韓国に行った日本人―Welcome to Korea

韓国の農家の男性と結婚した韓国在住の日本人。江原道鉄原のガイドをしています。 「鉄原」「あむツアー」のカテゴリをご参照に、elephants322@hotmail.comへご連絡ください〜

June 2016

こちら鉄原には、田舎のくせに遊園地があったりする。

何度かこのブログでも書きました。→

鉄原の観光の中心と言えば、コソクジョン(孤石亭)という場所です。鉄原八景の一つにもなっているこんな景色があり、↓
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色んなイベントでも使われる芝生広場、鉄原の安保ツアーの案内所、鉄原唯一のまともなホテルが隣接していたりと何かと観光客が出入りする明るい場所なのです。

しかし私がお見せしたいのは、そんな素敵な面ばかりではない。。。

何事も「陽」の隣には「陰」が寄り添っているものです。

コソクジョンの片隅にひっそり・・・「コソクランド」なるエリアが。

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狭い敷地内に基本的な乗り物は揃っていて、バイキングやミニジェットコースター、お化け屋敷まであったりして、10以上のアトラクションでパッと見悪くないのですが人のいないことったら!

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客はもちろんスタッフ(普通のおばちゃん)も2人、多くて3人かな?
子供が一人、乗り物に乗りに来たらそれを動かしに行き、隣の乗り物に来たらそれも動かしに行き、そうこうしてるうちに券売所に人がたまってきたら、一旦戻ってチケットを切ってる。

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だから、客少ないのに何か乗りたかったらエリア内を見渡して、どっかにいるおばちゃんを見つけて、「メリーゴーラウンド乗りたいでーす」って声かけなきゃずっと待ちぼうけなのであります。

こんなんでも子供たちはここが大好きだ!私はチケット一枚が3000ウォンするので嫌いだ〜TT

先日数か月ぶりに行き、子供に「一人一回!よーく考えて選ぶように」と約束すると、メリーゴーラウンドに乗りたい!馬に乗りたい!と末っ子すわは真っ先にかけていき、無人のメリーゴーラウンドで自分で馬を選びました。
私はその選んだ馬にすわを乗せて、おばちゃんを探して呼んできました。

すわを見るなり、「アンタには馬は危ないわ!馬車にしなさい!」うむを言わさず、すわを抱えて降ろし、馬車に座らせるおばちゃん・・・・すわだけを乗せ、回り始めるメリーゴーラウンド・・・
音楽すらならないクソ田舎のメリーさん。きぃっ・・・きぃっ・・・て、嫌な機械音がBGMとなり、さっき馬を選ぶ時には輝いていたすわの目は、塗装のはがれた馬車の中で完全無表情になってました。

相変わらず怖すぎる馬と壁の天使の顔
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大丈夫です!この子はちゃんと、落ちないように馬につかまっていられます!

って何で言えなかったのだろう。罪悪感と、この3000ウォンは生きたお金だったのかという疑問に苦しみながら、一周回っては現れる死んだ目のすわを私も死んだ目で見ていました。

一方で長女そらと息子ひょんが、空中自転車をすごく楽しんでいて救われました。

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懲りずに、数か月後にまた連れて行こうと思います。

「使い捨てカメラ」の文字が残っている売店。
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子供たちの学校から、こんな手紙。

「学校の規則改正案へのご意見をください」

つまりは、あったらいいと思う校則を募集するってことなんですが、こんな時何も思いつかないボンクラは私。

私は香川の田舎の小学校出身で、児童数は800人以上いました。完全なる集団生活でした。

対して、我が子の小学校は全校生徒が40人いかない。私の時の一クラス分です。そんな小さい団体ですから日本でいうPTAと学校が密接で、私には過ぎるほどの民主主義。「こんな些細なことまで親が出るのか。」と思うときもあります。
旦那は今年、パパたちで形成されている学校の委員会に組み込まれ、時々先生たちと飲んではベロンベロンで帰ってきます。

校長先生と親が共にべろんべろん・・・田舎の文化だね、きっと。

さて、新しい校則か。現状に特に不満ないしなぁ。

何もないところから新しいことを考え出すなどと、クリエイティブさが皆無なので無理。で、つい自分の出身校のことを思い出してみます。

・(私の時代)傘からカバン、帽子、靴下、体操着、スカートの長さ、頭からつま先まで統一された服装。
→(娘の学校)全部自由。体操着なし。

・髪型チェック。前髪の長さも。パーマ、染色などもってのほか。
→(娘)パーマカラー、やりたい放題。ピアス、アクセサリーもね。

・登校して一度門をくぐると、終業時間まで許可なく出てはならない。
→(娘)授業以外は特に決まりなし。

・買い食い禁止。
→(娘)休み時間に隣の駄菓子屋からお菓子買ってきて教室で食べてる。買い食いという概念自体なし。

・地区ごとに決められた班のメンバーで右側二列に並び、決められたルートで登校しましょう。
→(娘)車に気をつけて登校しましょう。

・余計なものは一切もってこない。
→(娘)ケータイは休み時間に見ましょう。

・前ならえ!!小さく前ならえ!
→(娘)一列に並べばそれでええ。

ぱっと思いつくだけでもこんな感じ。
もっとよく思い出せば、集団での歩き方座り方からお辞儀の仕方まで、何もかもが統制がとれていることを指導されていましたね。
それと比べると、ここはとっても自由です。

どれもこれも、どっちがいいとか分かんないや。どっちかというと、日本の集団主義の方がやり過ぎ感が・・・
茶髪のピアスの子だからって不良なわけじゃないし。買い食いしようが、悪い大人になるわけでないし。
強いていうなら、体育の時間くらい体操着に着替えたらダメですかね〜ってことぐらいか。これ校則ではないな。掃除は自分たちでやるようにしようとか?これも校則ではないね。女子はあぐらをかくのを辞めません?とか…もうちょっとお行儀よく行動しようとか?日本人目線で国の文化から否定やね。

よって私から提案無し!あ〜ぁ、ダメ親。


ちなみに娘に、学校のルールある?って聞いてみたら、廊下を走らない。水曜日は給食を残さず食べる日(水曜以外は残してもいいという謎ルール)。ケータイやタブレットでゲームしていいのは休み時間だけ。の三つしか思いつきませんでした。


この辺りの子供は大部分が挨拶はちゃんとするし、伸び伸びしているし、特に問題のない普通の素直な子たち。人格形成に本当に大事なことは、校則で決めるというより周りの大人の普段の指導にかかっている気がします。
というわけで、何も提出しないですが韓国人ママさん目線ではどんな意見が出るのか、気になる私です。

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週末に、主人の友人たちとソクチョ(束草)のビーチへ。

いくら連日暑くても、6月に海はまだ寒いんじゃない?と思いながらも出発。

だけどまぁまぁ人がいました。
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食堂とか、市場とか、移動や駐車場はやっぱり大混雑。来月になるともっとすごいだろう。
海はさすがに冷たいのか、人々も遠慮がちというか、つかず離れずみたいな雰囲気で海と戯れていました。

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最初は足だけで遊んでたうちの子たち、一時間もたたないうちにタカがハズれて、「オンマ!水着出して!」
4人とも(パパも)、どっぷり海につかる。寒がりの私は傍観を貫きましたよ・・・

水遊び好きの長女は翌朝完全に風邪声で、今日は海は辞めておこうというとあまりの失望感に泣き出してしまいました。子供はすごいなァ、ババァの私には寒さは大敵だよ・・・


例により全然写真無いですけど、ソクチョ中央市場でバカ買いしてソクチョと言えばコレ!と思う(회、닭강정 、새우강정、새우튀김、씨앗호떡などカロリーの塊)もの全部買って宿で酒盛り。

今回参加した4人の友人グループの中で、二人はまだ独身、うちともう一人が3人の子供連れで、夜12時まで騒いでからパパたちは4時にまた釣りに行き、、、

朝8時
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もうすぐハウスにトマト植えます。
忙しくなる前に、思い切り遊びました。


섭국
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やっぱりこんな写真しか撮れない。

「グアァァァ」
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自分で掘りまくった穴にカクン、カクンて足を滑らせ続けている。埋めても埋めても、すぐ掘ります。
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食事が終わると皿を伏せる」という自分ルールでもあるのかね??
器がいっつもひっくり返ってるんですけど・・・
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雨の日の汚さは異常です。コンクリのところにつなぐべきか思案中。
うっかり風で飛んできたビニールを、狂ったように噛みちぎって遊んだ。
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アホかわいい。
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珍島犬(チンドッケ)という、韓国の犬種の子犬を飼い始めて二か月。

最初は小さくてヌイグルミみたいでしたが、あっという間に大きくなり、今や立ち上がると3歳の末っ子すわより断然に大きいのです。

ものすごーい甘えたで、少しでも家族が出てくる気配がするとばっ!と立ち上がりドアをガン見。

まっすぐな瞳で、「かまって下さい!ナデナデプリーズ!」が24時間態勢なもんだから、素通りして家に戻るとなんだか自分が冷徹人間みたいな気がして、庭に出るたびにハンビョラーって声をかけて触ってあげたりして・・・

でもね。

この触ってあげるのが至難の業。

近づくと喜びから飛びついてくる、しがみついてくる、抱きついてくる。どろだらけの足で・・・

たった数秒のナデナデで服と体は全部汚れるし、必死で前足をかけてくるから爪による傷跡できるし、覚悟が必要です。撫で終わって行こうとすると引き留めようとズボンを噛まれ、既に2本を穴あきにしてしまいました。彼を触りに行くときは、長袖の農作業用の服を着ていかねばなりません。

こんなだからハンビョルのウルウルした瞳に反し、子供たちはほとんど近寄らない状態。

子供たちが散歩に連れ出します。
首輪のフックにロープをつけかえるのも一苦労。(嬉しくて)暴れる怪力犬を二人がかりで押さえつけて付け替えた時点で、子供は傷をおっています。

そして付け替えた瞬間、子供をひきずるように猛ダッシュで出発!
餌やウンチは私が担当してますが、餌の器に入れられるまで待てなくて、入れてる最中にも足を出して器をひっくりかえすかどろんこの体でしがみついてくるため、長いシャベルで器をひきよせて餌を入れ、またハンビョルの届くところまで押し戻しています。

もう何をやっても、むっちゃくちゃとしか言いようが('A`)

退屈でストレス溜まっているんだろう・・・
小屋の近くにあった木の幹も、噛んで皮はがしちゃったし。小屋の周りの土の部分は掘りまくって穴だらけだし。
小屋につながれているのに、なぜか絶対に入りません。一日中小屋の前ですごしています。小屋はただの日陰作りになっています。

珍島犬って、賢い犬種・・・って言った人、ちょっと来てみ??

猫や犬が通れば何か言ってるけど、人なら誰が来ようと吠えずしっぽ振ってる。
これからもっと大きくなり、ずっとこんなテンションで強くなられたら本気で子供たちは散歩に連れて行けなさそうです。


私も子供たちも、かわいいかわいい、大好きと思ってる。もうちょっと気楽に近寄らせてほしいよ。
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我が村のお年寄りのほとんどは、村の始まりからここにいる、先住民と言える人たち。
そんな中でうちの隣のおばあちゃんは、去年新しく引っ越してきた、私と同じ「他所から来た人」です。

そのおばあちゃんは田舎の空気や穏やかな生活を求めてここに移住し、毎日敷地内の畑をしたり本を読んだりして過ごしていますが、一番仲良くなった近所のおばあちゃんが入院してしまい、最近は寂しそうにしている様子が私の目にもはっきりと分かるくらいでした。

私から見たら村内に山ほどいるおばあちゃん同士、皆様忙しくもなくどこかの庭先にたむろしてはしゃべっているのだから、そのコミュニティに入るのは簡単のように思えます。
ところが意外とそうでもなくて、そのおばあちゃんはたった一人仲良しだった人がいなくなり、他に行くところもないので家ばかりにいる感じ。

私こそ基本が社交的でないので村内に友達などおらず、ママさんたちと会えばしゃべるがわざわざ家に遊びに行くような関係の人はいません。村内だけで生きてるのでなくあちこちで社会の付き合いがありますから、寂しさは全くなくこのくらいで大満足している根暗な私ですが、隣のおばあちゃんの目には逆に、私たち若い人たち同士がそのような一線ひいた付き合い方をするのが違和感らしい。お互いに、「年寄は誰とでも仲良くできる」「若い人は一緒によく遊んでいる」と思ってるんですね。

私の住む村は200世帯ほどの、典型的な農村です。

韓国でも最北端に位置し、朝鮮戦争時は国内でも指折りの激戦区となった歴史を持つここ鉄原郡は、戦後荒廃して地雷しか埋まってないような非武装地帯沿いの土地を開拓して、村を造る事業を進めました。元々居住していた住民たちの帰郷への声の高まりに加え、主に食糧増産と、北に対して心理的に優位に立つ戦略上の目的がありました。

北の「宣伝村」は人が住もうが住むまいが、わざと韓国から見える近い場所にはりぼてのような建物群を建てて、国民が豊かに暮らしているように見せかける集落がありますね。
韓国のそれは政府の計画によりその役割や意味は村によって様々ですが、本当にちゃんと人の住んでいる普通の村を造りました。

私の村も当時、荒れ地を開墾し農地開拓を主な目的に造られました。1968年のことです。
地雷だらけの土地にまずは男たちが入り、2年ほどかけて形にしたころに家族を呼び寄せて移住した…その先駆者は今や80をゆうに超えるお年寄りたちです。

開墾の過程では地雷の事故で大けがをする人も、命を落とす人さえいました。昼間はそのように命がけで作業をし、夜は夜で北の脅威が今よりもずっと危うく、ぴりぴりしていた時代でした。

村人は強い絆を持ってともに苦労を乗り越えてきたのです。

しかし時代というのは優しくもひんやりとしますね。ずっと変わらないものではありません。
村人の心がお互いに思いやることに変わりはなくても、時代に合わせてその思いやる方法は変わっていきます。

お義母さんからもたくさん聞きました。
昔は機械がないから村人たちはもっともっと共同体で作業をし、ご飯も一緒に食べ、自分ちも隣もなかった。

私から見ると今でも十分に仲良しすぎる農村なんですが・・・

末っ子である私の旦那は村内にできた幼稚園に通いましたが、義姉・義兄の時は幼稚園がありませんでしたので通っていません。親も忙しいので、子供は近所も自分ちもなく伸び伸び走り回って過ごしたのだろうと想像します。私と旦那、同世代なのに幼き頃の話の世界が違いすぎます。旦那の話は、私の父の時代を彷彿とさせます。

また、今はなーーーーんもない村でも、クルマがまともになかった昔は結構お店があって毎日の食材には困らなかったらしい。時代は村が発展する方向ではなく、村人がクルマを所有して町に買い物に行く方を選びましたね。

昔と今と、どっちがいいとかそういう話ではないです。村の人が楽しく笑っているなら、なんだっていいんです。
ただ、特殊な絆で結ばれた村の先住民が亡くなりつつあり、その三世、四世が中心の今、そして今後、村の雰囲気はがらりと移り行くんだろうなぁ。というのは、何も知らない余所者のくせに生意気にも思うんです。

寂しそうな隣のおばあちゃんの姿から、そこまで迷想が膨らみました・・・
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おかげさまで、末っ子すわが4歳を迎えました。

赤ちゃんのころは人形のように静かで、皆から「目が動かなければホントにぬいぐるみかと思う〜」とまで言われていた子が、今は姉・兄と共に立派なサル山のサル。騒がしいったらありゃしません。

「もう私は赤ちゃんじゃない。大きくなった。」

と主張するわりには、自分が家では末っ子である程度甘えても許されるってことも知っており、都合の悪い時には

「すわはまだ小さいから、できない。」

と使い分けする、恐ろしい女。
すごいぞ、本能で自分の可愛さを知り、武器として使いこなしているよ!そしてそれに一番やられているのは、私!ごめん、姉ちゃん、兄ちゃん・・・

やっぱり笑顔は大事だと思う。
すわのチャームポイントはいつも笑ってること。ニコニコニコニコ、とにかく笑顔なのです。大人の変な作り笑いでなくて、子どもの自然な満面の笑みを絶やさないことに、たくさんの人から愛されキャラになっています。(そしてそれを自分で知っている・・・)

ここ数か月で、自分の名前と私の名前が書けるようになり、絵も兄ちゃんよりうまくなりました。
一か月前には、こうだった人物画が・・
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絵が好きで、毎日毎日描いているうちに今では結構しっかりしてきました。
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ちなみに3年離れた兄ちゃんの絵は
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うん、あまり差がないかな!笑

ピカソ?
本人は「ゲームを作った」と言います。
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幼稚園で毎月一度、その月の誕生日の子どものお祝いが行われます。
主役のお宅は、2000円ほどでケーキやお菓子、フライドチキンなど先生に頼まれたものを、他の友達は100-200円くらいのプレゼントを用意するように言われます。

すわも、どっさりとプレゼントを貰って帰ってきました。靴下とか文房具、お菓子などの中、本人は金色ハートの髪のピンを一番喜んでました。
髪が腰の近くまで伸びているので私は再三、ちょっと切ろうよと言ってるのですが「アナと雪の女王」の主人公、エルサ病がまだ治らないので「切ったらエルサ(ただの三つ編み)ができなくなる」と切らせてくれません。
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さらんへよ〜
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わが子3人とも、おもしろおかしく元気に育っております。
ありがとうございます!
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