March 31, 2018

2ヶ月の差は大きい!

 受験勉強を「権利」として行う者と「義務」としてする行う者がいる。

 受験を「権利」と受けとめている受験生は、新高3生であれ、新浪人生であれ、3月のこの時点ではとっくに受験勉強を始めているが、一方、受験を「義務」ととらえている受験生は、今はまだ遊んでいて、4月の半ばに予備校が開講する頃になってやっと徐(おもむろ)始める。

 どちらが受かりやすく、どちらが受かりにくいかは言うまでもない。

 何しろ、入試が終わってから予備校開講日までは2ヶ月近くあるので、入試が終わった直後に勉強を始める者と予備校の開講時まで始めない者では、喩えて言えば、100メートル走を「ヨーイドン!」で走り始める者と2秒も3秒も遅れてスタートする者との間の差がついているので、最初から勝負はついていると言わざるを得ない。

 せめて、予備校開講の半月前にあたる3月末の今からでも始めれば、挽回も不可能ではないが、これを読んで啓蒙されなくてはいけない受験生に限って読んでいそうにないので、甚だ虚しいと言うほかはない。


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Posted by eg_daw_jaw at 22:33 勉強法・合格作戦など 

March 30, 2018

hoodは「フッド」か「フード」なのか

 「『蝶々』は『ちょうちょ』か『ちょうちょう』か」、および「『女王』は『じょおう』か『じょうおう』か」に誘発されて、第3弾として「hoodは『フッド』か『フード』なのか」について書きたくなった。

 「フードつきのhooded)コート」と言うくらいだから、hoodは「フード」であると思っている人は少なくないが、発音記号上は [hud] だから、本当は「フッド」であって、「フード」である謂われはない。
 その証拠に、Robin Hoodは「ロビン・フッド」であって「ロビン・フード」ではない。

 ところで、語頭が f の場合は、語尾が d なら foodフード」で、語尾が t なら footフット」となるが、それに対して、語頭が h の場合は逆に、語尾が d なら hoodフッド」で、語尾が t なら hootフート」となる。
 しかし、これでは f と h の区別ができないので、便宜上 f をカタカナで、h をひらがなで表記して比べてみると面白い。

 foodフード」/ footフット
 hoodふっど」/ hootふーと

 ついでながら、woolについても、ほぼ例外なく誰もが何の疑いもなく「ウール」と言っているが、発音記号は [wul] だから長母音になるはずはなく、おそらく wu が「ウウ」から「ウー」になったものと推察される。


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Posted by eg_daw_jaw at 19:20 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 29, 2018

「女王」は「じょおう」か「じょうおう」か

 改めて問うまでもなく、「」が「じょ」であって「じょう」でない以上、答えは「じょ」+「おう」で「じょおう」に決まっているが、実際には「じょうおう」と発音する人がたまにいる。
 何を隠そう、子供の頃の自分がそうだったのだから、他人(ひと)のことをとやかく言う資格はないが、特に「女王」の前に実名がついて、たとえば「エリザベス女王」となると今でもつい「エリザベス・じょうおう」と言いそうになる。

 さて、その「エリザベス女王」は英語ではQueen Elizabethであって、断じてElizabeth Queenではないが、10年ほど前に地方競馬に「エリザベスクイーン」という名の競走馬がいることを雑誌か何かで知った。
 これは、馬の分際(ぶんざい)でElizabeth Queenをそのままカタカナ化して「クイーンエリザベス」と名乗るのはさすがに失礼であると考えた馬主(うまぬし)が敢えて「クイーン」と「エリザベス」の順序を逆にしたものなのか、それとも何の他意もなく、単なる無知の為(な)せるわざで、日本語で言う「エリザベス女王」の「女王」を「クイーン」に置き換えたというだけのことなのか、真相はわからないが、後者の可能性がないとは言い切れない。

 というのも、関係者の無知によって不名誉な命名をされた競走馬の例が、知る限りほかに少なくとも2つあるからにほかならない。

 その2頭はいずれもJRA(日本中央競馬会)の所属馬だったが、その名は「ラフォンテース」と「カミノフシラビ」だった。
 前者は、「ラフォンテーヌ」の「」が「」と見間違えられて、そのまま登録されてしまったものらしいが、後者は、無学な馬主(うまぬし)が「不知火しらぬい)」を「ふしらび」と読み誤ったために、不本意にも「カミノシラヌイ」になり損ねたのだという。


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Posted by eg_daw_jaw at 18:48 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 28, 2018

「蝶々」は「ちょうちょ」か「ちょうちょう」か

 「」のことを「人々」と言うのは複数を意識してのことだろうが、「」のことを「蝶々」と言うのは、「玉々(たまたま)」などと違って、必ずしも複数ということではなく、「這い這い」などの幼児語に類する口語的な言い方であると言われるほうが納得しやすい。

 問題は読み方であるが、おそらく「ちょうちょ」派のほうが「ちょうちょう」派より断然多いのではないかと思うが、旧仮名遣いの「てふてふ」からすると、最初の「てふ」が「ちょう」なら、二つ目の「てふ」も同じ「ちょう」のはずだから、「ちょうちょう」のほうに正当性がある。まさか、最初の「てふ」は「ちょう」であるのに、二つ目の「てふ」は「ちょ」であるという勝手は許されない。
 それはともかく、実際は「ちょうちょう」の二つ目の「ちょう」が音便の都合で「ちょ」と縮まって「ちょうちょ」と呼ぶようになったということらしい。

 ところで、「ちょうちょう」が本来の読み方であることの証拠とは限らないが、「蝶々夫人」(マダム・バタフライ)は「ちょうちょう・ふじん」であって「ちょうちょ・ふじん」ではなく、また、故人となって久しい「ミヤコ蝶々」師匠は「ミヤコ・ちょうちょう」であって「ミヤコ・ちょうちょ」ではない。


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Posted by eg_daw_jaw at 18:31 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 27, 2018

女流・女性・女子・女(じょ)・女(おんな)

 (男性ではなく)女性であることを改めて断るために冠する語には、(1) 「女流」、(2) 「女性」、(3) 「女子」、(4) 「(じょ)」、(5) 「(おんな)」などがある。

 (1) 女流作家・女流詩人・女流棋士
 (2) 女性議員・女性歌手・女性ドライバー
 (3) 女子アナ(ウンサー)・女子プロレスラー・女子プロゴルファー
 (4) 女王・女優・女医
 (5) 女芸人・女親・女主人公

 この中で「女流」は、「女流作家」、「女流詩人」や「女流棋士」のように、知的で専門的な職業の女性に限られるのではないかと思われるが、その証拠に、「女性議員」、「女性歌手」、「女性ドライバー」とは言っても、「女流議員」、「女流歌手」、「女流ドライバー」とは言わない。

 また、女性のアナウンサーのことを「女性アナウンサー)」ではなく、「女子アナウンサー)」と呼ぶのは、「30歳が定年」とも言われる職業ゆえに若いことが前提だからと考えられるが、それは「女子プロレスラー」や「女子プロゴルファー」にも当てはまる。
 ちなみに、中高年の女性が仲間同士で行う食事会や飲み会を「女子会」と言うのは、敢えて若さを意識的に強調して自ら鼓舞するためだろうか。
 
 次に、社会的な地位や身分が高い女性として、「女王」、「女優」、「女医」のように「(じょ)」を冠するものもあるが、この中で「女王」には「」をつけて「女王様」、そして「女優」と「女医」には「さん」をつけて「女優さん」や「女医さん」と言うことがある。
 ついでながら、「女優さん」の代わりに「女優様」とはふつうは言わないが、具体的な女優の名前なら、たとえば「エリカ様」のように「」つきで呼ぶことはある。

 また、同じ「」でも、たとえば「女芸人」、「女親」、「女主人公」のように、「おんな」と「訓読み」するものもあるが、「」をつけることはないことが示すように、「じょ」という「音読み」のものと違って、敬意や嫉妬心を持って下から見上げる対象ではないからではないかと思われる。

 最後に、「」ではなく単体で用いる場合に、なぜか被害者は「女性」、加害者は「」と区別することについても触れておきたい。

 たとえば「若い《女性》が、知らない《》に刃物で切りつけられた」とは言うが、逆に「若い《》が、知らない《女性》に刃物で切りつけられた」とは言わない。


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Posted by eg_daw_jaw at 17:52 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 26, 2018

お母さんは「人間」じゃなくて「花粉」なの?

《小壇蜜》:今日はたくさん花粉が飛んでるらしいですね。
《道場主》:僕は野蛮人だから花粉症には縁がないけど、小壇蜜様はどうなの?
《小壇蜜》:私は大丈夫ですけど、母が「花粉」なんです。
《道場主》:エッ、お母さんは「人間」じゃなくて「花粉」なの?(笑)
《小壇蜜》:いいえ、「花粉症」です。(笑)

 このしょうもない会話(@S台文庫)から、こんなのを思い出した。

 《母の仕事》は《英語教師》です。
→✕[My mother’s job] is [an English teacher].(日本語の字面通りの英訳)
   (「英語教師」は「人」であって「仕事(job)」ではない)
 〇[My mother] is [an English teacher].
  「《母》は《英語教師》です」(字面通りの和訳)
 〇[My mother’s job] is [teaching English].
  「《母の仕事》は《英語を教えること》です」(字面通りの和訳)
 〇[My mother’s job] is [being an English teacher].
  「《母の仕事》は《英語教師であること》です」(字面通りの和訳)


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Posted by eg_daw_jaw at 21:01 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 25, 2018

「ら抜き」と「可能動詞」

 「〜することができる」という「可能」を表すとき、「五段活用」の動詞には「れる」を続けて、たとえば「書か・れる」や「行か・れる」とするが、これでは「受身」、「自発」、「尊敬」との識別がしづらいので、むしろ、それぞれ「書ける」や「行ける」という下一段活用の「可能動詞」のほうが使い勝手がよい。

 ところで、「書ける」や「行ける」という「可能動詞」は、それぞれ「書き得る」と「行き得る」が縮まってできたものではないかと思っていたら、実際にその説もあるらしい。

 また、同じく後ろに「れる」を続ける「サ行変格活用」の動詞に関しても、たとえば「看過(かんか)さ・れる」では、「受身」、「自発」、「尊敬」との識別が難しいのは同じなので、代わりに「看過(かんか)・できる」と言えば紛れがなくなる。

 一方、「上一段」、「下一段」、「カ変」の動詞の場合は、「れる」ではなく「られる」を続けて、それぞれ「見・られる」、「食べ・られる」、「来・られる」とするべきであるとされていたが、今やすでに「見・れる」、「食べ・れる」、「来・れる」と「ら抜き」をしてしまう人が若い世代には特に多い。

 「上一段」の「見る」なら、「五段活用」の動詞における「可能動詞」の流儀を真似て「見える(←見得る)」とすることはできるが、「下一段」の「食べる」と「カ変」の「来る」に関しては、それぞれ「食べえる?(←食べ得る)」や「(け)?(←来得る)」とするわけにはいかない。
 また、この3つとも、「サ変」の動詞のように後ろに「できる」を続けて「見・できる」、「食べ・できる」、「来・できる」とすることもできない。

 そうした事情からすれば、「見・られる」、「食べ・られる」、「来・られる」の代わりに、「ら抜き」で「見・れる」、「食べ・れる」、「来・れる」とすることは十分に理解できるが、個人的にはやはり抵抗がある。


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Posted by eg_daw_jaw at 23:35 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 24, 2018

余生?

 自分が予備校講師として無知で未熟だった駆け出しの頃、知識も豊富で教授力に長(た)けた大先輩の先生を差し置いて、最難のテキストで「最上位クラス」を担当させられたが、「当局はいったい何を考えているのだろうか」と疑問に思いつつも、「ここで怯(ひる)んで断れば将来がない」と判断して果敢にも引き受けた。

 あれから40年近く経ったが、今も依然として発展途上とはいえ、当時と比べれば何倍も知識も増え教授力も格段に上がっていると自負しているのに、「引退予定」と予め言われていた7年前を境に、引退こそ免れたものの、サテライト校舎ながら「最上位クラス」の担当をほぼすべて外されてしまった。

 それにしても、駆け出しの頃と比べて知識が当時の何倍にも増え、かつ教授力が着々と上がり続けている最中に突然、「最上位クラス」への出講がほぼすべてなくなるとは、我ながらもったいないだけでなく、S台にとっても損失が少なくないと思うので、「当局はいったい何を考えているのだろうか」と言いたくなる。

 引退を免れて今も現役を続けていられるだけでもありがたいことだから文句を言ったらバチがあたるが、もしかすると、そうして「最上位クラス」の担当から外すことが、予告されていた「引退」に代わる処置だったのだろうか。そうだとすれば、7年前からは「余生」ということになるが、まさか!


<コメント> 2018年03月25日 14:19:25 瀬戸内英語学院 山田純一

 大変お世話になりました山田です。旧高3生の大学進学結果が遅れて申し訳ありません。昨日最終報告があ
り、これで今年が終了となりました。
 卒塾5名の進学結果は早稲田大学(人間科学部)、上智大学(外国語学部 フランス語)、千葉大学(工学部 デザイン学科)、山口大学(教育学部)、そして1名浪人(同志社大学 経済学部合格も、初心貫徹で地元のT予備校で臥薪嘗胆の一年を選択) となりました。ご指導ありがとうございました。
 英作では「英作文 基本 300選」からの10文暗記をを毎テストで課し、1月末までに約4巡こなしました。「英作の定型」を作ることで全方位的英作力を養うことを目的としてきました。これにより自由英作を含む英作題には対応できたと確信しています。感謝しています。
 無論この4月からの3年生も同テキストを使用します。うちの塾では「英作の鉄板テキスト」と銘打っての受験受験must本となっていて、足腰の強い英作力のための必携本です。
 今年も続いてご活躍することは必定と思っています。そしてそして、ご自愛ください。

<コメント> 道場主

 おめでとうございます。
 この春は行けませんでしたが、夏にお会いできることを楽しみにしております。
 ご報告ありがとうございました。


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Posted by eg_daw_jaw at 23:37 エッセー・雑文など(予備校編) 

March 23, 2018

「拍手」は大歓迎!

 ここのところ、ブログのアクセス数が1、2月と比べて半減しているのに、それに「反比例」するかのように「拍手」の数がいつになく多いのはなぜなのか、何とも不可解と言うほかはない。

 予(かね)てより「受験生が読まないブログなら継続しても仕方がない」と拗(す)ねていたというのに、これだけ「拍手」がもらえるのであれば、実に現金なもので、不思議と続けようという意欲が湧いてくる。
 やはり「拍手」は多いに越したことはないので、ヨイショでもなんでもいいから躊躇なくどんどん「拍手」をクリックしてほしい。

 先日も書いたとおり、スマホ時代ゆえに、投稿したものを読んでもらうためには行数を絞る必要があるので、今日はこれくらいにしといたるわ。


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Posted by eg_daw_jaw at 23:03 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 22, 2018

過去たち→現在→未来たち

 英語では単数と複数を厳密に区別するが、日本語ではふつう区別をしないので、英語のthis appleもthese applesも日本語では「このリンゴ」であって、複数だからといって「これらのリンゴたち」とは言わない。
 以前にも書いたことがあるが、果物屋で「これらのリンゴたちを5個ください」などと言った日には、変な顔をされるか、または日本人であることを疑われるかするのは間違いないだろう。

 ところで、美空ひばりの「愛燦燦(あいさんさん)」には、「過去たち」と「未来たち」が出てくるが、歌詞だから許されるのだろう。
 それにしても、この歌には「過去たち」と「未来たち」はあるのに「現在たち」がないのはなぜかとふと考えてみたが、それもそのはず。「過去」も「未来」も数多くあるのに対して、「現在」はただ一つしかないので「たち」は似合わない。   
 しかし、実際は「現在たち」はおろか、「現在」すら歌詞には一度も出てこない。


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Posted by eg_daw_jaw at 22:27 エッセー・雑文など(私生活編)