
2014北海道への旅43日目です
車泊した「紫波SA」(岩手県紫波郡紫波町)の朝

目覚めて車外へ出てみると

車は少なく広々
そして周囲は
穏やかな朝の光りに包まれていました

ここは岩手県
この旅もあとわずか・・
今日中には
新潟辺りまで行っておきたいところです

というので早朝から
東北道を南へひた走ります

R13(国道13号線)のこのあたりは
「万世大路(ばんせいたいろ、ばんせいおおじ)」と呼ばれ
現在のルートになるまでの歴史や
その名称の由来などを見てみると、
なかなか興味深く、深いものがあるようです
で
ナビを見ていると珍しい名の駅がありました
「峠駅」です
これは見てみたい!
目指す温泉もおそらくこの辺りのはずです
R13を降りるのは
福島県から山形県に入ってすぐの所で
そこから「板谷駅」への道に入り、さらに「「峠駅」へと向かいます
福島飯坂ICから峠駅までは25kmほどの道のりのはず
まずは
「旧・板谷駅」(山形県米沢市板谷)です

何も知らないで訪れていたので
この時は「板谷駅は廃駅になった駅」
などと思っていたのですが
この後、「峠駅」の職員さんにうかがった
「あの板谷駅は、以前はスイッチバックだった時の・・」
ということばでその状況が理解できました。

奥羽本線の福島〜米沢間は急な勾配が多く
赤岩駅(福島県)、板谷駅、峠駅、大沢駅(以上山形県)の4駅は
1992年の山形新幹線開業まで
スイッチバックが行われていたそうです
で
この旧・板谷駅はその名残りで
1992年くらいまで使われていたということですね
この先に今の現在の板谷駅がありますが

この日は行きませんでした
ホーム側からの風景

下には線路も残っていますが

これより向こうには線路はありません

「折り返し」と表示されているのは

スイッチバックだったからです
その旧・板谷駅の前には
殉職の碑が残されています

苔がはえたりしてかなり読みにくくなっていますが
分かる範囲で読んでみました
一部変換できない漢字を平仮名で表記しましたが
だいたい以下のように書かれているようです
「 昭和二十二年十一月二十二日、
国鉄板谷変電工事区長故中沢宗十郎君は
福米線電化工事用鋼材を自ら指揮者となって
トロリーにて運搬中急勾配にかかるや突然ブレーキに故障を生じ
危険を感じたる為
部課職員を下車せしめ尚一人トロリー上にありて
停車せしめんとしたが力及ばず
ついに逆走するに至り
環金隧道内にて工事中の作業台車に激突し
ブレーキハンドルを握りたる侭(まま)
壮烈なる殉職を遂げたものである。
同君の旺盛なる責任感は我々の範とするもので
ここに碑を建て永くその遺徳を偲ぶものである。」
昭和丗一年十一月建立
発起人 高木市五郎
外有志一同
今から70年ほど前にあった事故で殉職された方の碑
だったんですね
碑そのものは事故から9年後に建てられています。
その9年間という長さに、
死を悲しむ人々の心の重さを
感じたりします
この古びた看板は
スイッチバック廃止後のもの

板谷駅への案内に使われていたのでしょう
そして
この「旧・板谷駅」に来るまでにあったのが

「米沢市立関根小学校板谷分校」

関根小学校のウェブサイトに書かれている沿革から
板谷分校に関する部分を拾ってみました

明治9年10月 板谷分校を板谷村に設置
明治22年4月 各分校が簡易分校と改称
明治25年4月 板谷尋常小学校と改名・独立
平成8年 板谷小学校閉校、関根小学校板谷分校発足
平成12年3月 板谷分校休校式(12年度休校)
平成13年4月 板谷分校再開
平成17年3月 板谷分校休校式

これからすると
板谷分校は、現在休校中のようです

関根小学校のサイトが2012年以降更新されていないようなので
それ以降についてはわかりません
大変歴史の古い学校です

校舎は

2階建ての木造校舎

立派なプールもあったようです
分校ではなく、独立校としての歴史が長かったことは

この校舎の大きさからも、納得できる気がします


バックネット

そして校舎の向こう側には

奥羽本線が走っています
その在来線を走るミニ新幹線
撮影していると、ちょうど
山形新幹線の新デザインの車両が走ってきました

でも、山形新幹線といえば
こちらのデザインの方が馴染みはあります

またこのE3系という車体にも種類があるようですが
私には区別がつきません

学校のすぐ横を走る新幹線
授業中に走ったら絶対に見てしまいそう・・
で、次は
「峠駅」へ向かいます
ここへ行く道がかなり細く
すれ違い困難な所もけっこうあります

そういう道を少しばかり走りふと前方を見ると
何か人だかりがしています
どうやらすれ違いに失敗した1台の車が溝に脱輪し
動けなくなっているようです
その車と
対抗していた車の人たちが
脱輪した車を何とかしようとしていたのでした
すでに
溝からタイヤを脱出するための石や木々が
溝の中に並べられスロープができようとしていました
あとは持ち上げるだけ
でも男性は、その車を運転していた若い方と
相手の車のご高齢の方が一人だけで
あとは全て女性
そこで応援にいき
若い男性が車を操作し
残りの者で車の前方を持ち上げます
しかし上がらない・・
やはり力仕事は男性が必要ということで
車の運転を女性と代わり
男3人と数人のオバチャンで車を持ち上げます
すると
何度かトライしたあと
ようやく車のタイヤが溝に作ったスロープに乗り
脱出成功!

脱輪した車は
神奈川から来られたカップルで
「何かお礼をさせてください。
住所を教えていただけますか?」
と大変恐縮されている様子
まわりは
「そんなん、いいよ、いいよ」
対向の車は地元の方らしく
「これは仕方無いわ。
この道は地元のよく知ってる者でないと危ないから。
こっちは道を譲ってもらって、
申し訳ないと思ってた・・」
のことば
なかなか爽やかなやり取りでした
これまでに
脱輪車やスタックした車など
何度か脱出のお手伝いをしたことありますが
その反応は様々
やはり今回の方のように
きちんと礼儀をわきまえておきたいものです

それにしても
幸いにも車が小型のものだったので
持ち上げることができましたが
これが重量のある車だったら・・
と思うと・・
2tもあるハイエースは絶対に無理・・
もちろん携帯など通じない所・・

このあとは慎重に運転したのは
言うまでもありません
そして着いたのが「峠駅」

ところが何とも駅らしくない雰囲気で
まるで工場か大きな倉庫みたい

大量の木で大きく覆われて何も見えない・・
これはじっくりと撮りたいな
ということで
その駅の手前にある蕎麦屋さんで
腹ごしらえしてからと思って行ってみたのですが
すでに人で一杯・・
やはり
先に駅の撮影に行くことにしました
下の写真は蕎麦屋さんの横にあった不思議な空間

列車のプレートや
駅名標などがたくさん置かれていました
それにしても
何とも不思議な駅の佇まい

こんな駅、見たこと無い・・
中には車が数台停まっていました

その時
駅の職員さんがこちらに歩いてこられたので
少しお話をうかがいました
まずは私が探してる温泉のことをうかがったところ、
「あそこに案内図があるよ」
ということで

※画像をクリックすると拡大表示します
目指す温泉が「滑川温泉」だと判明!
先の板谷駅のこともうかがってみました
「このあたりの駅は、以前スイッチバックで運行していたので、
現行の板谷駅は廃駅から2〜300m横の
大きな屋根のある所にあるよ」
そして、木で覆われている駅については
「このあたりは雪が深くて
冬の前にいつもこのように駅の周りを木で囲うんです」
とのことです
すごい所に駅がありますが、乗客はいるんですか?
の質問には
「昔は温泉のお客さんがけっこうあったけど、
今は少ないなあ・・。
この駅の周辺には民家も無いし」
そして
「ここは新幹線が通るよ。もうすぐ通るはず。
その後も3時台、4時台にあるよ」
など大変親切に、いろいろ教えていただきました。
ひたすら感謝でした
そして早速写真を撮りにホームへと向かいます
持ってきたカメラが動体に強いものではないので
少し心配ですが
もう車に戻って交換する時間もないので
そのまま行くことにしました
駅の中は

深い山の中の

異空間

といった感じです

新幹線が通る無人駅が

あったとは知りませんでした



待合室もあります

残念ながら
山形新幹線「つばさ」は停まりません


撮影していると
先程の駅職員さんが

「つばさが、もうすぐ来ますよ」
と教えてくれました

待ちます
そして程なくして
ゴォーという音とともに

やってきて


走り去って

行きます
それから少しして
今度はこちらからも

やってきました

見えるのはTSUBASAの文字

かなりスピードを落としてはいるものの

すごい音で

構内を

走り抜け

去っていきます

やがて

小さくなり

見えなくなりました
と
思わぬ所で「つばさ」と出合い
びっくり!
「つばさ」の通過時刻は
駅の時刻表に書かれているわけではないので
教えてもらわなければ
こうして撮れなかったと思います

帰り際に
先程の駅職員の方にお礼を言うと
「いやいや、遠い所から来てもらった人に
喜んでもらえて嬉しいですよ。」
のことば
なんだか嬉しくなりますね
本当に感謝です

この「峠駅」はいろんな意味で
もう一度ぜひ来てみたい所であります
北海道と違って陸続きなので
だいぶ来やすいかなぁ・・など感じます
で、次は
山奥の秘湯「滑川温泉」へ行きます
距離でいうと、峠駅から5kmもない距離なのですが
なにしろ道が狭い・・

滋賀県の旧・脇ヶ畑村への道を思い出すくらいです
山奥の1軒宿ですが
立派な建物

でも
温泉部は昭和の面影を残していて
ホッとします

いいですねー

露天風呂には
いったん着替えて行くことになります

川沿いの道を行くと

見えてくる露天風呂

最高のロケーションです

紅葉を見ながら

ゆっくりと温泉につかる

脱衣所もあります

「滑川温泉」はとてもいい所でした

峠駅とともに
もう一度来てみたい所です
今回は行けませんでしたが
ここのさらに奥にも「姥湯温線」という
秘湯があります
あまり賑わうことのない静かな時期に
行ってみたいものです
帰り道にも
紅葉の絶景がたくさん
天気も曇りで
夕方で光り不足でしたが
少し撮影してみました
車泊した「紫波SA」(岩手県紫波郡紫波町)の朝

目覚めて車外へ出てみると

車は少なく広々
そして周囲は
穏やかな朝の光りに包まれていました

ここは岩手県
この旅もあとわずか・・
今日中には
新潟辺りまで行っておきたいところです

というので早朝から
東北道を南へひた走ります

200km余り走って
福島県の「福島飯坂IC」という所で降り
少しウロウロするつもりです
そのあたりに山奥の秘湯があるというのを
以前、なにかで見たことがあります
せっかくの機会なので
そこを探して行ってみることに!
名前は出てこないのですが
大体の見当をつけて向かってみます

「福島飯坂IC」を出てからは
R13を米沢方面に向かって山間部を走ります
福島県の「福島飯坂IC」という所で降り
少しウロウロするつもりです
そのあたりに山奥の秘湯があるというのを
以前、なにかで見たことがあります
せっかくの機会なので
そこを探して行ってみることに!
名前は出てこないのですが
大体の見当をつけて向かってみます

「福島飯坂IC」を出てからは
R13を米沢方面に向かって山間部を走ります
R13(国道13号線)のこのあたりは
「万世大路(ばんせいたいろ、ばんせいおおじ)」と呼ばれ
現在のルートになるまでの歴史や
その名称の由来などを見てみると、
なかなか興味深く、深いものがあるようです
で
ナビを見ていると珍しい名の駅がありました
「峠駅」です
これは見てみたい!
目指す温泉もおそらくこの辺りのはずです
R13を降りるのは
福島県から山形県に入ってすぐの所で
そこから「板谷駅」への道に入り、さらに「「峠駅」へと向かいます
福島飯坂ICから峠駅までは25kmほどの道のりのはず
まずは
「旧・板谷駅」(山形県米沢市板谷)です

何も知らないで訪れていたので
この時は「板谷駅は廃駅になった駅」
などと思っていたのですが
この後、「峠駅」の職員さんにうかがった
「あの板谷駅は、以前はスイッチバックだった時の・・」
ということばでその状況が理解できました。

奥羽本線の福島〜米沢間は急な勾配が多く
赤岩駅(福島県)、板谷駅、峠駅、大沢駅(以上山形県)の4駅は
1992年の山形新幹線開業まで
スイッチバックが行われていたそうです
で
この旧・板谷駅はその名残りで
1992年くらいまで使われていたということですね
この先に今の現在の板谷駅がありますが

この日は行きませんでした
ホーム側からの風景

下には線路も残っていますが

これより向こうには線路はありません

「折り返し」と表示されているのは

スイッチバックだったからです
その旧・板谷駅の前には
殉職の碑が残されています

苔がはえたりしてかなり読みにくくなっていますが
分かる範囲で読んでみました
一部変換できない漢字を平仮名で表記しましたが
だいたい以下のように書かれているようです
「 昭和二十二年十一月二十二日、
国鉄板谷変電工事区長故中沢宗十郎君は
福米線電化工事用鋼材を自ら指揮者となって
トロリーにて運搬中
危険を感じたる為
部課職員を下車せしめ尚一人トロリー上にありて
停車せしめんとしたが力及ばず
ついに逆走するに至り
環金隧道内にて工事中の作業台車に激突し
ブレーキハンドルを握りたる侭(まま)
壮烈なる殉職を遂げたものである。
同君の旺盛なる責任感は我々の範とするもので
ここに碑を建て永くその遺徳を偲ぶものである。」
昭和丗一年十一月建立
発起人 高木市五郎
外有志一同
今から70年ほど前にあった事故で殉職された方の碑
だったんですね
碑そのものは事故から9年後に建てられています。
その9年間という長さに、
死を悲しむ人々の心の重さを
感じたりします
この古びた看板は
スイッチバック廃止後のもの

板谷駅への案内に使われていたのでしょう
そして

「米沢市立関根小学校板谷分校」

関根小学校のウェブサイトに書かれている沿革から
板谷分校に関する部分を拾ってみました

明治9年10月 板谷分校を板谷村に設置
明治22年4月 各分校が簡易分校と改称
明治25年4月 板谷尋常小学校と改名・独立
平成8年 板谷小学校閉校、関根小学校板谷分校発足
平成12年3月 板谷分校休校式(12年度休校)
平成13年4月 板谷分校再開
平成17年3月 板谷分校休校式

これからすると
板谷分校は、現在休校中のようです

関根小学校のサイトが2012年以降更新されていないようなので
それ以降についてはわかりません
大変歴史の古い学校です

校舎は

2階建ての木造校舎

立派なプールもあったようです


この校舎の大きさからも、納得できる気がします


バックネット

そして校舎の向こう側には

奥羽本線が走っています
その在来線を走るミニ新幹線
撮影していると、ちょうど
山形新幹線の新デザインの車両が走ってきました

でも、山形新幹線といえば
こちらのデザインの方が馴染みはあります

またこのE3系という車体にも種類があるようですが
私には区別がつきません

学校のすぐ横を走る新幹線
授業中に走ったら絶対に見てしまいそう・・
「峠駅」へ向かいます
ここへ行く道がかなり細く
すれ違い困難な所もけっこうあります

そういう道を少しばかり走り
何か人だかりがしています
どうやらすれ違いに失敗した1台の車が溝に脱輪し
動けなくなっているようです
その車と
対抗していた車の人たちが
脱輪した車を何とかしようとしていたのでした
すでに
溝からタイヤを脱出するための石や木々が
溝の中に並べられスロープができようとしていました
あとは持ち上げるだけ
でも男性は、その車を運転していた若い方と
相手の車のご高齢の方が一人だけで
あとは全て女性
そこで応援にいき
若い男性が車を操作し
残りの者で車の前方を持ち上げます
しかし上がらない・・
やはり力仕事は男性が必要ということで
車の運転を女性と代わり
男3人と数人のオバチャンで車を持ち上げます
すると
何度かトライしたあと
ようやく車のタイヤが溝に作ったスロープに乗り
脱出成功!

脱輪した車は
神奈川から来られたカップルで
「何かお礼をさせてください。
住所を教えていただけますか?」
と大変恐縮されている様子
まわりは
「そんなん、いいよ、いいよ」
対向の車は地元の方らしく
「これは仕方無いわ。
この道は地元のよく知ってる者でないと危ないから。
こっちは道を譲ってもらって、
申し訳ないと思ってた・・」
のことば
なかなか爽やかなやり取りでした
これまでに
脱輪車やスタックした車など
何度か脱出のお手伝いをしたことありますが
その反応は様々
やはり今回の方のように
きちんと礼儀をわきまえておきたいものです

それにしても
幸いにも車が小型のものだったので
持ち上げることができましたが
これが重量のある車だったら・・
と思うと・・
2tもあるハイエースは絶対に無理・・
もちろん携帯など通じない所・・

このあとは慎重に運転したのは
言うまでもありません
そして着いたのが「峠駅」

ところが何とも駅らしくない雰囲気で
まるで工場か大きな倉庫みたい

大量の木で大きく覆われて何も見えない・・
これはじっくりと撮りたいな
ということで
その駅の手前にある蕎麦屋さんで
腹ごしらえしてからと思って行ってみたのですが
すでに人で一杯・・
やはり
先に駅の撮影に行くことにしました
下の写真は蕎麦屋さんの横にあった不思議な空間

列車のプレートや
駅名標などがたくさん置かれていました
それにしても
何とも不思議な駅の佇まい

こんな駅、見たこと無い・・
中には車が数台停まっていました

その時
駅の職員さんがこちらに歩いてこられたので
少しお話をうかがいました
まずは私が探してる温泉のことをうかがったところ、
「あそこに案内図があるよ」
ということで

※画像をクリックすると拡大表示します
目指す温泉が「滑川温泉」だと判明!
先の板谷駅のこともうかがってみました
「このあたりの駅は、以前スイッチバックで運行していたので、
現行の板谷駅は廃駅から2〜300m横の
大きな屋根のある所にあるよ」
そして、木で覆われている駅については
「このあたりは雪が深くて
冬の前にいつもこのように駅の周りを木で囲うんです」
とのことです
すごい所に駅がありますが、乗客はいるんですか?
の質問には
「昔は温泉のお客さんがけっこうあったけど、
今は少ないなあ・・。
この駅の周辺には民家も無いし」
そして
「ここは新幹線が通るよ。もうすぐ通るはず。
その後も3時台、4時台にあるよ」
など大変親切に、いろいろ教えていただきました。
ひたすら感謝でした
そして早速写真を撮りにホームへと向かいます
持ってきたカメラが動体に強いものではないので
少し心配ですが
もう車に戻って交換する時間もないので
そのまま行くことにしました
駅の中は

深い山の中の

異空間

といった感じです

新幹線が通る無人駅が

あったとは知りませんでした



待合室もあります

残念ながら
山形新幹線「つばさ」は停まりません


撮影していると
先程の駅職員さんが

「つばさが、もうすぐ来ますよ」
と教えてくれました

待ちます
そして程なくして
ゴォーという音とともに

やってきて


走り去って

行きます
それから少しして
今度はこちらからも

やってきました

見えるのはTSUBASAの文字

かなりスピードを落としてはいるものの


構内を


去っていきます

やがて

小さくなり

思わぬ所で「つばさ」と出合い
びっくり!
「つばさ」の通過時刻は
駅の時刻表に書かれているわけではないので
教えてもらわなければ
こうして撮れなかったと思います

先程の駅職員の方にお礼を言うと
喜んでもらえて嬉しいですよ。」
のことば
なんだか嬉しくなりますね
本当に感謝です

この「峠駅」はいろんな意味で
もう一度ぜひ来てみたい所であります
北海道と違って陸続きなので
だいぶ来やすいかなぁ・・など感じます
で、次は
山奥の秘湯「滑川温泉」へ行きます
距離でいうと、峠駅から5kmもない距離なのですが
なにしろ道が狭い・・

滋賀県の旧・脇ヶ畑村への道を思い出すくらいです
山奥の1軒宿ですが
立派な建物

でも
温泉部は昭和の面影を残していて
ホッとします

いいですねー

露天風呂には
いったん着替えて行くことになります

川沿いの道を行くと

見えてくる露天風呂

最高のロケーションです

紅葉を見ながら


脱衣所もあります

「滑川温泉」はとてもいい所でした

峠駅とともに
もう一度来てみたい所です
今回は行けませんでしたが
ここのさらに奥にも「姥湯温線」という
秘湯があります
あまり賑わうことのない静かな時期に
行ってみたいものです
帰り道にも
紅葉の絶景がたくさん
天気も曇りで
夕方で光り不足でしたが
少し撮影してみました




























