韓国に行った日本人―Welcome to Korea

韓国の農家の男性と結婚した韓国在住の日本人。江原道鉄原のガイドをしています。 「鉄原」「あむツアー」のカテゴリをご参照に、elephants322@hotmail.comへご連絡ください〜

September 2018

広々とした米どころ鉄原平野も、寂しい感じに染まって...
北朝鮮も心なしか寒そうに見える。
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道にはこんな幕が。

「2018 新米販売します」
「鶴への餌(藁存置)提供によって生態系を保全しましょう」
「契約農家は翌三月までわらを約10-15cmに短く切って田んぼに敷き、秋深耕禁止
-鉄原郡庁 環境山林課-」
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昔々、カマで稲刈りして束ねて干してた頃とは違い、コンバインで刈りながら藁はその場に落としていきます。
田んぼにまた違う機械が入り、藁を集めてロールにし、牛の飼料になるのです。

牛の飼料に持ってかないで、田んぼに置いたままなら藁に多少残ってる米粒が鶴の餌になるってことで、丹頂とマナヅルの一大飛来地である鉄原では当然の事業でありましょう。
藁を残すと坪当り100〜150ウォンくらいもらえます。

しかし農家としては、鶴のことを思って藁を残すというよりは、集めないですき込めば肥料になるので残します。
逆に土地が栄養過多になるのを避けるため集めてしまう農家や、単純に牛の飼料にする方が高いと売ってしまいます。

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なんとなーく木々の色合いが変わってきました。
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チュソク(お盆)の日。

毎年恒例、義父の1番目の兄(は亡くなっているので)の息子のお宅訪問です。

目的は茶礼(チャレ)。
先祖への挨拶ですね。義父の両親と1番目の兄に対して御挨拶です。
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朝6時出発、移動中の車内での会話。

前日に、都会から地元に帰省した友達と飲んだ夫が

「最近はチャレをとりやめた家が結構ある。昨日も1人の友達が、もうやらないことにしたと言ってた」

息子の話に機嫌を悪くしたのか、義父は黙っていました。
実際、チャレは準備する方も、遠くから訪問する方も大変です。そんなに好まれている行事ではないことは確か。

それでなくても最近見るからにイライラしている義父。

今年は、コンバインを準備するのに時間がかかったり、夫の怪我でさらに何日かとられたりかして、稲刈りに取り掛かるのが予定よりかなり遅れたのです。

少々遅れたからと稲に影響があるわけではありません。それに周り見ても、他所よりものすごく遅れてもいません。
もっと遅い農家もたくさんあります。

でも、義父の性格や昔の人っぽい気質は

「うちの田んぼの横は全部終わってる、うちは残ってて人に恥ずかしい」

と言う考えになるようです。

恥ずかしい恥ずかしい、とため息ついて怒りながら仕事するので、一生懸命一緒にやってる夫たちも気分よくありません。
やっぱりケンカになります。

周りの農家も運営が世代交代してきてる中、夫と兄さんは父の年齢ややり方に限界を感じている部分が顕著になってきてる。

義父はまだまだ元気で仕事も一生懸命。

一番しんどいのは...

間に挟まれている義母だろうなぁ。

息子の言い分も分かる。
義父の衰えも、ちょっとややこしい性格も分かっている。
でもずっと苦労続きでここまで大きくした義父に、息子が偉そうに意見するのも見てられない。

父vs母、父vs息子、息子vs母

それぞれケンカしまくって、「もう来年からは俺は抜けるわ!」「おぅ、辞めちまえ!」と今までも何度か聞いたことのある怒号をぶちまけ、翌日はまた一緒になんにもなかったように仕事している。

この人たち、一般的に「仲の良い家族」と言える...のでしょうね!?

ややこしわー!


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朝食の時間帯って、ちょっと緊張する時間でもある。

それは、義父が時々やってくる

いや、家はすぐそこだし、しょっちゅうお互いに行き来しているのでいらっしゃるのはいいのです。日常茶飯事で慣れていて、何とも思わないのです。

問題は「来ること」ではなくて、「朝食を見られる」こと。

我が家は時々食パンを食べる。
ご飯の日とパンの日の割合は、だいたい7:3くらいかな・・・?

そしてタイミング悪く、パンの日にやって来る〜!

義父だけではありません。
都会生活はどうだか知らないけれど、田舎であり米どころの農村であり、そしてご老人が多いこの地域は、パンを食事にするなんて言語道断!みたいな思想があります。
だから私は、義父に食パンやシリアルを家族に食べさせているのを見られるのはまるでカンニングを見つかった生徒のような気持ち。(例えが適切か分からない)


秋夕の前日なんて最悪でした。

夫はその前の夜に地元に帰ってきた友人と村から離れた繁華街で飲み、帰りは人に乗せてもらったので自分の車は街に置いてきてました。
毎朝のウォーキングで、日中の移動中で、まるでチェックするかのようにいつもうちの前を通る義父。
「おい、何で車がないんだ」
とバンっと入ってきたのは、ちょうど食パンをほおばっている最中・・・
狭い我が家は家にあがるとすぐリビングで、食事風景丸見えという構図です。

義父がいなくなり、今度は近所のおばあちゃん。
秋夕だから子供にお小遣いをあげようと来てくれたのですが、案の定、
「オモ、これ朝ごはん?なんで?
なんでって言われても・・・一応パンだけじゃなくて、パプリカスープとバナナジュース、ハムと目玉焼きとリンゴがあったんだけど。
おばあちゃんの目には、どれもとてもじゃないが「朝食」には見えなかったのでしょう。

そして今度は、秋夕という理由で叔父さんがギフトセットを手にやってきた。
農村という土地柄、みなさん習慣的に朝に来る。

あーあ。

あすこの嫁は、朝食をちゃんと用意しないふつつか者というレッテルを貼られたかーもね〜。

ま、いっか。
手抜きのふつつか者は間違ってないし。

ひらきなおりっ!!

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こちらは昨日から秋夕(チュソク=お盆)の連休。

世間は大忙しです。
明日が秋夕で夫の方に行くから、前日の今日は奥さんの実家に行ってる家庭が多いでしょう。

私は実家に行くこともなく、義母が秋夕のお料理を忙しくする人でもなく...
鉄原の観光も休日で、夫は稲刈り、子供たちはいつも通り教会に遊びに行った。

なので私は、一人朝から窓を磨いた。

昨日土曜日の観光案内所は、週末の割にはとてもお客さんが少ない日でした。
皆さん秋夕で観光どころじゃないんですね。
それで出勤したもののヒマな時間が多くて、他のガイドさんたちと案内所横のコスモス畑を散策。
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ここは元々軍隊の陣地であり、リゾート開発しようと広大な土地を郡が買取ったところ。
案の定(←)開発の話は上手くいかずに、ただの花畑にしています。

鉄原の運営下手には色々思うところがあるが、花には罪がない。
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一緒に散歩したガイドさん。

さすが、ただでは帰らない!
ドングリが沢山落ちている場所を見つけ、大喜びで日傘に拾い集めるお母さんたち。
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1人はドングリ茶を、1人はドングリムッ(묵)を作るとのこと。
묵とは、ドングリを粉に挽いて水を入れてゆっくりと混ぜながら加熱し、寒天みたいにプルプルに固めて作るる料理です。


これからこのような日常の光景も見なくなるのだろうか?1537514842453
例えば統制区域が解除されるだけでも、韓国前方地域の景色、良くにも悪くにも大きく変わるでしょう。
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多くの方がコメントやメッセージで夫のケガをご心配くださり、本当にありがとうございました!

おかげさまで昨日退院し、今日は朝からコンバインに乗って稲を刈っています。
気の毒だけど時期的に休んでいられないのです・・・右手は健康な3本の指を駆使し、仕事もするし酒も呑みます。

こちらは米どころ鉄原。
地域全体をあげて一番稲刈りが盛んな時期であり周りがどんどん刈っている中、自分達はまだ手をつけられていない状態に義父と主人は焦りを感じているのがありありと伝わってきていました。

来週は「秋夕(チュソク)」と言って、韓国のお盆連休。

秋夕といえば!
ギフトセットが国内中を舞い飛ぶのですが、そのせいで運送会社がカオスな多忙さになるので秋夕連休の4日前(明日)からは宅配受付終了です。今日までに持ち込んでない荷物は、もう秋夕終わるまでは運んでくれないってわけです。

鉄原の米農家たち、できることなら早く刈りたい理由は「新米を秋夕の贈り物にする」という目的があるからなんです。

買ってきたギフトセットでなく、自分とこの新米を贈る。
贈るほうも、贈られるほうも大変よいことだと思います。秋夕前に受け取った人は、秋夕で集まった家族や親戚と、その新米を食べられます。義父を見ても、親戚や懇意にしている人にひとつずつ贈って、それだけで何十個にもなっています。
我が家は今年は間に合わなかったけど、早く刈るより遅く刈った方が稲が太って重みが増すというメリットはあります(でも早く終わらせたいよね

病院から戻った夫の小指には、手術で差し込まれたワイヤーの先っぽがちょびっと顔を出していました。
まるで「小指山に立ってるちっちゃい電波塔」みたいです。6週間後に電波塔は引っこ抜かれるそうです。

娘2人は、パパが帰ってくるとそれぞれが「退院おめでとう。サランへヨ。健康でいてください
と手紙を書きました。(もちろん息子は書かないヨ)

※末っ子すわの手紙
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夫がケガをしてしまいましたTT

農業機械整備士の資格を持っていて機械関係に強い彼は、多少の故障は自分で直せます。
機械オンチな妻としましては、車がおかしくなったら全部彼に丸投げできるから便利(←)なのですが・・・

そんな夫が稲刈りを目前にコンバインを整備している最中、回転するベルトに手を当ててしまったのです。

かなりざっくりやって2本の指の爪と骨まで損傷したものの、不幸中の本当に!幸いでした、ぎりぎりで靭帯が傷ついていなかったのでほぼ元通りになると言われました

やってしまったのは小指の第一関節より上の先っぽ。

病院につれて行く間に

小指が皮一枚でつながってる感じ。痛みは意外と感じないね

と言うので、泣くのをこらえて病院まで運転しました。

見た目は、横から押し切りされたように切断面があいまいで血だらけだったので私達には到底判断つかなかったけれど、実際は肉が数ミリつながっていて、縫合してピンを入れる手術を受けて数日の入院となりました。

二人して大きな病院の救急センターへ。

私達(←もしかしたら指先が完全切断したかもと思ってる人たち)としては自分らが一刻を急ぐと思っているから、状態をちょっと確認されたあとは6時間もただ座って待たされていることに焦りを感じてました。

しかしその間ひっきりなしに救急車が出入りして、おそらく交通事故であろう血まみれの人や、意識のないお年寄りが運ばれてくるのを見て、

私たちって大して救急でない部類なんだね〜

とのん気なことを言えるくらいになった頃、手術の順番が来ました。

痛みに強い方の夫はもう平気な顔はしているけれど、彼も人間、どんなに内心モヤモヤしているかと思う。
今回の傷のことだけでなくて、今まで蓄積した作業中の多くのケガ。機械のせいで、結構体中傷だらけ。
得意な仕事は危ない仕事。
これからも続けて行くべきか。

ていうか、機械を扱う人みんながこうじゃないよね。
ちゃんと安全に無傷でやってる人も多いよね。
やり方が無骨で過信しすぎてるんだよ!もっと気をつけろよ〜!

というイラつく気持ちと、いつも危険と隣り合わせで気の毒で申し訳ない気持ちが私の中で交差してます。

義父は、息子への心配と同じくらい作業の遅れの心配も大きい。
稲刈りを今すぐにでも始めなければ行けない時期に、コンバイン乗りがいなくなりストレスで食欲が落ちている。

ケガした本人は、
病院のごはん意外といける。うまい
とむしゃむしゃ食べてる。

なんだよ〜、妻のごはんより気に入ってる場合かよ〜、アンタの父さんもっと弱ってるよ。

少々気にさわりますけども、元気なくなって食べないよりずっといっか。
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イド仲間のアジュンマ達と、仁川の「江華島」(カンファド)へ遠足に学習見学へ!

鉄原のせいですっかり安保脳になってる私は、江華島と言えば「北朝鮮の村がめちゃめちゃ近くに見える島」くらいの認識しか持ってなかったのです。アンポンタン脳だわ

今回「鉄原ガイドの団体」として連れて行ってもらうことで、江華島のベテランガイドさんに一日かけて案内してもらい、とても楽しかったのですが・・・

他地域見学の度に思うこと。

私・・・鉄原でよかった〜TT

鉄原の主な観光テーマは安保。
もちろん古い歴史も絡んではいますが、中心はかなり近代史です。

対し、古刹や何百年前の文化遺跡、三国時代や朝鮮時代の歴史を扱っている地域。
一生懸命に説明してくださるガイドさんたちすみません。

私、正直ちんぷんかんプーン
がんばって聞こうとはするんだけど、3歩進むとまったく頭に残っていないという・・・コケコッコー

今回も、江華島の平和展望台から対岸の北朝鮮を望む時は、説明が頭に入り、興味深々!
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 それから「伝燈寺(チョンドゥンサ)」というお寺では、ずっとお寺についてお話してくださるガイドさんに付いて回ったのに、覚えた情報は「韓国最古の寺」ということのみ。
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 帰りのバスの中でそのことに気づいて、横にいた先輩に「私、相当アホかもしれない」と訴えたら、「いや、鉄原ガイドやってたらそんなもんよ。ケンチャナ」と慰めてくれた。

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 しかし、韓国最古(372年)に建立された(もちろん当時そのままでなく復元しまくりの姿ですが)というこのお寺は、そんなに大きくないながらも雰囲気のよいお寺でありました。

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 平日にもかかわらず大変な賑わいで、特にお釈迦様の誕生日(陰暦4月8日)は、前日に来ないと入れないくらいだそうです。

そんな江華島見学日。

ハイライトは・・・・

帰りの車内がカラオケ会場

約3時間、狭い通路でずーーーーっと歌って踊る鉄原アジュンマたち。

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 あのー・・・

「私達は仕事中、バスの前方に立ってしゃべるのは命がけなのよ。バスが急ブレーキをかけたりしたら、転がって大怪我をする。すごく危ないからできるだけ座ってガイドしなきゃ」

とよく仰ってますよね。

歌って踊るのはいいのかーーーーい!!!!

と脳内ツッコミ爆発ですが、皆さんの楽しそうなことといったら!

これから韓国移住を考えている皆さん。
韓国でうまく世渡りをする方法のひとつは、人前で恥ずかしがらずに歌うこと、踊ることです。下手でもいいんです。とにかく恥をかき捨て、何でもいいから参加して体を動かすのです。
私は苦手なので、こっそり生きています。

カーテンは閉め、車内の照明はダンスホールのようにピカキラで、大音量のまさにカラオケルームそのもの。隣の人の声も聞こえないので、話をするときは耳に口をつけて叫ぶ。
時々運転手さんが「警察!」と叫ぶと一瞬 シャッ!って着席。皆さんチクらないでください


踊れない私は、座っては引っ張り出され〜を繰り返し・・帰宅して手のひらが痛いので見たら、手を叩きすぎて皮膚の水分が全部とんで干からびた田んぼになってました。

一番息もつかず踊っていたのは、着任したばかりの直属の男性上司でした。
最近、内部でいざこざがあって全体の雰囲気が微妙になっている感じがあったので、この日をチャンスに少しでも雰囲気を戻そうとしてわざとに盛り上げてくれているのは明らかでした。

単純に「地域見学が有意義だった」というよりは、仕事仲間の知らない一面が見えるという意味のほうが大きい。こんなイベントの時はいつもそうです。いや、地域学習がんばれよ

こういう日、結構好きです。
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トゥビョル・・・
我が家に来て2ヶ月ほど経ちました。

鍛え上げられた頬筋とジトっとしたお目めはかわいくないが、生き様が結構おもしろいので観察の日々を送っている私。

朝起きたら、まず彼女に朝食を。

帰ってきたら、自分の子より先に夕食を。

なぜなら彼女はまさに、「食べるために生きている」って感じなんです。

小柄な体にびっくりするほど大量の植物を口から摂取し、反対側からは摂取中いつでもどこでもポロポロポロポロ。

入れながら出しているその様は、○○チ製造機とでも言おうか・・・(あぁ、私の品位はいづこに

座って休んでいる時も、牛と同じで反芻してるもんだから「オゲッ」と戻しながらモグモグと口を動かしている。
オゲッ・・・・モグモグモグ・・・オゲッ・・・モグモグ・・・あぁ…

ハンビョル(うちの犬)と違い、少しでも食べる量が少ないとお腹がすっとへっこみ、逆にたくさん食べるとすぐに胃が横にせり出すので食べ物が足りているかどうか非常に分かりやすいのです。
これは4つもある胃の構造のせいかなと思います。
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2ヶ月で我が家の雑草はかーなり減りました。

変わりにパチンコ玉みたいな糞だらけです。
「アルプスの少女ハイジ」では、毎日ペーターとハイジが山にヤギを連れて行って放牧して草を食べさせますよね。
ヤギが草を食べている間、二人は草の上で気持ちよさそうにごろっと昼寝するシーンがよく出てくるんですけど。

あれ、無理ですよ。だってその辺り、全部ヤギのトイレやん〜TT

好き嫌いも、めちゃめちゃ分かりやすい。

食べない種類の草以外は、全部食べてくれました。
しかし、ある程度自由にさせていたら、植えてある豆の葉、ブルーベリー・トマト・オクラ・リンゴやナツメ・イチゴ・ショウブ・トウモロコシ・カボチャの葉、ニラも食べてしまいました。
うちにあるものの中ではキュウリの葉は食べませんでした。

果物や野菜の皮も何でも食べます。
バナナやブドウの皮も大好き。
お嬢なので、キュウリは一口大に輪切りにしてやらないと食べません。採り残してしまって大きくなり過ぎたキュウリは全部彼女が処理しました。

ほかにも木の葉や、周りにどこでも生えている葛の葉を採ってきて与えるとよく食べます。

食べてる時の顎の動きが妙にツボにはまる・・・今日も彼女のお食事シーンを真横でじーーーーっと見ている私の後ろで、ハンビョルが飛び跳ねながら嫉妬の雄たけびをあげています。

おかーさん、ボクも見て〜!!って...
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私のガイドの仕事場である「孤石亭(コソクジョン)」には、鉄原観光案内所があって安保観光ツアーの出発地です。

夏休みシーズンの一ヶ月、怒涛の繁忙期を終えて客足はだいぶん収まりを見せてきたが、今日もバスが数台。
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案内所横の広場では、9日に行われる「第15回 鉄原DMZ国際平和マラソン」の準備が着々を進められています。
日本からもたくさん出場するかな?
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そして、こちらが今日のコソクジョン。
この景色一帯が「コソクジョン」と呼ばれているところです。
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「孤石」
写真の大きな岩が、一人ぼっちでそびえたっていることから孤独な石としてこう呼ばれており、ここに新羅時代の真平王が二階建ての楼閣を建て、それを「孤石亭」と名づけたことが由来になっている場所です。

このコソクジョン、8月の台風の時は・・・
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こんな当たり前の平和に感謝です
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私の住んでいる江原道「鉄原」は、南北の分断ラインである非武装地帯を有している、国内最北の地域です。

私が住んでいる農村は、ここ鉄原郡の中でも前方地域(北朝鮮に近い方)にあり、今は解かれているもののかつては「民間人統制区域」という軍事地域内に置かれていて、言葉通り、民間人の出入りが規制されていた村でありました。

戦後荒廃した前方に食糧増産・それから対北心理作戦上優位に立つことを目的とし、いくつかの村がつくられましたが、その中でも一番規模が大きかったのが我が村でした。

入植の際には、前年にまず除隊軍人150人が募られました。
彼らが地雷の撤去と土地開拓を命を賭して行い、ある程度整った翌年1968年に家族を呼び寄せて150世帯で村の歴史はスタートしたのです。
当時から毎年行われている村の誕生パーティ「入住式」は、今年で51周年を迎えました。


と、このような少し特殊で激動の歴史を持っている我が村に興味を持ってくださり、日本の某新聞社の記者さんが取材に来てくれました。

3時間かけて、ゆっくりと義父が人生や村の話を記者さんに語る場に私も同席しました。
食事中とか、なんとなく話が出たときとかにチラチラと昔話を聞くことはあっても、面とつき合わせてじっくり耳を傾けるのは私も初めて。
実は記者さんと同じくらい楽しみにしていたかもしれません。

義父は、開拓をした1代目の弟です。
義父の4人兄弟の、1番目の兄が150人の一人として開拓に携わり、その兄の家族としてここに住み始めました。しかしその兄は開拓中に地雷を踏み、地雷事故犠牲者の第1番目として入植前に亡くなってしまいます。

開拓民150人はなぜ軍隊経験者でなければならなかったか。

まず地雷撤去作業ができなければいけない。
それから、休戦協定から15年も経っているにもかかわらず人民軍(北朝鮮軍)が非武装地帯を超えてくる時代だったので、銃を扱い戦えなければならなかったのです。
非武装地帯は今も昔も、ちっとも「非武装」地帯じゃない...

昼間はスコップで地雷を探し、夜になると銃を身近に置いて北の脅威に備える。そんな生活でした。まるで戦時中のように、家の灯りが外に漏れないよう窓には覆いをしてありました。

義父は入植当時二十歳でした。

小学校を卒業し貧困のため中学は途中で断念して、代わりに母が自宅に住み込みの家庭教師を雇ったので二年間漢字を学ぶことができました。
おかげで、お年寄りの中でも義父は漢字が非常に分かるほうです。

中学を途中退学したときからずっと、家計を支えるためにした仕事は鉄くず集めでした。
土を掘っては鉄を拾い、自転車で山に行っては薬きょうを麻袋いっぱいに詰めてきました。

村に移住してからも開拓しながら鉄くずを集め、しばらくして3年間軍隊に行って帰ったあと、同じ村で出会った義母と結婚しました。

入植者が何人もが命を落としながら開拓した田んぼは、登記を手にして突如現れた人たちによって奪われてしまいます。
開拓したらその土地は保障する、と言っていた当時の政府はぐっと口をつぐんでしまい、泣く泣く受け渡すしかありませんでした。

しかしその後こらえて耐えた末に、自らの力で村は鉄原内でも代表的な豊かな米生産地として名をとどろかすほどになりました。

現在は開拓第一世の150人も10分の1くらいに減り、残っている方々も高齢で弱っていますが、当時の貧しさや苦労話は、ぬくぬくと暮らしてきた私にとっては想像を絶するものです。

義父からにじみ出ている生きるための強さは、なるべくしてなったものである、改めてそう感じました。
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