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eigano at 11:44いろいろ この記事をクリップ!


職業イメージと映画・テレビの影響

 一本の映画は、一人の人間の人生にどれだけの影響を与えるのでしょうか?


 「252 生存者あり」の宣伝を兼ねてか、「ハイパーレスキュー」の
訓練にアナウンサーが体験入隊したレポートをテレビでやっていました。

 ハイパーレスキューとは、通常の消防隊だけでは対処しきれない
難しい状況の人命救助を行う部隊のこと。
 映画「252 生存者あり」は、壊滅した新橋で活躍する
スパーレスキューの物語です。

 最近の日本映画は、製作にもテレビ局がからんで、テレビでの宣伝を
ガンガン行います。「またか」という感じもしますが、
ハイパーレスキューの中越地震での活躍のVTRなどを見ると、
ジーンとすものものあり、
隊員自身にも命の危険性が伴う危険な状況の中、
命がけで救助を行う「レスキュー」という仕事の重要性を
思い知らされます。

 
 今期のテレビ・ドラマ。
 何本か見てきましたが、私は「ギラギラ」が一番おもしろかったです。
 仕事をクビになり、家族を養うためにホストに復帰する、
伝説のホスト公平の苦難と活躍を描いたドラマ。

 最初、「ホスト」の映画ということで、全く見る気もしませんでしたが、
私が注目している男優、佐々木蔵之介 の初主演ドラマということで
見始めたのが、 彼の演技が予想通り素晴らしかったです。

 ドキュメント風のカメラワークも意外と臨場感アップに寄与していて、
最終回に向けて、大いに盛りあがりました。
 佐々木蔵之介は、これから、さらにブレイクするでしょう。 

 「ホスト」といえば、女性をだましてお金をまきあげる詐欺師のような
職業と思っていましたが、「女性の心を癒す」という側面もあることを
初めて知りました。
 今後、「ホスト」と聞いても、以前ほどネガティブな印象を
持たないでしょう。

 本木雅弘主演の「おくりびと」では、「納棺師」というあまり
知られていない職業にスポットを当て、人生の最後を演出する
重要な職業であることを世間に知らしめました。


 このように、映画やドラマというのは、「職業イメージ」について
多大な影響を及ぼすと思います。

 映画やドラマをみて、「この職業に就きたい」と思う。
 映画やドラマを通して、子供や若者に、職業選択の動機として、
重要な影響を与える可能性がある、と思います。


 よく「どうして医者になったんですか?」という質問を受けます。
 一言では語れませんが、私が影響を受けた作品を何かあげるとすれば、
やはり渡辺淳一先生の小説ということになるでしょう。

 渡辺淳一先生といえば、最近では「恋愛小説」で有名ですが、
デビュー当初は医療現場を舞台にした小説をたくさん書いていて、
これがめちゃくちゃおもしろくて、むさぼるように読んだ覚えがあります。
 ちなみに、渡辺淳一先生の出身校は、私の出身校と同じ「札幌医大」です。
 
 私の同期の友人のH君は、「ブラックシャック」が大好きで、
「ブラックシャック」はボロボロになるまで読んだ、
とよく話していましたが、彼はやはり外科医になりました。


 映画、ドラマ。そして、小説や漫画。
 職業選択に多大な影響を及ぼすことは間違いありません。


 あと、「どうして精神科医になったんですか?」という質問もよくうけます。
 
 私は医学部に入学するときは、「内科医」になると決めていたのですが、
実際、精神医学を学んで、臨床実習などをするうちに、精神医学の
おもしろさに気付いて、「内科医」か「精神科医」か、
二者択一で悩んだ時期があります。

 その時に、見た映画がコレ。
http://01.futako.info/a/dvd016.html

 冗談や受け狙いではありません。
 ロビン・ウィリアムスの「レナードの朝」とでも書いておけば、
私の好感度も上がるのでしょうが、「ド●●マ●●」というのが、
実に樺沢的です(笑)。

 ま正面から精神医学を描いた作品にはちがいありませんが、
癒し系映画とは程遠い。

 でも、この映画を見て人間の心の奥底の不可解さを実感し、
精神医学について「もっと深く学びたい」という気持ちを
強めたのは事実です。

 多分、ほとんどの人は見たことないと思いますので、
レンタルでもいいので見てください。
→ http://01.futako.info/a/dvd016.html

 原作は、映画以上に衝撃的なので、原作もお勧めです。


 そういえば、最近、麻生総理の
「(医師には)社会的常識がかなり欠落している人が多い」
という失言が大問題になりました。

 これは失言というよりは、麻生総理の
医者に対する職業イメージそのものなのでしょう。

 失言を撤回しようが、彼の職業イメージは、
変わるはずがありません。

 なぜこんなことを言うのか。
 昔、医師数抑制を主張していた医師会に対する不満があるのはわから
ないでもないですが、

 一国の首相が「非常識な人が多い」と公言する職業に、
積極的になりたいという人がいるでしょうか?

 医師不足が叫ばれるなか、医師数を増やさなければいけない。

 医学部の定員を増やさないと医師数はふえませんが、
定員だけどんどん増やしても医師のレベルが下がる可能性も
あるわけですから、「医師になりたい人を増やす」ことも
同時に必要です。

 そうした状況の中、
若いみなさん、「非常識な人が多い職業」目指して頑張ってください
と言って、医師になりたい人が殺到するわけはないのです。

 麻生総理の発言は、医師に対する職業イメージに
マイナスの影響を与えて、
日本の医師不足に拍車をかけるような意味しかないでしょう。


 小児科、産婦人科など労働条件の過酷な診療科を志す医師が少ない。
 地方の病院に勤務する医師が少ない。

 こうした問題が、最近深刻化していますが、医学部の定員を増やしても、
過酷な診療科や地方の病院に勤務したいという医師が少ないという状況に
対しては、ほとんど焼け石に水ではないかと思われます。

 では、どうすればいいのか? 

 それを考えるうえで、「職業イメージ」をアップすることは
重要であり、有効だと私は思います。

 具体的には、小児科医の活躍を描いた「小児救命」とか、
僻地医療を描いた「Dr.コトー診療所」とか、すでにドラマや漫画
となっていますが、こうした医師の職業イメージをアップする
映画やドラマや漫画がもっとももっと登場してほしいなあ・・・と
思っています。


 「ド●●マ●●」を見て精神科医を選んだ私のように(爆)、
「小児救命」を見て小児科救急に進もう、
「Dr.コトー診療所」を見て(読んで)僻地医療をやろう
と思う若者も必ず現れてくると思います。



1408号室  「キング原作映画史上NO.1のヒット」はやや期待過剰、普通におみしろいホラー映画

0e0f024a.jpg な〜にぃ〜? やっちまったな! (クールポコ風)

「1408号室」の感想を一言で述べると、こうなります(笑)。

 決して悪い作品ではないのですが、
「スティーヴン・キング原作映画史上NO.1のヒット!」
という、キャッチ・コピーに少し期待し過ぎてしまいました。

 モダンホラー小説界の王様とも呼ばれるスティーヴン・キング原作。
 さらに、キングの原作の映画化作品として、過去最高の記録を樹立した
とのこと。
 
 キングの原作といえば、
「キャリー」「シャイニング」「スタンド・バイ・ミー」
「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」
ですよ?
 
 映画史に残る傑作ぞろい。

 これらの作品を超えるヒットを記録したというのですから、
「どれほどの作品か?」と期待したくもなります。

 それで、結果はというと・・・ な〜にぃ〜? やっちまったな!

 ということです。

 アメリカ中の幽霊ホテルを泊まって取材を続けるオカルト作家のマイク。
 本物の幽霊ホテルなど存在しない、という心霊現象否定派。
 そんな彼のもとに、「ドルフィンホテルの1408号室に泊まるな」という
葉書が送られてきます。

 「泊まるな」と言われると、滅茶苦茶「泊まりたくなる」ものです。
 これは、カリギュラ効果です。

 「カリギュラ効果」というのは、禁止されると、かえって余計に
その行為をやってみたくなる心理を示す心理学用語です。

 昔、「カリギュラ」というエログロ映画が、公開されたとき、
マスコミからは「ひどい映画だから見ちゃいかん」とバッシングされ、
一部地域では上映禁止にもなりましたが、余計そのことで、
「見たい人が」が続出してしまい、大ヒットしたということから、
名付けられたという。


 まあ、それはいいとして、マイクはこの1408号室について調べると、
過去の宿泊客56人全員が謎の死をとげていることが判明。
 それは本当なのか? 確かめるために、マイクは自ら1408号室に
宿泊し、恐怖の一夜がはじまります・・・。

 あらすじだけを読むと、滅茶苦茶おもしろそうに思います。

 実際、映画の最初の30分はかなりおもしろいです。

 マイクが「1408号室」に入って、10分くらい経つところまでは、
「一体、この部屋で何が起きるのか?」という期待と不安で
胸がはちきれそうになります。

 しかし、実際、「1408号室」で、不思議な出来事がおこりはじめた
途端に大きく興をそがれてしまいます。

 本当は、そこからクライマックスに向けて、ガンガンおもしろく
していかいないといけないのに。

 どんなことが起きるのかは、ここでは書けませんが、
後半、やや単調になっているのが、本当に残念。

 とはいっても、ホラー映画としては、標準レベル以上
には仕上がっています。
 過剰に期待しないで見れば、十分に楽しめるでしょう。


樺沢の評価  ★★★☆




252 生存者あり 

8bbf6658.jpg 直下型地震、そしてその後の巨大高潮が東京を襲い新橋が壊滅する。
 
 そんな壮大な災害パニック映画が、日本映画で作れるのか?
 と思ったが、特殊効果のシーン、群衆シーンのいずれも、
想像以上の完成度に仕上がっていて驚かされた。
 日本映画のCGのレベルも相当なところまできているなあ・・・と。

 しかしながら、「252 生存者あり」の見所は、そうした迫力のある
映像シーンだけではない。
 人間ドラマもかなりしっかりと描かれている。

 この映画のプロモーション用ブログに「涙の洪水、日本直撃」
というキャッチがついていた。
 うまいキャッチではあるが、「さすがにちょっとおおげさじゃないのか?」
と思った。

 しかし、映画のクライマックス。
 涙の洪水が、私の顔面を直撃した。
 
 とはいっても、私はすぐに涙を流す方ので、他の人はどうなのか
と思っていると試写室のあちらこちらから、鼻水をすする音が聞こえてきた。
 「涙の洪水」は、まんざらウソでもなさそうだ。

 普通、泣くでしょう。この展開なら・・・。
 
 レスキュー隊員の活躍を描いた映画だが、それをサボートする気象庁の職員
や国土交通省の職員たちが、意外なところでプロ根性を発揮する。

 レスキュー隊員が被災者を命がけで救出する、
というのはそれだけでは当たり前の話。
 しかし、レスキュー隊員以外の人たちが、それぞれにプロ根性を発揮して、
自分の職務で最善を尽くすことで、「救出」をサポートしていくという部分が、
プラス・アルファの感動とおもしろさを演出している。

 地震、高潮、台風と主要な災害が次々と東京を襲うというのは、
映画を見る前は、ずいぶんと都合の良い話だと思ったが、
映画を見るとリアリティのある相関性に納得させれる。

 一昨年、勢力の大きな台風で、私の家の前の多摩川が氾濫寸前まで増水して
避難勧告がでる寸前のところまで行った。
 規模の大きな災害が東京や日本の主要都市を襲う可能性は十分にある。
 これは映画という絵空事ではなく、当然起こりうる一つの可能性として
見るべきだと思った。
 
 この映画を見ていて、何百人もの被災者を救出しても、
それを病院に搬送できるのかとか、病院で治療する医師が足りているのか、
とかそんな心配もしたくなった。

 個々人の防災意識を高めるという意味でも、良い映画と言えるだろう。

樺沢の評価  ★★★★

 (★★★★★が満点。☆は、★の半分)


 災害や事故から生き残るパニック映画。
 私にとって、パニック映画の最高傑作は、間違いなくコレです。
→→→ http://01.futako.info/a/dvd16.html



「ブラインドネス」のキリスト教的考察 目からウロコの語源とは?

1e7f00b4.jpg※ 以下、映画「ブラインドネス」のストーリーのネタバレを含みます

 「ブラインドネス」の衝撃が頭から離れません。

 そうそう忘れられる映画ではありませんが、やはり何か腑に
落ちないものが残るからでしょう。
 
 映画ブログをいつくか閲覧しますが、適切な解説は見つかりません。
 というか、そんな暇があるなら、自分で考えた方が早いので、
少し「ブラインドネス」について考察をしてみましょう。


 まずは、映画のラスト。
 というか、いきなり映画のラスト。

 バッハのカンタータがかかります。

 カンタータは、教会での礼拝のために作られた曲ですから、
キリスト教的な雰囲気が漂います。

 映画的には、「この映画はキリスト教的に解釈しなさい」と
いうことを意味しているのでしょう。

 「ブラインドネス」の中で、直接キリスト教とかかわるシーンとして、
教会のシーンがあったことをすぐに思い出します。

 教会内にあるマリア像には目隠しがされ、教会のステンドグラス
の人物の目の部分にも、目隠しがされています。

 ステンドグラスは、高いところに設置されているので、
失明した人がステンドグラスの目の部分に
正確に目隠しをすることは不可能です。

 ということは、失明する以前に、目隠しをしたということ。
 全世界失明は「預言」されていた・・・と私は解釈します。

 目隠しされた聖母マリア像。
 この映像はかなりショッキングですが、この映像を見て私の頭を
よぎった言葉があります。

 それは、「啓示」です。
 「啓示」とは、神または超越的な存在より、真理または通常では
知りえない知識・認識が開示されることをいいます。
 
 啓示によって真理が開示され、それによって信仰が成立する宗教を、
「啓示宗教」と呼び、キリスト教もその一つです。。

 それで、なぜ「目隠しされた聖母マリア像」を見て、
「啓示」という言葉が私の頭をよぎったかというと、
そもそも、聖母マリア自身が「啓示」的意味を持つからです。
 
 聖母マリアの処女懐胎。
 
 この出来事は、神の力を人々に知らしめた重要な出来事であることは
言うまでもありませんが、これこそが「啓示」です。

 「ブラインドネス」という映画。
 全世界の人々が失明してしまうという異常事態。
 これを一言で言うならば、「啓示」ではないでしょうか。

 神の力を示したということ。
 そして、神が何らかのメッセージを伝えようとした、
ということです。
 
 では、この「全世界失明」に、どんなメッセージが
託されているのでしょうか。

 まず映画と無関係に、失明というのは光を失うということですが、
「光」はキリスト教的に特別な意味を持っています。

 天地創造で、神は最初に「光あれ」と言って、「光」を生みだします。
 つまり、「光」とは「神の力」そのものです。

 「光と闇」という言葉がよく使われますが、「光」とは神が支配する
世界、領域であり、「闇」とは悪魔が支配する世界です。

 ですから、吸血鬼は、日没してからでないと活躍できないわけです
(象徴的な意味で)。

 光を失った人々というのは、信仰を失った人々。
 あるいは、神の力の届かない人々を象徴するだろうことは、
容易に想像できます。


 さて、これくらいの知識を整理したうえで、映画に戻りましょう。

 新約聖書で、「失明」で思い出されるのは、二つエピソードです。

 一つは、失明したパウロが視力を取り戻す「パウロ回心」の話。
 もう一つは、イエスがエリコで盲人を治した話です。

 目隠しされた聖母マリア像が置かれていた教会で、
神父が説教をしています。
 パウロの話をしていました。

 また、この教会自体が、「サンパウロ通り」に位置していた
というものも重要です。
 要するに、パウロが二重に強調されています。
 
 パウロのエピソードが「ブラインドネス」の解釈において
非常に重要である、というのは間違いなさそうです。

 さて、パウロが回心した話について、簡単に説明しておきましょう。

 パウロ(回心前のパウロは、サウロ、またはソウルと呼ばれており、
聖書でもサウロと書かれていますが、混乱するので、ここではパウロで
統一します)は、ユダヤ人であり非常に熱心なユダヤ教の教師ラビでも
ありました。
 当時、広がりつつあったキリスト教を、先頭に立って迫害していたのが
パウロです。
 
 パウロがイエスの弟子たちを弾圧しようと旅をしてダマスコに
向かう途中のこと。
 パウロはイエスの声を聞きます。

 「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」
 「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
 起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」

 そして、パウロは失明してしまいます。
 パウロは失明して従者に手を取られながらダマスコの町に入ります。
 
 パウロは、ダマスコでキリスト教の信者であるアナニアに会います。
 アナニアはイエスの幻を見て、パウロに会うようメッセージを託されます。

 アナニアは言います。

「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、
あなたが元どおり目が見えるようになり、また、
聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」

 すると、たちまちパウロの目からうろこのようなものが落ち、
パウロは元どおり見えるようになりました。

 この話が「目からウロコ」という言葉の語源となっています。

 この出来事により、パウロはユダヤ教からキリスト教に回心し、
以後、命がけの布教活動を行っていきます。

 キリスト教が、今日のような大きな宗教になるきっかけは、
このパウロの布教活動が大きく貢献していると考えられています。


 ちなみに、このパウロの神秘体験は、精神医学の世界では
昔から「てんかん発作」と考えられられています。
 
 パウロの雷に撃たれたような感覚。強い光を見たという体験。
 これは、てんかん発作そのものでしょう。

 また、側頭葉てんかんに多い複雑部分発作では、
「知覚異常」もしばしば見みられます。


 パウロの失明のエピソードをまとめると

・失明したり、視力を回復したのは、全て神の力だった
・パウロに自分の真の目的、生きる目的を悟らせるために
イエスはパウロの視力を奪った
・失明を通して、パウロは神の力を知り、イエスへの信仰を得た


 ここまでわかれば、「ブラインドネス」という作品のテーマも
かなり明確になるのではないでしょうか?

 信仰を失った現代人。
 あるいは、目的を失いおかしなことばかりしている現代人。
 そうした人々に、何かを悟らすために神の力として
「全世界失明」という出来事が起きた・・・。

 こう考えると非常にスッキリするでしょう。


 細かい解釈は各人にゆだねるとして、
作品全体を「神の啓示」としてとらえるだけで、
非常に奥深い作品に見えてきます。

 
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ブラインドネス

7b0abd36.jpg ハンマーで頭を叩かれたような強烈なインパクトを受ける映画。
 
 おもしろいかどうかは賛否が分かれる映画だとは思うが、
「衝撃的」であるという点では疑いがいない。

 全世界同時失明。
 原因不明の病で、突然に失明してしまう。
 急速に拡大する失明の嵐。

 最初の感染者たちは、療養所という名の収容所に収容されるが、
この収容所での生活の様子が凄まじい。

 限界状況に瀕した中で、人間のエゴとエゴがぶつかり、
人間の醜い部分が全て露呈されていく。
 
 これらが見ていてつらい。
 映像的に残酷なシーンはほとんどないが、この心理的な残酷さは
度を超えている。
 まさに、「地獄絵図」だ。

 「ブラインドネス」のレビューサイトの評価を見ると、
やたらに評価が低いが、この「地獄絵図」の描写があまりにも
強烈だからだろう。

 ここでの唯一の救いは、ただ一人目が見えるヒロイン
(ジュリアン・ムーア)である。
 彼女は、人々を助け、導く。

 最初は見ず知らずの他人であった仲間たちが、次第に
家族のように深く結び付いていく様子は、感動的である。

 目が見えること。健康であること。
 誰もが、普段は当たり前すぎで気付くことも感謝することもない
健康の恵みを再認識するにちがいない。
 しかし、この映画のテーマは、もっと深い部分にあるように思う。


 なぜ、「目が見えなくなったのか?」「病気の正体は?」、
こうした謎は、映画の最後まであきらかにされない。

 そこに不満を持つ人も多いかもしれないが、それを理解しようとすると
するならば、キリスト教的な解釈は不可欠である。

 実は、登場人物たちに名前はない。
 映画で見るとリアルな話だが、誰にでも起きうる普遍的な寓話として
見るべきなのだろう。
 「黙示録」が現実化したといえば、それだけでも話は理解しやすい。
 ある意味での、「世界の終末」である。

 救世主は誰かというと、言うまでもなくジュリアン・ムーアの
ヒロインである。
 
 その救世主たるヒロインは、何か特別の能力を持っているかといえば、
持っていない。

 ただ目が見えるというだけ。あとは、普通の女性にすぎない。
 唯一、彼女が力を持っているとすれば、それは「愛」だろう。

 その一平凡な女性にすぎない彼女が、「全世界失明」の中では、
万能の力を持った神でもあるかのような存在となるわけだ。

 「愛」の力があれば、誰でも世界を救えるかも知れない・・・
我々、一人一人の人間には計り知れないポテンシャルを持っている・・・
そんなことが描かれている。

 一方で、収容所で「王」を名乗り独裁者になろうした男のように、
誰もが「悪魔」になるかもしれない。そんな恐怖も同時に描かれる。

 原作は、ノーベル文学賞受賞作家ジョゼ・サラマーゴの「白の闇」。
「白の闇」の原題は「ENSAIO SOBRE A CEGEIRA」、直訳は
「盲目についての随筆」ということだから、「白の闇」というタイトルは、
日本の出版社がつけたのかもしれないが、とても良いタイトルである。
 
 この映画では、盲目になるときに「白い光に包まれる」と言う。
 「白=光」。光は「神」であり、「神の力」の象徴である。
 「闇」は言うまでもなく、「悪魔」の象徴。
 
 光があふれる世界は、神の力が行き届いた世界であり、
光が失われた「闇」の世界は、悪魔の力の領域ということになる。

 「白の闇」、言い換えると「神と悪魔」、「神対悪魔」ということに
なって、この映画のテーマというか、本質を見事に一言で言いつくした
タイトルである。

 娯楽映画というか、パニック、サスペンス映画を期待して劇場に
足を運ぶと100%期待外れとなるだろう。

 しかし、テーマ性の深さ、人間描写の深さでいうなら、
ここまで骨太な作品はそうそうないとも言える。
 ちゃらちゃらとした娯楽映画ではなく、
骨太な映画を見たいという人にのみ、お勧めできる作品である。

樺沢の評価  ★★★★

追伸 あまりに衝撃が強いので、未成年の方や、カップルで見に行くのは
お勧めしません。




デスレース 〜 「マッドマックス」ほ彷彿させる、単純で痛快なカーアクション

49230e81.jpg 「デスレース」、公開第1週の興業収入で第5位と
かなり健闘している。
 
 痛快なカーアクション、何も考えないで楽しめる娯楽作品
という意味ではお勧めだ。

 四方を海で囲まれた孤島の刑務所。
 その刑務所内のサーキットで繰り広げられる、
ルールー無用のデスレースが繰り広げられる。
 勝ち抜ければ自由、しかし負ければ「死」あるのみ。

 設定は、滅茶苦茶おもしろそうで、期待感は高まる。

 しかし、レースがあまりに過酷すぎる。
 参加者のほとんどが死亡するわけだが、
これだと次の試合に参加する人がほとんどいなくなる。

 毎週、K−1をやるようなもので、ストーリー的に無理がある。

 もともと「デスレース2000」というロジャー・コーマンのB級映画の
リメイクなのだから、あまり細かい点を突っ込まず、楽しみたいところ。

 リメイクとはいっても、大陸横断レースを刑務所内での周回レースに
かえたり、大幅なストーリー変更がされている。

 もう少しストーリーの細かい部分をつめれば、
凄い傑作になりそうな予感はあったのたが、その点は残念。

 とはいっても、ほとんどの人は緻密な作品よりも
「単純で痛快なカーアクション」を求めているからこそ、
興業的にみ成功したのだろうが・・・。

樺沢の評価  ★★★☆




俺たちに明日はないッス 〜 青春時代の記憶が蘇る幌に苦い作品

70a74594.jpg 「百万円と苦虫女」のタナダユキ監督の新作。
 「百万円と苦虫女」の空気感が非常によかったので、
この「俺たちに明日はないッス」も劇場に足を運んでみた。

 チラシには、"「性」春映画"というキャッチコピーが
書かれていたが、確かにその通りで、想像以上に性描写がどぎつい。

 「アメリカン・グラフィティ」の日本版的な感じで、
高校3年生男女6人の最後の夏の出来事を群像劇的に描いている。

 高校3年生ともなれば、男子も女子も異性のことで頭が一杯になる
のは当然のことだから、どぎつい性描写とリアリティは
表裏一体のものなのだろう。

 タイトルの「俺たちに明日はないッス」。
 さそうあきら氏の原作漫画のタイトルででボニーとクライドの
「俺たちに明日はない」を意識していることはわかるが、
今どきの若者がボニーとクライドを知っているのか・・・
というある種の時代錯誤感を感じたが、映画を見るとその意味
というか、テーマに通じる真意がよくわかった。

 要するに「今を生きる」ということ。
 今を生きるのが精一杯で、明日のことなど考えていられない・・・という。
 
 「今を生きる」というのは、私の人生の生き方の法則みたい
なものであるから、それをテーマにしたこの映画も、
共感する点は非常に多かった。

 そういうテーマのせいか、この映画自体が一本の大きなストーリーではなく、
一シーン、一シーンを楽しむ。
 一瞬、一瞬を楽しむ作品になっているのは、おもしろい。

 結局、誰と誰とがくっつくとかそういうたわいもない話だが、
手に汗握るスリル感を持って描かれているのは、
タナダ監督の演出力ゆえであろう。


「百万円と苦虫女」や「俺たちに明日はないッス」
などタナダ作品を見ると、
「こういう奴、いるなあ」
「こういう人、いそうだなあ」という感覚を映画の随所に感じる。

 普通は、映画やドラマを見ていても「こんな奴いないよ」と
思うことの方が多い。

 思わず「あるある」「いるいる」と言いたくなるのは、
人物にリアリティがあるから。人物が生きているからである。

 当然、そのためには演出だけではなく、役者の力量も必要になるが、
「俺たちに明日はないッス」の高校生を演じる俳優たちは、
みな強力な個性と存在感を持っていて、
そのうちの何人かには、今後凄い俳優に育ちそうな将来性を
感じた。


 映画を見ていて思ったが、この映画、一体、誰に向けて
放たれているのだろうか?
 
 高校生や大学生くらいの若者か?
 
 それとも、「青春時代」を昔の思い出としてしまった、大人に向けてか?

 私のようなオヤジが見ると、
「昔こういうことがあったなあ」
「昔も今もたいして変わらないなあ」
という、ノスタルジックな思いに包まれるだろう。

 そして、若者が見れば、また全く別なものに見えるはずだ。

 この映画を見て、自分が学生のころに見た青春映画が、
フラッシュバック的に思い出された。

 記憶というのは、芋づる的につながっているので、
「高校生を主人公とした青春映画」を見れば、
「自分が高校生」だったときのエピソードや
その時に見た青春映画が、次々と芋づる的に思い出される。

 私が学生の頃に見た「最も影響を受けた青春映画」といえば、
大林宣彦監督の尾道三部作である。

 特に、その中でも私の思い入れの強い作品は、コレ。
→→→ http://01.futako.info/a/dvd021.html

 当時の自分自身の体験と不分離になっていて、
まさに「自分にとっての青春映画」という感じである。

 「俺たちに明日はないッス」を楽しみながら、
自分の高校時代の思い出や、高校時代に見た映画に思いを
はせながら、極上の79分間を味あわせていただいた。

 これだけで、「見て良かった」と思わせる映画だ。

樺沢の評価  ★★★★




ウォーリー 〜 ため息が出るほどの美しい映像 デフォルメ人間以外は最高

4d3efa9a.jpg 映画前半部分。ため息が出るほどの美しい映像。
 映し出されるものは、ゴミの山で埋もれてしまった地球。
 本当は汚いその世界を、あまりにも美しいCGで見せ(魅せ)られ
思わずため息が出る。

 「これは実写か?」と目を見開いて、
上半身をスクリーンに乗り出してしまうが、
これが現代のCG技術の最先端なのだ。

 美術館の名画の前で立ち止まり、「ホーッ」とため息をつくような、
そしてその場を動きたくなくなるような、
そんな凄さが「ウォーリー」の序盤にはある。
 
 言葉はほとんどない。
 説明もない。
 
 この言葉も説明もないところが、いいのだろう。

 ウォーリーのかわいらしい動きだけで、全てが伝わってくる。
 まさに、ノンバーバル・コミュニケーション(非言語的伝達)の美学。
 「無声映画」を極上のCGで再現したかのような作品である。
 
 29世紀の荒れ果てた地球で、たったひとり黙々と働き続ける
ゴミ処理ロボット、ウォーリー。
 宇宙へ脱出した人間たちに置き去りにされて700年。
 孤独の中、ひたすらゴミ掃除にあけくれる。
 そんなある日、真っ白に輝くロボット、イヴが現れ、
ウォーリーはたちまち恋に落ちる。
 そして、巨大な宇宙船がイヴを連れ去ってしまい、
それを追って宇宙に旅立つ、ウォーリー。

 さて、この宇宙での後半部に人間が登場する。
 この人間が登場してから、「映像美学の極致」が
メッキがパラパラと剥がれ落ちるかのように瓦解していく。

 人間は、「Mr.インクレディブル」のようなデフォルメキャラである。
 実写と見間違えるほどの前半部とは、全く別な映画になっている。
 
 アメリカのCGアニメでは、人間を超リアルに描くことを放棄している。
 だから、デフォルメキャラも悪くはないのだが、
前半があまりに美しいだけにバランスが悪い。

 ビジュアル的に悪いだけではなく、これらの人物に全く魅力がない。
 ロボットの方が何倍も人間的。
 おそらくは、ロボットを人間的に見せるために、あえて
人間をシンプルにデフォルメして描いたという作家の意図だろう。
 それは承知だが、これほど魅力のない「人間」なら
登場させない方がよかったのではないか。
 
 ストーリー的にも人間は「人工睡眠」というこにしておけば、
登場しなくても成立する話である。
 
 この物語は、「ウォーリーの恋愛物語」と「人類の再生物語」の
二つの物語が表裏一体となって壮大な叙事詩となるはずだが、
デフォルメキャラの平板描写で「人類の再生物語」の部分が
圧倒的に弱くなっている。

 というわけで、宇宙に出るまでは「★★★★★」のおもしろさと
完成度があったが、後半は私の趣味には合わなかった。

 とは言っても他の「ピクサー」作品同様、
全体に安心して見られる映画であり、
小さなお子さんと一緒に見る映画として、
冬休み映画前半の目玉作品であることは間違いない。

樺沢の評価  ★★★★

 (★★★★★が満点。☆は、★の半分)

 私の映画仲間には、「ウォーリー」はピクサー史上最高という人もいますが、
私としては、ピクサーならこの作品の方が感動しました。
→→→ http://01.futako.info/a/pixerbest.html

 やっぱり、私はアメリカン・カルチャーが好きで
映画を見ているんだろうなあ・・・。



ワールド・オブ・ライズ〜ディカプリオの演技が光るが、かなり血生臭い映画

e508a671.jpg ディカプリオの演技が良い。
 誰が敵か味方かわからないスリリングな展開に、手に汗握る。

 ディカプリオが演じるCIAのエージェント。
 その上司が、ラッセル・クロウ。

 「敵を欺くには、まず味方から」と言うが、まさにそれを地でいく。
 この上司のクロウが信頼ならない。

 本当に信頼できるのは誰なのか?
 そうした疑心暗鬼の中、テロ組織へ命がけの潜入操作を行うという
物語は、緊迫感に満ちあふれている。
 
 ストーリー的には非常におもしろい。
 しかし、話が非常に血生臭い。
 
 テロリストの犯行のやり口はかなり残酷だ。
 あと、テロリスト以外にも残酷な人が出てくる。
 さらに爆弾だ、銃撃戦やらで、次々と人が死んでいく。

 ワシントン・ポスト紙のコラムニスト、デヴィッド・イグネイシャスの
原作「Body Of Lies」の映画化。
http://01.futako.info/a/book02.html

 この話はノンフィクションではないが、
舞台背景や一つ一つのエピソードについては限りなく、
事実に近いのだろう。
 したがって、物語のリアリティがすごい。

 実際に、テロリストをめぐる現場はこんなものだ、
と言われればそれまでだが、
「血生臭さ」ゆえに家族向けなどにはあまりお勧めできない
作品になっているのが残念。

 
 映画(原作)の原題は、「Body Of Lies」。
 邦題は、「ワールド・オブ・ライズ 」。
 
 「ボディ・オブ・ライズ」だと、日本語としてはわかりづらいので、
「ワールド・オブ・ライズ 」したのだろう。この邦訳は悪くはない。
 
 「Body Of Lies」、直訳すれば「嘘つき集団」「嘘の本体」「嘘の塊」
といった感じで、いろいろなニュアンスにとらえられるが、
「Body」には「死体」という意味があるので、
それをメインに訳せば、「嘘まみれの死体」といことになろうか。
 この原題の真意は、映画を見ればわかるだろう。


 ラッセル・クロウ演じる、現地の中東から遠い、
アメリカから無責任に衛星電話で指示を出すCIAの上司役。
 これが、クロウのイメージに合っているのか?

 この「憎たらしさ」だけで言えば、「アメリカン・ギャングスター」の
刑事のイメージを継承しているので悪くはないのだが、
「ワールド・オブ・ライズ 」のこの役柄は、「冷血な知的インテリ」が
演じた方がよかったのでは、というのが私の個人的意見。
 どうしても、クロウといえば、マッチョのイメージが抜けきらない。

 ところで、ラッセル・クロウのプロフィールを見て驚いた。
 1964年生まれの44歳。
 私と一歳しか違わないではないか・・・。

 スクリーンで見ると、てっきり50歳を超えていると思ったが、
意外と若かった。
 まあ、彼の圧倒的な存在感が、年長に見せるのだろう。

 ディカプリオの演技力は、出演作を重ねるごとに
アップしているように思える。
 本作でのアカデミー賞は無理だろうが、
いつかはオスカーをとると信じている。

 映画としては、ストーリーもおもしろく、ディカプリオの演技も
いいし、一定の水準を超えているが、「血生臭い」描写ゆえに、
映画を見終わった後の気分が、ちょっと重苦しい。
 ハードなアクション、サスペンスを好む人なら、
楽しめるはずだ。

樺沢の評価  ★★★☆

 私の中でのディカプリオの最高傑作は、コレです。
→→→ http://01.futako.info/a/dvd025.html




バンク・ジョブ〜ジェイソン・ステイサムの魅力爆発 クライム・サスペンスの好きな人は見逃すな

44c688c6.jpg スティーブン・キングが選んだ2008年映画ベスト10の第6位に
「バンク・ジョブ 」が入っていた。

 これは見逃さない方がいいだろうということで、急遽見に行くことに。
 その判断は、見事に正しかった。

 「デス・レース」のジェイソン・ステイサム主演。

 ロンドンで中古車ディーラーを経営するテリー(ジェイソン・ステイサム)
は、知り合いの女性マルティーヌから銀行強盗の話を持ちかけられる。

 借金のとりたてに困っていたテリーは、「一生に一度のチャンス」と
説得され、計画実行を決意する。

 テリーは総勢7人の実行メンバーを集め、地下トンネルを掘り金庫への侵入
に成功する。しかし、その盗んだ貸金庫の中には、犯罪組織はもちろん、
イギリス政府や警察、王室までもが関係する「驚愕のある品」が
預けられていたのだ・・・。

 ジェイソン・ステイサムの個性が爆裂している。
 「デス・レース」も良かったが、「デス・レース」以上に良い。

 彼には、「チョイ悪親父」という言葉が似合う。
 彼が登場しただけで、過去に何か暗い秘密がありそうな・・・
そんな雰囲気を両作品でプンプンとにおわせているが、
その辺も実にうまい。

 若いときのブルース・ウィリスに似た雰囲気もあります。
 ジェイソン・ステイサム、これから大ブレイクしそうな予感。

 「デス・レース」は、そこそこのヒットだが、
「バンク・ジョブ 」は、東京では「シネマライズ」一館のみの公開で
寂しい限り。

 それで、「デス・レース」と「バンク・ジョブ」ではどちらが
おもしろいかというと、「バンク・ジョブ」の方が圧倒的におもしろい。
 おもしろい映画が必ずしもヒットしないという良い例だ。


 銀行強盗ものといえば、銀行強盗が終了するまでに緊迫感のピークが
あるのが普通だが、この作品は銀行強盗が終わってからの盛り上がりが
すごい。

 貸金庫の中に非常にやばい物がが入っていたのだ。

 盗んだものを返しても、命を助けてもらえるわけもなく
むしろ口封じのためにすぐに殺されそうな限界状況。

 一体どうすれば、助かるのか?

 ラスト、起死回生の一手に向けて、まさに手に汗握るサスペンス。
 
 かなりよくできたストーリーだ・・・と思ったら、
実話を元にしているというから、二重に驚かされる。
 「事実は小説よりも奇なり」とは、まさにこのこと。

 クライム・サスペンスの好きな人は、見逃さないで欲しい。

樺沢の評価  ★★★★




真央ちゃんの感動的勝利を精神科医が心理分析する 5

d144f3b5.jpg フィギュアスケートのグランプリ・ファイナルでの、
浅田真央ちゃんの逆転勝利。実に、感動的でしたね。

 キム・ヨナ選手とのすさまじいライバル対決。

 最後は、完全に心理戦で、韓国地元開催が、ホームの地の利となるはずが
あまりの応援の凄さにキム・ヨナ選手にプレッシャーとなって襲いかかって
自滅したような恰好になりました。

 チャンピオンシップは、ここ2年間はキム・ヨナ選手が優勝しているので、
真央ちゃんも相当のプレッシャーがかかっていたはずですが、
そのプレッシャーに打ち勝った真央ちゃんの精神力の強さは、
すばらしいと思います。

 しかし、15年前だと、こうしたギリギリのシュチエーションに
追い込まれた場合、プレッシャーに押しつぶされるのは、
日本人の方だったと思います。

 今回の試合で、真央ちゃんは、公式戦でトリプルアクセル2回を
世界ではじめて跳んだことになりますが、
今回の試合を見て、女子で初めて公式戦でトリプルアクセルを跳んだ
伊藤みどりさんの1992年のアルベールビルオリンピックを思い出しました。

 トリプルアクセルを成功すれば金メダルというシュチエーションで
一回目のジャンプでトリプルアクセルに失敗。
 しかし、そこであきらめずに、体力が低下した後半では難しいと言われる
なか、後半に再度トリプルアクセルに挑戦し見事成功させて、
銀メダルに輝き我々に感動を与えてくれたあの試合が頭をよぎります。

 伊藤みどりさんは、残念ながらプレッシャーに負けてしまったのかも
しれませんが、これは女子フィギュアで初の銀メダルですから、
これでもすごい快挙でした。
 伊藤みどりさんがあったからこそ、
荒川静香選手の金メダルがあり、今の真央ちゃんの活躍にも
つながってきます。

 「前例」というのは、非常に重要だと思います。
 特に日本人は、横並びが好きなので、「前例」があるかないかに
こだわります。

 例えばアメリカ人なら前例がないとか、世界記録に挑戦という
シュチエーションになると、普段以上に発憤して最高のパフォーマンス
を出すと思うのですが、日本人の場合は「前例」がないことへの
挑戦はかなりの心理的プレッシャーとなってのしかかるのでしょう。

 しかし、ここ10-15年の間に、日本人スポーツ選手は、
世界の最高の舞台で活躍し、多くの輝かしい「前例」を作ってきました。

 女子では、
高橋尚子選手のマラソン五輪金メダル。
 荒川静香選手のフィギュア五輪金メダル。
 北京五輪でのソフトボール金メダル。女子レスリングの金メダル他、
メダルラッシュ。。

 男子では、野球の野茂選手、サッカーのカズ選手が世界へ挑戦する
パイオ二アとなり、松井選手、イチロー選手、松坂選手などの
メジャーリーグでの大活躍、そしてWBCの優勝。
 サッカー中田英寿選手、中村俊介選手などの世界的な活躍などがあります。

 日本人が世界の頂点に立つことは、全く不思議ではない状況が、
今の日本にはあります。
 
 そして、それが脳にすり込まれます。

 心理学でいうところの「モデリング」です。

 モデリングとは、他人の行動やその結果を見て、新しい行動パターンを
身につけたり、行動を修正することです。

 赤ちゃんは、親の行動や言葉を真似てドンドン成長していきます。
 子供たちは、親や学校の先生。あるいは、テレビのタレントなどを
モデリングして大きな影響を受けながら育っていきます。

 「好きな人物」「身近な人物」「尊敬できる人物」
 「よく見かける人物」などが、恰好のモデリングの対象となります。

 モデリングというのは、無意識に行われますから、
親や教師の態度。何を見て、何を読んで育つのか。
 どういう環境で育つのか、といったことが、成長において
非常に重要な意味を持ってきます。


 これが前例のない前人未踏の領域に入ってしまうと、
モデリングする人物がいなくなります。

 確固とした「お手本」がなくなってしまいます。
「お手本」が不明確になると、自分にそれが達成できるか不安になり、
そして猛烈なプレッシャーとなって襲いかかってくるのです。

 今の若い人たちは、「日本人スポーツ選手」の成功モデルをたくさん見て
育っています。
 だから、「日本人でもできる」という自信が、無意識レベルにまで浸透して、
完全に脳にすり込まれている。
 だから、スポーツのギリギリの限界状況においても、最高のパフォーマンス
を出せるようになっているのではないかと思うのです。

 今回、キム・ヨナ選手の韓国でのフィーバーがすごかったようです。
 女子ゴルフのパク・セリ選手以来のフィーバーだったとか。
 
 今の韓国のスポーツ界は、10年くらい前の日本に相当するように思えます。
 韓国のサッカー選手などで世界を舞台に活躍している選手はいますが、
世界の頂点をとれる選手となると、まだまだ少なくて、
国民的ヒーローとなるとゴルフのパク・セリ選手であり、
今回のキム・ヨナ選手とか、非常に限られてしまいます。

 要するに、キム・ヨナ選手は韓国フィギュア界のパイオニアであり、
韓国スポーツ界のパイオニアでもあります。

 前例のない世界を切り開いていくすごい選手であるわけですが、
モデリングする韓国人選手がいないという点で、
「成功する」という刷り込みがそれほど多くない。

 ギリギリの限界状況に直面したとき、それが今回のように
わずかな差となって現れてしまう・・・というのが私の考察です。

 まあ、キム・ヨナ選手は、グランプリを既に二度とっていますから、
十分なメンタルタフネスは備えているとは思うのですが、
そんな彼女でも今回の地元フィーバーのプレッシャーには勝てなかった
ということなのでしょう。 (続く)

この記事は日本第二位の映画メルマガ「映画の精神医学」に
掲載したものから引用しました。
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スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ〜「意外に良い」と言っては失礼だが・・・

7dcbabb2.jpg 「クローン・ウォーズ」が意外と良い。

 「意外と良い」というのも失礼な話だが、
「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」を大いに期待している人は、
正直少ないと思う。

 「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」は、
「スター・ウォーズ エピソード2」と「エピソード3」の間に繰り広げられた
「クローン・ウォーズ」を、アニメーションによって
1話22分で全100話という壮大な規模で描いていくというもの。

 今回の劇場版「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」は、
もともと普通にテレビ放映されるはずだった第1話から4話を
まとめて劇場公開したものである。

 「スター・ウォーズ」のアニメ化といえば、「クローン大戦」が思い出される。
 かなり稚拙な絵柄である「クローン大戦」は、正直子供向けで
見るに堪えないレベルの出来であった。

 「スター・ウォーズ」のアニメ化は、
そうした悪いイメージが付きまとっているので、
スター・ウォーズの熱心なファンでも、
今回の 「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」 は
期待している人は少ないようだ。

 しかし、しかし・・・この「クローン・ウォーズ」。

 かなり、おもしろい。


 というか、「すごくおもしろい」と言ってもいい。

 一緒に見た、スター・ウォーズ・ファンの友人が、
「エピソード2よりもおもしろい」と言っていたが、
その感想にも納得である。

 とにかく活劇している。
 エンタメしているのだ。

 まず映画の冒頭。
 A long time ago in a galaxy far, far away ....
に引き続いて、状況説明の字幕が出るのが、
スター・ウォーズ・シリーズの通例だが、
この作品ではニュース・フィルム風のナレーターによって
状況説明が入る。

 この導入にはハッとした。
 これはジョージ・ルーカスが幼少期に見て大きな影響を受けた
「フラッシュ・ゴードン」に代表される連続テレビ活劇の
オープニングそのものである。

 これは「映画」ではなく、「連続テレビ活劇」として作られている。

 人物のドラマとか人物描写というのは当然あるわけだが、
映画のように人物描写のためにまるまる一シーンが費やされる
ような演出はない。

 各エピソードの最初に、いきなりミッションが告げられて、
いきなり戦闘シーンに入っていくというスピード感。
 これが活劇なのだ。

 人物描写は、戦闘シーンの合間のさりげない会話によってされるが、
全体の流れをさえぎることがなく、そのくらいがちょうどいい。

 デフォルメされた人物の顔と表情は違和感があるが、
ドロイドやクローン・トルーバーたちによる戦闘シーン、
宇宙でのバトルやチェイスシーンは、
映画のクオリティにも負けない
質の高い3DCGで構成されている。

 ということで、「血わき肉おどる活劇を見た」という感じだ。

 もう一つ。
 スター・ウォーズ・ファンを喜ばせる脇役や細かい描写が
満載されている。
 あのキャラかせこんなところに・・・という発見をして楽しくなった。


 正直、ファン・ムービーののりである。
 作品を作っているクリエイターたちは、
ファンとしてスター・ウォーズを純粋に楽しんだ世代であるから、
こうした「ファンの視点」で楽しいディテール描写が入ってくるのだろう。

 こういうファン・サービス的な演出は、
スター・ウォーズの本編では
それほど多くなかっただけに、実にうれしい。

 というわけで、「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」 は
スター・ウォーズ・ファンには、
かなり楽しめる一作になっている。

 ちなみに、観客は当然「スター・ウォーズ」を全て見ている
という前提で作られているので、、
アナキン・スカイウォーカーって誰?
ジャバ・ザ・ハットって誰?
という人には、全くストーリーが理解できないかもしれない。

樺沢の評価  ★★★★☆

 (★★★★★が満点。☆は、★の半分)



 「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」の監督を務めるのが、
デイブ・フィロニー。

 彼は才能豊かな将来有望な監督とみたが、
何と、私は、先日幕張で行われた
「スター・ウォーズ・セレブレーション・ジャパン」で、
そのデイブ・フィロニー氏にお会いしたのだ。
 
 そして、見事に、2ショット写真をとることに成功した。
 その詳しいエピソードと2ショット写真はコチラ



GALACTICA/ギャラクティカ

e0a6de15.JPG これからの夏休みシーズン。
 映画館で映画を・・・というのが理想ですが、
出かけるのも暑くて大変、ということで
レンタルDVDで済ませてしまう人も多いのでしょうね。

 レンタルDVDを楽しむのなら、テレビ・シリーズがお勧めです。

 最近では、「24」「プリズン・ブレイク」「ヒーローズ」など
アメリカのテレビ・ドラマが大人気です。

 夏休みを利用して、連続鑑賞をたくらんでいる人もいるかもしれません。

 さて、数あるアメリカのテレビ・ドラマの中でも、
樺沢がイチオシでお勧めするのが、
この「GALACTICA/ギャラクティカ」です。

 1977年に大ヒットした「スター・ウォーズ」の強い影響の元、
というか2匹目のドジョウを狙った作られた「宇宙空母ギャラクティカ」は、
1978年からアメリカABCテレビで放映されました。

 「GALACTICA」は、その「宇宙空母ギャラクティカ」のリメイクですが、
「宇宙空母ギャラクティカ」が派手なスペースオペラだったのに対して、
雰囲気が全く異なります。

 正直、メッチャ「暗い」のですが、人物描写が深いというか、
テーマ性がめちゃくちゃ深く掘り下げられています。

 1960年代頃のSF小説のような雰囲気です。

 全文明を破壊し人類の滅亡を謀る機械間「サイロン」から
逃れた宇宙空母ギャラクティカのクルーたちは、
人命の人生き残りを賭けた逃避行を続けます。
 
 「宇宙空母ギャラクティカ」のサイロンは、
わかりやすロボットの姿をしていましたが、
「GALACTICA」には、ロボット型の他に、人間型サイロンが登場します。

 これは、いわゆる「クローン」のようなものですが、
ほとんど人間と区別がつきません。


 そして、ギャラクティカのクルーと同じ姿をした
サイロンが、ギャラクティカの船内に送り込まれます。

 誰が見方で、誰が敵なのか?
 
 誰が人間で、誰がサイロン(機械)なのか?

 ひょっとして、自分自身もサイロンではないのか? と
アイデンティティすら危うくなってきます。

 自分とは何か? 自己とは何か?
 意識とは何か? 人間とは何か?

 人間と機械の違いは何か?


 こんな哲学的なテーマが、次々と我々に投げかけられます。

 それこそ、フィリック・K・ディックのような世界ですが、
この疑心暗鬼こそが、シリーズ全編にわたって、強烈な
緊迫感を生み出しているのです。

 アメリカでは、「Sci-Fi(サイ=ファイ)チャンネル」での
放映とあって、大手ネットワークの地上波放送ではなかったせいか、
他のテレビ・ドラマほど大きな話題にはなりませんでしたが、
メディア、批評家筋からは驚くべき賛辞を持って迎えられました。

 まさに、マニア向けというか、通向けの極上のテレビ・ドラマと
言えるでしょう。

 樺沢的には間違いなく傑作。
 とりあえず、最初の数話だけでも見てほしいと思います。



JUNO/ジュノ  〜 ユーモアという防衛機制

bc4d360d.jpg 16歳の高校生ジュノが予想外の妊娠を経験。
 現実を受け止めながら、出産を決意し、成長していく
さまを描いたヒューマンコメディー。

 アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたエレン・ペイジの
演技は高い評価を受けていたが、その演技は評判通りに
素晴らしいものであった。

 突然の妊娠に直面したジュノ。
 普通だと泣き出したり、騒いだり、あるいは自分一人では
受け止められないはずだが、ジュノは事実をしっかりと受け止め、
自らの不安を独特の「ユーモア」で発散していく。

 心理学の用語で、「防衛機制」というのがある。
 心が危機的な状況に陥ったとき、心理的な破たんを防ぐための
防衛メカニズムで、「抑圧」「合理化」「投影」「逃避」「昇華」など
いろいろな「防衛機制」がある。

 「JUNO/ジュノ」を見ていると、「防衛機制」の一つとして、
「ユーモア」を加えるべきではないか・・・と思ったくらいだ(笑)。

 笑いを一時しのぎの気晴らしとして利用するのならば、それは
「逃避」にすぎないが、ジュノの場合は、不安や戸惑いといった
心理的なマイナス・エネルギーをプラスのエネルギーに「昇華」し
自らの成長エネルギーにしてしまっているところが凄い。

 これだけしっかりした高校生の女の子は、
平均的なアメリカ人の高校生ではないとは思うが、
そのあまりにもしかっりとした考え方と行動力に驚かされる。

 妊娠してから、生むべきか、中絶すべきかをすみやかに
決定して、どんどん行動に移していく。
 そして、養子に出すことを決めて、相手先の夫婦まですぐに
見つけてしまう。
 なんという、行動力。

 生んだ子供を「赤ちゃんポスト」に預けたり、あるいは
生まれた直後に川に捨てたという事件もあったが、
ジュノのような考え方ができれば、そんな事件は起きるはずがない。

 ティーンエイジャー、未婚者の出産の問題は、アメリカではきちんと
社会問題化しているが、日本では実際に起こった場合、
陰に隠そう隠そうとする傾向がある。

 だから、ジュノのように、妊娠をカミング・アウトするなど
ありえない話で、その反動として新生児の遺棄事件が起きるし、
「赤ちゃんポスト」が必要にもなるのだろう。

 そうした、未婚者の出産を問題提起する映画というと、
重苦しい感じがするが、実際はそうではなく、
予想以上に明るくカラッとした作品に仕上がっており、
随所に笑いのある楽しい作品になっている。



スカイ・クロラ The Sky Crawlers 〜 ボーダーライン化する子供たち

00927f43.jpg 最近、「映画の心理学」講演会や、「映画の心理学」の発行にかなりの
時間をとられていたので、最新作の試写会に全く行けないでいた。

 しかし、この試写会だけは見逃せない、ということで
押井守監督の最新アニメーション「スカイ・クロラ」を見てきた。

 結論から言うと、素晴らしい。
 文句なしの傑作。

 ただ、痛快な娯楽作品ではないから万人向けではないが、
過去の押井作品同様に、非常に「深い」作品になっている。

 映画を見ている間も、映画にグイグイ引き込まれるが、
映画が終わった後に、映画を反芻する時間がまた楽しい。

「あのシーンのあのセリフはこういう意味もあったのか・・・」
という発見がたくさんある。

 見終わった後に、もう一度見たくなる映画。
 そういう映画は、そんなにたくさんはない。

 実はこの日、「攻殻機動隊2.0」の試写会が連続してあって、
二作品を立て続けに見たのだか、テーマが見事に重なっていたので
ビックリした。

 「スカイ・クロラ」には、「生きている実感のない若者」。
 いつまでたっても子供のまま、大人にならない「キルドレ」
が登場する。

 「生きている実感がない」という感覚は、
境界性パーソナリティ障害(ボーダーライン・パーソナリティ・ディスオーダー)
に特徴的な感覚であるが、別に「ボーダーライン」という病気でなくても、
今の若者には、そういう人が多いのかもしれない。

 「映画の心理学」第6号では、子供の成長と父親殺しについて
説明したが、その知識が本作では大いに役立つはずだ。


 父親を殺さないと子供は成長できない。
  「スター・ウオーズ」もそうだし、「スカイ・クロラ」もまた、
「父親殺し」が裏テーマになっている。

 精神医学的、心理学にもたっぷりと解説したくなる作品だ。

 夏休み公開ということで、押井監督は、宮崎駿監督の「崖の下のポニョ」に
敢えて対決を挑んだのかと勘繰ったか、狙っている観客層が全く異なる。

 押井監督は、今の若者に見てほしいと言っているが、
「エヴァンゲリオン」のように、若者たちの心をつかみ
大ブレイクするかもしれない。そんな予感がした。



宮崎駿監督とジブリ映画が好きな人はいますか?

792374cb.jpg 宮崎駿監督とジブリ映画が好きな人はいますか?

 「映画の精神医学」読者のみなさんの中には、
ジブリ映画、宮崎駿作品の大ファンの方も多いのではないでしょうか?

 宮崎駿監督の最新作、「崖の上のポニョ」が、
今週末の7月19日公開となります。

 「ローソン」のキャンペーンとか、テレビ・スポットとか、
かなり盛りあがっていますね。

 さて、昨日、7月15日に発行されました「映画の心理学」は、
ズバリ「宮崎駿」特集をお送りしました。

 樺沢が見た宮崎作品、そして宮崎駿の人物分析を語っています。

 「映画の心理学」7月15日号の目次は、

─────────────────────────────────
【音声セミナー】
 精神科医が語る人間・宮崎駿
〜「ナウシカ」「トトロ」「千と千尋」そして
─────────────────────────────────
    【 音声セミナー 目次 】
■1 はじめに
■2 私の、宮崎駿との出会いとは?
■3 「風の谷のナウシカ」の感動と失望
■4 「となりのトトロ」と懐古主義
■5 ジブリ映画との決別
■6 「千と千尋」の衝撃!!
■7 子供にとって最も重要なのは「認められる」こと
■8 宮崎駿はなぜ雄弁なのか? 〜 不全感と不安感
■9 父親としての宮崎駿 〜 「ゲド戦記」をめぐる息子吾朗との対立
■10 越えられるべき「壁」としての父親
■11 「作家を見る」ことで映画は何倍も楽しくなる
─────────────────────────────────

 こんな感じです。

 このメルマガを読むと、

□宮崎映画から学ぶ、子育てで一番重要なこと

□父親宮崎駿から学ぶ、子供を育てる父親のあり方

□宮崎駿の仕事術 なぜヒット作を連発できるのか?

などがわかります。


「映画の心理学」は、単なる映画の解説ではなく、
映画を題材に、ビジネスや子育てに役立つノウハウを
学ぶメルマガです。

 宮崎作品を例に、心理学ノウハウを是非、学んでください。

メルマガ「映画の心理学」登録は、こちらから
  

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 登録しますと、今月発行された、2通のメルマガがすぐに
送信されますので、月半ばから登録しても、損することは
全くありません。

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eigano at 20:18いろいろ この記事をクリップ!


加藤容疑者はアスペルガー症候群ではない


 17人の死傷者を出した秋葉原無差別殺傷事件。
 かなりの波紋を呼んでいます。
 
 全く偶然に事件に巻き込まれてしまった被害者の方々は、
本当にお気の毒です。

 「なぜこんな事件が起きるのか?」と多くの人は、
疑問に思うかも知れません。

 6月15日発行の「映画の心理学」では、この
「秋葉原無差別殺傷事件」について詳しく分析しました。

 あまりにも詳しく分析しすぎてしまったため、
原稿用紙67枚分にもなってしまいました(笑)。

 目次をごらんいただきますと、

─────────────────────────────────
 秋葉原無差別殺傷事件を考える 〜 衝動性のコントロールとセロトニン
─────────────────────────────────
    【 目 次 】
■1 はじめに
■2 なぜ、犯人が異常者であることが望まれるのか?
■3 加藤容疑者は、アスペルガー症候群ではない
■4 特殊な事件か? 氷山の一角か?
■5 衝動のコントロールができない日本人
■6 モンスター・ペアレントと「衝動のコントロール」
■7 キレやすい子供と「衝動のコントロール」
■8 セロトニンと衝動性、攻撃性
■9 低セロトニン状態では、攻撃的な反応をとりやすい
■10 あなたは大丈夫? セロトニン不足度チェック?
■11 SSRIを飲めばセロトニンは増える!?
■12 トリプトファン食は、低セロトニン症候群に効果的か?
■13 セロトニンの増やし方
■14 インターネットは人間関係の希薄化を進行させる
■15 「N.Y.式ハッピー・セラピー」と怒りのコントロール
■16 まとめ 今回の心理テクニック
■17 蛇足 我慢強い子供を育てるために・・・
■18 あとがき
■19 参考文献、引用文献
─────────────────────────────────

 「映画の精神医学」では、全ての人に知っていただきたい、
精神医学と心理学の基本的知識を。

 有料メルマガ「映画の心理学」では、精神医学と心理学について、
さらに詳しく知りたい人のための中・上級バージョンと
位置づけています。

 この中で、どうしても「全ての人」にお読みいただきたい部分が
一か所ありましたので、ここに引用したいと思います。

 加藤容疑者が、アスペルガー症候群ではないか? という
ネット上での書き込みがあるようですが、それについて
精神科医の専門の立場で、考察した一章です。


 以下、「映画の心理学」第5号(6月15日発行)より引用

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 加藤容疑者は、アスペルガー症候群ではない
─────────────────────────────────

 インターネットの掲示板を見ますと、、
加藤容疑者は「アスペルガー症候群」ではないか? 
という書き込みが見られました。

 加藤容疑者は、本当にアスペルガー症候群なのか?
 何らかの精神疾患を患っていたのか、について考察したいと思います。

 アスペルガー症候群とは、
(1) 他の人との社会的関係をもつこと
(2) コミュニケーションをすること
(3) 想像力と創造性
の3分野に障害を持つ自閉症の一タイプです。

 アスペルガー症候群では、自閉症と異なり認知・言語発達の遅れがない
ことを特徴としており、「知的障害がない自閉症」と呼ばれることもあります。

 発症率は300人に1人と言われますから少なくはありません。

 今回の加藤容疑者は、親しい友達もほとんどおらずコミュニケーションに
問題があり、アニメに対する著しいこだわりを持っていた点から、
「アスペルガー症候群」の疑いがかけられているようですが、
私は「加藤容疑者は、アスペルガー症候群ではない」と考えています。


 まずは、「アスペルガー症候群」の症状について、
詳しく検討するために、
 アメリカ精神医学会(DSM-lV)の「アスペルガー症候群」の
診断基準を見てみましょう。


A.以下のうち少なくとも2つにより示される対人的相互作用の質的な障害:
(1)目と目で見つめ合う、顔の表情、体の姿勢、身振りなど、対人的相互反応を
調整する多彩な非言語性行動の使用の著明な障害。
(2)発達の水準に相応した仲間関係をつくることの失敗。
(3)楽しみ、興味、成し遂げたものを他人と共有すること
(例えば、他の人達に興味あるものを見せる、持って来る、指さす)を
自発的に求めることの欠如。
(4)対人的または情緒的相互性の欠如。

B.行動、興味および活動の、限定され反復的で常同的な様式で以下の
少なくとも1つによって明らかになる:
(1)その強度または対象において異常なほど、常同的で限された型の
1つまたはそれ以上の興味だけに熱中すること。
(2)特定の、機能的でない習慣や儀式にかたくなにこだわるのが明らかである。
(3)常同的で反復的な衒奇的運動(例えば、手や指をぱたぱたさせたり
ねじ曲げる、または複雑な全身の動き)。
(4)物体の一部に持続的に熱中する。

C.その障害は社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の
臨床的に著しい障害を引き起こしている。

D.臨床的に著しい言語の遅れがない(例えば、2歳までに単語を用い、
3歳までに意志伝達的な句を用いる)。

E.認知の発達、年齢に相応した自己管理能力、(対人関係以外の)適応行動、
および小児期における環境への好奇心などについて臨床的に明らかな遅れがない。

F.他の特定の広汎性発達障害または統合失調症の基準を満たさない。


 難しい表現が多くわかりづらいので、具体的な加藤容疑者の
言動を通して、このアスペルガー症候群の診断基準に加藤容疑者が
当てはまるかどうかを見てみましょう。


※ 加藤容疑者は、
「県内トップの進学校に入って、あとはずっとビリ。
高校を出てから8年間は負けっぱなしの人生」
と書き込んでいます。
(以下、携帯電話の掲示板サイトからの加藤容疑者の書き込みを随所に引用します)

 加藤容疑者は中学での成績は優秀で青森県ではトップの高校に進学しました。
 進学校に進んでしまったばっかりに、高校に入ってからの成績ははかばかしくなく、
それで「挫折」体験を味わい、歪んだ性格になっていたようにうかがえます。

 アスペルガー症候群であるならば、小学生、中学生の頃から、
何らかの異常を認めているはずです。

 特にコミュニケーションの障害は、必ずあるはずです。
 したがって、アスペルガー症候群であるならば、小学生、中学生が順風満帆で、
高校に入ってから挫折した、という認識にはならないはずです。

 「子供のころから、人とうまくいかない」と認識されるでしょう。


※アスペルガー症候群では、行動、興味および活動の範囲が非常に限定的で、
その限定された興味に対して非常に熱中する、という特徴があります。

 加藤容疑者は、「人は裏切るがアニメは裏切らない」と書き込んでいるように、
かなりのアニメ好きであったことは間違いないでしょう。
 
 一方、高校担任の話では、高校時代は車が大好きでよく自動車雑誌などを
読んでいた、という話もあり、結果として自動車短大に進学して、
派遣会社から自動車会社に派遣されて自動車の仕事をしていたことから、
自動車に対してかなり強い興味を持っていたようです。

 あるいは、卒業文集には趣味は「テレビゲーム」と書き、
犯行前日は、下見のために秋葉原を訪れた際に、
お金をつくるためにゲームソフト等を8万円で売却したそうです。

 中古のゲームソフトで8万円というと、1本2000円としても40本ですから、
そうとうに大量のゲームを売却したことになり、
かなりのゲーム好きであったと推測されます。

 アニメ好きであり、ゲーム好きであり、自動車好きであった
ということですから、
上記診断基準の
「その強度または対象において異常なほど、常同的で限された型の
1つまたはそれ以上の興味だけに熱中すること。」
に全く当てはまりません。


※ある掲示板を読んだところ、
「オタクの9割はアスペルガー症候群だ」という書き込みを見ましたが、
これは全くいいがけんも甚だしい書き込みです。

 特定の物事へのこだわりが強く、コミュニケーションが苦手という、
アスペルガー症候群の特徴とオタクの人たちの特徴は似ている点もありますが、
根本的に異なります。

 アスペルガー症候群では、
「楽しみ、興味、成し遂げたものを他人と共有すること」をしません。 
 というか、できないわけです。

 オタクの人は、
「これ、昨日買った最新のフィギュア」とか
「このアイドルの写真、よく撮れているでしょう」とか
「これ、100人限定のグッズだよ」とか
自分の持ち物を他人に自慢することが多いはずです。

 所有欲が強くて、それを見せびらかして自己顕示するという
特徴がオタクにはあると思いますが、
アスペルガー症候群の人は、こういうことはしません。

 加藤容疑者は、今年のゴールデンウィークに、職場の友人を
連れて秋葉原を案内し、友人が行ったことのない「メイド喫茶」に
連れて行ったということです。
 
 自分の知っている店を人に教える。
 自分の知識を人に教えて、知識を共有しようとする。
 
 こういうことができないのが、アスペルガー症候群の特徴です。


 今回、加藤容疑者は、事件が起きるまでに、実況中継のように
携帯サイトへの書き込みを続けていました。
 
 こうした書き込みは、自分の存在を知ってほしい。
 自分をもっと理解してほしい。
 自分の衝動を止めてほしい、という心理で書きこむものです。

 彼は、自分が「孤独」であることを認識していますし、
「自分を理解してほしい」という心理もあります。

 彼は親しい友達がおらず、コミュニケーションは苦手だったと
考えられますが、本当は友達が欲しかったし、恋人も欲しかった
はずです。
 つまり、社会に対して加藤容疑者の心の扉は開いている(いた)わけで、
これは診断基準の「対人的または情緒的相互性の欠如」とは
、全く反対のことです。


※ 加藤容疑者は、友人を秋葉原へ案内することで、
「自分は秋葉原に詳しいんだぞ」というある種の優越感に浸っていた
はずですが、これは対人的相互作用が全く障害されていない
ということですから、上記診断基準の「A」を満たしません。


※加藤容疑者の会社では、5月末に200人のリストラ計画が持ち上がったそうですが、
加藤容疑者はリストラ対象には選ばれませんでした。
 これは、仕事に関しては、普通レベルにやっていた、ということを意味します。

 これは、社会的、職業的な障害がなかったということを示しますから、
上記診断基準の「C」を満たしません。

※「いい人を演じるのには慣れている。みんな簡単に騙される」
 (加藤容疑者の書き込みから)
 これが彼の本音だとすれば、アスペルガー症候群の可能性は
ほとんど否定されるといっていでしょう。

 自分でない自分を演じたり、自分をとりつくろう。
 普通の人間であれば、誰でもやっている社会への適応方法だと思います。

 しかしながら、こうした「とりつくろい」ができる人は、
「アスペルガー症候群」でも「自閉症」でもありません。

 自分でとりつくろおうにもとりつくろえない。
 「とりつくろい」ができるということは、「空気が読める」という
ことでもあり、「他者からの自分の評価を察することができる」という
ことですから、最低限のコミュニケーションは、そこそこ成立しています。

 自分でない自分を演じるというのは、
「アスペルガー症候群」や「自閉症」の人には、最も苦手とすることです。

 とりつくろおうにもとりつくろうことができないので社会に適応できない。
 だからこそ、社会との関係性を遮断して、家に引きこもり、
閉じこもるしかなくなるのです。

 加藤容疑者の書き込みや言動を見ると、彼が最低限の「社会性」を
持っていたことは明白であったと考えられます。


 以上、あくまでも、マスコミに流れている情報からの考察ですが、
加藤容疑者の行動を分析すると、
「アスペルガー症候群の診断基準には、全く当てはまらない」
というのが私の結論です。

 今年の3月、JR岡山駅で38歳の男性をホームから突き落とし
死亡させた少年(18歳)が、「アスペルガー症候群」と報じられて、
大きな波紋を呼びました。

 300人に一人というアスペルガー症候群の発症率を考えれば、
日本では年間に1000件ほどの殺人事件が起きるわけですから、
単純に年間3人ぐらいはアスペルガー症候群の人が、
殺人事件を犯してもおかしくありません。

 アスペルガー症候群が重犯罪を起こしやすいという
医学的なデータもありませんから、病気との因果関係は、
もっともっと慎重に議論しなくてはいけません。


 今回のこのアスペルガー症候群についての憶測によって、
アスペルガー症候群の患者さんは心を痛めて、
「自分や自分の子供がアスペルガー症候群かも」と思っても、
恐ろしくて病院に行けない、ということもあるかもしれません。

アスペルガー症候群だからということで、
犯罪者になりやすいとか、犯罪を起こしやすいということは、
全くありませんので、ご安心ください。

─────────────────────────────────

 引用、ここまで

 とにかく、多くの人はこのような異常な事件が起きた場合、
犯人を精神病者や精神的な異常者に決めつけようとする傾向がありますが、
その心理的な理由もメルマガでは説明しています。

 これは、全19章のうちのわずか1章にすぎません。
 
 事件に興味のある方は、、
是非、「秋葉原無差別殺傷事件を考える」の全文をお読み
いただきたいと思います。

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Sweet Rain 死神の精度 〜不思議な雰囲気につつまれる映画

d690dcee.jpg 1ヵ月ほど前に試写会で「Sweet Rain 死神の精度」を見た。  
 帰りに書店に寄よったら、

 伊坂幸太郎氏の原作「死神の精度」
http://01.futako.info/a/seido.html
が、ベストセラーランキングの1位になっていたので驚いた。

 映画の公開直前とか、直後に1位になるのならわかるが、
映画公開のかなり前から、原作がかなりの勢いで売れていたのには
驚いた。

 ちなみに、本日、書店で確認したら、8位だった。


 「Sweet Rain 死神の精度」は、不思議な映画である。
 一言で説明するのが難しい。
 
 ストーリー紹介を読むと、
「7日間でその人間の生死を見極める“死神”とその対象者たちの
悲喜こもごもをさわやかに描く。」
と書かれているが、さっぱりイメージできない。

 ジャンルにしても、恋愛でも、コメディでも、SFでもない。
 何といったらいいのだろうか? ファンタジーだろうか?
 「見たことのない映画」というのが、一番いい表現かもしれない。

 死神を演じるのが金城武。彼の不思議な雰囲気が、
存在するはずもない死神に、奇妙なリアリティを与えている。

 3部のオムニバス的な構成になっているが、
最後に一見バラバラの話が、一つに結びついていく
ところにカタルシスがある。

 かなり淡々と映画は進んでいくが、最後まで見ると
爽やかな感動につつまれるだろう。

 万人受けする映画ではないだろうが、映画を見た後の
奇妙な後味が楽しい。

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ジャンパー 〜メイスがアナキンに復讐か!?

caf942cc.jpg 人間は「時間」と「空間」に束縛されている。
 
 時間を超越する話。タイムスリップ、タイムマシンものというのは、
映画、小説の世界では、定番というか、数えられないほどの作品が
作られ、傑作も数多くある。

 一方で、「空間」を超越して移動するというのは、「スター・トレック」
シリーズにおける「転送」とか「ワープ」。
 あるいは、「ザ・フライ」のような転送装置の開発の話とか、
劇団四季のミュージカルになった「壁抜け男」とかいろいろある。

 しかしながら、「テレポーテション」によって、パリ、エジプト、
ニューヨーク、さらにはエベレストの頂上など、どこにでも
瞬間的に移動できて、その移動する回数などにも全く制限がない。

 唯一制限があるとすれば、「移動する先の場所が明確にイメージできる」
というだけで、それも移動先の写真があればテレポートできるわけだから、
実質、無制限に近い。
 この「ジャンパー」のように、ほぼ無制限で世界中をテレポート
しまくる話というのは、非常に珍しいだろう。

 この映画「ジャンパー」の面白さは、ローマ、ニューヨーク、パリ、東京と
世界中の都市を瞬間移動して構成されるダイナミックな映像とストーリー
ということになる。

 一方で、「ジャンパー」のつまらなさは、どこにでもほとんど無制限で
テレポートできるという自由度の多さにある。

 「ジャンパー」を見た人からは、「あまりにもテレポートしすぎじゃないか」
という突っ込みが入るに違いない。

 自分だけが逃げるのは実に簡単。そこで、主人公の「恋人を守る」
という「足かせ」によって、ようやく物語はおもしろくなる。

 主人公のデヴィッドを演じるのが、スター・ウォーズのアナキン役の
ヘイデン・クリステンセン。そして、ジャンパーを抹殺しようとする組織
パラディンのローランドを演じるのがスター・ウォーズで
ジェダイ・マスター、メイス・ウィンドウを演じたサミュエル・L・ジャクソン。
 
 メイス・ウィンドウは、アナキンのせいで死んだようなものだから、
その恨みをこの「ジャンパー」で晴らそうというのか(笑)。
 いずれにせよ、明らかに、スター・ウォーズを意識したキャスティングである。

 このパラディン。犯罪行為を行うジャンパーを捕まえて殺す
というのは大義名分がありそうだが、ジャンパーの家族や恋人に
危害を加えるのはどうみてもやり過ぎ。

 というか、犯罪行為を行うジャンパーは「悪役」でパラディンは「いい者」
であるはずが、それが逆転していて、本当は「いい者」であるはずのパラディン
が悪役になっているという価値観の逆転がおもしろい。

 そして、サミュエル・L・ジャクソンの悪役ぶりがはまっている。
 彼は最近では刑事役が多いが、典型的な悪役顔で悪役を演じた方が
やっぱり様になる。

 ヘイデン演じるデヴィッドは、過去のジャンバーと比べ卓越したジャンプ
能力を持っていて、いわばジャンパーの救世主的存在。
 この辺の設定も、スター・ウォーズのアナキンの設定とソックリ。
 はたして、デヴィッドはパラティンとジャンパーに調和をもたらすのか?

 3部作の第1話ということで、「ライラの冒険」のように中途半端で
終わるのはしょうがないといえばしょうがないが、
このラストはやや物足りない。


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「ソウ5」見た後に再確認する

早く「ソウ」完全解読を読んでスッキリしたら?
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「ゲド戦記」の心理学
ジブリ映画「ゲド戦記」の「名前」に関する設定を「言霊」という視点から徹底解説
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日本アカデミー賞「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の今日映画の不滅を感じた日 (日本アカデミー賞「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の今日映画の不滅を感じた日)
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