2011年08月

ゴーストライター

2011年08月29日

 英国元首相の自叙伝執筆に雇われたゴーストライター。前任者が謎の死を遂げたなどという気乗りのしない仕事ではあるが、破格の報酬にひかれてしぶしぶ引き受けることに。未完の原稿をチェックし、依頼主のインタビューを開始すると、何やら腑に落ちない謎がぽろぽろと。奇しくも依頼主の元首相は、イスラム過激派のテロ容疑者を不当な拷問にかけた疑いでスキャンダルの渦中にいる。前任者はなぜ死んだのか、背後には国家をゆるがす謎が隠されているのか!?続きを読む



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ツリー・オブ・ライフ

2011年08月22日

約40年間で本作が5作目という寡作な監督のテレンス・マリック。「天国の日々」は70年代後半、幻の名作だった。日本では劇場公開が遅れ、輸入版のLPレコードで音楽から映像を想像するしかなかった。当時アルトマンの「3人の女」やマルの「アトランティック・シティ」なども同様で、アート系の作品の公開機会は少なかった。1981年春の卒業旅行でニューヨークに4週間ほど滞在し、名画座シネマ・ビレッジで初めて「天国の日々」を見た。70ミリではなく、フィルムの状態もそれ程良くはなかったが、映画は期待どおり素晴らしかった。
さて、本作は残念ながら作品として未消化に終わっている。ストーリーはブラッド・ピットの父親と3人の息子、とりわけ長男との確執が軸なのだが、それ以上に宇宙や自然のイメージ映像に溢れている。映像自体は美しいが、ストーリーとの関係は希薄。精神世界を描きたかったのだろうが総じて表面的。長男が大きくなってショーン・ペンのモノローグとなるが、彼の苦悩は全く伝わってこない。約2時間半の上映時間のうち3分の1くらいがイメージ映像だったような気がするが、すべてカットしてドラマの部分をもっと書き込むべきだった。
マリックはアメリカの国民的画家アンドリュー・ワイエスの絵が好きなのではないか。「天国の日々」の丘の上の白い家がワイエスの描き続けたメーン州の家とそっくりだし、室内に白いレースが揺れるイメージは「シン・レッド・ライン」や本作にも繰り返し登場する。
音楽は売れっ子アレクサンドル・デプラだが、マーラー、ブラームス、スメタナなどのクラシック曲を多用し、自身の曲がどれだけ用いられているのかわからなかった。

シネマトグラフ埼玉/埼玉県
大学時代より今日まで約30年間、年間200〜300本観ている会社員。ニューヨークとブラッセルの駐在時代の7年間ではシネマテークにも通いつめた。サイレントから50年代くらいまでの古典を意識的に見るよう努力している。現代の好きな監督はロメール、レネ、リベットなど。日本映画では溝口と成瀬。


モールス

2011年08月11日

スウェーデンの「ぼくのエリ 200歳の少女」のリメイク。ハリウッド版がどのように脚色しているのか興味深く見たが、細部のセリフやカット割りまでほとんど同じ。露骨なCGやSFXを用いておらず、オリジナルの素朴さを保持している点に好感が持てた。少女役はクロエ・グレース・モレッツ。エリ役だった痩せ細った少女とは趣きがやや異なるが、もともと芸達者なだけあって好演。さらにいいのが主人公の少年を演じたコディ・スミット・マクフィーで孤独な表情がとても印象に残る。
リメイクにあたり、設定をストックホルム郊外から1984年のレーガン政権下、ニューメキシコ州のロスアラモスにしている。同地はマンハッタン計画のロスアラモス研究所で有名で、資産百万ドル以上の居住者率が全米で最も高い町として知られるが、映画ではごく普通の田舎町として描かれている。当時流行したルービックキューブが二人の出会いの小道具として使われている。
監督のマット・リーヴスはオリジナル作品と原作に余程惚れ込んだのか、基本的な設定以外はほとんど変えていない。ハリウッド版に良く見られる過剰装飾がないことがこのリメイク版の成功の要因だろう。俳優が異なるだけであとはほとんど同じ、という再映画化にどういう意味があるのか。まず米国市場では一般に字幕付の映画には目を向けられないため、国内市場向けに作られるのだろう。幸い日本の観客は両方を見ることが出来るのだが、下手に脚色されるよりはオリジナルの雰囲気だけは損なわないでほしいと望むし、その成功例がこの映画である。

シネマトグラフ埼玉/埼玉県
大学時代より今日まで約30年間、年間200〜300本観ている会社員。ニューヨークとブラッセルの駐在時代の7年間ではシネマテークにも通いつめた。サイレントから50年代くらいまでの古典を意識的に見るよう努力している。現代の好きな監督はロメール、レネ、リベットなど。日本映画では溝口と成瀬。


エッセンシャル・キリング

2011年08月08日

 映画はサイレントからトーキーになり音を得た。しかし、それにより失ったものも、少なくないのではないか。映画は映像を「説明」することが可能になり、ストーリーを「語る」ことができるようになってしまったからだ。続きを読む

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ふたりのヌーヴェルヴァーグ

2011年08月02日

70年代の後半に本格的に映画を見始めた小生にとって当時トリュフォーは最も好きな監督の一人だった。彼の映画のみならず彼自身や山田宏一氏の著作を読み漁った。この映画はトリュフォーとゴダールの生い立ちから5月革命を経て、二人が決別するまでのドキュメンタリー。「アメリカの夜」の公開後ゴダールが厳しく批評し、それにトリュフォーが反論する73年ごろの時期で終わっているのが残念である。つまりこの記録映画は少なくとも80年代前半、トリュフォーの存命中に作られるべきだった。記録の最後の時期が73年ではその後の約40年間が何も語られていない。
84年10月、トリュフォーが癌で亡くなったとき、小生はホノルルで半年間の語学研修中だった。訃報を図書室の新聞で知り、呆然としたことを覚えている。52歳というあまりに早すぎた死が惜しまれてならない。必ずしも彼のすべての映画が傑作だったわけではないが、「突然炎のごとく」や「隣の女」は映画史に残る。ホークス、レイよりは個人的にはワイラー、フォードが好み。ヒッチコックへの傾倒も度が過ぎている、といった感覚の違いはあるが、全作を見たいと感じた最初の監督である。一方のゴダールは全く評価しない。とりわけ「中国女」や「東風」以降今日に至るまで作品は映画史的に価値がないと見ている。多くのヌーヴェルヴァーグの監督の中から二人の生い立ち、友情、決別を綴った記録だが、先に述べた著作で既にすべて語られたことばかりで、新たな発見はなかった。


シネマトグラフ埼玉/埼玉県
大学時代より今日まで約30年間、年間200〜300本観ている会社員。ニューヨークとブラッセルの駐在時代の7年間ではシネマテークにも通いつめた。サイレントから50年代くらいまでの古典を意識的に見るよう努力している。現代の好きな監督はロメール、レネ、リベットなど。日本映画では溝口と成瀬。



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