パプーシャの黒い瞳

2015年04月04日

 文字を持たないジプシーの一族に生まれながら、ポーランドを代表する女性詩人60人に選ばれたブロニスワヴァ・ヴァイス−愛称“パプーシャ”の人生を描いた物語。美しいモノクローム映像に映し出されるのは、一人の女性の人生と激動のポーランド現代史。

 1910年に生まれたパプーシャは、少女の頃、泥棒が木の洞に隠した盗品の中に、本の切れ端を見つける。ガジョ(=よそ者)の呪文だ、捨ててしまえと大人たちに言われるが、文字に惹かれる心を抑えきれず、街の白人に物々交換のように読み書きを教えてもらうように。
 15歳で、伯父にあたる、はるか年上の男と結婚。
 39歳、秘密警察の追手を逃れるため、旅の一団に匿ってほしいとやってきた、作家で詩人のフィツォフスキとの出会いが、彼女の運命を変える。ジプシーでありながら読み書きができ、折々に口からこぼれる言葉の感覚の鋭さに、詩人としての才能をみたフィツォフスキは、別れに際し万年筆を贈るのだった。詩を書いたら、自分に送ってくれと。
 社会主義政権によるジプシー定住化政策が強化される中、パプーシャの詩集とフィツォフスキのジプシー論が出版される運びとなる。原稿料と全国どこでも演奏できる許可証が手に入り、夫は上機嫌。だが、ジプシー論が予想以上に話題になったことで、一族の長老から秘密をガジョに売ったと厳しい叱責にあうのだった。ついにパプーシャ夫婦は一族から追放され、孤独と失意の晩年を送る。詩を賞賛しながらも、人間としては蔑んだ態度を崩さない主流社会からも距離をおきながら。
 映画や小説などから得た知識で存在を知ってはいるものの、文化や風習、主流社会との関係など、まだまだ未知のものであるジプシーが、大変革の時代にどのような苦悩を生きたのか知ることができ、とても学びが多かった。才能豊かで賢いがゆえに、不幸な一生を送ることになってしまう矛盾。ロマニ語というジプシーの言葉をポーランド語のアルファベットに置き換え独自の表記を編み出して、主流社会に未知の世界を見せてくれたパプーシャに対し、主流社会が与えられたものはあったのだろうか。定住化を強力に推し進めたことで、安定した生活や子どもの就学など、得られたものがなかったとはいえないだろうが、それははたして本当にジプシーたちの幸せにつながったのか。
 ポーランドという国の復活から世界大戦、社会主義体制の広がりから何度もの政治的危機、そしてその終焉、と激動の歴史とともに生きたパプーシャ。周縁に生きる者であったがゆえに翻弄された人生の哀しさを前に、現在も多数存在する国籍をもたない人々を、世界はどう扱っていくべきなのか、深慮させられるきっかけになった。
 沈鬱になりがちなストーリーだが、絵画のように美しいモノクロームの映像には心を洗われる。

HC/神奈川県
年間鑑賞本数170本。生涯のベスト1は17歳で観た「恋する惑星」。都会の孤独を映し出す作品に非常なシンパシーを感じる。劇場公開時に必ず足を運ぶ監督はフランソワ・オゾン、塚本晋也。男優の魅力を感じるのは困惑する表情、女優の魅力を感じるのは不機嫌な表情。



HC  この記事をクリップ!
「映画検定外伝」とは?
映画検定1級合格者による映画評。現在公開中の映画から旧作まで、選りすぐりの「映画の達人」による遠慮のない映画評を毎週アップします。
『映画検定』とは?
邦画・洋画、新作から往年の名作まで、あらゆる角度から、あなたの「映画力」をはかる検定です。
映画検定公式サイト