「2016 石川県・秋の白峰山中を走る!」2日目の後半です

161020_05石川「林道白木峠線の白山の見える展望台」66

「白山白川郷ホワイトロード」を出た後、
まず
車の燃料補給をしにガソリンスタンドへ

すると、そこのおっちゃんに

「えらい、車が汚れとるなー。
いったい、どこ行ってきたんや?」

と、大きな声で聞かれました。

昨日の大杉谷林道や旧谷トンネルへの林道走行で
水溜りのはねや砂埃などを浴びて
車のタイヤやボディはドロドロ。
その汚さに
驚かれたようです。

161021_02石川「林道赤谷線(白木峠側より)」075

「山の中を、いろいろと走ってきまして」

「山の中?なーんで、そんなとこ走るが?」

「山の風景の写真撮影をしに」

「え?写真家?
そしたら西山パイロットいったか?」

「西山パイロット?」

「なーん、白山の写真撮る人らは
みんな行っとるわいね」

「ええ?それどこ??」

「なーん、あっちや」

ということで
白山撮影といえば、ここ!
という鉄板スポットを教えていただきました。

これは見に行ってみよう!
ということで夕陽が沈む前の頃に
そこに行ってみることにしました。

161019_05石川「河内谷分校と大杉谷林道」135-2

その前に
この日のもう一つのメインである
出作り集落を訪ねてみます。

行くのは
手取川ダム周辺の山の集落で
「鴇ケ谷(とがたん、とがたに)」
と「下田原(しもたわら)」
という所

どちらも今は白山市なのですが
「鴇ケ谷」が旧・尾口村で
「下田原」は旧・白峰村

060812手取川ダム・深瀬06
手取川ダム湖(2006年撮影)

現在「鴇ケ谷」は、ダム湖畔に位置し
「下田原」はそこからずっと山奥入った所で、
いずれも、かつては出作りが
盛んに行われていました。

ちなみに手取川には
第一から第三まで3つのダムがあり、
ここでいう手取川ダムは
一番上流で、一番大きな
手取川第一ダムのことです。

下の地図をご覧ください

赤い丸印がダム建設により
水没した集落

鴇ケ谷周辺の今昔1280
※国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します
「西嶋」「東嶋」など地名は
明治時代の地形図の表示に基づいています。


昭和48年に水没補償交渉が妥結し
人々は離村。
ダムの完成は昭和55年です。


なお地図上の「東嶋」と「西嶋」は
「桑島」のことで、
ダムのできる前は
川が集落を東西に分けていたので
そう呼ばれていました。

ダム建設による水没で
「五味島」「釜谷」「深瀬」「桑島」が廃村。
水没を逃れたものの
「鴇ケ谷」「下田原」がともに
廃村となっています。

ポツンと残されてしまった
「鴇ケ谷」と「下田原」は
過疎が進んでいる状況もふまえ
もはや集落の維持は難しいという
判断だったのだと思います。

060812手取川ダム・深瀬04
手取川ダム湖(2006年撮影)

ダムができる前の「鴇ケ谷」は、
手取川に注ごうとする下田原川を
ちょうど谷底に見おろすように
位置していました。

大半が出作りで
焼畑、養蚕、製炭などを生業にしていたといいます。

161020_03石川「鴇ケ谷(旧尾口村)」40

明治22年には
43戸228人の規模の村も
北海道への移民や
林道開通などにより
人々とは次々と村を離れて行きます。

そして
ダム建設計画が決定的なものとなり
昭和49年、人々は故郷を離れ
廃村となりました。

161020_03石川「鴇ケ谷(旧尾口村)」14

現在はかつての住民により
新たに家屋が建てられていますが、
通年、生活されている方は
おられないようです。

161020_03石川「鴇ケ谷(旧尾口村)」06

それでも
訪れたこの日も車が停まっており、
周囲の様子を見ても
頻繁に住民が帰ってきておられるのが
わかります。

161020_03石川「鴇ケ谷(旧尾口村)」32

次に訪れる「下田原」は
「鴇ケ谷」横の道「林道下田原線」を
奥へと進んでいきます。


ここから道は未舗装。
車幅は決して広くはありませんが
待避所になるようなスペースも随所にあるし
薄暗い所も少ないので
閉塞感は感じません。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」01

秋の林道は本当に爽やか〜
至福の時間をすごせます。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」37

滋賀県では
一般に走れるこういった未舗装林道が
ほとんど無くなってしまったので
本当に残念に感じます。 

1.5km程走ると出合う、立派な橋

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」03

ダム湖に注ぐ川が造り出す荒々しい風景

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川がダム湖に流れ込んでいるのですが
この日の水量は少ないようです。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」08

橋の向こうでは道が二股に分かれており
「下田原」は左の道を行きます。 

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」29

「んん???」
という
わかりにくくなってしまった看板

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」39

林道脇には電柱が見えます。
こういった所の電柱は、この先に集落や施設などが
ある(あった)証でもあります。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」38
 
ふと見ると
何か不思議なもの・・

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」190

???

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」177

どうやら
自然木で作られた祠のようです

中には石仏

小さな赤い帽子が
かぶせられていました 

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」168

いいですねー!
こういうの、大好きです


あちこちの山奥をウロウロしていますが
どんな深い所でも
このような石仏や地蔵さんと出会います。

そのほとんどが
こうして手編みの帽子がかぶせられていたり
花が供えられていたり・・

「一体誰が、こんな奥まで?」

なんてよく思いますが

姿は見えなくても
そこで生活をしていた人々の存在を感じ
そして、温かさを感じさせてくれるのです。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」175

本当に
日本の山には仏や神がたくさん!
って感じがします。

で、その向こうには
無数の人々の存在も見えてくるのです。

そして
自然の中の神仏を大事にすることで
自然も大切にしてきたのです。

でも、これがいつか
無くなってしまうとしたら・・

それは寂しい限りですね。
もう日本ではありません。

など思っているうちに
「下田原」に着きました。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」45

ここも「鴇ケ谷」のように
新たに家屋が建てられ
季節のいい時には
住民の方たちが帰ってきておられます。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」103

この日も畑作業でしょうか
しておられる方がいらっしゃったので
少しお話をうかがってみました。 

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」70

「冬もここに?」
「なーん、雪で来れんわいね。
来とうても、これんよ」

豪雪地帯の山の中ゆえ
3〜4mも雪が積もることがあるみたいで
冬場は完全に閉ざされてしまいます。

今は、連絡さえとれれば
山中でもヘリが救援に来てくれますが
出作りが盛んだった時代は
頼れるのは自分たちだけ。

しかも
緊急連絡手段も通信ではなく
伝達は
雪の中を足でかせぐしかない人力・・

山中での永住型の出作りの苦労は
想像を絶するものがあったことでしょう。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」47

また、昔は
ここから奥の山のあちこちに
出作りで入っていたとのこと。
出作り地から隣に助けを呼びに行くのも
大変だったのでしょう。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」107

下の写真は
昭和47年頃の「下田原」集落で、
茅葺き家屋の姿も見えます。

中央少し上の青い屋根の建物が
桑島小学校下田原分校の校舎

090922白山山麓民族資料館「山の中の小さな学校展」048
※「白山ろく民俗資料館」企画展「「山の中の小さな学校」(2009年)より

分校のあった所には
今は新たな家屋が建てられています。

「分校は、どっかの集落に移築されたなー」

「え、どこですか?」

「なーん、わからんよ」

ということで
移築先は残念ながらわかりませんでした。


お話をうかがった後
出作りに出られてたという場所を見に行こうと
奥へ進んでみましたが
残念ながら林道は進入禁止

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」150

山菜などの盗掘が多いと
お話しされていたので
閉鎖されてしまっているのでしょう。

これも残念ながら
山中では、よく見る光景です。

手入れされた地蔵さんの風景から感じる温かさとは
まったくの真逆、
そこからは、人間の厚かましさや愚かな部分が
見えてきてしまいます。

161020_04石川「下田原(旧白峰村)と林道」67-2

ということで
日もだいぶ傾いてきています。

今からは
ガソリンスタンドで教えてもらった
「白山の見える絶景ポイント」へ移動します。

R157に戻り
谷トンネル方向に走ること10数km

昨日訪れた「堂ノ森」、
その向かい側の道を入ってゆきます。


この道は「林道白木峠線」といい
たしか、10年ほど前に
何度か走ったことがあります。

その時の写真です。

060812石川・林道赤谷線104

不思議な蝶がいるなと思って調べてみると
1000km以上もの旅をするアサギマダラという蝶で
驚いた記憶があります。

060812石川・林道赤谷線077-2


その林道白木峠線に来てみたものの
どこが白山の見える絶景ポイントなのか
わかりません。

ウロウロしてると
廃道のような旧道に入ってしまい
道が大変なひび割れと陥没・・

さすがに引き返そうと思ったものの
引き返すには陥没部に落ち込みそうで危険

仕方なしに陥没部に落ちることを覚悟で前進!

無理かと思われましたが
さすがスバルの四駆ですね。
何の苦もなくクリアしてしまいました。

残念ながら
余裕がなかったので写真は撮れていません・・

頼りになる車です!

161020_05石川「林道白木峠線の白山の見える展望台」28

などしているうちに
きちんとした道にでることができ
しばし、夕陽に光る茅の風景を味わいます。

161020_05石川「林道白木峠線の白山の見える展望台」17

そして少し標高を上げると
広場が見えてきました。

161020_05石川「林道白木峠線の白山の見える展望台」56

白山がよく見えます。
どうやら
ここで間違いなさそうです。

161020_05石川「林道白木峠線の白山の見える展望台」37

ところが着くなり雲が出てきて
白山が雲隠れ・・

161020_05石川「林道白木峠線の白山の見える展望台」71

あかん・・やめて

すぐに雲も晴れるだろうと思っていましたが
なかなか晴れず
あたりも暗く・・

一人、隠れた白山を眺めながらボーッとしていると
1台の車が来て
オッチャンが1人降りてこられました。

こちらがカメラを持っているのを見て

「今日は隠れてますねー。
昨日はよく見えていましたよ」

「今年は紅葉もダメです。
何年かに1回、こういう時があります。」

「雪も全然降ってませんでしょう。
雪化粧した白山が夕陽で赤く染まるのは
きれいですよー。」 

「ここは時期になったら
三脚がたくさん並びますよ」

など、しばし談笑

161020_05石川「林道白木峠線の白山の見える展望台」48

そのオッチャンも写真を撮られるようで
撮影された紅葉の写真などを見せてくれました。 

「この上は、もっときれいに白山が見えますよ」
ということばを残し
オッチャンは去っていかれました。

たくさんの情報をいただき、感謝です!


その後もしばらく待っていたのですが、
白山の姿は、一度も見ることができず
ついに日没・・

どうやら、今日は
タイミングが悪かったようです。 

161020_05石川「林道白木峠線の白山の見える展望台」57

オッチャンがおっしゃられた
赤く光る雪化粧の白山の姿、
いつか見てみたいものです。

きっと神々しく感じることでしょう。


ということで
この日の撮影は終了!

161020_05石川「林道白木峠線の白山の見える展望台」72

今日も「道の駅・瀬女」で泊をとるので
そのままR157を下っていきます。

途中、白峰で「大衆食堂」の看板を見つけ
入ります。
おばあちゃんが一人でされている食堂で
「熊うどん」なんてメニューもありました。

「熊が入っているんですか?」

「熊や猪が入ってるよ」

食べてみたいとも思ったのですが
頼んだのは「ナメコうどん」

DSC_0113

見かけは??
でも、味は美味しかった!

やっぱり、大衆食堂が一番落ち着きます。


「道の駅・瀬女」に着くと
あたりは暗く、
そのまま眠ることにしました。
昨日よりは寒いので
この日はシュラフの中に入り
その上に毛布をかけて寝ます。


明日は

・もう一度、林道白木峠線から白山を見てみる。
・赤谷林道の通行止め部分をうまく避けて赤谷林道へ

などの予定を考えながら就寝。

この夜も快適に眠ることができました。


ということで


「2016 石川県・秋の白峰山中を走る! 」2日目
終了!

2日目訪問地図
※国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します