韓国に行った日本人―Welcome to Korea

韓国の農家の男性と結婚した韓国在住の日本人。江原道鉄原のガイドをしています。 「鉄原」「あむツアー」のカテゴリをご参照に、elephants322@hotmail.comへご連絡ください〜

カテゴリ: 行事

韓国の一大イベント、「旧正月」の連休が終わり〜

私の旧正月の日にやることと言えば、もう、心が無になるくらい毎年同じ。

早朝出発、義両親・義兄の家族・うちの家族総出で、

義父の一番目の兄宅で祭壇に向かい先祖への挨拶(茶礼チャレ)をして、
二番目兄宅に挨拶、
三番目兄宅に挨拶、
義母の実家に挨拶、
近所の親しい家に挨拶・・・・
(義父は4番目の末っ子)

ちなみに義父の三人の兄は全員亡くなっているので、その奥さんや子供家族が集まっている席に訪問するのです。夫のいとこたちですね。
この親戚たちは皆、亡くなった親(=義父の兄たち)のために各お宅で茶礼を執り行いますが、うちはまだ義父も義母も生きておられて茶礼をしないから、うちだけこのように挨拶回りをやってます。

連休明けに出勤すると、ガイド先輩の中には口にヘルペスができている人がいたり、疲れきった顔をしていたり。
皆さん姑の立場だったり嫁の立場だったりするんですけど、それぞれが大変だったご様子。

んで私が
「うちは毎年、義父の長兄宅にて茶礼を行います。長兄夫婦は亡くなってるから、その長男のお宅ですが。祭壇のお料理はそこの奥さん(=夫のいとこの奥さん)が全部やっておいてくれます」

て話したら、一人の先輩が叫んだ。

「?!亡くなった伯父さんの息子の家だよね?そこにアンタたち全員行くの?」

「はい、義両親も、義兄一家も、うち一家も全員・・・」

「何てこと!!そこの奥さんどんだけ大変か!代表で2人くらい行って茶礼してくればいいものを、大人数で押しかけるなんて!」

この50代の先輩は、お正月に実家に帰ってくる夫の兄弟が6人もいる、迎える側のお嫁さんの立場。
料理も準備も全部一人でやったというから、その大変さが身に染みて分かるのでしょう。

私「だから義母は、その奥さんにお金を渡してますよ〜」

「お金いらないから来ない方がいい!!」
って叫んでました。先輩、かなりお疲れなようだ。

でもこの先輩の言うことが一般的には常識的なのです。
私も正直に言ってしまうと、顔もしらない夫の先祖のために朝早くから幼い子供を連れて全員で行くの大変だな。義両親や夫だけ行ってはダメだろうか。
って思ったりもするけれど、義両親は行かなくていいって言ったことがないし、こーいうのも嫁仕事だと世の中の女性は皆やっているわけで。

また、この義父の長兄宅では「義父の両親」の茶礼と「義父の長兄」の茶礼を行います。
長兄の茶礼はその家の父の分だからともかく、義父の両親の分は末息子とは言えども生き残っている我が義父がやるべきこと。

「長兄の家だからといって、未だ甥に任せているあなたの義父は、ちょっと違うと思う。」
先輩にこのように指摘を受け、初めて「言われてみると、それも一理ある」と気がつきました。私が結婚した時から当たり前のように今の形態だったし、考えてもみなかったのです。

嫁の私がその辺の事情について義両親に口出しするわけはありませんが、夫にだけ話してみたところ、夫もかつて同じことを思って父に言ったそうなんです。
すると義父は
「長兄の息子(つまり本家扱い)なんだからそこでやるのは当たり前だ!何も分かってないくせに口出しするな」
と怒ったそう。

そりゃ、親戚同士、お互いが同意していることなら別になんだっていいでしょうけど・・・

女性は夫の方に行かねばならないので、自分の先祖側は参加できない。夫の家ではすごく仕事がある。
そういった女性の負担や、また迎える側訪問側がお互いに大変な行事だけに、疎ましく思われてる部分も否めません。
指摘した先輩は
「私が逝く時は、一切の祭礼を無くす!子供たちに苦労をかける意味なし!」
と男前に宣言していました。

昔はこういう日は特別なご馳走が祭壇に並んでみんなで食べるのが楽しみだったようですが、この豊かになった時代、逆にこのようなお料理は好まれず余るくらいです。
今でもかなり簡素化してる傾向だし、時代とともに徐々に少なくなっているくのではなかろうかと私は思っています。
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私の仕事は、江原道鉄原の文化観光解説師。

あぁ、カッタイ呼び名。
要するに観光ツアーガイドです。

管轄は居住地である鉄原郡のみだけど、江原道の資格なので色々な行事が江原道全体で行われます。

というわけで、先日は「江原道 文化観光解説師ストーリーテリング 競進大会

カタイね。
「競進」とか、日本では馴染まない漢字語・・・つまりは江原道のガイドのシナリオ発表会です。

江原道は18の市郡があって、各地域の代表者が自分のところの観光地を実際にガイドしているかのように発表するんです。
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各地域が二年に一度ずつ出場するので、鉄原ではまだやってない先輩が10人くらいいるから私の順番は20年くらい後。おばあちゃんやん。って、先輩ほとんどそれ以上やった。
その頃の鉄原って今と全然違うだろうな〜

発表会は滞りなく無難に進み、一番の盛り上がりはやはり・・・・
各地域の「ショータイム」でありましょう。
歌って踊ればみんなハッピー!!なこの感じ、在韓していればよく遭遇するシチュエーション。
あんま参加しなくても、眺めてるだけでも結構楽しい。

最初は座って手を叩いていた観覧席も・・・・
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後半はいつのまにか、ステージ前の人口密度が過密に。
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私も20年経つ頃は、この人の塊の中にちゃんと納まってるかもね。自分にメッチャ期待してます。

元気なガイドがたくさんいる江原道に、みなさまぜひお越しください!!

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日韓関係はこれまでなく嵐が吹き荒れる状況となっておりますが・・・このブログは一日本人のとある日常として、軽い気持ちで読んでくださいますよう、お願いいたします。
在韓している身として、韓国のよいところもよく知っているだけに胸中にはすさまじい葛藤があります。
マイナスの部分は、皆様メディアでよくご存知の通りですから、ここでは一個人の生活目線でプラスの面を発信していければ、と思っております。

ここから、今日の本題だよ〜ん↓↓↓

私は趣味として、多文化家庭センター(結婚移民者支援センター)で太鼓を習っている。

その太鼓チームで、慶州まで全国大会に行ってきました!
その名も「外国人住民 和合の祭典」とでも訳そうか・・・

というのも、まず我が鉄原郡が所属する「江原道」地区選抜の段階で、太鼓チームがいなかったのが功を奏したのかまさかの代表となったのです。

鉄原から6時間以上かかった慶州。
たった一箇所30分だけ観光した「東宮と月池」
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車窓から古墳が見えたり、瓦屋根の伝統的な町並みを通ったり、観光で改めて来たいと思わせる古都独特の雰囲気がありました。

韓国における結婚移民者数は20万人ほどもいるらしく、1位は中国、2位はベトナム、3位が日本、4位がフィリピン。
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なのでこの大会の出場者もほとんどが、中国、ベトナム、フィリピン人でした。
それに比べると日本人はほぼいませんでした。理由は、引っ込みじあんか、もしくはベトナムやフィリピン人と比べて年齢層が高すぎるかだと考えます。(あくまでも私の偏見)
私のチームメンバーもこの4カ国です。
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江原道からチェジュ島まで、各地域から計17の移民者チームが集まって自国の伝統舞踊や合唱などを披露する中、外国色を一切絡ませず、韓国テイストでの出し物が吉と出るか凶と出るか・・・
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結果は・・・

4位でした!
↓↓ 黒い衣装は私達、赤い衣装はセンターのスタッフの方達が太鼓と共に踊って、華を添えてくれました
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※顔は宝塚スター並みの化粧、美しすぎて皆様が卒倒するといけないので隠しました※

一位の大賞を狙ってただけに(言うねぇ)ちょっとがっかりしましたが、センターの先生達と仲間と一生懸命やったことが本当にすてきな思い出になりました☆
ここでは、結婚移民者という立場を利用して積極的に動けば、いろんな機会を与えられます。ありがたいことです。

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鉄原で祭り真っ最中〜

年を重ねる毎に、「なんとか祭り」が増えている。
韓国語では祭りと言っているが、ひとつの物質にスポットを当てた日本で言うところの所謂「フェス」的なものであり、稲刈りが済めば米祭り、トマトが採れればトマト祭り、魚の祭り、朝鮮人参祭り。。。。

国民でさえ、「最近祭り多すぎるよねぇ〜・・・」という声がちらほら聞こえるほど増えてる気がしますよ。

ただ今、こちら鉄原でやっているのが「縄祭り」と「温泉祭り」
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縄?
そう、稲刈りが終わった米どころ鉄原は、稲の藁が沢山あって縄を編める。

こんな感じの祭り※写真は祭りのフェイスブックからお借りしました
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それから、溶岩地帯である鉄原はゲルマニウム温泉水が出る。
ハンタン江という川沿いに立つ、鉄原唯一のまともなホテル「ハンタンリバーホテル」のお風呂は温泉です。
ホテルのサイト→

会場広場には、いろんな販売や体験ブースが出展して結構な盛況ぶり!!

しかし私はそんなに興味はなく(←この時点でブロガー失格)、昼間の会場はさらっと流し、夜の6時にやる気満々で出動!!

なぜなら・・・歌手のステージがある夜の部には、私の好きな「노라조」(ノラジョ)が来るからである!

生憎この日は雨で、私が行った6時ごろも使い捨てカッパが配られていてもほとんど人がいない。
他にも有名な演歌歌手が来るはずなのに、あまりのガラガラぶりに日を間違えたかと不安になったくらいでした。

冷たい雨と寒さにガタガタ震えながらも、おかげでステージの真ん前真ん中席をなんなくゲット。

ところで노라조 て誰?って思った人。
ググってください〜youtube見てください〜

本当に韓国に住んでいるのか疑わしいほど、韓国芸能人に無知な私。
同様にKーPOPにも人々から馬鹿にされるほど何も興味の無い私。

そんな私を魅了した数少ない、いや唯一のシンガーが、ノラジョ なのです。
変な歌、変なノリ、変な衣装、変な踊り、変なしゃべり、それが私の中の何かを刺激して大ウケ。
決してファンと言うほどではない。歌だって代表的なものしか知らない。でもなんか気になる、見たい、元気をくれる。そんなオッサン2人組。

その2人がこーんな田舎のステージに来てくれるんだから、のがすわけにはいかないじゃないの。

降りしきる雨の中、まずは演歌歌手が3組。
それぞれがわりと知られている人で、特に배일호はかなりトップ歌手らしいですが、それでも雨の不便さには勝てず、ひろーい会場は前列2列しか椅子がうまっていない。
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濡れながらも一生懸命に歌ってくれる姿に、こんなに客足がない公演は歌手人生初めてなんじゃないかしら?と申し訳なくなるくらいです。

そしてトリが待ちに待ったノラジョ。
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その頃は9時30分を過ぎていて寒くて歯がガチガチ言ってたけど、生ノラジョを見て、手も握って、幸せだった・・・皆、ひかないで。
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この日は「サイダー」をテーマにした、その名も「サイダー」という曲を披露してくれたのでこのような衣装になっています。頭にはサイダーがついてます。だいたいこんなテイストの人です。

歌ってくれた「カレー」「鯖」「サイダー」「スーパーマン」は全部私も知っている有名なものばかりで、あぁ、嬉しかった。

写真にも寛容で、鉄原住民たちめちゃめちゃ自分たちと撮りまくってたので、今頃鉄原のSNSはノラジョ率があがっていることでしょう〜

チョビンの芸人顔負けの息もつかぬしゃべり、まじめにふざけるパフォーマンス、2人のキャラのギャップ。ホントは前メンバーの2人を見たかったけど、それはもう叶わないからしょうがない。画面で見てたものが目の前にあって感動した、雨の夜〜

これで、私の人生で手に触れた韓国歌手が、ゴニル・ノラジョの2人となりました。
おめでとう〜!!

鉄原の祭りについてなんの情報もない記事、最後まで読んでくださってありがとうございます。
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私たち鉄原の公式ガイドたちは、ここでは簡単に「ガイド」って書いちゃってますけど、正式名称は

江原道文化観光解説師

と言います。・・・改めて漢字で見ると、仰々しいな。
江原道とは鉄原よりも大きなくくりの地域名です。

なので本当は「ガイド」と呼ぶのはちょっと違うという、強いプライドを持っている方たちもグループの中では多いです。
ガイドは観光の案内をする人、添乗員とか引率者なイメージでしょうか。比べ私たちは、「解説をする人」なので、ガイドではないという概念です。ブログでガイドと書きまくってることがバレたら、先輩たちから怒られそう笑 そのまま解説師は重い気がして…日本語でしっくりくる言葉ってなんでしょう。

そんな鉄原の文化観光解説師たち、 年に一度のイベントに参加してきました。
江原道全体の、解説師の皆さんと交流を図るためのワークショップで、200人以上が集まりました。
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皆でレクリエーションや、ドッジボール、出し物大会などを通じて親睦を図る。

持参した特産物を手に各地域が順番に前に出て3分ほどの紹介をするコーナーでは、司会者が「いつもリーダーばかりでなく、今日は末っ子(マンネ)たちにやってもらいましょう〜!」なんて余計なこと言うから、いつもいつも先輩たちの陰に隠れて陽の目に当たらないように努力して生きている私(←これでもガイドか)は突然のことに内心ガタガタ…

※皆さんの持参品の数々
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先に出てる地域を見てるとマンネじゃなく先輩がやってるところもいくつかあったので、救いの目でうちのリーダーをちらっと見たら、彼女はニヤッと笑って「잘 해라」(がんばんな)の一言。ちぇ〜
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他の街から私よりも年下の、中国人の女性がすごく堂々としていたのを先に見て勇気をもらい、何やら必死で1,2分わぁわぁしゃべって(覚えていないw)何とか乗り切りました。
ちなみに、米どころ鉄原から紹介した特産品は、お餅の入ったカップスープと米麺のカップ麺でした。
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この特産品紹介、他地域を見るのが面白くて。キムチだったりアスパラだったり、皮財布や化粧品なども、まだまだ私の知らない江原道がそこにはあった。ジャガイモばかりじゃなかった。
(韓国では 江原道=イモ みたいに言われる)

日本人の方にも会えたりなど、とても意味のある一日になりました☆
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統一地方選挙まで残りほぼ一週間。

6月13日の開票日は国民の休日となり、選挙権のない、(永住権取得後3年以上居住などの条件を満たしていない)外国人の私や子供たちにはただの祝日と変わらない。私は通常通り仕事です。日本も平日を休みにしたら投票率あがるかな。

街中ではかなり前から激しい選挙活動が行われていて、日本だったら選挙カーにうぐいす嬢みたいな、「選挙と言えば」な光景がここでは、雇われたおばさんたちがオリジナルの曲に合わせて通り沿いで踊りまくる、というもの。

信号待ちで撮影。前方で選挙活動しているの見えるでしょうか
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街中を走り回る各候補者の宣伝カーからは、演歌っぽい曲調でオリジナルソングが大音量で流され、あちこちのビルにはでっかい垂れ幕が掲げられ、候補者の番号が2なら「2」を指で作って道のあちこちで腰をふりながら通る車にモーレツアピールしてくる集団。

正直、ちょっと怖い…

日本居住経験のある夫は「日本の選挙っておとなしいよなぁ」っと言ってますけど、日本人の私の目には韓国が賑やかすぎですよ〜・・・バイトのおばちゃんが道端で踊ってるのを見て、この候補者に入れようと思う心理状態になるなら説明してほしい。
そんなことではさっぱり不明な公約とかがどうよりは、テレビのCMを何度も見せられるうちに植え付けられる、延べ視聴率効果のようなもんだろうか。

江原道教育監・江原道知事・江原道議会議員・鉄原郡守(郡長のこと)・鉄原郡議会議員の選挙が一気に行われます。

各家庭に送られる候補者一覧、見もしないのに写真撮ろうとせこせこ並べてみた
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5月13日にここに書いた、伯父が亡くなりました。

伯父が入院してからは弟である義父はしょっちゅうお見舞いに通ってましたが、その日も病院に行ってきた数時間後に訃報が届いたのでした。
義父が病院にいる時ははただただ眠っているような、衰弱状態だったそうです。

日本のお葬式こそほぼ経験が無いに等しい私は、韓国に来て親せきのお葬式が3度目となってしまいました。

私は3度とも直接の家族ではなかったので弔問客目線でしか見たものを知らないですが・・・病院内の一部分が式場になっていて、広い室内の端に祭壇スペースが設けられています。亡くなった方は別室に安置されており、死後24時間後に行われる棺に納める儀式に参加する家族親せき以外の人は、基本的に顔を見ません。

祭壇スペースには喪主がずっと待機して、弔問客と挨拶を交わします。今回は伯父の長男が喪主で、長男次男・長男の長男、この3人が主に祭壇についていました。

弔問客は入り口の受付で香典(韓国語:賻儀金부의금)を渡し、芳名帳に記入して祭壇を訪れ、遺影を前に3度のお辞儀をします。立って、座っておでこをつけるお辞儀を3度繰り返します。それが済むと今度は喪主に向かって一度、同じお辞儀をして終わりです。
一人ひとりは非常に短い時間ですが、好きな時間にやってくる弔問客への対応で喪主はほぼ一日中そこにいます。

広い部屋の、祭壇スペース以外の場所は全て低い長テーブルが置かれていて、遺影への挨拶を済ませたお客はそこで食事をいただいて帰ります。空いてるところにどこでも座って、使い捨て紙皿で出されるお料理(結構品数多)を食べて、お酒もジュースも飲み放題なので会場内は完全に宴会場、人がいっぱいでとても賑やか。祭壇スペースとの空気感の違いがありすぎです。

故人の直接の知り合いじゃない人も気楽にきます。
今回だって、歳をとった伯父本人の関係者はほとんどおらず、伯父の5人の子供たちの職場の人や友達などで、会場内は中年のお客がだいたい占めていました。我が夫も、「友達のじいちゃんが亡くなった。」などと言って、時々出かけて行きます。

皆さん服装は「黒か暗めの色」ですが、決して日本みたいに正装とは限らず、黒っぽけりゃ普通の普段着か、良くてちょっと毛が生えたようなレベルです。義父なんて全くいつも着ている灰色のポロシャツとおっさんズボンそのままでした。

亡くなって2日目まではこのような感じで、3日目にいよいよ埋葬となります。
親族は会場に詰めっぱなしで、ものすごく疲れる3日間です。親族は最後にお墓まで見届けて、解散となります。

ガタイがよく豪傑そうな義父とはまた違った、細くてとても柔らかな雰囲気を持った、ハゲで愛嬌があって皆から慕われるおじいさんでした。

伯父のご冥福を心からお祈りいたします。

5月5日は、韓国でも「子どもの日」。

この日は全子どもが一斉にちやほやと持ち上げられる祝日で、国を挙げてのはっちゃけ一大行事なのです。
全国各地で子供のためのイベントが開催され、家族連れは外に繰り出す。

うちの3兄弟も、子供の日だから〜と前日にはピアノの先生が食事に連れて行ってくれ、近所のおばあちゃんがわざわざお小遣いを持ってきてくれ、大叔父ちゃんが段ボールいっぱいのお菓子を届けてくれ、当日は私と友達と地元のイベントに遊びに行き、翌日は教会で色々もらってきて、その次の日は伯母ちゃんが遊びに連れ出してくれ・・・

うらやますぃわぁ。
私だってまだ子どもなのにィ〜(+30歳)

鉄原の観光は5‐7日の3連休のうち5日だけ休みで、残りの2日はお客さんの波が来たので、自分の子見ないで他所のお子さん案内してました。
我が子たちは教会とか義姉とか他所の大人が遊んでくれた。とてもありがたいです。
3日間の連休、遊び放題お菓子食べ放題で大満足の3人です。

しかし!

追って8日は「両親の日」(オボイナル)。

この日は平日なのだが、今年は連休あけの日だったもんだから親のいる多くの国民は連休中に帰省をしたことと思います。

こういう親絡みの行事でいつも感じるのは、日本人とは比にならない対応をすること。もちろん個人差は大きいでしょうが、一般的には、帰省にお花に現金や食事のプレゼントでかなりの額がかかるのも事実です。
うちと義姉義兄も連休最終日に義父宅に集まって食事をし、それから3世帯共同購入で義両親のお宅に電化製品が一つ増えました。普段から私たちをとても気にかけてくれるので、誕生日やこのような日は必ず何か贈り物をするようにしてます。

現大統領が言ったそうですよ。

子どもの日が祝日なんだから、来年からは両親の日も休みを検討しよう

ニュースによると世論調査で賛成は「男性:70%、 女性:61%、 主婦59%」だそうです。

ホントかな。
韓国人のブログを見ると、お盆・正月に加え名節が一つ増えるとお嫁さんたちの悲鳴も多いですけどね・・・
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今年は2月16日だった、韓国のお正月が終わりました。
(いつも話題の鮮度が古いんでなく、熟成お届けしているのです)

私の過ごし方も、毎年とたいして変わらない。

義両親と義兄一家と共に親せき巡り。
義父が4人男兄弟の末っ子であるから、早朝から1番目の伯父宅→2番目の伯父宅→3番目の伯父宅→義母の実家と巡ってそれぞれに挨拶をし、帰宅して夕方からは義母とマンドゥを作る。
マンドゥの中身も皮も義母が予め作っておいてくれるので、私は包むだけ。
夕食は焼き肉。

世間では「義実家にて嫁仕事をしなくちゃいけなくて大変だ」というのが一般的な韓国嫁の立場だが、私の場合は義両親が二人とも健在で茶礼(チャレ:先祖へのご挨拶)をしないのでそのための準備も必要ありません。
義父の両親の茶礼を一番目の伯父宅で一緒にしますが、準備はその家のお嫁さんがしておいてくれるので行ってさっと済ませてそそくさと退散するだけ。

義母が嫁に仕事をさせる人でなく、義実家は私たち兄弟がしょっちゅう集まるので正月だからって特別感もない、正月の韓国嫁としては、非常〜に怠け者の部類であります。

正月前後の私の職場では、孫のいる年齢のおば様方の話題は共通していました。
「はぁ、みんな来るのめんどくさい」
えぇ、行く方も同じくめんどくさいと思っていることでしょう。

おば様方は、子供たちが来るのはいいのです。料理などを準備するのがめんどうなだけなのです。

「私らが若かったときは嫁(自分)が準備したが、最近は嫁じゃなくて姑(やっぱ自分)が準備するんだから」

すみません・・・・その最近の嫁ってthe・ワタシ。。。

私にも息子(8歳)がいます。

息子一家が帰省してきたとき、私は何を準備するのか今から考えてしまいます。


その前に今、嫁としてもっと何かやれよ!というツッコミはなしで
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真昼間でも−14℃を記録しちゃう中、なぜ息子は学校からジャンパーを忘れて帰って来るのでしょうか?

鼻を真っ赤にして「着て帰るの忘れた」とか・・・元気過ぎるやろ田舎の子。ウチの子だけ

そんな寒い時期に結婚した私たち。
先日、結婚記念日を迎えました!

普段全くメモなどすることのない夫が「結婚記念日」とペンでカレンダーに書いていたのでてっきり何かあるのかと思ったら、何もありませんでした。
いつも通りに一日が過ぎそうだったので思い切って「なんかくれるんでないの?(←質問もおかしい)」と聞いてみると、「え?あむがなんかくれるんでないの?」と返してきたので会話やめました。

アホ過ぎる両親を見かねてか、娘たちが手紙を

長女がパパに、
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次女が私にと二人で分担して。
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 ありがとう〜!


「10回目」のハングルのつづり間違っていますが、問題はそこではありません。
描いている娘に「オンマ、何回目の記念日?」と聞かれて「10回目」と答えたのは私。

・・・ホントは11回目だそうです。
10超えると数も数えられない。それを指摘し、「自分は分かっていた、あむはそれすら知らなかったのか、いくらなんでも酷いんでないのか〜!」と、鬼の首をとったようにここぞと騒ぐ30代後半男。

あぁ、結婚がどうとかより韓国に11年もいるんだなぁ。
「在韓何年になりますか」という質問をよく受けますが、どおりで「5年」と答えてたころは「5年にしては韓国語上手ですね!」と言われてたけど今はみんな「10年です」「ほう」みたいな返事なわけだ。


うち、これでも仲は良いんですよ〜


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