リーダーシップとは何か
『ガンピーさんのふなあそび』
(作・絵:ジョン・バーニンガム、訳:光吉夏弥、ほるぷ出版、一九七六年)
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 イギリスののどかな田園風景です。ガンピーさんという帽子をかぶった背の高い男性が、自分の家から舟を出します。舟といっても数人が乗れるような小さな小舟です。ガンピーさんは、どこにおでかけでしょうか。そこに子どもたちが乗せてと言ってやってきました。「いいとも」とガンピーさんは答えます。ただし「けんかさえ しなけりゃね」 そんな言葉をかけた上でガンピーさんは子どもたちを乗せます。
 そこへうさぎがやってきます。ガンピーさんはもちろん受け入れます。ただし「とんだり はねたり しなきゃね」と言葉をかけた上で受け入れるのです。それ以降も、ねこ、いぬ、ぶた、ひつじ。多くの動物たちが寄ってきます。ガンピーさんはその全てを受け入れていきます。そしてそれぞれに一言ずつ、言葉をかけていきます。ねこには「うさぎをおいまわしたり しなけりゃね」、いぬには「ねこをいじめたり しなきゃね」、ぶたには「うろちょろするんじゃないよ」。そうやって声をかけながら、ガンピーさんは全ての動物たちを受け入れていきます。ぶたの次はひつじ、にわとり、こうし、やぎ。次から次へと舟に乗っていき、ついには満杯になってしまうのです。一人の成人男性が、動物たちを従えて舟を漕いでいる。その姿は、「旧約聖書 創世記」のノアの箱舟になんとなく似ているような気もします。
 ガンピーさんはいずれも条件をつけ、皆を受け入れていく。これはどういうことでしょうか。基本的には来る者を拒まず、全てを受け入れようとしているのです。ただし一つの舟に乗るのだからルールやマナーは必要なのです。暴れたり、いたずらしたりしてしまえば、みんなに迷惑をかけてしまいます。ガンピーさんは、一人ひとりに対して言葉が違っています。動物たちのことをよく知っているからこそ、彼らに合わせて言葉をかけることが出来るのです。条件は一つだけです。その条件さえ守るならば、この舟に乗ることが出来るのです。それ以上にあれこれ注文をつけることはありません。客である動物たちは、そこにいて、何か考え事をしたり、言葉を発したり、楽しい時間を過ごしてよいのです。舟の上での気持ちよい時間を、共有していきます。
 動物たちが登場するシーンはカラーで表情豊かに描かれています。その描き方は他のシーンよりも丁寧です。動物たちはこちらを見つめながら、舟に乗りたそうにしています。なんだかみんな素朴で、かわいらしく見えてきます。何かを求めているような目。そんな目で見つめられたら、ガンピーさんも受け入れたくもなるでしょう。バーニンガムが描く動物たちは、とても人間的、個性的でほのぼのしています。目が小さく描かれているので表情は乏しいように見えますが、その分、こちらが推察することができます。
 さて、最初はみんなおとなしくしていました。しかし、やぎがけとばし、こうしが歩き出し、にわとりが羽をパタパタ、ひつじがめいめい、ぶたがちょろちょろ、みんなが動き出してしまい、遂には、舟がひっくり返ってしまうのです。やっちゃだめだとよ言われたことを、やってしまいます。動き出した順は、最初に乗った子どもたちからではありません。逆に、最後に乗った動物たちから動き出したのです。それはなぜでしょうか。最初に乗った子ども、うさぎ、ねこ、このあたりは、最初は舟の中をゆったりとしていたと思われます。そして次から次へと入ってくる動物たちを、あたたかな気持ちで受け入れ、窮屈になっていきながらも、受け入れたということの喜びを感じていたのだと思います。一方、最後に乗った動物は、そのプロセスを知りません。楽しそうだと思って乗ってみたものの、ただちに大変だということに気づいたのだと思うのです。我慢は出来ず、我慢することの喜びも感じていなかったのです。
 さて、舟はひっくり返ってしまうのです。しかしみんな、それほど困った表情ではなく、川に入っても、平然とさえてしているようです。それはなぜでしょうか。川が浅かった、川の水の温度もちょうどよかった、ということでしょうか。最初からこうなることを予想していたのでしょうか。ひっくり返るくらいのことは大したことではない、等と感じているのかもしれません。トラブルを楽しんでいる、というわけでもなさそうです。やはり舟がひっくり返ったので、それなりには困っているのです。そのような状況であるにもかかわらず、ガンピーさんは慌てることなく、困ることなく、誰かを責めることもなく、その事実を受け入れようとするのです。ガンピーさんは、いろんなことがあったにせよ、みんなで一緒の時間を過ごしたということを嬉しく感じているのだと思います。
 その後は、みんなでお日様にあたって体を乾かしました。そしてガンピーさんは、皆で歩いて帰り、ガンピーさんの家で、お茶をすることを提案します。ガンピーさんからしてみれば、せっかく集まった仲間たちです。そのまま何か楽しく過ごせるといいなというふうに感じていたのだと思います。動物たちは、舟に乗せてもらおうとして集まってきたのですが、舟がひっくり返ってからも、ガンピーさんのもとを離れようとはしません。
 ガンピーさんのこの姿を見ていると、学校の先生のような気がしてくるのです。ガンピーさんは、最初、川を下ってどこかに行く予定でした。しかし動物たちが一緒に乗ってきて、わいわい楽しく過ごすようになると、ガンピーさんの当初の目的は薄れ、みんなで楽しく過ごすという目的に変わってしまうのです。なぜ子どもたちや動物たちはガンピーさんのもとに集まってきたのでしょうか。みんな暇で、やることが無かったということもあるでしょう。寂しいのかもしれませんし、遊びたいと思っていたのかもしれません。彼らは特に、ガンピーさんのもとに行けば、きっと楽しい時間になるだろうと期待していたのです。ガンピーさんにはリーダーとしての魅力があります。そこに参加した一人ひとりのことをよく熟知し、声をかけてくれます。それと同時に、舟全体のことを見ながら、目的地に向けて方向を決めて進みます。どうせ舟を出すのだから、舟の空きスペースに他の動物たちを乗せてもいいはず。みんなで行こう。そんな広い心と説得力があるのです。舟が転覆した後も、舟はさっさとそこらへんに放置し、ガンピーさんはみんなと一緒に過ごそうとするのです。先生という存在は、一般的に言ってルールを破った人間には厳しい。本人に反省を促したり、償いをさせたりしようとしてしまいます。しかしここでガンピーさんはルール違反にも寛容です。ルールを破ってもいいということではないのでしょうが、それを受け入れるのです。本来、大切なことは、ルールを守らせることではなく、短い時間でもいいのでみんなで楽しく共存するということなのです。ガンピーさんはとっても頼もしい存在です。爽やかに舟を漕ぎ、良かったらおいでと声をかける。結局のところ、皆、ガンピーさんのリーダーシップについていくのです