益習の集い公式HP

阿波藩筆頭家老稲田家の開いた学問所、益習館跡の保存運動から始まった市民団体です。イベントの案内や活動の報告をおこなっています。

2018年10月

守本憲弘南あわじ市長様よりメッセージをいただきました。ありがとうございます。
12月8日~16日にかけて北海道・新ひだか町公民館で開催されるパネル展『北の零年子孫達は今』開催にあたり会場をおとずれるであろう多くの淡路島関係者に北海道地震にあたり激励するメッセージをいただけないかお願いしていたものにたいし早速心あたたまるメッセージをいただいたものである。淡路から北海道への移住は稲田家臣団の移住がきっかけであるがそのあと明治から大正にかけて15000人を超える淡路島からの開拓移民の大半は旧三原郡出身者であり、戦前、戦中、戦後と11年間にわたって北海道議会議長を務めた坂東秀太郎は北阿万村出身であり、現在の川上平取町長も仲山JAびらとり組合長も賀集出身で勤勉で仲間おもいの三原郡出身者は地域のリーダーとして常に信頼と尊敬を集め現在も多岐にわたり活躍している。今度のパネル展でもルーツを南あわじ市エリアにもつ多くの淡路島関係者は守本南あわじ市長のメッセージを読んで、遠く離れた温暖な淡路島から何もなかった北辺の開拓地に赴き困難に立ち向い家族を守り地域を興した先人の労苦を偲んでいただけることだろう。img795



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祖父、父、と三代にわたって組合長を務める地域からの信頼の厚い仲山JAびらとり組合長
ミニトマトやびらとり和牛などの生産は全国的にも有名で北海道一の優良なJAに育てあげた。
曾祖父の仲山清作氏は北阿万筒井地区出身。

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川上満平取町長は賀集地区出身者の子孫。平取町は南あわじ市とも友好都市

川上町長は安田氏と親せきで安田権平の曽孫も長年平取町議として地域の為に活躍無題-スキャンされた画像-38


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北海道を代表するブランド牛であるびらとり和牛を平取町で二番目に多く300頭を飼育する賀集久雄氏は和牛組合の組合長を務めたこともある。賀集村出身の賀集興三郎より四代目子孫
南あわじ市エリアないから移住した開拓者の子孫達は各方面で地域の信頼をえていまも活躍している。

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10月27日大阪府吹田市の関西大学でひらかれた『石濱純太郎没後50年記念国際シンポジウム』で石濱純太郎のルーツの地(本人は大阪市生まれ)である淡路島を理解していただくために益習の集いの活動紹介をおこなった。東大名誉教授や阪大名誉教授など10名を超える大学教授が東洋史の学者で幅広い人脈をもった石濱純太郎について研究成果や新発見などを次々と二日間にわたって発表がつづくシンポジウムにおいて私達の活動が直接結びつくものではなかったが、その背景となる江戸時代からの淡路島の教育環境や文化度の高さ淡路人の特性をいくぶんかでもつたえられたのではないだろうか。

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今日の神戸新聞に徳島新聞からの転載で徳島県立つるぎ高校建築科土木コースの生徒による洲本城の山城部分の模型作り掲載されていました。岡本先生が指導にあたっている、つるぎ高校・建築クラブには今年の二月にはCGによる洲本城御殿の再現の研究発表会を淡路文化史料館でおこなっていただきました。それまで知らなかった一つの城郭の中にお殿様と家老の御殿がならんでいたなど全国的にも考えられない構造を精巧に再現されたCGで説明いただき感激しました。そして西日本最大規模と言われてきた洲本城の石垣の模型づくりはたいへん興味深いです。なかなか下から見上げるだけでは全貌がわかりづらく、登ってみても広すぎてどのような構造になっているのかなかなか理解できないですが250分の1の模型にしていただけるということで完成がまちどおしく楽しみなところです。

神戸新聞2018.10.13
神戸新聞2018.10.13

パネル展12月8日
胆振東部地震によって開催が延期となっていたパネル展『北の零年子孫達は今』が12月8日から16日まで場所も当初予定していた新ひだか町公民館ロビーを使わせていただけることとなり開催が決定しました。各方面でご協力いただいたみなさん本当にありがとうございました。町広報誌に掲載していただき楽しみにしていただきながら、延期の周知を行うことができず、何人もの人が公民館を訪ねていただいたそうでご迷惑をおかけしすいませんでした。新ひだか町役場や教育委員会のみなさんにもご迷惑をおかけすることとなってしまいすいませんでした。気候的にも9月開催よりも12月開催ということで厳しくなりますが、公民館ロビーは展示会にとって人気会場で11月30日までびっしりと予定が埋っているということで選択枝がありませんでした。北海道稲田会の服部会長からの『農繁期でないからいいかもしれないよ』という私達に配慮したやさしい慰めの言葉は心にひびき救われたおもいがしました。いつも応援いただきありがとうございます。
延期となっていた日程が決まったということで後援いただいていた各行政機関にも連絡をとりあらためて北海道を激励するメッセージをいただけませんかと姉妹都市の南あわじ市も含めて依頼しました。電話でのお願いであり首長の了解をいただいていない状況のため即答はいただけませんでしたがどの市とも十分な手ごたえを感じさせていただける対応でした。明治から大正にかけて15000人もの淡路人が移住した北海道で、そのきっかけとなった稲田家臣団とその子孫の姿を知ることは淡路人の未来に向かっての可能性を探る試金石のようにも思えます。

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