2016年12月22日

いまにも落ちてきそうな空の下で。-この10年-

年末ということで2016年振り返り。ではなくて、今回はオリエンティア Advent Calendarのオファーがあったので、ちょうど社会人10年目ということでこの10年を振り返ろう。オリエンテーリングメインに。



07年@1年目「愛知、松澤さん、ルーパー」

就職して、初任配属はなぜか愛知@名古屋になった。
愛知は大学1年、そして4年と北大がインカレリレー入賞を果たした思い出の地。
そして、師となる松澤さんがそこに待っていた(当時愛知在住)。
ルーパーにも入れてもらい、名大生とも遊んでもらい、山に行かない
週末がほとんどないくらい、オリエンテーリング三昧だった。函館で
過ごした学生時代の反動だろうな。年度末には奈良インカレ運営に下っ端で
参戦。受付業務希望したのに、ラジコン業務でずっと山にいた。。。

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/51342001.html

もし、初任配属先が四国や九州だったら、きっとオリエンテーリングなんか熱中せず、
違う道へ進んでいただろう。チャラい感じの社会人デビューしてたのかな。



08年@2年目「インカレロング運営、全日本スプリント/NTチームへ」

春先のユニバーセレには故障明けもあってざっくり落選し、秋の大会で
結果を出し、NTチーム入って、アジア選手権でチャンプとりたいなとか考えていた。
その前に、インカレロング(兼中日東海)を松澤さん中心に運営した。
思い出すといろいろあったような・・・松澤さんが「インカレ運営をきっかけに付き合い、そして結婚した人たちもいるんだよ」なんて話してたけど池・松澤が率いるメンツではそんなロマンスはまーったく起きなかった。
その後、全日本スプリントでちゃっかり4位に入賞して、年明けにNTチームに入る。広島とか長崎にも遠征したな。いろんな大会に出た。三河トレランや根上高原、東海CC運営したり愛知県選手団で全日本リレーも出て。引き続き、山で過ごす週末ばかりの1年だった。

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/51540101.html

http://www.o-news.net/2008/09/post-74.php




09年@3年目「リーマンショック、愛知での生活の終わり」

NTチーム入っても、相変わらずたいした成績も残せず。この年は
リーマンショックの影響で残業三昧だった過去2年と状況変わって、残業ほぼ0になる日が多くなり、ボブやマツケンたちと瑞穂陸上競技場で定時後にトレーニングに励んだりした。フルマラソンにも初挑戦したり。
名大生との関わりがどんどん増えて、最後は追いコンに呼んでもらい、一緒に追い出していただいた。名大OBと思われていた疑惑もあったが。
約3年という短い期間だったけど、濃密だったのかな。人に恵まれたとも思える。ルーパーでの7人リレーではアンカーばっかりやったが優勝どころか入賞さえも遠く。ただ、ウエスタンカップは優勝できて、うれしかった記憶がある。ここからウエスタン、東海クラブカップは優勝狙えるチームになっていった。

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/51801804.html


10年@4年目「千葉と京葉、フランス遠征、震災とインカレ」

千葉へ転勤となり、仕事面で激忙の日々に。GWのアジア選手権は出るだけで終わる。気づくと夏休みもなく働いていた。
夏頃ぐらいに京葉に入会したはず。秋に、ようやく休みもらえて、フランスのWOCトレキャン@Wcupへ。レースはとにかくつらいものだった。結局、翌年のWOC本戦も選手としては行けなかったけど、とってもいいところだったので、また訪れたい。http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/51907022.html


そして年末年始も仕事で、気づくと春。あ、その前に全日本リレーで愛知県選手団で出て、池→ボブ→樽見で3位入賞したのもいい思い出。これを最後に愛知県選手団から千葉へ。

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/51959399.html

震災裏の岐阜インカレに、コースプランナの海老さんに「猫の手も借りたいくらいなんです」って懇願されて、千葉から運営参画。
けっこう働いたつもりだが、最近、海老さんに「あれ、あのインカレの時、池さんいましたっけ?僕が呼びましたっけ?」ていわれて、ちょっと泣いた。震災のときにどこにいたの?って聞かれたときに「岐阜の山に・・・(モデイベ撤収していた)」というと、めんどくさい話になることがよくあった。いまもか。


11年@5年目「ハセツネ参戦、香港遠征」

この年もWOC代表選考はあっさり落ちて、次はハセツネへ挑戦する。初挑戦で30位、9時間30分切り/20歳代入賞ということでトレイルランの世界へ本格的に足を踏み入れる。

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/52042018.html

年末は香港WREへ。しかし、めっちゃくちゃ体調悪くて、終盤はふらふらで記憶がほとんどない、結果も散々。これでNT選手としては一区切り。

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/52061347.html


年度末には全日本スプリント集団提訴&不成立事件を起こす。

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/52081903.html


12年@6年目「ロゲ/トレランにはまる、テクニカ、OC大会、横浜へ」

トレイルランレースへ出ることが多くなる。そして、テクニカとの出会い。富士登山競争にもチャレンジ。富士登山競争も今は大人気みたい。クリック戦争に参戦する気になれない。。。
そんな中、ロゲイニングも楽しくて「札幌農学校」チームでよく出ることに。霧ヶ峰は優勝。 それからいろんな大会に出て、札幌農学校の知名度アップを図っている。ロゲイニングブームがこんなに盛り上がるとは思ってなかったけど、まあ、面白いからねー。あっという間にオリエンテーリングより普及しちゃったよね。ちなみにシティ系より、高原でのロゲイニングが好きです。特に霧ヶ峰はホントに好きなところ。もう何回も出たし、こちらも今は人気出すぎなのでエントリはしてない。


http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/52111703.html


あとOC大会のコントローラもやったな。夏の「両総」のジャングル度合いがひどかった。ホントにここで大会やるの?無理でしょって当初は思ってしまった。OCは優秀でコントローラいらんやんという締めだったような。バタフライコースは苦肉の策だった。

http://www.o-news.net/2012/11/33oc.php

オリエンテーリングレースへの参加は徐々に減っていく。
そして、2月に転職して千葉→横浜へ。新たな生活がスタートする。


13年@7年目「STY、7人リレー入賞、千葉心繋げよう」

この年からは、テクニカチームとしてトレイルレースへさらにたくさん出る。いくつかの大会で入賞。1番の思い出は富士山1周「UTMF」の半周となる「STY」(shizuoka to yamanashi)。入賞には届かなかったけど、UTMFへの憧れは強くなる。富士山を見ながら、思い出の地を踏んでいったレース。旅への挑戦。
百名山ハントも本格的に始めた。長年憧れていた屋久島にも訪れた。岩手の七時雨トレイルフェスの盛り上げ隊もやった。




7人リレーはまだメンバーだったルーパーで最後の参戦でようやく入賞。17年ぶり?

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/52248780.html


2年連続で大会コントローラもやってた。千葉大・東工大大会。このときは割と大変だった。誰か地図作成納期遅延したらペナルティで発注金額減額するとかしたほうがいいよ。まあ、できないのが闇の深いところで(以下略

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/52247200.html


全日本リレーでは千葉県選手団団長なんかもやってた。「千葉、心繋げよう」をテーマに。

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/52253017.html



14年@8年目「全日本入賞、ブルガリア遠征、お休みへ」

UTMFはまさかの抽選落ち。ショックは想像以上に大きく、強く。そして、同日程の全日本へ。ここで初入賞を果たすが後味は苦かった。

http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/52277788.html


GWはブルガリア遠征。ええとこやった。まったくアジア系の観光客はいなかった。ヨーロッパは西欧、北欧がやっぱり人気かと思うけど、東欧中欧も魅力いっぱい。オリエンテーリング関係以外で海外行ったことないけど。
http://blog.livedoor.jp/ekhakodate/archives/52282887.html



年明け以降でいろいろうんざりすることが多くなかったので、お休みに入る。まあ、お察しくださいという感じ。



15年@9年目「結婚、お休みモード」

お休みしてたので特にオリエンテーリング関係では面白いことなかったような。松本→長野の「ウルトラロングオリエンテーリング」は参戦した。これはロマン溢れるレースだった。

http://www.uomz.jp/?page_id=175

秋には結婚。近所へ引っ越し。新婚旅行はかなり短期間で計画してバリへ。落ち着いてきて年明け以降で復帰する。

16年@10年目「望湖の丘、7人リレー入賞とこれからと」

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夏に苫小牧遠征。皆にとっては新規のテレイン、憧れの北海道、そんな感じだったかもしれないが自分にとっては大学時代の特別な場所だった。気づくと同行したメンバーはほとんど年下の若いメンツに。

7人リレーは2軍3軍のアンカーのつもりだったが1軍で走り、入賞。そういえば京葉で入賞したのも初めてだった。

オリエンテーリングの付き合い方は変わっていって、なんだかんだ新婚生活が楽しい。そして、プロ野球観戦にのめりこんでしまい、いろんな人と観戦に行ってて気づいたらオリエンテーリングレース出場数よりも観戦数の方が多くなってしまった。

足の状態がずっといまいちで、トレーニングする気にならず、ほとんど走らなくなってしまった。
来年のことは、年末年始で予定を考えたいがそろそろ異動がありそうで予定を立てれそうにない。。。


<10年を振り返って>



ピックアップしたのは、いい思い出のものが多い。普段はあまり過去を振り返ろうとはしない。当然だが過去に縛られていては前へ進めないからだ。今回はいい機会だった。

ここには二十歳の頃からの思い出を残している。いろいろと当時の記録を見返すと充実していてあっという間に時間が過ぎていったように思える。



この10年でオリエンテーリングを通じて、自分の世界は広がり、多くの人と出会い、繋がりができた。人間としても成長できた部分も多いように思う。競技と多くの人に感謝。ただ残念ながら、10年経つと同世代、同期でみれば同じようにこの競技を続けているのは片手で数えるぐらいしかいない。(それぞれ母校の大会や7人リレーの場で見かける人を除けば。)続けていく理由がどんどん減って、みな、思い出のひとつとして、胸にしまい込む。

自分も毎年のようにこれからどう続けるか自問自答している気がする。正直、楽しいことも嬉しいことも苦しいことも悲しいことも「一通り」体験してきた。「一巡」したのかもしれない。もはや自分にとってはこの世界の広がりがこれ以上ないのではと思うことが多い。新たな「光」はあるんだろうか。

なんて書いてみたものの、所詮は「趣味」。ただの下手の横好きだろう。10年後も「うーん卒業できないな」とか言いながら地図を持って森を走っているかもしれない。そう、小学生のころから読み始めて今も卒業できない「少年ジャンプ」のように。


<大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている>

この企画のオファーがあったときに、すぐに今回のタイトルと内容は決めてしまった。正直、この企画いいね!なんてすぐに思うような人間ではなく、申し訳ないがネガティブな印象を当初は持ってしまった。
そう思ってる時点でまあ、自分も変わってきたなと。ただ、その考えは捨てた。


タイトル云々は「ジョジョの奇妙な冒険」を読んでいる人にはわかるし、読んだことない人はわからないだろう。ない人はとにかく急いで読んでくれ。書店へGOだ。もしくはアプリだ。

過去にとらわれないこと。
自分はどうか?明日は、未来はその意志があるのか?自分に問い続けるんだ。
そして、その意志をあとの人が感じ取ってくれているのか。
本当に大切なのはそこなんだろう。

そんなわけでこのブログはまだまだ続きます。









ekhakodate at 07:03│Comments(0)TrackBack(0)

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