韓国に行った日本人―Welcome to Korea

韓国の農家の男性と結婚した韓国在住の日本人。江原道鉄原のガイドをしています。 「鉄原」「あむツアー」のカテゴリをご参照に、elephants322@hotmail.comへご連絡ください〜

February 2019

私たちはのどかな農村に住んでいる。
上の二人は小学生、そして今年末っ子も学校にあがります。

夫が生まれ育ったこの村には小学校はあって、幼稚園や中高生は10km離れた街に通います。
昔、栄えた頃の児童数は村の子だけで100人以上いましたが、今は10分の1くらい。それじゃ寂しすぎなので、市街地から小さい学校への通学希望者を集めてやっとこさっとこ30人くらいにしています。

戦後に不遇の時代を乗り越え、農地豊かな勢いのあった農村の高齢化は進み、私の隣近所もほぼ独居老人か老夫婦。
息子夫婦が同じ鉄原にはいるんけど、この村じゃなくて市街地に住んでるという家庭も多い。

そんなんで本当に子供がいない。
国全体にいないものを、この田んぼと年寄りの村にいるわけがないのであります。

去年の暮れに、教頭先生に言われました。

そらオモニ〜、来年はすわ(うちの末っ子)一人です!どうか周りのお知り合いに宣伝してください。街で垂れ幕を張ったり、広報に努めたりしてるんですがどうも手ごたえがないんです

私も宣伝したいのは山々だし、実際機会があれば「うちの学校は小さいがゆえに予算も多いし、先生の目の行き届いてメッチャいいよ!」って心から言ってるんだけど。
でも、普通の親は「でも友達が少なすぎじゃん?やっぱ集団生活において、友達が多い環境がいい」
市街地から離れたミニ学校にわざわざ通わせるほどのメリットを感じる人は、多くない。

で結局、今年の入学生は末っ子含めて2,3人だそうです。ちょっと前に「一人のお母さんがまだ迷ってるので確定してない」って言ってたので、そのお母さんが裏切ったら(?)2人。英断したら3人。

ででで、1・2学年合同になるそうです〜
なぜなら2年生も3人しかいなくて、合わせても5・6人だから!

過去にも合同はあったそうですが、私が目にするのは初めて。
授業はどんな風にするのかな〜と、不謹慎にもちょっとおもしろがっているのは宣伝の一つもうまくできなかったすわオモニです・・・教頭先生すみません。

ちなみにその教頭先生は異動で他地域の校長になりました。
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日本のお客様から、本をいただきました。

面白く読ませていただいたので、ご紹介します。
タイトルは〈1945,鉄原
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イ・ヒョン という女流作家さんの小説で、日本語に訳されたものです。これを韓国語で読めと言われると10ページくらいで心が折れて投げると思うけど、日本語なのですぐ読めました。

イ・ヒョン氏は子供向けの児童文学が多いようで、我が村の全校生が30人くらいしかいない小学校に講演に来てくれたことがあります。
子供たちが握手したと言ってて、本も一冊家にあります。

鉄原出身というわけではなく、あとがきを見るに安保観光でこちらに訪れた際に見たものに衝撃を受けたのがきっかけとなり、この作品を書くにいたったようです。

内容は、鉄原市街地に住む若者数人が主人公で、1945年から1947年までの時代に翻弄される姿を描いています。

1945年といえば朝鮮半島が日本から解放され、同時に38度線で南北に分けられた年です。
鉄原はその後に勃発する戦争により韓国側になりましたが、それまでの数年間は38度線以北の北領でした。つまり今は、現在の分断ラインである軍事境界線と、38度線の間に位置してるわけです。

開放と共に共産主義下となり、朝鮮人民委員会の支配下に置かれる鉄原。日本時代に裕福に暮らしてきた地主は土地を全て取られ、反対に小作人として虐げられてきた人々は公平に分配されることにより狂喜します。
大地主の息子、小作人の娘、共産政権に賛同する者と反共勢力。
というように、登場する若者たちは同じ地域に住んでいる同じ年頃の友達でありながら、家柄や育ち、思想、立場などが違っていてそれぞれが悩みながらも、己の意思を持って行動します。

人物はフィクションですが、時代背景とそれに伴う彼らの複雑な心境はリアルで、読んでいて辛くなるくらいだった。今のように情報があるわけでもなく、国全体がどうなっているのかも、何が正しいのかも分からない状況の中でそれぞれの生き方を探している、そんな風に思いました。
このお話は1947年頃までが舞台で終わってるけど、今後戦争が起きてこの人物たちがその時どうなったかと思うととてもしんどくなります。現実そのように人々は流され続けるしかなかったでしょう。

私も、鉄原に住んでなければ絶対に手にとることがなかったとは思いますが、臨場感あふれる描写には韓国の歴史の一場面を知るにはとてもよい本だと思います。

私は少し頭がよろしくないので、途中になって数日あけて続きを読んだら「あれ?これ誰だっけ」と登場人物一覧を見返したりとなるので、わりと一気に読むようにしました。つくづく日本語版をいただいてよかったと思いました!

↑最後いらん情報〜?!
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子供というのはその純粋さから、時に残酷であります。

息子の最近の名言がコレ。
子供たちとの、二重まぶたの有無の話の最中に放たれた一言

おかーさんは目の下が二重まぶただね!!

それ、シワや。
目の下が思いっきりたるんでシワシワなんや、ほっとけ〜

そんなことより、冬休みまだ終わらないね!
子供は相変わらず、毎日外で遊びます。
雪が降れば村はずれの山でソリ遊び、雪がなければ川の氷の上を滑って遊ぶ。

家の中ではアレコレ創作活動をして、作品が日に日に増えていくので部屋がごちゃごちゃです。
机に棚にあらゆるスペース、本棚に並ぶ本の上まで作った小物が置かれて、本が取り出せない。
末っ子は絵を描いては自分で壁に貼りまくります。

こうも増殖すると「うわぁすごい!上手に作ったね〜」と表情を作ると同時に、(あぁ、また増えてしまった)とこっそりと処分することを同時に考えている自分を意識せざるを得ない。

しかし発想は私には微塵もないものばかりで、感動はするんです

見た目とはうらはらに結構な威力の割りばし鉄砲(兄)と、古びた感にこだわった宝の地図(姉)
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ビニール袋をヘアアイロンで挟みながら作った蝶やリボン(妹)
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白いストローに小さい穴が開いていて(点滴ホース)、上から水を流し入れるとポタポタ水が出る(兄)
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薬局ごっこ。中身はお菓子を粉砕したもの(姉)
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台所と倉庫の間のスライド式ドアに、ヒモがつけられて・・・
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ヒモの先には、水が入ったペットボトル。
つまり、ドアを開けたらペットボトルの重みで自然に閉まるやつ。(兄)
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手で閉めなくいいのは楽だけど、開けるのがわりと重いです。これは改善の余地あり。

タコ??(妹)
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こんな感じのものがいーっぱいで、家全体がギャラリーに。
息子は発明系、娘たちは芸術系が多い気がします。


私もこのお歳頃は、こんな素敵な人種だったと思うんだけど・・・ピュアが腐りきってあんまり覚えてない。
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軍事の街、鉄原には軍用品の店がたくさんある。

軍人用のシャツや帽子等の衣類から鞄やバッヂ、名札やアイドル写真まで幅広く扱っています。
もちろん軍人のためのお店だが、私は鉄原の師団に配属になった韓流スターのファンの方をお連れしては、日本の女性が色々と大人買いするのを何度も見てきました。
(私は自分用に何一つ購入したことがない)

行きたがるのはほぼファンの女性客が多い中、軍事モノが好きな男性もたまに望まれます。
とあるお客様はパッチを集めていて、愛車の天井にコレクションしてる様子を見せてくれ、且つブログに掲載を快く承諾してくれました。

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なるほどです〜。
私の車の天井はマジックテープくっつかないです。
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韓国の一大イベント、「旧正月」の連休が終わり〜

私の旧正月の日にやることと言えば、もう、心が無になるくらい毎年同じ。

早朝出発、義両親・義兄の家族・うちの家族総出で、

義父の一番目の兄宅で祭壇に向かい先祖への挨拶(茶礼チャレ)をして、
二番目兄宅に挨拶、
三番目兄宅に挨拶、
義母の実家に挨拶、
近所の親しい家に挨拶・・・・
(義父は4番目の末っ子)

ちなみに義父の三人の兄は全員亡くなっているので、その奥さんや子供家族が集まっている席に訪問するのです。夫のいとこたちですね。
この親戚たちは皆、亡くなった親(=義父の兄たち)のために各お宅で茶礼を執り行いますが、うちはまだ義父も義母も生きておられて茶礼をしないから、うちだけこのように挨拶回りをやってます。

連休明けに出勤すると、ガイド先輩の中には口にヘルペスができている人がいたり、疲れきった顔をしていたり。
皆さん姑の立場だったり嫁の立場だったりするんですけど、それぞれが大変だったご様子。

んで私が
「うちは毎年、義父の長兄宅にて茶礼を行います。長兄夫婦は亡くなってるから、その長男のお宅ですが。祭壇のお料理はそこの奥さん(=夫のいとこの奥さん)が全部やっておいてくれます」

て話したら、一人の先輩が叫んだ。

「?!亡くなった伯父さんの息子の家だよね?そこにアンタたち全員行くの?」

「はい、義両親も、義兄一家も、うち一家も全員・・・」

「何てこと!!そこの奥さんどんだけ大変か!代表で2人くらい行って茶礼してくればいいものを、大人数で押しかけるなんて!」

この50代の先輩は、お正月に実家に帰ってくる夫の兄弟が6人もいる、迎える側のお嫁さんの立場。
料理も準備も全部一人でやったというから、その大変さが身に染みて分かるのでしょう。

私「だから義母は、その奥さんにお金を渡してますよ〜」

「お金いらないから来ない方がいい!!」
って叫んでました。先輩、かなりお疲れなようだ。

でもこの先輩の言うことが一般的には常識的なのです。
私も正直に言ってしまうと、顔もしらない夫の先祖のために朝早くから幼い子供を連れて全員で行くの大変だな。義両親や夫だけ行ってはダメだろうか。
って思ったりもするけれど、義両親は行かなくていいって言ったことがないし、こーいうのも嫁仕事だと世の中の女性は皆やっているわけで。

また、この義父の長兄宅では「義父の両親」の茶礼と「義父の長兄」の茶礼を行います。
長兄の茶礼はその家の父の分だからともかく、義父の両親の分は末息子とは言えども生き残っている我が義父がやるべきこと。

「長兄の家だからといって、未だ甥に任せているあなたの義父は、ちょっと違うと思う。」
先輩にこのように指摘を受け、初めて「言われてみると、それも一理ある」と気がつきました。私が結婚した時から当たり前のように今の形態だったし、考えてもみなかったのです。

嫁の私がその辺の事情について義両親に口出しするわけはありませんが、夫にだけ話してみたところ、夫もかつて同じことを思って父に言ったそうなんです。
すると義父は
「長兄の息子(つまり本家扱い)なんだからそこでやるのは当たり前だ!何も分かってないくせに口出しするな」
と怒ったそう。

そりゃ、親戚同士、お互いが同意していることなら別になんだっていいでしょうけど・・・

女性は夫の方に行かねばならないので、自分の先祖側は参加できない。夫の家ではすごく仕事がある。
そういった女性の負担や、また迎える側訪問側がお互いに大変な行事だけに、疎ましく思われてる部分も否めません。
指摘した先輩は
「私が逝く時は、一切の祭礼を無くす!子供たちに苦労をかける意味なし!」
と男前に宣言していました。

昔はこういう日は特別なご馳走が祭壇に並んでみんなで食べるのが楽しみだったようですが、この豊かになった時代、逆にこのようなお料理は好まれず余るくらいです。
今でもかなり簡素化してる傾向だし、時代とともに徐々に少なくなっているくのではなかろうかと私は思っています。
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小学校に通う子供たちが、学校から何かにつけて「文化商品券」なるものをもらってくる。

読書をたくさんすれば、またマラソン大会で完走すれば、賞として。

都会に住んでると、この券が使えるレストランや映画館などがいっぱいあるのだけど、鉄原には全くない。一回で500円とか1000円分をいただくのを、何年か使わないでおいたら2万円分近く貯まりました。

私は前から子供たちを連れて行きたいところがあった。

それは、大きな本屋さん。
娘は本が大好きだし、ネットで注文するんじゃなくって実際に本がいっぱいある空間で選らばせてあげたいと常々思っていたのです。この商品券では本も買えるので、ソウルの本屋さんに行ってきたのでした。

光化門の教保文庫はとても大きな書店です。
しかも駅にくっついているのでアクセスが便利。入った瞬間、とてもいい気持ちに〜
図書館でも書店でも、本がたくさん並んでいる空間というだけで居心地がいいような、なにか静かな興奮が湧き上がってくるような、昔からそんな気分になる場所です。

しかも、本屋だからといってしーんとした空間じゃなくて、普通にわいわいと人でにぎわっているので子供の声に気を使うこともありませんでした。
子供たちは私と集合場所だけを決めて、それぞれ散って行きました。

日本の雑誌も小説も趣味の本も、その他海外の読み物も驚くほどたくさん置かれており、私は日本の絵本を一つ選びました。
子供たちもそれぞれ2,3ずつ本を選んできて、支払い金額は1万円ほどになりちょっと驚きましたが、今日の私は違う。商品券で支払えるから、怖くないのだ(稼いできたの子供やん)

購入した本の一部がこちら↓↓↓
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左は娘が欲しがっていた「漫画で分かる昆虫の進化」

そして右は言うまでもなく、私が衝動買いいたしました本ですね・・・
「海外で子育てしている日本人かーさん」としての、不安やエゴが選択に如実ににじみ出てますね、なんて意地悪は言わないでくださいね・・・はい、自分で言ってますわかってます

ちなみに、私の選択は見事にシカトされ、何日か経ちますが子供たちはだーーーれもこの本に指一本触れておりません。

ふーんだめげないもん
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私は在韓12年、「配偶者ビザF-6」で韓国に滞在しています。

このビザで、住んでいる分にはまったく問題なく、2年に一度の更新がメンドーだなぁとなんとなく思っているだけでした。
それでも2年毎に一日だけ割けばよいのだからさほど負担に思うこともなかったんですが、ふと「永住権」を取得しようと思い立ち、申請しました。

永住権に切り替えると、「更新が10年に1度」「統一地方選挙権」といった特典がつく。
選挙権はともかく、10年毎になるならやるか〜と思っただけなんですけど(だったらもっと早くやっときゃよかった)、これがめちゃめちゃ時間かかるぅ!!

申請書類を提出した時の説明では、「発行まで長いと1年かかることもある。しかし子供が複数いる場合は優先されるのでもっと早いだろう」と言われました。

子供云々のくだりは信頼度の意味であろうと思いますが、私は5月に申請した時に「韓国語試験の成績は問われません」とも言われたので、必要書類提出してからは後は待つのみ、だったはずなのに・・・

半年以上たった頃、電話で
「取得条件が変更した。韓国語能力試験(TOPIK)4級の成績が必要になったので試験を受けてください」

えー。ブーブー

周りの日本人仲間には、就職のためや自分の能力を測るためなどで、受けたことある人がぼちぼちといるが、私は一度もありませんでした。

でも、4級って全然大丈夫だよ!!

って、試験経験のある知り合いが言ったので、そのたった一人の証言を真に受けて「だよねー、落とすための試験じゃないだろうしね♪」と、本当に試験対策というものを何一つせず受けに行った。往々にしてこんな感じ

同じ試験を受けて、取得点数により4・5・6級となります。6級が最高です。

行ってみるとどうでしょう!!

試験会場の席につくと、周りの受験者はなにやらTOPIKというタイトルの分厚い本をぎりぎりまで開いてたりするじゃないですか?単語帳みてたりするじゃないですか??
私はそんな試験本の存在、そこで初めて知りましたよ・・・

「聞取り・読解」は、内容が難しいというよりは3時間近く集中することがしんどくて、普段どれだけ長時間の集中習慣がないかを思い知らされる機会に。

「作文」は、お題が「目標達成のためには計画をたてなければならないのはなぜか?どのような努力が必要か、意見を述べよ」
みたいなやつで、これが時間が足りずに規定の文字数まで到達せず、試験用紙の回収時に隣人のぎっちりと埋まった紙をちら見して、焦る。

こんな学生チックな負のドキドキ・・・この歳でいりません〜TT
あまりの不安に、ここで初めて「聞取り・読解・作文」の点数配分を確認する。
試験前に知っとけよー!

まままま〜、4級は大丈夫やろ〜!
最悪ダメでも、私には配偶者ビザがあるので別にいいのだ!!と開き直り、忘れた頃に成績発表があって、運よく6級を取れていました。今年の運を使い切った感すごい
ちなみに私の周りには6級とっている日本の人たち結構います。

あのゴミ作文で、よくもどうにかなったものだ。

しかし!

まだオチがあるよ!!

試験が終わり、成績発表を待っている間にまたご連絡が。
マニュアルが変わり、2級の成績でよくなりました

えっ、今なんと。

1級が一番低くて、2級ってその次。ほぼ初心者レベルです。
しかも2級のテストを外国人事務所(←車で1時間以上かかる)で改めて行うので来てくださいと言われて、5分で終わる超簡単テストを受けて合格して終了。
(いや、もうすぐ成績発表なんだから、結果分かってからでいいやん?4級に達しなかった人だけやればいいやん?)

あーじゃぁ、4級の成績は?「もう必要ないです」

受験費4万ウォンも払って2時間かかる試験会場行って、ドキドキしたのもいらなくなったっていうのですね。

シ、シドイ・・・
このように、マニュアルがコロコロ転がるのは韓国ではよくあること。しかし、半年ほどで2度も変わるなんてある?あるんだよね〜。韓国らしいね。

結局、2年に1度更新し続けるよりも大きい苦労をした気分満々ですけど、これで10年はビザのことを考えなくてよくなった。
・・・しばらくすると「5年毎の更新」にマニュアル変更になったりして。


ありうる〜TT
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