話になっていた者です。
 私は一番行きたい所はだめでしたが、同じくらい行きたかった大学には何とか合格することができました\(^o^)/
 今頃になってしまいましたが、報告でした!
 来年度も、生徒さんのために、頑張ってください!先生はまだまだお若いですし、授業も面白いので生徒さんが羨ましいです(^ ^)応援しています(^ ^)

<コメント> 道場主

 まずはおめでとう!
 そして、ありがとう!


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Posted by eg_daw_jaw at 06:48 エッセー・雑文など(予備校編) 

March 24, 2014

ウソをつくことができる動物

 「人間はウソをつく動物である」というが、もしも個々の人間の発言がすべてウソと決まっているのであれば、それを信じなければよいだけだから、聞き手にとって支障はないとも言える。しかし、それはそれで不便であるのも否めない。
 実際は、概ね本当のことを言う中で、たまにウソをつくこともあるのが人間だから、「人間はウソをつく動物である」ではなく、本当は「人間はウソをつくことがある動物である」と言い換えなくてはいけないが、いずれにしても、ウソをつかない人間はいないということだけは間違いない。
 そうだとすれば、その昔、「私はウソは申しません」と公言した池田勇人(いけだはやと)首相は実は人間ではなかったことになり、また、一般に「私はウソをついたことがない」と言う人は、少なくともそう言った時点でウソをついたことになる。
 「人間はウソをつくことがある動物である」は、先日読んだ、赤塚行雄:「ウソをつく力」では、「人間はウソをつくことができる動物である」となるが、「ウソをつく」というマイナスの行為でも、「できる」が加わって「ウソをつくことができる」となることによってプラスに転じるところが面白い。
 何はともあれ、人間は「ウソをつくことができる」ことによって進化を遂げてきたのは紛れもないので、ウソをつくのは決して悪いことばかりではなく、現に「ウソつきは泥棒の始まり」と言って否定する一方で、「ウソも方便」と言って肯定する。
 もちろん、他人に迷惑や不利益を及ぼすウソはいけないが、そうでないウソなら許されるどころか、ときには奨励もされる。たとえば、余命いくばくもない重病患者に、「大丈夫必ず治ります」とウソをつくことができるのは、人間に与えられた特権にほかならない。
 また、上述の本には、次のような一節があった。

 学校の先生だって、ウソをつく。できのわるいどうしようもない生徒にたいして、「おまえはダメだ」と言うのではなく、「ほんとうはキミはできるのだから・・・。」と激励する。そして、その気になるとホントウにそのうち、できるようになったりする。


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Posted by eg_daw_jaw at 09:09 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 23, 2014

異性に好かれるリスク

 昨日の夕刊フジに掲載された「知りたくもない!?カラダの不思議:男女で違う好意の感じ方」によれば、思いがけない相手から好かれたり、告白を受けたりしたときに、それが自分のタイプでなくても、は「うれしい」と感じるが、は「迷惑」と思うことが多く、その違いは「<異性に>好かれる」ことに対するリスクにあるとのこと。
 一般に、体力でより優るは、好きでないにしつこく迫られたり、つきまとわれたりしても、力でどうにか対処できるので、好かれることは大きなリスクにならないが、体力でより劣るは、好きでないに強引に迫ってこられたり、つきまとわれたりすると、力で対処することがむずかしいので、好かれることが大きなリスクになりかねない。
 確かに、ストーカー殺人は、専らを殺すものばかりで、その逆がまずないということを考えれば、異性に好かれることのリスクで大きく違うことがよくわかる。
 しかし、たとえ殺されることはないとしても、一人のとして、好きでないからしつこくつきまとわれることは、幸い今までその経験はないが、今後とも御免こうむりたい。やはり、そういう相手からは関心を持たれないにかぎる。


<コメント> 2014年03月23日 19:42:59 y

 一瞬、異性に好かれる“クスリ”かと思ってしまいました。。。

<コメント> 道場主

 「ひまつぶし」かと思ったら「ひつまぶし」だったような?

<コメント> 2014年03月24日 09:05:44 y

 「おこと教えます」を早合点して、「おとこ教えます」と思った人がいるとか(いないとか)。。。


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Posted by eg_daw_jaw at 10:03 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 22, 2014

合格はゴールではなく

 受験屋として新年度を迎えようとしている今、旧年度受講生合否がどうなっているかがやはり気になる。
 たまたま校舎に顔を出した時に、直接合格報告してくれた受講生はよいが、顔と名前が一致するほどまでの関わりのあった受講生でも依然として合格報告がない場合は、No news is good news.「知らせのないのはよい知らせである」だから、合格はしていても嬉しさのあまり舞い上がってしまって、報告をしそびれているだけだろうと解したくなったりする。しかし、そういう例もないわけではないだろうが、冷静に考えれば、実際はNo news is not good news.か、またはNo news is bad news.であると考えざるを得ない。

 芳しい結果が得られなかった元受講生に伝えたい。
 たとえば、ぜひとも医者になりたくて医学部を受けたが、あいにく惜敗に終わったという場合は、滑り止めに受けた薬学部理学部に進学する気には決してなれないだろうから、経済的な問題を何とかクリアして、もう1年死ぬ気で頑張って改めて挑戦してほしい。
 しかし、医学部のように、他学部では代わりの利かない学部でないかぎりは、たとえ第1志望合格できなくても、入学後に挽回するチャンスはいくらでもある。
 ただし、大事なのは、第1志望に入れなかったからといって絶対に卑屈にならないこと。実際に通うことになった大学・学部に第1志望で入学して喜々として大学生活を送る同級生に負けないためにも、「不本意で入った」から「進んで入った」に気持ちを切り替える必要がある。
 少なくとも大学入学ゴールではなくスタート地点だから、本当の勝負はこれから始まる。今は大学に入ったことによって生涯が保証される時代ではなく、すべては入学後の努力次第で決まるということを忘れてはいけない。
 それは、第1志望合格した場合にも言える。合格ゴールになって、そこから先の努力を怠るようでは一巻の終わりで、せっかくの難関大に入った意味がない。現実にそうなってしまった本人が言うのだから、これは間違いない。


<コメント> 2014年03月22日 11:37:51 8号館生

 8号館で授業を受けていた男です。この度、念願の獣医学部に進学することになりました。通常授業、冬期講習ありがとうございました。先生のシールとサイン入りの冬のテキスト大事にします。あまり質問とかには行きませんでしたが、道場の隠れたファンでした。これからも道場応援しています。

<コメント> 2014年03月22日 18:16:45 ay

 本当にそうですね(先生は違うと思いますが)。

<コメント> 2014年03月22日 20:10:06 M

 医学部は就職試験と同じですからね。その他の学部は社会に出てからが勝負だと思います。法科大学院は少し違いますが。アレも今は医学部とは異質になってしまいましたね。落ちた生徒が「もう一年お願いします」と言ってこられると身を切られる思いがします。

<拍手コメント> 2014.03.22 19:10 昼行灯教員

 大学にしろ専門学校にしろ、学生にとっては学ぶ場ですからね。学んでなんぼってことですよね。

<コメント> 2014年03月24日 01:26:28 noi

 「あんなにお世話になったのに第一志望に合格できなかった。感謝の気持ちは言葉に尽くせないほど、会いたい、でも合わせる顔がない。」 と合格発表から数週間悩んでいました。先生の記事を読んで、報告にいこうと思いました。 ありがとうございます。


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Posted by eg_daw_jaw at 11:54 エッセー・雑文など(予備校編)