理想の国家・社会を描く
『ありとすいか』(作・絵:たむらしげる、ポプラ社、2002年)
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 夏の午後の話でした。人間の家族が、スイカを一切れ忘れて帰ったようなのです。それをアリが発見します。目の前に巨大なスイカが置いてあるのですから、さぞ歓喜に包まれたことでしょう。4匹のアリは、まず味見をします。これはうまいということになり、巣に持ち帰ろうと考えます。しかし4匹では難しい。黒帽子のアリが仲間を呼びに向かいます。黒帽子のアリは、決してリーダー格ということでもなさそうです。
 アリの巣の中では、多くのアリたちがそれぞれ食料を蓄えて生活しています。よくみると昼寝をしていたり、バーベルを持ち上げたり、滑り台で遊んだり、靴を作ったり、話し合いをしたり、様々です。アリたちは全員でスイカの場所に向かいます。日常生活はバラバラかもしれませんが、こういう時には全員一致で同じ方向に走るのです。しかもここでは全員が同じペースで走っているように見えるのです。追い越したり、目の前の相手を倒したり、といった自己中心的な言動は見られません。それは全員に共通する利害だからでしょう。なぜアリは全員でこの作業に向かったのでしょうか。おそらくアリたちはこう思っているのです。ふだんは各自の生活をしているのですが、全体は一つの形をしていて、自分はその中の一人として生きている。そんなふうに思っているので、スイカがあるらしいという情報が入ると各自の行動をいったん投げ捨てて、こちらの作業に向かうのです。市民としての義務感のようなものでしょうか。ルソーが一般意思と呼んだものに近いのかもしれません。アリは、自分たちの生活全体にとって利益があると感じ、この作業に向かうのです。突出した行動ではなく、自己利益だけを追求するのではなく、出来るだけ揃って行動しようとするのです。
 あまりにも重いのでシャベルで切り取り、運びやすい量に分けてから運ぶことにしました。この様子はとてもおもしろいですね。殆どは協力しながら作業を進めていますが、いろんなアリがいます。昼寝をしてしまうアリもいます。このアリはのんびり屋でしょうか。パクパク食べているアリもいます。上からロープでつるして降ろしているのに、その荷物に乗っておりようというアリもいます。自分だけ「らくちん」をしようとするアリですね。休憩をしたり、遊んだり、歌を歌ったり、一人で黙々と重いものを運んだりするアリもいます。二人組でべったり並んでいるようなアリもいます。アリたちの声が聞こえてきそうです。これは、各自がバラバラの勝手な行動をしている姿なのでしょうか。そうではありません。わりと時間をかけてゆっくりと少しずつ作業を進めているのです。休んだり頑張ったりする。各自のペースで取り組んでいると思うのです。全員で一つのことを成し遂げる姿は感動的です。しかしその際の個々の動きや変化もまた大切なのです。確かに、全員が全力で取り組んだ方が効率的なのかもしれません。そうするためには相当の「無理」をしなければなりません。無理が続くとみんな反発したり、不満を抱いたりするのです。全員がそれぞれのペースで出来る範囲で取り組む方が、あるいは各自のそれぞれの生き方を追求する方が、むしろ効率的なのです。
 これはとても重要なことだと思います。一人ひとりの行動は多様で個別的です。一見したところ、極端に頑張る者や怠ける者もいます。そこに強権的なリーダーが存在すれば、何というでしょうか。あいつは怠け者だと糾弾したり、やる気あるのかと問い詰めたりするでしょう。一部の頑張る者を称賛したり、給料を与えたりして、周囲の者の模範とさせたりするでしょう。なんとかして全体を動かそうとするでしょう。しかしそんなことは短期的にはうまくいったとしても、長期的にはうまくいきません。相手に無理をさせてしまうからです。強権的なリーダーが心配しなくても、休憩している者はそのうち作業に戻るでしょうし、頑張り続ける者は体を壊して休憩することでしょう。重要なことは、各自の行動ではなく、全体で一つの作業をしているという世界観の方なのです。人々は(アリアリは)、自分の個人的な言動と世界観を分けているのです。素直な自分と理想の自分とを分けているのです。強権的なリーダーが無理強いをするということは、この区別をなくし、全員が理想的に振る舞えということを要求するようなものなのです。それはとても辛いことです。強制的にやろうとすれば、対立が起こるかもしれません。誰かを排斥するかもしれません。責任を押し付け合い、陰謀がはびこり、最後はおそらく絶滅へと向かうでしょう。この絵本で描いている「ゆったりした集団」こそ、長期的に安定し、全員が幸せになる集団だと思うのです。生産的であるためには、ある程度はバラバラでなければならないのです。私たちはこの絵本に、本当の国家や社会の姿を見出すことが出来るのです。
 さて、絵本の続きです。アリの巣に運んだのですが、それでも入りきれません。残りはその場で食べてしまいましょう。食べた後は、水辺の近くに運んでいき、巨大滑り台のようにして遊びましょう。ここから何を読み取るべきでしょうか。私はここに徳のあるリーダーの存在を読み取ります。こういうことを思いつき、指示を出すリーダーがどこかにいるのです。ここに明確なリーダーは描かれていません。しかし誰かが声をかけているのです。「よし、こうしよう」と提案しているのです。そして他のアリたちは「うん、そうしよう」と答えているのです。非常に説得力のある言葉を使っているのです。「食べる」というのは生きるために必要な部分ですが、遊びというのは、プラスの部分です。真のリーダーとは、全員が楽しく、豊かに暮らしていけるような環境を用意する者のことだと思います。一見したところ、楽しい雰囲気を描いた絵本のように見えますが、国家や社会のあり方を鋭く描いた素晴らしい絵本だと思います。