男の子は女の子への想いを膨らませる
『パイルドライバー』
(作・絵:長谷川集平、ブッキング、二〇〇四年)
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 結局これは何の話か、ということなのです。長谷川集平は男の子の倒錯した精神を描くのが得意です。おそらく女の子にイタズラするという場面だけが事実であって、それ以外は全て男の子の妄想(あるいは夢)ということなのでしょう。とんがり帽子の男の子が表紙に描かれています。いわばみんなツンツンした態度になっている頃です。男の子の心の中をよく表現した絵本だと思います。
 目の前にロボさんがいても、遠くで戦闘機が飛んでいても、爆弾が落ちたりしていても、主人公の男の子には、気になりません。なぜか戦車まで登場しています。なぜこの絵本には、戦車、戦闘機、爆弾、ロボット等が登場するのでしょうか? ここで描かれている世界は、彼の妄想かあるいは夢の中だということなのです。現実世界ではありません。男の子は強いものに憧れます。機械がごちゃごちゃしていて、圧倒的なパワーを持ち、目の前の形あるものを次々に破壊していくもの。そこにカタルシスを得る。そんな男の子の気持ちはなかなか女の子には理解できません。
 ブン君は、頭の中がエッちゃんでいっぱい。エッちゃんが好きなのです。「でも、あいつも前では、不自然に強い態度に出ちゃう。エッちゃんも強情だしなあ」ブンくんはエッちゃんが好きなのに、スカートめくりをしたり、ネズミの死骸をしのばせたりするのです。イジワルをしてしまうのです。ブン君は、自分がいじわるしてしまう理由が、エッちゃんに対する好意だということに気づいています。たぶんそうだと思っていながら、しかしながらもうどうしようもありません。自然の力といいましょうか。気がつくといじわるをしてしまうのです。
 なぜ男の子は、好きな女の子に冷たくしてしまうのでしょうね。好きな女性に、好きと言えばいいのに、俺はこんなにすごいんだぜ!というような、無意味なことをしてしまう。自分の力の強さを証明したいのかもしれません。他者を圧倒し優越しているようなそんな姿を見せたい。あるいはそんな自分でいたい。乱暴であることはカッコいいことだ、そんな思いが強いのでしょう。本当は仲良くしたいのですが、女の子と仲良くする方法が分からない。それでイジワルをしてしまう。あるいは「好意があるわけではない」ということを示そうとしているのかもしれません。「好意がある」ということが分かってしまうと、それは弱い自分をさらすということになります。なよなよ、デレデレしている自分は見せたくありません。両想いであればいいのですが、向こうから好きだと言ってくれればいいのですが、そんなことにはなりません。結局は、片想いなのです。それはとても惨めなことです。うすうす気づいているのかもしれません。惨めな自分を認めたくないのです。さまざまな思いをもちながら、イジワルをしてしまうのです。
 本書は空間がよく描かれています。最初のページでは遠くに教会が描かれています。そこからエッちゃんが出てきます。少しずつ近くにやってくるという変化が描かれています。なぜ教会が描かれるのでしょうか。殺伐とした戦争状態の荒野にあって心休まる場所という位置付けをしているのでしょうか。本書では遠くの教会とそこから出てくるエッちゃんが描かれていますが、これは、ブン君が常に遠くにいる地点からエッちゃんを探し求めている、ということを表現しているのだと思います。
 遠くからエッちゃんがやってきました。「ブンくーん」と呼んでいます。はっとするブンくん。近づいてきたエッちゃんはこちらを睨んでいます。すると、口から炎を吐き出し、数々のプロレス技を披露し、最後はパイルドライバーをかけるのです。もう、ブン君はボロボロです。エッちゃんは言いました。「おどろいた?実はあたし、ほかにもいっぱい あぶない技を持ってるの。でも、このこと だれにもないしょだからね。じゃあね。」涙を浮かべるブン君を見下ろして、エッちゃんは去っていきました。
 これは男の子の妄想です。妄想だとしても、なぜここで女の子がプロレス技をかけるのでしょうか。男の子の妄想はどうなっているのでしょうか。男の子は強いものに憧れ、美しいものに憧れる。それは思いの中で融合するのです。最近のアニメやゲームなどを見ると、美しい女性が武装して怪獣を倒すようなシーンが多く見られます。裸に近いような恰好で武装していることも少なくありません。戦闘シーンばかり見ていると美しいものを欲します。美女ばかり眺めていると強烈な場面を欲します。結局は鑑賞したいものを一度にまとめようとする。それが多くの男の子の意識の姿なのです。ブン君がどの程度プロレス技に興味があったか分かりませんが、誰かに技をかけてみたいと思っていたことでしょう。それが、大好きなエッちゃんというイメージと、重なっていくのです。
 最後、「その日、ブンくんは、 エッちゃんのことを いっそう好きになった。」とあります。これはどういうことでしょうか。コテンパンに倒されているのに、なぜ、ブン君は、エッちゃんのことがもっと好きになるのでしょうか? 仮説を三つあげたいと思います。第一は、これが秘密であるという点です。二人だけの秘密が出来たということは、他の人々よりも一歩、近づいたということになります。秘密の共有です。第二は、身体的接触という点です。エッちゃんは、プロレス技をかけているのですが、プロレス技という理由で、身体がくっつくのです。男の子は、いかなる理由であっても、接触するだけでドキドキします。接触を想像するだけでドキドキします。第三は、もう一つの魅力が追加されたという点です。特別の技能を備えているということは、そこに人間的な魅力が追加されるということです。ボコボコにされて、痛い目にあっているにもかかわらず、ブン君は、エッちゃんのことが、もっともっと好きになっていくのです。
 これは妄想の話ではありますが、妄想もまた経験になっていくのです。男の子はほんのわずかなきっかけであっても、そこから妄想を膨らませます。遠くから眺めて美しい存在を頭の中で何度も再生し、再構成し、再解釈していきます。その結果、いっそう好きになっていくのです。男の子の心の中はぐちゃぐちゃで歪な形をしているのですが、それを全肯定しながら描き出しているように思えます。男の子の本当の姿を明確な形にして表現する長谷川集平の優しい眼差しだと思います。