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ゆるく、ゆるーくありたいものです

流転

三郷がいやで、東京に出たのは20歳の時分だった。



初めての一人暮らしは池袋の三畳間で、本当にボロかった。
恋人ができて、目白に住まわせてもらったり、愛知についてったりした挙句、また池袋に戻ってきたとき自分は22歳だったと思う。



暮らしているうちに池袋がいやになった。複数台のパトカーに追われてる男を見たのもショックだった。
ルームシェアサイトで見つかった部屋は日野市だった。3年ほど住んだけれど、なかなか居心地がよかった。
郊外の居心地のよさが気に入ってその次も隣町に越した。

隣町は多摩と府中の中間にあった。
これだと選んだ物件は風通しが悪かった。しばらく住んでみたが、思ったほどいい物件ではなかった気がする。そんな折におばけを名乗るようになった。



28の時に仕事を辞めた。
仕事を辞めたもののこのまま転職するのも違う気がした。どこかに行きたいのか、どこにも行きたくないのか分からない。おばけを名乗っていたらいつの間に、自分はおばけになりつつあって、それが非常に心もとなかった。

ベルリンに行ったのはやけくそといえばやけくそだったと思う。
数ある海外の都市の中でベルリンを選んだ理由は特にない。どこでもいいといえばどこでもよかった。
ただ、おかげで29歳、30歳の2年はかけがえのない経験ができたと思う。



自分は、結局おばけでいいんだと思った。ここかと思えばあそこに、あそこかと思えばそこに、正体不明の胡乱なフットワークだからこそできる方法があると思った。今なお考え続けているそれは、少し素敵なライフプランであり、なんかいい感じのビジネスモデルのような気がする。

先日、ベルリンから三郷に戻った。
今も住み続けている友人たちは、けっこう住み心地いいよと言う。深夜の商店街でコーヒーを飲んだら、受験勉強の頃を思い出した。

東京も、ベルリンも、素敵な街だったけど、地元は地元で他にない良さがあるのだと、試しにそう思ってみて、日々確かめながら暮らすつもりだ。もちろん、東京にもベルリンにも戻るつもりはあるけど、まずはここから。実家のボロボロの書庫を仕事場に改装している。

色んな町に住んで、色んな仕事に就いて、色んな恋をして
どれも嫌になったから離れたように思っていたんだけど
本当はどれも好きだった。

そう思える今は、もうすぐ31になる。
10年経って一周した。

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Tatsuo Okazaki

「いい会社」elegirlという会社を経営しています。主たる事業は広告ですが、音楽事業 elegirl labelや演劇制作など、気ままに色々やってます。プロフィール詳細はこちら。デザイナー、DJとしての活動概要はこちら


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