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ゆるく、ゆるーくありたいものです

【引越】千葉県流山市へ(最寄駅は南柏)。

  • 2017年08月05日
9月より千葉の流山市に引っ越します(最寄駅は千代田線南柏)。都内へは若干遠くなるけど、コスパが良すぎる物件だし、その分生活を大切にできたりメリハリがついたりしそう。そんな効果も狙ってはいる。

合同会社elegirlは年内中は江東区海辺。なのでしばらくは流山から海辺に通勤するイメージ。来年以降その家屋はギター職人の工房として使われるらしく、なんとなくそれは面白そう。

「人生の転機」みたいに言われる局面だけど、考えてみれば毎年毎月そんな選択をしていて、手を進めることで何がどう転がるかを楽しみにしている節はある。

写真は「ペンタゴ」という北欧のゲームを深夜のバーでやっている画。近所の愛おしい風景のひとつ。

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  • 13:14 |

そこにいたひと

  • 2017年08月01日
近所で悲しいニュースがあって、ちょっと知っている親子が亡くなった。

花を買ってお供えに向かう途中、あまりの暑さにめまいがした。
そこにいた人は、生きていようが生きていまいが煙のようにそこからいなくなるもので、のこされた側はただ面食らうばかりだ。
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  • 10:42 |

しあわせな演奏

  • 2017年06月29日
中山うりの10周年記念ライブに行ってきた。
会場はまさかのザムザ阿佐ヶ谷。老舗の小劇場だ。開演後いきなり始まった1曲めの最初のフレーズで、さっそくつかまれた。他の客もそうだったように思う。

終始耳と心が「美味しーーー!」って言っていた。そこからはずっとしあわせな演奏にぼこぼこにされるだけだった。中山うりが歌の他にもトランペット、ギター、アコーディオンをしれっと弾きこなす様は、音楽をやる人というより、音楽そのものだった。音楽が音楽着てるような感じ。贅沢な時間だった。

アンコールでは「マドロス横丁」を演奏していた。途中ピアノの人が急にソロを振られて、一瞬「え、俺?」って呟いたのだけど、すぐに対応していきなりフルスロットルのピアノソロをやってのけた。振られてから驚いてトップスピードまで1秒以内。この、いきなりオンに入る感じが本当にかっこよかった。
プロは内心テンパろうが傍目には平然とやってのけるんだな。

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  • 23:16 |

九識の窓(3)

  • 2017年06月20日
本を読み、作品に触れ、他人と出会い、経験を積む。
その度、いかに人間が不定なものなのかを思い知らされる。同時に、いかに世の中が不定なものかも。

最近になって、数学を学ぶ意味がわかり始めた。
中学数学までは抽象的で合理的な学問だと思う。変数の話題から、不確定性の世界に足を突っ込む。虚数を扱い始めるといよいよ不確定な世界の話だ。ほとんどの中高生が口を揃えていうことは「実用性がないじゃないか」
この意見に先生も答えられない。

こんな風に考えられると思う。
ある地点からある地点まで12kmを時速6kmで歩く。
普通に考えたら2時間で到着する。これが「いわゆる」数学の一般的なイメージ。
実際にはその道に、立ち止まりたくなるような風景があったり(v)、歩く人のコンディションが悪かったり(c)...様々な要素に影響されてその値は増減する。

h = 12 / 6 + v + c + ...
h = 2 + ...

そういう風に人間はできているし、心は揺れを持っている。
揺れの全てを計算式で導き出すことはできるのか、森毅の本など読むと、本当に数学ができる人はその領域の計算をしていることを感じる。その揺れを方程式に置き換えられるのなら、それは哲学だと思う。

数学のみならず、文学だろうが、デザインだろうが、突き詰めればそういった、合理性と揺れの狭間にある人間の姿を扱うことになり、それを識るために勉強や経験はあるのだと思う。
合理的でありながら、そういう揺れを勘定に入れる力を賢さというのだと思う。

合理的であることは尊い。
ただ、合理性のみで物事を判断するのは思慮にかけると言わざるを得ない。googleMAPが正しい時間を叩きだすようになって、風景に立ち止まる時間は失われた。googleAnalysticがユーザーの動向を示すようになって、情報の価値は数字のみになってきた。息苦しい世界の黎明期が、始まっているのかもしれない。
どう生きるべきか。
分からないのならなおさらに、本を読み、作品に触れ、他人と出会い、経験を積む。ひたすらに、本を読み、作品に触れ、他人と出会い、経験を積む。
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  • 19:40 |

いたれり

  • 2017年06月10日
祖母の法要で、博多に行ってきた。
美和台は相変わらず潮の街で、東京とあからさまに違う風が吹く。
祖母が亡くなったのが2011年の6月。もう6年も経っていた。
潮の街は今も昔も、壁が傷んだまま時間が止まったようだから、おばあちゃんの前で俺が幾つになっても小さい孫であるかのように、自分自身が何も進んでないような気がする。

本当は色々あった。
ドイツにいたこと。会社を始めたこと。その他のこと。
祖父の書斎で、ポートフォリオを更新しながら、そう言えば3年前に訪れた時もこの作業をやっていたことを思い出した。イラレ作業も早くなったもんだ。

縁側で父と酒を飲んだ。
通年よりひと足早くやってきた夏が、優しい黄昏と斜陽を連れてきて、いい時間だった。祖母も祖父もそこにいただろうか。



法要のあとは、壱岐と対馬に行った。
本当はそこあそこに行きたいスポットは多くあったのだけれど、忙しく回るのもなんだし、「辰の島」という無人島と、ウニ丼に目的を留めた。遠くに来れただけで、満足だった。

博多港からフェリーで2時間。
海慣れしていない身としてはこの移動だけでなかなかアミューズメント。
壱岐で下船して、宿に着いたらゆっくりと、それでいてあっという間に日が暮れた。海鮮の食事が美味しかった。
不思議な島で、美味しい食事と温泉に入り眠る夜には、不思議なしあわせがあった。

壱岐対馬_170610_0140

チェックアウトして島を北上、「辰の島」に他の観光客はおらず、贅沢な風景を独占できた。

壱岐対馬_170610_0110

エメラルドの海と断崖絶壁。白い砂浜と高台から一望できる絶景。
本当に来れてよかった。

壱岐対馬_170610_0069

ウニ丼を食べて島を移動。
壱岐からさらに2時間かけて対馬へ。
計算外だったのは、対馬から博多への帰りのフェリーの少なさで、計算すると朝9時のフェリーに乗らなくてはいけないようだった。やっちまった!対馬を観光する時間ほとんどない!

対馬に着いたのは夜になってから。
宿坊にチェックインして街にでる。なんというか、京都と熱海が混ざったような雰囲気。ここのところずっと海鮮を食べ続けたので、さすがに肉が食べたくなり夕食は牛とじ丼にした。
そそくさと宿に戻り、風呂に入って寝る。
早朝に座禅会が開催されていたので参加。宿坊ならではの体験。

壱岐対馬_170610_0030

翌日は、フェリーで対馬から博多の4時間、まったりと移動。
昼過ぎに博多に着いて、空港から成田へ。最終日は一日中移動だけだった。

以上が、遅めのゴールデンウィーク。
満足。実際は多少仕事もしていたけど、東京をこんなに離れたのは久しぶりだった。
そしてまたむくむくと、旅の楽しさを思い出すことができた。



家の近所のラーメン屋の塩ラーメンが美味しい。
聞けば、対馬の特別な塩と醤油を使っているそうで、その値段が馬鹿みたいに高いということだった。
調味料が変わるだけで、料理は格段に変わる。下手な高級店に行くより、高い調味料買った方が贅沢のコスパがいいというのは、父から教わった大事なこと。

生活は、どうだろう。
毎日ひとつ、楽しみなことがあるだけで、生活は瑞々しくなる。などというと、論調として飛躍しすぎだろうか。君との電話のことを言ってる。
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Tatsuo Okazaki

「いい会社」elegirlという会社を経営しています。主たる事業は広告ですが、音楽事業 elegirl labelや演劇制作など、気ままに色々やってます。プロフィール詳細はこちら。デザイナー、DJとしての活動概要はこちら


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