2011年10月13日

バルセロナ五輪以降のスペイン代表の戦歴

バスケットボールの世界では歴史的大会である1992年のバルセロナオリンピック。
誰もがドリームチームのメンバーや結果は知っていても、
地元開催国のスペイン代表がどんなチームだったか、何位だったか覚えているだろうか。

実は地元スペインは9位、HCだったアントニオ・ディアス・ミゲルも大会後解任されています。

それではその後のスペイン代表の戦歴を見てみます。

1992年 9位@バルセロナ五輪(アントニオ・ディアス・ミゲル)
1993年 5位@ミュンヘン欧州選手権(ロロ・サインツ)
1994年 10位@トロント世界選手権(ロロ・サインツ)
1995年 6位@アテネ欧州選手権(ロロ・サインツ)
1996年 ▼アトランタ五輪は出場権逃す▼
1997年 5位@バルセロナ欧州選手権(ロロ・サインツ)
1998年 5位@ギリシャ世界選手権(ロロ・サインツ)
1999年 2位@パリ欧州選手権(ロロ・サインツ)


この1999年に初めて近代スペイン代表は銀メダルという国際タイトルを獲得します。
当時の主力はスペインリーグ最多得点記録も持つアルベルト・エレーロスが大会得点王、
レジェス兄(アルフォンソ)、ナチョ・ロドリゲス、イニャキ・デ・ミゲルなどでした。

実は1999年はU19の世界選手権でスペインが金メダルという画期的な年なんです。
ナバーロが大会MVP、ラウル・ロペス、カルロス・カベサス、レジェス弟(フェリペ)、
そしてパウ・ガソルの黄金世代です。

彼らがこの後、輝かしいスペイン代表の歴史を作っていきます。
※2000年にナバーロ、ロペスがフル代表入り、ガソルは2001年からフル代表に
※パウ・ガソルは2001-02シーズンNBA新人王
※HCもレアル人事?のロロ・サインツ長期体制が崩れます

2000年 9位@シドニー五輪(ロロ・サインツ)
2001年 3位@イスタンブール欧州選手権(ハビエル・イムブロダ)
2002年 5位@インディアナポリス世界選手権(ハビエル・イムブロダ)


この2002年の大会でパウ・ガソルは名実ともにチームのエースとしての地位を確立しました。
大会5位という結果でしたが、ベスト8で若きノビツキーのミラクルなシュートの前に敗れこそしましたが、その後の5-8位決定戦では勝ち進み最後は地元アメリカにも勝利しての5位。
また前回書きましたが2002年からいわゆる帰化選手を必要としないスペイン代表となったのです。そしてスペイン代表は一気に1999年の黄金世代メンバーが増えていきます。

2003年 2位@スウェーデン欧州選手権(モンチョ・ロペス)
2004年 7位@アテネ五輪(マリオ・ペスケーラ)
2005年 4位@ベオグラード欧州選手権(マリオ・ペスケーラ)
2006年 1位@さいたま世界選手権(ペップ・エルナンデス)


ここで、ついに日本の地でスペイン代表が世界一の座につきました。
ガソル、ナバーロ、カルデロン、カベサス、ベルニ・ロドリゲス、フェリペ・レジェスという、
実に12人中6人が黄金世代のメンバーです。
また、ルディー・フェルナンデス、マルク・ガソル、セルヒオ・ロドリゲスはさらに下の世代、
アレックス・ムンブル(世代的にはガソルと同世代)も今大会が初代表という起用でした。
チームをひきしめたのは、
1998年から代表のカルロス・ヒメネスと2000年から代表のホルヘ・ガルバホサでした。
その後もスペイン代表は2008年にルビオ、2009年にリュル、クラベールがデビューするなど、
続々と若い才能が代表を活性化させています。

2007年 2位マドリード欧州選手権(ペップ・エルナンデス)
2008年 2位北京五輪(アイト・ガルシア・レネセス)
2009年 1位ワルシャワ欧州選手権(セルヒオ・スカリオーロ)
2010年 6位トルコ世界選手権(セルヒオ・スカリオーロ)
2011年 1位リトアニア欧州選手権(セルヒオ・スカリオーロ)


欧州選手権連覇は、95年97年のユーゴスラビア以来のこと、
またイタリア人HCスカリオーロのもと再び長期政権となったスペイン代表は、
すでにロンドン五輪への出場も決めており、
また2014年には地元スペインでの世界選手権が決まっており、
ここが一つの集大成的な大会としてパウ・ガソルも最後代表参加と考えているようです。



el_baloncesto at 12:42コメント(0)トラックバック(0) 

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