2008年01月02日

「明治維新モデル」とは

新年あけましておめでとうございます。

いよいよ勝負の年、2008年の幕開けです。

さて、若者が原動力となって成し遂げた社会変革の成功事例として、
我が国には明治維新があります。

欧米列強が世界を植民地化していた時代、極東に位置するという地理的に恵まれた
条件にあったとはいえ、実力で植民地化を免れました。
そして、日露戦争で勝利し、当時アジア人で白人を破った唯一の民族です。
トルコなど帝政ロシアに苦しめられていた国々では日本はヒーローです。

その原動力となった社会変革が明治維新であり、
しかもたいした権力基盤をもたない若者が主導したというところに特徴があり、
もしかしたらこれだけのレベルのものは、世界史の中でも珍しいかもしれません。

これからの日本の国家100年の計を練るにあたり、明治維新を見るに、
おおまかに言うと、以下の5つのステップをたどってきたと考えられ、
非常に参考になります。

(1)吉田松陰という思想家が現れる。
 松下村塾を開き、高杉晋作、久坂玄瑞、桂小五郎ら明治維新の原動力となる若者を
育成しました。吉田松陰が松下村塾で教えていた期間は2年にも満たない短いものでしたが、その間に志を育みました。
 「はじめに志ありき」です。

(2)ゲリラとして戦いながら同志を募るが、いかんせん弱小勢力であり、敗北を重ねる。
 高杉晋作のイギリス公館焼き討ち事件、
 長州藩・薩摩藩がそれぞれ攘夷として外国船舶を砲撃するが、報復にあう。
 禁門の政変(七卿落ち)、新撰組による池田屋襲撃事件、蛤御門の戦い、など。

(3)それと並行して、既存権力内の進歩派から援助を受ける。
 幕臣であった勝海舟が坂本竜馬を弟子にする。
 坂本竜馬は幕府の軍事施設であった神戸海軍操練所で軍艦の動かし方を学び、
そこで身につけたスキルで長州征伐で長州を攻めにきた幕府の海軍を打ち破ったり、
海援隊に活かしている。
 また竜馬は福井藩・松平越前守(春嶽公)から融資を引き出している。

(4)バラバラに戦っていた勢力がひとつにまとまる。
 犬猿の仲であった薩摩と長州が手を結び(薩長同盟)、薩長土肥4藩体制ができあがる。
これにより、圧倒的な国家権力であった幕府に正面から対抗できる勢力となる。

(5)錦の御旗をかかげる。民族統合の象徴からのお墨付きを得る。
 鳥羽・伏見の戦いで薩長軍が錦の御旗をかかげ官軍となったことで、流れが決定的に決まった。
 古来我が国では、乱世を収束させるとき、天皇を味方につけた方が勝つ。
 豊臣秀吉を関白に任命したのも天皇。秀吉が俺は偉いから天下人なんだといばってみても、自ら日本の王を名乗っても納得しない国民性があります。
 源頼朝を征夷大将軍に任命したのも、徳川家康を征夷大将軍に任命したのも天皇。
内閣総理大臣を任命(認証だったかな?)するのも天皇。

 中国の王朝だったら、前の王朝を倒して自ら帝を名乗ってもOK。
というか世界の王家の盛衰はほとんどそうなんですが、
「天皇の委託を受けて」という形をとると納まりがいいという
世界の中でも変わった民族です。

以上の分析はおおまかなもので、不正確な部分や漏れもあり、賛否両論あるとは思います。

しかしながら、
豊かで幸せな未来を築くために、
志を抱く若者が歴史の新しい流れをつくりたいという悲願を持つとき、
明治維新は祖先からの贈り物だと思います。

見える人には見える、
民族総決算の戦いが今年はじまります。



トラックバックURL

コメント一覧

1. Posted by やっさん   2008年01月03日 01:00
あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

革命、維新は一定期間の改革が停滞した時に起きる事象だと思っています。日常から滞留することの無い不断の努力を微力ながら続けていきたいと思います。

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星
 
 
 
GyaOデイリーランキング総合ベスト5
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ