海兄

アメコミやゆるゆりや海外の反応やらについて書くブログ



海外関連だけ見たい方はこちら→http://blog.livedoor.jp/eientei/archives/cat_50048267.xml


ゆるゆり12巻は8月4日発売

このエントリーをはてなブックマークに追加

ゆるゆり12巻の発売日は8月4日(月)です。

ゆるゆり (12)巻 特装版 (百合姫コミックス)
ゆるゆり (12)巻 特装版 (百合姫コミックス)


今回も特装版があるそうです。そちらを購入することをおすすめします。私は通常版も保存用に買う予定です。
特装版はアニメイトやとらのあな等の専門店で購入できます。
近所に小さな本屋しかない場合はAmazonなどで購入することをおすすめします。
コンビニでAmazonギフト券を購入すればクレジットカードがなくても買い物できます
(参考:クレジットカードを持ってなくてAmazonで買い物するならギフト券が便利


ちなみに今回表紙はちなつとあかりです。
でも本編(今月号の百合姫の掲載までが収録だと思われます)にはちなつ×あかり回はないですね。特装版の付録に期待です。

最近のゆるゆりは落ちついた作風に収斂しつつありましたが、またキレのあるギャグも戻ってきた印象です。
願わくば、例え不定期でもいいので50年くらい続いて欲しいものだと思います。

あと10.5巻をはじめとした特典漫画を電子で発売して欲しいと思います。
ちなみに同日に大室家2巻も発売されます
要望を出すなら、布教のために文庫化なども進めて欲しいですね。大判本では絵が映えて良いのですが、布教のためには手軽に購入できる手段も欲しいと思います。

「言葉狩り」は定型発達者から発達障害者への弾圧―ポリティカル・コレクトネスという欺瞞―

このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュニーケーション能力というのはつまるところ動作性IQと言語性IQの高さ、およびそれらのバランスの問題なわけである。
コミュニケーションの得意不得意は発達障害か定型障害かの違いであって、運動能力と同じような、ある程度は矯正すれば何とかなるが結局は生まれつきの限界があるという分野であり人格云々の問題ではないわけだ。


我々が「言葉狩り」に抵抗感を覚えるのは、それを順守することが難しいからである。
殺人や強盗を厳罰化されたところで、自分が犯す可能性は少ない。しかしポリティカル・コレクトネス(PC)は完全に順守するということが不可能に近い。

現在「使ってはいけない言葉」となりつつあるものには例えば「外人」「百姓」などがある。他には、異性愛を「普通」と表現するとかも、PC上はNGである。そのようなのタブーが世の中には大量にあるし、日々、増えている。

そんなもの守りきれるわけがない。

守りきれるとしたら、あるいは破ってしまったとしても事後処理で適切な対応を取って社会的ダメージを最小限にとどめることができる人物がいるとしたら、それは社交性、およびコミュニーケーション能力の高い人間であろう。

例えば、ジャーナリストはPCを順守することが容易だ。
彼らは社交性とコミュニーケーション能力が高く、「適切な言葉使い」を自然と選ぶことができる。また日々社会問題に触れているので、何がPCに正しいかを判別するための知識を仕入れやすい立場にある。ジャーナリストとか評論家にPC推進派が多いのは、PCが彼らに優位な戦場だからである。正義の御旗を立てて言葉狩りを推し進めたところで、自分が損害を被る可能性は低い。安全地帯からの無人爆撃であって、良心の人でもなんでもなくただの卑怯者なのである。

逆に、「言葉狩り」が行われたら確実に死滅するのが発達障害者である。

彼らは社交性に乏しく、普通に会話していても相手を怒らせやすい。ましてや「使ってはいけない表現」を会話に入れないなど、絶対にできるはずがない。糾弾などされようものなら確実に取りみだすかニタニタ困ったような笑いを浮かべて傷跡を広げることになる。
たとえ発達障害者の脳内に、常識としてPCを教え込むことに成功したとしても、発達障害者はなかなか認識をアップロードできないので、新しい常識に対応できない。同性愛を否定することは、この10年ほどで急激にタブー化が進んでいるわけだが、そのような常識の変化には対応しきれない。結果として、地雷を踏むようにPCの境界線を踏み越えてしまう。

かつてないほどに急速にPCは進んでいる。昔はちょっとくらい常識知らずでも見逃されていたような底辺労働者までもが政治的に正しい発言を行い、民族差別に気を使わなくては社会的制裁を食らう恐怖の時代である。
人権思想が進めば進むほどに窮屈な時代となっていくのだから不思議なものだ。


この欺瞞性は、発達障害への理解が深まれば批判されるに違いない。
IQの不自由な人間に政治的に正しい言動を要求することこそPC違反である。

現在、得意気にPCを主張している連中は、その発言自体で社会的に制裁される時代がやってくるだろう。それも哀れではあるが自業自得だ。私はその時代を待つ。
良心的市民のつもりでPCを推進している中年の知識人どもは安寧な老後が送れるとは思わないことだ。

左翼は靖国神社を守るために戦うべき

このエントリーをはてなブックマークに追加

小泉純一郎は在任期間中、靖国神社に参拝しつづけた。当然、現在の安倍以上の批判と反発を受けたわけだが、安倍の方が重大問題となっているかのような錯覚があるのはアメリカは中韓の肩をもったからである。畢竟、日米関係はギクシャクしだしたが、それが安倍政権にとって全くダメージになっていないのはアメリカにとって誤算だったことと思う。
経済協定ならともかく政治外交問題で日本に対して米国の意向が通らないという前例ができることは米国の威信に傷がつくことだろうから向こうも必死だろう。何やら仕掛けてはくるだろうが、最近の米国外交のトンチンカンぶりを見ていると何も有効な手はうてまい。安倍自民政権が倒れたところで、後任に自民党以上に親米的な政権ができる見込みなど99%ないのだから、どのみち東アジアでの米国の影響力が低下することは避けられないだろう。中国の力はより強固となる。
その事態を回避する手としては、安倍が靖国参拝を辞めて米国の意向通りの外交を展開するか、米国側が安倍に見方して自身の外交政策を修正する他ない。

衛藤晟一首相補佐官がYoutubeに米国の靖国批判発言に反発した動画をあげ、後に失言として撤回した事件があったが、あれを本当に補佐官の勝手な失言だと思っている文盲左翼が多くて驚いた。そんなわけないだろう。個人的見解という名目で米国に発せられたメッセージである。「参拝はやめねえよバーカ」と言っているのである。今後も安倍政権が続く限りは靖国参拝は続くだろうし、安倍の国民からの支持は盤石なので最終的には米国が譲歩せざるを得ないことになると思う。


さて、小泉だが、彼が在任中に靖国参拝に対する批判を受けたときにどのように反論したかはあまり知られていない。

私の個人的信仰なんだから、私の勝手でしょ

である。

この論法は実は小泉に批判的な左翼が普段から使っていたものであった。
最近はあまり話題にならないが、君が代斉唱強制問題というものがある。公立学校の教員が、学校行事等で行われる君が代斉唱を拒否できるか、という問題である。教員というのはだいたいが左翼なので、君が代斉唱を唾棄する教師は少なくなかった。
これに対して、公立学校の教員は公務員であり、君が代が嫌なら強制されない私立校に赴任すればよいではないかという意見はそれなりに説得力がある。
それに対して左翼は公務員であっても「個人の思想信条」は自由であり、君が代の斉唱を強制することはこれの侵害であると主張したのである。

小泉の論法は、左翼の理論をブーメランとして投げ返したものである。つまり、総理大臣といえども「個人的信仰」は保障されるはずだ、というわけである。

ちゃんと物を考えている左翼にとって、ここは痛い点であった。もし小泉が総理であるということで、信教に基づく宗教行為が制限されるとすることは、公務員であることで思想信条が一定の制限を受けるという論理を受け入れることであり、君が代問題では教員側に不利な論理となる。
小泉の靖国参拝をやめさせることと、公務員の君が代の斉唱拒否を肯定することは論理的には両立しえない。

そこで、総理は影響力が大きいだの、私人としてはいいが公人としての参拝はいかんとか、色々と論理を構成する作業を行っていたわけである。


さて、ジャスティンビーバーだ。

ジャスティン・ビーバーは有名人ではあるが、私人である。
個人的行動として靖国神社を参拝したわけである。信教の自由という理念を尊ぶならば、全く批判される謂れはないわけである。
しかしながらジャスティンは国際的に猛烈な批判を浴び、自身の行為を謝罪することとなった。

そしてこれは靖国問題をめぐる日本国内の議論の無意味さが露わになった瞬間であった。
公人も私人も、信教の自由もへったくれもなく、とにかく靖国神社に参拝することは許されないという、無邪気にして凶悪な意思こそがそこにあったのである。その意思が中国・韓国・米国をはじめとして世界に蔓延している。

この凶悪さは、軍国主義とか平和の祈りとか愛国どころの問題ではない。
個人の信仰にまで強烈な圧力をかけてよいという共通認識が出来上がっているのだ。

小泉の抗弁も、左翼の論理も完全に有効性を失ったとみて良い。

既に問題は世界的な価値観統一の流れというステージに移っている。
喫煙、人権、差別、人間観、性的志向etc.....人類は人類というだけで一定の価値感を奉じなければならず、信教思想の自由も、地域的差異もそこには関係ない。YASUKUNIはその見地からみて人類先進文明の敵なのである。

これはスターリニズムであり、我々が闘争すべき相手なはずだ。
こう整理してから靖国問題にあたるならば、まずは完全なる私人が靖国を参拝する自由から徹底して保障されるべき、という出発点がみえるであろう。


遊撃的戦術としては、他国に攻撃を加えて価値錯乱を図るのもよい。
アーリントンをはじめとして、他国の戦没者追悼施設はいくらでも叩く余地はあるはずである。
右翼はアーリントンと靖国と同一視することで理解を求めるという戦術を採用していたが、むしろ反撃にあたっての攻撃対象とするべきだろう。いくらアメリカが靖国を叩いても反撃がないから攻撃が止まないという問題でもある。

ゆるゆりBDBOXが発売決定! 1期は7月16日発売!

このエントリーをはてなブックマークに追加

1期
ゆるゆり Blu-ray BOX (完全生産限定)
ゆるゆり Blu-ray BOX (完全生産限定)

2014/07/16発売


2期
ゆるゆり♪♪ Blu-ray BOX (完全生産限定)
ゆるゆり♪♪ Blu-ray BOX (完全生産限定)

2014/10/15発売



特典は、1期はピンコレ、2期はデ缶バッジがないくらいで、あとは単巻発売時のときの特典がまとめられていますね。
後は何よりなもり先生描き下ろし三方背BOX

かなりお買い得だと思います。
ゆるゆりが好きな人、これから見てみたい人はぜひとも買ってみてください
私は単巻をもっていますが、描き下ろし三方背BOXも欲しいので、保存用の意味も込めて購入する予定です。

グノシーは結構利用者がいるよね

このエントリーをはてなブックマークに追加

西村ひろゆきの荒業によってまとめブログは息を吹き返しつつあるが、やはり今際の際の抵抗にしか思えず、まとめブログ文化は衰退を迎えようとしているとしか思えない。
そもそも2ちゃんねるのインターフェイス自体が古臭いんだよね。専用ブラウザという存在が便利すぎたので、十年以上も同じようなシステム同じような環境でやってこれたけど、そろそろ限界だよね。

インターフェイスの見やすさほど重要なものはない。
NAVERまとめは記事単体の構成はさほど良くはないけど、トップページ〜カテゴリページがすごい使いやすいんだよね。目当てのまとめをサクサク探せるの。だから時間つぶしとか情報集めには最適なの。

で、まとめブログの衰退に話を戻すけど、衰退したとしてじゃあ次はどんな文化が流行るかという点は誰もが気になるところだと思う。だって先駆者になれば巨万の富を得ることも可能になるわけだから。
そんでグノシーなんだけど、過去に一度、このブログがグノシーで取りあげられたことがありました。さほど人目を引くような記事ではなかったと思うんだけど、それでも数百のアクセスがありました。こんな零細ブログに数百の人を送り込む力をもっているってのは結構すごいと思うんだよね。

グノシーはニュースアプリという文脈の存在なのかもしれないけど、本質的には記事紹介サイトのアプリ版です
日本視覚文化研究会とかかーずSPとか、ああいう、「管理人の趣味嗜好に合わせられた」記事がまとめられて、我々閲覧者はそれを一日一回チェックして、情報を入手するというアンテナ的存在です。
ここさえ見ていれば必要な情報を吸収し、自己を時代と同一化させることのできるネット世界の必須ツールなのであります。
グノシーの場合は「設定」によって自分の趣味嗜好に合わせた記事が表示されるようにできるもの(だったと思う)なので、そういった記事紹介サイトの上位互換的存在ともいえるわけなのであります。
自分はポップアップがうざいので設定で消してあまりみなくなったけど、昔の時点であれだけのリファラー力を持っていたのなら、広告出しまくってる今なら利用者は増加していることでしょう。

ややというかかなり低俗なチョイスが多いのが難点かもしれないけど、
難点は、サイトから御礼のアクセス返しが期待できないのでSEO的で強みに立つことが不可能な点かな。サイト版をつくったらもっと発展すると思う。

で、まとめだが、今後はそのような、ネットにあふれるニュースや記事やコンテンツをまとめて提供する媒体的存在が力を持つのではないかなーっと。アンテナサイトとか、まとめ文化の時点で有力だったもんね。

「ネット右翼団体」の元祖・新風連

このエントリーをはてなブックマークに追加

ネトウヨは自分をネトウヨと呼ばれることを非常に嫌う。
ネトウヨという単語にはどことなく蔑称感があるから、それは当然かもしれないが、正式名称で「ネット右翼」と呼ばれることもまた嫌っている。自分は国を憂うだけの普通の日本人であってネット右翼などという奇怪な存在ではないと主張するのだ
だがしかし、かつて「ネット右翼」を自称した愛国団体がいた。

新風連である

「新風」とはあの維新政党・新風の「新風」であり、新風連は維新政党・新風を応援するネット上の支持グループという体裁でスタートした。
新風連の初代代表は瀬戸弘幸で、「日本よ何処に」というブログを現在も運営している
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/

そして瀬戸は「ネット右翼の代表」とまで自任し、ネット上での右翼発言を繰り返していたのである

大衆の敵・朝日新聞に我々の力を示そう! ネット右翼の代表として、この戦いをネット上の隅々にまで広げていきたい。ネット右翼こそ来たるべき祖国の未来を変える力を持つ、大いなる政治勢力であること、その戦いの一歩が始まったことを宣言したい!
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/51477160.html


彼ら新風連の主戦場は瀬戸の言う通りネットである。彼らの活動とは何かと言うと一言で言うならばブログで2ちゃんねるをやるようなものである。新風連は実態としてはブロガー団体であり、右派の意見を表明しあい、情報交換を行っていた

単に自分で記事を書くだけでなく、記事中やコメント欄でコピペが積極的に投下されていたのが特徴である。

そして、コピペによって見解や情報を共有化しながら見識を高めていた(?)のだ。
かつて2ちゃんねるで、怪しげな政治コピペをあちこちで投下していた奴がよく見受けられたと思うが、あれをブログでやっていたと思ってもらえればいい


それが具体的にどのようなものであったかは、新風の党員である鈴木信行氏が自信のブログで掲載している「愛国川柳」を読めばなんとなく分かると思う。

新風東京の芦澤事務局長からメールで送られてきた標語です。
決して選挙主張ではありません。

 岾吠軸錙,澆鵑覆濃てば 怖くない」
◆峅瓩舛蓮〃り返しません 次は勝つ」
「鉄屑を 集めて開催 北京五輪」
ぁ屬匹Δ擦覆蕁“しい国より 強い国」
ァ峙い鯢佞韻茲Αヾ鼎じ斥佞函|羚饋諭
Α峽ならば とっとと帰れよ 朝鮮人」
А岾防霑 三原則は 持つ 撃つ 勝つ」
─峪澆瓩泙靴腓Α/夕鏈絞未痢〆瀑特権」
「いつまでも 頭を垂れる 売国奴」…
http://blogs.yahoo.co.jp/ishinsya/16966828.html


愛国と言いながらも一つも国への愛を歌っていないのがむしろ清々しい
「美しい国より 強い国」というフレーズは確か新風の選挙公報にも採用されていたと記憶している。

で、それらの試みはある程度成功しており、「ネットと愛国」に登場するよーめんも新風連の瀬戸の薫陶を受けていたように、ネトウヨの間では新風は一時はヒーローであった。
新風連は新風の応援団体的な立ち位置だったが、後に瀬戸が新風の党員として選挙に立候補するなど、だんだん新風本体との違いも不明瞭になっていった。その後、新風は過激派が星条旗を侮辱したとかなんとかで内輪揉めを始めて分裂したようだが、私はその辺りで政治ブログを読むのをやめたので前後の流れはよく知らない。

だがともあれ、政治ブログを閲読していた人にとってはかなり存在感のある団体だったはずだ

在特会のプロトタイプとも言える主権回復を目指す会ともよく協力しており、「ネット右翼」と呼ばれる連中の間でもかなり影響力をもっていたはずである

にも関わらずネトウヨ分析的な評論文ではあまり目にしない。
同じ行動系の新右翼でも、主権回復を目指す会などはそこそこ注目を浴びるのにも関わらず、新風連の存在はまるで夢幻のようである。これはやや不思議な現象である。

一つには、彼らはネット右翼というにはあまりにリアルの右翼に近い存在だったことだろう。新風は言うまでもなく、選挙に立候補していた現実の政治団体だし、新風連の瀬戸に対して「ネット右翼ではなく、右翼がネットをしているだけ」という揶揄も耳にしたことがある。言い得て妙だと思った。
新風は国政選挙では一議席も取れなかったが、一政治団体としてはそこそこの規模だったので、ステレオタイプなネトウヨからそこそこ面白い活動をするグループまで所属する大所帯となっていた。

が、分裂後は一気に存在感を失って行くことになる。
ネトウヨの支持は一気に自民に集まるようになり、過激な行動をとる右派としては在特会が圧倒的な存在感を誇るようになったので、新風はこれといった特徴がなくなったことが原因だろう。

(書いていて思い出したが、そういえば小泉〜麻生時代もネトウヨはいたが、そこまで猛烈に自民支持というわけではなかった気がする。ネトウヨ間では自民より新風の方が支持率は高かったんじゃないか、と思う。そういう意味では自民一辺倒の今のネトウヨとは質が違う気がする。少なくとも、田母神より安倍を信望するということは小泉時代のネトウヨだったらちょっとないと思う。)


とっちらかった文章になってしまったが、ネトウヨ史が編まれるときに新風連のことが触れられないのにはなんとなく違和感があったので書き遺しておく。
アクセスカウンター

    記事検索
    • ライブドアブログ