electrongirl

ゆるく、ゆるーくありたいものです

睡眠時無呼吸症 - 鼻中隔湾曲症 治療手記(5)

  • 2017年02月14日
術後5日目

待望のスポンジ抜く日。
病院に行くと吸引機でスポンジをジュルジュル吸ってくれた。あーすっきり。まじすっきり。
「通り変わりましたか?」
あれ、あんまり変わっていないような...
あ!鼻の奥に鼻水がいっぱいたまってる!
チーンするとラスボスのように大量の血だまりが出た。そして

うおおおおおおおおおお
ぬおおおおおおおおおお


空気が両鼻から入ってくる!
これ、健康な方に言ってもわかんないと思うけど、10年とか20年片付いてなかった通路がですね開通したんですよ半端ねえ!
冬の空気が鼻から入ってくると面白いくらい寒い!!

傷に空気が染みてか、久しぶりの通気のせいか、ちょっとまだ痛いけど、とにかくすごく通る。地球上の酸素量ってこんなにあったの?という感じ。
鼻の中はまだ腫れていたり、切開した傷は治りかけだったり、出血と痛みも若干残ってはいるけど、ようやくひと段落。
傷がかさぶたになってからそれを取り除くともっと通気するらしい。

興奮するbefore/afterだった。
(程なくして鼻水が出始めました。手術の影響か、寒さのせいかは不明。)

僕がお世話になった大島耳鼻咽喉科の先生ですが、このジャンルでは名の知れた名医らしい。遠方からでも「この先生に執刀してもらえるなら通ったほうがいい」とかそういう方だと、調べたら出てきた。
病院を紹介してくれたごうくんに感謝。

今回の診療は500円+点鼻薬850円。

そして翌朝の目覚めの良さ!
これまでは目が覚めてもなかなか布団からでれなかったり、直近だと毎朝1時間脳震盪起こしていたのがこの上ないスッキリ睡眠。疲れの取れ方も半端ない!これが何よりうれしい!

ここ数日の労苦も報われます。

次回通院は来週、傷が塞がった後にかさぶたを取る。その後のレポートでこの手記を締めようと思う。

睡眠時無呼吸症 - 鼻中隔湾曲症 治療手記(4)

  • 2017年02月13日
手術翌日

寝付けないながらショートスリープを何度か繰り返して朝になった。ぼーっとする。
枕元は血まみれ。睡眠中は綿球を交換するのも無理なので起床時は本当に血まみれ。苦しいよう苦しいようと呻きながら起床し、鏡を見ると顔面におびただしい血の筋があってまるでエドモンド本田だった。

朝食はおかゆ。鼻がまだ痛むので朝食後に痛み止めを飲む。出血はまだ続いている。綿球はすぐ赤くなる。相変わらずガーゼが詰まっていて苦しい。

昼過ぎに病院に行くと、ガーゼを半分取ってくれるという。
助かった!取るときに鼻の奥のほうまでなんか突っ込むので苦しいし痛いけど、半分取れただけでいくらか楽になった。会話くらいならできる。この日の診察費用は800円

夜になると出血も減ってきて、食べられる食事の種類も増えた。とはいえ、まだ半分詰まったガーゼの影響でぼーっとして、仕事する気力はない。
風呂に入る。

Amazonプライムビデオでひたすらアニメ見てやり過ごす。

術後2日目

朝一で通院。
ガーゼを全部取ってくれるという。
うれしい!早くとって!!
鼻から血まみれのガーゼが出てくる出てくる。こんなに詰めてたの!っていう量が出てきてびっくりした。苦しいわけだ。
これで鼻パンパン地獄生活から脱却だー!と喜ぶやいなや今度は止血用スポンジを詰められる。ぬかよろこびだった!!

診察費用は350円でした。
スポンジはガーゼよりは幾分かマシだけども、鼻呼吸までの道のりは遠い。帰宅後フテ寝。その後アニメ観て過ごす。

時々発熱のようなだるさがある。
まあ実際肉切ってるわけなので発熱しているかもしれない。洗濯と入浴。

3日後の次回通院時にスポンジを取ってもらう予定。鼻が塞がっているとこうも気力を削がれるものかというくらい憂鬱だ。酒を飲む気分にもならない。ひたすら我慢、我慢。

術後3日目

朝から頭痛。
鼻呼吸の制限からか、動画見まくっている眼精疲労かは不明。とりあえず、目を休める。夕方にはなくなっていた。

ガーゼがスポンジになったおかげで鼻への負荷は小さくなった。ガーゼの容赦ない呼吸制限に比べるとスポンジはでっかいはなくそが詰まっている感じ(取り除きたい!)なので前日よりは苦しくはない。出血はまだ続いているけど確実に少なくなったのはありがたい。とはいえ、鼻呼吸ができているわけではないので集中力は生まれない。

簡単な作業や家事はできるのでちょっとやる。牡蠣雑炊を食べたが全然牡蠣の味がしなくて勿体無かった。

まあ、術後2日目までがなかなかに地獄で、峠は越したと思われる。明日は半日、仕事をしようと思う。

術後4日目

スポンジを抜くのは明日。
寝ている間にまた舌が喉を塞いだらしく窒息して起きる。今日死んだら残念すぎて笑えない。舌が喉を塞がないようにうつ伏せで寝なおす。

鼻血はまだ少し出るが痛みは引いた。口の方に行った血をたまに吐くが、その頻度も減った。とりあえずこの忌々しいスポンジを抜いてもらうだけ。4日ほどベッドで過ごしているので、生活リズムは若干おかしくなってて、だるい。

なかなか寝つけないが、こんな怠惰で血まみれの生活も明日までだ、と信じている。

睡眠時無呼吸症 - 鼻中隔湾曲症 治療手記(3)

  • 2017年02月11日
手術直後

病院を後にしたのは17:00頃だったと思う。
口呼吸が続いて喉が渇くのでコンビニでジュースと、空腹だったので肉まんを買った。食欲は全然ないが、とりあえず食うことが大事に思えた。コンビニを出たタイミングで綿球が血まみれだったので交換した。

病院からはタクシーで帰った。麻酔していたとはいえ、やはり手術は体力を使うようだ。一刻も早く横になりたい。
鼻が痺れてる。
前歯にも負荷がかかっていたようで痛い。
タクシーの運転の荒さが気になる。(揺れると苦しい。)

タクシーを降りたタイミングで綿球をまた交換した。綿球を10分で交換?どれだけ出血してるんだ。
そう、とにかくここからひたすら出血とのたたかい。10分じゃない、5分でもう綿球の交換が必要になる。
換えても換えても血が止まらないので、寝具をバスタオルで何重にも覆い、その上で寝た。鼻にいっぱい詰まったガーゼがとにかく苦しい。頭がぼーっとする。

出血の激しさと鼻の苦しさでなかなか落ち着かない。口の中はすぐ乾く。コンビニで買ったジュースを飲もうにもストローつけ忘れてる!飲みずらい!首を傾けるとのどに血が入ってくる!畜生!

発声や会話する気力はなく、とにかく布団で憂鬱な鈍痛と出血が落ち着くのを待つ。

22:00頃食事。
食事制限は酒以外ないが、普通のごはんは噛む時に鼻に負荷をかけそう。
なので病人らしく、おかゆとスープにした。DVD見る体力は食後から取り戻した。寝具に敷いたバスタオルは真っ赤に染まって殺人事件の現場みたいになった。鼻の中で骨がポキポキと鳴る。崩れていっている部分なのか、鼻が再構成をはじめている音だろうか。

寝付けないまま、出血と、鼻呼吸のできない不快と戦う。こういう時は諸々の憂鬱が通りすぎるのをじっと待つ。待つ。

完全に鼻呼吸を塞いでるのでこのタイミングは無呼吸睡眠が結構ハードに起きていると思う。うつ伏せがおすすめです。

睡眠時無呼吸症 - 鼻中隔湾曲症 治療手記(2)

  • 2017年02月10日
※同じ症状に悩んでいる方向けに記録しておきます。

検査から3週間くらい。いきなり手術の日がやって来た。
ほんとは検査の翌週に血液検査の結果を聞きに行く必要があったのだけど、都合がつかなかったので「当日伝えてください」と言って通院を1回省略した。

手術前に病院から伝えられた注意事項は
・術後4日は安静に
・当日は出血で汚れてもいい服を
・当日の朝食昼食は軽いものを


僕から補足すると
・医療保険は適用になるので、書類を申請して当日渡すと処理が早くなる
・おかゆなどのスープベースの食べ物を買っておいたほうがいい
・マスクやティッシュは事前に十分用意しておく
・amazonプライムビデオなどの動画見放題サービスはだいぶ助かる


鼻中隔湾曲症の手術には全身麻酔と部分麻酔の方式があるらしい。僕が行った病院は後者だった。全身麻酔は身体への負担が大きいから、という理由だった。確かに部分麻酔で日帰り手術のほうが経済的負担も小さそうに思えた。

手術

受付後すぐに採血の結果を聞く。
感染症は全部陰性でした。よかった。

・事前準備
鼻に薬品のついたガーゼを詰められる。え!そんなに!っていうくらい詰める。無理だ!入らない!そんなに入らない!!って感じ。
鼻を乱暴された直後に点滴を打つ。(点滴怖いので静かにシクシク泣いた)
それから30分放置。なんとうか処刑前という感じ。いやいや平和に生きるための手術だ。
越えなくては克ち取れない逆境だ。
そう、覚悟を決めようと試みるための期間。

・手術室へ移動。
点滴は術後までついたまま。指先と胸に心電図や酸素濃度計測の電極をつけ、血圧計も取り付ける。血圧計が5分に1回計測するのでそれで手術時間を数えられる。

・術式開始
まずガーゼを抜いて、鼻毛を切られる。それから麻酔を打つ。チクっとする。鼻の奥を攻撃されるのはけっこう苦しい。「うああ!」と声を上げる。麻酔はすぐ効くのですぐに切開が始まった様子。とにかく最初の5分が山場で、そこを越えれば先生の言うことを聞いてさえいればいい。金属音や骨が崩壊する感覚はひたすら恐怖なので、目を一生懸命つむるが、普通の顔をするように言われる。
無理だと思う。

ノミでガンガン突いてるのはわかりやすいくらいにわかる。その他は何をされているか想像できないししたくもない。
「メキメキいいますよー」メキメキ!
「ベリベリいいますからね」ベリベリ!
と、先生が次にどういう音がするか説明してくれるから多少安心できるが、この「メキメキ」とか「ベリベリ」という音が顔面の中から聞こえる恐怖。頭蓋骨が彫られている感覚。これがほんと怖い。ホラーすぎる。

30分経過したくらいで先生が
「もう7割終わりましたよ〜目を開けてください」という、涙目をひらくと、シャーレの上に血まみれの骨屑が置かれている。
「え!!こんなに採ったの!!」
という量。(ダースチョコ3つくらい)
むしろこんなに詰まっていたのか。
「ちょっと鼻で呼吸してみてくださいー」
あ!通る!左鼻がめっちゃ通ってるよ!

それからまた15分くらい、ベキベキ、メリメリやりながら手術終了。手術終了時にまた鼻に大量のガーゼを詰める。

病室でぐったり休みながら休憩。
その間に簡単に今後の説明を受ける。
・その日の飲酒、入浴は禁止。
・翌日は休診日だが、提携病院である茅場町に体調がよかったら行くよう。
・ガーゼは翌々日に抜くので我慢するよう。(抜くと出血がひどくなる)
・痛み止めなどを処方します。

お会計は採血検査料含め50,000円。医療保険の書類はこのタイミングで渡した。書類作成に1週間と3000円かかるとのこと。
薬局で800円の薬を処方してもらって帰る。この時綿球も多めに買っておくのがおすすめ。

採掘されたホルマリン漬けの骨を片手に病院をよたよた去ります。

そして、本当の地獄はここから始まる。

睡眠時無呼吸症 - 鼻中隔湾曲症 治療手記(1)

  • 2017年02月09日
※同じ症状に悩んでいる方向けに記録しておきます。

10年以上前より、いびきの大きさをよく指摘されていて、指摘されるたびに申し訳なく思っていた。睡眠時無呼吸症もよく指摘があって「岡崎が泊まるのはうるさいし怖い」ということだった。

そのまま放置して10年、年明けから自覚症状が現れるようになった。

自覚症状
・起床時は常に酸欠状態。1時間くらいぐったり
・いびきの大きさか息苦しさで目がさめる
・日中のめまい


こんなのがずっと続いている。
寝たら翌日死んでる自分が想像できて怖い。さすがに病院に検査しにいった。無呼吸症の原因にはあたりがついていて、友人のごうくんが治療した鼻中隔湾曲症の話を聞いてそれだと思い、病院を紹介してもらった。

1月中旬 検査

・病院でまず、内視鏡検査
鼻の中を撮影すると、素人目にもはっきり分かるくらい左の鼻が途中でふさがっていた。
・次にCTスキャン
3Dで僕の頭部の骨の状態が可視化できるようになるが、これでもはっきりわかるくらい右と左で道の広さが違う。
・最後に呼吸量の検査
右と左で呼吸量は1/2から1/3くらいの差異があった。予想通り鼻中隔湾曲症。翌月に手術をすることになった。
・採血
注射が怖いので採血が怖すぎる。「ひぇぇええ...」みたいな声が思わず出て、看護婦さんが爆笑してた。恥ずかしい。

その日の費用は初診料含めて8000円くらい。
酸欠睡眠生活があと1ヶ月続くのは気が重いが、ごうくん曰く手術後の呼吸の気持ち良さがやばいという話なので、それを夢見て待つことにした。

2月も頑張るぞの巻

  • 2017年02月02日
風邪にやられていた。
地下鉄のホームで吐いて、事務室で横になってからタクシーで帰った。数日布団から外に出られないでいた。
食欲もあまりないのでジュースかゼリーを口にする。体のだるさや関節痛、頭痛のせいで起き上がるのもしんどい。毎年この時期は風邪をひきがちなのだけど、今年のはなかなかに重く、ただただ屈服するしかなかった。

横に伏せて、Amazonのプライムビデオを観た。
「Occultif;Nine」
「ジョーカーゲーム」
「江頭2:50のPPPするぞ」
「昭和元禄落語心中」
非常に面白く、特に「昭和元禄落語心中」の声優の技量が本当にすごいと思えた。そんな風にしていたらようやく回復。

回復して外出すると、冬がそろそろ終わる感じ。

紅葉を見にいった。毎年、紅葉から冬の実感が湧く。久しぶりに京都の紅葉もみたいな。
来年はいけるだろうか。

image


イベントとしては、六本木のクリスマスマーケットにいった。ちょっと前と比べて、人の数が本当に増えた。

image


東京メトロ主宰の「地下謎」イベントにも参加した。これは相当に楽しい。謎解き好きとしては次回も是非参加したい。

image


初詣は毎年恒例の北沢天満宮、それと神田明神。神田明神近くにあるカレーうどん屋は絶品なのでおすすめです。

image


色々合間には行ったものの、基本的に忙しかった。そのつけでの風邪かもしれない。

今月もありがたいかな、忙しい予定。
その上手術(鼻中隔湾曲症)も控えていてナーバスなのだけど、春まであと少し。
やり遂げよう。

image

最近やった鍋

「巨大ないきもの、囁きながら眠る」の眠り

  • 2017年01月24日
タヒノトシーケンスvol.2「巨大ないきもの、囁きながら眠る」無事終幕しました。
好評うれしい限りです。elegirl labelから使用した音楽も評判よかったようでうれしい。
当然ながら、いいもの作るには手間がかかるのが常です。これは作品にも料理にもデザインにも何だって言えることで、いいものを作ることに関してショートカットはないことを再認識した。

千秋楽の翌日はジエン社の「夜組」を観劇。
その後御茶ノ水の丸善で本を買って喫茶店で読書したり、美味しいカレーうどんを食べたりしてのんびりした幸福な休日だった。ぐっすりよく寝た。夢の中にコロッケが出てきたのは、ちょうど公演初日がコロッケのイベントど被りだったからだろう。

文化と自分のちょうどいい折り合いを以前から測っていて、自分にとってのその位置が掴めかけたタイミングで終幕。なので舞台制作はしばらくやらない。けれど、少し違う形で舞台に関わる日はそう遠くなく来ると思う。とにかくここでいったんの区切り。しばらくは、仕事や家事や経営の勉強に勤しむ。そして、来月には手術も控えている。

とにかく皆様お疲れ様。俺も。
最近は天気が良いので日向ぼっこでもしよう。


年の瀬のそれ

  • 2016年12月31日
年の瀬です。今年もあっという間でした。
今年の元旦の記憶は年の瀬です。今年もあっという間でした。
今年の元旦の記憶はみなみさんの熱唱するLUNA SEA「WISH」でした。

ここ数年の仕事を通じて、ようやく次の踏み出しかたがわかった年末でした。なんというか伏線の回収の仕方がわかったというか。んまあ、プロットは書けたので、来年はこれを具体的な事業計画書(数字)にする作業だったり、実行(経営)だったりが待ち受けています。

仕事の設計をやっていると自ずと生活の設計を考えないといけなくなってくる。昔は経済活動と生活は乖離していたのだけど、未熟だったんだろう。最近はそこのしきりがなくなり始めている。

今年はとにかくアナログゲームに入れ込んだ1年だった。こんなにはまるとは、というかんじ。酒もよく飲んだ。備忘的に気に入ったゲームを3選すると

・インサイダーゲーム(Oink games)
・FABFIB(New Games Order)
・Quarto(Muller Blaise)

こんなところでしょうか。
まだプレイできていないゲームも多々あるので来年以降またやりたいです。

最近のこと。

・川口市の雑貨屋さん「cheese」の諸々のデザインをやりました。ECショップも充実しているので、まずは何か買ってみてください!

image


・昨年末からの企画ですが「タヒノトシーケンス」という公演の制作にelegirlとして噛んでいます。演劇の公演に刺さるのは以降しばらくないと思います。来年1月、相模女子大グリーンホールにて。

image


・岡崎藝術座の新しいロゴをデザインしました。コンセプチュアルな部分を述べる機会があれば改めて述べます。

image


・最近は食の運に恵まれています。

image


ゲームで知り合った人、仕事で知り合った人、飲み屋や人を介して知り合った人、あるいは今年もお世話になったみなさん、ありがとうございました。来年もよろしくお願いしますね。

遠くへ歩いて行きたい気もち

  • 2016年09月30日
歩くのが気持ちいい季節になった。天気はやや悪いけど。
電車で降りて知ってる風景と風景が、歩いている最中につながるのが気持ちいい。

かねてより行きたかった、谷中の「ひみつ堂」に行けた。
かき氷一杯1000円という、まじか、という値段だけど、1000円の価値があると思う。氷をスライスする「初雪」という機器は、電動ではなく手まわし式で、それにより綿のようにやわらかい氷ができる。その柔らかさ故に、口の中で一瞬で溶けて、味が広がる。いい歳してかき氷で感動できたのはうれしかった。

image


半年間関わったプロジェクトから離れて、夕暮れの色がまた違う色になっていた。
いつも通り季節が変わることへのさみしさと期待が塗られたような色だった。

描きたい絵の一部分、氷山の一角くらいはここ数年で描けた。残りの部分の形も少しは見えた。それでも筆は重い。思った色が作れない。アウトラインで引く線が歪む。やり直しの繰り返してその度にキャンバスは手垢にまみれていく。結果を欲しがる気持ちと、過程から学びたい気持ちがあって、その差分に生まれる焦燥感を大切にしようと思っている。

風景と風景が、歩くことでつながるのと同じように、経験と経験も歩くことでつながるのだと思う。そうやって風景や経験を重ねたのちに、ふと遠くにきていた自分に気づいた時の感慨を、噛み締めたいんだと思う。そういう、遠くへ歩いて行きたい気もちを楽しんでいる。

「関東ブロック連絡協議会パンフレット」制作ノート

  • 2016年09月25日
先日開催された仏門の総会パンフレットを制作しました。
屋内から、縁側の向こうの風景に合掌しているイメージ。

普段なかなか仕事をする機会のない業界だけに面白かったです。
面白いのは、業界が違うと作るもののテイストも、こだわるポイントも変わってくる点。
そういう点にふむふむ言いながら試行錯誤するのがずっと続けばいいと思っています。

毎度毎度日本語フォントについては苦戦させられるので、タイポグラフィの扱いを勉強しています。
むしろそこが強くなればかなりできるものの幅が広がる。

業界選ばず、お仕事募集しております。

top

幸福な、日々

  • 2016年07月29日
幸福な日々のことをたまに考える。それは食卓だったり、ソファでまどろみながら見る映画だったり、植物に水をやることだったりの、実に休日的なイメージなんだけど。そんな生活が、かつてあった気もするし未だないような気もする。

毎日毎日世界の腫瘍みたいな面ばかりが目につく。きっと、テクノロジーの発展と同じスピードで病理も進行中で、人類の文明がもう1ランクアップデートする頃には、ものすごいディストピアになってるんじゃないかと疑ってしまう。もしかしたら古代エジプトの頃から社会は進化と退化の両方を同時に獲得して、右脚を出した分左脚が後ろに出て、実は未だにどこにだって進めていない気がする。所在不明のユートピアを追っている暗夜行路の船舶みたいに、選挙と議論と葛藤が繰り返されながらうだうだ生活している。

世界はきっと良くならないなあというのが最近の所感で、正直次の世代に快適な社会を提供する自信はそんなになくて、せめてユーモアの花だけは自分の中で育てておきたい。
金で買えない大いなる価値だ。それさえ芽吹けば、どんな環境でも鬱屈としないで済むかもしれない。東京で高い建物ばっか見て暮らして鬱屈をやや抱えてしまった。高幡不動での生活は金こそなかったが本当に気持ちのいい時間だったことを、最近よく思い出す。
世界がいかに立ち往生してようが自分は歩まなくてはいけないので、そんな経験をヒントに、そろそろ次の方向を考えはじめよう。

相模原の事件で、犯人の手紙に「障害者は不幸を作ることしかできません」という文言があった。障害者の苦労も障害者の周囲の苦労も想像するには余りあるけれど、とりあえず他人の幸不幸を他人がどこまでジャッジできるんだろう。そういう、おこがましさを感じた。この事件について、大人が子どもに、政治が国民に、何を語るのかは実に興味深い。

毎日毎日世界の腫瘍みたいな面ばかりが目につく。暗い夜に浮かぶ月のように幸福は向こう側に横たわる。それは食卓だったり、ソファでまどろみながら見る映画だったり、植物に水をやることだったり。そんな生活が、かつてあった気もするし未だないような気もする。それはきっとそう遠くない。いつの間にか(明日にでも)手に入ったりしているもので、その中でまた新しい幸福を夢に見たい。

広告屋のガキ

  • 2016年07月22日
いたずら心は大事にしている。
たとえ先生を怒らせようが、変な落書きをデーンとだしてそれをみて大人が怒ってる様を見て、僕らはゲラゲラ笑っている。

大人になるにつれ、その「いたずら」の解釈の幅が広くなったんだと思う。大人を怒らせることが、例えば顧客の購買欲を掻き立てるだとか、事業を促進させる、だとかそういうのに取って代わったのだとおもう。
描いてるのは相変わらず変な落書きで、ぱっと見ちゃんとしててもとりあえず変なガキが描いている。

広告は面白いという嘘を死ぬまでつき続けたい。この仕事を志す若者が一人でも増えるように。現実に直面し愕然とするだろう。だけどその現実の壁を乗り越え、もう一度綺麗事に軟着陸する、そんな一握りの若者の可能性にバトンを繋ぎたい。(箭内道彦)

僕の生業は、要はイラレとフォトショとhtmlで大喜利のフィリップ描いてるのようなもんだ。そんなものに請求書を発行させてもらえるのは幸せなことだなあと思う。
全力でふざけさせてもらえる機会は稀だけど、ほんとはちょっとでもアホな仕掛けを作りたい。

そう願っている。
広告屋のガキです。

image

教育

  • 2016年06月15日
もともと家が学習塾経営だったし、小さい頃勉強はかなりしたので教育については思うところがある。
中退した大学も教育学科だった。僕が大学にいた頃は「ゆとり教育」が今始まったという頃で、「こんなん絶対問題起こるでしょ」という僕の意見は教授に冷笑されたが、何事にも結果は後にしかついてこない。

プログラミング教育を事業にしている会社「ライフイズテック」の新サービス「mozer」の体験版がリリースされ、僕も開発チームで参画している。「教育を変えたい」という事業ビジョンはなかなか面白い。なんであれ、中高生がプログラムに触れる機会になりうるならやりがいの部分は少なからず感じている。

http://mozer.io

もう一つ参画しているサービス、Tribes20の「LINEスタンプ講座」も今週から始まる。
こちらの対象は若年層から大人まで幅広い。

http://www.tribes20.com/school/class/linestamp.php

「バベルの塔を築く歯車になるのはお断りだが、スピリチュアルな何かを築く礎になれるのならレゴのブロックにだってなるよ」っていうやつ。教育を提供する側のモチベーションはきっとそこにあるんだと思う。

魚を提供できることのできる人間は、魚の釣り方も提供できる。
魚に関わっているという意味ではどちらも一緒で、
僕は、色や文字や図形を扱えてさえいれば割とそれで幸せだと思うし、
同じような人が増えたらそれはそれで嬉しい。



昔から、特に数学の実用性なんかが勉強する側の疑問として上がるけど、今にして思うのは実用性のための勉強はそれほど面白くない。興味や欲求が先にあって、それを追っていったら実用性がついてくるものだと思う。(そちらの方が得たものの根の張りが強いと思う)
そういう、興味を引き出すような作業を現在の学校はやってくれるのかな。僕はやれてるのかな。そこは常に自問したい。

もっといろんな魚を、あるいはもっといろんな魚の釣り方を、提供できますように。
もっと学んで、もっと仕事しよう、と思っている。

anomie「例えば、それが不確かでも」フライヤー制作ノート

  • 2016年06月12日
米屋の息子こと相澤くんからの依頼でフライヤー制作しました。

写真素材の用意されてる案件ということで、photoshopを駆使し、ああでもないこうでもないと試行錯誤の末に割とシンプルなところに着地した。着地に至るまでの右往左往で、photoshop技の引き出しはかなり増えた。「不確か」という言葉でゲシュタルト崩壊しそうなくらい不確かなことを考えていたら、夏の湿度、恋の感傷、光の寂滅、そういえば、そんな要素の似合う季節だ。

素材が非常に透明感のある写真だったので、ムーディでドリーミンなあの感じとか、自分が揮発してしまいそうなあの感じとか、透明にも混沌にも風景が見えるあの感じとかをいじっていじって上塗りで重ねていった結果、カメラマンさんの意図を逆手にとるような加工になったかもしれない。(ちょうどその時期大阪に滞在していた影響もあると思う。)

毎度毎度レイアウトの相談に乗ってくれるつや子、今回もありがとう。

anomie_omote_img anomie_ura_out2

anomie プロデュース
『例えば、それが不確かでも』
2016/8/3〜8/7
@八幡山ワーサルシアター
https://twitter.com/1991Anomie

sons wo:「シティ供廛侫薀ぅ筺疾作ノート

  • 2016年05月16日
影山は僕の後輩で、sons wo:は彼の劇団。
最近は評判も耳にするようになってきた彼の新作のフライヤーの依頼は
「せっかくライブハウスでやるのでライブっぽいチラシにしたい」ということだった。

制作スタイルをもう少し確立して器用なやつから脱却したい。(そこまで器用というわけではないけど)
要するに、得意であり特異である部分が自覚できていれば、手法として昇華できていれば、抽象的な要求にも狼狽えずに済むんだと思う。
そんなことを意識した。

夢のようで現実にもありそうな不思議な色のグラデーションが作れたのはうれしかった。
裏のレイアウトには苦戦した。演劇の公演は情報量が多くてビビるのだけど、きれいにまとめられたと思う。相談に乗ってくれたつやこには感謝しかない。


今日会った人に
「新国立劇場におかれてそうなフライヤーですね」と言われたのは、ちょっとうれしかった。

city_omote_outline

city_ura_outline



まだまだ学ぶことがいっぱいある。
デザインの世界の氷山の一角しかまださらえていないんだと思うけれど、だからこその続け甲斐も感じているこの頃。

sons wo:
『シティ供
作・演出 カゲヤマ気象台

2016.7.16(sat), 30(sat) 東京 pool
7.23(sat) 浜松 KIRCHHERR

https://t.co/3H1cvQXtQ9

guillotine hairshaver「luster」制作ノート

  • 2016年04月22日
レイアウトのデザインの方法論の一つでバランスというものがある。右に写真を置いたら左に文字を、というふうにして天地左右の情報の偏りが出ないようにする手法。

最近はアートワーク制作がちょいちょいある。先述したやり方はレイアウトによく使われる手法なのでアートワークにかならずしも転用はできない。ただ、バランス感覚という考えかたは大事にしようと思い、配置以外に、ある2軸でバランスをとったものを作ろうと思った。
勉強不足でよくは知らないし、手のうち明かすと陳腐になるので多くは語るまいが、このやり方は自分にとってかなりいい発見で、もう少し掘り下げてみたい。

merit hakaseのことはよくしらない。
そもそもいままで作った作品もほぼ見たことがない。試しに頼んでみたら2つ返事で引き受けてくれたので、「あ、この人できるんだな」と思った。最初の描き出しのとっかかり部分を博士にお願いして、途中から描き上げまでの部分を自分でやったらちょうど作業分量は半分ずつくらいになったと思う。

ギロチンさんについては度々ブログに書いている。どういう人かは今回の作品にかなり出ているような気がした。作品説明にある「emotional」はそういう意味で使っている。音楽的には、今回の作品をどう説明したらいいのかはわからないので、学のある人のしっくりくる評論は聞いてみたい。
ただ、なにより、優しくて熱くて面白いことだけは、非常によくわかるトラックが揃ったと思う。

image


http://elegirl.net/label/archives/2561

Anna Jacquin 制作ノート

  • 2016年03月16日
原宿にあるアパレルセレクトショップ「Anna Jacquin」のサイトを制作しました。
ちょっとコードが重いんですが徐々に軽量化していけたらと思っています。

http://annajacquin.com/

anna
anna_sp


今回思った点はまず、javascriptは全くと言っていいほどわからないこと。jqueryは英検準2級レベルくらいだろうと思う。この点を修行すればお金になることも重々わかるのだけど、はっきり言ってそこに興味はないのでスクリプター募集しています。
赤の扱いの難しさというのも感じた。
気の狂ったような赤。何処においても孤立するような赤色は孤高の女性のような魅力がある。そんな赤にちょっとアプローチしてみたくてわかるかわからないかくらいの小さい工夫を施した。

シンプルかつスタンダードなものを作りたい。
ただ、スタンダードは時勢や業界によって変わる。
「シンプルかつスタンダード、でも何かエキセントリック」
そんなものを今年は課題にできたらなと思った。

ラッキーバースデー

  • 2016年02月05日
誕生日のお祝いのご連絡ありがとうございます。
なんだかんだで嬉しくあります。
近況ですが、相変わらずWEBだデザインだを食い扶持にして生活しています。

やりたいことや目指す先のことが年々リアリティを帯びてくる。5年前はまるで見えなくて、いっそ箱根の温泉旅館での住み込み労働を考えたこともあったけれど(地元の人間じゃないという理由で不採用だった)
あの時ああ踏み出すことができてよかったなと未だに思う。
振り返ってみれば大きな舵を切らないといけない局面は年に1回くらいあって、その度にビビる。
冷静に判断しているつもりが、過信や不安にやられていたことに後になって気づくとか、そんなこともある。今のところは、肯定的に思える。結果はオーライです。

毎日毎日ジャブ打ってる。たまに来る大ぶりのストレートのチャンスを当てるために。
俗に言うラッキーパンチが、ラッキーなだけではないのだと、とにかくそれを思い知らされている。
それでも、五体満足に今年も誕生日を迎えることができたのはラッキー。
人の縁に恵まれているのもラッキー。

感謝しかありません。

地図

  • 2016年01月18日
僕は現在、東京の江東区と墨田区の境に住んでいる。

東京の地図・路線図で見ると東の外れということになる。
江戸時代の古地図で見ると、そこは東京ですらなく、江戸の東に広がる「葛飾郡」というエリアの南西の端だ。「東京の外れ」に見えているいつもの町は「東京と地方の窓口」として解釈できることに気づかされる。東京大空襲の標的にされたことからも、やはり重要な意味を持つ街だったんだろうとうかがえる。
毎日あまりに大手町中心の地図を見ている影響で、自分の住む街が片隅に見えていたが、自分が住んでいる街こそが自分の生活の中心であり、軸であることを考えると、今年はもっと江戸川区や千葉方面に足を運んで仕事ができたらいいなと思う。

ということを考えていたら、岡崎藝術座の新作「イスラ!イスラ!イスラ!」のページに「逆さ地図」のことが書かれていた。

http://isla-isla-isla.strikingly.com/blog/a86160d7e7f

日本地図を反転することで、日本海が日本列島と大陸を隔てるものではなく、日本海を中心として環状に結び付けられるという見方がクリアになります。東アジアが連帯できる可能性を感じます。


そういえば、ドイツにいた時なんかは目にする世界地図が違うので、日本は本当に「極東」という位置にあったし、むしろアフリカの存在感を強く感じた。
 地図だけでなく、通貨、定規、天秤、人生設計などいつのまにか凝り固まった尺度を基準に生活をしているわけで、要するに自分の持つスケールの頑丈さは大切だけど物事を様々な定規で視点で測る作業が、面白いんだと思う。そして様々な定規を持つための手段が文化や旅だったりすると思う。

 視点の話。
 視点がずれる瞬間というのは決まって気持ちがいい。なぞなぞを解くためには決まってこの作業が求められる。視点えおずらすことで、凝り固まった巨石のような考えがズズズとずれ、はまるべき場所にすっぽりはまるあの音。電球の点灯。その気持ちよさを知らない人は多いけれど、少なくとも僕はそういう喜びに今年も何度となく立ち会えたらうれしい。提供出来たらうれしい。



あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

年の瀬に寄せて

  • 2015年12月30日
12/30の朝がもうすぐ明けそう。
こんな時間に何をやっていたかというと相変わらず仕事で、明日のタスクを書き出したら、まだまだいっぱいある。特に仕事締め日とか決めてないんだけど、明日で一旦締めて大晦日はゆっくりしたいところ。

1日にして家の経済が破綻したのが14歳の大晦日だった。
あの殺伐とした年末年始はなかなかに印象的だった。なので、無事ってほんと大事。

とはいえ、本当に色々な案件をやった一年だった。
デザイナーとして新しいことにもガンガン挑戦できた。その度に自分の程度を思い知ったり、または自信にも繋がったり、縁多き一年には感謝しかない。今年は在宅作業の時間も多く、愛機Macbookにも感謝をしたい。ペンタブを購入してから酒を飲みながらお絵描きすることも増えた。デザインだろうがアートだろうが落書きだろうがなんでもいいんだ。俺は色とか形とかそういうのを無邪気に扱っていたいんだと思うようになった。なんてことを言えば、若干ムズムズするのだけれど。
毎年のことだけど、人の縁にも恵まれている。
テレビで、騙し騙されみたいな事件があると、いまのところ無縁な自分の人脈にありがたさもおぼえる。とにかく相変わらず忙しいのだけれど今年も無事締めくくれそうである。

ここ最近の状況。
浅草で馬刺し食って、新宿でカニ食って、築地で寿司食ってという、舌にうれしい忘年会が続いている。今年は食運にも恵まれていたように思う。

恵まれ続きな1年、というほど呑気でもなかったけれど、暮れはいい感じ。
来年もまた宜しくお願いします。
search
profile
Tatsuo Okazaki



「いい会社」elegirlという怪しげな会社を経営しています。

主たる事業は広告ですが、音楽事業elegirl labelや不定期イベント誘宵など、よくわかんない事業も多くやっております。プロフィール詳細はこちら。デザイナー、DJとしての活動概要はこちら



elegirl
twitter
Facebook
note (text works)

お世話になってるみなさん


contact;electrongirl(at)gmail(dot)com
comment
Booklog
  • ライブドアブログ
electrongirl