韓国に行った日本人―Welcome to Korea

韓国の農家の男性と結婚した韓国在住の日本人。江原道鉄原のガイドをしています。 「鉄原」「あむツアー」のカテゴリをご参照に、elephants322@hotmail.comへご連絡ください〜

May 2012

去る26日に、元気な女の子が無事産まれてくれました。

アッパも私も、この柔らかくて、ちいちゃ〜い人にめろめろです。

二泊の入院を終え、昨日帰って来ました。

病院話や産後の現状など、また改めてアップします〜(^-^)





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5
娘そらが一番気に入ってよく履いた靴下に、ついに穴があきました。
本当にお気に入りの靴下。

「そら、もう捨てよう」
と言うだけじゃ小さい子にはあまりに平べったいような気がしたので、
「今までありがと。ごめんね。って捨てようか」
と言うと、素直にその通りにするそら。

数秒後、口を横一文字にきゅっと閉め、泣くのをこらえているそらの姿がありました。
「靴下、かわいそう〜!かわいそう〜」
と一瞬涙を流して別れを惜しむ。

私が変に一言付け加えずにさらりと「もう穴があいたから捨てなさい」とだけ言った方が、他のゴミのようにあっさり捨てられたのかもしれないが、余計な感情を込めさせたために泣かしてしまった・・・
子供って、ガラスのハートだ

かと思えば、シャワー上がりのお父さんを捕まえて、
「アッパ、○ん○んの後ろについているのって何??」
とストレートバキューンな質問をして彼をどもらせたり。

そらもヒョンも、大成長期です。




出産予定日まで、あと五日。
毎日産まれそうな感覚を下の方に伴いながら、未だに持ちこたえてます。

産まれちゃったらしばらく動けない!というか、一ヶ月は絶対動かないぞ!!(最近脅されすぎてビビリ過ぎ)
という信念(?)のもと、連日大掃除めいた片付け、畑の整理草取り、ソファから布団、枕、クッション、ぬいぐるみまで洗濯、美容室など、ちょっと方向を間違えてるかもしれないけどちょこまかしてるのに、出そうで出ない、何だかずっとこのまんまな感じさえしている今日・・・。


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5
田植えは終盤にさしかかり、産後の休養のために義母宅に約3週間滞在していた義兄一家もひきあげて、お義母さんはやれやれ一段落です。

年によっては、田植え期間中お義母さんも仕事に出て、嫁2人で昼食を準備したこともあります。
なので今年はそのお義母さんが田んぼから抜けるからどうなるのだろう、と思っていたんだけど、物事はなるようになるもので、とても順調にここまできました。

というかむしろ、あーしろこーしろ!そんなんじゃダメだ!!といつも田んぼで叫びまくるお義母さんがいなくて、

「今年の田んぼはすっごい静かで平和だ!!!あ〜いいワ!!」

と笑顔が溢れている義父&息子2人・・・本気半分(以上?)と、義母への愛情を感じる言葉。

兄嫁は滞在中しっかり休んで帰ったと思います。

自分の実家も近い兄嫁。
いくら仲良しで気を使わない関係でも、義姉さんは実家近いのになんでシデク(夫の実家)にいるの??
と夫が私に聞く。

これには理由があって、本当は兄嫁は娘リンだけ2週間ほど義実家に預けるつもりでした。
彼女の実家は山の中で、保育園のバスが迎えに来てくれないエリアだからです。
義実家だと、私の子供たちと一緒に通えばいいのです。
義兄も田植えでずっと義実家に詰めているので、兄嫁は赤ちゃんと二人だけで過ごし、母親にしょっちゅう来てもらうつもりだった。

しかし、母恋しいリンがあまりに泣きました。
後半はかなりましになったものの、それは家に帰るとママがいたから。

私もリンが来ている間はなるべく義母宅から連れ出そうと、園から帰宅したら7時まで預かり、週末は私が三人つれて外出しました。リンを毎日送り届けるついでに、お義母さんには私たちも夕飯をご馳走になって帰っていました。

最後の方になるとリンが私を、「オンマ〜!オンマ〜!」(本当はチャグンオンマ작은엄마なんだけど、まだ言えない)と抱きついてくるようになったので、かわいくてしょうがない。ってなった頃に帰るんだなぁ。

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兄嫁は冗談ぽく、
「一番忙しい時期に来て、ヒマになると同時に去ることになった〜(゚∀゚)」
と言ったが、本当にその通りだ 笑

彼女を見ていると、こんなに義実家でくつろげるなんて。と思う反面、見習わなければならないと本気で思う。

私はその点、まだまだダメ。
仕事する時はして、休めといわれている時は休むべきで、その方が義母も気持ちがどれだけ楽か。
気安く休めない。大した仕事をするわけでもないのだが、退屈で寝てばかりいられない性格と、下手に遠慮がちなところがいかんのです。

ヒョンを出産した時、産後数日で日本から来てくれていた母が帰国してしまい、その後1週間義母宅にお世話になりましたが、その時すら義母の目を盗んでは洗い物をした記憶がある。そして、その1週間で超我が家に帰りたくなって、もっといなきゃダメという言葉を振り切りマンションに帰りました。
ほんっとかわいくない嫁です・・・でも我慢できない。もし田植えの時期なら、お義母さんが忙しいだろうという気持ちが先立ち、意地でも滞在を拒んじゃっただろうな。

兄嫁は全てを任せて、完全に休んでいた。
こうでなくてはいけないし、私もこれくらいになれたらむしろ義母は楽なのです。
変に気を使いつづけ、他人行儀な部分が抜けない私とはやり辛いハズ。

と分かっちゃいながら、これ、一生直らないということも分かっちゃいるのよね・・・
ま、しょうがないので、私は私、だけど今回のお産が終わったら今までよりは気楽に義母に頼ろう、と兄嫁を見て学んだのでした。


兄一家が帰るとき、お義母さんが私に「너도 혼났다〜」お前も大変だったなぁ〜っ(お疲れって感じです)て一言。
救われます。大勢の世話をしたお義母さんとは比べものにならない微弱な戦力でした。
やっぱり、お義母さんは大きい。人?ブログランキングへ


5
妊娠生活も38週に入り、いつ生まれてもおかしくない状態。

田植えや家事で昼間は結構動き回っているけれど、夜になるとお腹の張りで呼吸も苦しいくらいの日々が続いています。(とか言ってブログは楽しく書いてる・・・)
もしかして、今日来るか?明日来るか?
ハラハラな毎日。

田植えが終わってなくて、兄嫁一家も義母宅にまだいるのでお義母さんからは
「あと一週間後ならいつ産んでも良い」
と冗談半分で言われました。ホント、バタバタしててそんな状況。

そんな中、まだ子供の名前が決定してない。
候補はいくつかあるんだけどね。

そらに意見を求めてみましたところ。
超斬新な回答が。


ペコちゃん、がいいと思う」

!!!!!!!!!!!!!!

BH9CR


大真面目な4歳児です。



産まれてくるのをためらいたい、「キムペコ」に一票を。
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5
お父さんが仕事をしているところを見せたくて、子供たちを田んぼに連れて行きました。

「アッパ〜!!!」

と畦道から声援を受け、まんざらでもないアッパ。

「田植え機、乗ってみる??」

嬉しそうにニヤつくアッパと、緊張してテンションが凍っている二人。

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5分ほどの田植え体験、子供たちの記憶に残るといいな。
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3
もうかなり前になっちゃいますが、5月5日は韓国でも子供の日だったんです。

ちょうど隣町の連川(ヨンチョン)で毎年恒例の「旧石器祭」が催されてて、子供たちを連れて行くことに。
私が去年まで住んでいた連川郡全谷(チョンゴク)は、石器が出ることで売っているのでこのようなイベントが開催されます。

入り口の巨大原始人に、二人大喜び。
「アジョッシ〜!!!変なアジョッシだ〜!!!」

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多種多様な団体がブースを設けて、子供が好きそうな体験がずらり。
ウチの二人は、まず大好きなキャラクターをペイントしてもらってこの日は夜まで手を洗わず。

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軍人さんもかり出されてます。

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本物のマンモスの歯が重くて驚く。

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原始的焼肉体験。炭で焼いた生(冷凍でなく)の豚肉は、すっごくおいしかったです。

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119避難体験。
この巨大滑り台を滑りたいがために、炎天下の中1時間以上並んだ。
体験は、2分で終わりました('A`)

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沢山の人で賑わい、コンサートやパレードなどイベント盛りだくさんでいい雰囲気。
一番心に残る事柄は、そんな最中に起きました。

なんとヒョンが迷子にΣ(゚д゚;)
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この象の周辺で走り回って遊んでいた二人。
木陰に座って見守っていた私の元に、そらがマツボックリを拾ったと見せに来る。
マツボックリのことで1,2分そらとしゃべっていた隙に、ヤツは失踪。

そんなに遠くに行っているわけがないと最初は軽い気持ちで探しに出かけたんですが、いないものだからだんだん青くなる私・・・

こんなに人が多く、超広い会場で、何かあったらどうしよう!!
やばい、やばいぞ〜そらと二人で名前を呼びながら10分くらい周辺をうろつきましたが、埒があかないと僅かな望みをかけて迷子センターへ向かいました。

その道中、田んぼにいる主人から電話が。
「そらは迷子センターにいるよ〜」
何でアンタが知ってんだよ!!!ていうか、そらじゃなくてヒョンだよ!

初めて役に立った、迷子ネックレス。
とても小さなネックレスですが、「キムソラ パパの電話番号」が刻まれているのです。
元々はそらが貰ったものだったけど、ヒョンが姉よりトラブル率が数百倍高いので、一年以上前にヒョンにつけかえておいたのでした。それ以来、外したことがないので体の一部みたいになって私も存在すら忘れてた。二度と役に立てたくないけど、ありがたかった〜

ヒョンは、一人で不安顔になっているところを優しい高校生のお姉さんに保護され、無事に迷子センターに届けられてました。さっきの象のところからいくらも離れていない場所でした。

センターの人に、ヤクルトと飴をもらって笑顔で手を振って帰るお気楽ヒョン。
自分のキャラ路線を外すことなく、我が道を順調に突っ走っているヒョン。
ほんと、誰に似たんだか・・・(パパ以外は全員知ってるけどね)



リンも連れてくるつもりでしたが、リンは一番ママを欲して泣いている時期だったのでママから離せませんでした。
リンママには申し訳なかったけど、終わってみれば三人連れてはムリでした・・・人?ブログランキングへ





5
田植えが始まりました。

お義父さんはトラクターで田んぼを整えに行き、息子二人が田植えをし、お義母さんは家で食事を用意し、私は食事運搬係です。
来週からは軍人さんにも手伝いに来てもらうので、さらに忙しくなるかな?

※写真はクリックで拡大です


田植え機に乗る主人。
と、畦道で待っていて苗を渡すお義兄さん。

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ここは、民間人統制線といって、非武装地帯に接する出入り制限のある区域です。
長〜いコンクリの壁は、有事の際に敵軍を数分でも足止めするためのもの。

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むちゃくちゃ見難いですが。

右には非武装地帯の有刺鉄線や見張り台。

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めちゃ平和な景色に広がる戦争の現実。

今日も暑かった。
検問所の軍人さんたちもぐだぐだでした 笑


拍手コメントくださる方々、ありがとうございます!
お返事できないのですが、ちゃんと見ています(*^・ェ・)ノ人?ブログランキングへ






3
出産予定日を間近にして、周囲からさんざん脅され不安になっていることがある。

それは、「産後の肥立ち」のこと。
年配の方たちからは産後直後のことよりは、後々の更年期以降に影響する、という意味で言われることが多い。

産後一ヶ月ほどはしっかりと休み、家事は周りに任せる。自分は赤ちゃんの授乳だけする。
というのは、一般的によく聞く理想ですが、実際そうできている人はどれくらいいるでしょう。
私は性格上じっとできないので、産後動けたらやれる仕事はやっちゃいます。大丈夫大丈夫!と体力を過信して無理してしまうのも、自覚しています。そんな人も、多いでしょう。

それに、そんなに安静にしていなければならないのは、洗濯は川、なんの家電製品も無い昔の話だろうと思っています。現代は機械がいっぱい手伝ってくれる。

そう思って、一人目二人目の時は割りとすぐに動き回っていたんだけど・・・・

ある日本人の友達は、一ヶ月ほとんど水を触ってはいけないと言う。
あるキリギスの友達は、キリギスでも40日はベッドで赤ちゃんだけを見るのが常識だ、と言う。
そして韓国では、「産後処理院」という産後に身の回りのことをすべてやってくれる施設に入居するのが一番一般的らしい。

その産後処理院では、母体を休ませるのが目的なので授乳以外は何もしなくてよいのはもちろん、お菓子のビニール袋を開けるのさえ手で開けるのは禁止されるそうです。手で左右に引っ張って開けることは力を使うので、はさみで切ってあけろと言われるんだとか。それくらい、体を休ませろということらしい・・・
そんな至れり尽くせりの処理院に退院後(二泊三日の入院)すぐから二週間、そのあと二週間は母親などに手伝ってもらうのが今のよくあるパターンだって。
お値段も相当なので、そう語ってくれた兄嫁でも両方の実家(両方近い)に手伝ってもらって済ませてますが。

道で会った村の近所のおばあちゃんも、私によーく言い聞かせるのです。

絶対に産後一ヶ月は動くなと。
そのおばあちゃんは、その昔子供を産んで一週間後には家事を再開した。川での洗濯もした。そして今、とても体がよくない。当時は若くて分からなかったが、年をとってくるとガタが絶対にくるんだ。経験者が言うんだ、信じろ。
上の子を一度でも抱っこしたらその時点でお終いだ、体中に衝撃がまわり、その時は気づかなくても神経になんらかの障害が生じて後で必ずくる。そらやヒョンを絶対に抱っこしてはダメだ!
ガタが来てから後悔しても遅いぞ〜、どんなに夫や周りに訴えても、その痛みは本人にしか分からない。理解してもらえない。たった一人、苦しむことになるんだ。

こんな風に、道端で延々脅され・・アドバイスを受ける。

今はわからずとも、年をとってから痛い目にあう。
という話をあちこちで結構たくさん聞き、さすがに怖くなってきたのです。
もう遅いやん。とへんこんでいたら、あるお姉さんが、最後の出産時だけでも守れば大丈夫だ、と救いの言葉を述べてくれた。
よし、じゃぁ今回は意を決してじっとしているぞ!!と思っても、家事をうちの主人がするわけなし。優しいけれど、その辺は全く気の利かない人です。うーん、自信ないなぁ。お義母さんに悪いと思わず頼りきれるか、私次第。お義母さんは、やってくれる人なんだから。

一方でうちの母親とか、おばあちゃんとか、産後そんなに休んでいないであろう人たちが、年とってそこまで苦しんでいないのも見てるんだよね。私が知らないだけで実は苦しんでいるのだろうか。おばあちゃんは産後しっかりは休んでいないと思うけど、今80近くて元気。50代の母親も退院後一ヶ月も休んでないはずだけど、今のとこ元気。お義母さんは結構あちこち悪いが、それは長年の農家仕事のせいかもしれない。

人によるのですかね。
どの道、一ヶ月は無理でも二週間は我慢しようと思います。
助けてくれる母親(一人目の時お世話になった)や義母がいるだけでも、とても幸せです。

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3
姪っ子リン(2歳)が、お義母さんの家に来てそろそろ一週間・・・
2日間は機嫌よく過ごしていたけど、3日目に「オンマ〜、オンマ〜(ママ)」と泣きました。

毎日3時半にうちの子たちと一緒に園から戻ってきて、それからウチで少し遊んでからおばあちゃんちに移動したり、直接おばあちゃんちに帰ったり臨機応変なんだけど、ある日8時まで私が見ていたんです。

ご飯食べながら眠くなり、7時ごろから急に泣き出して。
まだ少ししか話せずひたすら涙を流してオンマを呼び続ける様子に、なんだかとてもかわいそうで私までじんと来ながらおんぶしてあやしてました。

するとヒョンが嫉妬したのか抱っこをせがみだし、こういう時自分の子には悪いと思いながらも、「あとでね、リンが寝たら抱っこしてあげるからねー」と、ぐずってても軽くあしらえちゃう。で実際リンが行っちゃったら、せがむのピタリと止めて、テレビ自分でつけて見てる。こ、こいつ・・・・

ある朝いつものようにお義母さんのところに行くと、私が持ってきたリンの園かばんを見るなり泣きが再発。
行きたくない〜行きたくない〜とまたもや大泣き。
しかし、ここで大人が折れて休ませるようにしたら、これからがもっと大変です。明日からもっと行かせづらくなるばかり。大丈夫、オンマはもうすぐ来るよ、ほら、そらオンニもバスに乗ったよ〜なんて空気をつかむような空虚なセリフを吐きながら、無理矢理バスに乗せて送りました。

私はそらが1歳6ヶ月の時にヒョンが生まれ、その時期のそらはまだ園にも通っておらず一ヶ月間ずっとおばあちゃんちに預けられてました。しかし、リンのように泣いたと聞いた記憶はほとんどありません。時々私に会っても、特にすがり付いてもこなかったので寂しいくらいでした(私になにか問題あったのかしら・・・

そらはそれまでも、私が畑に出るためにしょっちゅうおばあちゃんといたし、ほぼ毎日会っていたから大丈夫だったのかなぁと思います。それでも、お義母さん本当に大変だったよね。
義両親はそらをそれは溺愛してくれているので、当時預けて一ヶ月過ぎて「そろそろそらが戻ってもいいと思う」と言うのもためらわれた記憶があります。案の定、「返したくない、お前が一人で二人を見れるのか」と義父には言われちょっともやっともしましたが、お二人にはやはり感謝しなくてはなりません。

どんなに大好きなおばあちゃんがいようが、そらやヒョンがいようが、やっぱりお母さんが一番。
そらやヒョンも、どんなに私がこの世で一番怖い鬼のようでも、オンマが一番好きだと言ってくれる。

それで結局リンがあまりに泣くので、リンのママが義母宅で過ごすことになってしまいました。
夜寝る時だけでも、オンマと一緒にいられるように。

リンはあとどれくらいここで過ごすか分からないけれど、なるべく笑顔でいられるように、協力してあげたいなぁと思います。人?ブログランキングへ




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先週、家族で近くの山に遊びに。

去年の夏にも山で川に浸かって遊んだんだけど、その時そらが足を滑らせて一瞬おぼれたんです。浅かったとはいえ、そらには一種のトラウマになったようで、今でもそのことを覚えていて「山には行かない」と渋りましたが、今回は川には入らないよ〜と聞いてやっと乗り気になる。

でっかい石だらけの山道を四駆起動させて進み、小高いところへ。
こういう場所、主人が忙しいときでも子供たちを乗せて私がさっと連れてきてあげられたら、と思うが到底私の運転では無理。私ができないことで主人ができることが多すぎる。悔しいワ〜

若草色に太った山に、淡い桜がちらほらと色を添えてまるで水彩画みたいです。
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頂上でラーメンを煮て、簡単に作ってきた稲荷寿司弁当をいただきます。
約20分ほど(笑)だけ、登山も。

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お弁当を食べた頂上は、軍隊が手榴弾訓練を行う場所だったようで、練習用の使用済み手榴弾が沢山投げ捨てられていました。

突如始まる彼の手榴弾講座。
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