2010年01月25日

引越し

この度、アメーバブログに引越しすることにしました。

アドレスはhttp://ameblo.jp/abogadojp/です。

よろしくお願いします。

行政書士 岩崎博明  
Posted by elawyer at 22:33Comments(0)

新しい法律、許可

昨年新しい法律が公布された、施行はもうすぐ、
今はウエブサイト上で情報の収集はたやすい。
我々行政書士にとってはたいへんありがたい。
今までなら官報などの情報、あとは直接、関係省庁に問い合わせするしかなかった。
今はインターネットにつながったパソコンさえあれば、情報の入手は簡単。
そのため依頼者にも報告はたやすい。
今までの苦労があほらしくなってくる。(笑)

行政書士 岩崎博明

  
Posted by elawyer at 01:57Comments(0)

2010年01月21日

派遣の許可

二年前ぐらいに、お客さんから派遣事業をしたいということで某都道府県庁に相談に行った。
たくさんの人が待っていた。

受付で行政書士であると相談票に記載すると別室に呼ばれ、
行政書士法と社会保険労務士法のコピーを提示され、
行政書士では労働者派遣事業に関する申請は出来ないとのことであった。

すかさずぼくは「●×〇!÷」と丁寧にお答えした。
その担当者は絶句していた。 べつに怒鳴ったわけではない。

でもこうなってくると社会保険労務士による行政書士の業務越権にも厳しく対処する必要がでてくる。
例えば、社会保険労務士による法人設立、記帳、許可認可など、たくさんある。

行政書士 岩崎博明



  
Posted by elawyer at 13:55Comments(0)国際結婚

2010年01月09日

久しぶりの電話

久しぶりの電話。

かけてきたのは、ぼくの大学時代のアルバイト先の社長。
会社の業種は自動車部品製造。

登記の依頼だったので丁寧にお断りした。
それにしてもありがたいことである。

20年前に仕えていたわけであるが、未だに連絡頂けるとは。
2年間ほどでしたが、仕事の辛さ、やりがいを教えて頂きました。
その時代は会社は忙しかった。自動車は安定的に販売できていた。
学生時代、友人はほとんど車、バイクを所有していた。

その当時の同僚のことを思い出した。
みんなどうしているだろう。

会社は今は円高で大変とのことであった。

行政書士 岩崎博明

  
Posted by elawyer at 02:22Comments(0)

2010年01月06日

子会社の憂鬱


これはよくある話。
勤務先の会社が大会社の子会社の場合。
子会社の社長は親会社からの天下り。これは仕方がないこと。
しかし子会社に採用された社員は、この子会社の社長にはなれない。
こうなるとあまり面白くない。叩き上げの社長じゃないなんて!
そういえばうちの親父もそうだった。子会社だったから社長にはなれない。
なんか憐れに思えてきた。と思うのはぼくだけ?
ぼくが子会社の社員なら毎日面白くない!毎日同僚にあたりちらし、
来たお客さんにもあたりまくる。(笑)

行政書士 岩崎博明
  
Posted by elawyer at 13:25Comments(0)ビジネス

2010年01月05日

ハワイ移民の癒し


皆様、あけましておめでとうございます。
今年もがんばってやっていきますので、ご支援よろしくお願い申し上げます。

さて昨夜のNHKラジオで明治時代にハワイに移民した日本人に対してに無声映画と弁士が活躍していたという放送があった。
過酷な砂糖キビ畑での労働。
唯一の娯楽は無声映画と弁士。
思いを馳せると目頭が熱くなる。
こういう日本人がいたから今の日本があることを肝に銘じる必要があると思う。明治時代、大正時代、昭和時代の初めまで移民送り出し国であった、日本。
それほど貧しかった。
行政書士 岩崎博明
  
Posted by elawyer at 04:43Comments(0)ビジネス

2009年11月09日

グーグルの地図

グーグルの地図に事務所の場所を書き込みました。
暇な人はご覧ください。
http://maps.google.co.jp/
名古屋市南区 行政書士 岩崎で検索してください。  
Posted by elawyer at 02:29Comments(0)ビジネス

2009年11月02日

移民国家日本?その2

移民国家日本?で過日投稿しましたが、忘れていたことがあります。

過去の日本の移民の送り出しが多かった地域を記載した件ですが、沖縄を忘れていました。

沖縄も南米への送り出しが多かった。
またフイリピンへは密航などで渡った人もいたようです。

沖縄へは、調査のために行ったこともあります。
やはり戸籍が焼失していることが多いのです。

通常は戸籍は市区町村役場、と管轄する法務局で2つ作成されているのですが、両方ともに焼失していることがあります。

過日も依頼を受けたフイリピン人の日本国籍取得手続きを那覇市役所に提出しましたが、このケースも基礎となる戸籍は焼失していました。

そのためまずはもとになる戸籍の再製から着手するとのこと。
その戸籍が再製できてから、出生届記載申出を受理するとのこと。
その後、記載、これにより日本国籍取得となります。

このような手続きに関しても沖縄の市役所や法務局も大変親切で丁寧な対応をいつもして頂いております。
ありがたいことです。
行政書士 岩崎博明



  
Posted by elawyer at 02:25Comments(0)国際結婚

2009年10月03日

名古屋で最初の依頼人

過日、フィリピン人女性から電話があった。
名古屋にやって来て、最初の依頼人だ。

在留資格をもらってからもう5年になるから永住許可が欲しいとのことだった。

ということは、ぼくが名古屋をウロウロしだして5年になる。
そう思うと感慨深い。

誰も知らなかった名古屋で皆さんに依頼されてやってこれた。支えられてやってこれた。

たくさんのフィリピン人の知人友人、そのフィリピン人に関係する日本人の知人友人。

今までぼくがやってこれたのは、彼らのおかげ、感謝するしかない。ありがたいことだ。

皆に幸いあれと思う。頑張って欲しいと思う。

行政書士 岩崎博明





  
Posted by elawyer at 01:01Comments(0)国際結婚

2009年10月02日

看板設置

名古屋入国管理局近くに看板設置しました。一部内容が失敗してますので訂正作業中です。(笑)

6d08c71e.jpg

  
Posted by elawyer at 13:53Comments(0)国際結婚

2009年10月01日

移民国家日本?

移民国家日本?

明治以降昭和の30年頃まで移民の送り出しをしていた日本。

正しい表現は、明治以降、日本は移民の送り出しに精を出していた。
送り出しの会社があったほど。
それほど貧しかった。
移民として多かったのは、九州、山口、広島、和歌山、福島などの農家の次男三男の人達。
他と比較して農地が痩せていて収穫量の増加が見込めない地域。
くちべらしの一つ。

くちべらしの他の方法は女性の場合には人身売買で遊郭に売られる、製糸工場に売られ女工哀史のような過酷な労働。
カラゆきさんと呼ばれ海外で売春を強要された女達。

東京の外交資料館には移民した人達のパスポート発行記録が残っている。
南米、北米、ハワイ、フィリピンに追われるように移民して行った。成功を夢見て。
移民ならず棄民とまで呼ばれた人達。

移民先での過酷な労働、死に絶える人もたくさんおられたようだ。しかし中には成功した人もおられた。


私は二回、フィリピンのダバオに行ったことがあるが、昔はここに日本人街があったなんて信じられない!

第二次世界大戦以前は麻の栽培で繁栄を極めた。
この麻はロープの材料として需要があった。しかし戦争により壊滅した。
敗戦後は日本人、日系人は追われる立場となった。
なんと皮肉なこと。

今の日本の繁栄からしたら信じられないですが、それが現実なんです。

そんな辛く悲しいことはつい最近のことなんです。
ぼくらの祖父母の時代のことなんです。
そんな先人の苦労があってこその今の繁栄だと思います。

そのことを少しでも多くの人に知って欲しいです。


行政書士 岩崎博明
abogadoiwasaki@gmail.com



  
Posted by elawyer at 22:30Comments(0)国際結婚

2009年09月30日

フィリピン台風被害

フィリピン情報ポータルサイト
http://www.philippine.me/paruparo/1601
のからの引用です。
今回の被害は甚大なようです。
ぼくのフィリピン人の友人の実家も流されたと言ってました。
皆様もご協力をお願いします。
岩崎博明

ーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーーーーー

皆様もご存知の通り、フィリピンマニラを襲った台風16号(オンドイ)の被害は、想像を絶するものでした。
全て流され、衣服も食料も何も無い状態の家族が沢山いらっしゃいます。

約240人が死亡。
45万人が家などを流されました。

そこでフィリピンへの宅配貨物を輸送しているトランステックさんと、マカティ・アヤラ・ライオンズクラブの協力で、被災地に寄付を募る事となりました。

具体的な物資の内容としては、洋服(夏物に限ります。子供用・男性・女性なんでもOKです。)靴(サンダルやスニーカーなどフィリピンでの使用に適したものを中心に)その他電化製品・生活必需品であれば是非ご寄付いただきたいと思います。

トランステック東京事務所に貨物を送付いただければ、コンテナ便でマニラまで輸送・ 通関し、マカティ・アヤラ・ライオンズクラブを通じて、現地 被災地に向け救援物資の配布等をお願いすることとなっております。

不躾なお願いで申し訳ありませんが、皆様の愛するフィリピンのためにお力を貸して ください。

日本貨物送付先
〒136-0082
東京都江東区新木場1−7−18
(株)トランステック オンドイ救援係

お問い合わせ
teamlbc@e-transtech.com
Tel 03-3522-8100
担当 山本・鈴木

フィリピン貨物送付先
29F FGU Center Bldg, 6811 Ayala Ave. Makati City
Tel 02-848-0990
担当:Jason
-----------------------引用終わりーーーーーーーーーーーーーーーー
  
Posted by elawyer at 15:03Comments(0)国際結婚

2009年09月25日

子供たちのこと

以前からビザのない子供に会うことが多い 、以前は乳幼児ばかりだったが、最近は年齢が上がってきた。


小学校高学年、中学生、高校生。このくらいの年齢になれば、自分の置かれている状況や立場は理解できる。
現状を理解すればするほど不安だと思う。

強制送還される!
これは受け入れても、フィリピンで生活する。
友達と別れる。
これは受け入れられないことだろうと思う。
子供にはなんの責任もない。
親を選んで生まれてきたわけでない。

この前も、オーバースティの家族にビザ取得の手続きについて説明をしていました。
家族の中で一番真剣に説明を聞いていたのは、子供でした。多分不安でいっぱいだったんだと思う。なんと健気なこと。可哀想になった。でもぼくは同情するよりもするべきことがある。

子供もその父母も、ぼくの説明を聞いて安心したようだった、良かった。
責任重大である。この子供の一生を左右することになる。

全力を尽くす!
ただそれだけ。

行政書士 岩崎博明
abogadoiwasaki@gmail.com

  
Posted by elawyer at 22:48Comments(0)国際結婚

2009年09月04日

今日はベトナム!

4af75314.jpg今日は夕方からベトナム領事館の移転セレモニーに行ってきました。
建物は7階建、以前は結婚式場だったようです。
パーティー会場階、事務階、住居階と別れていました。多分職員用の住居ですね。
通勤時間は1分ですね。(笑)
こんなに大きい在日公館はぼくの知る限りでは、大阪のアメリカ領事館、東京港区のロシア大使館、ぐらいですね。

はじめに国旗掲揚、テープカット。
その後、会場に移動しスピーチ、乾杯の後、懇親会になりました。

来場者は300人ぐらいでした。

フィリピン領事館からも総領事、領事が来られてました。
早速、領事さんにいつもの非礼をお詫びしました。
ドントウォーリーて言ってくれました。
総領事さんは女性、お会いするのははじめてでした。
きれいな人ですが、やはり威厳がおありでした。

ベトナムの領事さん、二名お会いしました。
すごく忙しい様子でした。
1人の領事さんは、最後の名刺と言って名刺をくれました。

ベトナム人研修生の受け入れの件がありましたので、知人が連れて行ってくれました。

暑くてへばりそうでした。

行政書士 岩崎博明
abogadoiwasaki@gmail.com


  続きを読む
Posted by elawyer at 23:36Comments(0)国際結婚

2009年08月30日

困った日本人

以前相談のあったフィリピン人女性。
日本人の夫とは、この女性の病気が原因で折り合いが悪く別居。

このフィリピン人女性がビザの更新ため夫の戸籍謄本の交付を夫の本籍地の市役所に申請したら、離婚されているから交付しないとのこと。この対応はおかしい。

この女性、離婚届不受理申出を提出していたと言っていた。

このフィリピン人女性入院中だったので病室で委任状に署名をもらい、本籍地の市役所に向かう。
やはり、離婚されていた。
それに他のフィリピン人女性との婚姻、この女性と婚姻前にはその女性との間の子供を認知していた。


離婚届記載事項証明書の交付を申請するも、ここの市役所にはないとのこと。
バス、電車、バスと乗り継ぎ、法務局に向かう。
法務局で離婚届記載事項証明書を申請するが、ないとのこと。

すぐに市役所に電話する。
持ってきてもらうようにお願いする。
30分ぐらいして持ってきてくれた。
持参した職員は拍子抜けしたようだった。怒られると思ったようだった。別に怒るつもりはない。入手できれば文句はない。

記載事項証明書には離婚訴訟の判決謄本がついていた。

その夜、戸籍謄本をその女性の入院する病室に持参。
説明した。彼女は涙ぐんでいた。
病気になったから捨てられた。
こんな酷い日本人がいるなんて!!

裁判所に電話して確認したが、一度下された判決は覆らないとのことであった。
あと出来ることは、婚姻中の生活費の請求、慰謝料の請求とのことであった。

離婚裁判は公示送達によっておこなわれたようである。このフィリピン人女性には裁判所から呼び出し状はきたことがないと言っていた。

こんなことが許されるのが日本の裁判所のシステムである。
このフィリピン人は外国人登録していた、裁判所はその住所を調査できたはず、調査できないなら仕方ないが、自らその能力を使わずに安易な判決を下すなんて!!
こんな裁判官を我々国民は選任したのだ。
情けない!!

行政書士 岩崎博明
  
Posted by elawyer at 02:11Comments(0)国際結婚

2009年08月22日

ミナミ

昨夜は大阪のミナミ、フィリピン人男性の依頼人に用事があったので喫茶店で面談、その後一緒にフィリピンレストランに行く。

食事と営業。
このフィリピン人男性はもう大阪のミナミで約20年になるのでフィリピン人みんなというぐらい知り合い!
いままでに、たくさん依頼人を紹介してもらってます。

ニラガというスープを食べるというか飲む。おいしかった。

その後、ショットバーに行く。
ここの店長は以前の依頼人。
ウーロン茶で話こんでしまった。

その後、フィリピンパブに行く。
ここも以前の依頼人が働いている。
ここでもウーロン茶、ついたババエはノリノリでしたが、日本語は少しだけでした。

本当はもう1軒フィリピンレストランに行きたかったが、眠いので帰ることにした。このレストランのオーナーも以前の依頼人。

久しぶりにミナミの夜を満喫したというか、散財しました。

行政書士 岩崎博明


  

2009年08月17日

フィリピン人同士の結婚

過日、某市役所にフィリピン人夫婦と共に向かう。
目的は婚姻届けと夫の外国人登録。

某市役所の窓口にて書面を確認してもらうと、必要書類は婚姻届用紙、国籍証明書、婚姻要件具備証明書とその訳文と解説本の当該ページを提示して教えてくれた。
ちなみにこの解説本ぼくも持っています。

在大阪フィリピン領事館発行の具備証明書は英文と邦文が併記されています。
その英文の訳文が必要とのこと。
こんなこと言われたのは初めてだった。
普通は併記してあれば、邦文の内容が要件を満たしていれば、よいという判断をするのですがね。
そんな判断能力もないんですね。
困ったもんです。
こんな役人に給与が支払うために税金を払ってるんですね。

仕方ないので、記入台でぼくが翻訳することにする。
担当者曰く、英語を理解する職員はいないとのこと。ということは翻訳の内容には関知しないというか、出来ない。
ようは具備証明書の邦文を別紙に写す、それだけ。

書類が整い、すぐ受付完了。
外国人登録もすぐに受付完了。

これでめでたく結婚。良かったね。
そのあと、ささやかながら、パーティー。

因みに本日は大安、婚姻届けを提出に来たカップルが数組いた。


行政書士 岩崎博明
abogadoiwasaki@gmail.com
  
Posted by elawyer at 22:05Comments(0)国際結婚

2009年07月03日

フィリピン人の日本での離婚から結婚

フィリピン人の日本での離婚から結婚の手続きですが、在大阪フィリピン領事館のみ再開となりました。

しかし対象は管轄する愛知県以西となります。静岡より東は不可能です。
しかし管轄外でも方法はあります。
知りたいかたは個別にメールください。

行政書士 岩崎博明
abogadoiwasaki@gmail.com
  
Posted by elawyer at 22:56Comments(0)

2009年06月18日

タレント全盛の後

その後、タレントは激減した。

それにより、代替需要が発生した。
日本人と結婚したフィリピン人、日本人と結婚していたが、離婚してビザを持っているフィリピン人、フィリピン日系人、ジャピーノと言われる子供を養育している母とジャピーノ、などなど。

また働く女の子のサラリーも増加した。
一部では、サラリーが高い店への移動も活発化した。

一部のフィリピンパブは結婚相談所のような状況だったのは鳴りを潜めた。

このような状況は当分の間、続くだろう。

しかし、歓楽街は人が減った。体力のない店は淘汰される時代に突入した。
体力=金だけではない。より魅力的な店作りをできるか?
なかでも大切なのは魅力的な女の子を雇えるか?

行政書士 岩崎博明
abogadoiwasaki@gmail.com
  
Posted by elawyer at 22:39Comments(0)国際結婚

タレント全盛の頃

ことはタレントさんと言われるフィリピン人エンターテイナーが全盛の頃、問い合わせが多かったのは日本でプロモーションをしたいという人達。

簡単に誰でもできるように見える。
フィリピン人女性と仲良くなれる。

入管にも問い合わせが多かったようだ。

ことは簡単ではない、経験や資金も必要。
物販ではないのでノウハウが必要、そのため実務経験が必要、
一般人が簡単に開業できるものではない。

その後、アメリカ合衆国の人身売買の監視対象国リスト揚げられたことにより、興行ビザの発給が停止。

属国の為、元の宗主国の言うこと聞くのは当たり前。仕方ないです。

このことによりたくさんの人達に影響がでた。
フィリピン側では、
タイマーといわれる、タレント経験者でまた日本で働けると思っていたフィリピン人、タレントを管理していたフィリピン人マネージャー、送り出しプロモーション、ARBといわれるタレントの認定証を発行していたTESDAと言われるフィリピン政府、POEAというフィリピン海外雇用庁。

日本側はプロモーション、パブ、それとお客さん(笑)
続きはまた後日

行政書士 岩崎博明
  
Posted by elawyer at 01:43Comments(0)