2019年02月19日

電車の座席


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先日、何日ぶりかで電車に乗った。

花粉症予防注射のため、3路線乗り継いで40分。この季節だけ、月1回の通院のために。

ゆったりと座った車内で、見るともなしに吊り広告を見上げていた。




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そのとき、ふと思い出した・・・いつぞや乗った、京王線の電車内でのことを。

あれは数年前になろうか。当時車内は満席。吊り広告を眺めながら進んでいたとき、
右手座席の若い女性が立ち上がって、着席を勧めてくれたのだ。
一瞬戸惑ったが、お礼を言って有難く着席。つらつら思えば初体験だ。

と・・・立ったその女性は、連れの若い男性にも座席の交代を促し、男性も立ち上が
って、前に立っていた年配女性に交代を申し出た。
ところが、その女性はこれを断り、そそくさとその場から遠ざかったのだ。
くだんの男性はバツ悪そうに再び着席した。交代を促した若い女性と顔見合わせて。



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以前にも似たような光景を見たことが。そのときも場を離れたのは年配女性だった。
折角の善意、思いやりなのに断るのはなぜだろう。女性心理は難しい。高齢にみられ
たくないのか。私の知る限りでは、この種の場面は男性では見かけたことがない。

ところで、二人の作家(故人)が似たような体験をしていることを、エッセーで知った。
約20年前の本だが、昨年夏に不覚にも体調を崩し、暇に飽かせて再読した際のことだ。
女性だけでなく男性のケースも。以下に、その一部を抜粋して載せてみたい。



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ひとつは、吉村昭著『街のはなし』(H11.9月発行)というエッセーの「席をゆずる」。

話はこうだ。(・・・前略)
「二年ほど前、或る情景を眼にして、席を譲るのにも配慮が必要なことを痛感した。
髪は白いが肌に艶のある女性がつり革を手にして立っていたが、私の隣に坐っていた若い男が立って、『どうぞ』と、女性に言った。
女性の顔が急に赤く染まり、彼女は坐ることはせず、その場をはなれると小走りに隣りの車両へ行ってしまった。
私には、彼女の狼狽と悲しみがよく理解できた。髪は白いが、まだ50歳を少し出た程度の年齢なのだろう。それが老人扱いされて、彼女はその場に居たたまれぬ気持ちになったにちがいない。」




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さらに続く・・・
「これとは逆の情景も見た。写真で顔を知っている高名なドイツ文学者が、電車に乗っているのに気づいた。長身の氏は、杖をついていた。
氏の前に坐っていた若い女性が、席を立った。
氏は、ベレー帽をとると女性に丁寧に頭をさげ、感謝の言葉を口にして譲られた席に坐った。美しい情景であった。氏の教養と気品がそのお辞儀に匂い出ていた。」(・・・後略)



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もう一つは、藤沢周平著『ふるさとへ廻る六部は』(H7.6月発行)の「電車の中で」。

似たような場面は、男性でもあるらしいのだ。(・・・前略)
「私から見ると、信じがたいような光景を時どき車内で見かけることがある。
若い娘さんに席を譲られても、頑強に坐らない老年がいる。けっこうですとか、人によってはじきに降りますからなどという。

しかしいっぺん立ってしまった娘さんはまた坐るわけにもいかず、バツの悪い顔で立ちつづけ、そのあとに何の関係もない中年のオッチャンが横から来て、ちゃっかり坐ったりする。これが私にはわからない。私なら席を譲られたら、喜んで礼を言い坐らせてもらう。私より若い家内もそうするという
。」



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「善意に解釈すれば、席を譲られてことわるのは健康のために立っている人かもしれないし、あるいは身体のどこかが痛んで、坐るより立っているのが楽な人かもしれない。人の事情はさまざまで、その内面は窺い知れない。

だがそうではなくて、私はまだこのとおり若くて元気だから、席なんか譲ってもらわなくともいいという人が、中にはいるように思われる。もしそうなら、その人はぴしゃりとことわられて傷つく娘さんの気持を思いやるゆとりのない自己中心的な人である。
身体は元気でも、心は老化して柔軟さを失っていると思う。それに、せっかくの行為を無にすることは、決して礼に適っているとはいえないだろう。

私は老年の人に席を譲る若者を見ると、ああ日本は大丈夫なんだなと、とてつもなく大きな安堵をおぼえることがあるので、挙げたような例を目撃すると少々つらいのである。」 



eiji255 at 13:30コメント(8)隠居のむだばなし  

コメント一覧

1. Posted by 小肥り   2019年02月20日 11:21
なるほど。う〜〜む……………
断りやすいのは次が降りる駅の場合。
「ありがとう。でも、次で降りますから」双方ともイヤな思いはしないで済む………かな。
相手の善意を傷つけないで断るのが難しい。
しかし憤然と断るという芸当はなかなかできませんよ、普通。
よほど虫の居所が悪いときかな………でも善意はありがたく受けたほうがいい。
座りたくなくて自分の駅がまだ遠いときは「次で降りますから」と言って
本当に降りてふたつ先のドアから再び乗る、という離れ業があります。
2. Posted by eiji   2019年02月20日 12:40
小肥りさん
そもそも、素直に座ればいい。
勇気を出して示してくれた、折角の好意、善意を無にすることなく。
頑強に断るなどは、もってのほか。譲ろうとしてくれた人に失礼。
かく思うのは、老人と思われることに最早抵抗感をなくした、ということか・・・?
3. Posted by まっちゃん   2019年02月20日 21:21
座席の譲り合いについては賛否あるね!
よく見かけるのは、大会会場に行く体育系の多数の中学生が、雑談しながら広く座っているときには、善意の光景が見られないね。
先日、バスで大きな体育用具やバックを抱えて座っていた数名が、席を譲ろうとしていたが、狭い車内で立っている方が、かえって邪魔になるので気にしないでと、声をかけた時があるよ!
車内全席が優先席と思うが、優先席付近に乗車してきた高齢者は、譲ってほしいと意志表示している人だと思うね。
4. Posted by eiji   2019年02月21日 10:14
まっちゃん
休日の朝ねぇ。これから練習か試合の会場へ向かう場面でしょう。
早朝山へ行くとき、ときどき見かける車内風景です。
まあ、休日の電車は空いてるから、用具類を抱えていても邪魔にはならないし、
活発な会話も見ていて頼もしく感じるときも。
自分自身を振り返ってみると、日中混んでいても、
あまり優先席付近には立たない習慣がついているような気も。
今のところ譲ってほしいと思われたくない気持ちがあるのかな?
5. Posted by ポッチ〜   2019年02月21日 21:08
数年前の京都で、カメラバッグの重さにふらつきながら高齢のお父さんがバスに乗り込んできました。
それを見た私の隣に座ってた同じくらいの年齢の
男性がサッと立ち上がって、カメラバッグのお父さんに席を譲りました。
その素早さに私はビックリ。
そして同じような年齢の人が同じような年齢の人に席を譲る姿にも感心しました。
いくつか先のバス停でカメラバッグのお父さんは降りていきましたが、元の席に座った男性が隣りの女性と話す言葉に再度オドロキ!
韓国語でした。
あちらでは年寄りを大事にするとききますが本当ですね。
私は席を譲られたら喜んで座ります、疲れてなくても。
6. Posted by eiji   2019年02月22日 09:12
ポッチ〜さん
バスの中でもありましたか。このような光景が。
たしかに韓国人は、家族を、とくに年寄りを大事にすると聞きますね。
重い荷物を持って乗り込んだ、同年配の人を見て、
反射的にとっさに立ちあがって、ゆずったのでしょう。
もし仮に今、この場に藤沢周平が乗っていたとしたら、
政治の世界でぎくしゃくしている日韓の間にあっても、
ああ、これなら日韓関係は大丈夫だなと、大きな安堵をおぼえたことでしょうね。
7. Posted by しゅん   2019年03月11日 02:52
以前、車内で「かなり」高齢の男性が私の前に立って吊革を両手で掴みふらふらしてたっていたので、
席を譲ったら叱られました。「そんなトシじゃない!」と。
仕方なくそのまま座ってると、後から乗ってきた人達に「なぜ譲らないのか」という目でジロジロ見られて正直気分が悪かったです。
最初から、この様子を見ていた方は、私の方みてうなづいてくれましたが、、こういうことが続くと、席譲りたくないという若者が増えても仕方ないなと、おもいます。
8. Posted by eiji   2019年03月11日 11:23
しゅんさん
ありましたか、そんな経験が・・・。
たしかに、電車もバスも、乗り合わせる人たちは種々さまざま。
譲るほうは、相手の性格や心の中までは、知る由もなし・・・。
しかしながら、折角の好意を、変な見栄で断るとは情けない。
断られた相手の心情に思いを致すゆとりがないんでしょうね。

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