久しぶりの車中泊の旅
とある10月の下旬、
深夜出発の3泊3日で
石川県の白山市、「白峰」方面に行ってきました。
とある10月の下旬、
深夜出発の3泊3日で
石川県の白山市、「白峰」方面に行ってきました。

「白峰(しらみね)」ってどこ??
聞いたことないなぁ・・
という方も多いことでしょう。
「白峰」は石川県の南端、
福井県との県境近くの山深い地にあり、
豪雪地帯で有名な所
という方も多いことでしょう。
「白峰」は石川県の南端、
福井県との県境近くの山深い地にあり、
豪雪地帯で有名な所
市町村合併で白山市となるまでは、
「白峰村」と呼ばれていました。
その「白峰」の周辺、
かつての白峰村、尾口村、吉野谷村といった所が
今回の訪問地です。
その「白峰」の周辺、
かつての白峰村、尾口村、吉野谷村といった所が
今回の訪問地です。
地図をご覧ください。
赤い印のついている所が白峰の中心部。
そしてそのすぐ東(右)にある山が
日本三名山の一つに数えられる
あの、霊峰・白山!

景観の美しさは言うまでもなく、
豊な自然や美しい水、動物、植物・・などなど
このあたりは
このあたりは
白山からの計り知れない恩恵溢れる所
でも、その一方で
豪雪地帯ゆえの、厳しい自然との戦いを
強いられる所でもあります。
でも、その一方で
豪雪地帯ゆえの、厳しい自然との戦いを
強いられる所でもあります。
そんな「白峰」
今回は山中の林道を走りながら
「紅葉」「美しい自然」「出作り」などをテーマに
訪ねてみるつもりです。

旅の友はこの車、フォレスター
林道走行にはめっぽう強い車で
とても頼りになります。
でも決して、車中泊向きの車ではありません。
とはいえ
こういった車での車中泊もなかなか楽しいもの。
その様子なども
旅の最後にお伝えしようと思います。
で、
例年より温かく感じる10月の下旬、
深夜の2時過ぎに滋賀を出発し
北陸自動車道を北上〜
4時頃に福井県の南条SAに着き、そこで車泊

翌朝は8時すぎに出発し、
福井北ICで降りてからは九頭竜川沿いに東へ走って
R157に合流。
そこからは登り坂となり、山越えルートで
福井と石川の県境
「谷トンネル」をめざします。
県境の手前あたりの大きな橋からの風景

標高を上げてきているのが
よくわかりますね

このあたりにも
美しい山の集落がいくつかありますが
この日は諦めて先へ進みます。
下の写真は、県境近くの展望台にある案内板
※画像をクリックすると拡大表示します
でも、この展望台は
木々がのびたせいもあり、眺望はよくありません。
展望の良くない展望台でした
そして谷トンネル
これを抜けると石川県

全長は1462mもあるんですね。
トンネル横の道を少し歩いてみると

なかなかの景観ですが
程なくして道はロープで封鎖されていました。
ちなみにこの道は
奥河内谷という谷へ下りる道です。
かつてこのあたりには
谷の上流に「奥河内」、山の斜面に「上ヶ原(上原)」
そして「御所ヶ原(五所ヶ原)」という
出作りの集落がありました。

今は木々に覆われてしまい、その姿は確認できませんが
村在りし頃は、このあたりから
集落や焼き畑などの風景が見られたことでしょう。
続いて、トンネルを抜けて
石川県側へ!

トンネルの横には、祠が一つ
「言うない地蔵」
どこかで聞いたような・・
そういえば福井県の木ノ芽峠近くには
「言奈地蔵」というのがあり
そこでも、これとよく似た言い伝えが
残されています。
リンクは「敦賀観光協会」さんのものです。
他、全国にも
類似した言い伝えが残されている地蔵さんが
あるようですね。

で、この谷トンネルですが
以前は、もう少し北にある
「旧・谷トンネル」が福井〜石川の山越えルートで
使われていました。
ですから年代によっては
今の谷トンネルを「新・谷トンネル」と
表記している地図もあります。
その「新・谷トンネル」は昭和44年着工で
昭和46年の完成。

一方「旧・谷トンネル」は昭和24年の完成。
全長55.8mでしたが
幅員狭く車両すれ違いもできなかったようです。
では、それ以前はというと、
人々は歩いて
「谷峠」を越えるしかありませんでした。

今回、石川県側から
「旧・谷トンネル」を見に行ったのですが
道も途中から荒れており

倒木などもあり断念!

延々とバックで引き返すことになりました
なお現在
「新・谷トンネル」横にある「言うない地蔵」さんですが、
もともとは谷峠にあったものです。
それが
「旧・谷トンネル」の完成とともに
石川県側の岩壁内に移され、
さらに「新・谷トンネル」の完成で
現在のところに移されています。

2度引っ越しをしているんですね
時代が変わり、場所が変わっても
変わることなく通る人たちの安全を見守ってくれる
「言うない地蔵」さんです。

ちなみに、この2体の地蔵さんは
越前、白峰双方から1体ずつ作られたものだそうです。
正徳3年と文化13年の作なので
古い方は今から400年も前!
すごい!
トンネル、そして地蔵さんの場所①〜③を
地図にしてみました。
大まかなものなので参考程度にご覧ください。
※国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します
1974〜78年頃のトンネル部の空撮写真です
※国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します
新・谷トンネルができて間もない頃なので
旧道の様子がよくわかります。
峠越えの古道もわかりますね。
次に訪れたのは
R157沿いに神社のある「堂ノ森」

「堂ノ森」は旧・白峰村の大字「大道谷」の小字
したがって角川日本地名大辞典には説明はありません。

ここは出作り集落だった所で
「大道谷」の中心的だった所です。
白峰小学校・大道谷分校もここにありました。
※「白山ろく民俗資料館」企画展「「山の中の小さな学校」(2009年)より
上の写真は
昭和28年に改築された大道谷分校です。
この規模を見ても
当時の生徒数が多かったことがわかります。
現在の「堂ノ森」集落は、家屋は数軒ありますが
常時、人が住んでおられるかはわかりません。

横を流れる川を見ると

イワナではありませんか!
さらに、こんな魚も

ヤマメ!
ちなみに「堂ノ森」には白峰漁業協同組合があり
ヤマメやイワナを放流されています。

今年の解禁日は3/25〜9/30で
訪れた時は、遊漁期間は終わっていました。
もちろん
期間内に渓流釣りを楽しむには遊漁証の購入が必要です。
白山麓の清流で渓流釣りなんて
いいでしょうね〜
足元を見ると蝶の姿

シジミチョウがたくさん飛んでいました
この後
ここからのびる太田谷の林道を行って
「太田の大トチノキ」を見にいこうと思ったのですが
この時は残念ながら林道が工事のため
トチノキは断念し、次に向かいます。
ということで
1日目、まだ続きます。
長くなりそうなので
続きは次回にまわしたいと思います。
「2016 石川県・秋の白峰山中を走る! 1の①」終了!
主な訪問地
※国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します
参考資料 :「角川日本地名大辞典・石川県」「白峰村史」
「白山ろく民俗資料館展示資料」
今回は山中の林道を走りながら
「紅葉」「美しい自然」「出作り」などをテーマに
訪ねてみるつもりです。

旅の友はこの車、フォレスター
林道走行にはめっぽう強い車で
とても頼りになります。
でも決して、車中泊向きの車ではありません。
とはいえ
こういった車での車中泊もなかなか楽しいもの。
その様子なども
旅の最後にお伝えしようと思います。
で、
例年より温かく感じる10月の下旬、
深夜の2時過ぎに滋賀を出発し
北陸自動車道を北上〜
4時頃に福井県の南条SAに着き、そこで車泊

翌朝は8時すぎに出発し、
福井北ICで降りてからは九頭竜川沿いに東へ走って
R157に合流。
そこからは登り坂となり、山越えルートで
福井と石川の県境
「谷トンネル」をめざします。
県境の手前あたりの大きな橋からの風景

標高を上げてきているのが
よくわかりますね

このあたりにも
美しい山の集落がいくつかありますが
この日は諦めて先へ進みます。
下の写真は、県境近くの展望台にある案内板
※画像をクリックすると拡大表示します
でも、この展望台は
木々がのびたせいもあり、眺望はよくありません。
展望の良くない展望台でした
そして谷トンネル
これを抜けると石川県

全長は1462mもあるんですね。
トンネル横の道を少し歩いてみると

なかなかの景観ですが
程なくして道はロープで封鎖されていました。
ちなみにこの道は
奥河内谷という谷へ下りる道です。
かつてこのあたりには
谷の上流に「奥河内」、山の斜面に「上ヶ原(上原)」
そして「御所ヶ原(五所ヶ原)」という
出作りの集落がありました。

今は木々に覆われてしまい、その姿は確認できませんが
村在りし頃は、このあたりから
集落や焼き畑などの風景が見られたことでしょう。
続いて、トンネルを抜けて
石川県側へ!

トンネルの横には、祠が一つ
「言うない地蔵」
どこかで聞いたような・・
そういえば福井県の木ノ芽峠近くには
「言奈地蔵」というのがあり
そこでも、これとよく似た言い伝えが
残されています。
リンクは「敦賀観光協会」さんのものです。
他、全国にも
類似した言い伝えが残されている地蔵さんが
あるようですね。

で、この谷トンネルですが
以前は、もう少し北にある
「旧・谷トンネル」が福井〜石川の山越えルートで
使われていました。
ですから年代によっては
今の谷トンネルを「新・谷トンネル」と
表記している地図もあります。
その「新・谷トンネル」は昭和44年着工で
昭和46年の完成。

一方「旧・谷トンネル」は昭和24年の完成。
全長55.8mでしたが
幅員狭く車両すれ違いもできなかったようです。
では、それ以前はというと、
人々は歩いて
「谷峠」を越えるしかありませんでした。

今回、石川県側から
「旧・谷トンネル」を見に行ったのですが
道も途中から荒れており

倒木などもあり断念!

延々とバックで引き返すことになりました
なお現在
「新・谷トンネル」横にある「言うない地蔵」さんですが、
もともとは谷峠にあったものです。
それが
「旧・谷トンネル」の完成とともに
石川県側の岩壁内に移され、
さらに「新・谷トンネル」の完成で
現在のところに移されています。

2度引っ越しをしているんですね
時代が変わり、場所が変わっても
変わることなく通る人たちの安全を見守ってくれる
「言うない地蔵」さんです。

ちなみに、この2体の地蔵さんは
越前、白峰双方から1体ずつ作られたものだそうです。
正徳3年と文化13年の作なので
古い方は今から400年も前!
すごい!
トンネル、そして地蔵さんの場所①〜③を
地図にしてみました。
大まかなものなので参考程度にご覧ください。
※国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します
1974〜78年頃のトンネル部の空撮写真です
※国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します
新・谷トンネルができて間もない頃なので
旧道の様子がよくわかります。
峠越えの古道もわかりますね。
次に訪れたのは
R157沿いに神社のある「堂ノ森」

「堂ノ森」は旧・白峰村の大字「大道谷」の小字
したがって角川日本地名大辞典には説明はありません。

ここは出作り集落だった所で
「大道谷」の中心的だった所です。
白峰小学校・大道谷分校もここにありました。

上の写真は
昭和28年に改築された大道谷分校です。
この規模を見ても
当時の生徒数が多かったことがわかります。
現在の「堂ノ森」集落は、家屋は数軒ありますが
常時、人が住んでおられるかはわかりません。

横を流れる川を見ると

イワナではありませんか!
さらに、こんな魚も

ヤマメ!
ちなみに「堂ノ森」には白峰漁業協同組合があり
ヤマメやイワナを放流されています。

今年の解禁日は3/25〜9/30で
訪れた時は、遊漁期間は終わっていました。
もちろん
期間内に渓流釣りを楽しむには遊漁証の購入が必要です。
白山麓の清流で渓流釣りなんて
いいでしょうね〜
足元を見ると蝶の姿

シジミチョウがたくさん飛んでいました
この後
ここからのびる太田谷の林道を行って
「太田の大トチノキ」を見にいこうと思ったのですが
この時は残念ながら林道が工事のため
トチノキは断念し、次に向かいます。
ということで
1日目、まだ続きます。
長くなりそうなので
続きは次回にまわしたいと思います。
「2016 石川県・秋の白峰山中を走る! 1の①」終了!
主な訪問地
※国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します
参考資料 :「角川日本地名大辞典・石川県」「白峰村史」
「白山ろく民俗資料館展示資料」


























