2014年03月

2014年03月02日

「辞書になった男 ケンボー先生と山田先生」佐々木健一著、文芸春秋刊



辞書になった男


 これは辞書編纂に人生を捧げた二人の男の物語です。辞書編纂というと、個人として取り組むのではなく、多くの人がチームワークを駆使して作り上げていくものだと思っていました。それをまとめるのが、監修者としての著名な国語学者だと思っていたのですが…。

 ところが、この物語では、一人の男が「用例を集め、語釈を加え、客観的な立場に立って、世の中に定着したと認められることばを冷静な目で判断して、辞書に載せていた」のである。それを手伝うのが助手。助手は、あくまで助手であるから、名前が表に出ることがない。戦前の『明解国語辞典』はそうして出来たという。

 その後、三省堂書店では、昭和35年(1960年)に「三省堂国語辞典」を刊行。監修者は「金田一京助」。名義貸しであったという。現実には、主幹と助手の二人が協力して作りあげていたのだ。この時は、二人の関係は、スムーズであった。

 ところが、昭和47年1月9日を境に、二人の関係は、決裂。それが、『三省堂国語辞典』(「三国さん」と『新明解国語辞典』(「新明解さん))に分かれてしまった。

 前者は、見坊豪紀(ひでとし)。後者は、山田忠雄。語彙に対しての記述がまったく違うのである。辞書に対する考え方、思い込み(信念と理想)が違っていたのである。

 二人の確執も記述されながら、言葉と格闘し、「辞書になった男」の歩みが描かれている。

 2013年に「NHK BS」で放映され、ATP賞最優秀賞(情報・バラエティ部門)に輝いたドキュメンタリーで描き切れなかった部分も含めて加筆された、『辞書に人生を捧げた二人の男 ケンボー先生と山田先生』

 例えば、【世の中】を辞書で引くと、「人々がお互いに関わりを持って住んでいるところ」「世間の人々の間。また、社会の人間関係」であるが、『新明解国語辞典 三版』では、「愛し合う人と憎しみ合う人、成功者と失意・不遇の人が構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間」。

 いかがでしょうか? 「新明解さん」が賛同をもって迎えられたのもわかるような気がします。ただ、これは、辞書と呼べるかどうかというところで、賛否両論があるとか…。主観が強すぎるという声もある中で、山田先生は、「ことば」を追いかけていきました。

 ケンボー先生は、一人で145万例ものデータを集めるために、フィールドワークを行っていました。

 ケンボー先生と山田先生の偉大な足跡に畏敬の念を持ちました。そして、辞書の言葉の定義を鵜呑みにせず、ちょっと、いろいろな辞書にあたり、自分の頭で言葉を捉えてみる必要があるなと思いました。


elma0451 at 20:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 読んだ本 
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