November 10, 2019

なぜ勝手に変える?

major(メイジャ)を「メジャー」、lady(レイディ)を「レディー」と、わざわざ原語の発音から遠ざけて言うのが昔から気になっていた。

 Asian(エイジャン・エイシャン)を「アジアン」(@アジアン・キッチン)」と言うのもまたしかり。

 こうした「発音」だけではなく、「文法」まで無視するものもある。

 全英女子オープンゴルフで「しぶこ」こと「渋野日向子(しぶのひなこ)」選手が優勝した時に、現地でSmiling Cinderella(スマイリング・シンデレラ)」と呼ばれたのを勝手に「スマイル・シンデレラ」と言い換えて報道することが多かった。

 「文法」といえば、スポーツの実況中継でアナウンサーが「次第にエキサイトしてまいりました」と言うことがよくあるが、exciteが「興奮させる」という意味の他動詞であることを考えれば、本当は「エキサイトさせられてまいりました」でなくてはいけないことになる。

 またまた杉下左京としては、細かいことが気になってしまう僕の悪い癖!


<コメント> 2019?11月11日 02:47:18 花川晃久

 〜大きなご恩のございます道場主へ:またまた生意気なコメントをどうぞお許しくださいね:〜またまた花川晃久(フラワーリバー)です〜さて今回の道場主の「杉下右京ネタ」の全てについて、僭越ながら、言語学を一応、曲がりなかりにも専門と勝手ながら自認しております、私花川晃久なりの考えを述べたいと存じます。〜1:メイジャー・レイディーの発音の「省略化」につきまして:例えば私たちは、ありきたりの、友達同志の、ぞんざいな日常会話では:「政令指定都市」をクソマジメに「せ・い・れ・い・し・て・い・と・し」とは決して発音しませんよね〜もっと短い単語の「命令」でさえも、クソマジメに「め・い・れ・い」とは決して発音しませんよね〜せいぜい「め〜れ〜」がいいところで、もっと乱暴に「めれ」の「め」を「やや長め」に発音し、「れ」を「ただの一文字の」「れ」よりも「ほんのわずかだけ長めに発音するだけ」に過ぎないのが、私たちの"普段着の発音" (文字化けしていて解読不能)「カタカナ日本語」として、「自然な日本語として、認知されたからこそ」、面倒な「二重母音のクソマジメな発音」を止めて、「日常日本語として、仲の良い日本語として、認知されたからこそ」「メイジャーという、よそよそしい発音」「レイディーという、よそよそしい発音」から「親しみやすい、仲の良い発音の、メジャー・レディー」に「進化」したのであると考えるのが妥当なのではありませんか?決して、原語を馬鹿にしたのではないのです♪むしろ逆ですよね♪「真の意味で日本語として、認知された」証拠と考えるのが妥当なのではないのでしょうか♪〜2:「エキサイトする」という表現につきまして:道場主も、実は既にお気づきなのではないかと推測いたしますが、実は:我々が日本語として、普通に用いる「○○する」という、日常の日本語の動詞表現は「単に、○○という状態になる、○○という状態に移行する」という意味しか持っていないと考えるのが妥当と言えると思いますがいかがで(文字化けしていて解読不能)しょうか?〜そう考えれば(文字化けしていて解読不能)ぢ操作する」「成功する」「契約する」「作用する」等の日本語と全く同じ意味のレベルで「エキサイトする」も、「完全に日本語として、進化・定着した表現」「仲の良い日本語として:エキサイトという状態に入る、エキサイトという状態に移行する」という意味しか持っていないと考えるのが妥当なのではありませんか?〜この表現について、いちいち「原語の英語の英文法に、いちいち、"おうかがい"をたて、「義理立てして」いるのでは、それはまさしく「本当に仲の良い日本語として、まだ認知されていない」ことに他ならない、と、むしろ、考えるべき、なのではありませんか?「仲の良い日本語として、認知されて、進化したからこそ」「エキサイトした」「エキサイトする」と、われわれは「普通の日本語として使う」のではありませんか?当たり前の確認ですが、「興奮する」も「興奮という状態に移行する」「勉強する」も「勉強という状態に移行する」という意味しか持っていな(文字化けしていて解読不能)・・・かえって、日本語の本質を無視した、議論のための議論」をするだけになってしまいます。〜実は道場主にもご理解いただけるかと存じますが、「このように、○○する、という日本語の動詞表現はただ単に、○○という状態に移行する、という意味しか持っていない」と考えることによって「疲労回復する」という、しばしば問題になる表現についても、「答え」が見えてまいりますよね♪:「疲労回復する」とはただ単に「疲労からの体力回復状態に移行する」という意味しか持っていないと考えるのが妥当なのではありませんか?我々の日本語というのは、実は「○○する」という表現では「○○」の部分を「ぼんやりとしか意味の輪郭しか持たない名詞」と考えて「○○という状態に移行する」だけなのではありませんか?〜3:スマイル・シンデレラとスマイリング・シンデレラも全く同じ意味の議論が可能だと考えております:「要するに、スマイル・(文字化けしていて解読不能)シンデレラという表現では(文字化けしていて解読不能)名詞を二個並列することによって、その名詞が持っている「ぼんやりした意味の輪郭」を我々、日本語母国語話者は「原語などいちいち義理立てしないで、完全に仲の良い日本語に進化した表現」と認知したからこそ、「スマイリング」よりもはるかに「日本語として、進化した、日本語として、熟した、仲の良い日本語として、認知された」表現として、我々日本語母国語話者は「ほぼ無意識のうちに、「分かりやすく翻訳し直した」日本語の表現を「無意識のうちに採用する」と考えるのが妥当なのではありませんか?つまり「スマイリング・シンデレラ」という「いかにも原語に義理立てした、よそよそしい表現」ではなく「スマイル・シンデレラ」の方がよっぽど「日本語らしい日本語に進化した表現」と考えるべきなのではありませんか?無理やり原語の文法論を持ち込んでしまうのは、かえって「日本語の表現の本質」を無視した、分かりにくい議論になるのではないか、と、私花川晃久は、私なりに、分析しておりま・(文字化けしていて解読不能)。


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Posted by eg_daw_jaw at 17:38│ エッセー・雑文など(私生活編)