2014年05月26日

おわってはじまる

振り返れば、去年の12月に、8年ぶりに師匠の芝居に参加するために富良野に戻ってから、約半年、怒涛の流れが一区切りついたような気がしています。

沢山のモノを失い、ほぼそれと同じくらい、か、それ以上のモノを獲得した半年間でした。


久しぶりのブログなので、細かく振り返ってみようとおもう。

12月15日?だったとおもうんですが、富良野にて「マロース」の稽古が始まってからの2週間はとにかく耳に怒声が響きまくる日々でした。
師匠から8年分、とにかく怒られまくった、誰よりも怒られまくった、群を抜いていたとおもう、それは筆舌に尽くし難い怒られ方でした。
落ち込んだし、腹も立ったし、少しは反論もした、でも師匠に怒られながら、まさに怒られている真っ只中で、おそらくそれは細胞レベルでの感覚のような気がするのですが、僕は落ち込むよりも腹が立つよりも、懐かしくて有難かった。
8年の月日は、呆気ないくらい「あ」という間だったけれど、実際は24時間かける365日かける8年の時間が刻まれていたわけで、僕もその時間分の経験を積み、良いでも悪いでもなく、その時間分の堕落をした。
それを師匠は、たった2週間で、20数年に大志を抱き富良野の地に足を踏み入れた時の僕に戻した、戻してくれた、戻された、原点回帰。

この8年で、創作の場で他者に対して怒るということが、いかに体力気力が必要で自己を削る行為かを少しは理解したつもりなので、師匠の僕に対する怒りの凄まじさには頭の下がるおもいでした。

怒られた瞬間はやはり普通に落ち込むし腹が立つのだけど同時にそれに感謝してるという…初めての感覚でした。

12月から3月まで約3ヶ月半、富良野で稽古して富良野で公演やって全国の色々で公演をやってきましたが、今書いた最初の2週間に尽きる、それが全てだと言っても過言じゃない気がしてます。
あとはまあ、団体行動というものに、いかに自分が向いてないかを再確認した3ヶ月半でもありました。


で。
3月末に札幌に戻ってきたのですが。
3ヶ月半で僕の戻る場所はすっかり様変わりしていて、それはとても良いことだとわかっているのだけれどやはりそれよりも寂寥感の方が圧倒的で、でもそれに負けちゃあいけないと何とか踏ん張ろうとはしたけれどやはり負けて、ある日、自分の中で「バン!」という音がして、とても大切なモノがいくつか破綻した壊れた二度同じにはならないであろうくらい粉々になった。さすがにパニックになったけれど、「やはり何かを得ると何かを失うのだな」なんてくだらないことを頭に浮かべて自分に折り合いをつけた。その喪失は今なお生々しいモノではあるけれど、変な話、その生々しさを失わずに、それをも引き連れて次の場所に向かえないかとおもったりもしている今なのです。
そんな喪失とほぼ同時進行で「12人の怒れる男」をつくった。
師匠との3ヶ月半の時間の中で、僕はもう一度原点回帰出来ないか、と考えていたので、「12人の怒れる男」はとにかくひたすら丁寧に真摯に向き合おうとおもっていた。
大体いつもはじまる前は、かたい決意をするのだけれど決まってソレは瞬殺され粉砕されるのが僕の常だったりするのだけど、今回は少し違った、最後まで最初の決意は持続され、僕にとってはとても大きな経験となりました。
それが面白かったとか面白くなかっただとか、成功したとか失敗しただとかを論じ始めると、本当に呆気なくまた半年前の自分に戻れてしまうので、あえてそんなことはどうでもいいことなのだと言っておきます。

ただただ、そんな機会を僕に与えてくれた小島達子や江田っちやイレブン☆ナインのメンバーや富良野からわざわざ参加してくれた久保隆徳や札幌で活躍している役者のみんなや愛する今井香織や保護者である太田竜介や北あかりの斎藤夫婦や岩内のお父ちゃんや小樽のマッキーや舞台監督のウエちゃんや音響の奈々や照明の上村さんや舞台美術の高村さんや衣装の泉や演出助手のマッチーやお手伝いのタケちゃんシュンくんやコンカリのチズや大江さんやハルカちゃんや公演の受付や客入れを手伝ってくれたシホさんやトガシさんやナカムラさんや千夏姉さんやいつもネクタイ姿のウメツくんや〜その他にも挙げたらキリがないくらい沢山の方々に、宇宙規模の感謝の念を抱いております、かといって何かそれに見合ったお礼が出来るともおもわないので、この気持ちをこれからつくる何かに注ぎ込もうとおもっております。


でで。
「12人の怒れる男」が終わった翌日からはギャルソンモンケの「ALICE」に参加。本当に名ばかりのプロデューサーでALICEチームには迷惑ばかりかけていたわけなのですが、しかし僕がもっと濃く関わってしまっていたら決して生まれることのなかった貴重な数々がありました。
だから、参加と書きましたが、実際は参加など出来てなかったし、その権利も資格もなかった、ただただそこで起こることの目撃者でしかありませんでした。申し訳ない気持ちとこれでこれが良かったんだという気持ちが綯い交ぜになったシアターZOOでの数日間でした。
新たに生まれたギャルソンモンケという集団がこれからどうなっていくのか、僕の結構大きな心配の種であり大きな期待でもあります。

そして、同じように僕自身も、もう一度、新たに生まれようと、真剣に本気で考えていて、いやもう結構考え続けたので、新たに生まれます。


ひとり立つ。
石井一男という画家の絵の題。

まさに、今、その時が来てるのだと確信に近いおもいがあります。

もちろん現実は実際は一人で立つことなど出来ずに膨大な方々の支えのもとでやっとこさ立てていることは深く理解した上で、僕は、ひとり立つ、に向かいます。


その第一弾が8月1〜9日に演劇シーズン夏に参加する「あっちこっち佐藤さん」です。
「12人の怒れる男」では排除した「笑い」をとことん追求したい。
とにかく笑わせたい!
全ての人のお腹を捩りたい!
つうか、絶対に大爆笑の渦を巻き起こしてみせる!!


そこに向かうために、明日から、今日から、ひとり立つ


eleven9 at 04:54|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2013年09月11日

このタイミング

前回、ここに、なにを、いつ、書いたかは忘れた。

調べれば簡単にわかるのだろうけど、調べない、面倒だから。

これまでは、ここになにかを書くときに、誰かに読まれることを前提に、それを強く意識して書いてきたけれど、それを出来るだけ削ぎ落として書ければなっておもう。
だったら、誰の目にも晒されないように日記でも書けばエエやんと、自分にツッコミをいれるんやけど、そこはやはりウッスラとは晒したい浅ましさがあるのだろう。

なぜにこのタイミングで、今これを書いているかは、ホントにたまたまの偶然で、これに何か意味をつけることはそんなに難しいことではない気がするけれど、これまで自分という偶然の存在に意味を見出すことに躍起になってきてソレに嫌気がさしている今なので、ウソの意味などつけない、ほんとただのタイミングなだけ、もし今日が満月だったとしても、12年前の今日海の向こうで何かが起こっていたとしても、それとこれを書いていることとは全く無関係なはずだ、昨日何年かぶりに坂口安吾の「堕落論」を読んだこともきっと。

前にここに何かを書いてから、何回か劇の公演をやって、今もつい2週間くらい前に公演が終わったとこで、ここ数年は終わった瞬間から次の何かへの義務というか縛りというか具体的には大半が台本書きだったりしたのだけど、とにかく休むことなく追われてきたのだけど、今は追われてはいない、頭の中ではいくつかの何かがグルグルはしてるけど、追われはいない、だからあまり辛くない、ここ数年はとても辛かった。

で、辛くないから楽かというと、そんなことは全然なくて、辛くなることで楽してたんだな、と、おもったりしている。

この数ヶ月で、僕も僕をとりまく色々も、とても変化していて、その変化にワクワクしたり戸惑ったりして毎日を過ごしている。

あとは競馬をやったりパチンコをやったりして過ごしている。

生活は相変わらず怠っている。

楽しいかと聞かれたら、ほとんど楽しくなくて少しだけ楽しい、と、答えようとおもっているけど、別に聞かれないから誰にも答えてはいないし、本当に僕がそんな風におもっているかどうかも定かではない、みたいなことを書くと、僕の中に「定か」など見当たらない、ということだけは定かだ、なんてことを言いたくなるけど、同時にその陳腐さに打ちのめされる。

そんな中で、今強くおもっていることは、正しく孤独に立ちたい、ということ。
それは15才の少年にだって出来ることではあるけれど45才目前の僕にとってはとてもむつかしいことで、むつかしいのはわかっているけど、そう出来るようにつとめている毎日だ。

まだもう少し笑いながら生き恥を晒してやろうとおもったり感じたり考えたりしてる。

だから体調管理にも少しは気をつけなきゃなともおもうし、他人様を妬んだりしないようにしなきゃともおもう、部屋も片付けなきゃとも。


eleven9 at 03:57|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2013年05月22日

「知らん権利」を知ることと実感することの差

今から20年以上前、僕は、師匠の著書「ニングル」に、強めの感動をおぼえたのをおぼえている。
その中に、「知らん権利」というのが出てくるんやけど、文明の利器を知ってしまったことで、これまで何の不自由も感じず暮らしていたニングルのチュチュが文明に犯されていく、みたいな、新しいことを知ったことで幸せになったように感じるが実のところどうやねん!?みたいな…違ったらごめんなさい師匠。
とにかく僕は、「ニングル」を読んで「知らん権利」というのを知ったのですが、それはただ表層を引っ掻いただけで、「知る」ということと「実感する」ということには大きな隔たりがあるということを今すごく実感してて、色んなことを知ってしまった今の僕は色々と途方に暮れてしまっておるのです、バスケットボールのこと以外はほとんど何も知らなかった高校生の頃に戻りたいなんていう陳腐なことさへおもってしまったりするのです。
だからなんだ?と言われると、別に何かを主張したいわけではないんやけど、なんか朝からそんなことが頭を駆け巡ったのです。
ワシャ、抱えきれない程の余計なことを知ってしまったなぁ〜と、途方に暮れておるのです。
コレもう、知ってしまったからには、知る前の自分に戻ることはなかなかに難しいことやろうから、知った上でどうするかが大事だということは知っているんやけれど、どうするかの具体が実感出来ひんくて、途方に暮れておるのですが、それでも今日という日はそんな僕のことなどお構いナシに時を刻み、地球は自転し、太陽の周りを公転しやがるので、僕も目の前に山積みされた猥雑なアレコレにモミクチャにされていくのです。
こんな風になるのは体調がすぐれないからだとおもったりもするけれど体調の問題だけともおもえなかったりもするのでまたまた途方に暮れるのです。
そんな感じのまま、これを書き終えたら、モミクチャの中の僕は、何食わぬ顔で、色んなことを知らんぷりしながら、今日を凌ぐのです。

せっかく少し暖かくなったとおもったのに、また寒い…これも知らんぷりしてやる。


eleven9 at 09:16|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2013年05月21日

からだがしほん

最近、とにかく体調がすぐれない

最初の不調は、メバチコだ
そして、風邪か花粉症か、わからない症状の末の…咳による肋骨クラッシュ
あと、鼻のかみすぎにでハナバチコになって右小鼻がエライことになっております

せっかく、今回は「短いのん。」に向けて、万全の準備を整えてきてたのに、一昨日と昨日は、夕方まで仕事をして果ててしまい、二日連続で練習を休んでしまいました…なんてこったい…
ココにきてコノていたらく、情けないったら、ありゃしません


そして、そのことは常々、頭の片隅にはあるのですが、僕のようなヤカラは身体が資本であり、健康維持へのケアにはやはりもっともっと気をつけねばならないのだなと、只今、痛感しております

だって、体調が悪いと、全く優しい気持ちになれない、イチイチ色んなことが気にさわりイラっとしてしまう、そして何より最悪なのが創作意欲が薄れちゃう…ちなみに僕は創作意欲がガソリンで駆動しているイキモノなのでそれが薄れるということは致命的な問題なのであります…が、そうわかっていても、全てをうっちゃりたくなっている状態なのです…なんとか今日の夕方までにはモチベーションを回復せねば、とおもっております

心待ちにしていた桜がせっかく咲いたというのに移動の合間にチラ見することしか出来ず、なんとかまだ散らずにいてー!と念を送り続けております

早く復活して、桜に会いに行き、「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ」と吼えたいものです


皆々様、くれぐれも、お身体、ご自愛くださいませ


eleven9 at 09:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年05月09日

たりないなにか

「短いのん。」の本番まで、早いもので、1ヶ月をきってしまいました。
いつもなら、本番の1ヶ月前くらいというと、朧げに外枠が見えてきた程度、なのですが、今回は再演みたいなもので短編集なので、5本やるうちの3本は、すでに何度かランスルーしております。
それはきっと、台本がギリギリまで出来ずにいたこれまでより悪いことではないのだろうけど、現段階では良いことだとも思えていないというのが正直なところです。
でもまあ、それは僕個人のレベルの話で、イレブン☆ナインとしては良いことなんだとは思っております。

それで、個人レベルの話をすると、なんか久しぶりに沢山演技の練習をしている実感はあって、演技大好きな演技オタクの僕としては「水を得た魚の」のような状態なのですが、それでもなぜかどこか「喪失感」というかソレに近いなにかを感じてしまっているのです、そいつの正体はわかりそうにないのですが。
いつもは追われ追われての状態なので、そんなことを感じる隙間がなかったのだろう、そう考えると得体の知れない感覚を味わえただけでも今回はもう良かったとおもうことは可能だ。

得体の知れないナニカが何なのか、うまく伝える自信は全くないんやけど、なんというか、なんかが足りてない感じに、やればやるほど襲われるというか、でも、いくらやればやるほど襲われることがわかってても僕にはやることしか出来ないからドンドンドンドン足りない感じが増していくというか、全然ちゃんと伝えられてないんやけど。

実際問題として、6月までに演劇シーズンでやる「エンギデモナイ」の改稿があって、7月までに短編演劇祭のための新しいのんを書かないとアカンのやけど、物理的に時間も足りてはいないんやけど、そうではない「たりないもの」なんやねんなぁ…

まあまあ、でもそんなことは僕個人の内側で発生していることなんで、そりゃあ人には伝わりにくいもので、そんなことより「短いのん。」は沢山の人たちに様々な何かを伝えることが出来るような気はバリバリしております。

今年に入り、イレブン☆ナインの色々が変わり、リニューアル目前?すでにリニューアルした?って感じなのですが、僕個人は、ただただ「面白い」を追求する修行僧のように生きていきたいとおもう今日この頃なのです。
そのことでイレブン☆ナインには多大な迷惑やら負担をかけてはいるのですが…


たりないなにかを無理やり埋めようとするのではなく、たりていないということを自覚しながら、暮していきます


「短いのん。」観に来てください!


eleven9 at 18:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年04月23日

身体の好きにする

今日は朝起きてからずって「残酷な天使のテーゼ」が頭の中で鳴ってる…なぜだ?


昨日は、午後に様々な事務処理をやろうとして(結局は出来ていない)、夜は「短いのん。」の「オッツカッツ」の練習をして、少しノドを涸らして、練習後は澄人兄さんに会って、色々と話をした。


事務的な色々はイレブン☆ナインの司令官のカジタンにアドバイスをもらったりして進めようとしているけど、きっと根本的にそういう作業が嫌いなんだとおもう、嫌いというか面倒臭いんやとおもう、でもそれやと何も前には進めないので何とか自分に折り合いをつけて作業をせねばならん。

「短いのん。」の「オッツカッツ」の練習は疲れるけど楽しい。
今回やる短編の中で「オッツカッツ」だけが僕にとって初めて演じる役だ、劇王の時は杉野圭志がやった、自分でやってみて、圭志につけた演出がいかに無茶ブリだったのかということを痛感、よく圭志は文句一つ言わず黙々と僕の無茶ブリを何とかしようとしたよなぁ〜、とおもう、だから僕も何とかせねばならん。
僕以外の役者二人は二度目、前回時間に追われてかなり強引にカタチにしてしまった反省をふまえ、今回はイレブン☆ナイン全体の演技力向上のためにも、少しゆっくり、役者それぞれが抱える問題に取り組めればイイなと思ってるんやけど、役者それぞれが抱える問題というのが単純に技術的なこと(滑舌が悪いとか姿勢が悪いとか)ならまだエエんやけど、内側の問題の場合極めて厄介なワケで、どこまで介入して大丈夫なのか、そもそも本人が本当にそれを問題として自覚しているのか、などなど大変なのです、大変やから多くの劇はその部分に立ち入らないようにしてつくられて、つまらなくなっていく、だから僕らは頑張って大変なところに立ち入っていかねばならんと考えている。
イレブン☆ナイン初の短編集「短いのん。」は、新たな第一歩になる可能性を孕んでいるな、多分。


夜遅くから兄さんと沢山した話は今回もまたやはり目から鱗をポロポロさせられた。

もっと身体に従えと言われた、身体の赴くままに生きろと、この場合の身体というのは肉体だけではなく、僕には上手く説明出来ひんのやけど、とにかく目から鱗がポロポロってなった。

僕は、僕が頭の中で考えている理想とする自分と、今ここにある自分という存在とにギャップがあり過ぎで、それを頑張って理想に近づけるために身体に負担をかけてしまっているらしい、もしかしたら全然兄さんの言うたことと違うかもしれへんけど、多分そういうことだ。

まだ完全に消化出来たわけじゃないけど、腑にはおちた。
実現出来るかどうかはわからないけど、実現させようとはしてみる。


今日も、これから、充実する!


eleven9 at 14:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年04月22日

こらえしょうがない

溺愛されてワガママに育てられた僕は、とにかく辛抱が足らない奴だ。

物欲があまりないのが救いなのだけれど、もしアレも欲しいコレも欲しいなんておもう奴だったら、後先のことなんか考えずに簡単に破産していたに違いない。
ただ昔からすぐに感情的になってしまって多くの方々に迷惑やら嫌なおもいをさせてきちゃいました。
感情的であることは、今の仕事をする上でプラスに働くことも少なくないと僕は感じているのだけれど、日常的な世界を生きるためにはとても厄介なことだ、すぐに人を傷つけてしまうし、自分だって傷ついてしまう。

年の始めに、今年は耐え忍ぶ年にする!なんて、これまで何度も誓いを立ててきたけれど、守られたことは一度もない…そのたびに自分にガッカリする。

そんな奴だからかどうかはハッキリとは言えないけれど、僕にとって、自分の想いを押し殺したり、自己を犠牲にすることは、物凄く尊いことで、そういう物語に触れると滂沱の涙を流しちゃう。

浅田次郎の作品には自己犠牲を描かれていることが多くて、ユルるくない僕の涙腺がよく決壊させられてしまう。


僕は我慢が出来る人になりたいと、今、かつてないほどに、おもっているのです、そうすることで僕は少し変わることが出来るかもしれないと、おもうのです、でもヘナチョコの僕はいつも自分の心持ちを抑えこむことが出来ないのです、毎日が戦いです、己の欲求との戦い、連戦連敗中の戦いなのです。

空腹とかは結構我慢出来るし、サウナとかは負けず嫌いが炸裂して先に入ってた人よりは絶対に我慢するんやけど、心持ちにはいつも負け戦なのです。

この戦いに勝つためには、一体どんな兵器が必要なのか?
そんなことを考える「はあぁぁぁ〜」と、ため息にまみれる毎日なのです。

強くなりたい



「短いのん。」の練習が始まりました。
今回の稽古場は、なかなかに興味深いです。
良い公演になる予感がするのです。
だから、沢山の人に観てもらいたい。

今週は様々か感情の海に溺れず、創作の海に深くダイブするつもりです、イヤ、ダイブする!


札幌は今日まだ寒い


eleven9 at 05:21|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2013年04月18日

またどとう

10日あまりの関西での暮らしも今日でおしまい。

昨夜はオカンと一緒に寝て、今朝オカンと一緒に病院に行って、お墓参りに行って…こちらでの予定は全て一生懸命にやりました。
ちょっと無理したけど来て良かった、来るべきやったんやなとおもいます。

そして明日から北海道。

またもや怒濤の毎日に突入するのだろう。
手を抜かず、全力を尽くそう。


ちょうど去年の今頃に僕はオトンに勘当されました。
その日の夜に「サクラダファミリー」の原型が出来ました、そして1年経った今もオトンとは会ってないし、一言も言葉も交わしてないけれど、それはそれでしょうがないことなんやろうとおもいます。

あと、去年の今頃か、もうちょっと前に、僕は大好きで大事な役者さんから突然「役者をヤメる」と言われました、理由は他にやりたいことが出来たから、僕は両立させればエエやんと言いましたが、彼女は「全力を注げる状態じゃないと私には演技は出来ない」と即答しました。僕もその通りやとおもうから、「わかった」って言いました。
その役者さんがいなくなって、その人の偉大さを痛感させられた1年でした。

実家と大切な役者さんを失くして1年、ここからが人生の正念場なんだろうとおもいます。

今、演じるということに全てを注ぐ人らが、僕のまわりに何人いるのだろう、もちろん僕も含めて…そのことを「短いのん。」の怒濤の練習を通して見定めようとおもう、そして、これから進むべき道を見つけようとおもいます。

面白いのんを生み出したい、ただただ、それだけだ。


eleven9 at 00:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年04月15日

ふりかえれないのではない

そんなに余裕があるわけではないのだけれど、それでもここ1年くらいのうちでは一番ゆっくり出来ているのが今で、関西に来ている、が、実家に帰って来たわけではない、というより実家には帰れない、オトンから勘当されちゃったから、だから西宮にいる姉夫婦の家に迷惑をかけながら、ちょいちょいオカンに会いにいく、僕はマザコンなので、オカンが大好きだ、そして年老いてちっちゃくなったオカンを見てちょっと泣きそうになる、なるけど、明日もオカンに会いにいく。

今の少し余裕のあるうちに、色んなものを吸収してインプットしようとはしているのだけれど、そういう類のものはやろうとしてやれるもんでもないので結構「ぼぉ」としている、それでも6月にやる劇「短いのん。」のことを一日に何度もおもうし、四国をぐるりとしたし、澄人兄さんに小さいスケッチブックも買ったし、阪神競馬場にも行ったし、オカンとも沢山ではないけどそれなりに話をしたし、明日もする。

ここ何年かは、ほとんどの時間を次の劇を面白くするのに費やしてきたので、暮らすこと、というか、生活するということに無頓着だったのだけど、まあずっと基本は無頓着な人なんやけど、ここ1週間くらいは朝早く起きて、朝昼晩と食べ物を食べて、夜12時前には寝床に潜り込み、本を読んだりYouTubeを観たりして小一時間で眠りにつく、そんなサイクルで生きてると、ここ数年あまり考えなかったことを考えたりして、自分のまわりの人らが一日一日をちゃんと生活して月日の移り変わりにしたがって色んなものを積み重ねて、それぞれの人生を浮き沈みしながら生きていることに少し嫉妬する、いや嫉妬という言葉はさもしい感じがするので、羨ましくなる。

僕は、積み重ねてきてるんやろうか?

そんなことをおもって、この何年かを振り返ろうとしたんやけど、やめた、やめて今のことを考えて、ちょっとお腹が痛くなった、なったというか痛い感じがした。

今日も早く寝て、明日も早く起きようとおもいます。

そして「短いのん。」を面白いのんに、します。

そして北海道にもどったら桜をみにいこ。


eleven9 at 18:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2013年04月04日

おわれておわれない

3月30日に深川にて「ピープー」を上演して、まあまあ無事に終わりました。

最後までバタバタやったけど、悪くない公演やったとおもいます。

ただまあ、ここでもやはり賛否両論の嵐は巻き起こるわけで、深川で演劇に精通なさってる方々からは手厳しい感想をいただき、数名からは身に余る賞賛をいたたぎ、キャスト・スタッフ関係一同で一喜一憂したわけなんですが…

賛否両論の渦中にいることは確かに厳しいことなんだけど、渦中にいたくてもいれない人も沢山いるワケで、やはりアアダコウダ言われることは幸せなことなんだろう、少なくともそう思うようにはしています。

観に来てくださった皆様、ありがとうございました!
本公演では、時間をかけて丁寧に進化させていきますので、また観に来てください!!

と、去年のサクラダファミリーから続いていた怒涛の繁忙期が、やっとひと段落。

するかと思ってたのですが、とんでも八分、歩いて2時間半、追われまくっております。


私的な事情で今週末からしばらく実家付近(勘当された身なので実家には帰れない…)に行かねばならず、助成金などの諸々の事務処理がメジロオシで、6月の「短いのん。」のチラシ撮影や台本の準備なども急がねばならぬ状態で、とにかく追われ追われて何も終われぬ感じなのです、困った、色々困った。

でもまあ、なるようにしかならないし、目の覚めるような素敵な出来事はそうそう起きるワケがないので、目の前の現実をちゃんと受け止め、ひとつひとつ問題を解決していくしかないのだろう。

ただ、そういうことに追われてしまって、自分を磨けてないのが、苦しい近頃ではあります…


春先には毎年おもうことですが、旅に出たい


eleven9 at 12:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)