少し前に読み終えたのに、なかなか感想を書けないでいました。本のなかの世界があまりに今の自分の現実とかけ離れていて、戸惑ってしまったのかもしれません。ファンタジーとか、非現実ということではないのです。この本の持つ静かな精神世界があまりに清潔で美しくて、感想を言葉にするのをはばかられるような、そんな感じ。

主人公の綿貫征四郎は、駆け出しの物書きで、学生時代の友人で水難事故で亡くなった高堂の実家に「家守」として住むことになった。
ある雨の夜、庭のサルスベリが硝子戸に体当たりするように打ちつけ、まるで何かを訴えているようだった。そんなとき、床の間の掛け軸から、高堂がボートを漕ぎながらこちらにやってくる。そして言った。「サルスベリのやつがおまえに懸想している」

面白いんですよね〜まったく嘘みたいな展開なのに、主人公は全然混乱していなくて、サルスベリに想われるのに「思いあたるところがある」なんて考えている。何といっても「懸想している」という美しい言葉が嬉しい。小説でこんな言葉に出会ったのは初めてではないでしょうか。このあと、綿貫は河童の抜け殻を見つけたり、握り拳の大きさの子鬼と出会ったり、狸や狐に化かされたり、不思議な体験をします。でも、実はそう不思議なことではないのかもしれない。私たちだって、日常のなかで、花に話しかけられていることもあるのかもしれない。動物に心を見抜かれていることも、河童や鬼にだって出会っているのかもしれない。ただ、私には感じる能力がないだけで・・・読んでいるうちにそんな気分になりました。

『私は与えられる理想より、刻苦して自力で掴む理想を求めているのだ』
『こういう生活は、私の精神を養わない』

最終章は・・・何とも味わい深かったです。綿貫の潔さと強さに感服するとともに、友人のことを思うと切ない気持ちにもなりました。