2004年09月18日

ASKAマジック

 最近、チャゲアスの新曲が発売されたと聞き、さっそく近所の
 レンタル屋で借りてきた。
 今回の曲(「36度線 ―1995夏―」)は、とくに衝撃を受けると
 いうほどのものでもないが、非常に快活なテンポで、地面を蹴って
 歩きたくなるような気持ちのよいメロディである。

 ところで、僕がチャゲアス(ここではASKAに限定)の歌を聴いて
 よく思うのは、ASKAという人間の、不思議なまでの所在のなさである。

 たとえば、ミスチルやドリカムの曲を聴けば、そこに桜井和寿や
 吉田美和がいて、ああ、彼らはこんな恋愛をしてきたんだな、というふうに
 なんとなくイメージが浮かぶのだが、ことチャゲアスの曲にいたっては、
 不思議なくらいに、ASKAという人の影が見えてこない。

 もちろん、恋人がワイン色に見えたり、ロマンスがわがままで
 疲れやすかったりする情景(心情)はとてもよく分かるのだが、
 曲中にある彼自身の存在は、それとはまるで対照的に、
 どこまでも透明感に満ちている。

 かつて松山千春が、ドラマの主題歌はやらないのか? と聞かれたときに、
 「オレの歌が(ドラマを)食っちゃうから」と答えていたのを見て
 なるほどなと思ったが、チャゲアスの歌は、圧倒的な存在感を
 放ちながらも、しっかりと引き立て役に回ることだってできる。
 (「101回目のプロポーズ」なんかは奇跡に近い)

 ASKAのつくり上げる世界観は、そこに彼自身が登場しないため、
 リスナー一人ひとりを陶酔させることができるのだろう。
 そして聴く者たちを、自分が物語の主人公だと錯覚させてしまう。
 カラオケでASKAを熱唱する人物の顔が、決まって恍惚としているのは、
 おそらくそのためである(失敬!)。


人気blogランキング
↑応援よろしくお願いします!

ekomo at 03:16│Comments(0)TrackBack(0)本・映画・テレビ 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔