2007年07月

2007年07月18日

ソーシャルビジネスとノーベル平和賞〜環境と経済の参考として

今朝(2007年7月18日)の日本経済新聞に
「ノーベル平和賞ユヌス氏講演会」
の特集記事が載っていました。

バングラデシュの
ムハマド・ユヌス氏(グラミン銀行総裁)は
「マイクロファイナンス」という手法を用いて
長年、貧困削減に取り組んでこられました。

「マイクロファイナンス」とは、
貧困層に少額の事業資金を無担保で融資し、
借り手の人々が小規模な商工業や農業を営み、
定期収入を得て分割返済する仕組みです。

寄付と異なり、貧困層に生計を立てる手段を学ばせ、
持続的に収入を得る道を進ませられる点が特徴です。

なんと融資の返済率が99%というから驚異的です!

インタビューの中でユヌス氏は、
「昔からある利益追求型の企業とは別に
(貧困削減など)社会的な善を目的とする事業形態も
成り立ちうる。
これこそがソーシャルビジネスで、
マイクロファイナンスの考え方を広げたものだ」
と述べています。

同じくインタビューの中で、
「グラミン銀行はグループ団体を通じて
(貧困家庭などに)太陽光発電システムを販売している。
高品質パネルの量産技術を持つ日本企業が事業に参加すれば、
より多くの人が低コストのパネルや代替エネルギーを
使用できるようになる。
化石燃料の使用を減らせば地球環境の保護にもつながる。
参加の見返りに温暖化ガス排出権が得られれば
(日本企業に)利点も生まれる。」
と述べています。

日本の環境技術が役に立てるところがここにもあります。

講演の中でユヌス氏、
「ビジネスも変えていく必要がある。
今のビジネスの使命は利益の最大化にある。
だが人間は利益を生む機械ではなく、もっと大きな存在だ。
分かち合うことができるのも人間なのだ」

・・・思わず朝の通勤電車の中で感動してしまいました。


(参考)
ムハマド・ユヌス氏
グラミン銀行総裁。

ダッカ大卒、69年米バンダービルト大で経済博士号取得。
帰国後、チッタゴン大経済学部長を経た後、
農村部貧困層の救済を志て退職。
83年、貧困層向け小口無担保融資のグラミン銀行を創設。
貧困削減の功績で84年マグサイサイ賞、
04年日経アジア賞、
06年にグラミン銀行とともにノーベル平和賞をそれぞれ受賞。

2007年07月13日

ゴジラが日本を襲う!「原子炉、環境配慮型開発へ」日本経済新聞2007年7月13日朝刊一面トップ

ゴジラ。
といっても松井ではない。
元祖ゴジラ。怪獣の。

ゴジラの食料は原子力である。
原子力発電所によくやってくる。

ゴジラが怒って日本にやってきたとき、
どんなに最先端の軍事技術をもってしても止められない。
激しい戦いの末人間が無力感を感じた後、
ゴジラは悠然と去って行く。

現代文明の象徴を破壊してはいくが
決して日本人を絶滅までさせたりはしない。

ゴジラの怒りは自然の怒りか。
怒りの陰のどこかにうっすらとした愛も感じる。
(チビゴジラという子供も登場する)

現代文明におごりたかぶる日本人に対して
自然に対する畏敬の念を思い起こさせてくれる存在でもある。


さて、今朝の日経の1面トップの記事の見出しをみて
「おや?」と思った。


「原子炉、環境配慮型へ」

・・・じゃあ今までの原子炉は環境に配慮してなかったの?

瞬間的に疑問が頭をよぎる。

記事を読みすすめる。

「使用済み核燃料の発生量:3〜4割減」
・・・残りの6〜7割の核廃棄物を処理する有効な方法は存在しないのだが。

「原子炉の寿命:1.3〜2倍の80年」
・・・ということは今日本に存在する原発の寿命はたった40年くらいなのか?

「現在は、日本では55基の原発が稼動中で、国内電力の3割をまかなっている」
・・・55基?そんなにたくさんあったんだ。

「ただ1970年代に建設された約20基は2010-2030年に建て替える必要がある」
・・・2010年ってたった3年後じゃん!

重ねて言うが、核廃棄物を処理する決め手となる方法がないまま
見きり発車で原発を操業しているのが実情である。
原発を1基廃棄したときに、その廃材をどうするのだろう?

「6月の主要国首脳会議(ハイリゲンダム・サミットで)では
「2050年に温暖化ガスを半減させることを検討する」ことが確認された。
政府は2030年以降も原発で国内電力の3〜4割を供給するほか、
米国や中国にも技術を普及させ、温暖化ガス抑制に貢献する。」

・・・今から10数年前、学生時代に読んだ本の中に、
石油資源の枯渇や地球温暖化問題について煽るような動きには
気をつけた方がいい。
それは、原発を作りたい人達がそういう情報を流しているのだ。
ということが書いてあったのを覚えています。

確かに地球温暖化問題は深刻な問題だが、
だからといって直ちに原発を増やすことを正当化する論拠となるわけではない。


どうもきな臭い。

これはいわゆる「観測記事」というものです。

政府は
「こういうふうにしようと思っているんだけど、
それを言うと国民は怒るかな?」という政策を企画しているときに、
それが本決まりになる前に新聞に書かせて
国民の反応を見る、ということをよくやります。

そこで国民がおとなしく黙っていたら、
政府は安心してGOサインを出して正式に事を進めます。

それもけっこう、他に世間の注目を浴びている記事
(今なら年金の記録もれ問題)がある合間にまぎれ込ませて
記事にのっけたりします。

こうして国民があまり気づかないうちに
重要な物事が決められていきます。


さて、日本は北朝鮮の弾道ミサイルの射程距離内にあります。
距離的に北朝鮮に近い北陸地方などの日本海側にはかなりの数の原発があります。

べつに核ミサイルじゃなくて普通のミサイルでも
原発に落として爆発させれば、原子爆弾と同じ効果があります。

たった1基の原発にミサイルが命中したときに
どんなことが起こるか、誰にも予測がつきません。

チェルノブイリ原発事故を覚えてらっしゃいますでしょうか?

最悪、爆発・爆風の規模が大きければ、近くにある原発に誘爆して、
原発1基の爆発が原因で連鎖的に他の原発も爆発するという可能性も
否定できません。

そうなれば、たった一発の「通常兵器」のミサイルで
日本全土は滅亡です。


ゴジラはやってきても、日本人を滅亡させるようなことはしません。

しかし、この先原発を作りつづけていけば、
たった一発のミサイルで日本は滅亡します。

このことに、どれだけの人が気づいているのだろうか・・・。



2007年07月09日

環境と経済〜環境税と面接

中学生の頃体が小さくていじめられていたので、
強くなりたくて、高校、大学と剣道をやりました。

学生時代、その傍ら、環境問題に関心があって、
特にそういった活動をしていたわけではないけれども
環境問題とかエネルギー問題とかに関する本を読んでいて、
環境庁(現・環境省)の官僚になりたいと思っていました。

環境問題について何が最大のネックかというと、

例えば、スーパーに買い物にいったとき、
環境にいい商品とそうじゃない商品が並んでいるとして、
環境にいい商品の方が値段が高いので、
ついそうじゃない安い方の商品を選んでしまう。

格差社会で生活にゆとりがない人が増えてくれば
なおさらであろう。

そうじゃなくて、環境に負荷をかける商品に環境税をかけて、
環境にやさしい商品の方が相対的に安くなれば、
みんなそっちを買うようになって環境が良くなる。

単純にそう考えていました。

環境にいい選択をすることが、
経済合理性にかなっているような、
そんな社会の仕組み作りが必要だと。

その代表的なものが環境税です。

法学部だったにもかかわらず、
卒論は「環境税」について書きました。
もっとも、ほとんど有名な経済学者の石弘光教授の本のパクリでしたが(汗)


あの出来事は、今でも鮮明に覚えています。

国家公務員I種試験に合格したからといって、
すぐ官僚になれるわけではありません。

採用は省庁別に行なわれるので、
就職活動のように、官庁訪問をして、自分が行きたい省庁の面接を受けて
まわりました。

あれは今から12年前、環境庁(当時)の係長と面接をした時のことです。

(係長)「君は環境庁に入って何がやりたいの?」

(私)「はい、環境にいいことをすれば経済的にも得になるような社会のしくみ
をつくりたくて、環境税を導入したいんです。」

(係長)「・・・君ね、環境税なんてあと1、2年もあれば、とにかくすぐ導入されるよ。
環境税が導入された後、君は何をしたいの?」

(私)「・・・・・・(汗)」

結局そこで答えられなくて、環境庁には入れませんでした。(泣)


・・・あれから、12年もたつ。

環境税、あるいはそれに匹敵するような
思いきった政策が導入されたというニュースをいっこうに聞かない。

果たして今の政治家や官僚だけに、
この問題をまかせておけるだろうか?



2007年07月08日

「元気玉」が地球を温暖化から救う

b8832360.jpg「地球のみんな、少しずつオラに元気を分けてくれ・・・」


中学・高校の頃好きだった「ドラゴンボールZ」。

戦闘民族サイヤ人のプリンス、ベジータが地球を侵略しにくる。

エネルギー弾一発で、地球を粉々にする力を持っている。

限界をはるかに超えた、
10倍界王拳をもってしてもどうにもならない。


「ダメだ。もう自分の力ではどうすることもできない・・・。」

自分の力で勝てなければ、自分以外の力を使えばいい。

暴力という狂気から、地球を代表して戦う悟空。

山河は美しく、
木々は生い茂り、
渡り鳥は一生懸命空を渡り、
海の中では無数の命の営みがあり、
人々は幸せを願い、ささやかに暮らしている。

人間、動物、植物、山河、海、

ひとりひとりの力は、
この脅威に対抗するにはあまりにも小さくて
自分の力だけで解決しようと思ったら
静かな絶望が待っている。


しかし生きとし生けるものから
ほんの少しずつ力を分けてもらって

地球の願いがこもった「元気玉」。


人は誰しも心の中に、
美しく光り輝く「珠(たま)」を持っている。
それを、ほんの少しづつ、差し出したらどうだろう・・・


今私達が直面している問題を解決する
ひとつのヒントがここにもある。



2007年07月06日

ささやかな願いを。

198d9396.jpgうちの近所の地下鉄の駅に七夕の笹の葉が飾ってありました。

私も短冊を一枚くくりつけてきました。


いつの時代も、
どこの国でも
人々が願うこと。

・・・愛する人と、豊かに、幸せに暮らして行きたい。


初詣で、神様の前で手を合わせて願うこと。

「仕事がうまくいきますように」
「家族が健康でありますように」
「この恋がかないますように」


人々のささやかな願い。

七夕のお星様、どうぞかなえてあげてください。


たとえ時代がどうなろうと、世の中がどうなろうと、

私自身幸せに生き、

そんなささやかな人々の願いが満たされるような、

世界に誇れる国を創っていきたい。




2007年07月05日

なぜ「自己責任」という言葉が使われるのか?

1998年に、日本ファイナンシャルプランナーズ協会認定の
ファイナンシャル・プランナー普通資格(AFP)を取得しました。

FPのプロとして通用する資格はCFPですが、
CFPの認定試験を受験するためには、
まずAFPを取得する必要があります。
私はAFP止まりですが。

(ちなみに協会誌によると、FPの平均年収は250万円くらいと
書いてあったと記憶してますので、
とったからといって安泰な資格というわけでもなさそうです。)

仕事うんぬんというよりも、
AFPの勉強をしていて、この先の世の中、せめてこのくらいのことは
分かってないと家計をやりくりしていけないよな、と思いました。

確かその頃からだったと思います。
「自己責任」という言葉が新聞などマスコミで頻繁に使われるようになったのは。

年金制度が、「確定給付年金」から「確定拠出年金(日本版401k)」へ移行する
流れにあります。

昔の確定給付年金というのは、
決められたお金を毎年払っていれば(拠出していれば)、
年金がもらえる年齢になったとき、
決められた金額のお金(給付)がもらえるというものです。
つまり、
もらえるお金=「給付」が「確定」しているのです。

これに対して、確定拠出年金(401k)というのは、
毎年決められたお金を払うところまでは一緒ですが、
その拠出されたお金の運用をどうするかの選択肢をある程度個人に与え、
うけとる年金額は運用成績によって変動するというものです。
つまり、払うお金=「拠出」が「確定」していますが、
受け取るお金=給付は変動します。

この確定給付型年金から確定拠出型年金へ移行したことは何を
意味するかというと、
運用(年金資産の投資)に伴うリスクを
国民(個人)に転嫁したものです。

従来は、例えば株価が暴落して、どんなに運用成績が悪かろうが
確定給付型年金制度の下では決まった額の年金を受け取ることができましたが、
これからの確定拠出型年金制度の下では、
「あなたの運用がまずかったのだから」と少ししかもらえません。

さて、「自己責任」という言葉を
政府がマスコミに言わせているわけですが、
政府が使う言葉には翻訳が必要です。

普通の人にもわかるように言うと、

「日本国民の皆様、
日本国政府は、皆様の老後の生活の面倒をみる責任を放棄します。

もちろん頑張れるだけ頑張ってはみますが、
もしだめだったとしても私(政府の担当者)を責めないで下さいね。

皆様の老後の生活に必要なお金を確保するのは、
もう皆様の責任ですから。
万一足りなくなったら自分で何とかしてください。
国はもうそこまでめんどうみきれません。」

という意味なのですが、
そこまでストレートに言っちゃうとたたかれるので、
「自己責任」という聞こえのいい言葉を使っているのです。


2007年07月04日

がんばった先にあるもの

今をさること10数年前・・・

大学3年の夏から4年の夏にかけて1年間、
毎日平均7時間以上、死にもの狂いで勉強した甲斐あって、
国家公務員I種試験に一発で合格。

そして春、霞ヶ関の役所に出勤する。(今はもう辞めましたが)

夕方6時頃、夕食の弁当を注文するように命じられる。

時間は刻々と過ぎて行く。

21時、22時。

「あれっなんでみんな帰らないんだろう・・・(汗)」

ようやく帰れたのが23時半。

築30年の、
畳が3枚と板の間がちょこっとあって
「4畳半」と称している、オンボロの寮へたどりつくのは
1時間後。

なにもない平和な時で終電まで残業するのが当たり前の世界。

電車で帰ることができればまだいいほう。

夜中の1時と2時に正門を出発して公務員宿舎を巡回する
恐怖の夜行バスがある。

周りを見渡すと、
住宅ローンという名の多額の借金を抱え、
ローンを返すため、
家族を養っていくため、
子供の教育費を払うため、

健康を損ねて、(実際、半病人がうようよしてました)
家族と過ごす時間も
自分の幸せも犠牲にして、
ただ、ひたすら働く。

自分の意見なんて、
何段階にもわたる上司の階層と
関係セクションとの調整で
どんどん削られ、曲げられていく。

おかしいと思っても
命令には逆らえない。

ただ、ひたすら働く。

生活していくために。


その先に待っているものはなんだろう?

天下りで安泰?もうそんな時代じゃない。

キャリア官僚ですら、
20代、30代で自分の老後が安泰だと
心から思っている人はほどんどいない。
(なまじ国の財政とか組織の体質とかの実情を知っているだけに・・・)

将来のことを考えると不安になってつらくなって
今日のつらい仕事に耐えられないから
目をつぶってあまり考えないようにしている。

(実際、今日をしのぐだけでいっぱいいっぱいでした。)


2050年、私は77歳になります。

もしくは60歳になったとき、

年金はどうなっているのだろう?

地球環境はどうなっているのだろう?

2007年07月03日

2050年あなたは何歳?

2050年、私は77歳になります。

よく、
「子や孫の世代にツケを回す」
「子や孫の世代に負担を先送りする」
「子供達の未来のために」
などという表現が用いられています。

特に2つの分野において。

ひとつは、
年金問題も含んだ財政問題。

もうひとつは、
地球温暖化問題に代表される
環境問題です。

ちょっと待ってくれ!

60代の政治家や偉い学者の先生方から見て
「子や孫の世代」といえば
俺達のことじゃん!

特に今30代前半の「団塊ジュニア世代」。

これから退職する団塊の世代の先輩方の
老後の生活を支えるために
税金等の負担は今後さらに重くなるでしょう。

ちょうど人口も多いのでターゲットにされやすい。

ちょうど働き盛りで仕事でヘトヘトで他のことを考えている
余裕がなかったりして、
知らない間にどんどん不利なことが決められていたりして。

立ちあがれ!30代!
ツケを払わされるのは俺達だ!

「子や孫の世代」
という言葉には、問題を先送りするエネルギーがある。

「子や孫の世代」という言葉に騙されるな。

奴らから見た
「子」=20代、30代、40代だ!

地球温暖化の問題は、
子や孫の世代などという悠長な問題ではなく、
自分が生きているうちに直面するシビアな問題だ。





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