August 23, 2005

シンフォニックレイン全体の解釈

今回はここのことについて少し書きます。


しかし、こういうのは一気に書かないと自分の考えが変わったり、議論の論点がずれたりするから今書くのは微妙かもしれん…。

議題1「超越的な視点を認めるか否か」

自分は認める派なのでその理由について

・まず第一に超越的な視点と言うことについての説明から
超越的な視点と言うのは時間的、空間的な概念に縛られない事を言う。
つまり、この場所で起きている事と、地球の裏側で起きている事を同時に観測することができる。

また、違う可能性(分岐したこちらから干渉することの出来ない世界)の現象を観測することが出来る。

ではSRの場合で考えると。
・最初に進むべき3人のストーリー
トルタ表
ファルシータ
リセルシア
のシナリオに関して、トルタのエンドはわかると思いますが未完です。
ファルシータのシナリオに関しても、いくらか別のシナリオを考えないと納得ができないことがある。
リセルシアのシナリオに関しても同様。
特に最後のトルタのセリフ「これって贖罪のつもりなの?」
は明らかに現状では意味不明である。

トルタのシナリオは一先ず置いておいて、ファルシータから

アリエッタから届く手紙の内容が妙に現状のクリスの状態を的確に捉えすぎている。
クリスはアリエッタに対して煮え切らない答えしか返していない。しかし、アリエッタからの手紙にはまるで直ぐ側で見ている様な内容が書かれている。
往復に1週間かかるはずの手紙にタイムラグが感じられないのが疑問点。たしかにトルタ経由でクリスの現状を報告してると考えるのが妥当だが、やはり時間がおかしい。
これはトルタシナリオを読むことで、「本当はトルタが書いていた」と言う理由から納得する。

リセルシアのシナリオに関しても同様
最後の「これって贖罪のつもりなの?」という問いかけに。
はじCさんはリセルシアに当てたものだと言っていたが、トルタが話していたのはクリスであって「最後に一ついい?」と聞いていることからもクリス宛であうことは判る。
では、「贖罪」って?と言う疑問。贖罪という言葉の捉え方を簡単に償いと考えるなら。「アリエッタの事に気がつか無かったことの罪に対して、リセルシアに尽くすことでそれを償う」と言う解釈が取れる。(残念ながら自分はキリスト教信者では無いので、言葉の意味については一般に知られている程度しか理解できません。)
では、アリエッタが意識不明で寝ていることが判るのは「真トルタエンド」か「フォーニ」エンドであるため、やはり他のシナリオを理解していなければいけない。
なお、リセを病院に入れた時点で「トルタはアリエッタの死をクリスに伝えている」という事を前提にして、そのことをプレイヤーに知らせていない。という条件が必須であることを書いておく。
これは、特に違和感が無いと思うので何かあれば指摘して欲しい。
理由としては、いくら昔でも身近な者の死を隠すのは容易ではない、と言うのが自論である。


また、この述べた二つのシナリオは最初から進むことが出来ないので、3シナリオをクリアしれ始めて判るという内容。


以上のことを理解する(内容として意味を持つ)には同時に起こりうる他の可能性を知る必要が出てくる。

・1文字や歌詞、絵として表現されている情報
 2情報をどのように解釈するか

という解釈方法について

”物理に置き換え考えると(1)は実験結果、(2)は理論とその解釈と考えることができます。主観主観といいながらも(1)については客観的に構成することが可能で、(2)については不可能です。では物理学者は過去においてどのように理論を構築したか? 答えは主観的に構築したのです。ただし好き勝手に構築したわけではありません。主観的に構築した理論については、その根底にはある思想がありました。
「シンプルなものほど美しい。そして真理は美しくなければならない」
以上の考えを共有することにより、主観(理論)のモデル化とその客観的な評価を確立しようとしたわけです。
「だれも地球が太陽の周りを回っているのを直接見た者はいない。けれどもそう考えることで、よりシンプルな基本原理を用い実験結果を表せるのでそれを真実とする」
なぜなら
「シンプルなものほど美しい。そして真理は美しくなければならない」
このような視点に立つならば主観の客観化が可能となります。それが物理学の歩んできた歴史でした。”

と言われますが、それは恐らく古典物理の話しであって現代の理論、思考には当てはまらないと思います。
残念ながら自分は
「シンプルなものほど美しい。そして真理は美しくなければならない」
と言う言葉を物理の講義中に聴いた覚えはありません。
確かに、一部の教授などは複雑な式を見て美しいと表現しますが、学生にとっては理解しがたいことです。


情報の解釈を主観的から客観的にするには、それこそ多数の人間による意見が必要なのでは?と感じます。その中から「完全ではないが同じ方向を向いた多くの意見」が客観的な解釈なのでは無いでしょうか?



続いて

はじCさんの
「私は科学を否定するわけではない。しかし、科学ではどうにもならない物事は世界に満ちていて、その要素こそが世界にとって真実重大な影響を及ぼしていると考えているわけです。」

という問いに対して。
科学と言う分野を物理、数学、生物、化学などのからどこまでを指すか判りませんが。
心理学を科学の中に入れない場合は「科学ではどうにもならない物事は世界に満ちている」ことに関してYESと答えます。

また、何よりこのブログの題名である物理と非物理であるもの(魔導)をあわせている時点で。全てを科学で証明しようとは思ってません。それでは、どこかの教授になってしまいますからね…。


こんな感じですが、いかがです?


element0006 at 15:46│Comments(5)TrackBack(2)シンフォニック=レイン 

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1. [Game] symphonic rain, unaccompanied suites  [ 博物士 ]   August 23, 2005 21:19
舞台探訪  工画堂スタジオ(くろねこさんちーむ)『シンフォニック=レイン』((初回限定版:ASIN:B0001FG72E,DVD通常版:ASIN:B0001FG72O,CD通常版:ASIN:B0001FG724,愛蔵版:ASIN:B0009RNAT2))にて登場する場面に,イタリアの光景を重ねてみる。 http://symphonic.g.h...
2. シンフォニクレイン全体の解釈2  [ 魔導物理学概論?? ]   August 24, 2005 05:26
少しやる気が出てきて気分が良い。 こうして提示した質問に答えてくれることはとても嬉しいことだ。 と言うことで以下に続きます。

この記事へのコメント

1. Posted by GenOishi   August 23, 2005 20:43
 法律だって「社会科学」なんですけれどね〜 誰も科学だと思ってくれない(笑)
2. Posted by GenOishi   August 23, 2005 21:14
 hajicさんのところに書いてもいいのですが,テーマ的にはエレさん宛にした方がいいかと思うので,こちらに。

 hajicさんが「超越的な視点(=真実)」と言っていることの意味なんですが,これを等号で結んでいて,それについて指摘されていないことからすると,論者の間で問題の認識にズレが生じているかと思います。

 私は社会科学の人間なので,裁判を例に出しますね。判決では〈事実認定〉というのが行われるのですが,ここでいう〈事実〉とれは〈真実〉のことではありません。裁判官は,証言をもとに,おそらくこうであったのだろうと大勢が納得する物語を作ります。これが「裁判所の認定した事実」であり,原告/被告/加害者/被害者が認識した〈事実〉とは別物として存在するのです。【続く】
3. Posted by GenOishi   August 23, 2005 21:16
 絶対的な真実など人間社会の中には存在しない。それが社会科学における〈事実〉の意味です。〈真実=事実〉が出発点である自然科学との大きな違いがここにあります。

 これが人文科学の場に応用されたとき,「物語の観測問題」として俎上に上げられるのではないだろうか,というのが現在の私の関心事項です。

 そんなわけで,「自然科学の観測問題」から論を起こしているエレさんとは,似ているような違っているようなことを言っています。エレさんには独自に検討を深めていってもらいたいと思うのですが,こうした異同については認識しておいていただければ幸いです。
4. Posted by 黒胡椒   August 23, 2005 21:29
>古典物理の話しであって現代の理論、思考には当てはまらないと思います。
これについては今も当てはまると思います。
なぜ一部の物理学者が超弦理論による力の統一を頑張っているかというと。
「力や量子の正体は高次元における小さな振動する弦である」
というシンプルな解釈から力や量子を統一できるのではないかという希望があるからではないでしょうか。
(もちろんその結果導かれる数式はいささか面倒なものになるわけです。
シンプルというのは、モデル化された数式ではなく、そのバックグラウンドにあるものなのです)
5. Posted by 黒胡椒   August 23, 2005 21:33
>情報の解釈を主観的から客観的にするには、それこそ多数の人間による意見が必要なのでは?と感じます。その中から「完全ではないが同じ方向を向いた多くの意見」が客観的な解釈なのでは無いでしょうか?

そういう事であれば、エレさんが述べている通り
科学を持ち出す必要はありません。
いかに説得力ある文章を書けるかという一点に尽きます。

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