2014年06月05日

「紫の舞」



紫の舞


 春の惰眠を貪っている間に「入梅」となってしまいました。2か月ぶりの投稿です。(シクシク…)

 新緑の季節には、緑の風となって樹木の間や草原をふきまくっていました。木洩れ日の木の下で読書をしたり、ウトウトしたりしていると、いつの間にか自分が緑の風となって、草原を吹き渡り、旅をしているようでした。

 また、初夏の明るい太陽の下で「小さなオキザリスの花」となって、「紫の舞」を踊っていることもありました。この花と同じように、夕方5時となると、眠くなり、次の朝日が訪れるまで、眠っていることもありました。

 「紫の舞」という名前の花ですが、これは、オキザリス・トライアングルにつけられた固有名です。



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2014年04月06日

「桜の花に思いを寄せながら…」



さくら2


 桜前線が北上し、日本列島が美しく染まり始めました。

 今年も素敵な春がやってきましたね。2月には、45年ぶりの記録的な大雪…。大いに困らされました。いつもだと、喜んで「雪の風情」を楽しむところなのですが、今年の雪には、閉口させられました。

 やっと、本格的な春の訪れ…。桜の花に思いを馳せながら、ゆったりと週末を過ごしました。これからが、本格的な春の訪れ。大いに、陽春の光を楽しみましょう。

 昨年11月の半ばから、左足の膝に故障が起き、出歩くことができませんでしたが、やっと、ふつうに歩けるようになりました。健全な脚力がいかに大切かを実感しました。「ロコモティブ・シンドローム」にならないように、鍛えたいと思います。

さくら1


雪の日1


雪の日2


雪の日3




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2014年03月02日

「辞書になった男 ケンボー先生と山田先生」佐々木健一著、文芸春秋刊



辞書になった男


 これは辞書編纂に人生を捧げた二人の男の物語です。辞書編纂というと、個人として取り組むのではなく、多くの人がチームワークを駆使して作り上げていくものだと思っていました。それをまとめるのが、監修者としての著名な国語学者だと思っていたのですが…。

 ところが、この物語では、一人の男が「用例を集め、語釈を加え、客観的な立場に立って、世の中に定着したと認められることばを冷静な目で判断して、辞書に載せていた」のである。それを手伝うのが助手。助手は、あくまで助手であるから、名前が表に出ることがない。戦前の『明解国語辞典』はそうして出来たという。

 その後、三省堂書店では、昭和35年(1960年)に「三省堂国語辞典」を刊行。監修者は「金田一京助」。名義貸しであったという。現実には、主幹と助手の二人が協力して作りあげていたのだ。この時は、二人の関係は、スムーズであった。

 ところが、昭和47年1月9日を境に、二人の関係は、決裂。それが、『三省堂国語辞典』(「三国さん」と『新明解国語辞典』(「新明解さん))に分かれてしまった。

 前者は、見坊豪紀(ひでとし)。後者は、山田忠雄。語彙に対しての記述がまったく違うのである。辞書に対する考え方、思い込み(信念と理想)が違っていたのである。

 二人の確執も記述されながら、言葉と格闘し、「辞書になった男」の歩みが描かれている。

 2013年に「NHK BS」で放映され、ATP賞最優秀賞(情報・バラエティ部門)に輝いたドキュメンタリーで描き切れなかった部分も含めて加筆された、『辞書に人生を捧げた二人の男 ケンボー先生と山田先生』

 例えば、【世の中】を辞書で引くと、「人々がお互いに関わりを持って住んでいるところ」「世間の人々の間。また、社会の人間関係」であるが、『新明解国語辞典 三版』では、「愛し合う人と憎しみ合う人、成功者と失意・不遇の人が構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間」。

 いかがでしょうか? 「新明解さん」が賛同をもって迎えられたのもわかるような気がします。ただ、これは、辞書と呼べるかどうかというところで、賛否両論があるとか…。主観が強すぎるという声もある中で、山田先生は、「ことば」を追いかけていきました。

 ケンボー先生は、一人で145万例ものデータを集めるために、フィールドワークを行っていました。

 ケンボー先生と山田先生の偉大な足跡に畏敬の念を持ちました。そして、辞書の言葉の定義を鵜呑みにせず、ちょっと、いろいろな辞書にあたり、自分の頭で言葉を捉えてみる必要があるなと思いました。


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2014年02月02日

「インフェルノ上・下」ダン・ブラウン著、越前敏弥訳、角川書店刊



インフェルノ


 「ダン・ブラウン」シリーズの謎ときシリーズを読みました。「インフェルノ」とは?
「地獄」ということなのですが…。

 私が想像する「地獄とは?」…阿鼻叫喚の世界、人々が恐怖に陥れられ、逃げ惑う世界。または、灼熱の火に焼かれ、水難の責め苦に会い、釜ゆで等々。現世で悪いことをした人々は、何らかの責め苦に会うというもの。

 ここでは、個人が何かを犯したというのではなく、「人類全体」が犯した罪として、責め苦に会うというものと理解しました。しかし、『人口爆発』という問題は、個人の問題ではないはず…。これを阻止すべく、ある組織が企てた「人類救出のための施策」というのですが…。

 ストーリーの「起承転結」の部分で、上巻は「起承」の部分。やっと下巻の「転」になって、本書が何を言おうとしているのかがわかるというもどかしい展開となっていました。

 「起承」の部分では、物語の展開として、主人公「ラングドン」がある事件に巻き込まれます。まったく、意識を失った状態のフィレンツェから始まり、イスタンブールに至るまで名所旧跡を巡りながら、ダンテの「神曲」を通低音にして、物語が展開します。その表現は、観光を楽しむことには、面白いと思いました。

 「人口爆発」を阻止するために、ある組織とある天才的な人物が、とんでもないことを企てていたのです。それは…。

 人の遺伝子を操作することなどは、生命倫理に違反するものと思います。また、遺伝子を操作してしまう「ウィルス」を作りだしてしまうとは? 恐ろしい、「パンデミック」を狙うテロ的な行動とそれを実行しようとする大きな「組織」と「天才」。…(これで、いいのだろうか? しかし、これは、物語の世界…)それでも、何かを示唆している…。そんなことを考えながら、読み終えました。



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2014年01月05日

「かぐや姫の物語」高畑勲監督作品、スタジオジブリ作品



かぐや姫の物語


 年末年始の9連休に暇にまかせて、立ち寄ってみた映画です。

 元は、「竹取物語」。それをベースにして、「スタジオジブリ」の高畑勲監督が独自の解釈を加えてオリジナリティの高い作品にしています。

 『かぐや姫』は、なぜ、何のために地上にやってきて、また「月」に戻っていったのだろうか…という疑問。彼の言葉は、以下のとおり。

この地で、ひとりの女性が生きた。
笑い、泣き、喜び、怒り、
その短い生の一瞬一瞬に
いのちの輝きを求めて。

数ある星の中から、
彼女はなぜ地球を選んだのか。
この地で何を思い、
なぜ月へ去らねばならなかったのか。
姫が犯した罪とは、
その罰とはいったい何だったのか――。

日本最古の物語文学「竹取物語」に隠された
人間・かぐや姫の真実の物語。
姫の犯した罪と罰。
ジブリヒロイン史上、最高の“絶世の美女”が誕生。


 「月」からやってきた「かぐや姫」が経験した世界は……

 竹やぶの中で、見つけられた手のひらにも乗る小さな赤ん坊は、この地球で何を経験したのか、それは、春夏秋冬、色とりどりの花が咲き、水が流れ、果実が実り、大小さまざまな生き物がいる。太陽、雲、風、雨の恩恵を受けながら、人々がイキイキと暮らす山村。野生児のごとく、振る舞い、楽しく毎日を過ごしていたところ…。姫の幸福を願う、竹取の翁が都に出てお決まりの強欲な、筋書きを展開することになる。器量の良さが災いしてか、いわゆる5人の公達たちが、押し寄せてきた。そこで、かぐや姫の難題に挑むことになる。誰一人として、答えられない結末になるのは、これまでの「竹取物語」と同様。

 その後、かぐや姫は、虚飾(虚栄)に満ちたこの世が嫌になり、元の山村での生活を渇望するようになった。この辺が高畑監督のオリジナリティだろうと思われる。「あらゆる豊かな生」…それは、月の人たちから見れば、地球は、汚れた世界。しかし、地球に降りたかぐや姫も「死にたい!」ほどの汚わいの世界。その叫びがSOSとして、月まで届き、また、「月」に帰らなければならなくなった…という理由。

 ジブリ作品に登場する、少女の典型が込められていましたね。自分の意見や主張をもち、キリッとした表情をするおてんば娘。(他人の考えには煩わされない)元気はつらつな少女がイキイキと描かれていました。作品は、アニメにありがちなベタ塗りではなく、水彩画のようなタッチ。背景の風景がすばらしい(男鹿和雄氏の監修)。音楽が最高。久石譲氏と、初めて聞いた作詞・作曲を担当した二階堂和美氏(女性でありながら、僧侶)の『いのちの記憶』…暇つぶしに見た作品でしたが、涙をしずかに流すほどのいい作品でした。

 「人は、どこから来て、どこに行くのか」、そして「何のために生まれて、何のために生きるのか」…こんな思いにとらわれました。

パンフの裏表紙



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2013年12月30日

「波乱万丈の年」



 2011年の東日本大震災以後のこの3年間は、波乱万丈の年でした。良いこともありましたが、いろいろと身内に不幸がありました。(母、夫、弟を亡くしました)また、私も体力に限界を感じながら、仕事を続けてきました。

 総じて、喪失感に捉われながら、どうなるのかしらと不安な日々を過ごしてきた気がします。

 来年、2014年こそは、良い年になりますようにと願いながら、今年のブログを締めくくりたいと思います。

 ご訪問いただきました皆さま、ありがとうございます。どうぞ、良いお年をお迎えくださいませ。



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2013年12月08日

「東京駅界隈(2013)」



 昨年の東京駅復元プロジェクトの際の音と光のイベントは、残念ながら見ることができませんでした。出かけた当日は、中止のお知らせ。復元できた東京ステーションの建物を使った、夢幻的な映像技術…。とても、素晴らしかったようですね。

 今日は、東京駅を通りかかったので、駅界隈を歩いてみました。人の流れはそれほど多くはありませんでしたが、若いカップルたちでにぎわっていました。

東京駅


丸の内界隈(2013)


 そして、丸の内仲通りも、これからが大賑わいになるのでしょうね。大混雑が好きでない方は、今が見どきかもしれません…。


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2013年11月24日

「晩秋(2013)」



晩秋1(2013)
 黄色と紅色のイロハモミジ(すべてが同色に染まります)

晩秋2(2013)
 紅色のイロハモミジ(裏を見せて)

晩秋3(2013)
 桜の木が色づいて…穏やかな昼

晩秋4(2013)
 ヤマハゼ(漆の木の一種です)

 2013年の晩秋です。7月の猛暑から、とてつもない疲労感にさいなまれていました。何もやる気がなく、仕事に出かけることだけが、最大限の努力項目でした。

 併せて、よんどころない事情で、土・日はほとんどがつぶれ、自分のことなどできない状態でした。やっと、この週末で、息をつくことができ、近隣の雑木林などを歩き、リフレッシュしました。

 暖かな昼下がり、本当に、小春日和!のんびり、のんきに青い空と色づいた木々の葉を見て、写真を撮って過ごせたのは、いい気分です。空の色、空気の香り、木々が落とした埃っぽい土の匂い。時折、風が吹いて、木の葉をクルクルッと舞いたたせていきます。

 「あ〜、なんという幸せ!」とても良い週末を過ごせました。生きていること、生かされていることに感謝です。



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2013年11月04日

「ミケランジェロ展」於:国立西洋美術館



ミケランジェロ展


 「ミケランジェロ展」に行ってきました。作品は少なかったのですが、良かった展覧会でした。

 特に、ミケランジェロが15歳前後で制作したとされる≪階段の聖母≫のレリーフが良かったです。これまで門外不出とされ、長期貸し出し展示されるのは、今回が初めてだそうです。

 システィーナ礼拝堂の天井画の元となった素描などが多くありました。また、彼の手紙や自筆手稿類なども紹介されていました。天井画の絵は、あまり好きになれませんが、素描などは、さっぱりとしていていい感じを受けました。

 ≪天地創造≫、≪最後の審判≫などの大作にチャレンジし、建築などにも手を出していたのですね。詩を書いていたというのは、初めて知りました。ミケランジェロといえば、「ピエタ」や「ダヴィデ」が好きですが…。一生独身で89歳まで彫刻、絵画、建築、素描、詩編に至るまでの芸術活動、波瀾の生涯だったようです。

 以下、主だった作品をご紹介いたします。(チラシ裏より)

レダの頭部習作

≪レダの頭部習作≫

クレオパトラ

≪クレオパトラ≫

キリストの磔刑

≪キリストの磔刑≫






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2013年09月23日

「真紅の彼岸花」



彼岸花


 今日は、「秋分の日」。

 お彼岸の頃に咲くので、「彼岸花」と呼ばれていますが、「曼珠沙華」とか「天上の花」とも呼ばれています。

 秋分の日の今日は、
「祖先を敬い、亡くなった人をしのぶ日」としても知られていますよね。

 台風18号が去って、爽やかな秋の一日となりました。これからは、ゆっくりとですが、再びBlogを綴っていきたいと思います。




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2013年09月10日

虫の声を聞きながら・・・



鷺草


 秋の虫の声がさかんに聞こえてくるようになりましたね。異常に暑かった今年の夏。私もかなり、体力を消耗し、「やる気」をそがれていました。

 それでも、季節の移り変わりとともに、身体も少し楽になったように思います。「白露の候」という、季節になり、草の上に露が結ぶ頃になりました。秋の虫たちは、草の上の露を飲みながら生きているそうです。露ばかりでなく、さまざまな植物の葉や実の他、他の虫の死骸なども食べるそうです。露は、虫たちの涙とする考えもあるようです。

 涼やかに鳴く声を聞いていると、心が洗われますね…。鷺草も咲きました。



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2013年08月25日

「楽しみは」新井満 自由訳・編・著、講談社刊



楽しみは


 残暑が厳しい毎日でしたね…いつもとは違う夏を感じました。身体のだるさと重さを感じていたのですが、ようやく、「処暑(8月23日)」を境に涼しい夜風を感ずる頃となり、身体も楽になりました。虫の声も聞こえます。これからの秋の訪れが待ち遠しいですね。

 さて、「楽しみは」で始まる橘曙覧(たちばなのあけみ)の独楽吟の世界を自由訳した簡易本を見つけました。

 「たのしみは 艸(くさ)のいほりの筵(むしろ)敷き
  ひとりこころを 静めをるとき」
で始まる52首をジャンル別に分けて、新井氏が自由に解釈したものが本になっています。

 江戸末期の歌人、橘曙覧の「楽しみは」で始まり、「〜とき」で終わる短歌ですが、日常の些細な出来事の中に見出した楽しみが表現されています。

 ある雑誌を読んだのがきっかけで、もっと知りたいと思うようになり、ネットを駆使して調べてみました。最近、日本で知られるようになったのは、クリントン大統領が、天皇皇后両陛下を国賓として迎えた歓迎のスピーチの中で取り上げられたことがきっかけとなったことからのようです。

 クリントン氏は、
 「たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時」を挙げて、日本人の心の豊かさを賞賛されたとのことです。クリントン氏と側近は、ドナルド・キーン氏が編者となってまとめた「日本文学選集」から、この首の他、7首を知り、胸を打たれたようです。

 英訳は、次のようになっています。
 「When, rising in the morning
  I go outside and
  Find that a flower has bloomed
  That was no there yesterday」

 大統領のスピーチのおかげで、忘れられつつあった曙覧の歌集が再度脚光を浴び、「平成独楽吟」という短歌も公募が盛んになったとのこと。また、曙覧の居住した「黄金舎」の跡地が「福井市橘曙覧記念文学館」という形で開館になったとのこと。クリントン大統領以外にも、正岡子規が絶賛しています。

 橘曙覧の生き方は、良寛の人生にも通ずるものがありますが、彼は、良寛とは違って家族を持ち、そのしがらみの中で、清貧の生活をし日々の暮らしの中に、小さな喜びを見出したことが違うところだと言われています。

 「たのしみは 意(こころ)にかなふ 山水の
  あたりしづかに 見てありくとき」

 なんともいえない余韻がありますね…。


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2013年08月11日

「図書館戦争シリーズ6冊」有川浩著、角川文庫刊



図書館戦争


 こんなにおもしろい本を読んだのは、久しぶりのことです。「図書館戦争」「図書館内乱」「図書館危機」「図書館革命」「別冊図書館戦争機廖嵎椋図書館戦争供廚硲矯。

 マンガ、アニメ、映画などのあらゆるメディアを使って多くの人にアピールしてきた作品のようです。

 「架空の法律が、ほんとうになってしまったら、どうしよう?」…恐ろしいことになりそうです。本好きの人間が、「公序良俗」に違反するとして、本を手にすることができなくなったら…それ以前に、発刊禁止、発売禁止、突然罰せられるということがあったなら…考えてみるだけで恐ろしいことです。

 「図書館は、どういう立場をとるべきか?」宣言文があるようです。

 2019年が舞台となっています。1988年、「メディア良化法」なるものが制定され、国民の知らない間に、監視を始め、不適切な創作物は、すべて取り締まりの対象とされていく。

 図書館は、これに抗するべく、弾圧に屈することなく、「図書隊」を結成し、公権力と戦うことになる。ここに、図書隊員が存在し、図書隊員に救われた「本」を巡って高校生の女子が正義感あふれた勇敢で頼もしい隊員にあこがれて、図書隊入隊を目指したことから、ストーリーが展開する。

 メディアの自由をめぐる戦い・・・個性的でおもしろい若者たちが繰り広げるこの小説は、恋愛小説ともなっていて、ハラハラドキドキ、そしてある時は、もどかしい感じもある男女の心理の機微が描かれていて…おもしろかったですよ。

 この世のメディアが規制され、「焚書坑儒」的になってしまったなら、「言論の自由」もなくなり、息をひそめるように生きなければならないとしたら、どうしましょうか?決してあってはならないことだと思います。




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2013年07月30日

「等伯(上・下)」安部龍太郎著、日本経済新聞社刊



等伯(上)


等伯(下)


 霧が立ち込めたような空間に描かれた松林図。墨の濃い部分が前面となり、遠くになるにつれて、霞んでいく風景。うっすらと遠くに白い雪山がみえる。墨の濃淡で、こんなにまで静謐な空間を描きだせるとは・・・。

 等伯の心の中には、失ってしまった家族(養父母、最初の妻、再婚の妻、そして才能を期待されていた息子、実の兄)や故郷、能登半島の風景が心象風景としてあったのでしょう。海からの強風に一人孤独に耐えて、凛として立つ松林に何を思ったのでしょうか。

 「松林図屏風」に込められた思いや、「鎮魂の祈りと愛」に至るまでの等伯の波乱万丈のドラマチックな展開が、「上下2冊」に詰まっていました。

 ご存知のように、等伯は、能登・畠山家の家臣であった奥村家の子として生を受けましたが、染物業を営む長谷川家の養子となり、養父・養祖父から絵の手ほどきを受けました。その時、11歳。信春と名乗っていた。能登では、染物を手伝いながら、絵仏師として修行していたようです。

 この頃、絵がうまく描けなくて、松林の崖から飛び込もうと思ったこともあったようです。14歳の頃、絵仏師を目指して励んでいたが、どうしても仏の絵が描けなかった。師匠の絵をまねてみても、似て非なるものしかできなかった。上手に描こうという意識が先立って、仏の顔に魂が入らない。完全に行き詰って、自決するしかないと七尾湾が見渡せる景勝の岩場から、海に飛び込んで一切にけりをつけたいと…。だが、それが出来なかった。日が暮れ、空腹ばかりが募ってきた。夜は次第に更けていく。後に妻となる静子がおにぎりをもってきてくれた。一緒に見ていた松林…。そんな風景が後の『松林図』につながったのではないだろうか。

 妻に嘘をついてまで、京に出たいがために、実家の兄の計略にかかってしまう件、能登から、京に入るまでに信長勢をやっつけて、幼い子を助ける件などのストーリーが展開される。

 京にあっては、奥村家の菩提寺である、本延寺の本山・本法寺に身を寄せ、日堯上人の肖像画を描くことになった経緯。それを描くにあたって、ただ線をなぞれば良いというような絵ではなく、心から上人の生きざまや、お人なりを描くにはどうしたらよいかと精進する件などが、上巻のストーリーとなっています。

 これがもとになり、評判を得ることにより、絵師として活躍する礎を築きます。秀吉、利久にも気に入られ、狩野永徳からは、嫉まれ、疎まれながら、どんな絵でも描き、どんな絵でも描けた才能を持つ絵師に成長することができた男。

 仙洞御所の受注を巡っては、狩野派の妨害を受けながら、落胆の思いで永徳に殴り込みをかけます。そこでショックを受けた永徳は、1ヶ月寝込み、急死。
 その頃、秀吉の子・鶴松が幼くして亡くなり、息子の死を弔うために祥雲寺の建立。等伯は、そこの障壁画を描くことを依頼されることになります。

 大胆でありながら、繊細、ユーモラスでありながら、常に生死を意識して、己の絵は、どうあるべきかを探求して、筆を奮ってきた絵師。ここぞとばかりに、才能を全開させながら、『楓図』や『桜図』を完成させるのです。等伯の評判は、絵師としてますます上昇。

 どうやら、等伯の根本は、武士の出身であると同時に、法華宗、日蓮の影響を受けて仏の教えを日々鍛錬してきたからなのであろうと思います。

 読むのに、時間がかかりました。当時の史実関係などもあまり、わからなかったために、理解するのに苦労しましたが、読んでよかった本ですね。『花鳥の夢』と併せて読むといいですね。



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2013年07月15日

「花鳥の夢」山本兼一著、文藝春秋刊



花鳥の夢


 天才絵師と称された「狩野永徳」の絵に賭ける思いを綴った物語だった。安土桃山時代、狩野派の首領として、天下人に仕え、安土城、聚楽第、大坂城などの障壁画や屏風を制作し、当時を代表する絵師が、「何に喜びを感じ、何を恐れて」絵を描き、代々の家督を継いできたのかが、描かれている。

 祖父は、狩野元信、父は、松栄。祖父の血を引いて、天才と言われるほどの画才を幼少から発揮してきた永徳。「絵を描くことなら誰にも負けぬ」

 ・・・そういう気負いをもって18歳まで生きてきた彼が嫉妬するほどのライバルが現われる。「緋連雀」を描いた女人である。「みごとな緋連雀」の墨絵の主を探し求めるも、染物屋で働く、許婚の決まった人であった。その許婚とは、後の長谷川信春(等伯)。

 小説の最初から、最後まで、長谷川信春の絵の力量に、嫉妬しながら、自分の絵に対する探究心を深め、苦しみながら、自分の画境の高みを追及していく。

 細密画なら、得意の技で迫れるのだが、大胆さが欠けていた。信長や秀吉に指摘され、しだいに、大胆で、気宇壮大な作品を制作することができるようになっていく。しかしながら、障壁画や襖絵、屏風など、膨大な量の注文を受けると、狩野派一門でそれらの仕事をこなさなければならず、会心の作には、届かない。そこを注文主に見破られ、自分が描かねばと、狩野一門の矜持を賭けて頑張ってしまう。

 見る人に、安らぎや余裕を与えることができない永徳の「強力な主張ある絵」。楽しんで描いているのではない、「遊びがない絵」は、重苦しさを与えてしまうようだった。その反面、長谷川信春の絵には、遊び心があふれ、洒脱さがある。そして、大胆さがあるといわれていた。

 「絵師として世に立つかぎりは、やはり、観る者の魂が震えるほどの絵を描いて天下一と褒め称えられたい。」長谷川信春(等伯)には、絶対負けたくないと、策略を練って、仕事も自分の一門だけに回してもらうようなこともしてしまう永徳。汚いやり方をしても勝ちたいとの一念だった。

 最後に永徳は、東福寺法堂の天井画の龍図を描くことを勝ち取ったのであるが、なかなか龍が描けない。一時も休むことなく、龍が心の中に現われるのを待つ。己の心の中に龍が住みつき、それを写し撮ることができるようになるまでが、長かった。

 弟子たちから、神がかってみえるほどに、一心不乱に、龍の顔を描く。横を向いて、ぎょろりとした目、長い角、逆鱗、悠然と伸びた髭・・・、が描かれていく。休みなく、一気呵成に描いていく。自分では、子の刻(午前零時)と思っていても、弟子から寅の刻(午前4時)と告げられ、「一度、横になっては?」と薦められても、「描きたい、描かせよ」と忠告を振り払った。その時、永徳は、筆をにぎったまま倒れた。

 「・・・もっと描きたい、龍を描きたい、山水を描きたい、そして何より、花鳥を描きたい・・・。視界が滲んでぼやけた。」

 永徳の死は、ある説では、「過労死」だったのではないかという…。


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2013年07月07日

「プーシキン美術館展 フランス絵画300年」於:横浜美術館



プーシキン美術館展


 梅雨明けを迎えた日曜日、「みなとみらい線」に乗って、横浜まで出かけてみました。「暑い!」「日差しが眩しい!」こんな日でした。いつもだと「桜木町」から行っていたのですが、こちらの行き方の方が便利です。新たな発見!

 チラシには、以下のように記述されています。

 17世紀プッサンから、モネ、セザンヌ、ゴッホ、20世紀のピカソやマティスまで。フランス絵画の名品66展、ついに横浜へ。


 ロシアのエカテリーナ2世らの強力な収集力で、フランスの絵画が「エルミタージュ美術館」に集められ、その後「プーシキン美術館」に移管されたようですね。ロシアの力をヨーロッパに誇示すべく、莫大な資金を投じて…。ヨーロッパの田舎者と見られたくなかったのでしょう。貴族から、新興の資本家などまで、ヨーロッパ、特にフランス絵画の収集熱に浮かされたようです。

 特に、セルゲイ・シチューキン、イワン・モロゾフといわれるコレクターたちも、当時、フランスで評価の定まっていない画家の作品を手に入れます。フランスへの憧れが「プーシキン美術館」の礎になったようです。

 目玉の作品、「ジャンヌ・サマリーの肖像」、良かったですよ。いつも見慣れたルノアールの作品とは違いました。背景がピンク色で栗毛色のジャンヌがとても可愛い! 夢見るようなまなざしで、空想に浸る…そんな感じに見受けられました。当時の人気女優、20歳の「ジャンヌ・サマリー」に、ルノアールは虜になったとか…。写真を見るとどこにでもいそうな、大衆的な感じの女性。本物よりも、上品に仕上がっているような気がします。

 そういえば、「ジャンヌ」とは、日本では、「花子さん」といわれるくらいの名前だとか。なんだか、親近感をもってしまいますね。

 展覧会全体の構成は、4章仕立て。66の作品で、成り立っています。

 第1章 17〜18世紀--古典主義、ロココ
 第2章 19世紀前半--新古典主義、ロマン主義、自然主義
 第3章 19世紀後半--印象主義、ポスト印象主義
 第4章 20世紀--フォーヴィズム、キュビスム、エコール・ド・パリ

プーシキン美術館展2


 展覧会は、7/6〜9/16(月・祝)の会期で、行われています。これからですね。


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2013年06月30日

「エミール・クラウスとベルギーの印象派」於:東京ステーションギャラリー



エミール・クラウスとベルギー印象派


 ベルギー印象派の画家、エミール・クラウスの展覧会に行ってきました。日本で初の展覧会だというのですが、以前、「フランダースの光」で印象に残る絵画を見たことがあり、懐かしくて出かけてみました。

 フランス印象派などの影響を得て、移ろいゆく光を追求して、ルミニスム(光輝主義)というスタイルを確立したといわれています。

 展覧会のチラシによると、以下のような記述が見られます。

 「ベルギー近代美術史の展開を考えるうえで、また印象主義の国際的な伝播という観点から見たときに、そして日本への影響という意味でも、非常に重要な画家であるにもかかわらず、これまで日本ではクラウスをテーマにした展覧会は開かれませんでした。」

 彼を主とした展覧会でなくても、あの時みた印象が強く、戸外の光のきらめきを描き、美しくのどかなベルギーの農村風景と人物の調和が忘れられません。
 以前、投稿した記事は、こちらです。

 今回は、こんな作品が良かったと思っています。

昼休み


 「フランダースの光」展で見たのと同じ流れの絵です。また、同様の作品がたくさんありました。≪陽のあたる道≫、≪仕事を終えて≫、≪レイエ河畔に座る少女≫、≪野の少女たち≫(チラシに使われたもの)≪魚捕り≫、≪陽光≫、≪夏の日中≫など、良い作品ばかりでした。≪そり遊びをする子どもたち≫や≪レイエ川を渡る雄牛≫などは、また違った趣向を見せていました。

 この展覧会は、7月15日(月)まで、開催されています。

 付記:クラウスは、レイエ川河畔に居を定め、自宅をアトリエとし、陽光荘と名付けたそうです。レイエ川の水面に反射する光の戯れを捉えるためにボート上にキャンバスをたてて制作をすることもあったようです。

 私も、「水のきらめき」と光の関係…写真でもトライしたいなぁと思いました。


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2013年06月23日

「ゆり園散歩」



 西武球場隣にある、「ゆり園」に行ってきました。曇り空でしたが、外出には、ちょうどよい天気。

 50種類、約45万株の百合の花があると言われています。白や黄色、ピンク、濃い赤など色とりどりの花が見頃でした。以前は、百合の香りが鼻をついて、あまり、好きでなかったのですが、今回は、気になりませんでした。

 カラフルな百合園でしたが、今回は、黄色やオレンジの透き通ったものがよい感じでした。花は、見頃のものも、これからのものもあり、まだまだ、楽しめそうですよ。

ゆり園散歩


ゆり園1


黄色いゆり1


黄色いゆり2


黄色いゆり3


黄色いゆり4



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2013年06月16日

「雨の日には、紫陽花が元気!」



 6月になって、空梅雨が続きましたが、このところ雨の日が続いて良かったと思っています。やはり、6月は、「梅雨」の季節を満喫したいと思いますね。

 休日なので、出かけて見ました。場所は、『府中 郷土の森博物館』。古い建物があり、レトロな感じを味わいました。紫陽花もこんな景色に似合うような気がします。洋風の建物には、似合わない…不思議ですね。出来れば、鎌倉あたりに出かけてみたいのですが…。

 今まで見たことがない「新種」の紫陽花を見つけました。今までの「手毬」型の紫陽花もきれいでした。この季節の花を楽しみましょう!

紫陽花2013-1


紫陽花2013-2


紫陽花2013-3
 初めて見た新種!

紫陽花2013-4
 いつもの紫陽花、でもちょっとアレンジされた花かも…(花を集中的に…)

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2013年06月10日

「ファインバーグ・コレクション展 江戸絵画の奇跡」於:江戸東京博物館



ファイン・バーグコレクション展


 『ファインバーグ・コレクション展』に行ってきました。約90点の作品が展示され、江戸絵画の世界を楽しむことができました。

 久しぶりに、落ち着いた雰囲気の展覧会鑑賞でした。キャッチにも銘打たれていたとおり、『百花繚乱』の世界です。尾形光琳、酒井抱一、池大雅、与謝蕪村、谷文晁、円山応挙、呉春、伊藤若冲、曽我蕭白、菱川師宣、葛飾北斎etc.・・・豪華な絵師ばかり。

 この「コレクション蒐集」をしたのが、ニューヨークのファインバーグ夫妻。1970年代に日本絵画に開眼し、以来40年にわたる収集されたとのこと。外国人に私たちが日本絵画の良さを教えてもらうといった逆輸入状態(!?)、いい作品がたくさんありました。展示は、前期と後期で、分けて展示されるものもあるようです。

 俵屋宗達の「虎図」などは、毛の一本一本がていねいに描かれていたのが、印象的です。また、鈴木基一の「群鶴図屏風」などは、スケール感があり、圧倒されました。バランスが最高です。小ぶりなものでは、酒井抱一の「十二ヶ月花鳥図」、若冲の「松図」など、いい感じでした。すべてが、肉筆画、すばらしい展覧会でしたよ。

 詳細は、下記サイトでご確認ください。http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/



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