韓国に行った日本人―Welcome to Korea

韓国の農家の男性と結婚した韓国在住の日本人。江原道鉄原のガイドをしています。 「鉄原」「あむツアー」のカテゴリをご参照に、elephants322@hotmail.comへご連絡ください〜

小学生の娘と息子が、「白頭山」に行ってきた。

白頭山(ペクトゥサン)は中国と北朝鮮の国境にある2740mの聖地化された山です。韓国の国歌にも登場します。
ウイキペデア白頭山
※画像はお借りしました(←当たり前)
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近いうちに大噴火の恐れがあると言われてるこの山、娘と息子は修学旅行で大満足に頂上まで満喫してきた。
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頂上の噴火口にたまっている池「天池」
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この天池の霧の晴れた景観はそんなに見られるものではないらしいのですが、ウチの子の行いがよかったのか、二日登って二日ともすっきりと見られたそうです。義父もかつて二回旅行に行っているのに、二回とも外れだったそうで。多分普段からのオナラのし過ぎがたたったのだ!!
6月が一番天気のいい確率が高いとのこと。

とてもよい思い出を作ってきた彼らが、お土産に買ってきてくれたものは??
私は出発前に何度も言ったのです。
「記念品は本当にいらないから!!買ってこなくていいから、君たちが現地で買い食いしたりするのに使いなさい。お小遣いをくれたじーちゃんと隣のおばあちゃんには何か買ってきて」
と強く言って送り出した次第。

予算に限界があるので、あってもそんなに嬉しいものを選ばないのは分かりきっており(←薄情な母)、私自身、小学生のとき京都に行って塔の絵がガラスケース内でピカピカ光ってるものを買ってきた思い出があるからです。
その思い出自体は後悔していないのですが、そのレベルなら買う必要がないと、大人の私が判断したのでこーいう薄情アドバイスになったんです。

ところがだよ。
やっぱ買うよね、記念品。小学生って買いたいんだよね。分かります分かります・・・
中国語では長白山なのね。「留念」は記念てことかな
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なんで私の京都のソレと同部類なの?
ガラスケースに白頭山の四季の写真が埋め込まれ、クルクル回せてどこからでも楽しめますみたいな。
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↑隣のおばあちゃんには、白頭山の写真マグネット。

そして自分のじいちゃんばあちゃんには、ヒスイのキーホルダー
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子供たちはヒスイだと言い張ってるんですど、こんなでかくて1000円前後で買えるヒスイってあるの?色が超濃い謎ヒスイ。中国おもしろい。

一生懸命選んだであろうお土産には(私の立場からは)かわいげが溢れていて、思わず笑ってしまいました。

半分はバスに乗っていたという移動の大変だったこの旅行、食事は口に合わずホテルはタバコのにおいがし、どこに行ってもトイレが汚かったと文句もたくさんいいつつも、息子は明日からもう一度行くと言われれば行きたいというほど楽しかったようです。
うらやますぃ〜
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なんとも信じがたいことに、私が居住地・鉄原郡のガイド資格を取得してからはや4年目に入ろうとしている。

シフトは入れる時だけやってよい、というシステムなので、仕事がガイド業のみの人は会社通いのように連日入るし、他にお勤めをしながら週1回だけやる人など頻度はそれぞれの中、私は去年までは非常に少ない方でした。
「信じがたい」「まさかもう4年?」という感覚は、この出勤回数の低さとまだぺーぺーだという自己評価の低さから来ているんだと思います。

しかし今年からは、今まで自分の中で言い訳にしていた壁がいろいろと崩れて連日やるように。

・韓国語の壁→開き直り 
・子供が幼い→末っ子が学校にあがった
・農家が忙しい→しんどくてハウス放棄
・土日は子供と過ごしたい→むしろ子供が友達と遊ぶのでいない
・理由なくても時々休みたい→それより金がほしい

このように休む理由がなくなってしまい、以前に比べるとかなり通うようになった今年。
私が入って以来初めて鉄原郡で新たな募集をして、4人の新規ガイドさんが仲間になりました。観光のグローバル化を目指し、英語・日本語・中国語ができるガイドさんを募集したのであります。

事務所では、「この先生たちの教育期間中は皆さんのバスに乗せてあげてください。」つまりはガイドの様子を見せてあげなさいとのことだが、お客さんにガイドするのとはまた違って変な緊張をするものです。

私が教育生だったときも、中には「絶対に乗せてあげたくない」と拒否した先輩もいましたが、その気持ちも分からなくありません。私は特に「ヘナチョコ韓国語の私から学ぶものなどあるのだろうか」と思う一方、しかし私にも他人にはない個性やスタイルがあると信じ、協力できるならしたいという気持ちです。

あがり症で根暗で少々コミュ症の私がここまでガイドを続けられたのは周りの先輩たちとお客様のおかげであると感謝し、益々の鉄原の発展に向けて邁進していきたい、そのように思っております。


読み返すと「気持ちを新たに」みたいな念が知らず知らずにこもってて、なんか気持ち悪い内容になってますね 新年度の決意表明みたい
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古参の読者様はもうご存知
あむさんの手足はデカイ」というゆるぎない事実…

私の足のサイズを知ると、周りの女性は目をみひらき
は!??

って言うんです。それから二言目には
なんでそんなデカイの?!!

って言うんです。

しらんがな・・・お母さんがそう育てたんや・・・母親に聞いておくれ。

仕事先でガイドたちにスニーカーを支給してくれる時も、私だけ女物がないって言われて男デザインの渡されたし。
昨日は、夏用のカワイイ靴下を仕事仲間のおばちゃんと5足ずつ一緒にネット注文して、届いた10足を案内所で履いてみてたら、他のおばちゃんが
「!!!ちょっと、あむが履いてる靴下ぎりぎり!!何か靴下がかわいそう!それ、私が買うわ」

・・・・・

いや、かわいそうなのは私やん?

腑に落ちないが、実は私も限界まで伸びてた靴下がかわいそうに見えてたので、あっさりとその人に譲りましたとさ。限界を試されない世界で幸せにおなり。
私が履くはずだったカワイイ靴下たち。
↓↓↓こんなフェミニンなシースルーソックスでした
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あーーあ!!!

またロシアにでも行くかな!!
靴下買いに。

↓↓同情してください↓↓
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義父の腕には、小さい刺青がある。

刺青・・・?というか、どちらかというと「落書き」に近いなぁと薄々思ってて、この前たずねてみたところ

義父「中学1年の時に自分で書いた

ほーら!!
やっぱ落書きやったやん!

と思ったという話です。

黒い字が二文字。
60年くらい経ってるからか、最初から下手くそだったのか、ぼやっとしていてハッキリと分からないが、義父曰く「忍耐 と書いたと思う。」
思う・・・って、自分でも不確実なのですかい?と心中ツッコミながらよく見ると、そう言われると確かに「忍耐」に見えます。

何を思ってこんなことをしたのかというと、義父が中1当時、はやっていたんですね。
「針に糸をグルグルに巻きつけ、その糸に墨汁を染みこませる。その針で下書きを点々と刺していくと墨汁が糸から皮膚に入るんだ」
という説明を受けましたがイマイチ理解できず。というかそれより、ウッワー痛そー!!と思いっきりドン引きしたら、義父は
「そんなに痛くない。ちょっとチクチクするだけ」
さすが、忍耐を刻むことだけのことはある。※尊敬はできません

しかも、「忍耐」の周りに数個の点が散らばってて、これは義父が彫ってる最中に友達がふざけて手出しをしてくるので、失敗して周りを突き刺してしまったのだそうです。それってきっと、義父もその友達に同じことやってるよね。

アホやん・・・内容は違えどしょーもなさは昔の子もウチの息子とおんなじやん・・・

そーいえば、一年前に亡くなった義父の兄も腕になにやら鳥の絵があったのを思い出しました。義父のと同レベルのへたくそ具合で、かろうじて鳥?と思うような落書きのようなものでしたが、きっとヤングな伯父にとっては鷲だったのしょう。

夏に韓国を訪れたら、こっそりと70.80代のおじいちゃんの腕を観察してみてください。
そこには彼らの黒歴史が、ぼんやりと刻まれているかもしれません。
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※DMZなどに興味のある方はごらんになってください※

今、鉄原が熱い。

のか寒いのか・・・

DMZ(=非武装地帯)内観光コースが一般向けに開発され、メディアに取り上げられています。

非武装地帯とは朝鮮半島を北朝鮮・韓国に分断している帯状の国境地帯のことで、1953年の休戦協定以降、民間人の出入りは許されていませんでした。
※DMZ内で警戒勤務にあたっている軍隊が出入りしています。

非武装地帯から数キロの範囲でさらに「民間人統制区域」という緩衝的な区域が設けられており、そこは許可がおりれば入れるので、安保ツアーはこの統制区域内を見学しています。


そんな状況の中、DMZ内に立ち入るコースが6月1日からオープンしました。

場所は、以前もブログに書いた「矢じり高地」という山。→
この小さい高地は南北戦争時に激戦区となり、未だ地中に眠っている遺体が数知れないとのことで、「南北共同遺骨発掘」事業を展開しているエリアである。

「閉ざされた地雷地帯」として神秘性すら帯びているDMZに足を踏み入れる。
確かに、65年間禁断の地だったことを考えれば、大きな試みではあるでしょう。
※4月の鉄原DMZ
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※緑萌える夏の鉄原DMZ
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コースは、民間人統制区域を通り、DMZの境界線である「南方限界線」を「通門」から入り、国軍の最前方監視硝所GuardPost通称「GP」まで進入します。国境である「休戦ライン」手前1kmほどのところまで近づきます。
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DMZ内が一部開放された場所は今までにもありましたが、GPやここまで北に近づくのは初めてのようです。

まだオープン間もなくて、大統領を始め「偉い人」たちや放送関係者が来ているのを度々目にしますが、一般人は20人×2回コースで一日40人まで。
申し込みは鉄原の観光案内所ではなく、韓国観光公社のHPから受け付けています。
こちらのHP(韓国語)・두루누비
・・・と、ここまで紹介しておきながら。
まだ始まったばかりで、外国籍は受け付けておりませんTT

というわけでワタクシも見学できません。
♪チャンチャチャチャンチャン チャチャンチャチャン♪…チクショー!!!
興味のある日本国籍の方は、韓国籍を取得するか、または数年?経ったら外国人にも開かれるかもしれないので待っててください!

ところで、「南北共同遺骨発掘」という計画ながら、なんと北は参加してない。「共同発掘」するために地雷を撤去し、道路はそれぞれがお互いの領土につけて休戦ライン上で道が繋がりはしたけれど、そこから先の本来の目的である遺骨の白骨は韓国側のみでやっている。

北は戦死者の発掘には興味なく、南に繋がる道をつけただけということになります。

どうなの、これ。

ワタシも平和は大好きです。多くの人がそうであるように、戦争に反対し、南北の平和を強く願っている一人です。
しかし、平和!平和!となんにでも平和とつけ、平和と名のつくイベントをたくさん開き、北を人道支援し、ニコニコと近づいてつなぎましょうと差し伸べている手をガン無視されて都合のいいときだけ利用されている南側はとてもむなしい。あまりの温度差にまた政府が平和ショーをしてると笑ってるのは、もはや北だけでなく国内の民も同じです。

世の中、キレイ事だけではどうにも行かないものですね。
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こちら鉄原で、観光のメインスポットの一つとなっているのが「第2トンネル」と呼ばれている地下トンネルです。

第2トンネルとは・・・

北朝鮮が南侵入用に秘密裏に掘った非武装地帯の真下にある地下トンネル。
1975年に韓国側で発見され、全長は3.5kmにも及びます。
このような北の侵入用トンネルは国内で4ヶ所見つかっており、鉄原では4つのうち2番目に発見されたために「第2」と名づけられました。
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この第2トンネルが、「鉄原安保ツアー」コースの一箇所になっているのです。

そのトンネル、今までは内部の写真撮影が禁止でした。
しかし「禁止」と書いているだけで撮ったからと軍人にチェックされるわけでもなかったので、韓国人のお客さんは分かってて撮る人も多くて、私たち引率ガイドたちは「撮ったらダメですよ!」と叫びまくるのがストレスだったんですけど。

1ヶ月ほど前にいきなり、撮ってもよいと。(理由は不明)

というわけで、堂々と内部の写真を載せます。
地下深くに位置するトンネルは全て強固な花崗岩。崩れないから掘られた
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使用したダイナマイトの穴の跡
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先の見えない長い狭小空間に、閉塞感で長く居られない人もいます
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これを3年以上かけてコツコツ掘り進めていた北朝鮮。
これは韓国側にとってただの観光地では決してなく、安保教育の場なのです。

写真を見たので満足!!しないで、実際見たい、もっと知りたい!と思ったあなた!

お待ちしてます〜
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ウラジオストク旅行  の続編です
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日本中古車バンバン走ってた。一度だけ乗ったタクシーもそうだった。

ロシアで強く印象に残ったことの一つ。
横断する歩行者のためには絶対に車は止まる」こと。
横断歩道じゃなくても歩行者はわりとどこでも渡るのですが、人が渡ろうとしていたら必ず車は止まってくれるのです。少なくとも私が見た限りでは100%です。
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ロシア語を一つも分からない私、看板を一生懸命観察してたら、キリル文字の法則?をいくつか分かって面白かった。
バーガーキング (アルファベットのRがPで、Gがrで、NはHなんだな。。とか。暗号化されてるみたい)
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社会主義時代の国営住宅だろうか。
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一戸建ては少なく、かなり年季の入ったアパートが立ち並んでいたのが印象的でした。街の中心は一見きれいなんだけど、一歩外に出ると雰囲気は結構ボロボロ。

夏はキレイであろうストリートの噴水には蓋が。冬は相当寒いんだろう
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鷹巣展望台。観光地を調べてると、主なスポットとして必ず出てくる
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ケーブルカーがあると聞いてたのに、見つからぬまま彷徨ってたらいつのまにか上まで辿り着いてた。ケーブルカーは見つからずじまい

上から見下ろすウラジオストク
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鳩だらけでだだっ広い中央広場
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海浜公園で座り、行き交う人や遊具で遊ぶ子供たちを眺めていました。
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11月のこの時、人々の9割以上はブーツを履いてた!小さい子も皆ブーツ。おしゃれに見えました。

ロシアには私のサイズ(26.5)がフツーにあるのでは?!と、ショッピングセンターの靴屋に行ってみたら、あった〜!(それでもそれ以下のサイズよりは種類が少なかった)
気に入ったブーツを2足買えました。私はロシアに、カニではなくブーツを買いに再び訪れたい。

コーヒー飲んだカフェ
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廃墟のような水族館。節電が過ぎて怖い。
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〈ウラジオストクの印象まとめ 滞在1.5日〉
・観光地っぽくはない。観光客ウェルカムな感じじゃないが、かといって差別的でもない。観光のグローバル化を目指し、めちゃめちゃ海外のお客さんを意識して金儲けをがんばる民主主義国から来た私たちにとっては逆に心地いいほどの無関心さと自然体でした。

・人は親切でした。
ホテルの人もそうだし、ロシア語0でちょびっとの英語しか分からない私たちに、お店の人はイヤな顔しないで真摯に対応してくれた。文化的に「ロシア人は笑顔を見せない」と聞いていたが、冷たい感じはありませんでした。写真撮ってたら、撮ってあげよっか?と声をかけてくれる人もいた。

・夜も出歩きましたが、治安も特に悪くないようでした!

・全治的には建造物にあざやかな色がなく、季節も11月だし軍港で工業都市で自然もあまりないので抱いた色彩のイメージは灰色。大きな都市だけど何かもの寂しい。夏に来たらまた違うのかしら。

港に隣接していたウラジオストク駅は、入り口が空港みたいにセキュリティチェックされるようだったので、見学できませんでした。
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線路を見下ろし・・・
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さよなら、ウラジオストク
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〜完〜

お付き合いありがとうございました!
あ、船は一回体験してじゅうぶんです。値段もそう大差なく、早い飛行機が断然いいです。
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夏になり、遅くまで外で走り回る子供たち。

末っ子すわは、村内をいつもお姉ちゃんの自転車の後ろに乗せてもらって遊んでいましたが、ある日それを見たおじいちゃん(義父)に
「ヤイ!オメーはいつまで乗せてもらってんだ!そろそろ自分で運転せんかーい!」
と怒鳴られ、おじいちゃんちの前で降ろされてトポトポと一人で帰って来たのを見て、私反省・・・

すわは以前から自分で乗りたいって言ってたし、補助輪つきならすごく上手に乗れるの知ってたのに、冬中倉庫で眠ってた小さい自転車が埃だらけだから面倒でなかなか出してあげなかったのは私。

すぐに出して掃除し乗せるとキラキラした顔で一人で走り回り、それから幾日もなく気がつくと補助輪も無しで乗っていました。
スタンドを買って来なきゃと話すと、おじいちゃんがどこかの捨て自転車からスタンドを外してきてつけてくれました。

末っ子ってやっぱり飲み込み早い。長女は「怖い、怖い・・・」って数ヶ月かかって親子共に苦労した記憶がある。末っ子は姉や兄に見てもらって、2日くらいでマスターしてた。

もう、末っ子の子育ては上の子が半分くらいしてくれてる感で、感謝でいっぱいです。←こら!!

しかしいいことばかり教える彼らではありません。
昨日、兄は男友達3人と庭に穴をお堀りになられました・・・
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今朝も早くから続きを一人でやってて、登校前には写真よりも大きい穴の周りに柵を立て、その上にビニールでふたをしようと四苦八苦してた。
漫画だったらこれ自分が落ちるパターンよね。

その前は、「障害物の道」とのことでレーザーセキュリティ製作。家の裏のごちゃごちゃしたところに紐をはり、紐に当たったら死ぬらしい。
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近所の友達に好評で、たくさんの子がレーザーくぐって喜んでました。

「ムービーボックス」
箱内下部の白い厚紙にスマホを置き、映画を見るらしい。おなかがすいたら、上部の棚からお菓子を取って食べていいらしい。
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娘たちは無難に絵を描くなどが多い中、息子は異色。姉とけんかをしては「もう!ホントに火星に帰って!!」て叫ばれてる。
こんなことばかりやってるからか、彼のズボンと靴下と靴は穴だらけです。

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ウラジオストク旅行 の続編です

夜中にホテルに着いた私たち、船でさんざん寝ているので眠くないのである。

さっそく、近くの24hスーパーに遊びに行きました。
おやつ等を買って、レジで何やら言われたけど分かんないからホゲッと店員を見つめてたら、袋を見せてきたので、あぁ要ります要りますとうなずく。
海外旅行あるある。
※ロシアあるある↓↓↓
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スーパー前の小さいケバブ屋さんで写真を指差して注文すると、ニッコニコの太ったおじさんがすごいボリュームのタコスみたいなのをくれて、どうにも口に入らない大きさで道路に野菜やトマトをボロボロこぼしながら食べ歩きしてホテルに戻って寝ました。
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翌日、私より早起きで退屈した夫がどこかのカフェで買ってきたケーキ
朝一から激甘 ナゼこんなに買ってきた
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昼食
通りすがりのレストランにて。手が汚れないように、黒い手袋がそなえられてた。食事はおいしかったが、ビールがあまりに口に合わなくて夫が驚いていた
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夕食
ロシアと言えば、カニかに〜?
カニを食べたくて、ここだけはネットで下調べしてました。韓国人旅行記でも日本人旅行記でも検索でかなりヒットした「zuma
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タラバ1匹を重さで値段提示されます。1.9kgで3800ルーブル(当時約7600円)安い!とっても美味しくてサイドメニューも寿司など日本風でした。お店の内装はかなり暗いムードにしてたけどインテリアにもこだわってて、ほぼ満席。ネットには旅行者の評価があふれかえっていたので外国人ばかりかと思ったらそんなことはなく、周りは地元民ぽい人しかいなかった。
6時頃入店しましたが予約してるか聞かれたので、してなくて遅めに行ったら入れないこともあるのでしょう。
薄暗い店内に、カニの形相が怖い
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夕食が一度しかない今回の滞在、カニを食べるか?それとも北朝鮮レストランに行くか?二択で迷った結果、カニにしたのでした。
カニが安いので、大量に持って帰りたい。いや、そうするべきだ。大型クーラーボックスを持ってくればよかった・・・と夫は心から激しく反省している様子でしたが、それを事前に思いつかなくて本当によかったと私は思った。

他にはカフェでコーヒー飲んだり、スーパーでパン買ってみたり。

滞在時間が短いこともあり、ザ・ロシア料理も求めずフラフラと行き着くままに散策しました。ロシアはアジアかヨーロッパかという議論があるけど、食文化はアジアよりは欧米だと思いました。

これからウラジオストクに行かれる皆様にはちょっと参考になりづらい、あむ流グルメのお話でした〜
に続く
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一ヶ月前に播種したお米が苗になり、ただ今田植えでバッタバタ!
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農家の高齢化が進む中、お年寄りだけの家はこの時期に部隊から援助に来てくれる軍人を申請しますが、うちは夫や義兄がいるため家族のみで行います。
※田んぼと義母と北朝鮮の山々
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※出番待ちの苗
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ところでこの「軍人」に対し、私は最近思うことがある。
ものすごくメンドーなオバサン発言になりますが。

ここ最近の軍人、オーラがふにゃふにゃ〜。
法的には満30歳になる日までに入隊すればよいのですが、大抵は大学を休学して行くことが多いです。なので20歳前後の若者がほとんど。

私が韓国に来た12年前でも、昔よりも(雰囲気の)軟弱化は十分にあったでしょう。
休戦から朴正煕の軍事政権下で軍隊に身を置いていた昔の人たちと同じなわけはないけど、それでも若かった私の目にはもの珍しさも伴ってか、今よりは格段にしゃきしゃきとした動き、堂々と丁寧に話し、私たち民間人にも「忠・誠!!」と敬礼の挨拶をする姿は一味違って映っていました。

今は、なんというか。
敬礼も前よりほとんどしなくなったし、話し方もグダグダ、ヘラヘラと笑い挨拶もちゃんとしない。
つまりは、「ただの学生」なんです。←ね、メンドーなオバサンでしょ。自覚あるけどおばちゃんは言いたい〜!
軍服来たふっつーの学生さん。彼らの本来の自然な姿でそのまま軍勤務しているんですね。そりゃ私は軍隊も経験していないし、彼らからしたら「何もしらない女が言っている」となるでしょう、分かっています。

私は彼らを非難しているのではない。
彼らは上からやっている通りにしているだけです。上司が「敬礼をしてきちんと挨拶をしなさい」と言わなくなったのです。ヘラヘラするな、しゃきっとしろと言わないからです。
軍隊の雰囲気がそう変化してるということは、国が危機感を緩ませているからじゃないかなと思う。北は敵じゃない現政権になってから推し進めている、北に対する融和政策がこんな形でも表れているんだろかなぁと思ったり。

また時代の変化もあります。
昔の教師は怖かった、よく叩かれたりしたが、今は親の目を気にして怖い教師はいなくなった。
というよく聞く話。
これ軍隊も一緒で、今日はどんな活動や訓練をした、といった内容を部隊がネットに写真つきでアップするとそれを母親が見る。中には色々言ってくる親もいることでしょう。

数日前の夕方、ケータイにメールが来ました。民間人統制区域内にいる民間人に向けた一斉メールです。
我が家の田んぼはこの統制区域にあり、田植えのために私もこの時入っていました。

「こんにちは 統制区域所長○○です。本日の退出時間は7時59分です。明日の開放時間は4時56分です。営農期でお忙しいのは承知です。このようにメールを送ることに対し、ご理解いただきたく思います。本当に申し訳ありません。勤務の勇士(軍人のこと)に悪態をつかないようお願いいたします」

不本意にも、ぷぷってなった。。。

こんなメールを送ってくるなんて、珍しいこと。
しかしナゼなのかは容易に想像できました。田植えで忙しく、気が急いている農家のおじさんが出入り時間を守らなくて軍人に注意を受けた時に、逆ギレして怒鳴りつけでもしたのだろう。
田舎の農家のおじちゃんたちは、正直荒っぽくて無骨な人も多い(うちのおとうちゃんも・・・)
軍人といえど学生さんが、そんな人に堂々と相手するのは難しいでしょうね。すごく下手に出た文体に、民間人と兵士の間に挟まれた所長の立場に気苦労が伺えました。

そんなかわいい軍人たちは、彼らなりに忍耐と努力で兵役を全うしています。日本のおばちゃんは、彼らにはいつもエールを送っています〜!

え?怖い?怖かないよ〜
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