2006年04月24日

まいったなぁ

10日前には6万あった血小板が今日の検査で3万台になってしまった。1万を切らなければ、脳内出血など重篤な出血の危険性は少ないのだけれど、減少傾向が止まらないのはちょっと嫌な感じ。よって、薬の投与が始まって6日しか経っていないのに、今日から薬での治療は中止。(…血栓に対しての唯一の積極的治療法だったのに。)しばらく治療を中断して経過をみたほうがいいとのこと。「安静にしていなさい」の「安静療法」。すなわちベッドで寝ているだけ。

素人なのに今までのところ全部予想した範囲。いい意味で予想を裏切ってくれるといいんだけれど。「なーんだ、取り越し苦労だったね。」って。  

Posted by eiko_1211 at 21:24

2006年04月22日

今日まで個室

59249110.jpg午後から4人部屋に移るらしい。たぶん(ハイリスク)妊婦さん達の部屋ではなく婦人科系の放射線治療とか手術とかしてい人達の部屋になるのかなぁ…などと。。。  

Posted by eiko_1211 at 09:18入院 

2006年04月21日

私信

9ccfb803.jpg戴いたお花が手元に届いたので、早速お部屋に飾りました。とても可愛くて気に入りました。しかも大好きな黄色とオレンジ色の花。元気になれそうな気がします。
ありがとうございました。  

Posted by eiko_1211 at 19:11入院 

母来たる

県立のおっきな病院の外来を受診して、そのまま入院になった日。私自身はトイレ以外に歩くのを禁止されていたし(トイレに一番近い病室)もちろん病室は携帯電話禁止だし。ということで母の帰宅する時間帯を狙って、オットに電話してもらった。後で聞いたらなんとまぁ2時間も話していたんだとか。何を話していたか詳しい事は聞かなかったけれど、翌日やってきた。どう会話すれば良いのか分からずあまり話はしなかったけれど、登山をする母には「滑落事故よりはマシだよね」と言っておいた、一応安心したのかその日の内に帰ってった。
  

Posted by eiko_1211 at 14:47入院 

落ち着いた

転院し、薬の投与が始まって3日目。依然として脚の静脈は詰まっているものの、出来てから時間が経った血栓ほど肺塞栓を起こしにくくなるものだという。まだ様々な問題はあるものの肺動脈に血栓が飛んで一発Outになる危険性は段々に低くなっている。転院の際はサイレンを鳴らした救急車にドクター同乗で搬送される程の物々しい状態(まぁ、万が一があってはいけないからね)だったけど、取り敢えず今は病棟内の歩行は許されている。あんまり安静にしすぎるとまた新たな血栓を作ってしまうからなんだって。
ともかく今は落ち着いている。
  

Posted by eiko_1211 at 14:07入院 

2006年04月19日

生きてます

今日、大学病院に転院。そしていくつかの検査の結果、血栓はほぼ間違いなくあるし、血小板の減少も止まらず。唯一の救いは肺塞栓の危険性が低そうだ、ということ。様子を見ながら、取り敢えず血栓に対する治療を始めてみようということは決定。胎児に影響の少ない薬で。
  

Posted by eiko_1211 at 20:53入院 

2006年04月17日

結局 2

ここも大きな病院なんだけど合併症があるので大学病院がいいとのこと。2〜3日後に救急車で送ってくれるって。今夜は心電図つけて寝ます。家で寝るよりはずっと安心。
  

Posted by eiko_1211 at 21:29入院 

結局

想定した範囲の悪い部類。今日のところ、胎児の安全を期して詳しい検査はしないのだけど心臓血管外科の医師の診立てではほぼ間違いなく深部静脈血栓症とのこと。今日からそのまま入院。ここも大きな病院なんだけど合併症があるので大学病院がいいとのこと。2〜3日後に救急車で送ってくれるって。今夜は心電図つけて寝ます。家で寝るよりはずっと安心。
  

Posted by eiko_1211 at 21:27入院 

準備

一応の準備はできたかな。
入院の支度もしたし、関係各位に連絡もしたつもり。
あとは早くても遅くてもいいから無事に自宅に戻れる事を祈るのみ。
今は突然呼吸が止まること、脳内での出血などがとても怖い。
自分が自分でなくなってしまうかも。

数週間、一ヶ月で帰ってこれたら御の字だ。
とにかく帰ってきたい。

とりあえず、この週末を無事に過ごせてよかった。
病院までは辿りつけそうだ。
あとは医師達に任せるのみ。
それと私の少なくなった血小板がどれだけ頑張ってくれるか、血管がどれだけ頑張ってくれるか…。

今回のことは本当にちょっとした不運がいくつも重なってしまったせいで、低い確率の病気を合併させてしまった訳だけど、最後の最後はそんな運命じゃなかったと思いたい。アクシデントとしか言いようのない事態だけれど、幸いなことに交通事故じゃないから今からじっくりと専門家が対策をとる時間がある。

家にちゃんと帰ってきたい。  

Posted by eiko_1211 at 05:10

2006年04月15日

一応の…

経過報告なんですが…うーん、面白くもなんともない、そして、あんまり良くない話になっちゃいました…。  続きを読む

Posted by eiko_1211 at 18:18

2006年03月11日

自宅安静

えーと…。妊娠しました。もうすぐ3ヵ月に入ります。一応出産の予定はこの秋。キコ様よりは1ヵ月遅れ位かな。  続きを読む

Posted by eiko_1211 at 15:12Comments(14)TrackBack(0)その他 

2006年02月28日

お休み

少し環境の変化がありました。(今のところ、イイコト。)
1週間か10日程、更新はしません。日記はどこかで書いてるけどアップロードしません。ふふふ。ではまた。(^^♪  

Posted by eiko_1211 at 17:27Comments(0)TrackBack(0)ひとり言 

2006年02月27日

くわたさぁ〜ん

反応しちゃう。まぁなりふり構わずかどうかは置いといて…。

桑田「捨てる!」技術…復活へなりふり構わず
(前略)95年の右ヒジの手術後は、球界の常識を覆す体をひねらない投球フォームに変えたが、それも「今までは小さく投げることを意識していたけど、(ヒジの)手術から10年たったし、本来の投げやすいフォームで、本能のままに投げたい」と、手術前に戻した。(後略) (2006年2月25日 ZAKZAK)

「本来の投げやすい」…ってことは、これまで練習を積んでても投げにくかったの??

「ひねらない、うねらない、ためない」の先駆者だったのに…。
  

Posted by eiko_1211 at 08:45Comments(0)TrackBack(0)ひとり言 

大怪我なのか?

メダル届かなかった皆川 乗り越えた大けがと屈辱
わずか0秒03差でメダルに手が届かなかった。3回目の五輪となったアルペンスキー男子回転の皆川賢太郎選手。大けが、成績低迷、後輩の台頭…。この4年間に味わった苦難と屈辱を乗り越え、大舞台で果敢な滑走を見せた。

2002年のソルトレークシティー五輪後、ひざの前十字靱帯(じんたい)を断裂。選手生命の危機に見舞われた。体にメスを入れると筋肉をゼロからつくり直さないといけない。手術後の成績は低迷した。

「賢太郎の時代は終わったとみんな思っていた」と振り返るのは、生まれ育った新潟県で少年時代にスキーを教えた札幌五輪代表の柏木正義さん。「成績が出なくてもモチベーションを下げないで3年待て。3年目に勝負できるから」と励ました。

実際に昨年のワールドカップから好成績を出し復活を遂げる。
(後略)(2006年02月26日 asahi.com)

私の場合、痛みに気がついた時には目で見える腫れも内出血もなく、走ろうと思えば走れた状態だった。しかも担当医はその1年以上前から知っている医師たちだったので安心感もあった。なので「大怪我」なんていう表現にはまったく馴染めないのだけど、まぁやっぱり手術が必要な怪我でスポーツ復帰に半年以上もかかるとなれば、「大怪我」になるんだろう。逆に肩の力が抜けた気がした。開き直り、ていうか。


…あ、もしかして怪我人としての自覚が足りていなかったのか(笑)?  

Posted by eiko_1211 at 08:30Comments(0)TrackBack(0)ひとり言 | 膝のこと

2006年02月26日

Bike35min

今日は冷たい雨が降っているので部屋の中での自転車漕ぎ。

一昨日と同じく目標心拍数を125bpmに設定して35分。換算距離にして10.4km。

膝はそれほど痛くない。だけど、朝起きた時点でやっぱり患側と健側、触った所の温度が違うので、終わり次第繰り返しアイシング。熱を持つのはある程度仕方がないそうだ。腫れはないので取り敢えず注意深く観察しながら低強度のリハビリを続けることにする。