私は、冒頭で絵本の魅力を二つ挙げました。それは「出来るだけ原理的な要素だけを取り出し、短い分量でまとめているという点」「絵本が提示する世界の中に人間的な部分が含まれているという点」です。絵本の魅力の三つ目は、絵本が価値や道徳などの大切なことがらを含んでいるという点です。私たちは絵本を通して、価値や道徳について考えることができます。それが絵本の第三の楽しみ方です。多くの絵本を取り上げてきましたが、もう一度、それらを深く分析・検討してみましょう。
 絵本が描く「家族」とは、家族の間に一定のゆったりした距離感があって、その中でそれぞれが自分らしく充実して生きているという空間です。私たちが家族を大切だと思うのは、そこが「ゆったりしていた」からだと思うのです。家族とは、お互いの考えや感情が交差しながら、それぞれがぞれぞれの人生を模索するようなそんな空間です。一般的には、親は子に無償の愛を与えるべきであり、子は親の愛に感謝するべきだと考えられています。しかし私たちが大切にするべきは、愛情を与え合うような関係というよりはむしろ、一定の距離感を保つことの方なのです。ある程度は気にかけながら、それでいて視線をそらすようなそんな距離感です。それがしっかりと保たれていれば、大人が強烈な愛情を与えるということをしなくとも、子どもの方から愛情を感じていけると思うのです。
 絵本が描く「挑戦」とは、あくまで自分のペースで自分の考えで前に進むことを指しています。子どもが課題や難題に挑戦していくためには、少なくとも自分自身に対する自信や余裕が必要です。一般的には、高い目標に向けて頑張るべきであり、光り輝く目標さえあればどんな壁でも乗り越えると考えられています。しかし実際にはそんなことはありません。むしろ目標が高すぎると簡単にあきらめてしまうのです。最も必要なことは、自分自身の力で進んだという実感です。それは悩んだり考えたりしながら、へとへとになりながらも、自分の力で課題を乗り越えたという経験によって形成されるのです。私たちが大切にするべきは、きらびやかな目標や理念というよりは、彼が自由に実践できる自由空間の方なのです。
 絵本が描く「勇気」とは、一方で恐怖に脅えつつも、自分と敵との距離、周囲のモノや人の位置関係を冷静に見つめることです。周囲のアドバイスを聞き、知恵を働かせ、落ち着いて考えることが必要です。一般的には、迷ったり、脅えたり、逃げたりすることは、後ろ向きに退くことであって、勇気とはその逆だと考えられています。根性というか、負けん気というか、がむしゃらに突き進む精神を自分の心の内から奮い起こすべきだと考えられています。しかし私たちが大切にするべきは、恐怖を無視することではなく、恐怖をつかむことです。恐怖も感じつつ、目標も見失わず、状況を冷静に判断して、適切な箇所で行動に出ることが大切なのです。それが勇気の中身です。自らの恐怖心を自覚しつつ他の方面に目を向けるというのは、心の余裕を持つということです。私たちは前か後ろかという二者択一的な意識に陥りがちですが、勇気というのは、あたかも広い空間を自由に行動するかのような、そんな心の持ち方のことを指すのです。
 絵本が描く「生きること」とは、苦しみ、悲しみ、不条理などを背負いながら生きるということです。私たちは、病気や事故などの辛いこと、悲しいこと、不条理は出来るだけ排除しようとします。死を連想させるものを出来るだけ遠くに追いやり、健康で、若々しく、幸福に満ちていることが生きることだと考えられています。しかしそれは、狭い見方なのです。生きることの半分しか見ていないのです。本来、彼が頑張って生きれば生きるほど、失敗や挫折、悲しみや不条理は生み出されるのです。それは、私たちが自由空間で懸命に生きてきた証です。それらを引き受けることこそが「生きる」ということの真の意味なのです。「生きる」というのは、心の中にとてつもなく広い空間を作り上げていくようなものなのです。そこには様々な問題や失敗や不幸が含まれているはずです。全ての問題をきれいに解決して前に進むことなど、本来は出来ないはずです。問題を解決してスッキリしようとするのではなく、問題とともに生きるのです。私たちが大切にするべきは、不幸を排除することではなく、不幸ととともに生きてきたそれまでの人生を引き受けることなのです。
 絵本が描く「学ぶこと」とは、本人が自然な状態で興味を持ち、自ら学んでいくことを指します。一般的には子どもは学問を習得するべきであり、まるで階段を登るかのように知識や技能を形成していくと考えられています。しかしその考え方は、「教えること」に焦点化した狭い見方です。周囲の大人があれこれと企てたとしても、本人が学ぶ時には学び、学ぶ気がなければ学ばないのです。子どもは、自らの興味関心のもとで学んでいるはずであり、大人の視野の外で学び続けているはずなのです。子どもは、周囲にひろがるあらゆる環境から多様なことがらを取り込んでいきます。学びとは、共同体の中にあって、自分の心の中に共同体を写していくプロセスでもあるのです。それゆえ人は学ぶことによって、大きく、強くなっていくのです。
 さて、いろいろと考察を進めてきましたが、全体的になんとなく似たような意味を感じることができました。価値や道徳というのは、空間的な広がりと深く関係しているということが分かります。私たちが大切にするべきことがらは、価値を抱いて行動するということではなく、多様な関係を含む自由空間の中で有意義に生きること、なのです。絵本が描いているのは、「あなたは特定の価値を抱いて生きるべきだ」というメッセージではなく、「人々が多様な関係の中で豊かに生きている」というその空間の美しさなのです。絵本は人間を描いてきたというよりも、人と人の間の空間を描いてきたのです。