2017年03月17日

回送中の裏側(原田の告白編)

すべての方へ。
チーフ原田です。


先週から始まっている、
『回送中なにをしているか?』
ガイド室メンバーそれぞれの過ごし方リレー。


回送とはお客様をお迎えに行くとき、
またはお送りしたあと空で走ることです。
長いときは10時間近くに及ぶ時もあります。


回送中もお給料が発生していて、
安全二重確認もあるので、
私たちも眠ることはできません。



回送中の私たちは、
お客様の席の1番前左に座ります。
巻き込み確認などの為です。
(ちなみに実車中もガイドしながら安全確認しているので注意して見てみてください)



まだ仕事に慣れていない頃は、

回送を利用して予習復習したり、
運転士さんと情報交換したり、
ペース配分が分からず、
寝落ちしたり…(苦笑)。



基本的には私もボーッとしてます。
1年生の時からあまり変わりません。
ふつうに景色を延々と眺めていられます。
話すのが億劫なので必要なこと以外、
話もしません。

 
景色を眺めながら、
お客様の視点をひたすらチェックしています。

この写真は数年前に"くしろ湿原ノロッコ号"の放送案内文の制作担当した際、列車からの景色を普通列車に乗って確認している原田です。
当時の上司が撮ってくれたものです。




こんな感じです。
飽きもせず。
微動たりもせず。


『お客様はこんな感じかぁ』…と。

そして原稿に落としていきます。




この景色忘れないようにしたい、
と思ったら写真も撮っています。


時間が経ってからも、
お客様の席で感じた気持ちを
忘れないためです。


こちらは回送中のシラルトロ湖。


写真はよく撮るので、
運転士さんからはカメラ小僧と呼ばれています。




何時間も黙っていると、
さすがに運転士さんも気になるのか、
ミラー越しに目があうことがあります。
そのときは『生きてますよ!』と、
ムダに生存アピールしたりします。





私は東日本大震災のあった6年前、
パニック障害になりました。


当時は観光列車客室乗務員や観光案内所、
地元ガイド団体に所属していました。


釧路も地震が多く、
何処へ行くにも川を越えたり
海沿いを走らないと行けないので
津波が怖くて仕方ありませんでした。

それまで楽しく見ていた景色が
怖いものに変わってしまいました。

子どもを置いて遠方に行く仕事は
もう辞めようと思いました。




それ以前に
乗り物恐怖症になってしまい、
何処にも行けなくなりました。


自家用車にも乗れません。
生活が奪われ、
好きな旅行も行けず
励みも希望も失いました。


乗務員業を生業にしていたので、
『わたし、終わったな』と思いました。



でも全然終わってなくて。
時間は進むし、
人の動きもあるし、
子どもらの成長も止まりません。

また普通の生活を取り戻して、
子どもも車に乗せて行動したいし。
また旅行に行けるようにしたい。


長年ご指名をいただいていたお客様も何団体かあり、欠かさずお便りをくださっていたので、
お客様にお応えしてからバスガイドを辞めようと決め、
それを目標と励みに病気と向き合ってきました。

自分が乗務できなくなったときの為に
後輩に継承していく作業も始めたいと思っていた矢先に、
いまの新人指導としての復職が決まりました。


復帰を応援してくれていたのは、
友人、身内、お客様や前職場だけでなく、
いまの衛星バスの乗務員仲間もでした。
とくに千田には助けられています。
いまはガイド室のみんなに守ってもらっています。運転士さんにもです。
社長は乗務以外のバスガイドの可能性も与えてくれます。


守られている環境で仕事をしているうちに、
乗り物恐怖症はなくなりました。
有難いことです。
いまは殆ど不自由なく生活できています。
子どももだんだん手が離れてきて、
もうそろそろ私も独り旅に出かけたいな。


旅行はやっぱりおもしろいし、
仕事もやっぱり大好きです。
乗り物が一番落ち着きます。


身を削ったのは乗務員業でしたが、
身を助けてくれたのも乗務員業でした。







乗り物が苦手な方、旅行が難しい方、
大丈夫ですよ。
こんなバスガイドが此処にいます。
私でよければお手伝いしますよ。




回送中はそんな事も考えて
景色を眺めながら
色んな見え方、魅せ方を考えています。



自分がバスガイドとして案内したいことより、
お客様が集中して旅行を楽しめるように。
自分も気持ちをフラットにして。
実車でも研修車でもないその狭間の回送車で、人知れず訓練しています。



子どものとき見てた景色、
初めて独り旅をしたときの景色、
ガイド1年生のときに感動した景色、
お客様と感動を共有できていた頃の景色、
家族ができてから感じた景色、
地域活性活動を始めてから訴えたい景色、
誰かの代わりに伝えないといけない景色、
パニック障害になって見え方が変わった景色、
乗り越えて見えてきた景色、
チーフになってから見える景色、
教え子に教えたい景色、
目標が見つけられたときの鮮度の良い景色、
バスガイドになろうと決めた景色、
懐に入る景色、
自分が乗務している車内の雰囲気。









あげればキリがなくて。
ひとつの景色からたくさん。
人の数だけ見え方が際限なく。
それを想像して。

私ならどうバスガイドしていくか。
構想しているうちに
いつも回送がおわってしまいます。







千田…



千田は、
回送中は何をしていますか?




eiseibus at 12:25│Comments(18)

この記事へのコメント

1. Posted by 魂は釧路男児   2017年03月17日 14:59
自分は原田さんがうらやましいです。
困った時に全力でサポートしてくれる仕事仲間や家族が居ることが…
自分には過去に絶対的に信頼している先輩が居ました。今も同じ会社に勤めてます。どんなに怒られても自分への愛情も含まれてると信じて付いていくつもりでいました。去年、些細な事ではあったのですが思ってもない事で悪者と疑われ、違います、自分じゃないですよと言ってもすぐには信用されませんでした。それっきり、私用なお付き合いや会話はお互いにしなくなりました。きっと先輩が期待してたほどの人間ではなかったのだと思います。でもその時は悔しさと悲しさしか無かったです。

原田と千田さんにはこれからもずっと素敵なお付き合いをして欲しいです。これからもブログの更新、楽しみにしています。
2. Posted by チーフ原田   2017年03月17日 19:14
★魂は釧路男児さま★
コメントありがとうございます。釧路男児さまのお気持ちも少なからずわかります。私は仲間も多いのですが敵も多くて、この歳になっても大喧嘩して離れてしまう人もいます。古くからの友人には、もう大人なんだから当たり障りなくうまく付き合いなさいよ…と言われるのですが、それが出来なくて。あたりが大きいんです。この歳になって信頼関係を築くのって希少ですよね、そのぶんダメだった時も大きい。何歳になっても修行の通過点なんだなと思います。
3. Posted by minami   2017年03月18日 00:25
実は、minamiもパニック障害を経験しています。まだ、パニック障害という言葉が無い頃でした。ある日、急にバイト先の会社の中の空気が凄く濁って息苦しくなって、酸欠のようになって過呼吸になって、脈が速くなる・・・
何回も日々繰り返して、最後の最後で、
発作がひどくなって会社の診療室に駆け込みました。
ベテランの看護婦さんに『このまま死ぬのかな・・・』とつぶやきました。
『人間、そんな簡単に死なない!!』と活を入れられ。駆けつけた会社専属の老先生が、手の指で、minamiの両まぶたを強く押しました。
数分だったのでしょうか、発作は収まりました。
当時の、診断書『発作性、急心拍症』。
で、近所の町のお医者さんに・・・
待合室は長蛇の列もお構いなしで
老先生が30分くらい、ゆっくり問診してくれて
『自律神経失調症』の診断を下してくれて
なんか、それで楽になった気がしました。
長い年月がたちますが
まだ、芽のようなものは、からだに残っています。
というか、誰でもが潜在しているのが人間の体だと思います。先の東北・阪神の大震災でも、人間としての体のバランスが崩れて、色々なストレス障害が残っている人は数え切れないほど居ると思います。エレベーターで、震災に遭った人は
エレベーターに乗れなくなる。地下鉄で震災に遭った人は地下鉄に乗れなくなる・・・
そんなレベルの事でも、そういう人は多いです。
それこそ、海に近づけない人も多いことでしょう・・・周りでは、ふだん元気だから他人には、分からないし、カミングアウト出来ない人は
いっぱい居ると思います。だから、心療内科や、臨床心理士の先生が今後、さらに必要になってくるくらいに、日本人は疲れていると思います。
世界に目を向けても
大災害は数多いし、同様な障害を
抱えている人は星の数ほど居ると思います。
みんな、何かのストレスと付き合いながら
生かされているんだと思います。
4. Posted by くるりん   2017年03月18日 12:52
原田さんこんにちわ!
回送が10時間なんてすごいです。
此方は せいぜい、4~5時間です。
私も ぼんやり景色を眺めるのが好き。
被災地応援の企画も終わり 沢山の
お客様が首都圏からお越しくださいました。
鳥取の弓ヶ浜半島から三代砂州、賀露港から
釧路市の鳥取、島根の宍道湖から夕日の話題。
最後に ある男性が 釧路市出身ですよ、
釧路をPRしてくれて有り難うっ(笑)
そう言ってくださいました。
嬉しくなりました。
5. Posted by 青春北海道   2017年03月18日 23:59
原田さんへ

毎日のお仕事、オツカレサマです(^^)d。

6年前の3月11日、多くの人が様々な影響を受けてしまいましたよね。

メンタル面の問題は投薬で治るのでもなく、長い長い時間を掛けて少しずつゆ穏やかにっくりと気持ちを馴染ませるのが、自然なのかな…。

自分はあの日、奇しくも釧路空港にINし、時間的に多分空港から空港市内へと向かい路線バス乗車中に地震が発生したのだと思います。

ラビスタ釧路川にチェックインすると、「避難勧告が出ているのでプリンスホテルさんへ避難移動をお願いします」と言われ、何が起きたのか解らないままプリンスホテルへと行き、避難場所のイベントホールに設置されたテレビの映像を見て、何が起きたのかが初めて解りました。

この時は3/13に苫小牧から出港する名古屋行きの新造フェリーの初航海便に乗る為に北海道へ行ったのですが、お祝いムードに包まれる筈だった初航海は欠航になりました。
仙台港が使える様になってからもフェリーは支援物資輸送従事の為、通常定期便が再開されたのは数ヶ月後になってからでした。

会社や自宅に「自分は無事」の連絡をしたくても、3/11は静岡方面への電話もメールも通じなかったです。
翌日にようやく回線が復旧したのか通じる様になり、飛行機と本州内交通機関の関係で更に翌3/13に帰宅しました。

あの日に東日本地域に居た自分の事を、家族は勿論会社の人も心配してくれ、メールが復旧した時には3/11に発信してくれた安否を気遣う未受信メールが何十件も届きました。

仲間がいるのは、嬉しくありがたいモノだと実感しました。

仕事でも自分を追い込んだり一人で抱えてしまう事がありますが、そんな時にバカやって和ませてくれる人がいると、元気がでますよね(^o^)。
6. Posted by チーフ原田   2017年03月20日 19:03
★minamiさま★
コメントありがとうございます。minamiさまも闘ってらっしゃったのですね。同じく人知れず頑張っている方がいるとわかると私も頑張れます。そして私も誰かにとってそうでありたいと思います。
乗務員業では健康でないとできない、指導者は心も健康でないといけない…、そう言われたこともありました。自分の病気を恥じる事はありませんし隠す事もしていなかったのですが、そう言われてから極力言わないように結果だけ見てもらうようにしてきた時もありました。
でも何か違うなって。生きづらい人を私も応援したいです。
7. Posted by チーフ原田   2017年03月20日 19:06
★くるりんさま★
ありがとうございます。釧路のお話があちこちで繋がるのは嬉しいです。私も山陰地方にはおかげさまで勝手に身近に感じるようになりテレビなどで見るたびに、くるりんさまどーしているかなぁって考えるようになりましたよ。
いつかお会いしてお話しできたら良いですね^ ^
8. Posted by チーフ原田   2017年03月20日 19:12
★青春北海道さま★
コメントありがとうございます。6年前、釧路にいらっしゃったんですね。ラビスタあたりも津波が来ましたからご無事でなによりです。私は家で子供たちと中継を見ていました。ライブで津波の様子をみていて具合い悪くなってしまい、それからいまでもサイレンや少しの揺れも動揺してしまいます。
家族と一緒の時間でなかったら…と今でも思います。この仕事辞めよう…と今でも思いますが、子供もだんだん自立して来てやっぱり時は進んでいて、私もしっかりゆっくり進まなくてはいけませんね。
9. Posted by minami   2017年03月20日 21:58
近所のお好み焼き屋さんの姐さんが
minamiと2人になったときに、お酒を
飲みながら、ストレスを3時間くらい
発散した時に、わたし、エレベーターに
乗れないと言いました。
『へぇー』と答えましたが
ほんと多いんです。そういう人・・・

『指導者は心も健康でないといけない・・・』
誰ですか、そんなバカな事を言った人?

心が健康って、何なのでしょう。
今のストレス社会の日本で、指導者で
有るべき人で、心が健康な人って
何人居るのでしょうか?

色々な痛みが分かる人じゃ無いと
本当の指導者、先生は、つとまりません。

いっぱい挫折などを経験して
はじめて人を諭すことが出来るのであって

解ってない人が多いですね(笑)

minamiは、いつでも
香苗さんを応援していますよー!

10. Posted by gonta   2017年03月20日 22:37
こんばんは^^

いつでも順風満帆で突っ走れたら良いかもしれませんが…本当に人生いろいろですね。

今、自分は人対人の事で毎日頭を悩ませています。なのでコメントしたくてもきっとギャグも冴えません。あ、それはもともとだった(笑)
職場環境を整えるのも仕事のうちと言われればその通りですが、本当に人のことは割り切れないことばかりです。
物事の捉え方は人それぞれなのにそこを感情でぶつける人が居ると感情が感情を呼んでどんどん深みにはまっている気がしてきます。もしプライベートなら、もし自分対他人だったら、我それに干渉せずで超カンタンなのに…ね。そうもいかないジレンマを抱えています。

でも…傷つき傷つけるのも人だけど手を差し伸べてくれるのも人なんですよね。いつもそうですが今回の日記も本当に励みになりました。また皆さんのコメントも暖かくてここに来ると何だかホッとします。

原田さん…いずれ是非ともひとり旅、出かけてくださいね。
11. Posted by くるりん   2017年03月21日 08:16
心にとめてくださり有り難うございます。
昨年10月21日、震度6弱の地震の被害があった
鳥取県中部。まだ 道路もガタガタの場所、
民家の屋根には ブルーシートがあちらこちらに。
ある方は まだ 体に感じない揺れは今も起きています
。頻繁に 頬の辺りが ピクピクします。
と 話されました。仕事とはいえ 三朝温泉に泊まって
いるときに また、地震が有ったらと思うと恐怖です。
2月後半から3月半ば迄 関東周辺から 沢山の方々が
二泊三日の 鳥取県応援企画に参加して下さいました。毎回
45人乗車で 二台運行の日も。毎日出発でした。
閑散期のバス会社も有りがたかったです。
みんな 優しいですね。

香苗さん 頑張る貴女に 私は元気を貰っています。
でも 頑張り過ぎないようにネッ!!
12. Posted by チーフ原田   2017年03月21日 09:14
★minamiさま★
エレベーターに乗れない…というのも想像がつきます。私はレジに並ぶこともできなかった時があり、パニック障害やPTSDのひとはこんなに生活がしずらいのだと知りました。
いまでもパニックの予期不安がある時は超絶落ち込みますが基本的には病気を前向きに捉えていて、病気になったおかげで考え方や視野の幅が広がりました。仕事にも生かせていると思っています。ある意味強味だとも思っています。
私も同じような境遇の方がいたら側に居てあげたいです。
minamiさま、これからも原田をよろしくお願いします!
13. Posted by チーフ原田   2017年03月21日 09:34
★gontaさま★
コメントありがとうございます。人対人、昔より大変だなぁと思います。いまは職場での道徳感やメンタルを守るために色んなハラスメント対策もありますが、全員が全員周知・理解しているわけでないし、理解していても神経質になり本音と建て前で本末転倒だったり。や、昔も大変でしたね。苦笑 時代とともに人との付き合い方は変わっていますが、結局 人との関わりがないと生きていけないのも確かで。
お話しは変わりますが、最近IT起業の方とご一緒することが多いのですが、私たちのブログも見てくださっていて『コメントも付くのが凄い』と。私もいまではコメントをいただいて皆さんと言葉を交わすのが当たり前のようになっていて、皆さんとこちらでコミュニケーションをとるのが励みであり楽しみです。これからもよろしくお願いします。
14. Posted by チーフ原田   2017年03月21日 09:54
★くるりんさま★
私でも誰方かにエールを送れていれるならとっても嬉しいです。
鳥取県の地震は私もよく覚えています。くるりんさまとこちらでお知り合いになってからでしたので、いまでも心配しております。地震が来ても時間は止まらないですもんね、人の動きもあって、バスの仕事も皆無になるわけでないし、観光を楽しむ方もいらっしゃいます。温度差を感じながらも経済の動きを止めるわけにもいかないし、人の流れは大事だし…。バスガイドをしながら本当に色んなことをよく考えさせられますね。
15. Posted by minami   2017年03月21日 21:48
このまえ、毎日新聞の特集欄の見出しに
『利口も馬鹿も命は一つ』という感じの言葉が
文字になっていたのですが、奥が深い言葉だなと・・・
むかし、家の神様を祀ってくださっていた先生が
『綺麗に生きろよ・・・』という言葉を残して
その先生は、先が見える人で、奥様のリウマチも
治してしまい、でも、東に困っている人が居れば
西に困っている人が居れば駆けつけ、電車賃にも
ならないお礼をいただいて帰ってくる日々も
多かったとか・・・
奥様には『霞を食べて生きてはいけない』と
言われたとか・・・
亡くなられたときは、体に病変は無く
ただ体の全部の機能が一気に止まったとか・・・
これから色々と教えていただこうとした矢先でしたが
その方の予言が、数十年たって当たっていることが多く
やはり、見える人綺麗に生きた人は凄いなと・・・
全然、真似を出来ることは出来ませんが
できるだけ、自分よりも年上の人には
優しく接したいと心がけています。
ただ、『綺麗に生きる』ってことは難しいです。
16. Posted by gonta   2017年03月21日 22:18
昔より大変、ハラスメント対策、メンタル、神経質、そして本末転倒。。。そう、それです。まさしくそれです。
あの文章でそこまで読み取ってくれるの有り難いし嬉しいです。

団塊世代の大ベテランの方に言われました。お前大変だなあ、昔はこういうような事はなかったぞ、って。
昔の人の場合もっと半端なかったけど、平たく言えば「豪快」で、ある意味分かり易かったから。
17. Posted by チーフ原田   2017年03月22日 11:19
★minamiさま★
大事にしたいお話ですね。綺麗に生きる…私にはどこまで遡ればいいかわからないくらい遠に失ってしまっている感覚です。立ち止まってよく考えたいお話です。minamiさまは私にとっては仙人のような雰囲気です。いつもコメントも達観されてる感じで雲の上といいましょうか…学びたいです。背景にあるものもとても気になります。
18. Posted by チーフ原田   2017年03月22日 11:26
★gontaさま★
きっとどの時代も同じで、情勢が変われば気質も合わせていくしかなくて、昔はよかった…と、今の時代のことも思う日がくるのだろうと思います。その時々で生かされてるんだとつくづく思います。ラクになる日は来ないのか、と思うとツラくもなりますが(笑)そのぶん昔より楽しみも個性も満たされる環境は整っていますからアンバランスのなかでも、自分らしく進めていけるのかな、と。これからどんなことが待ち受けているのか楽しみでもあります。ね。

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