ハーブ&ドロシー

2010年12月03日

 ごく普通の市民が、アメリカナショナルギャラリーに数千点のコレクションを寄贈!こんな嘘みたいな本当の話が、テンポよく描かれたドキュメンタリー。

 郵便局員の夫と図書館司書の妻。30年以上、1LDKのアパートに住みながら、毎日仕事帰りにコツコツギャラリーに通い、自分たちの給料で払える金額の月賦で、アパートに収まるサイズの作品を買い集める。初めは自分たちでも絵を描いていたこの夫婦、絵をやめてコレクションを始めてからは、その芸術表現が、美しいと感じたもの、創造の過程を知ることのできるものを集めることに変わっていく。
 こんな偉業が実現した裏には、実に様々な偶然が重なり合ったのだということが分かる。2人が暮らしたのが、毎日仕事帰りに通えるギャラリーがいくつもあるニューヨークだということ、ミニマルアート、コンセプチュアルアートが隆盛をきわめる1950〜60年代だったということ(作品はアパートに収められて、給料生活者が買える価格だ)、そして何より同じ志をもちながら、情熱の夫ハーブと冷静の妻ドロシーが出会ったということ。彼らを語るアーティストの1人が描いた2人の肖像画が素晴らしい。ギャラリーで作品を観ているらしい2人、ハーブは前のめりに食い入るように見つめ、ドロシーは背筋を伸ばし少し後ろから眺める。見事な水平と垂直の対比。
 偉業を達成したと騒がれる夫婦は、時の人となってもいたって淡々としている。ナショナルギャラリーから贈られた謝礼金も、関係者が良いソファーでも買ってくれればと考えるのをよそに、あっという間に新たなコレクションへと姿を変え、相変わらず飼い猫が跳びのればもういっぱいになってしまう小さなダイニングテーブルセットの前で、なじみのアーティストに今何を制作しているのか電話する毎日。本当の幸せの姿がそこにはあるような気がする。
 自分で見つけ、他人の評価とは違う自らの尺度で量りながら継続していくこと、単純なようで難しい幸福の秘訣を教えられた。

HC/神奈川県
年間鑑賞本数170本。生涯のベスト1は17歳で観た「恋する惑星」。昨年「西瓜」が生涯のベスト10に食い込んだ。都会の孤独を映し出す作品に非常なシンパシーを感じる。劇場公開時に必ず足を運ぶ監督はフランソワ・オゾン、塚本晋也。男優の魅力を感じるのは困惑する表情、女優の魅力を感じるのは不機嫌な表情。



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