韓国に行った日本人―Welcome to Korea

韓国の農家の男性と結婚した韓国在住の日本人。江原道鉄原のガイドをしています。 「鉄原」「あむツアー」のカテゴリをご参照に、elephants322@hotmail.comへご連絡ください〜

June 2017

朝鮮戦争が勃発したのは、1950年6月25日。

なので韓国では、6月25日は全国各地で追悼関連の行事が行われる日です。今年は日曜日だということもあり、ますます多くのイベントがあったことと思われます。

その前日24日。
ガイドに行くと、観光案内所の職員のおばちゃんが、

「さっき、あるおじいちゃんから電話かかってきてね。『鉄原は戦争でどれだけの人が亡くなったか分かってるのか!』って怒るの」

ほうほう。

「『そんな場所に対して、安保観光とは何事か!』って30分も説教された」

こちら鉄原は、非武装地帯や北朝鮮の地下トンネル、地雷などいわゆる戦争・南北関係、統一関連をテーマに「安保教育」ツアーを行っています。
それを「観光」と名称をつけてるのは如何なものかってことですね。
そのおじいちゃんは、「安保探訪」など別の呼び方にしなさいと仰ったそうですが、私はそれも一理あるかもね、と思いましたよ。「安保見学ツアー」とか?

かつてガイド講習で「観光とは何か?」という定義をテーマに大学教授から講義を受けましたが、その日のうちに全部忘れてしまったってことは覚えてる...

そんな、6月25日。

私は何をしていたのでしょうか。
ガイドに出て、戦争の痛みを感じていたのでしょうか。南北戦争を想い、静かにしていたのでしょうか。

いいえ、ウナギを食べて喜んでいました...

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実はこの日は旦那の誕生日。
私たちも義両親も連日続く野良仕事で疲れているので(ということにして)、、、ウナギはなかなか食べる機会がなくて、私は韓国では2度目じゃないかと思います。

隣町の京畿道漣川の奥地で。

炭焼きです
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ここは養殖場で、1kg60000ウォンでした。天然モノは、15万くらいはするそうです。
私たちは大人4人と子供3人で2kg頼みましたが、お腹いっぱいになり最後の方は無理に食べきりました。

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肉でも貝でも何でも、焼き職人は必ず旦那。

日本のように甘いタレの蒲焼きじゃありません。
半分は塩をふって焼き、半分は赤い甘辛タレをハケで塗って焼きました。私はこのタレはイマイチでした。

焼いたものはサムジャンをつけ、サンチュで巻いていただきました。豚の焼肉と全く同じだ。

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運ばれてきたウナギのお皿には、小さい注射器が添えられていました。
その中には、薄黄色の液体が。それをチューっと、焼酎ビンに注入する旦那。

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ウナギの胆だ。と皆が言うので、胆汁かと思います。
苦いそうです。

ビニルハウスの中にテーブルが並んだ場所で、日曜だから奥さんが教会に行ってしまったと、若干ヨボヨボしたおじいさんが1人でせっせと運んでくれた。
隣のハウスでは、沢山のチョウザメとウナギを養殖していました。

美味しゅうございました...

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近所の養蜂場を営むおじさんが、人手が足りないから蜂蜜の採取を一度だけ手伝ってくれとのことで、旦那出動。

長袖のTシャツを来ていたものの、刺されまくって腕や背中に赤い跡をたくさんつけて帰って来ました。

翌日。

長年患わっていた、腕の神経痛?(拳に力を込めると痛みを感じていた)が消えたと言うのです。

そりゃ、ミツバチの針を使った鍼治療があるのは知っているけど、それは専門家のもと行うのであって、テキトーにプスプスやられてそんなワケあるかいな...と、笑ってたんですが、それからかなり経った今も痛くないと言ってるので、どうも本当に効いたようだ。

報酬にハチミツ貰えたし、治療にはなったし、一石二鳥の出来事でした。
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今日も、北朝鮮からの対南放送が響いてくる。

最近いらっしゃった日本のお客様の案内時に、展望台でたまたま北から聞こえてきた歌謡曲について
あ、これはモランボンの最新曲かな〜最近北で流行ってるみたいですよ
と教えてくれました。

そのお客様は北のラジオを聴くのが趣味で、その曲が最近ラジオからガンガン流されてたそうなんです。対南放送もラジオなのかもしれません。

そして自宅では何やら旦那が口ずさんでいるので何の歌か尋ねると、
最近毎日おんなじ歌が聞こえるから、つい・・・
と、北朝鮮のK‐POPを刷り込まれてらっしゃいます。
私たちのビニルハウスは北が近い前方にあり、また、フォロー的にしか仕事しない私よりも専属でそこで長く過ごす彼には、北の放送がBGMになっちゃってる。

自国のK‐POP、全く知らないくせにネ・・・

それからしばらくして家族で西の海に遊びに行ったのですが、鉄原からだと横に「臨津江(イムジン河)」を目にしながら坡州(パジュ)を走ります。
イムジン河と言えば、分断ラインである非武装地帯に近いので南北を隔てる舞台として歌も有名です。

イムジン河を眺めて走りながら、旦那がぽつりと

イムジンガンって歌、なかなかいいよね

ザ・フォーク・クルセダーズのことを言っているのかい?なぜ、オマエが、それを知っている。
しかも、元は北朝鮮の曲だということは知らないでいる。

尾崎の15の夜といい、彼の日本に関するトリビアが私の予想の斜め上を行ってることしばしば。
自国のK‐POP、知らないくせに・・・(二回言った)

てなわけで、臨津江を見ながら「イムジン河」を聞く日韓30代夫婦のドライブ。
しかも、改めてまじめに聞いてみたらめちゃめちゃいい曲やーん!目の前にイムジン河見えてるし、私、思わずこみ上げてしまいましたよ、自分でもドン引きですよ〜
毎日北朝鮮を見て、非武装地帯の説明をしている職業病かもしれません。でも本当に、切ない曲ですね。

こちら→
原曲はこちら→

対北放送で、北に向かってこの「リムジンガン」を流すのって、やっぱナシですかね〜
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かわいいけれど、賢くはないんやろうなぁ〜・・・・

そんな印象をみんなに持たれていたハンビョル(我が家の犬)。

その主な原因は「逃亡」癖にありました。

近所に友達や彼女?がいて、隙あらば私たちの手をすり抜けてあの手この手で消え去ることジェリーの如し。
あまりの怪力にリードをつけての散歩がままならず、彼もストレスが溜まるのは分かります。遊びに行くなとは言えません。問題は、出て行ったら自ら帰ってこないことでした。しかし私たちが探しに行くと必ず捕獲されるので、完全失踪事件には至りませんでした。

そんな・・・
家に全く愛着を持っていなさそうな彼が、一か月ほど前に突如、変貌を遂げた。

本当に、ある日突然!

庭でチェーンを外したところ、いつも通りどぴゅーっと走って行っちゃうと思いきや、なんだか庭をウロウロ嗅いでてすぐに行かないので、ふと思い立ち「ハンビョラ、一緒に行く??」と声をかけて私が先に庭を出てみました。

なんとそのままついて来て、一緒に一時間の散歩をしました。
この出来事は、私の中で記憶に残る幸せな喜びの日のスタートでした。

その日から、つかず離れずで近くを遊びながらついて来るようになり。
自分がだいぶん先に行ってしまうと、こちらを振り返って私が近づくのを確認してから進みます。離れ過ぎてカーブで見えなくなると引き返して来て、やはり私が来ているのを確認します。

あれ?なんか急に忠犬??

これ以降私は、人が少ない時間帯を狙ってこのように散歩させるようになりました。町中では到底無理な方法ですが、田んぼばっかりの農村であるから許されると勝手に解釈しています。

散歩中に友野良に会うとそのまま消えてしまうこともありますが、以前と違ってしばらく後にはちゃんと帰宅するように。
リードつければ全力で引っ張り合ってお互いストレス、
かといって放してみれば失踪するのでストレス、
逃げれば帰ってこないのではと探し回ってストレス、
家に繋ぎっぱなしだとこれもお互いストレス。

これらのストレスが一気にフリーとなった。

あまりの変身ぶりに(こいつはもしかしてハンビョルにそっくりな他の犬なのか?)となんらかの陰謀説まで真剣に考えた。
一歳を過ぎて大人になったことと、早くにこのようにやればうまくいってたのかな、私が気づいてなかっただけかもな、と理由をおさめて今日も二人で歩きます。

でも暑いからって、よそ様の田んぼに体を沈めつつ歩くのやめて。
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毎日自ら泥だらけになりにいくので、洗ってやりたいがタイミングが分かりません。
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とにかくハンビョルは、もはや私に幸福を与えてくれてる大きな存在です。


最近サボリ気味でした、ごめんなさい!
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