『フレデリック』(作・絵:レオ・レオニ、訳:谷川俊太郎、好学社、一九六九年)
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 野ねずみたちが冬支度を始めます。トウモロコシ、木の実、小麦など、たくさんの食糧を貯め込んでいきます。4匹はせっせと働く。それこそ大仕事でした。しかしフレデリックは、何もしようとはしません。「何をしているんだい」という質問に対して、フレデリックは、日の光、さらには色や言葉を集めているというのです。周囲は皆働いているのに、フレデリックだけは何もしていないように見えます。しだいに皆、腹を立てるようになりました。冬になり、5匹の野ねずみたちは、隠れ家にこもりました。最初はたくさんあった食べ物も、ついには尽きてしまい、みんな元気を失ってきました。そんな時、フレデリックは自分が貯めていた光、色、言葉を放っていくのです。歌を歌ったり、素晴らしい言葉を発したり。4匹は、なぜかとても温かくなりました。まるで魔法でした。
 さて、フレデリックは長い間、何をしていたのでしょうか。絵を見る限り、何もしていません。じっとしているのです。おそらくは周囲の状況をよく観察し、耳を傾けているのでしょう。そして美しいもの、素晴らしいもの、楽しいもの、面白いことを発見しているのです。彼は何もしていないように見えるだけであって、彼の頭の中、心の中は激しく動いているのです。そして数多くの芸術的な作品や感動的な作品を、少しずつこしらえてきていると思われるのです。当然ながら、それらは他のねずみたちが行っている仕事に比べれば些細なことです。それは衣食住を保証するものではありません。芸術作品は、食べることが出来ないのです。しかし私たちが生きるというのは、動物と同じように生きているわけではありません。感動したり、考えたり、喜んだり、発見したり。それらによって私たちは人生を意味のあるもの、価値のあるものとしてとらえることが出来るのです。フレデリックの仕事は、やはり価値のある仕事だったのです。
 ところで、他の4匹は、フレデリックをどのように見ているのでしょうか。冬の終わりになるまでフレデリックが行っていたことの意味は分からないのですから、最初の頃は、本当に何をしているのか分からなかったのです。ただたんに「さぼる存在」だったのです。私は思うのです。よく4匹はフレデリックを受け入れていたな、と。本来であれば、皆と一緒に食糧確保のために働くべきでした。優先順位から言えば絶対的に必要な仕事になるはずです。物思いにふけったり、風を感じたりすることは、余力がある時に行うべきであって、急いでいる時にはやるべきことではありません。最後の方で、他のねずみたちが腹を立てる場面もありますが、その気持ちも分かるのです。しかしここで考えておきたいのは、結局のところ、4匹はそれ以上にフレデリックに何か強く言うわけでも、責めたてたり、批難したりするわけではなかったのです。4匹は、ちょっと変わったフレデリックの存在を受け入れていたのです。しかも冬が始まった際、おそらくフレデリックは他の4匹が用意した食糧を食べていたはずなのです。困ったやつだなあと思いつつも、フレデリックのような存在は一匹くらいいてもいい。そんな思いだったのでしょう。本書は周囲のねずみたちの懐の広さを示しているのです。
 フレデリックの思いは、どんなところにあったのでしょうか。みんなが用意していた食糧、それを準備するのはとても大変そうでした。フレデリックはそれをどんな心境で食べたのでしょうか。良かった、ラッキー、等と思っていたでしょうか。苦役をせずに、集団の中に紛れ込んでいけば、美味しい食べ物にありつける。そんな思いでしょうか。そんな自己中心的なねずみだとは思えません。フレデリックは、真冬の隠れ家で、みんなのために歌や詩を披露してくれているのです。ちょうどみんなが本当に困ってしまうその時まで、このため込んだものはそっと心の奥に隠しておいたのです。おそらくフレデリックは、他の4匹のねずみには感謝をしているはずですし、感謝していないとしても、少なくとも愛情のようなものは感じているはずです。みんなが食糧を集めていた時、フレデリックは、楽をしていたのではなく、本当に忙しかったのです。おそらく他のねずみたちがおしゃべりしながら食べ物を運んでいる時、フレデリックはその横に咲いている小さな花に感動していたのです。彼がみんなと一緒に行動してしまえば、彼の思うところの世界が見えなくなってしまう。他のねずみが目をぱっちりあけて作業をしているのに対して、フレデリックは半分しか目を開けていません。彼の頭の中は非常に繊細で、微妙な世界の変化を感じ取っては頭の中で整理したり、想像したりしているのでしょう。つまりフレデリックは、他の4匹の世界観とは異なっていて、自分自身の観点をしっかり持つために別行動をしていたのだと思われます。そして他の4匹とは世界観が異なっているからこそ、彼らに対して新しい世界観を披露することが出来たのです。
 現代社会は、フレデリックのような存在を排除する傾向にありますね。いじめとか差別とか。異文化異民族に対しては攻撃的な人もいます。自分と考え方や生き方が違う人々に対してはとても冷たいですね。自分たちとは異なる考え方や世界観を持っている人を受け入れることはとても大切です。しかしそれは、厳密には「受け入れる」のではありません。そこに生きているということについてあれこれ口を出したり、責めたり、問い詰めたりしないということです。でんと座って大きな気持ちで存在すればよいのです。他者と、一定の距離感を保って接する。そのことによって社会全体が豊かになりうるのです。