February 28, 2015

多忙が羨ましい!

 「うちの会社」?に関するかぎり、予備校講師は、1月のセンター試験直後の週に形ばかりの授業をして、入試を迎える高3と浪人の受講生を送り出した後は、直前講習や高1、2の授業を担当しているのでないかぎり概ね暇になるが、中には、入試を間近に控えた受験生を30分ずつ個人指導する「TA(ティーチング・アドヴァイザ)」を毎日のように務めたり、一部の大学の「入試解答速報」を作成する仕事に携わったりすることで多忙を極める講師もいる。
 自分もかつては、今と比べて2倍以上のコマ数の授業のほかに、年に20本を超える「模試の作問」やら「テキストの執筆」やらに加えて「解答速報」の仕事も抱えて年中ストレスに満ちた生活を送っていた経験があるので、ほとんど休日もなく仕事に追われている同業者に同情することに吝(やぶさ)かではない。
 しかし、そういう仕事からすっかり降りて久しい今では、丸2ヶ月にわたって授業がなくて失業者も同然で「手持ち無沙汰(ぶさた)」のこの時期にはとりわけ、逆に過労死しかねないほど忙しい講師が羨ましくさえある。
 そういう暇なときこそ「充電」の絶好のチャンスであるのに、皮肉にも授業がある時期ほど読書の時間と量が格別増えることがないのは、受験生との直接の関わりがないために「受験生に必要とされている自分でいたい」という欲求が満たされないことに起因する「精神的な不調」のせいであることが否めない。
 しかし今年は、「英作文 基本300選・4訂版」を刊行するための「詰め」の仕事に毎日没頭したおかげで「精神的な不調」を来(きた)す余裕がなかったのはありがたい。
 今日で2月も終わり、「失業生活」も残すところ3週間程度になったが、今夜は羽田に前泊して明日から4泊5日の「台湾旅行」に出かけて気晴らしをしてくるので、帰国後の2週間あまりを何とか凌げそうな気がする。


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Posted by eg_daw_jaw at 19:50 エッセー・雑文など(予備校編) 

February 27, 2015

公共の図書館に学参?

 「公共の図書館には学参(学習参考書)が少ない」ということを最近聞いたが、そもそも図書館に学参が置いてあるとは思っていなかったので、「少ない」と聞くだけでも驚きだった。
 それで、図書館にある数少ない学参はどれも、ほぼいつも「貸し出し中」になっていて、10人待ちや20人待ちはザラであるとのこと。
 近年は貧困層の家庭が増えていて、親が貧しいために塾に行くことができないのはもちろん、学習参考書代にも事欠く高校生が少なくないらしく、それでも大学に進学してどうしても学びたいという場合は、図書館にある数少ない学参が頼みの綱になっているのだという。
 自分でいくつかの図書館に出向いて確かめたわけではなく、人づてに聞いた話にすぎないので何とも言えないが、もし本当にそういう高校生が多いのであれば、自著を使ってまとめて面倒を見てあげたい。

 そんなことを今晩差しで飲んだフェースブック友だちの同業者に話したところ、「そういう不遇の高校生たちを対象に横浜方面でボランティアの寺子屋を運営している知り合いがいるので協力してもらえるのなら紹介したい」と言われて「それはぜひ」と答えたので、正式に依頼があれば、毎週は無理でも、まずは隔週くらいのペースで参加させてもらえれば嬉しい。


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Posted by eg_daw_jaw at 22:52 エッセー・雑文など(私生活編) 

February 26, 2015

「君たちはバカだから」と言われて

 「今を遡る300年ほど前」とは言わないまでも、ずいぶん前であることは間違いのない我が受験時代に、S台の名物数学講師で、いわゆる3Nの一角、というより最年長で3Nの筆頭だったN田先生は、授業中に何かにつけ「君たちはバカだから」と言うのが口癖だったが、受講生は誰一人、自分のことをバカとは思っていなかったので、「先生はきっと誰かほかのヤツのことを言っているのだろう」というくらいに考えて笑い飛ばす余裕があった。
 その証拠に、N田先生がこの「君たちはバカだから」という言葉を吐くたびに「ドッ」と笑いが起こっていた。
 また、当時の総じて誇り高いS台生には、N田先生にかぎらず、「毒舌型」の講師が受けていて、逆に「おべんちゃら」を言うような講師は皆無だったが、余所(よそ)の多くの予備校では状況がまったく違っていて、現に「辛口」で鳴らしたK沢先生などは、ほかの某予備校に出講してS台と同じ調子で「バカ」という語を何の気なしに使っただけで、受講生から「この講師は受講生をバカにしている。怪しからん」と抗議されて、当局から始末書を書かされたほどだった。
 概して、自分がバカであるという僻(ひが)みが強いと、「バカ」という言葉に過敏に反応して、自分が名指しで言われたわけではないのに、自分のことを言われたと勝手に思い込んで恨むということが、この事件によって実証されたが、そういうことは当時のS台では起こりえない無縁な話だと考えられた。
 しかし、時代が下るにつれてS台も、そうしたことの例外ではなくなり、迂闊(うかつ)に「バカ」という語を使うことができなくなったというのが昨日の話だったが、反響が思いの外大きかったので、その続きとして以上のことを書いてみた次第。


<コメント> 2015年02月26日 23:10:38 昧々通りすがり

 はじめまして。
 直接お世話になったことはありませんが、このサイトに辿り着いたことを契機に『ロイヤル英文法』の通読を試みています。(大学生になり英作文をすることが多くなったことで、これまでの人生で文法…というか英語の基本をしっかり体得してきていないことに気づいた次第です)そこで(?)、『ロイヤル英文法』の記述について質問があります。お忙しいかと思いますが、サイトにて回答を頂ければ幸いです。・・・

<回答> 道場主

 「ロイヤル英文法」の記事について、著者を差し置いて勝手に答えるわけにはいかないので悪しからず。


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Posted by eg_daw_jaw at 21:08 エッセー・雑文など(予備校編) 

February 25, 2015

言い方次第で

 20年以上も前のことになるが、いくつかのよくありがちな文法上の誤りについて「こんなバカな間違いをしないように」と授業中に全員に向かって何度か注意を促(うなが)しただけで、他意はまったくなかったのに、まさにその「バカな間違い」を悉(ことごと)くしたと思われる受講生に「この講師は受講生をバカにする発言ばかりするので不愉快きわまりない」という趣旨の苦情を受講アンケートに書かれたことがある。
 それも「身の不徳の致すところ」なのだろうが、受講生をバカにするつもりなど毛頭(もうとう)ないのに、そんなふうに僻(ひが)んだとらえ方をされては堪(たま)らないので、その後は「バカ」という語を使うのを意識して避けるようになった。

 これを思い出したのは、ある高校の先生に関する次のような話を間接的に聞いたのがきっかけだった。

 ある重要事項について授業で話すときに、「これを知らないようではダメ」という否定的な言い方をすると、実際にそれを知らない生徒が「バカにされた」と僻(ひが)んで、聴く耳にシャッターを下ろしてしまうので、それ以後は何を言っても聴いてもらえない。
 耳にシャッターを下ろさせないためには、「これを知らないようではダメ」ではなく、逆に「これを知っているとすごい」という肯定的な言い方に変えるのが望ましい。

 現に、この先生は、「これは大事だから知らないとダメまさか知らない人はいないよね」という否定的な言い方をしていたせいで受講アンケートの数字が散々(さんざん)であったのに懲りて、次の年は逆に「これは大事だから知ってるとすごいよ」という肯定的な言い方に変えたところ、効果は覿面(てきめん)で、アンケートの数字が大きく上がって、授業の質は変わらないのに、まるで別人のような高評価に変わったのだという。

 ついでながら、生徒(受講生)に対して、「責めない(けな)さない断定しない」、そして逆に「(ほ)める(おだ)てる保証する」という作戦が有効らしい。


<コメント> 2015年02月26日 01:40:57 元駿台生

 難しいですね。
 以前、自分のブログに「文法を知らずに英語をマスター出来るという人は頭がおかしい」と書いたところ、自称「文法抜きで英語をマスターした」という人から、「他人のことを頭がおかしいなどと言うのは許さん!」という猛烈な非難のコメントをもらいました。
 別に、あなたのことを名指しで書いた訳ではないのに、その反応こそ「頭がおかしい」のではないか、と思いました。

<コメント> 道場主

 一般論として「バカ」を揶揄(やゆ)する発言を他人がする聞いたときに、自分を「バカ」だと思っている人は、自分のことを言われたと思って過剰に反応するが、自分を「バカ」だと思っていない人は、どうせほかの人のことを言っているのだろうと思って笑って済ませる余裕がある。


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Posted by eg_daw_jaw at 19:42 エッセー・雑文など(予備校編) 

February 24, 2015

「疑わしきは罰せず」の採点に甘えることなく!

 「前走の戦績に応じてレースの着順が決まるのであれば、わざわざ馬を走らせてみる必要がない」と競馬では言うが、これが「入試」なら、「模試の成績どおりにテストの順位が決まるのであれば、わざわざ受験生に問題を解かせてみる必要がない」ということになる。

 「模試」の成績と「入試」の得点は決して無関係ではないが、少なくとも「記述式」に関するかぎり、二つの間には採点の上で「甘い・辛い」の差があるのは避けられないので、「模試」の判定がよいからといって絶対に油断をしてはいけない。

 
 元来、答案を返却する「模試」は、「選択式」を別にすれば概(おおむ)ね採点が甘くなる傾向があるのは否めない。
 現に、返却された「模試」の答案を受験生が持参して「どうしてこんなに減点されるんでしょうか」と訊くときには、逆に「どうしてこんなに点がもらえるんだろうか」と訊きたくなることが少なくないが、ついでに「点のもらいすぎだから、もっと引いてやろうか」と意地悪を言いたくなることさえある。

 「模試」の採点が甘くなるのには、もちろん原因がある。
 まずは、甘い採点をしておけば受験生から苦情が出る心配がなく、まさか、「どうしてこんなに点がもらえるんでしょうか」、「いくら何でも点のもらいすぎです。もっと引いてください」などと言いにくる者はいない。
 次に、辛い採点をして平均点が低くなりすぎると多数に受験してもらえないので、「模試」を実施する側としては平均点を上げるために「疑わしきは罰せず」の方針になりやすい。
 一方、本番の「入試」は答案を返却しないので、甘い採点をして平均点を上げる必要がなく、したがって、「疑わしきは罰する」になるとは限らないにしても、どちらかというと辛い採点をされることは覚悟しておかなくてはいけない。
 それを考えれば、過去に受けた「模試」の採点について、「点数をもらい足りていない」と不満を抱いたような、自分に甘い受験生よりも、「点数のもらいすぎ」を疑っていたような、自分に厳しい受験生のほうが、本番の「入試」を迎えるにあたって、はるかに利があるのは間違いない。


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Posted by eg_daw_jaw at 15:48 勉強法・合格作戦など 

February 23, 2015

漢字だけ覚えても・英単語だけ覚えても

 「漢字」だけ覚えても「現代文」の成績が上がるわけではないのに、まるで「そうなる」と信じている証であるかのように、「現代文」の参考書類の中で「漢字」の本が断然よく売れるというおかしな現象がある。
 それと同様に、「英単語」だけ覚えても「英語」の成績が大きく上がるはずはないのに、まるで「それが可能である」と大多数の受験生が信じているかのように「単語集」がほかのどの参考書類よりもはるかによく売れる。

 「単語集」で「英単語」を覚えるだけで、本当に英語のテストで点が取れるようになるのであれば、ほとんどの受験生が英語の成績優秀者になっていなくてはいけないが、現実にはそうなっていない。
 「英単語」の暗記だけで英語の成績が上がるという明確な「証拠」も「実例」もないのに、圧倒的多数がそのやり方に固執するばかりで、ほかのやり方には見向きもしないのだから、本当にわけがわからない。

 ある時、予備校で自分が出講しているクラスの成績が悲惨なほど芳しくないことに業を煮やした熱血講師が、各受講生の自宅での1週間の勉強ぶりを報告するレポートを提出させたのを傍(はた)から見せてもらったことがあるが、英語に関しては毎日のように「何時から何時まで単語」となっていて、それ以外の勉強をしている気配がない受講生が大半を占めていることがわかった。 
 しかし、それは十分に想定していたことだったので、「やっぱり!」と思うだけで、まったく驚きはしなかったが、同時に「道理で英語の成績が悪いわけだ」と納得した。

 実際、「英語が読めて書ける」ようになっていかないかぎり英語の成績は上がらないが、そのためには、「単語」という断片ではなく常に「文単位」で考えることを習慣づけなくてはいけない。そして、その基礎は「文法を土台に英短文を数多くインプットすること」によって作るほかはない。
 そうだとすれば、「覚える」べきなのは「英単語」ではなく「英短文」であると言わざるを得ないが、そうして文単位で考えることを習慣づけた健全な勉強を実践すれば、勉強量に比例して学力が上がり、その副産物として「語彙力」も上がるので「英単語」のことは心配するには及ばなくなる。


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Posted by eg_daw_jaw at 17:04 勉強法・合格作戦など 

February 22, 2015

運!

 「(おのれ)を信じる者ほど運のよい者はいない」という。
 国公立大二次の入試に臨む受験生は、この言葉を肝に銘じるとよい。

 確実に合格するためには、「自分は強運の星のもとに生まれてきたそんな自分が受からなくていったい誰が受かるか」と思い込むほどの図々しさがほしい。
 もちろん、学力が大きく不足していては話にならないが、合否の境界線上にいる場合は、受験生の意識の差によって勝敗が分かれることがあっても不思議ではない。
 いったん入試の会場で着席したら、まずは改めて自分の「強運」を強く意識する必要がある。

 もう一つ、「も実力のうち」という。
 競走馬の場合、「強い馬が勝つのではない勝った馬が強いのだ」と言われるが、たとえ強い馬でもに見放されるとレースに勝つことはできず、「に恵まれて勝つのが強い馬である」と考えれば、「も実力のうち」という意味がよくわかるのではないか。
 これを入試に置き換えれば、「できる受験生が受かるのではない受かった受験生ができるのだ」ということになるが、「」を味方につけて「合格」を勝ち取るためには、やはり「(おのれ)」を信じないことには始まらない。


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Posted by eg_daw_jaw at 22:11 勉強法・合格作戦など 

February 21, 2015

ブログ・今日でちょうど10年目!

 2005年2月21日に「英文法道場」のブログを開設して、今日でちょうど10年目になる。
 最初のうちは、同じ日に数本の投稿をすることもある代わりに、まったく投稿なしの日もあったが、同年の6月からは一日も欠かさすことなく今日まで必ず1本ずつ書き続けてきた。
 それにしても、ふつうの「日記」は、小学校の宿題として義務づけられた「絵日記」を別にすれば、いつも「三日坊主」に終わっていたというのに、ウエブでは10年もよく続けられたものだと我ながら感心するが、言ってみれば、その間は文章を書く練習をしていたようなものだった。

 「完全に泳げるようになるまでは絶対に水に入らない」ということにしていたら永遠に泳げるようにならないが、それと同じように、「プロの作家のように上手に文章が書けるようになるまでは絶対に書かない」ということにしていたらいつまで経っても書けるようにはならない。

 そう考えて、下手を承知で実際に書くことによって少しずつ上達してきたが、初めの頃は「(めくら)蛇に怯(お)じず」で、無知と未熟のおかげで臆することなく今よりはるかに楽に記事を書くことができたのに、修業を積むにつれて怖さを覚えるようになって、今では一日の投稿分に何時間も要することもあるくらい苦労するようになった。
 依然として無知で未熟であることに変わりはないが、ブログを始めた頃のような迂闊(うかつ)さや軽率さが多少でも軽減されて当時よりかなり慎重で憶病になった分だけ書くのに手間がかかるようになった気がする。

 一応10年という節目を迎えたので、もう「皆勤」の重圧から自身を解放してやってもよいかと思うが、1日でも休むと「休み癖」がついていつの間にか書くのをやめてしまう心配がある。
 そういうことになるのだけは絶対に避けたいので、「毎日欠かさず投稿」の習慣は、よほどのことがないかぎり、できるだけ長く書き続けることにしたいが、果たしてどうなるかは自分でもわからない。


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Posted by eg_daw_jaw at 21:30 エッセー・雑文など(私生活編) 

February 20, 2015

「できれば」と「一応」は使用禁止に!

 今回言うのが初めてではないが、実は「できれば〇〇大学に行きたい」と言っている受験生は、実際にその大学に行くことはまずできない。
 「できれば」と言うのは、実は「できない」と思っている何よりの証拠であるし、そもそも、本当に「できる」と思っているのであれば、「できれば」という条件をつける必要がない。
 実際にその大学に行くことができるのは、「できれば」という余計な条件をつけることなく、自らの努力で現実に「できる」ようにする受験生のはずだから、ある大学のある学部に本当に行きたいのであれば、絶対に「できれば」という条件をつけてはいけない。

 たとえば「医学部に行きたい」とあれほど言っていたのに、結局は「工学部」に行くことになったという話を聞くことがあるが、そういうときには、その受験生は本当に「医学部」に行きたかったのだろうか、「できれば」という条件つきだったのではないかと疑いたくなる。
 どうしても「医学部」に行きたいのであれば、他の学部に甘んじることはできないはずであるのに、諸般の事情はあるにせよ、他の学部への進学を抵抗なく受け入れてしまうのは、「何が何でも医学部」というほどの強い願望はなかったのではないかと言いたくなる。

 「できれば」に加えてもう一つ、「志望大学」を訊かれたときに「一応〇〇大学です」と答える受験生も、まずその大学に行くことができない。
 というのも、「一応」と言うのは、「どうせ無理だからそのうち志望を下げることになる」ということを認めているのに等しく、もとより当の本人が「無理」と思っている大学に入れるはずはなく、また、それ以前に、その大学を受験することから降りる可能性が高いからにほかならない。

 「できない」と思っているから「できれば」と言う。
 「無理だ」と思っているから「一応」と言う。
 

 来年度以降に大学を目指す受験生は、「できれば」と「一応」だけは絶対に「使用禁止」にしなくてはいけない。敢えて今のこの時期にそう言っておきたい。


<コメント> 2015年02月21日 13:00:49 安斎

 さっそく四訂版をアマゾンで予約しました。また勉強しなおしたいと思います。


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Posted by eg_daw_jaw at 16:06 勉強法・合格作戦など 

February 19, 2015

「中2のテキストでは仮定法は使用禁止」だからといって

 マーク・ピーターセン著:「日本人の英語はなぜ間違うのか」(集英社インターナショナル)の第5章に「仮定法禁止の中2教科書」と題する、次のような記事があった。

 たとえば、中2用の教科書には、ストリート・チルドレンの女の子が「私が金持ちだったら、ストリート・チルドレンのみんなに食べ物と衣服と愛を与えてあげる」という場面があります。これも明らかに事実と反することを想定しているわけなので、英語で表現するには仮定法しかないのですが、教科書では、女の子のその発言は、直説法を使って、

 If I’m rich, I’ll give all the street children food, clothes, and love.

となってしまっています。この英語の意味は「私が(金持ちであるかどうか分からない[=金持ちである可能性もある]が)もし金持ちであれば、ストリートチルドレンのみんなに食べ物と衣服と愛を与えてあげる」です。自身も路上生活者である少女のセリフとは思えません。・・・
 当然のことながら、家のない女の子が言う「私が金持ちだったら、ストリートチルドレンのみんなに食べ物と衣服と愛を与えてあげる」は、あくまでも「もし金持ちだったら」という事実と反することを想定している話なので、それを英語で書くなら、仮定法を使って、

 If I were rich, I’d(=I would) give all the street children food, clothes, and love.

のようにすればいい。しかし、これは仮定法を使ってはいけない中2用の教科書なので、こういう例を書こうとしたのが、そもそも無理な話だったのです。・・・

 まったくひどい。ひどすぎる。これが本当に文科省検定の教科書なのだろうかと呆(あき)れるだけでなく、憤(いきどお)りさえ覚える。
 「中2に仮定法を教えない」というのは、「中2にはまだ難しいから」という配慮によるのだろうが、だからといって、このようなウソを教えることが許されるわけがない。
 この記事を読んで、小学校の英語では「a/antheのような冠詞を抜いて教える」という暴挙を思い出したが、それと同罪と言ってよい。
 たとえばa dogやthe dogと言うべきときに、勝手にatheを取り除いてdogとするのは英語としては致命的な誤りだから、それに目をつぶって教えるということは絶対にあってはならないが、「仮定法」を使わなくてはいけないときに「直説法」で代用した、根本的に誤っている文を堂々とテキストに掲載するのも罪の重さでは変わらない。
 これならまだ、円周率を「3.14では難しいから」という理由で「3」と教えるほうが、どちらもどのみち正確な数字ではないという点では変わらない分、はるかにましだと言わざるを得ない。


<コメント> 2015年02月20日 01:49:23 元駿台生

 70年代までは、中学でも仮定法や過去完了を教えていたんですよね?
 英語の授業時間が週3時間に削減されたから、学習内容も削減されたと聞いていますが。
 現在は、中学の英語の授業時間は週4時間に戻ったのですから、仮定法も復活させれば良いのに、と思うのですが。「コミュニケーション重視」とやらで、文法事項を増やす訳には行かないのでしょうか。ヒドイ話ですね。

<コメント> 2015年02月20日 04:38:06 ヘッポコ同業者

 元のテキストを読んでいないので何とも言えないのですが、「もし将来お金持ちになったら、ストリートチルドレンに食べ物や服や、愛をあげよう」という意味には解釈できないものでしょうか?別に教科書を擁護する気はさらさらないのですが・・・

<コメント> [投稿情報] 2015年02月20日 08:49:05 ヘッポコ同業者

 何度もすみません。

 中学2年の教科書ですから、「時・条件を表す副詞節の中の未来の事柄は現在形で代用する」という文法規則の用例としてこのような文を掲載したのかとも思ったのですが、当該教科書会社のサイトhttp://www.kairyudo.co.jp/contents/02-chu/eigo/index.htmの2つ目のPDFを読むと、そうではなくてやはり仮定法の意味で直説法を用いているようです。

 その釈明として

 ピーターセン氏は仮定法が中学2年生では使えないことは知っているようだが、高等学校ではしっかり学習するはずであることや大学生になっても仮定法を使えないのは中学校の教科書で扱っていないからだと論じるのは、学習指導要領の仕組みや内容を十分に知らないと言える。著者のネイティブスピーカーは当該の少女の発言内容を伝える英文として教科書どおりでよいとしている。

と述べていますが、これは言い訳になっていませんね。どころか、生徒が高校英語で仮定法過去形と出会う時に混乱の元となる要因を自ら与えている自覚もないようです。

<コメント> 2015年02月20日 09:36:00 あい

 「if節」の中で「should」を使うと、「万一〜だったら」というように、実現の可能性が低い仮定を表すようになります。とあるのですが、この問題の場合はなぜ×なのでしょうか?

<回答> 道場主

 それは、(「過去」ではなく)「未来」において「実現可能性が低い」と「話し手」が思っていることの仮定を表すif ... should原形の場合では?


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Posted by eg_daw_jaw at 23:12 エッセー・雑文など(予備校編)