2020年08月03日 20:45


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遅れていた梅雨が、おとといやっと明けた!

平年より11日、昨年より8日遅いと聞く。

鬱陶しい梅雨空から開放されたのだ!
梅雨明けを待っていたか、蝉も鳴きだした。

が、気になるのがこの先の猛暑到来!そして熱中症!!

さらにコロナ禍が、勢いを増すばかりなのも大いに気がかりだ。

となると、遠出は控えて巣ごもりしかない。
昔読んだ本を再度、じっくり読んでみよう。



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30年以上前に読んだ『蝉しぐれ』。本棚を探したが当時の単行本が見当たらず、
3日前に文庫本を手に入れた。Book offで。この機会にじっくり再読することに。

江戸の北方、百二十里の彼方に、海坂(うなさか)藩という架空の小藩がある。
下級藩士の子、牧文四郎はここで生まれ、恋し、お家騒動の渦に巻き込まれながら
雄々しく成長していく物語。幼い頃から互いに好き合いながらも、次々と襲い来る
運命にさいなまれ、結局は結ばれ得なかった男と女の二十年に及ぶ物語でもある。

藤沢文学の金字塔ともいわれる『蝉しぐれ』。作中の印象深い場面を引用抄録した。
作者の故郷、山形県鶴岡の豊かな自然に海坂藩の面影を追い、名作の魅力に迫る。
長文の引用箇所は、作者代表作の要となる部分でもあるので、読了願えれば幸いです。
         以下、文中の写真は(「藤沢周平の世界01」2006.11月 朝日新聞社)ほかによる)



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主人公・牧文四郎と小柳ふくの家(中央 左・右)のある、普請組組屋敷。
屋敷裏(下)を小川が流れる。垣根を隔てて左に文四郎、右にふくの姿が見てとれる。

 
悲鳴をあげたのはふくである。とっさに文四郎は間の垣根をとび越えた。そして小柳の屋敷に入ったときには、立ちすくんだふくの足もとから身をくねらせて逃げる蛇を見つけていた。体長二尺四、五寸ほどのやまかがしのようである。
 青い顔をして、ふくが指を押さえている。
「どうした?噛まれたか」
「はい」
「どれ」
 手をとってみると、ふくの右手の中指の先がぽつりと赤くなっている。ほんのすこしだが血が出ているようだった。
 文四郎はためらわずにその指を口にふくむと、傷口を強く吸った。口の中にかすかに血の匂いがひろがった。ぼうぜんと手を文四郎にゆだねていたふくが、このとき小さな泣き声をたてた。蛇の毒を思って、恐怖がこみ上げて来たのだろう。
「泣くな」
 唾を吐き捨てて、文四郎は叱った。唾は赤くなっていた。
「やまかがしはまむしのようにこわい蛇ではない。心配するな。それに武家の子はこのぐらいのことで泣いてはならん」  (「朝の蛇」の章より)



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藤沢周平ファンをもって自認する作家・山本一力氏。

海坂藩の原型である鶴岡市を歩いた。


藤沢周平の生まれ故郷、山形県鶴岡市。

庄内藩の城下町として栄えた鶴岡には、藤沢が数多くの作品の舞台にした架空の小藩「海坂藩」を想起させる名所・旧跡が、数多く残る。

ここは、庄内藩主が御成りの時だけに使われた表御門。

藩士たちは東御門から出入りしていた。




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その夜、文四郎が眼をさますと、家はすさまじい雨と風の音に包まれていた。
だが目ざめたのはそのせいではなく、風雨の間を縫う太鼓の音を聞いたからである。
それは出水の合図で、父は即刻城に駆けつけねばならないのだが、まだ帰ってきていない。代わって16歳の文四郎が身支度をして出て行った・・・。


 文四郎は耳を疑った。声は父の助左衛門である。
 その声が言った。
「今夜の指揮をとられるのは相羽どのですか」
「そうだ」
 文四郎からは見えないが、相羽は助左衛門を認めたらしい。
「助左か。この忙しい時に何事だ」
「緊急のおねがいがあります」
「手短かに言え」
「切開の場所を、上流の鴨の曲がりに変更して頂きたい」
「ばかを言え、そんなひまはない」
「いや、ぜひとも」
 助左衛門の大声が、風雨を圧してひびきわたった。気迫におされたように、相羽が言った。
「理由を言え」
「ここで土手を切れば、ごらんのごとく取り入れ前の稲田がつぶれます。しかし鴨の曲がりなら外は荒れ地。水が原の外に溢れたとしても土砂をまぬがれて、稲は助かります」
「ここを切ってつぶれる田圃は、どのくらいだ?」
「ざっと十町歩」
「しかし、間に合わんな」
「いや、間に合います」
 ふたたび助左衛門の声があたりを圧した。
「鴨の曲がりまでわずかに三町(約三百三十メートル)。ご決断ください。」
「・・・・・・」
「この場所を切って田をつぶせば、金井村の手伝い人足は引き揚げますぞ」
「よし、もっともだ。よく言った」
 相羽の決断ははやかった。
「切開の場所を鴨の曲がりに変更する。いそげ」
 相羽の声で、作業隊はまた走り出した。だが不平を言う者は一人もいなかった。文四郎も走った。(中略)

 ――おやじはすごいな。
 と文四郎は走りながら思っていた。
 家の中ではあまり物をしゃべらない助左衛門が、気迫のこもる熱弁をふるって、十町歩の稲田をつぶす柳の曲がりの切開を阻止したことが、文四郎の胸を感動で熱くしていた。
 ――父を見習いたい。
 文四郎はそう思い、助左衛門に対する日ごろの尊敬の気持ちがいっそう高まるのを感じた。(「嵐」の章より)


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海坂藩では五間川の名で数々の作品に登場する内川。実在する「鴨の曲がり」付近。



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海坂藩のお家騒動に巻き込まれ、切腹を命じられる父助左衛門。
処刑の日を間近にして、文四郎がほんの束の間、父に会い僅かばかりの言葉を交わした。寡黙な父は切腹を前にして「文四郎はわしを恥じてはならん」と言った。
父の遺した言葉の重さと深さに、文四郎は帰り道泣いてしまう。息子に対して父の生き方は決して間違っていなかったということを伝えようとしたのか・・・。


「さあ、押してくれ」
 道蔵にひと声かけると、文四郎は最後の気力を振りしぼってのぼりになる道をはしり上がった。
 車を雑木林の横から矢場町の通りまでひき上げたときには、文四郎も道蔵も精魂尽きはてて、しばらくは物も言えずに喘いだ。車はそれほどに重かった。
 喘いでいる文四郎の眼に、組屋敷の方から小走りに駆けて来る少女の姿が映った。
たしかめるまでもなく、ふくだとわかった。
 ふくはそばまで来ると、車の上の遺体に手を合わせ、それから歩き出した文四郎によりそって梶棒をつかんだ。無言のままの眼から涙がこぼれるのをそのままに、ふくは一心な力をこめて梶棒をひいていた。 (「蟻のごとく」の章より)




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藩校・致道館は、鶴岡公園の斜め向かい。

『蝉しぐれ』では三省館と名を変えて、海坂藩の若い藩士たちの鍛錬の場となっていた。

東北地方に唯一現存する藩校。庄内藩士の文武教育の場。

明治6年まで使われていた。





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組屋敷で、牧家と隣り合った小柳家の娘ふくは、文四郎より三つ年下の幼なじみだ。
文四郎がはじめて慕わしく思ったその相手は、のちに殿様の目にとまってお部屋さま
となっていた・・・。

「ふくに、殿さまのお手がついたのだそうです」
「・・・・・・」
 女房の言葉を理解するまで、ちょっとの間があった。しかしその言葉は、つぎの瞬間何の苦もなく腑に落ちて、文四郎の頭の中で音立ててはじけた。文四郎は目の前が真っ白になったような気がした。  
 つぎに文四郎は、怒りとも屈辱とも言いがたいもののために、顔がかッと熱くなるのを感じた。小柳さまは、これからまだまだ出世なさいますよ、という山岸の女房の声が遠く聞こえた。(中略)

 ――そうか。
 では、終わったのだと文四郎は思っていた。その思いは唐突にやって来て、文四郎を覆いつつみ、押し流さんばかりだった。
 蛇に噛まれたふく、夜祭りで水飴をなめていたふく、借りた米を袖にかくしたふく、終わったのはそういう世界とのつながりだということがわかっていた。
それらは突然に、文四郎の手のとどかないところに遠ざかってしまったのである。
 そのことを理解したとき、文四郎の胸にこみ上げて来たのは、自分でもおどろくほどにはげしい、ふくをいとおしむ感情だった。蛇に噛まれた指を文四郎に吸われているふくも、お上の手がついてしまったふくも、かなしいほどにいとおしかった。(中略)

 ーーあのとき・・・・・・。
 と文四郎は強い悔恨に苛まれながら、たずねて来たふくに会えなかった日のことを思い出している。あのときふくは、このようにしてやがて別れがくることを予感していたのだろうか、と思った。 (「家老屋敷」の章より)


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4年前の秋、郷里の高校同級会のついでに向かったのが、鶴岡市にある「藤沢周平記念館」。

かつての庄内藩・鶴ヶ岡城があった鶴岡公園の中に、自然に囲まれて佇んでいた。

再現された書斎には、東京の自宅仕事部屋で使っていた机や愛用品なども。




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ただ一度、それもつかの間、二十年余を経たあと、文四郎改め助左衛門と、いまはお福さまとなったふくとが忍び逢う場面が用意されている。
藩主亡きあと、尼になると心を決め、髪をおろすことにしたお福さま。
文四郎は郡奉行となり、名も牧助左衛門とあらためていた。
閑散とした真夏の湯治宿の一室――それぞれにひとの親となった二人が、かえらぬ昔に想いをはせるくだりは、哀切極まりない・・・。

「文四郎さんの御子は?」
「二人です」
 助左衛門の子は上が男子、下が娘で、上の息子は既に二十歳。今年から小姓組見習いに召し出されている。
「娘も、そろそろ嫁にやらねばなりません」
「二人とも、それぞれに人の親になったのですね」
「さようですな」

「文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」
 いきなりお福さまがそう言った。だが顔はおだやかに微笑して、あり得たかも知れないその光景を夢みているように見えた。助左衛門も微笑した。そしてはっきりと言った。
「それが出来なかったことを、それがし、生涯の悔いとしております」
「ほんとうに?」
「・・・・・・」
「うれしい。でも、きっとこういうふうに終わるのですね。この世に悔いを持たぬ人などいないでしょうから。はかない世の中・・・・・・」
 お福さまの白い顔に放心の表情が現れた。見守っている助左衛門に、やがてお福さまは眼をもどした。その眼にわずかに生気が動いた。 (「蝉しぐれ」の章より)



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二人が忍び逢った「簑浦」という湯宿のモデルは湯の浜温泉。

内陸部のわが家からはかなり離れているのだが、近くの海水浴場で遊んだ僅かな記憶が。

社会人になって、定年後に高校時代の同級友人数人で旅に出て、この温泉に泊まり砂浜を歩いたことも。

あのときは翌日、山好き二人で鳥海山にも登った。


夕暮れの日本海に沈む夕日の、まん丸で大きかったことが、今も鮮明に記憶に残る。




今から9年前。作家・藤沢周平が亡くなって20年の節目に、デビュー前後に書き残されていた手帳が初めて公表された。
そこには、作家を目指す決意、亡き先妻に向けた愛情など、初めて明かされる思いやエピソードが綴られていたという。『藤沢周平 遺された手帳』と題して、長女展子さんによって上梓された。その中の一節に、次のような文章がある。


 ーー「徹底して美文を削り落とす作業にかかろう。美文は鼻につくとどうしようもないほどいやみなものだ。いまどき、形容詞に憂身をやつす文士はいないだろうと思ったりする。
「江戸の用心棒」というシリーズを考えている。ハンサムで腕っぷしが強く、武家勤めに愛想をつかしている浪人が主人公。――

たしかに、藤沢文学の文章は読みやすい。誠実で優しい人柄そのままに、修飾語をなるべく排して言葉を飾らず、美文調を避けた平易な文章が連なる。

「江戸の用心棒」は、4冊シリーズの文庫本にもなった(「用心棒日月抄」「孤剣」「刺客」「凶刃」)。一刀流の腕のみが頼りの用心棒暮らし。実は藩主毒殺の陰謀を知って、やむなく脱藩した浪人だ。続々と国元から送られてくる刺客を倒しながらひたむきに生きる。このあたりから作風が明るく、ユーモラスなものになったといわれている。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          


2020年07月25日 21:03


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7月24日(金・)。
降ったり止んだりの鬱陶しい梅雨空が続く。

お蔭で巷の緑が、さらに濃くなってきた。

が、日照不足が影響して野菜が育たず、高値が続いていると聞く。 

週間予報では、東京地方の来週は晴れマークが目立ったのに、曇りに変わった。
しかし蝉も鳴きだした。梅雨明けは近い!

近くの栗畑。いつの間にか栗の毬が、丸く大きく生長しつつある。




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都立公園付属の田んぼ。細く頼りなげにそよいでいた苗も、すっかり伸び揃った。
梅雨が明け猛暑が続けばこの先ぐんぐん生長し、やがて黄金色の稲穂をなびかせる。



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ハナイカダ/花筏:花を乗せた葉を筏に見立てての名。5月中旬頃に葉の中央付近に
淡緑色の雌花が1個咲いた。その花が夏の終わりを待たず黒紫色の果実に熟してきた。




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虫や蝶を追う仲良し父子3人組。あっ。せっかく捕まえた蝶に逃げられたようだ。
「こっちで蝶が2匹舞ってるよ〜!」と声をかけた。白い網をかざして駆けてきた。

今日はスポーツの日で
祝日。楽しい虫取り体験は、親子の絆を深める絶好の機会だ。



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閉鎖していたキャンプ練習場。6月上旬に定員を半数(60人)にして再開している。
4連休なのに遠出を控えた家族連れやグループ。昼時を前に竈の煙をくゆらせていた。

ニイニイ蝉の鳴き声が聞こえる。油蝉はまだ先だ。突然、ミンミン蝉も鳴きだした。



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大リーグも開幕した。4か月遅れで。やはり完全無観客。応援の声も歓声もない。
二日目の25日(日本時間)にTV中継を見た。エンゼルス・大谷選手は、1回の初打
席で初安打。3番DHで
幸先良いスタートを切った。観客席前方には人型のパネルが。

静かな試合で、聞こえるのはキャッチャー・ミットで受けるボールの音と、ダッグア
ウトのかけ声だけ。アナウンサーと解説者の声は、歯切れよくはっきりと聞こえる。
やっぱりスポーツ中継はいい!とくに大リーグは。日本人選手も増えたので楽しみだ。


2020年07月21日 16:45


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いよいよ東京オリンピック開幕間近!

出場選手は東京に集結し、観客も世界各地から集まっている!!

あとは、7/24日の開会式を待つばかり・・・と、今頃はこうなるはずだったのに。 

一向に衰えをみせないコロナ禍で1年延期。
その開催も危ぶまれている。

NHK-BSPで56年前の「東京オリンピック」映画(東宝、総監督・市川昆)が放映された。

この際、その一部を抜粋抄録してみたい。




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 日本選手団の入場行進 合わせる曲目は古関祐而作曲「オリンピックマーチ」


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1964(昭和39)年10月10日午後2時入場行進開始。参加94か国7060人の若人が集う


  
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          定員71715人収容の国立競技場



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ブランデージ会長「テンノウヘイカニカイカイセンゲンヲオネガイモウシアゲマス」



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           名誉総裁 昭和天皇の 開会宣言



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      五輪旗の行進         色とりどりの風船が青空に舞う!



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        最終ランナー 坂井義則選手による聖火台点火



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                         航空自衛隊 ブルーインパルスの祝賀飛行 

        
           
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    柔道王 アントン・ヘーシンク    100m決勝 褐色の弾丸 ボブ・ヘイズ

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   体操日本のエース 遠藤幸雄       名花 ベラ・チャスラフスカ


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       10000m決勝のスタート 円谷幸吉選手もいた



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    裸足の哲人 アベベ・ビキラ      水泳男子 100m自由形 決勝

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   東洋の魔女 対ロシア決勝戦         大松博文監督



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              閉会式で燃え収める聖火



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          メキシコでまた会いましょう! 4年後に!! 



       Memories  in  青春!

あの頃は20代前半。青春真っ只中!ブログアップ進行につれ、想い出が次々と浮かぶ。


〇 まさに高度経済成長期。東京タワーができ首都高速道路が張り巡らされ、東海道新幹
 線が開通した。きっとみな、オリンピックへ向けての突貫工事に励んだのだろう。


〇 調布市の独身寮住まい。寮生は20人ぐらいか。気心知れた仲間。数年間過ごした。
 
〇 通勤は押し合いへし合いの満員電車!京王線・新宿駅で地下鉄丸ノ内線へ乗り換えて
 銀座まで通った。後半には、さらに赤坂見附で銀座線に乗換えて新橋まで。


〇 帰りはいつも遅かった。夕食は9時まで。間に合わないと、寮の近くにある年寄り
 夫婦の営む定食屋へ。つぶれそうな小さな小屋?の「煮込み定食」がうまかった。


〇 夕食後の寮。食堂の隅にある畳敷き小上がりに、仰向けに寝転び足元のTVを見た。
 畳の上に並んだお互いの体をマグロの陸揚げだと笑いあったっけ・・・。

〇 夜にチャルメラの屋台も時々来た。ラーメンの出来上がりを待っていたら、ひょい
 と覘いたのが仕事帰りのクレージーキャッツ谷啓。深大寺近くに自宅があったとか。

〇 日曜になると・・・
 ・下駄ばきでカラコロと散歩した。行先は決まって深大寺まで。信仰心は篤からず。

 ・よく食堂で麻雀をした。管理人夫妻手持ちの牌で。あの二人も好きだったなぁ。
 ・3本立ての安い映画館があった。1本終るごとに拍手!あれはわが寮生なり!
 ・京王線・武蔵野台のグランドやプール、テニスコートへ向かう。最寄り駅の改札口
  で突如3.4人でじゃんけん。負ければみんなの電車賃を払う。他愛もない楽しみ!

  
あれもこれも、半世紀以上昔の想い出。その後当時の寮仲間は転勤したり結婚したり。
今はとんと音沙汰なし。わずか二人と年賀状を交わすだけ・・・青春は遥か…嗚呼!
  

2020年07月15日 14:40


7月12日(日)。 4か月ぶりのRAC山行は、大垂水峠から高尾山へ。参加者12名。
この日当初は、大垂水から南高尾山稜を踏破予定。が、長くコロナ自粛が続いたので、体力トレーニングの意味も兼ねて高尾山方面に変更して出発した。


〇 コース:京王線高尾山口駅−−大垂水・・・・防火帯・・・一丁平・・・奥高尾分岐・・・もみじ台・・高尾山・・・みやま橋(吊橋)・・・浄心門・・・琵琶滝・・・妙音橋・・清 滝・・・高尾山口駅

〇 歩 程:約3時間40分     〇 標高差:約410m



         《 高尾山口駅からバスで大垂水峠へ 》  

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久し振りの高尾山口駅。

コロナ禍に負けじと、登山者が集う。

とはいうものの、都内の新規感染者は連日高止まり中。

皆おそらく、感染防止に気を使いながらの集合だ。



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バス停はマスク武装者で混雑。大垂水BSで下車。ここから1月のコースを逆に進む。


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登り始めは急な石段。さあ、脚慣らしだ!

4か月ぶりの山歩き。大丈夫かな?

足元に崩れかけた山道も。雨続きのせいか。

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       《 緑深い中を一丁平園地へ向かう 》


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気持ちいい深緑の中を行く。

防火帯の萱が背丈以上に延びた。

植物にとっては恵みの長雨だった。
あとは梅雨明けの太陽を待つばかりか。


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まずは一丁平着。いつもは小仏方面への通過点だが、今日は昼食の楽しみをここで!


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深緑に囲まれた東屋。ひと際濃くなった緑に、優しく包まれながらのランチタイム!



        《 奥高尾入口まで来て、しばし休憩 》

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マスクは着けたいが、山歩きには暑苦しく息苦しい。せめて山頂周辺ではと掲示あり。




         《 高尾山頂
(599m)に到着!》


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空全体が靄と雲に霞んで、富士の姿は見えず。西丹沢の山並が薄っすらと延びるだけ。




        《 みやま橋(吊橋)を渡る 》


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みやま橋は森に溶け込むように架けられた、高尾山では珍しい吊り橋。長さ36m。
緑濃く涼しい中を渡る。吊り橋からの眺めもいい。急に揺れる。重い人が来たな!?



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これは倒木の切り口か。山登り中に落書きする人もいるまいに。ご丁寧に横文字も。




         《 浄心門を経て琵琶滝へ向かう 》

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4号路を浄心門まで下りてきた。珍しく今日は、この先2号路を琵琶滝方面へ向かう。



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急な岩ゴロ山道を下り続け、分岐でひと休み。随分水を飲んだ。琵琶滝はもうすぐだ。



         《 琵琶滝の水行道場だ! 》

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高尾山は修験の山。左右の石柱に「琵琶滝水行道場」、「高尾山修験道場」とある。
奥の滝に打たれる白衣の行者の姿はない。読経の声も聞こえず、静かな佇まいだ。



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信仰の山の雰囲気漂う琵琶滝を後に沢に沿って進む。人影は少ない。静寂な下山道だ。



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橋を渡り、深緑に癒され、そよ風を肌に感じながら「琵琶滝コース入口」まで下りた。ここから清滝を経て高尾山口駅へ帰りつく。生ビールが欲しい・・・!我慢、がまん。


 余談独言。。。中3か月のブランクを経ての、久しぶりの山歩き。
先日聞いた、土曜朝のNHKラジオ番組石丸謙次郎の山カフェ。
「コロナ明けに山へ行くときは、まずいつもの半分ぐらいのハードさを目安に選ぼう」
という助言もあり、コース変更しての一日だった。

それでも高尾山は、特徴のあるいくつものコースに枝分かれ整備され、目的に合わせていろんな楽しみ方ができる山。1月に行った薬王院までは足を延ばさなかったものの、吊り橋や琵琶滝のコースも加えて、十分楽しめた。

高尾山薬王院は、平安時代に聖武天皇の勅願により開山されたお寺。
薬師如来を祀ったのが始まりで、その後飯縄(いづな)大権現を祭り、煩悩を焼き尽くし、願い事をかなえてくれる護摩供養が有名になった。火渡りやカラス天狗、滝修行など、この寺を紹介する代名詞にはことかかない。都心から1時間で行ける憩いの森だ。


2020年07月08日 07:53


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「宝暦大治水」として、歴史に残る物語。

約260余年前・・・。
濃尾三川の治水工事で、水の猛威とたたかった薩摩武士たちの、苦しみと偉業の物語。

舞台化不可能といわれた『弧愁の岸』。
森繁久彌の凄まじい執念と、スタッフ、俳優陣の挑戦で、演劇史上に残る大作となった。

昭和58年から11年間で通算7回、東京、名古屋、大阪で上演された。

うち第5回(H元年)と第7回(H5年) 公演を帝劇で観た。以下は第7回(最終回) 夜の部の観劇記録である
(写真は公演プログラムから)



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濃尾三川の治水工事で、大自然と四つに組んで水の猛威とたたかった薩摩藩士たちの
苦しみと偉業、そして友情。老獪な幕府の権力に抗して犠牲になった死者たち。
遥か、美しい桜島に望郷の思いを託して、生き残ったものの空しさ、哀しみ…を描く。



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   薩摩藩大目付・川普請副奉行 伊集院十蔵 はダブルキャストで。

森繁翁は80歳の高齢。医者から一日3時間以内と厳しく制限されたため夜のみ熱演。
昼の公演では西村晃・70歳もはまり役。出演はほかに、薩摩藩家老・川普請総奉行
平田靱負
(ゆきえ) を竹脇無我。西郷輝彦、林与一、酒井和歌子、土田早苗ほか大勢



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大阪で資金調達を担う5人の算用方は先発。

借銀に奔走する過程で、工事費概算は30万両と知る。なんと知らされた見積もりの2倍!

約1000人の家士、下人が美濃の国へ出発。

宝暦4年2月末。
四手に分かれ工事に着手。

5月下旬までの1期と、9月から翌年春までの
2期に分けて、過酷な工事が進められる。


家族や許婚者と別れ、遠い他国でいつ終わるとも知れない難工事に挑む藩士たち。






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大河のない薩摩に生まれ、武士としての仕込みを受けた藩士たち。

土木工事の仕様はまったく知らず・・・。


刀を鍬に持ちかえ、慣れない異境での重労働。水と土との苦闘。難工事が始まる。






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農民と領主の相反する利害の間に立ち、幕府の出先役人の悪質な嫌がらせに悩まされながらの難工事。

工事を進めながら、前からは幕吏、後からは金貸し、横からは土地の百姓たちにいびられる日々が続く。






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困難な資金調達を知って、倹約に倹約を重ねる藩士達――

百姓のこぜりあいに巻き込まれた2名の藩士は、腹を切って幕府に抗議。

雨季が来た。「堰が切れたぞ〜・・・!」。

仕上げたばかりの川筋に決壊箇所が続出。

まだ固まらぬ土、砂利は、わずかな水の圧力にも哀しいほど脆い。

工事完了近くの洪水で、薩摩の努力が水泡に帰す事態があちこちで・・・。





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雨季が去ると、炎暑の河原を病鬼が襲う。

疫病の蔓延だ。
急遽病人小屋が建て増され、次々隔離される。

疫病で死ぬ者33名、老獪な幕府の権力に捨身の抗議をぶつけて割腹する者52名。

血と汗と涙で、見事に工事を完成させた。
度重なる洪水に工事費は遥かに超過。

それでも、平田総奉行の固い意志と粘り強い交渉で、密かに幕府が見込んだ70万両を40万両に抑え込むことができた。






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自然と闘い疫病に悩まされ、幕吏・村民の迫害妨害に悲痛の死をもって臨んだ者80余名。1年2か月におよんだ未曽有の難工事は、薩摩藩士の死屍累々の上についに完成。
藩士の帰郷の日は近づく。が、平田の胸中は公儀への義憤と怒りで煮えたぎっていた。

幕府検分が終った後の宝暦5年5月25日帰郷の日未明、ついに86人目の犠牲者が出た。

     ――住みなれし里も今さら名残りにて 
             立ちぞわずろう美濃の大牧――

    薩摩藩勝手方家老・川普請総奉行 平田靱負正輔 自裁 享年52


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過酷な幕命の矢面に立ち、悲憤のうちに従容として生涯を閉じた薩摩藩家老平田靱負。
地獄を見つめて、残る藩士達を引き連れ引き揚げなければならない副奉行伊集院十蔵。

だがその完成の結果、沿岸329ヵ村の村人たちは水害の恐怖から救われたのであった。



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 舞台
の迫力に圧倒された!当時80歳の森繁久彌。年齢を感じさせない迫真の舞台は、言葉では言い表せない感動を覚えた!

 NHKラジオ番組「日曜名作座」で取り上げて以来、森繁翁はこの男のドラマの舞台化に凄まじい執念と情熱を燃やしたという。

 森谷司郎(映画監督)は、当初映画化を考えていた。ところが森繁が「帝劇の芝居でやりたい」と譲らない。

 結局、映像も使う帝劇の舞台を、森谷が演出することになった(初演。その後53歳の若さで急逝)。





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        工事費見積りの変化と、工事概要(拡大参照)

宝暦3年までの薩摩藩累積債務額はすでに66万両。工事費見積額情報は、日を追って
膨れ上がった。諸工事完成後は、要した費用40万両。77万石薩摩藩の2年間の全収入
を上回る巨額に達した。薩摩藩は、後に残った莫大な借財に頭を痛めることになる。



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木曽三川公園千本松原の一画にある治水神社。平田靱負正輔を祭神とし、薩摩義士が祀られている。毎年春(4/25日)と秋(10/25日)には義士の遺徳を偲び慰霊祭が行われる


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御由緒には「・・・幕府の命令とはいえ300里も離れた異境の地を、水害の苦しみか
ら救った、薩摩の人達の血と汗と涙の結晶は、今もこの地方に語り継がれ偉業として
称えられる大治水事業であった。この神社はその時なくなられた八十余名の方々をお
祭りして、感謝の誠をささげ、願望成就の神として崇敬されている」と。
      



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千本松原岐阜県立自然公園:長良川(左)、揖斐川に挟まれた宝暦治水の堤防と松並木。

最大の難工事といわれた油島締切堤。長良川と揖斐川の背割堤1厖召砲錣燭辰届△覆訃省駄擇蓮工事完成とともに築かれた堤に、薩摩義士が九州から取り寄せた千本の日向松を植えたものと伝えられている。

【作者:杉本苑子氏のこと・・・】
1925(T14)年 東京生まれ。2017年5月に91歳で逝去。
長く吉川英治に師事して研鑽を積み、S37年書き下ろし長編『弧愁の岸』を出版。
翌年春の直木賞に選ばれた。史料を読み込んだ骨太な歴史小説で知られた、数少ない女性の歴史作家。生涯独身。「小説に恋をした」と。
菊池寛賞、吉川英治文学賞、文化勲章受章。著書多数。(wikiほか)。


その昔、2度にわたる岐阜出張の折、帰りにぜひ足を延ばしたいと願っていた千本松原。
結局時間が取れず行かずじまいに。斎藤道三ゆかりの金華山頂上に建つ稲葉山城(岐阜城)へは2度も登ったのに・・・未だに残念!


舞台では不可能といわれた自然と水とのたたかい・・・暴風雨と洪水・決壊の場面。
帝劇ならではの映像と大音響を駆使・・・見ごたえのある舞台だった。

蛇足ながら・・・帝劇で映像と馬を使った名場面を、過去に観たことを思い出した。
もう、50年も前の話。『風と共に去りぬ』を観たときのことだ。
レット・バトラーが宝田明。スカーレット・オハラが那智わたる。

あのときの、映像を駆使した南北戦争場面が、強く印象に残っている。
燃え盛る戦場を、スカーレットが馬車で駆け抜ける場面が素晴らしかった!

それはこうだ・・・舞台上のスクリーン全面に戦場の火事場を映し、火の粉飛び散る中をスカーレットが馬車で駆け抜けるシーン。舞台の馬は本物。が、実際は駆けない。
馬車を引く馬が、足早やに前・後脚を上げたり下ろしたり、頭を上げたり下げたり。
その奥のスクリーンで、戦場の火事場面がどんどん飛んでゆく。スカーレットが鞭を振り、馬車は全速力で走る・・・。

つまり、舞台上では・・・実は馬が駆け抜けるしぐさをしているだけ。
火事場の映像がどんどん飛び去るので、全速力で駆けているように見えたのだ。
迫真のパントマイム名演技を見せた馬の調教の素晴らしさが、当時話題になった。
・・・もはや、半世紀も前のことだ・・・。



2020年07月03日 13:45


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都内のコロナ禍は、完全に息を吹き返した!

ここ数日5.60人台と増え続けた感染者。
きのうは107人、今日は124人を数えたと。

当分都心へは出られまい。電車やバスなど、人混みは控えた方がよさそうだ。 

再び巣ごもり生活に戻るか。頼りは本棚。

いま、読み進めているのが『弧愁の岸』。
30余年前の初読以来、これで三読目だ。

H5年の帝劇公演と合わせ、2回にわたりその内容を記してみたい。


木曽三川。左から揖斐川、長良川、木曽川


            
『弧愁の岸』   杉本苑子作

    財政難に喘ぐ薩摩藩に突如濃尾三川治水の幕命が下る。
    露骨な外様潰しの策謀と知りつつ、平田靱負ら薩摩藩士は遥か濃
    尾の地に赴いた。利に走る商人、自村のエゴに狂奔する百姓、腐
    敗しきった公儀役人らを相手に、お手伝い方の勝算なき戦いが始
    まった・・・史上名高い宝暦大治水をグローバルに描く傑作長編。


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       宝暦4年正月8日。一片の奉書が鹿児島に届いた。
「濃州勢州尾州川々御普請御手伝仰付ラル云々」。僅か37文字の命令書が薩摩を悲運
の底に堕した。降って沸いたように、薩摩藩に濃尾川普請手伝いの幕命が下ったのだ。

濃尾川とは、木曽川、長良川、揖斐川の三巨川で、六十五万石の穀倉地帯であるにも
かかわらず、毎年の出水で川が氾濫、その被害は目に余る有様。
幕府はついに修築を決定、「お手伝い」を何の関わりもない島津家に命じてきたのだ。

普請手伝いーー
それは人夫人足の雇い上げと賃金、諸資材の購入費等、経費殆んどの負担を意味する。
大名諸侯の財力をそぐために、幕府が好んで用いた手だった。
わけて島津家は外様の雄藩。幕府にとっては寸刻の油断もならぬ海底の竜である。

幕府と外様大名ーー
言ってみれば、征服した者とされた者との間で、武器を執らずにおこなわれる戦い――
それが今度の御手伝い普請なのだ。負けることははじめからわかっていても、挑まれれば立ち、挑んだ側の満足がゆくまで敗れてみせねばならぬ悲惨な戦い・・・。


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濃尾地方を流れる木曽川、長良川、揖斐川は、ほとんど相接して伊勢湾に注ぐ。
木曽川は長良より高い、長良は揖斐より高い。一朝出水すると木曽の水は長良に落
ち、長良の水は揖斐に入って三つの川は一つにもつれ合う。
下流の地域は古くから季節ごとに氾濫を繰り返し洪水に悩まされることが多かった。


当時薩摩藩は、飢饉や借財で内実は火の車だった。物要りに物要りがつづき、領内上方(かみがた)、合わせて銀四万貫、金子にして六十万六千両もの借財に、島津の家中はいま、喘ぎぬいているさなかなのである。

今、幕命を甘受すれば藩はたちまち破壊に瀕する。しかし、拒否は天下を敵に回して戦うことになる。どちらにせよ、薩摩はぎりぎりの岩頭に追い詰められたのである。
工費は当初十五万両、着工は2月中旬ー。

連日の評定で重臣たちは、やむなく幕命受諾の断を下した。硬派の急先鋒、大目付伊集院十蔵は受諾反対を唱えたが、藩主島津重年の涙の哀訴に納得せざるを得なかった。

川普請総奉行に任命された家老
平田靱負(ゆきえ)は、直情一徹の伊集院を副奉行に据え、慌ただしく鹿児島を出発。
遥か三百里も離れた濃尾の地に向けて、千人の藩士が鹿児島と江戸を出発して行く。
苦難の始まりであった・・・。  以下、次回『弧愁の岸』を観る、につづく


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    誰のために? 何のために? 慣れない重労働に、疫病で死ぬ者200
    名、巨大な権力に捨身の抗議をぶつけて屠腹する者50名。未曽有
    の難工事は薩摩藩士の死屍累々の上についに完成するのだが――。

    泥海の中に潰え去った男たちの無念に、平時のいくさの残酷さを
    見事に描き切った著者の代表作〈直木賞受賞〉。〜表紙カバーから〜
    



2020年06月27日 20:01


雨模様の典型的な梅雨空が続く。一方で毎日、世相を反映して新聞記事は尽きない。
まるで「石川や浜の真砂(まさご)
はつきるとも、世に新聞(盗人)の種はつきまじ」か。

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新型コロナウイルスの感染者が、再び増え続けている。東京ではこの四日間、感染者が毎日50人前後と増えた。とりわけ目立つのが20〜30歳代、そして「夜の街」関連だ。

たしかに5月下旬の、緊急事態宣言の解除前後は、感染者はごく少数に収まっていた。
が、東京アラートが解除され、休業要請緩和のステップが進むにつれ、急増してきた。

緩和ステップの移行・解除は時期尚早ではなかったのか・・・?
かといって、冷え込んだ経済の回復も急ぐべきだ、ということはわかっている。
が、接客業種や若年層への規制・指導は今のままでいいのか、大いに疑問が残る。

ホタルブクロ/蛍袋:初夏から夏の前半にかけて、下向きに釣り鐘型の花を咲かせる。
花は淡紅色で内面に紫色の斑点がある。子供がこの花で蛍を包むことからついた名。




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現代の世相、となれば、避けて通れないのが前法務大臣夫妻の大掛かりな買収容疑。
94人に約2,570万円を渡したと。その規模と金額は選挙違反事件として空前絶後か?

昨年7月の参院選をめぐり、現金を地元議員らに渡したとして逮捕された前大臣夫妻。
これまで否定していた、現金を受け取ったとされる政治家らが一転して認め始めた。

法務大臣といえば紛れもない法の番人。犯罪捜査の指揮監督権限を行使する側の人。
その人が「二人だけの秘密」とか「安倍さんからです」と言って金を渡したという。
これを聞いて、適材だとして任命責任を認めた当の安倍さん。どう説明・釈明する?

事ここに至っても、前法の番人は「不正なことはしていない」と容疑を否認している。

オカトラノオ/岡虎の尾:花の穂を虎の尾に見立てた名。5裂した白く小さな花が集ま
って、先が垂れた花穂になる。花穂の多くが同じ方向に傾いているのが面白い。



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フジTV・産経新聞の世論調査で不正があったとの新聞記事を見た。内閣支持率や新型コロナを巡る対策など、政府の対応の評価などを尋ねる世論調査のこと。この1年間14回の世論調査で、実際には電話をしていない架空の回答が総調査件数の17%を占めると。

かつてはメディア各社は、自社で対面調査することが多かったが、近年は外部委託が増えたとか。不正を主導した再委託先の管理職社員は、「派遣スタッフの電話オペレーターの確保が難しかった」「利益向上のためだった」などと説明したという。

かさんだコストを埋めるために、架空のデータをつくったか。これでは、メディアのこの種の調査は信じられないことになる。はたして他社の世論調査は信じられるものか?

シロヨメナ/白嫁菜:山地に生える多年草。葉は楕円形で先端は尖り縁にギザギザが。



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一方で、明るい話題はプロスポーツ界に。待ち焦がれた公式戦が順次始まったのだ!

プロ野球は、セ・パ両リーグともリーグ戦開始。きのうまでで7試合を消化した。
女子プロゴルフも開幕し、サッカーはJ2がきょうから、J3も明日から試合が始まる。
J1は7/4日からで、新しく組み直された今季日程も発表された。

当面は無観客試合だが、コロナが落ち着けば、観客も入場して楽しめることだろう。

毎朝、新聞のスポーツ欄が楽しみに。見出しや記事にも写真にも、活気が出てきた!



キツリフネ/黄釣舟:花は吊り下がり、花弁は3枚で下の2枚は合着している。
黄色い花の内側に赤褐色の斑点があり、細い柄の先にぶら下がって咲く。



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そしてもう一つ。停滞していたアマスポーツ界も、徐々に動き出したというニュース。

卓球:4月に解散していた代表合宿を、ナショナルトレーニングセンター(NTC)で再開。
   1か月の合宿期間中、外出や来訪者との接触は禁止。選手らは缶詰め状態に。

バドミントン:7/1日から代表合宿。男子は富山県高岡市、女子は秋田県能代市で。
   感染防止のため練習時もドアや窓を開ける。シャトルの受け渡しはラケットで。

柔道:選手やスタッフ約50人を対象にPCR検査と抗体検査を実施。合宿では「8畳で
   1組」と人数制限。組み合う以外の「密」は避ける。乱取りは7月後半以降か。

レスリング:マットに上がる際は必ずシューズのソール面を消毒し、マットも練習開始
   前と開始後、終了後の計3回消毒。マット1面当たりの最大参加人数は10人。

重量挙げ:滑り止めの炭酸マグネシウムを選手間で共有しない。ボクシングのミット打
   ちでパンチを受ける側はマスクを着用することなどが、それぞれの競技団体のガ
   イドラインに盛り込まれている。〜〜以上、朝日新聞記事を参照。抜粋要約〜〜

どの競技も、細心のコロナ感染防止策を講じながらスタートしたことがみてとれる。

シラン/紫蘭:ラン科の多年草。初夏の湿った崖などに、楕円形の紅紫色の花を開く。



2020年06月22日 11:33


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梅雨空が戻った。ここ2.3日はまた雨の予報で、降ったり止んだりが続くらしい。
雨に打たれ、洗われたかのような庭の紫陽花は、藍色が一段とさえて風情がある。

ときの流れに身を任せ、花を愛でながらもう少しコロナ自粛をつづけるとするか。



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アジサイの花色は、原則的には土が酸性ならブルーが、アルカリ性ならピンクが出ると何かで読んだ記憶が・・・。

が、酸性度のほか、リン酸肥料と土壌成分との複雑なからみあい、また本来的にブルー系、ピンク系とがあるので一概にはいえず、自在に花色を調整するのは難しいようだ。



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長かった外出自粛が順次緩和されている。観光地や盛り場を中心に人出が戻りつつあ
るようだ。TVや新聞のインタビューでも、「日常が少し戻った感じ」との感想も聞く。

が、問題はこれからだ。都内では夜の街を中心に、連日35人前後の新規感染者が出て
いる。第2波も必ず来ると予測されている。まだまだ、ゆめゆめ油断はなるまいて。



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きのう日経朝刊を見て驚いた。健康な人の全身に、少なくとも39種類のウイルスが居ついていることを突き止めたと。肺や肝臓など27か所で。感染を免れていた組織はゼロ。

ウイルスは脳や心臓まで侵入していたとも。健康な人の体に病原体としてのウイルスが「常在」していることがわかったというのだ。症状が出ずに一定期間感染し続ける状態を「潜伏感染」というらしい。疲労や加齢で免疫力が下がるとこれが動き出すという。



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何はともあれ、コロナ対策の諸々の制限が全国的に解除された。第2波の到来は気になるところだが、これを機に巣ごもり状態から徐々に外へ出て、体を慣らす必要がある。

県境を越えての移動も解除になった。この週末には我らがクラブも山へと動き出す。



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毎週末に聞くラジオ番組に「石丸謙二郎の山カフェ」(NHK第一・土曜8:05〜10:00)というのがある。石丸氏は山好きの俳優で、山本志保アナとコンビを組んで放送中。
毎回楽しい山の情報満載で、前回の放送で取り上げていたのが上越国境「谷川岳」。

その中で出た話。コロナ自粛で遠ざかっている折から、山へ行くときは、まずはいつ
もの自分の体力、ペースの半分ぐらいのところをめざしたほうがいいと・・・納得!



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さらにもう一つ。なるほどと思ったのが、クマ出没のこと。

石丸マスターによれば、ここしばらく大半の山には登山者が入っていないので、クマさんたちは警戒心を解き、わが物顔に山の中を動き回っている可能性があるというのだ。

いつもの慣れた山のつもりで入山すると、大変なアクシデントに見舞われる懸念ありと。要警戒・要注意・・・!熊除け鈴の持参か、クマよけ会話を心がけねばなるまい!
乗り物では会話を自粛し溜めこんで、クマが出そうな山でまとめて会話を楽しむか!?



2020年06月17日 21:10


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梅雨入り後しばらくは雨空で、蒸し暑い日が続いた。

その後ここ2.3日は雨が上がって、気温は連日真夏日。

が、湿度も高く、じめじめして、夜も暑苦しい日が続いた。

ところが、今日17日の空。
青空が広がりカラッと晴れた。梅雨晴間だ!


このところ、コロナ禍の自粛要請が続き鬱陶しかっただけに、この晴れ間はうれしい!




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「集まれば 公園だって密になる」。

緊急事態宣言が出されていたときの警告板。

広い都立公園なのに、ここでも「3密」防止。

「不要不急」の利用は控えるようにとも。



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解除後の掲示板はこれに。新しい生活様式になって、気の緩みが出ないようにか。

ところが・・・東京アラートも解除された途端に、都内では新規感染者が増えだした。
6/14〜15日と2日連続で40人を上回ったのだ。「夜の街」関連の地域、職業従事者に
多発した。感染拡大への警戒を呼びかける「東京アラート」は解除でよかったの!?




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解除前は、親子連れやカップルなどの憩いの場になっていた、丘陵公園頂上の広場。
芝生にシートを敷いたり、東屋の椅子に陣取ったり、思い思いに過ごした。学校が
再開した今は、人影は少ない。ぽつんと1本「公園を利用する際のお願い」が立つ。



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只今詩吟の稽古中。時々見かけるご婦人だ。声量豊かで張りのある声が響き渡る。



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ヤマボウシ/山法師の花が満開だ!濡れて光っていた花が、今日は乾いて爽やかだ。
花が坊主頭に白い頭巾を被っているように見えるので、この名があるらしい。
初夏の山歩きの際にはよく見かけたものだが、自粛中の今は滅多に見かけない。

小鳥の囀りが活発だ。ウグイスも負けじと鳴き声を響かせる。夏鳥に変わる時期か。



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晴れた空の下では、小さな花も生きいきとしている。水をたっぷり吸ったからか。



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きのこがあちこちに。雨続きのせいかひょろりと細い茎。強い風には耐えられるか?


ところで・・・昨年6月上旬の新聞を、ちょっと振り返ってみると・・・。
「あなたは、晴と雨、どちらが好きですか?」という、アンケート記事があった。

その結果は、晴れ93% 雨7%と、予想通り晴れ好きが雨好きを圧倒した。
・晴れ好きの理由・・・ゝなが良い1321人 外出しやすい1296人、➂青空が清々
 しい1026人など。
・雨好きの理由・・・/緝埖が緩和される68人 雨音を聴くと心が落ち着く65人 
 ➂農作物に雨水は必要55人など。

天気だと晴れの圧勝だが、一方、歌になると2/3が雨派。
・「八代亜紀の『雨の慕情』が好き。聴いていると心が楽になる」(71歳男性)。
・「雨の歌は自分に寄り添うような曲が多い。読書しながら雨の歌を聴くと、気持ちが
 落ち着く」16歳女性)・・・などなど。

今の日本を天気?にたとえるなら・・・くもり62% 雨17% 晴れ14% 雷雨7%と出た。
はて、コロナ禍に見舞われた今年なら、今なら、天気にたとえるとどう出る・・・??



2020年06月11日 14:49


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6月10日(水)。町田市・薬師池公園。

そろそろハナショウブも見頃かと、足を延ばしてみた。

梅雨どきの花見とくれば、アジサイとならんでハナショウブが双璧。 

コロナ禍真っ最中とて、恒例の「あじさい・しょうぶまつり」のイベントは、今年はないようだ。

濡れてたたずむ花姿はいちだんと美しいのだが・・・梅雨入りは間近だ。




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この花菖蒲田の面積は1800屐L230品種あるという。うち800株がいま開花中とか。



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開花に特徴が。まず1枚の花弁が垂れ広がり、残りは数秒間そのままですぐ全部が咲くと聞いた。確かめてはいない。明治神宮にもハナショウブ園が。何年も行っていない。



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ショウブとハナショウブは間違えられやすい。が、ショウブはサトイモ科で、ハナシ
ョウブはアヤメ科に属し、まったく別種と聞いたことがある。
端午の節句に沸かす菖蒲湯にはショウブの葉を使う。ハナショウブの葉ではないとも。



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花菖蒲は一つの茎に複数の蕾をつけ、順に花を咲かせる。初めに咲く花が一番花。



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毎日しぼんだ花が出る。これを残しておくと、美しい花菖蒲が観賞できないらしい。
例年見かける早乙女姿の「花摘み娘」の出番はまだ?今11時前。午後にお出ましか?




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了解を得て、しばし画伯の筆先をじっと見つめる。構図も色合いも徐々に整っていく。


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視線の先は薬師池と太鼓橋。「日本の歴史公園百選」「東京都指定名勝」でもある。


      
  はなびらの垂れて静かや花菖蒲  高浜虚子

2020年06月06日 17:08


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高幡不動尊の、山内八十八ヶ所巡拝路。

例年ならあじさいまつりの真っ最中。

コロナ騒ぎで祭りは中止に。
それでも花は、律義に咲き競っていた。

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境内の南側斜面に広がる不動
ヶ丘。五重塔周辺や「あじさいの小径」を囲むように、
山あじさいが見頃を迎えている。祀られた山内八十八ヶ所の弘法大師像も満足そう。



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    やまあじさい 紅テマリ            あまちゃ

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      やまあじさい 紅             土佐美鈴

               

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                 アナベル


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  くろひめあじさい              楊貴妃


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    やまあじさい 歳三錦           くろひめあじさい


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     桃花やまあじさい          やまあじさい 大虹

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  やまあじさい よさこい踊り          やまあじさい 紅



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           がくあじさい ダンスパーティ



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               瀬戸の夕紅

 

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参拝路の両側に200種類・7500株の紫陽花が咲く。歴史・文学探訪に絶好の散策路。
全般的にやまあじさいは、花木が小ぶりで花も小さく、淡い色調なのが特徴らしい。




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あじさいの花は白から紫、さらに薄紅く変化するので七変化ともいわれると聞く。

今日は夕方から雨?梅雨入りはまだか。雨にうたれて一層鮮やかになる日は近い。

晴れてよし、濡れてよしのあじさいの花。だが、あじさいはやはり、雨の中に咲く
のが最も似合う。雨にうたれ、洗われたかのように美しい藍色が一段と冴える。
その梅雨入りは、どうやら中旬ごろになりそうだ。

暦の上での入梅は6月10日。時の記念日でもある。梅雨とは梅の実が熟すころにし
としとと降る日本特有の長雨。これが終ると本格的な夏になる。今月21日は夏至。

そう、来月には東京オリンピックが始まる筈だった。さ〜て、来年はどうなるか?



2020年06月01日 07:08


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今日から6月。 

間もなく今年も、早や半年経過することに。

この3か月は、新型コロナ禍で、心落ち着かぬままに過ぎ去った気がする。

緊急事態宣言が解除になって1週間。
そろそろコロナ騒ぎも落ち着いてほしいものだ。

が、東京ではその後、新規感染者が増える傾向に。街を歩いても依然マスク姿が目立つ。

やはり第2波は来るのか・・・気になる。





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解除後初の週末を迎えた。

閑散としていた広い公園に、活気が戻ってきた。

見渡せば、親子連れや子供同士の姿が増えている。

芝生の広場では、こどもたちの動きが活発で、表情も明るい。






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アスレチックコーナーも人数が増え、動きも活発になった。

子どもたちの笑顔が、生き生きしている!

子ども同士の叫び声も、親からの声かけも大声が響く。

屈んで幼児をリードする、親の姿が微笑ましい!





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通り抜けようとした際に、思わぬアクシデントに見舞われた!

おとなしく座っていた犬が、なぜか突然、吠えながら飛びかかってきたのだ。

人相を見て怖がった?
マスクをつけていたのに〜!

リードはついていたが長く、放し飼い状態だった。




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左膝上をガブリ噛みつかれた!

リードの手放しを注意し、狂犬病の懸念を問い詰める。

飼い主の若夫婦が恐縮しながら、直近では4月に注射したと答えた。

人生のハプニングは山だけにあらず。いつ、どこで起きるかわからないことを実感す。





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永山駅近くまで歩き、コーヒーブレーク。

コーヒーを受けとりながら、「犬にかまれちゃった!」とつぶやく。

聞きつけたウエーターが「消毒薬がありますよ、きっと!」。

隣接する公民館に案内し、事の次第を話してくれた。




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バトンタッチを受けた女性二人と男性が、救急箱をもって別室に案内。

手当てを受けながら「おまけにマスクの紐が切れちゃって…」と独り言。

途端に「マスクならありますよ!」と、1枚持ってきてくれた。


応急手当てを受けてホッと一息。痛みはほとんど消えた。喫茶へ戻ってしばし休息。
本来は、飼い主が保健所へ届け出る義務があるはずと、公民館の男性が言っていた。




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帰り道。桜ヶ公園内を歩く。

栴檀(せんだん)の大木の下を通る。

緑の葉の間に、淡紫色の花が満開だ!

梅雨入り間近なこの時季。
この花を見ると思い出すのが
  唱歌「夏は来ぬ」。




         
           「夏は来ぬ」   作詞 佐々木信綱  作曲 小山作之助

♫ 1.卯の花の 匂う垣根に      
   時鳥  早も来鳴きて        
        忍音(しのびね) もらす 夏は来ぬ   4.(おうち)散る 川べの宿の
                         門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して
 2.さみだれの  そそぐ山田に             夕月すずしき 夏は来ぬ
   早乙女が  裳裾(もすそ)ぬらして 
        玉苗植うる  夏は来ぬ        5.五月(さつきやみ 蛍飛びかい
                        水鶏(くいな)鳴き 卯の花咲きて
  3.橘の  薫る軒端(のきば)の           早苗植えわたす 夏は来ぬ
    窓近く  蛍飛びかい
      おこたり諫(いさ)
むる  夏は来ぬ   明治29年5月 『新編教育小歌集』)



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「楝」とは栴檀の古い呼び方。

ただし、中国語本来の「栴檀」はある種の香木を指していて、日本のセンダンとは別の樹木。

才能のある人は子供の頃からわかる、といった意味の「栴檀は双葉より芳し」ということわざがあるが、この場合の「栴檀」も、香木を指しているらしい。



夜になって、手当てをしたままでの入浴場面がまた厄介・・・。
傷口を濡らしたくないので、左膝から太腿にかけてを浴槽に入れず、持ち上げながらの入浴芸当を強いられた。あまり人には見せられる姿にあらず。

その恰好で入浴しながら、ふと、以前にもこんなこと体験したような・・・と。
そうだ、思い出した!アキレス腱断裂手術後にも、しばらく入浴を我慢した後で、左足を上げてアクロバット入浴したことを。あれからもう、8年が経つ。

あのときは、膝から下をギプス石膏で固め、その後しばらく下肢装具もつけたっけ。
左足には、重ねがさね厄介難儀をかけるのぅ・・・。ゆるせ、わが左足よ!



2020年05月24日 22:09


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青空が広がった!きのう午後から今日も。

1週間ぶりに五月晴れが戻ってきた。 

梅雨入り前の心地よい一日。
散歩で少し遠出して、僅かに汗を流した。

雨模様が続いて日延べしていた松のみどり摘みも、ようやくきのう終わった。


コロナの緊急事態宣言解除が近いようだ。

1都4県が明日にも解除になるらしい!?





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「アベノマスク」がようやく届いた。が、薬局で買った不織布マスクを愛用しており、もう間に合っている。でも大金はたいて用意された折角の貴重品。いずれ使わねば。

マスクの着用はすっかり慣れて、近隣同士の用事でも、ちゃんとつけて出向く。
が、ちょっと戸惑うのは、行き交う知人の見極め場面。別にいいのだけれど・・・。

バス通りへ向けて歩いているとき、すれ違いざま「こんにちわ」と声をかけられた。
振り向けば帽子とマスク姿の、こちらと同じ「コンビニ強盗」スタイルのご婦人。
よくぞこの年寄りと気づいたものだ。いや待てよ。人違いで声をかけたのかも・・・。
通り過ぎて歩きながらも、はて、どこのどなただったか?声を思い出してもわからず。

その三日後、ほぼ同じ場所でまたも「こんにちは」。先日とは違うご婦人に。はて?



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緊急事態宣言が出て以降、カフェはどこも休業中。散歩途中の楽しみをコロナに取り上げられた。が、大型連休明け以降、再開の動きが出始めた。座席を1席置きにしても、支障はない。皆静かに本や新聞に目を落とし、抑えた口調で会話も楽しんでいる。

そんな中、一際大きな声で語り、弾けるように笑い合う30〜40代くらいの婦人客二組。

一組は東南アジア系らしい外国人二人。コーヒーを飲み終わったらしく、周囲をはばからぬ大きな声で会話を始めた。歯切れよくかん高い、聞きなれない言葉が飛び交う。
静かな雰囲気の中。会話の内容が不明だけに、余計に耳障りだ。

もう一組は、別の店での日本人同士。小耳にはさんだ限りでは、会話の中身はどうでもいい話。何も大声で口角泡を飛ばし合う話題とは思えない。会話の節目節目で笑い合う。まるで飛沫感染の心配も、周囲の迷惑顔もどこ吹く風!話はなかなか終わらない。



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折も折、突然降ってわいたように出てきたのが、高検検事長の賭けマージャン事件。

緊急事態宣言が出されて、国民に「密閉」「密集」「密接」の自粛要請中の4.5月に、額突き合わせて4密状態で密かに賭け麻雀をしていたと。しかもこの時期は、検察幹部の定年延長の審議で国会がもめている最中のこと!言語道断と言わざるを得ない。

外出自粛要請中でも、マンションに集まっての賭け麻雀は不要不急にあらず「必要至急」の範疇と司法が判断した・・・?よって処分は「訓告」で決着したそうだが??

法務省幹部によれば、「賭け金(点ピン=千点100円)が遊びの範囲を超えず、賭博罪に当たらない」と判断したと新聞に。点ピンまでなら犯罪には当たらないと、法の番人からお墨付きをもらったような。世の麻雀愛好者も、今後大手を振って楽しめそう!?

その昔、現役時代の仕事帰り。時たま卓を囲んだこともあった。新宿で、高田馬場で。
そういえば・・・と思い立って、麻雀牌を探し出した。記録を見たら、S43年10月に新橋で買ったとある。結局自宅では、たしか2.3度囲んだだけで押し入れに眠っていた。
もう半世紀前のことか・・・あの頃は若かったなぁ・・・。


明日の解除はもはや確実のようだ。これで自粛、禁止の生活から少しは抜け出せそう!
学校も図書館も再開される。街の人出も徐々に増えて、活気が戻ってくることだろう。

が、気になるのは、解除後の第2波、第3波感染。この先、いずれ外国との交流制限が解除される日も来る。となればやはり、このまま収束すると考えるのは甘いか。
しかしながら、取り敢えずは、1歩前進を喜ぼう!気持ちが少しだけ、明るくなる!!



2020年05月20日 07:34


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感染者減少中だが、コロナ禍が収まらない。 

大半の県では緊急事態宣言は解けた。
首都圏、近畿圏や北海道ではまだ継続中だ。

ここは都立桜ヶ丘公園。

広い公園の真ん中にまで、3密回避の警告が。

明日21日に、緊急事態の次の解除対象を検討・発表するとか。

いずれにしても、東京は今月末までは自粛が続くことだろう。




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広い園内の遊歩道。いつもはほとんど人影は見かけないのに、このところ急に人出が
増えた。親子連れが目立つ。外出自粛、休校が続く中、日差しを受けて親子の会話が
弾む。ウグイスや小鳥たちの励ましの鳴き声を耳に、散策はいかにも気持ちよさそう!



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あちこちでTAKE OUTの看板を見かける。これまではなかったことだ。長引く自粛
要請を受けての乗り切り策なのだろう。飲食各店が、生き残りをかけて知恵を絞る。 


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私事だが、3/22日に奥多摩・日の出山へ登ったとき、転んでメガネフレームを壊した。

修理に出して2か月になるが、まだ手元に届かない。「福井の工場送りとなるので約1か月」は了承したのだが、さらに1か月近く経つ。近くのデパートに入る眼鏡店からは、全館閉店が続くため緊急事態解除まではお届けできない、と連絡は来たのだが・・・。


 
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街路樹のマロニエの花が咲いた。大きな葉と円錐形に集まったピンクの花が印象的。
歌謡曲・マロニエの木陰を思い出した・・・

    ♪ 空はくれて 丘の涯に 輝くは星の瞳よ
      なつかしの マロニエの木陰に 風は想い出の夢をゆすりて
        今日も返らぬ 歌を歌うよ・・・  歌・松島詩子


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別名・トチノキ/栃の木:花からは蜜がとれ実からはアクを抜いてトチ餅をつくる。
フランスやイタリアの街路樹で知られるマロニエは、トチによく似た別種らしい。



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初夏に咲くエゴノキの花が満開だ!いつも今ごろのこと。5月中旬から6月にかけて
梅雨前の雑木林に、シャンデリアのように白い花が枝いっぱいに垂れ下がっている。




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大昔からの、高校時代から半世紀以上のつきあいになる親友から、ご機嫌窺いの水彩画はがきが届いた。よく見るとキヌガサソウ/衣笠草だ。北アルプスでよく見かけた。
夏の白馬大雪渓の下辺りの白馬尻で。後立山連峰縦走時に赤い屋根の種池山荘近くで。

彼は、無芸大食の当方とは異なる趣味人。年賀状も水彩画を手描きして送ってくれる。


午前11時と夕方5時には、防災無線で市役所から繰り返し注意喚起の放送がある。
「こちらは〇〇市です。不要不急の外出は控えましょう。マスクの装着、手洗いにご
協力をお願いします。収束するその日まで、ともに頑張りましょう・・・」などと。

もとより不要不急のわが人生。どう転んでも、もはや必要火急に変わることはない。
なれば、そこのところを自ら得心して、毎日の巣ごもり蟄居は我慢しなければ・・・。
とはいうものの、ときには人様のお役に立てないものか、と未練がましくこの頃思う。



2020年05月15日 06:54


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藤沢文学には、随所に郷土料理を味わう場面が出てくる。

たとえば、清左衛門と町奉行の佐伯熊太が、小料理屋「涌井」で語り合う場面。

庄内の旨いものが食膳を彩り、熊太が清左衛門の皿にまで手を伸ばす場面も。

清左衛門はにこにこしながらそれを見やる。

庄内の旨いものは
素朴だが、季節の素材に並知れぬ味わいがあるようだ。




   〜羽越本線の車窓から眺める庄内浜〜


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   くちぼそカレイの素焼き          真鯛の塩焼き

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     赤カブの漬け物             孟宗汁  


‟女の描写に女もため息”と評される藤沢作品は、女流作家にも絶大な人気がある。

人気作家が薦める必読名作はこれだ!
 松岡和子・・・『隠し剣孤影抄』『橋ものがたり』『春秋山伏記』
 あさのあつこ・・・「梅薫る」
『夜の橋』に収録) 
         
 『消えた女ー彫師伊之助捕物覚え』
          「雪間草」『花のあと』に収録
 岸本葉子・・・「山桜」
『時雨みち』に収録 『冤罪』 『蝉しぐれ』
 宮部みゆき・・・『秘太刀馬の骨』『闇の歯車』『ささやく河ー彫師伊之助捕物覚え

 杉本章子・・・『蝉しぐれ』『本所しぐれ町物語』『海鳴り』
        (
H28.12月 「藤沢周平のこころ」没後20年・完全保存版 文芸春秋刊)
        (H4.9月 「ノーサイド」文芸春秋刊)


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  民田茄子の塩漬け  (H11.11月「トランヴェール・藤沢周平という旅がある」JR東日本刊)


 登場人物の名前のつけ方――作者談

・・・いろいろ考えますけど、登場人物の名前をうまく思いついたときは、小説もうまく書けますね。庄内藩の分限帳みたいなものはよく見ます。でも小説に使いたいような名前は限られていますね。『蝉しぐれ』の牧文四郎なんか、これは江口文四郎さんという田舎の友人がいまして、それからもらったものです。

女性は一応、自分で拾い集めたり考えたりしたのがアイウエオ順でそろえてあるんですけど、もう大概使ってしまいました。結局また、同じものを使うしかないですね。
武家の女性の名前でも、市井物の女の人の名前にしろ、小説にして映えるような名前は限られていて、いくらもないんですよ。・・・

・・・それらしい名前を付けてやると、物語をどんどん引っ張るんですよ。
だからちゃんとした名前を付けてやらないと、何か人物がぶんむくれてあまり働いてくれないようです(笑)               (H9.10月「藤沢周平のすべて」文芸春秋刊)



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                          〜 庄内浜の夕暮れ(湯野浜温泉)〜


            
家での会話は・・・ 「父の周辺➂ 遠藤展(のぶ)子」

母は、父との会話は「あ・い・う・え・お」だけあれば済んでしまうと言ってました。
たとえば母が「じゃあこれから買い物に行ってくるわね」というと父の返事は「ああ」
雑誌などがたまって、「これは捨ててもいいかしら」と聞くと、「いいよ」
食後に「そろそろ横になったら」「うーん」「この間こんなことがあってね」「ええ!」「電話ですよ」とか「食事の時間よ」には、「おう!」とこんな調子でした。

余りの会話の少なさに私が母に、「お父さんて、小説の中では女心をものすごくよく理解しているけど、お母さん、小説の中に出てくるような言葉をかけられたことある?」ときくと、母はとんでもないという顔で、「あるわけないわよ」と言いました。
そして、「小説の中で言葉を使い果たしてしまって、私のときには言葉をケチっているんでしょう、と言ってあげたことがあるんだけど」というので、「それで、お父さんは何て言ったの?」と聞くと、「ううう・・・」とうなって終わりだったそうです。

同じ質問を父にしたら、「家でサービスしてどうするんだ」と言い放つので「たまにはお母さんにも小説みたいな言葉をかけたら喜ぶよ」と言ったのですが、ひと言「あほらしい」といわれ、私もあほらしくなって、その話はやめにしました。

母のところに行って、「お父さん、こんなこと言ってたよ。ひどいよねえ」と言うと、「大体、小説の中だって、口うるさい女房は私がモデルなのよね」と母が言います。「そうそう、私だって、いつもろくでもない娘が出てくると私のことだよ」と母と二人で盛り上がるのでした。
                   (H28.12月 「藤沢周平のこころ」文芸春秋刊)



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遺作は『文芸春秋』紙上で3年余にわたって連載された『漆の実のみのる国』となった。

主人公は名君とうたわれた米沢藩主上杉治憲(鷹山)。
関ヶ原の敗者上杉家は大幅に減封され、貧乏藩としてあえぎ続けた。

質素倹約を率先して実践しつつ、鷹山は植樹、養蚕、製紙など殖産につとめる。成果は遅々たるものだった。それでも藩の借財を軽減し倦まずに藩政改革の道を歩み続ける。


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病院から一時帰宅していた時期、作者は一階のダイニングテーブルで、最終回用の原稿を書いた。父の様子を垣間見つつ、もう二階の書斎で書くのもつらいのだろうと展子は思っていた。

原稿は6枚と短い。筆圧は弱く乱れ気味で、挿入や訂正箇所も多い。気力を振り絞って書いたという気配が残っている。 ラストの段落、こう記されている。
《鷹山は微笑した。若かったとおのれを振り返ったのである。漆の実が、実際は枝頭につく総(ふさ)のようなもの、細かな実に過ぎないのを見たおどろきがその中にふくまれていた》

鷹山の微笑は、書き手が自身の歳月をかえりみて浮かぶ微笑でもあったと解してもいいか――。                    (H9.10月 「藤沢周平のすべて」文芸春秋刊) 



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            鶴岡市・藤沢周平記念館

物をふやさず、むしろ少しずつ減らし、生きている痕跡をだんだんに消しながら、やがてふっと消えるように生涯を終ることが出来たらしあわせだろうと時どき夢想する。
                             藤沢周平                                 (『周平独言』)

平成9年1月26日死去。享年69。1月29日信濃町千日谷会堂にて通夜。1月30日葬儀。


弔辞 小説の名手、文章の達人・・・丸谷才一
・・・私に言はせれば、明治大正昭和三代の時代小説を通じて、並ぶ者のない文章の名手は藤沢周平でした。そしてわれわれは、その自在な名文のせいでの現実感と様式美があればこそ、江戸の市井に生きる男女の哀歓に泪し、どうやら最上川下流にあるらしい小さな藩の運命に一喜一憂することができたのです。・・・

・・・あなたの新作小説が出ることは、数多くの日本人にとって、政変よりも株の上り下りよりもずっと大きな事件でした。なぜなら、藤沢周平の本はじつに確実に、新しくて楽しい一世界を差出し、優しくて共に生きるに足る仲間と、しばらくのあひだつきあはせてくれたからです。・・・

弔辞 海坂藩に感謝 別れの言葉にかえて・・・井上ひさし
・・・藤沢さんが新作を公になさるたびに、私は御作に盛り込まれている事柄を、私製の、手作りの地図に書き入れるのを日頃のたのしみにしておりました。とりわけ海坂藩城下町の地図は十枚をこえています。そのたのしみがいま、永遠に失われたのかと思うとほとんど言葉がつづきません。・・・

・・・藤沢さん、いまあなたがどこでこれを聞いておいでか私にはおおよその見当がつきます。お城の南側の高台にある照円寺近くの小さな家の縁側で、蝉しぐれの中、海坂名産の小茄子の浅漬けを召し上がりながら、にこにこしていらっしゃるのではないのですか。小茄子の浅漬けは山形の名物、私の好物でもあります。少しのこしておいてください。おっつけ私もそちらへ呼ばれますから。・・・
                      (H9.10月「藤沢周平のすべて」文芸春秋刊)



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         コロナ禍の今、本に親しもう・・・

依然、外出自粛が続いている。3密を防ごうとか、買い物は三日に1回・・・とか。

図書館も本屋も閉まっている・・・ならば自宅の自分の部屋を図書館に見立て、並んでいる本を見直してみる手がある。そう、本棚のことだ。何年も前に読んだあの本。買ったけど読まずに積ん読状態になっているこの本。漫画本も楽しい!

      しずかに家で読むもよし、外に持ち出すもよし・・・!

風薫る5月。過ごしやすい好天がしばらく続きそうだ。さあ、文庫本を手に公園へ行こう!緑に囲まれたベンチで読書に耽るもよし。伸びてきた芝生や草の上に、寝転んで本を広げるも
よし。寝転んだ上に青葉が茂り、日陰をつくってくれるようならなおよし!

     ウグイスや小鳥たちの、さえずりが耳に響けばなおなおよろし・・・



2020年05月11日 08:43


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一方、洛陽の紙価を高めた藤沢周平著作群。

その代表的な作品を中心に、2回に分けてあれこれ取り上げてみたい。
 

最近読んだのは、エッセー3冊。

『周平独言』『小説の周辺』それに『半生の記』。図書館から単行本を借りた。

その後コロナ閉館。半生の記は今も手元に。
藤沢エッセーは、随所に人柄が滲み出る。

自伝めいたことは書きたくはないが、小説を書くようになった経緯だけは書いてみようとの書き出しで・・・「半生の記」は始まる。




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目次前半の「半生の記」は、出生から成人し幼児を遺して先妻を失い、再婚後にオール読物新人賞を受けた頃までの波乱の半生。
後半は「わが思い出の山形」と題する、3年間にわたる山形師範学生時代の思い出だ。



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『蝉しぐれ』は、少年藩士の成長を描く藤沢文学の金字塔ともいわれる代表作。
一人の武家の少年が青年に成長して行く過程を剣と友情、それに主人公の淡い恋愛感情を絡めて書いたもの。青年藩士を翻弄するあまりにも過酷な運命・・・それでもなお、強く、美しく、そして気高く生きる。

「『文四郎さんの御子が私の子で、私の子が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか』いきなり、お福さまがそう言った。だが顔はおだやかに微笑して、あり得たかもしれないその光景を夢見ているように見えた。
助左衛門も微笑した。そしてはっきりと言った。『それが出来なかったことを、それがし、生涯の悔いとしております』」 (簑浦の湯宿=湯野浜温泉)

 
2003年放送。NHK-TVでの配役。牧文四郎は内野聖陽 藩主の側室・お福は水野真紀 
養母 竹下景子 養父牧助左衛門は勝野洋 ほか



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藤沢文学の大ファンをもって自任していた井上ひさし。
『蝉しぐれ』の小説をもとに海坂藩の地図を描いたことは、あまりにも有名な話。
東北の小藩「海坂」。俳句の同人誌に因んだ架空の藩名だが、城下は趣き深い。
                    
(1992.9月「ノーサイド」文芸春秋刊)



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    海辺に立って一望の海を眺めると、水平線は緩やかな弧を描く。
  そのあるかなきかの緩やかな傾斜弧を海坂と呼ぶと聞いた記憶がある。
          うつくしい言葉である・・・。
  
(『小説の周辺』)

「海坂藩」のいわれ・・海坂
(うなさか)は作者が小説の中でよく使う架空の藩の名前。実在の「海坂」は静岡にある俳誌の名前。療養中その俳誌に投句していたことがある
氏が、小説を書くにあたって「海坂」の名前を借用したのである。
(『小説の周辺』)



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            『三屋清左衛門残日録』

リタイアしてから始まる第二の人生をどう生きるか。
避けては通れないこの問題を、藤沢周平は隠居武士、三屋清左衛門に託して描いた。

      ‟日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ”
ーーー私の大好きな言葉だ。
隠居したばかりの主人公清左衛門が、自分の心情を、書き始めた日記「残日録」の意味に託して、よくできた嫁、里江の問いに答えた件りである。

「定年は迎えたが、西日はまだ高い。黄昏はまだ遠い」。
この心情は、当時の自分の心境そのものだった。新たに踏み出すハッピーリタイア後の第二の人生でも、いつまでもこの気持ちと若々しさを保ち、何らかの形で世の中と関わり続けたいと思ったものだった。が、はて、その後現実は・・・?


最近何回かTV放映された。清左衛門は北大路欣也。町奉行の佐伯熊太が伊東四朗。
よくできた嫁の里江は優香。行きつけの小料理屋「涌井」のおかみ・みさを麻生祐未。
1993年NHKで放送時は、清左衛門が仲代達矢。佐伯が財津一郎。里江は南果歩、みさはかたせ梨乃が演じた。放映後23年経つが、それぞれの声と動きが鮮明に記憶に残る。



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          『用心棒日月抄』シリーズ4作

北の小藩に勤める青江又八郎は、偶然、家老による藩主暗殺の陰謀を知ったことから江戸へ出奔。家老が放つ討手と対決しながら、裏店に住んで用心棒稼業をはじめる。
過酷な境遇に陥った浪人の日常をユーモアあふれる筆致で描き、続く『孤剣』『刺客』『凶刃』とシリーズ化された人気作。明るい作風に変わった「転機の作物」と自伝で。

忠臣蔵異聞ともいえる、1冊目の『用心棒日月抄』。
浅野浪士が吉良方に討ち入りした「忠臣蔵」事件を背景としている。市中にひそむ浅野浪士に雇われたり、身分を隠した大石内蔵助(垣見五郎兵衛)の身辺を守る仕事を頼まれたり、さらには吉良邸に雇われて討ち入り直前に脱出したりもする。

これもNHKで「腕に覚えあり」と題してTVドラマ化された。青江又八郎は村上弘明、細谷源太夫に渡辺徹、女刺客に黒木瞳、口入れ屋の吉蔵に坂上二郎の配役は楽しかった。



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                 (藤沢周平が生まれ育った山形県鶴岡市高坂地区)

筆名藤沢周平は本名小菅留治。昭和2年12月26日に現在の山形県鶴岡市大字高坂に生まれ、昭和24年、旧制の山形師範を卒業。一時、郷里の中学校に教師として勤務したが、約2年後に集団検診で肺結核が判明、休職。その後上京後も数年間療養生活を送った。
直木賞受賞当時は、日本加工食品新聞という業界紙の記者後編集長を勤めていた。

                            〜 つづく 〜



2020年05月06日 16:44


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大型連休は、今日で終わる。

世が世なら、日本国内、いたるところで賑わっている季節。

それが今年はどうだ。
なんとも静かで、火の消えたような世の中。

街中へ出ても、カフェはどこも閉まってる。

ただ1軒営業していた駅改札前の店も、きのう行ったら閉まっていた。

散歩道に計3か所ある図書館も、すべて閉館中。GW(ガマンウイーク)はまだ続く。


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外出叶わなければ読書に限るか、と。主に手に取るのは山本周五郎と藤沢周平作品。




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山周作品は、歌舞伎の『先代萩』で知られる『樅木は残った』や『ながい坂』などの長編。短編集も数多く読んできた。主に40〜50代頃か…。近頃は書棚の奥に隠れていた。



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が、昨年思い立って手にしたのが『ながい坂』上・下巻。昭和59年購入だから三十数年ぶりの再読。その昔、若き中村吉右衛門(当時萬之助)がTV時代劇で三浦主水正を演じた。それをみたのをきっかけに読んだっけ。最近は文字の小振りな新潮文庫は苦手に。



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そしてごく最近再読したのが『さぶ』。これもTVドラマを見てまた読もうと思った。
たしかあった筈と、書棚の奥を探した結果見つけた。なんと昭和44年に買ったものだ
った。50年ぶりの再読だ。道理で表紙はかなり傷み、中身も薄茶色に退色していた。

前進座の芝居も観たと、資料を探したら出てきた。平成9年6月。もう23年前の舞台。
今読み出したのが『町奉行日記』。20年ぶりに手に取った短編10編からなる文庫本。



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「短編小説を山登りにたとえれば、七合目までは作者が読者と一緒に登り、そこから先は読者に一人で登ってもらう。頂上を極める楽しみはいつも読者ひとりで・・・」。

新聞の文芸欄で読んだ、短編の名手阿刀田高氏の短編小説論。切り抜き保管してあった。

その新聞を読んだのは25年前。その頃専ら親しんでいたのが山本周五郎の短編文庫本。

当時、物語の最終盤までは書かず、いいところでバッサリ打ち切って、結末を読者の想像に託す山周手法を疑問に思っていた。




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しかしこのエッセーを読み、「ここから先は自分で想像して楽しめ」という深慮だったか!と、作家の胸中を察した。目から鱗の思いがしたことを、はっきり覚えている。



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ところで・・・その記事を読んで15年経った2010年。近くのコミュニティ館で、阿刀田高氏の講演を聞いた。氏は当時日本ペンクラブ会長、直木賞選考委員を務めていた。

質疑応答でのやりとり。山本周五郎と藤沢周平の短編の、それぞれの特徴は・・・?
山周は‟深さ”、藤周は‟うまさ”との答え。凡人にはなかなかその根拠は理解しがたい。

読書脳年齢・・10〜13歳までの読書好き習慣が読書家を育てる。この年代までに「自ら本に手を伸ばす子供を育てる」ことが大事、と。ペンクラブ会長の言は説得力がある。

「読書はいいことづくめ」・・・。安いし、いつでもどこでも一人でできるから。
若人にとっては‟養老保険”だと。本屋の主人は気の毒。2/3は買わない客だからとも。



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突如、エンジェル来たる!?天孫降臨!?

本を読み、メモ書きしているところへ。
いずこからか現れた!?

千切って持ってきた草の葉を、テーブルに差し出して・・・挨拶?仁義を切った??

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駆けて去ったと思ったら、再び枯木の小さな小枝を持ってきた。モミジのような手で。

声をかけてもまだ、会話にならない。名前も歳も返答なし。テーブルにあった本に車の写真を見つけ、指さして‟ブーブー”と顔を寄せてくるだけ。
また離れて、乳母車のご婦人のもとへ駆けていく・・・。あゝ、あの人がママかな?

また戻ってきた!年寄りの傍に。今度は椅子に跨ったと思ったら、その上にきちんと正座したり、立ち上がってテーブルに両肘を突いたりと活発!カメラにも手を伸ばした。

ならば、ママに見せようね、とシャッターをパチリ!液晶に映ったわが顔が珍しいのかコマ送りをすぐに覚えて楽しんでいる。ママが近寄って来て、‟あら、操作を覚えちゃったの?”と感心、にこにこうれしそう・・・!まだ1歳半と教えてくれた。

はて、この天使。ブログは・・・?としばし逡巡。相手はまだ1歳半の、乳母車が離せない幼児。初々しい天使のような顔にモザイク加工は忍びない・・とそのまま載せた。ご寛恕のほど。



2020年05月01日 20:48


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今日から5月。
風薫る、一年で一番いい季節の到来だ。

しかし巷では、外出自粛が続いている。 
緊急事態宣言の延長も決まったらしい。

この先も、室内にとどまる日が続きそうだ。
かといって、ときには外へ出たい。

そこで今日は、多摩川辺りを歩いてみよう。
関戸橋から府中四谷橋の間をロの字型に。

決まった目的もなく、巣ごもりから飛び出して、ただ気分転換のために・・・。




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関戸橋。多摩市と府中市を結ぶ多摩川に架かる大動脈。奥が府中市で甲州街道に続く。


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その橋の下はこれこの通り。併進する2本の橋の架け替えのために造られた仮設橋だ。


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迂回途中で警備の人に聞いた。架け替え工事は11年計画で現在5年経過と。上り線の
通行を完成直後の仮設橋に移し、旧橋を取り壊し中。あと6年でこの橋2本を架け替え
できるのか?仮設橋の取り壊し復旧もあるだろうし。首を傾げながら現場を後にした。




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多摩川の土手。‟府中多摩川かぜのみち” は散歩、ジョギング、サイクリングで市民に
親しまれている川沿いの遊歩道。「歩行者優先」「ゆっくり走ろう」と標示もある。



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ここにも「3密」防止の標示板が・・・。屋外でも密集・密接には要注意とある。



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鉄橋に轟音を響かせて京王線特急電車が来た。対岸が多摩市。高層マンションやデパ
ートのほか、17階建ての保険会社事務センターが改築中。子供たちが川遊びに興じる。



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多摩川は全長138Km。山梨県の笠取山から流れ出し、途中支流の流れを取り込みながら、東京を東西に横切って東京湾に注ぐ。海から35kということは、この辺りまで既
に約100厖称れてきたことになる。なお、「左岸」とは、上流から見て左側をいう。



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府中四谷橋
が目の前に。急に人出が目立ってきた。3密防止でマスク姿が殆んど。



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珍しいグリーンの高尾PR車両が来た!よく見ると「高尾山 Mt.Takao」と大書! 



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日野市と府中市にまたがる「府中四谷橋」

関戸橋の恒常的大渋滞対策として、数年を超える工事を経てH10.3月に完成した。


塔からケーブルを張って橋桁を吊る斜張橋。


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           斜張橋吊り橋の違い・・・
斜張橋とは、塔から斜めに張られた複数のケーブルで橋桁を吊るタイプの橋。
吊り橋とは、塔の間に渡したメインケーブルがあり、そこから垂らしたハンガーロー
プで桁を吊っている・・・横浜ベイブリッジは斜張橋、レインボーブリッジは吊り橋。




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大橋脚のそばで川遊びに興じる子供たち。今この時期の獲物は何だろうか・・・?



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府中四谷橋の上から望む関戸橋方面(東)。京王線の鉄橋が見える。関戸橋はさらに奥。

川の土手や橋の上から西の方角を見渡すと、冬場であれば奥多摩の山並が見渡せる。
御岳山、大岳山、御前山。さらに西には三頭山も。この季節は靄がかかって叶わない。



2020年04月25日 19:30


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巷では、コロナ禍の話題に明け暮れる昨今。

が、世は春爛漫。
丘陵公園は、すっかり新緑に包まれた。

ここは、適度のアップダウンコースの中間点にある「兎平」。


只今11:15分。小鳥の鳴き声が賑やか。
繁殖期を迎え、活発に動き回っている。

外出自粛中の人たちも、感染懸念の少ない森へと足を運ぶ姿が目立ってきた。





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冬の間枯れ木状態が続いていた大小の木々。生き返ったように装いを整えつつある。



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小鳥の鳴き声があちこちで響き渡る。はっきりわかるのは鶯。他の鳥の名は皆目不明。
枝から枝へと身を翻して飛び交う鳥をコンデジが追う。静かだった木の上に春が来た!



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鳥は春から初夏にかけてが繁殖期。繁殖は、春の長くなってきた日照時間によって鳥
の生殖腺が刺激され、ホルモンの分泌が盛んになって始まるらしい。雄のテリトリー
を定めるさえずりが盛んになり、雌は巣作りのために活動をはじめ、雄も協力する。



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産卵は一日に一卵だけ産み、抱卵は最終卵を産んでから。育雛には、雌雄で餌を探してきては育てる。これらの行動は親鳥や仲間から教えられるのではなく、すべて本能によって行われているという。    〜講談社・「暮らしの歳時記」から〜



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木陰でひと休み。体を伸ばして小鳥の声を聞き、時折ハイカーとも言葉を交わす。



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小鳥の鳴き声を耳に、次々とひとがくる。ひとりで、二人で、家族連れも・・・。
コロナ騒ぎ以前はほとんど人の姿を見かけず、たまにバードウオッチャーと言葉を
交わす程度の、まるで自然界の独占に近い状態だった。が、日を追って共有状態に。



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高校生だろうか。二人とも管楽器を手に持ち練習中。時折楽しそうに会話が弾む。



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階段を上りきったところに立つ東屋。時どき詩吟の練習や楽器の試奏者を見かける。

  


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ニリンソウを見つけてカメラを向ける。後ろから「何の花ですか?」と聞かれた。
よく見つめたら、あっ!
イチリンソウだった!花が大きく一輪ずつ咲いている!!


ネット情報によれば、米国大統領が記者会見で、新型コロナウイルスの治療法として、消毒用アルコールなどの殺菌剤を人体に投与することを提案し、波紋を広げている。

ホワイトハウスのコロナ対策本部による23日の会見でのこと。日頃、政治向きの話題はブログに馴染まないとなるべく避けてきたのだが、こればっかりは載せざるを得まい。

経緯、内容は腹立たしくて載せるに値しない。米国医師会長は「どのような状況だろうと、漂白剤などの殺菌剤を接種したり注入したりすべきでない」と警告。メーカーも体内に入れないよう呼びかけたとあった。世界中が大変な被害の渦中にあって封じ込めに躍起になっている中、何を血迷ったか!これが大統領たる立場にある人のいうことか!



2020年04月20日 17:26


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コロナ禍が収まりそうにない。 

外出自粛が続いていて、街中を歩いても人通りが少ない。

久し振りに見かけた狸のカップル。商売あがったりと見えて、おしゃべりに夢中だ。

近くで立ち止まり、ちょっと聞き耳を立てて、彼らの会話を聞いてみた・・・。

話題はやはりコロナのこと。
人間世界に感染が広がる、新型コロナウイルスのことだった。




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新型コロナの感染者が、世界で233万人を超えたってさ。死者も16万人も出てるって。
ええ、特に多い国はアメリカで、感染者は73万人、死者も3万9千人いるって聞いたわ。

国内で感染者が1万人を超えたそうだ。都内で3082人大阪でも1211人になったって。



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人類の歴史は感染症との戦いの歴史でもあるらしいけど、ウイルスって何なんだろう。

ウイルスは、大きさが細菌の1/50程度しかなく、ヒトの体に侵入すると細胞の中に入り込んで自分のコピーを作らせ、細胞が破裂してたくさんのウイルスが飛び出してほかの細胞に入り込むそうよ。そんな風にしてウイルスは増殖していくんだって聞いたわ。

大きさや仕組みが細菌と異なるので、抗菌薬(抗生剤、抗生物質)は効かないらしいの。



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これまで人類はウイルスや細菌をつきとめ、ワクチンや治療薬づくりに力を入れてきたって聞いたな。

ええ、制圧に成功したものもあるけど、今もコロナのように、未知の病原体による新興感染症の流行が繰り返されてるんだってね。





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元プロ野球の監督が感染・入院していたけど、一般病棟に移ったと聞いたよ。よかったね。

意識が戻り、医師と会話ができる状態まで快復したそうよ。

ラグビー日本代表の主将が、過ごし方を語っていたなぁ。
クラスターなどの危ない場所に行かないようにしている」と。

「正しい行動をとれば、感染拡大を防ぐ『ワンチーム』になれる!」ともいってたわ。






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学校の休校が今も続いているね。

そう、毎日自宅で勉強させるのも難しいし、子供たちを遊ばせるのも大変らしいわよ。

たまには買い物にも連れて行きたいけど、スーパーへはなるべく一人でと遠慮しちゃうんだって。

「医療崩壊の危機」という言葉もたびたび聞くね。

ええ、医療従事者は本当に大変でしょうね。感謝の気持ちを示す動きも広がってるらしいわ。いいことね。





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北アルプスの山小屋も、5月6日まで宿泊営業を休止するって聞いたわ。

本格的な登山シーズンとなる、大型連休から営業開始の予定だったろうになあ。
まだかなり雪に埋もれていて、小屋の周りの除雪作業が大変だったでしょうにね。

槍ヶ岳山荘、穂高岳山荘、涸沢ヒュッテ、白馬山荘。燕山荘や常念小屋もかな?
大型連休は混むでしょうからね。真夏には1枚の布団に二人で寝たり、敷布団を縦に
半分に折って寝ることもあるって聞いたわ。「3密」の見本のようなものかしらね。



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コロナを悪用した詐欺も増えてきていると聞いたわよ。外出自粛で家にこもる高齢者
が狙われてるんだって。健康や生活への不安につけ入ろうとするのか。悪いやっちゃ!

ともかく、このウイルス感染は早く収束してほしいわ。
そうだね。街を歩く人もいつものように増えてほしいな。ニコニコ話しながら通り過
ぎる人たちが増えると、私たちも嬉しくなって、今日も頑張ろうって気になるものね!



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感染が心配で眠れないといってたけど、この様子じゃ食欲は十分あるようじゃの!?
ええ、お互いにね。免疫力を高めるには、バランスのとれた食事が大事なんだって。
市役所がスピーカーで一日2回呼びかけているよね。よく食べて免疫力を高めよう!



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浅草のシンボル雷門にかかる大提灯が、7年ぶりに掛け替えられたという記事を見た。
大提灯は高さ3.9m、巾3.3m、重さ700圈ΑΑ随分でかいなぁ!福井産の手すき和
紙を用い、骨組みは京都・丹波の竹林から切り出した一本竹を使っているとあった。

いつも多くの外国人観光客などで混雑している浅草。今は人出が途絶え寂しい限り。
コロナ騒ぎが早期に収まり、再び以前の活気、賑わいが戻ってきてほしいものだ。



2020年04月15日 22:06


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今年の梅〜桜シーズンが終わった。

花のリレーは次のステージへと移る。


諦めかけていた
ジュウニヒトエ/十二単

ようやく、ひょっこりと顔を出していた。

名前の割には地味な色だとは、いつも思うのだが・・・。

よ〜く見ると、薄紫色が上品にも見える。



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初夏の高尾山でも、いたるところに咲く
シャガ/射干

実はつかず、根茎を延ばしてどんどん増えていく。

そのため、土留めとしても利用されるらしい。花は毎日咲き変わると、最近知った。


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ここ「しょうぶ池」も緑濃くなってきた。

キショウブ/黄菖蒲の鮮やかな花。

ぽっ!ぽっ!と、あちこちに咲き始めた。

この先、美しい花が次々と咲き揃いそうだ。


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ヤマブキ/山吹:花は一重と八重がある。

古くから詩歌に多く詠われている。

「七重八重・・・実のひとつだになきぞかなしき」・・・結実しないのは八重咲らしい。

「山吹色」の言葉は、時代劇を連想させる?

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初夏の街中や、山々を紅色に染める。

北海道から沖縄まで、
ツツジ/躑躅の咲かない土地はないとか。

福岡勤務の頃、雲仙で見わたした
ミヤマキリシマ群を思い出す。


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ヤマツツジ/山躑躅:新緑の中に朱色が鮮やか!4月下旬から初夏の雑木林を彩る。



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前回upした(左)、斜面に群生する
ホウチャクソウ/宝鐸草

1週間経った同じ場所。あらためて見渡す。

びっしりと無数の花をつけ、長い葉も競うように伸びていた。植物の成長の早さを想う。


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高尾山や奥多摩の山でも、今を盛りと春山の花々が次々と咲き競っていることだろう。
チゴユリヒトリシズカニリンソウなど。キクザキイチゲアズマイチゲなども。
上野原の坪山では、淡いクリーム色の
ヒカゲツツジや、薄いピンクのイワウチワも!!

コロナ騒動が長引く中、今月は2回の山歩きが中止に。来月以降も「緊急事態宣言」が解除されなければ再開は難しいか・・・。山歩きの楽しみの一つである‟花を愛でる”ことは当分お預けだ。5月後半に予定していた天城越えは、みんなが楽しみにしていたので中止は忍びなく、11月後半に延期した。はたしてこれも、この先どうなることやら。



2020年04月09日 22:02


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暖かく、心地よい日が続く。

いかにも春本番という感じだ。

たくさんの白い花が、上向きに咲いていた
ハクモクレン

純白の花に替わり初々しい新緑の葉が伸び、
広がっていた。

コロナ禍で外出ままならない日が続く。

少しは体を動かそうと、若葉に包まれた丘陵公園を歩いた。






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玄関先で、ふと目についたのがドウダンツツジ

冬の間はすっかり葉を落とし、細かい小枝だけになっていたのに。

いつの間にか小さな葉芽が伸びて、若緑の装いのごとく開き始めていた。

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公園を進み、遊歩道の脇を見やる。

ヒュウガミズキは花が散り、小さな葉芽が伸びて今開きつつあった。

幼さを思わせる萌え出た若葉。
暖かい陽射しを喜んでいるかのよう。

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ホウチャクソウが早くも花をつけた!

枝分かれした茎に、緑を帯びた白い花。

寺院や五重塔の軒下に吊す飾り鈴の宝鐸に見立てた名。

地下茎を伸ばして増え、一面の群落に。


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丘陵公園の斜面に、続々と芽を出し伸び始めたホウチャクソウ。みごとな群落だ!



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カツラの葉。
円形やハート形に近い新葉が初々しい。

秋には落葉して、幹の周りを黄色に染める。

黄葉時、キャラメルに似た甘い香りが広がる。


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冬木立状態が続いた雑木林。新葉の芽吹きとともに、小鳥たちの鳴き声が賑やかに。
ホーホケキョ・・・ウグイスがあちこちで鳴く。練習の成果か、うまくなってきた。
ケキョ ケキョ ケキョと鳴く警戒の声もあまり聞かなくなってきた。慣れてきたか。




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園内の一角、キャンプ練習場に林立するメタセコイアにも、新葉が広がりつつある。
春はグループの日帰り利用も盛んな季節。が、時節柄、僅かに親子連れやカップルが。



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奥に見えるのが、催し物会場の「さとやまくらぶ」。例年なら今週から「つるし飾り」で飾り雛が、華やかに賑やかに飾られているところだが、コロナ騒動で自粛・中止に。


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周りに促されるように、携えてきた文庫本を開く。書名は山本周五郎著「さぶ」。

よく見ると、本の縁は茶色に変色してまるで骨董品の如し。実はこの本、50年前
に買ったもの。定価160円。今回再読の契機となったのは、TVドラマ化されたため。
本棚の奥から探しだして、山への車内など外へ出る際に持ち出して読み続けている。



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          これぞ、スーパームーン!

   暦の上で満月の昨夜。東南の夜空に姿を表したのが「スーパームーン」

月が地球に最接近した時に満月になる現象が「スーパームーン」と呼ばれるものとか。
今年見える満月のなかで、最も大きなものだという。たしかに拡大して見ると、主に
右側の輪郭がギザギザしているような姿も見える。あれはクレーターのようなものか?



2020年04月04日 17:07


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都心の開花宣言から、かれこれ20日経つ。

が、今年の桜は長持ちしているような。 

ならばときのう、一旦は中止にした国立の桜
のその後はいかに、と足を延ばした。

ここは桜の名所、国立駅前の「大学通り」。

歩道橋上から、桜のアーチを見渡せるビューポイントがある。

満開状態の桜が今を盛りと咲き競っていた。





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観桜絶好ポイントの歩道橋。この日は外出自粛期間中とあってか、人影は少ない。




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満開の桜を両側に。大学通りを跨いで架かる歩道橋から、JR国立駅方面を見渡す。



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早くも少しばかり緑の新葉が出始めた。花びらとの絶妙のコントラストがまたいい!



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      都立国立高校             一橋大学

学園都市国立市。このほかにも近くには、桐朋学園や国立音大、都立五商高なども。



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大学の傍にある無料駐輪場。学生や市内一般の利用か。左右に2列ずつ整然と並ぶ。



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桜の木の下には、菜の花やヤマブキ、チューリップなど、可憐な花々が咲き揃う。



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JR南武線・谷保駅を後に、桜花爛漫の春を楽しみながら中央線・国立駅へ向かう。



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中央線の連続立体交差事業に伴い、一旦は解体された旧国立駅舎。地元民の声を受け
平成30年に再築工事が始まりこの春完成したばかり。4/6日に公開されると標示あり。

市のシンボルとして親しまれた三角屋根の駅舎を再現したもの。庇部分の柱には1900
年頃のイギリスやドイツ製の古レールが用いられているとか。奥に現国立駅が見える。




2020年03月31日 21:10


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季節外れの雪の翌々日。

今日こそ青空バックに満開の桜をと期待したのに、空は気まぐれ・・・花曇りだ。

明日もあさっても、予報は雨が降ると。

ならばやむなしと、気を取り直して桜の開花状況はいかにと繰り出した。

雨にも負けず、雪にも負けず、健気に満開を保つ。

バックに青空が欲しいが、この際欲張るまいて・・・。



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川面すれすれに満開の桜が咲いた。二人で語り合うも花見。誰に遠慮がいるものか。



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買い物帰りに、ちょっと遠回りして桜を愛でる。心地よく心が和み、絆が深まる。



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乞田
(こった)川沿いに立ち並ぶ桜並木。約1時間余の散歩道は、絶好の花見ロード!



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水辺に伸ばした小枝にも、しなるように花をつけた。あのカモやハトたちはいない。
季節外れの雪に震え驚いて、花見はまだ早かったかと離散してねぐらへ帰ったか?



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胴吹き桜も見事に花開いた。花は撮っても花びらは誰も採らぬ。日本人の美的感覚だ。


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本来なら毎年少なくても3回は楽しむ花見の宴。自粛自粛でことごとく中止になった。
多摩センター・宝野公園も、神代植物公園も、さらには高尾の多摩森林科学園も…。
求められたルールは、この際守らねばなるまいて。自分のためにも他人のためにも。



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頭上の花もいいけど、たまには私たちにも声をかけてネ、と艶やかに微笑みかける。
遊歩道をそぞろ歩く足元に咲く色とりどりの花。ボランティアグループの心遣いだ。


新型コロナの感染拡大が収まらない。
当初は海外の爆発的感染状況に比べて、日本ではまだ感染範囲は小規模で、しかも罹患人数も少なかったので、どこか他人事のごとく思っていた節がある。お互いに・・・。

ところが・・・東京オリ・パラが1年延期になり、プロ野球やサッカー選手の罹患が判明、さらに有名芸能人が死に至るに及んで、にわかに危険が身に迫ってきた感がある。

さらには。身の安全を確保するには山が一番、と声かけ合ってきたわれら山岳愛好者。
ところが、5月の宿泊山行はこの際自粛し、取り敢えず11月に延期やむなしとなった。
伊豆・天城越え計画だ。「三密」空間ともいえる観光バスの3時間乗車回避のために。

望むらくは、向こう3か月ぐらいの間に終息してほしいものだが、それは難しそう。
紅葉シーズンの天城越えははたしてどうなる・・・?誰も見通せなくなってきている。



2020年03月25日 22:34


3月22日(日) RAC山行は14名で奥多摩・日の出山へ。
当初計画では三頭山を予定したのだが、新型コロナの影響で「都民の森」が休園中。
そのため武蔵五日駅からのバスも運休となったため、急遽行先を変更して出発した。
気候は最高20℃近くの予報で、都心では桜の開花も報じられる中、絶好の山歩き日和の一日となった。

〇 コース:JR五日市線武蔵五日市駅−−上養沢BS・・・・養沢鍾乳洞跡・・・日の出山・・・滝本下山口・・・つるつる温泉−武蔵五日市駅

〇 歩 程:約3時間50分     〇 標高差:約540m


        ≪ 上養沢バス停で下車。出発準備! ≫

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バスを降りて、コースの打ち合わせ。

2012年以来8年ぶりに登る難コース。

大半のメンバーは初めてだ。

自身も記憶をたどったが、定かでない。


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春の日差しを背に、なだらかな舗道を進む。頑張っても自分の影は追い越せない!?
  


       ≪ 岩ゴロと急な石段登りの始まりだ! ≫


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いよいよ登山道に踏み込む。

ここから繰り返す、急坂登りが難関。

岩ゴロの山道を、足元を選びながら進む。


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急勾配が続く厳しい山道。荒れた石段を行く。まだ序の口。この先に多くの難関が。

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なぜか今朝は体が重い。昨夜の寝不足も影響か。徐々に隊列から遅れはじめたぞ!



      ≪ ひと休みして、さらに急坂へ向かう! ≫

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立ち休みしながら待っててくれた。水分、糖分補給して、ついて行かなくっちゃぁ!

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さらに遅れて、とうとうストックを使う。

体力の衰えを実感させられる。

ベテラン二人が後ろについて、バックアップ態勢をとってくれている。有難いことだ。

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とはいうものの、この先も、岩を切り裂いたような急な石段が繰り返し進路を阻む。
しんどくなって、カメラの操作どころじゃなくなってきた。撮ればよかったのだが!




      ≪ やっとの思いで、日の出山頂(902m)着! ≫

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山頂では昼食を終えたメンバーが、満ち足りてニコニコ顔。励ましの声がかかる。


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中央の一段高い山が、東京の最高峰・雲取山(2017m)か。その右が鷹ノ巣山らしい。

靄っているせいか、遠景はくっきりとは見えない。右下の家は御岳山の宿坊群だ。



         ≪ 疲れをとったら下山開始! ≫

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「顎掛岩」の標識あり。

日本武尊が蝦夷遠征の帰りにこの岩に顎をかけて、関東平野を見渡した・・・と。

現代の日本武尊。顎をかけて天下を睥睨す!


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山頂を後に、杉やヒノキ林に囲まれた長い下山路を下る。周囲にまだ芽吹きはない。



         ≪ 野人流の忍者募集中!!


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何年も掲げられ続けている掲示板。自然豊かな野外環境を活用した忍術修行とある。

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魚と蛙の鉄のオブジェ?これがなんともミステリアス。去年までは海老もいたのだ。


      ≪ 最後は定番・つるつる温泉へ! ≫


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コロナの影響で閉館中だった「つるつる温泉」。幸いにして三日前から再開していた。

余談独言。。。しんどい登山道だった。記録によれば、2006.3月と2012.12月に、このコースを辿って日の出山に登っている。山地図上にもその軌跡を表示してある。
あらためて体験記録も辿ってみたが、格別苦労した記録も記憶も浮かんでこない。
歩程も比較的短かく、苦労した様子は見えない。しんどい思いをしたのは年のせいだ!

下山を始めて間もなく、急な石段を下りきったところで、何に躓いたか転倒した。
大事には至らなかったものの、よく見るとメガネのフレームの一部が壊れて、レンズがはずれていた。帰宅翌日、イワキへ持ち込んで修理を依頼。

フレームの一部を溶接固定し、メッキを施すことになるとか。福井の工場送りになるので、1か月かかり費用は7,000円ぐらいだと。記録を見てもらったら1989年7月購入。なんと30年を超えて役立ってくれている貴重なメガネ。感謝しながら大事に扱わねば。



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