2007年02月23日

シーザー

人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない
多くの人は見たいと欲する現実しか見ない


とても有名なジュリアス・シーザー(ラテン語でユリウス・カサエル)の言葉

誰もがそれぞれ違う環境で育ってきたわけで、結局その範囲内でしか物事を見てないのかな〜と思う。
経験したことでしか学べないし。
よく別れの理由で「価値観の違い」とあるけど、これって違って当然。
(好きか嫌いかはおいといて)価値観の全く違う人を見るのも面白いです。
時々ものすごく偏った考え方の人とかいるけど、どんな環境で育ったんだろう…と思う。
私が感じるに、視野の広い人は穏やか。
逆に視野の狭い人は怒りっぽい、または威張っている。
いろんな人に会って自分と違う世界を見るのって、面白いし、視野が広がる。
それぞれがそれぞれの世界を持ってることって興味深い。

人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない
多くの人は見たいと欲する現実しか見ない


この言葉、相場の世界に当てはめてみると、すご〜〜〜く戒めめいた言葉に聞こえる。
相場の世界で「見たいと欲する現実」だけ見て、都合の悪いことに目をつぶっていたらたちまち塩漬け行き…
でも人間って本来は自分にとって都合のいい情報だけ見たいと思うものなのかもしれません。
その方がある意味気分的にラクだし。

私は基本的に、株価材料などが出た時、そこにあるのはただの「事実」だと思うようにしています。
そして「事実」に感情が入ることによって「好材料」または「悪材料」と捉えられる。
その見方は見る角度によって人それぞれ違う。
私はこの場合、個人(自分)の判断よりも相場の判断についていくようにしています。
自分はこう思う!と思っても、相場は違う方向へ動いたとしたら相場についていくべき。損したくないならね。

株価材料だけでなく、他のことでも同じ考え。
例えば 病気・災害・人の死など、一見不幸なことのように思える出来事も、そこにあるのはただの「事実」でしかない。
そこに感情が入って、その出来事を不幸とも幸せとも捉えることができる。
この場合は、どうせなら不幸へ向かうより幸せへ向かいたいと思いませんか?
考え方次第でいろんなものが違う方向へ向かう。

現実の全てが見えるわけじゃないとしても、どうせならできるだけ色んな角度から見たいなと思う。
小さな部屋にこもってばかりいるより、外へ出て、見たり体験したりする時間を大切にしたい。



なんだか文章も考えもまとまりがない〜
何が言いたいのか多分伝わらないだろうけど、これでおわり…
トレード結果、後ほど。



eggsoseji at 15:02│Comments(0)TrackBack(0)clip!momo♪の株講座 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔