2006年10月

2006年10月25日

感謝の「謝」


 先週日曜、元灘校の名物教師・橋本武先生より
 出版記念パーティーの誘いをいただいたので、
 夜行バスで神戸まで駆けつけた。
 今年で御歳94歳になられるが、いまなお矍鑠としていらっしゃる。

 祝いの席に集まった300名近くの教え子たちへ
 返礼のため壇上に立たれた先生は、
「みなさんに、ただ“ありがとう”という、
 その言葉以外にありません。……ほかに何も言えません」
 と深々と頭を下げ、感謝の意を示しておられた。

「感謝」という言葉には、「謝」という字が含まれる。
 僕はこれまで、有り難いという気持ちの中に、なぜ「謝る」という
 字が入るのかと疑問に感じていたが、ピンと張った背筋を
 ふたつに折り曲げ、挨拶をされている先生の姿を見て気がついた。

 人間が心からのお礼をいう姿と、お詫びをする姿とは、
 とてもよく似ていると。

 僕たちはよく「感謝します」とか「感謝申し上げます」と
 口にしたり、手紙に書いたりしているが、
 人が本当に感謝の気持ちを述べる時、
 それはお詫びともお礼ともつかない恰好になるものなのかもしれない。


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人間は言葉よりも、仕草だ


 最近話題になっている『憲法九条を世界遺産に』の本を
 読んでいたら、ミラン・クンデラという作家の言葉が紹介されていた。
 氏は『不滅』という本の中で、こんな意味のことを述べているらしい。
「人間は言葉よりも、仕草だ」と。

 僕自身も取材を通じていろいろな方に巡り合うが、
 出会いの感想を聞かれれば、本人がいった言葉より、
 その人がどんな表情で話をしていたかや、
 どんな息遣いでしゃべる人だったかなどを伝えたくなる。

 恋焦がれている人が果たして自分に気があるかどうか、
 その人間の言葉が信頼できるものかどうか、
 仕草や表情を見れば、はっきりと分かる気がする。
 肉眼で見える、本当に大切なものがある。


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それ、捨てられちゃあ困る


 先週、中野で単館上映されていた
『ツヒノスミカ』という映画を観に行った。
 旧家の取り壊しに伴う、90歳のおばあちゃんと
 その家族の動きを追ったドキュメンタリー作品である。

 道具の始末をする際、「これ、捨てていい?」と息子に
 聞かれ、そのたびに「それ、捨てられちゃあ困る」と返す
 おばあちゃん。
「これじゃ何にも片付かないな」とでも言いたげに
 苦笑いする息子。

「これはどうする?」「捨ててもいいよ」
「……、ホントにいいの?
 いや、これは俺がとっとく。じいちゃんに叱られるから」

 捨てる、捨てないの判断を母親に任せていた男性は
 心のどこかで、母親がすべてに対し「残す」と
 言ってくれるのを期待していたのだろう。

 捨てることは難しい。
 ものには思い出が詰まっている。


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金色の眼鏡


 押入れに眠っていた眼鏡ケースを2年ぶりに開いたら、
 ガンメタ色だった眼鏡フレームのメッキが剥がれ、
 中から金色の素材が顔をのぞかせていた。

 近々、眼鏡屋へ行って部分的に塗り直してもらおうと思うが、
 いっそのこと、ガンメタ部分を引っ剥がし、
「金色の眼鏡」にしてしまうのも悪くないと考えている。
 金色の眼鏡。なんだか人生が変わりそうだ。



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