韓国に行った日本人―Welcome to Korea

韓国の農家の男性と結婚した韓国在住の日本人。江原道鉄原のガイドをしています。 「鉄原」「あむツアー」のカテゴリをご参照に、elephants322@hotmail.comへご連絡ください〜

May 2015

長女そらが、人生初の修学旅行から帰ってきました。

1年生以外の5学年一括(32人)で、一泊二日ソウル見学。
景福宮や、民族博物館、宗廟、仁寺洞や水族館、遊覧船などなど行ってきたようです。

家族と離れて宿泊するのは初めて。
本人より私だけがちょっと心配してたけど、ニコニコして帰宅しました。

たまたま報告しそびれて、孫が行った日に知った義母は大変に悔しがり「私が新しい服を買ってあげて、お小遣いもあげなきゃいけなかったのに・・・」とずーーっとブツクサ。大丈夫ですよ、私がちゃんと新しい服を着せて3万ウォン持たせましたよ〜。

なぜか義母は、遠足や旅行など「学校行事でのお出かけ」となると必ず「新しい服を買って、お金を持たせなきゃ」と大騒ぎします。私としては入学式のような時がもっと服が重要で、農場体験なんかの遠足なんていつものTシャツでいいじゃんと思うのですが、出かけない行事には無関心で出かけるとなるとこう。わが夫キムさんが幼いころは、このような行事は家族同行が当たり前で、キムさんにもいつも新しい服を身につけさせて親もついていったそうです。

同行なんて、母親も働く今の時代には消え去った文化だなー。ま他の理由も色々あるんだろうけど・・・


お小遣い金額制限はありません。適当に3万ウォン持たせたら、8000ウォン使って帰ってきました。うち半分は、私へのお土産でした。4000ウォンだったんだけど、店の人が3500ウォンにしてくれたんだよ!って。

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初めてそらがお菓子以外で自分で考えて買ってきたもの。すごく嬉しい!一生とっておく。

とてもいい経験をしたみたいです。

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前回に引き続き、これまた鉄原8景である直湯の滝(チクタンポpポ)です。

高さ3mしかないのに滝・・・?


という疑問には気づかぬふりをいたしまして、幅が80mというのが韓国最大であるという売りです。

私のあむツアーでよくご紹介するスポットですが、「韓国のナイアガラ」です、と言っては毎度お決まりの失笑をかっている微妙な滝です。私が言ってるんじゃないです、観光パンフにも書いてるんです!言わされてる(?)私も少々恥ずかしいんです!

ナイアガラはともかく、滝を含めた景観はなかなか壮観

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近年は雨不足で水量が極端に少ないのが残念だけれど・・・・
ほとんど岩肌が見えておる。

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子供たちを連れて遊んできました。

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最近3歳になった末っ子すわ。

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この水遊びの前にサンダルを買ってあげようと靴屋さんに行ったのですが、私は滑らないように足に固定されるスポーツサンダルを思っていたのに、店頭に山積みになっていたレリゴースリッパの前から動かず。。。末っ子らしく甘えたぶりはそのままで、わがまま度は増長していってる魔の3歳児!

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姉兄のように動きまわれないので、買ったばかりのレリゴーに、ひたすら水を汲んで捨てる遊びで2時間楽しく過ごす。

鉄原は溶岩台地であるため、この漢灘江(ハンタンガン)という川もこのような穴ぼこだらけの玄武岩でなっています。

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鉄原の短い春はあっという間に過ぎ去り、私たちは家族全員、すでに焦げてます。

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結構しつこくブログに登場している、鉄原8景のひとつで私の大好きな「孤石亭(コソクジョン)」の最近の様子です。

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全体の絵は美しいですが、去年から雨が少なく水が大変淀んでいます。

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コソクジョンには田舎のちょっとした遊園地的スペースがあります。3人のわが子は乗りたがるんですが、1つ乗るのに2000〜3000ウォンするので、・・・なかなか連れていきたくない場所(笑)。

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メリーゴーラウンドの天使の顔が怖すぎる。
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このインパクト・・・勝手に鉄原裏8景に認定してやろう。

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田植えで家はてんやわんや〜の季節。

の最中、私はある講習に参加しました。

実はある資格を取ろうとしておりまして。

それは『鉄原安保観光解説士響きカコイーー!!!

つまりは鉄原の観光ガイドです。

あれ、今もやってるやん??と思われたかもしれません。
今やっているガイドは資格など無い、個人的に思いついてやってる活動。来てくださるお客様にもそのことはお話しています。

今回の解説士とは、ここ江原道の下に所属する形で、観光バスに乗って解説したり観光地で案内したりする、正規のガイドです。

私は今までどおりの個人的な活動でもじゅうぶんに満足はしている。一度に1,2人のお客様を自分の車でご案内しながら、色んな雑談もする。お客様のご希望の聞き、マニュアルにとらわれないフレキシブルなスタイル。

普通のツアーではこんな自由にできません。

このやり方はこれからも変わらず継続していく一方、ある人から「それはそうでも資格はあった方が何かと便利」とアドバイスいただき、ま、肩書きあったら箔がつくわよね、いつか機会があったらね〜、くらいの軽い気持ちでいたところ。

鉄原郡でちょうど新規でガイドの募集があり、「日・中・英」できる人優先って書いてあるじゃぁあーりませんか。

このタイミング・・・日本人で鉄原ガイドできるのきっと私しかいない!鉄原安保の神様が私を呼んでいるのかな?
きっとそうだろう〜!

こうしてその神様のもとへ行くべく、面接に臨んだワタクシ、まぁ〜面接でしゃべれないことと言ったらないね。

質疑応答はまだいいんですヨ。
鉄原の魅力は?今までどんなガイド活動を?などなど、その場で好き勝手にしゃべる分にはまだ大丈夫。

事前に用意してくるように言われてた、「3分ほどの鉄原紹介」、これがね、曲者TT

紙に文を作り、丸暗記をがんばり、入室直前まで口の中でぶつぶつぶつぶつ・・・練習したのはまーーーーったくもって壊滅。むしろ何も用意していかない方が良かったりして〜

しかし「日本語話者」という強みがあるワタクシは、例え0点でも受かるのでした。やっぱ神様に呼ばれてるんだわ。

これから3ヶ月ほど何度か講習を受けた上で、デビューするという。

と・こ・ろ・が!

私は一つ勘違いをしていました。
「日本語」が話せる解説士カモ〜ンって感じだったから、てっきり日本人相手にすればよいとばかり思っていたら、今のところ日本人の観光客はちょーー少ないから、観光繁忙期は韓国人客に対しても出てもらわないと〜って無理無理〜TT

たった3人の面接官の前でもあんなにガクブルなのに、何十人もの韓国人の前で韓国語でガイドするなんて、神様のお力を借りてもどうにもならなさすぎる。

それを日本の母に話すと、
「大丈夫!私が台湾旅行したときにガイドしてくれた台湾人も、決して日本語が完璧でなかったけど言いたいことが伝わると誰もそんなに気にしないから!」

ってそれ外国旅行やからやろー!韓国人が国内旅行で日本人からカタコトのガイド受けたくないやろー!
母の助言は時折間が抜けていて和む。

というわけで、団体様で鉄原に日本の人たちが来てくださるといいな、と思う次第であります。旅行会社の方々、見てくださってます??

解説士といっても何十人もいますし、皆さん手があいた時にやっているという感じのようです。私も本業は農家なので、がっつり仕事がしたいからでなく、全て独学なので一度ちゃんと教育を受けてみたいと思ったのが本音です。

最初の一日講習は、軽い山に入っての現場学習でした。参加者は何十人かいましたが、みーんなすでにベテランガイドのアジュンマたちです。当然(?)私が飛びぬけて若者です。先生は鉄原歴史研究所の所長さん。

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先生の話を聞きつつ、山菜を見逃さないアジュンマたち。勝てる気がシナイ
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休憩には配られたお餅をほおばります。
餅は、団体でどこかにお出かけというと必ず登場する。

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歴史学習の傍ら、アジュンマウォッチが楽しいワタクシ。いや、お前もアジュンマな

さらなる知識のためにがんばりますので、皆さん鉄原に来てくださいね!!

あむツアーのお申し込みは、
elephants322@hotmail.com
へよろしくお願いします。不具合で届かないこともあるようで、2,3日たっても返信が無い場合は、拍手コメントに一言その旨を残してください。


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胆石で入院していた義父が、今日自宅に戻ってきました。

夜中にお腹が痛いと救急に行ってからは一ヶ月経ちました。大きな病院に入院19日。腹腔鏡手術で胆嚢摘出、盲腸にも炎症が見られたためついでにとっちゃって一週間で退院です。手術から数日間は痛がっていましたが、今は痛みもないようで、すがすがしい笑顔で帰宅しました。

私なら本でも読むかスマホでゲームかでもして過ごすでしょうが、ガラケーの義父は大部屋でテレビを見るしかなく、本当に退屈でしかたなかったと想像します。

家族の中では一番病院から近い義姉が毎日退社後に1時間近くかけて訪問し、私も娘をつれて何度か訪ねましたが、見るからに健康を考えてくれている病院の食事は義父の口に合わなかったよう。
かなり以前からメタボを医者に警告されているお義父さん、食欲がないと言っては残していたので(これは退院時には痩せてるのでは・・・)と一人勝手に期待していたら、義姉が色々とおいしいものを買って来たのと、運動不足で2kg増加での退院となりました

入院開始に義母が、「日ごろから色んな薬(睡眠薬とか関節とか)を服用しすぎてるからこんな病気になったんじゃないの!?」と言うので、いやいやまさか、とぐぐってみたところ「コレステロール」が一番の原因らしいじゃないですか。

確かに、義父の食事は肉系が多い。
いかにもコレステロールを溜め込んでそうなお腹だし...(偏見~)

それとなく義母に伝えたところ、あーへぇみたいな感じで特に興味を持ってもらえず、しかし少しは今後役立つ情報を与えることができただろうかと思っていたのですが、退院した帰り道、義母は「病院の食事は退屈であっただろう」と、牛肉を大量購入なさっていました。



これも、愛の形。。。。


妻も子も嫁も、みんなお義父さんを愛してます


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ここ数日で行きました、最新のあむツアーレポートです!

今回のテーマは「廃線跡」。
好きな人にとっては、たまらん遺跡なのです〜

ソウル(京城)から、今は北朝鮮に位置する「元山」まで走った京元線の跡。
現在の京元線は北韓に立ち入ることができず、南ぎりぎりの白馬高地駅で切断されています。

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1914年、日本が尽力し全開通させた223,7kmの鉄の道。未だしっかりと足をふんばって立っています。

すぐそこに、現在の京元線がのぞく。

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その下にある、京元線の廃トンネルです。

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施工中に日本の敗北を迎え、中途半端に放り出されたままの姿ですが、そこは思わぬ形で世間から注目される場所となっています。

それは過去記事参照→逆つらら

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それから、京元線の今は亡き「鉄原駅」からは、朝鮮半島観光スポットのスターであった「金剛山」に向かう電気鉄道が走っていました。

その廃線がこの辺りで2箇所見ることができます。

短い一箇所目。「金剛山へ行った鉄の道」という文字が。
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長い2箇所目、大きな漢灘江(ハンタンガン)にかかる鉄橋。
「金剛山まで90km」の文字。

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鉄原から金剛山まで116.6kmの旅、当時の運賃は7ウォン56銭で、これはお米一俵(80kg)に相当する値段でした。1942年の乗客は90余万、貨物は23万余トン、125万ウォンの収益をあげましたが、1944年には鉄利用のためにその身を切られてしまいました。

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↑上の写真、何かいいでしょう〜。も・ち・ろ・ん!私が撮った

わけなくて。カメラが趣味のお客様が、プロ仕様のカメラ(もちろん技術もあってこそでしょう)で撮って送ってくれたのです。

最後はこのブログに何度か登場している近所のソイ山。

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20分もかからず行けちゃう頂上(362m)からは、鉄原平野と非武装地帯を通り越して北朝鮮まで広く見えます。

我が町では田植えが始まりました。
まだ茶色いこの景色も、2週間も経てば一面緑に様変わりしていることだろう。

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化粧台の前でファンデーション塗ってたら、息子が「オンマ、それつけたら顔が紫みたい!」と言われたあむです、コンバンハ。

韓国も日本も長い連休!

私の連休は、例にもれずひたすら「義実家全員集合」。

あ、全員じゃなかった。
今回は入院中の義父と、仕事の旦那衆2人を除いた「女子供全員集合」になりました。コストコに買い物や義父のお見舞い、子供のためのお出かけのほか、ヨモギ餅を作りたいというお義母さんの言葉でヨモギを摘みにも行きました。

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大きなタライにいっぱいのヨモギ。

もう少し後の時期にとりに行ったら大きくてとりやすかったかな。私は小さい若い葉が柔らかくていいと思いこんでいたけれど、どうせよく煮て使うので気にせずともいいとのことです。その日はまだ小さかったので、摘むのが大変でした。


これを例の庭の大鍋でぐつぐつ煮て、水に浸しておいた8kg(米は8kgを一つの単位で考えるので)のうるち米とともに餅屋さんに持ち込みます。捏ねてもらってキレイな緑色になったものを、自宅で成型、蒸していただきました。


ヨモギを採りに行き、思わぬものを見つけてお義母様大興奮!!!

それは、ゼンマイ。
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「ワラビはよくあるけど、ゼンマイ摘んだのは人生初だ!」

と叫んで、ヨモギそっちのけで更なるゼンマイを探しに山奥からしばらく帰ってきませんでした。

イマイチ情熱の薄い嫁は、停めた車の周囲20m以内で黙ってヨモギを採りにせいを出しました
肝心の餅の写真、撮るの忘れて冷凍庫へ入れちゃった・・・庫内は丸い緑であふれています。
今戦争が再開して食糧難に陥っても、丸緑で1ヶ月はいけそうです。
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