2007年06月05日

魔法少女リリカルなのはStrikerS 9話 「たいせつなこと」考察

度々この場をお借りしてきましたが、もう一度「なのはStrikerS」(以下「SS」)で記事を書かせて頂くことになりました。
以前にも二度ほど「SS」関連のエントリを投稿しておりまして、このエントリはその流れを引き継いだものです。
何点か注意事項もございまして、その点についても前エントリにて記載がありますので、出来るだけお読み下さった後、本稿にお戻りくださりますようお願いいたします。

簡単に述べておくと、本論はストーリー紹介目的のレビューではなく、多分に批判的な考察です。
時には、感情的なテキストも混じります。
執筆の目的そのものが、作品への批判だと思って頂いても構いません。
ご了承の上、お読み下さい。



   <はじめに>


前回の考察では、第八話を例にとり、作品世界のキャラクターたちの抱える問題点、そして機動六課という場の機能不全について指摘した。
予定では、引き続き八話の分析を進め、さらにシリーズ全体が抱える構造的な欠陥を指摘するつもりであったが、既に九話が放映され、また8話にも増して問題含みの内容であったため、急遽そちらの分析へとシフトすることとした。

九話は構成上の破綻が大きいため、全体的な考察に繋げるには八話より不適当な面もある。
だが、高町なのはが主人公である以上、九話を看過して「SS」は語れない。
なのはに関する破綻は、すべからく作品自体の破綻へと繋がりかねない危険性を孕んでいるからだ。


結論から言えば、7〜9話のエピソードは、最終的に、主人公であるなのはを神格化するエピソードとして機能したと言えるだろう。
前回の考察で、私は7〜9話を仮に「ティアナ編」だと述べたが、これは的確な表現ではなかったようだ。
形の上では、ティアナとなのはがお互いの思いをぶつけ合う話となってはいたが、実質、なのはの威光にティアナというキャラクターが持っていた性質が撃ち砕かれ、再構成される構成になっていた。
ティアナがひとりで苦しみ、ひとりで悩み、過ちを犯し、ひとりで考え、(ここだけは一応)ふたりで努力し、また過ちを犯し、全てを撃ち砕かれた物語は、
実は、高町なのはを描くための物語だったことが、最後の十数分で明らかになったわけである。
おそらくは、「なのは」シリーズではじめて、他のキャラクターを踏み台にして、主人公を高みに持ち上げたエピソードが、九話だった。


主人公である高町なのはの絶対化。
これは何を意味しているのだろう。
私は、第一期「なのは」(以下「無印」)、第二期「A`s」で用いられてきた、作品そのものの構造を破壊しかねないものだと危惧している。

今回は「主人公であるなのはの絶対化」という点について、九話とそこに至る前の流れを見ながら、具体的に述べていきたい。
そして、最終的には、その絶対化に頼らざるを得なくなっている、作品製作上の問題点を明らかにするつもりだ。



1、

前回の考察で取り上げた8話においては、まだ、なのはの神格化は行われていなかった。
数多くの失策が全く問題視されず、なのは自身にもミスを犯したという自覚が欠如していたから、既にその予兆は現れていたのだが、正しい意味での復権を行える可能性は十分にあった。
模擬戦の一件は、7〜8話の流れの「結果」であると以前に述べたが、9話はその結果をどう受け止め、問題をどのようにして解決していくのかを考え、行動する機会を与えられたエピソードだった。
なのはは目を覆わんばかりの惨状を突きつけられ、自省する機会を与えられたのだし、ティアナも改めて自身の愚行について反省する場を与えられた。
スバルにとっても、その他のメンバーにとっても同様だ。
最後の、飛躍のチャンスである。


残念ながら、この機会を十分に生かせたキャラクターは、あまりいなかった。
それぞれが何らかの対応は見せたし、今までのような無関心は払拭されていたのが救いではあるが、不十分な上にどこか歪んでいる。
六課の機能不全については8話考察で既に述べたわけであるが、9話において最悪と言って良いレベルまで凋落してしまったのだ。

ティアナの暴走は、ともすれば六課実戦部隊(特にフォワード陣)の機能停止をも招きかねないほど、深刻なものだ。
恐ろしいことに、それだけの事態を前にしてもなお、大部分のメンバーは、己の責任を痛感している様子がない。

具体的な問題の発露の仕方は、おおむね8話と同じである。
「その場だけを見ればそれなりに妥当」なのだが、前後関係、特に今まで十分に責任を果たしてこなかったことを考えると破綻する……という、8話終盤で散々見せ付けられた構図だ。

筆者個人は、シャマルがティアナの無茶を認識していたのではとも取れる発言をしていたのが一番気になった。
もし知っていて放置していたのならば重大な職務怠慢である。
まあ、気付かなかったのなら隊員の体調管理を預かる者として無能だということなので、どっちもどっちなのだが。

フェイトはなのはにばかり気を使いすぎているし、シグナムも言っていることは正論だが、今まで部下の育成を半ば放棄していたことを考えると、この人にはあまり言われたくないよなあ、という思いに駆られる。

Bパートで熱弁を振るってくれるシャリオ(以下、本編に習ってシャーリー)は、様々な意味で別格なので、詳しい評価は後に回すが、彼女の行動はAパートで動いたキャラクターにも増して問題に満ちているとだけ、先に述べておく。


そんな中、例外的に、主人公のなのはだけは、比較的真っ当な反応を示している。
自分の教導の仕方……というよりは、その意図を正しく伝えようとしなかったことについては悔やんでいたようだし、帰投後の話し合いの場では、ティアナに対して謝罪の言葉も口にした。
もちろん、より重要なのは前者の方で、「己の失敗」について多少なりとも意識できたことは、評価して良いだろう。

なにより、ここに到ってようやく、自分からティアナと話をしようという意志を持ったことが大きい。
「自分の思いを伝えたい」というのは、「魔法少女」であった頃からの、なのはの性質のひとつのはずで、多少なりともらしさが戻ってきたと感じられる。
まあ、「管理不行き届き」というレベルの話ではないだろうとか、端末に向かう時間があったら自分からティアナに会いに行けとか、ティアナに対して磨けば光る原石なんだよって一歩間違えると侮辱じゃないのかとか、ツッコミどころは多々あるのだが、少なくとも、7話からの流れの中では比較的マシな反応だろう。
出撃前の、隊長としてはあまりにも見苦しい態度も、なのはらしい優しさが生んだものだと目を瞑るのも不可能ではない。

……もっと早くこの気持ちを持ってもらいたかった、という思いだけは、筆者としてはどうしても消せないのだが。


多くの問題はあるにせよ、主人公のなのはは復調の兆しを見せていたわけであるが、それは大部分、台無しにされてしまった。
他の六課メンバーのせいで、である。

上記したように、大半のメンバーは己の責任を正しく理解してはいないのだが、それ以上に大きな問題がある。
それは、ティアナの直属の上官であり教導官であるなのはの責任を、全く追及していない、という点だ。
ここに、九話のもっとも大きな陥穽が存在している。
非難の的になるのは常にティアナであり、なのはが批判されることはないのだ。
どちらにも責任があるのは明らかであるのに、ティアナの行動のみが一方的に糾弾されていく。
なのはの神格化の始まりである。



2、


問題が多岐にまで及んでいるため、ここからは作品世界内部と作品の構造、それぞれに焦点を絞り、別個に考えていこうと思う。



まず、作中においては、なのはの絶対化は主にシャーリーの手によって為される。
シャーリーの行ったことは、局員として越権行為に近く、人間としては自分勝手で欺瞞に満ちた行為だ。

出撃直前、なのはは上官としての威厳を捨ててまで、ティアナに対して「思いつめちゃってるみたいだけど、帰ってきたらゆっくり話そう!」と叫んでいる。
なのはは、自分で、話そうとしたのだ。
その内容は、ティアナが吐き出した不満、ティアナの犯した失敗の本当の原因についての解答であり、自分がどんな気持ちで教導をしてきたのか、何が足りなかったのかの自省、そんな思いを告げるものだっただろう。

散々すれ違ってきたティアナとなのはが(なのはの方は、単にすべきことをしていなかっただけだが)、ようやく真正面から向き合おうとしていたのである。
直前のティアナの叫びも、言いたいことを内側に溜め込みがちな彼女が、とうとう思いをぶつけてきたという意味では、一歩の前進ではあったのだ。
(ただし、社会人として、管理局の一員として、武装隊員として思い違いも甚だしい身勝手な態度ではあるので、殴られても文句は言えない)

その、ようやく歩み寄りを見せた二人のコミュニケーションの機会を、横から叩き潰してみせたのがシャーリーであり、捕捉を入れていくシグナムたちである。
「見てられない」という、まあ無理はないにせよ、極めて個人的な感情を理由にして。
最終的に、なのはとティアナがそれなりの形にまとまるので、何となく「シャーリーグッジョブ!」という気分にさせられるが、彼女がやったことは、事態を正しく解決することにほとんど寄与していない。
それどころか、なのはを敬愛するあまり、問題の本質から皆の目を遠ざけるかのような真似をしでかしている。
そのために取った手法も、極めて悪質だ。


最初に見せる映像と、そこに挿入されるコメントからして、誤認と盲信、欺瞞と捏造に満ちている。

なのはがいかに「普通の女の子」であったかを強調して感情移入をさせた上で、
まるでなのはが一方的に事件に巻き込まれた悲劇のヒロインであるかのように誘導し、
なのはが魔法と関わることにより何を得たのかは語らず、どういったリスクを背負ったのかだけを羅列して解説し、
本来はデバイスたちが我が身をかけて要請したカードリッジシステムの搭載まで、なのはの決断によるものだと捏造し、
なのはがいかに尊い思いを抱いて戦っていたのかを強調する。

あまりにも感情的で、なのはの過去を語るという観点で見てさえ、事実からかけ離れた説明の仕方だ。
特に、カードリッジシステムの一件については、発言をしたシグナムの見識を疑う。
あのシグナムが、デバイスに人格を認めていないとは思いたくないから、10年経っても事実を知る機会がなく、勘違いをしていただけなのかもしれないが……
カードリッジシステムの危険性を語っている以上、その可能性も低いと判断せざるをえない。
なのは個人への思い入れのあまり、口を滑らせているのだとしたら、やはり六課の、なのは賛美の傾向は深刻だ。


作品の外側の話へ一時逸れるが、この点についてはスタッフの真意も理解し難い。
「A`s」当時、あれだけデバイスの決断なのだと強調していたのと、同じ人間が関わっているとは到底思えない脚本だ。
前作をぶち壊しにしてまで、一体なにがしたいのだろうか。


閑話休題。
このように、散々なのはに感情移入させた上で提示されるのが、なのはの「事故」の話である。

客観的に見れば、これは「自己管理が出来なかったなのはの自業自得」であり、「己のミスで部隊全体を危険に晒しかけたなのはの汚点」のはずである。
一生懸命頑張った結果の、不幸な「事故」なのだから仕方ないのだろうか?

いやいや、「この一件があったから、自分と同じ思いをさせないために、なのはは隊員を大事にしているのだ」という主張なのだから、イコール「なのはと同じ無茶をすればなのはと同じ失敗をするんだ、だからティアナは間違っている」という主張でなければならない。
つまり、なのはの失態とティアナの失態は、等価なものなのだ。

だから、なのはの「事故」を例にあげてティアナの思い違いを正すのなら、当時のなのはの無茶と、現在のティアナの無茶の同一性を指摘するだけで良い。
そのためには、当時のなのはの失敗について、冷静かつ客観的に分析しなければならない。
それが、全く出来ていないのが、この場面の歪みの原因だ。

シグナムとシャマルの口から出てくるのは、なのはへの賛美と擁護、同情ばかり。
自己管理が出来ていなかったという事実も、止むを得ず疲労の極みに追い込まれたかのような表現にすりかえられている。

10年前からなのはと関わり、刃を交えて友となり、瀕死のなのはとその後のリハビリを目撃したのだから、感情的になるのも無理はないとは思う。
同じ部隊にいたらしいヴィータほどではないにせよ、なのはが無理をしていることに気がつけなかったという負い目もあるだろう。
リハビリで苦しむなのはの姿を思えば、その原因をなのはのミスだと指摘するのは心苦しいというのも分かる。

だが今は、ティアナを相手にした話をしているはずだ。
ティアナに対しては冷徹な言葉を向ける一方、なのはのことは「良い話」として片付けてしまうのは、あまりにもアンフェアだ。

かつて、ティアナと同じような無茶をして、大きな失敗を犯した者がいる。
同じ失敗を犯したくないのならば、無茶は止めろ。
それは、自分の身はもちろん、部隊の仲間をも危険に晒す行為なのだから……。

説明としてはそれでいいし、それ以外には要らない。


が、実際に行われたのは、ティアナを感情的に揺さぶって、罪悪感を植えつける刷り込みと説教だ。
その上、シャーリーの舌鋒はさらに見当違いの方向へ向かって鋭くなっていく。

「一生懸命考えて、教えてくれてるんだよ?」

あえて言おう。
「それがどうしたの?」と。

確かに、なのはの思いは、とても尊い。

だが、繰り返すが、今はティアナについて話し合っているのではなかったのか?
ティアナのミスは本人の思い違いと焦りが生み、なのはの教導におけるコミュニケーションの不備が被害を拡大させたものだ。
前者については、なのはの教導にかける思いとは関係がないし、後者については、いくら思っていることが尊くとも、相手に全く伝わらず、実行できていないのならば意味がない、というだけの話だ。
ティアナは既に(間違った手法によるものではあるが)シグナムに過ちを指摘され、反省というか罪悪感で潰れそうな状態になっている。
なぜシャーリーは、さらに「なのはがいかに優しく一生懸命な素晴らしい教導官」であるかを強調したのだろう。

結局、シャーリーは「『なのはと』ティアナが上手くいっていなかったのが見てられなかった」のであって、ティアナ自身の苦しみには、さほど興味がなかったのかもしれない。
少なくともシャーリーが、なのはについては多弁に弁護する一方で、ティアナについてはあまり触れなかったのは事実だ。
それは、シグナムたちも大差ない。

だからシャーリーの「演出」と、シグナムたちの話は、なのはの深刻な過去を強調してティアナの感情を揺さぶり、そこでようやくティアナの思い違いを指摘し、動揺しきったところで「なのはの教導の素晴らしさ」を提示することにより、ティアナを屈服させるという効果を生んでいる。


ちなみに。
アイデンティティが崩壊するほどの辛い経験をした人間の感情をさらに揺さぶり、情報が操作された会話や映像類で思考を方向付け、今までの価値観を破壊し、拠り所がなくなったタイミングで、絶対視することの出来る存在を提示する。
普通、こういった手法のことを「マインドコントロール」とか「洗脳」と呼ぶ。
意識して使用しているのなら、六課はもはやカルトの域に達しているし、無意識のうちに行っているのなら、六課のなのはに対する盲信と全肯定は、やはり宗教と化している。


個人的には、この瞬間、今までのティアナ・ランスターという人格は破壊されてしまったのではないかとすら思っている。
それは感情移入が生んだ過剰な認識であるにせよ、ティアナが己の問題点を正しく把握する機会を奪われたのは事実だろう。

「無茶はいけない」という結論はそれで良いわけだが、結論に至る過程が、言わば「なのはさんが駄目だと言っている」というレベルで止まってしまっている。
「どうして自分は無茶をしてしまったのか」という分析は行われていないし、あれだけ必死に紡いだ「才能がない人間が自分なりの努力をすることはいけないことなのか」という質問に対する回答も、得られないままとなった。
まあ、形の上では「自主練習は悪くない」という主旨の発言をシャーリーがしてはいるが……
ティアナはもう、自分で考え、試行錯誤することを止めてしまったのではないかと感じているのは、私だけだろうか?
(もちろん、体調を崩すような自主練習を続けろ、と言っているのではない、念のため。)

アバンタイトルでの、「自分がしてきたことは全て無駄だったのだ」という絶望も、答えは見つけられないまま、解決だけしてしまったように見える。
「なのはさんが考えてくれている、なのはさんが見ていてくれている……」という理由で。
「才能がないなら、努力を重ねて補うんだ」という意志は、ティアナのコンプレックスである以上に、プライドだったと思うのだが……。
少なくとも、ティアナが持たざる者から持つ者へと立場を変えてしまったのは間違いないだろう。


ティアナだけではなく、なのはも想定していた形でのコミュニケーションを取ることが出来なくなっている。
なのはが顔をあわせた時点で、ティアナは散々に先入観を刷り込まれ、もうなのはに面と向かって物を言える状態ではなくなっていたからだ。
上官と部下という立場はあるにせよ、対等の目線で話をしようとしていたなのはにとっては、大きな誤算ではあったはずだ。

なのはは、おそらく自身の事故について口にするつもりはなかった。
当事者だけあって、なのはは過去の「事故」が、決して美談などではないことについては承知している。
「なのはさんの失敗の記録?」と冗談まじりながら口にするところからも、それは窺える。
周囲が自分に過剰なほど気を使い、罪悪感を覚えていることも承知しているから、同情を買うだけになりかねない過去を話したくはなかったのだろう。
だからこそ、勝手に過去を公開してしまったシャーリーを叱っているのだ。

とはいえ、他のメンバーよりはマシというだけで、なのはの認識もやや甘い気はする。
まあ、あれだけ周囲から同情され続けていれば、無意識のうちに甘え癖もつくというものだろうが……
「SS」のなのはが、どうにも積極性や自己分析能力に欠けるのは、周囲がひたすらにスポイルし続けた結果なのではないかと思えてきた。

今回の一件が良い例で、なのはが何らかのミスをしても批判されることはなく、それどころか周りが勝手に解決に導いてしまう。
なのはとティアナは、真正面からぶつかり合い、伝え合い、分かり合う機会を奪われてしまった。
古くから付き合いのあるメンバーの、なのはに対する過保護ゆえに。


結果的に、機動六課実戦部隊は、チームとして理想的な形にまとまった。
しかしそれは、高町なのは個人への信仰を原動力とした、危ういものになってしまっている。
なのはは確かに強力なエースなのだろうが、ミスを犯すことがあれば思い違いもする、ただの人間だ。
その絶対性に依存した集団が、管理局の一部隊として、「家族」として健全なものであるのか。
疑問に思わざるをえない。




3、


続いて、作品そのものにおける問題点の指摘に移る。

こちらも最大の問題点は、作中におけるそれと同様で、なのはの絶対視にある。
ことに、その「なのはの絶対性」を、ストーリー上の「問題の解決」に利用してしまっているのが深刻だ。
序文で指摘した、作品を根底から破壊しかねない危うさは、まさにこの点にある。

作中の分析で述べたように、9話は「ティアナの苦悩と暴走」へ対処するために、「なのはの過去とそこから生じた思い」に関するエピソードを利用した。
「なのははこういった深刻な経験をしており、それが原因でこういった思いを抱くようになった」……
「『だから』、なのはのしてきた教導は正しいものであり、『それと対立してしまった』ティアナの暴走は間違っていたんだよ」と、そういう対立構造と解決方法が取られているのである。

これは非常に危うい手法だ。
なぜならば、「無印」「A`s」において、なのはたちと対立してきた人々もまた、「過去(あるいは現在)に何らかの辛い体験を経ており、そこから生じた各々の強い思いを胸に行動して」いたからだ。
プレシアしかり、フェイトしかり、ヴォルケンリッターしかり……
付け加えるならば、「SS」でのティアナもしかり。

そう。
過去の経験・現在の強い思いが、手段の部分を正当化するというロジックを肯定してしまうと、前二作でなのはが立ち向かってきた理不尽までも、肯定されてしまいかねないのだ。
いくら思いが尊くても、意志が強くても、人を犠牲にして幸せを求めたり、何かに目を瞑り耳を塞いで進むようなやり方では、どこかに無理が生じるんだよというのが、今までの「なのは」の物語だったはずだ。
だから思いを伝え合おうと、不器用なりに杖を交えてきたのが、なのはとその仲間だったはずである。


だというのに、「SS」九話においては、なのはの過去に関わるエピソードが、ティアナに伝えるべきことを伝えてこなかったという、なのはの失敗を覆い隠してしまっている。
その上、ティアナに反省を求めるための材料とされてしまっているのだ。
これでは、前作とは真逆の構造ではないか。
ましてや、<過去を原因とした個人的な思い>を抱いて進んでいたのは、ティアナも同様なのだ。
なのはだけが肯定され、ティアナは「間違ってしまった」キャラクターとして扱われるのは、理屈が合わない。

結果的に、ティアナが間違ってしまった理由は、「その手段が間違っていた」からでも「思いを伝え合わなかった」からではなく、「なのはの思いを受け取ろうとしなかった」(そもそも伝えられていないのだが)からだという形で、作品に組み込まれてしまっている。
作中のキャラクター、とくになのは自身がどう思っているかはともかく、ティアナの思いの吐露から引き継がれるシーンが、なのはの過去を描いたものであり、ティアナは「その過去と思いに対して」打ちひしがれるのだから、脚本上の処理としてはそうなっている。

極論すれば、少なくとも相対的には、「主人公であるなのはと対立したから、ティアナは間違っていた」という構造になってしまっているわけだ。
前作までの対立者は、別になのはと対立したがゆえに間違っていると認定されたわけではないのだから、九話で用いられた手法がどれだけ今までの「なのは」と乖離したものであるかは、明らかだと思う。


もちろん、今回に限って言えば、まだ作品全体を揺るがすほど、歪な構造とはなっていない。
前作までの対立者たちと、なのはやティアナとでは、具体的な行為に大きな差があるから、全くの同一視はできない。

だが、全ての人間関係・対立関係の基準を、主人公であるなのはに置く手法は、あまりにもリスクが大きい。
全ての価値観が、「高町なのはとの相対的な距離」を根拠に、評価されてしまいかねないからだ。
序文で「作品の構造を破壊しかねない」と表現したのは、そういう分析があってのものだ。

そして実際、構造面での歪みは、既に脚本レベルにまで現れている。
例としてあげるのに最適なのは、やはり7話〜9話である。


言うまでもなく、7話から9話Aパートまでは、主にティアナに焦点を当てる形で構成されてきた。
アバンタイトルのモノローグも次回予告も、ティアナに関することがメインであり、作中の視点もティアナ寄りに設定されていた。
ひたすらにネガティブなティアナの挫折感が吐露されている、9話アバンタイトルなどは、その筆頭だろう。

だが、2話と半分もかけて、ティアナ側の視点に立って進んできたエピソードは、9話Bパートの中盤から、唐突に「なのはの話」へとスライドしてしまう。
ティアナの問題解決は、他者から与えられる形で処理され、最終的にティアナがどう心の整理をつけたのかは、提示されない。
なのはと語り合った翌朝の描写で、「とにかく思い切ったらしい」ということは表現されているが、既に視点がティアナの内部からは抜け出てしまっているので、具体性がない。

今まで散々、ティアナのモノローグを多用してきたのだから、ティアナ自身の言葉で、今回の一件をどう捉え消化したのかを語らせる必要があるはずだ。
だというのに、2話以上にも及んで強調されてきたティアナのエピソードは、なし崩しのまま、なのはのエピソードの中に取り込まれ、フェードアウトしてしまっている。
事実、最後のモノローグは、九話Bパートに至るまで、心中が伏せられていたなのはが担当している。
ここでも、問題がすり替えられてしまっているのだ。
その場の勢いで「いや、良い最終回だった」的な納得をしてしまいかねないが、ふと振り返ってみると「あれ、なのはさんは良いんだけどティアナの話はどうなったの?」と首を傾げることとなる。

ティアナの話から始まり、ティアナとなのはの物語となったはずが、なのはを描くことを優先しすぎてしまった結果が、この一貫性のない構成だ。
「そのエピソードで何を描きたいのか」が明確に設定されていれば、もう少しまとまりのある構成になったはずである。
そこが甘いまま、なのはを高みに持ち上げることに夢中になるから、無理が出てくるのだ。

正しい手順を踏まないまま、なのはの絶対性だけで、問題を解決へと導く。
同じことを続けていては、そう遠くない将来、取り返しがつかないほど破綻したエピソードが出てしまいかねないと、私は危惧している。



4、

その、なのはに関する演出の欠陥は、どのようにして生じているのだろうか。
問題は、おおむねみっつの要因にまとめることが出来る。


1、「なのはを新人を導く教導官として設定したため、完璧なキャラクターにしようとしている」
2、「絶対的な性能を持たせつつも、その能力を最大限に利用すると、事態が次々に解決されて物語の展開が早まる(2クールの尺を埋めきれない)ため、設定上の能力と実際の行動力に大きな落差が生じてしまう」
3、「2の欠陥に加えて、なのは自身が己の絶対性を誇示するのはキャラクターとして嫌味になるために、なのは以外のキャラクターが過剰に賛美しなくてはならない」


こんなところだろうか。
これはなのはだけではなく、フェイトとはやてについても言えることなのだが、「完全無欠の超エース」としての立ち位置が、上手く機能していないのだ。

戦闘力だけではなく、その他の処理能力や人格をも含めた話だが、設定上、なのはたちは管理局でも上位に入る優秀な人材とされている。
しかし実際には、なのはたちはそこまで優秀な人材として演出されていない。
特にホテル警備以降は、失態の連続だと言って良い。
設定上の有能さが、全く現れていないのだ。

なぜそうなってしまっているかといえば、上記のように、製作スタッフが2クールという尺を持て余しているからなのだろうと思う。
設定どおりの有能さを発揮させてしまうと、事態がどんどん変化してしまい、26話をきっちり使い切ることができなくなる。
だから、キャラクターをアクティブに動かすことができない。
一方で、立ち位置としての超エースの立場は維持させているので、虚像と実像の落差が生まれ、またそれを埋めるための過剰な擁護が発生する。

ならば、なのはたちを等身大のキャラクターに戻すか、シリーズ構成を変化させて次々に新しい展開を投下するようにすべきなのだが、そのどちらもなされず、中途半端な状態になっているのが、9話現在の実情だ。
せめて、「魔導師としての有能さ」と「個人としての能力・人格」を切り離して考え、エースではあるけれども間違いだってする人間とすれば良いのだが、なのはたちのプライベートが描かれることなくここまで来てしまったため、それも出来ない。
10〜11話にて変化が起こりそうな予兆はあるが、今のところ、個人としてのキャラクター性と局員としてのキャラクター性は、ほぼイコールで結ばれているのだ。


なのはを絶対的なキャラクターとして描きたいのならば、それはそれでひとつの方針だろう。
だが、そのためには、それに相応しい能力と人格を演出しなければならない。
無論、なのは自身の言動でもってだ。
それが出来ないまま、他のキャラクターが一方的に祭り上げていく結果として、根拠のない感情的な神格化……狂信とも呼べる状況が発生しているのだ。


さらにひとつ、視点を高くして、シナリオとキャラクターの関連性について見てみよう。

キャラクターを動かず、シナリオも大きく動かさず進めようとすれば、いわゆる「キャラの上に操り糸が見える」状況になるのは自明だ。
これがゼロからスタートする新作ならば、シナリオの都合に沿って動かされる行動も、キャラクターの性質として組み込まれるから、大きな違和感は生じない。

だが、なのはたちは、既に26話(ないしは13話)もの長きに渡って活躍し、一度完成されたキャラクターたちなのだ。
しかも前作までは、どちらかといえばシナリオの構成よりも、キャラクターで引っ張っていく形の作品だった。
絶大なポテンシャルを持つキャラクターを、及び腰のシリーズ構成の中に組み込もうとすればどうなるかは、これまた自明である。
製作スタッフは、自分たちが作り上げてきたキャラクターを、自分たちの手で押しつぶしてしまっているのだ。


前作までのキャラクター性、今作にて過剰に演出される絶対性、そして画面上で示される実像。
前作からの視聴者が、個人差はあろうが感じずにはいられない違和感を生んでいる要因のひとつが、ここにある。



5、

まとめに入ろう。
数々の問題の根幹となっているのは、おそらくは2クールという尺の長さであろうと、私は確信している。
製作スタッフ、主に、原案・脚本を担当している都築氏の処理能力を、超過してしまったのだ。

テンポの速い展開では2クールを使い切れないというのならば、1クールずつに分けるつもりで構成するなり、色々と方法はあったと思うが、どうやらそこまでの余裕が都築氏とスタッフにはなかったようだ。
この場合の「余裕」とは、能力的なものだけではなく、環境的なもの、時間的なものも含まれるだろうから、単純に力不足を責めるのは酷だろうとは思う。

しかし、シリーズ全体での進行を停滞させ、そのためにキャラクターの能力にまで制限をかける(リミッターのことではない、念のため)のは、限りなく最悪に近い決断だ。
いわば「消化試合」的なエピソードが、極端に増えてしまうからである。
それでは、シリーズ構成時の発想が、「この話数を使って何を描こうか」ではなく、「どうやってこの話数を潰していくか」から始まってしまいかねない。
実際、話の展開が極端に遅いというのは、大半の視聴者が感じざるをえない段階まで来ている。

前向きに話を進めていれば、今までの9話分のエピソードは、5,6話で消化できていた可能性は高い。
厳しい言い方にはなるが、楽をしようと杓子定規な構成に寄りかかってきたスタッフの手抜きが、現状の「SS」の良くない部分を生んでいるのだ。


2クールという長さが原因だとすれば、シリーズの終わりが見えてきたタイミングから、急激に展開が早まり、キャラクターもそのポテンシャルを十全に発揮できるようになる可能性は高い。
無理やり埋めなければならない話数がなくなれば、シナリオもキャラクターも、一直線に飛翔させることができる、それぐらいの能力はスタッフに期待して良いだろうと思う。


今後、どれほど素晴らしい出来になろうとも、あまりにも長い迷走を考えれば、作品全体について肯定的な評価を下すことは、もう難しいだろう。
それでも、この失敗を踏み台にして、「SS」が高みに向かってテイク・オフしてくれることを、深く祈るのみである。
「なのは」という作品が持つ力は、まだまだこんなものではないはずなのだから。



 文責:高原ユウ

にほんブログ村 アニメブログへ一押し300m分のヤル気が充填されますので、ぽちっとお願いします。

emanon7 at 01:01│Comments(9)TrackBack(3)アニメ ま 

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. レビュー・評価:魔法少女リリカルなのは StrikerS/第9話 「たいせつなこと」  [ ANIMA-LIGHT:アニメ・マンガ・ライトノベルのレビュー検索エンジン ]   2007年06月05日 12:32
品質評価 37 / 萌え評価 21 / 燃え評価 10 / ギャグ評価 29 / シリアス評価 19 / お色気評価 3 / 総合評価 20<br>レビュー数 106 件 <br> <br>  無謀な訓練と戦法を諌められ、なのはに撃墜されたティアと、目の前でその様子を見せ付けられたスバル。  ティアが医務室で目...
2. 魔法少女リリカルなのはStrikerS第10話機動六課のある休日(前編)  [ 翔太FACTORY+Zwei ]   2007年06月06日 10:56
「過去の痛みと譲れないプライドと失敗と…躓いてしまった小さな翼たちは。だけどちゃんと、自分で立ち上がった。見守ってるから、失敗や迷いも全部。明日に繋げていけるように」「躓きも後悔もいつか宝物に出来るように。全力で進んでいく毎日に時々は、安らぎを。たまに...
3. ◎魔法少女リリカルなのはStrikerS第9話「たい...  [ ぺろぺろキャンディー ]   2012年08月04日 14:59
ナノハさんが、命令に逆らったティアナに容赦ない制裁をくらわせる。=医務室シャマ:起きた?撃墜されたの覚えてる。ティア:はい。シャマ:体にダメージは無いと思うんだけど。:...

この記事へのコメント

1. Posted by 藤   2007年06月07日 09:57
10話見て絶賛絶望中…。

どうも。コメント書くのが随分と遅くなってしまいました。こっちからリクエスト出したと言うのに申し訳ないことですが。
では。思うところがほぼ同じ(+大幅加筆)なのでほとんど書くことが焼き直しに過ぎない気がしますが。
細部補填程度になっていれば幸い。

>他のキャラクターを踏み台にして
ついつい“なのはという作品でこんな展開をさせるのはおかしい”と思ってしまうのがこの一連の事態。
まぁ、本来こういう考え方は勝手な主観の押し付けなので正しくないのですが、
2. Posted by 藤   2007年06月07日 09:58
けど“こういう解決をするのがなのはという作品のキャラクターだったかな?”という考えはどうしても拭えないですね(これなら一応ありかな?)。

>責任があるのは明らかであるのに
責任論って難しいです、なここ数日の見解。特に具体的に線引きしようとすると。
ただそれでも、双方に責任があるっていう点についてだけは…疑うべくもないよなぁ。

>なのはの過去を語るという観点
(・巻き込まれたのは事実)
・しかし、最低限PT事件後は自分の意思で関わり続けることを選んだ
・カートリッジシステムはデバイスの独断による追加で、闇の書事件後にオミットした節も無い(いずれリスクの少ないモノに改善されたとは思われる)
3. Posted by 藤   2007年06月07日 09:59
 これも自己の判断で継続使用している(カートリッジは事件での戦力不足を補うために使用したものであり、その後は必要無いはずである)。
とりあえず、『ただ巻き込まれた』のではなく『自分で選んだ』ということで二点、でしょうか。
掘り下げればもう一、二点あるんでしょうけど、正直ツッコミどころ探すためにアレを何度も見たくなかったり…。

>「自己管理が出来なかったなのはの自業自得」
加えて入局二年以上も無茶を重ねる様を目にしておきながら、漫然と放置し続けた周囲環境のダメっぷりも。
しかも今回のティアナの一件で、それが改まってない節あり(→シャマル)。
何せ10歳未満の女の子がバカスカ砲撃魔法をぶっ放す戦い方を続けてきたのですし。
4. Posted by 藤   2007年06月07日 09:59
魔法行使と身体への不可の関係が何時ごろ明確に判明したのかは不明ですけど、それでも60〜70年来の組織で分かっていないとは考えづらいですね。
管理する世界が多すぎてそこかしこで危険な状況だから、事あるごとに駆り出されたとも……明確な根拠は乏しいながら考えづらいし。
そんな状況に甘んじるんじゃ管理局の見識と戦力状況があまりにイってるし。
(幼くして仕事に就くのが有り得る社会とはいえ身体的な能力値を鑑みないのはヤバすぎると思われます。)

>という主張でなければならない
ごてごてと同情とか余計なもので話が装飾されてるから分かりにくいんですが、論理の筋道としてもあの過去話からいけるのはここまでですよね?
過去の提示を順々にしていって、事故と言う結果から、自分も同じ事になりたくなかったらこれを教訓にして無茶は控えろ、と。
5. Posted by 藤   2007年06月07日 10:00
いや、“教導の意味”を伝える意図からすればそれも正しくないのかな。“あの結果、なのははこういう道筋で教導をするようになった”という事実関係までできっちりとどめるべきか。
あるいは、このうえで改めてティアナになのはのやり方の是非を問うて、落としどころを探っていくか、というのもありなのかな?(あの演出を改めない限り本放送と同様の結末になるでしょうが)

>「一生懸命考えて、教えてくれてるんだよ?」
兎も角。結局シャリオが最後に付け加えたのって、『自分が説明する』と言った“なのはのこと(過去と判断)と教導の意味”からも乖離した明らかな『余分』ですよね。
6. Posted by 藤   2007年06月07日 10:01
>同情を買うだけになりかねない過去を話したくはなかったのだろう
あぁ、そういう考え方も有るんだ。
自分としてはただ単に『恥ずかしいから』話したく・話してほしくなかったとしか考えてなかったです。
『自分のやりかたの論拠にそういうものがあるんだったらきちんと説明して納得させろ』と思いましたね(苦笑)。

>いくら思いが尊くても、意志が強くても、人を犠牲にして幸せを求めたり、
>何かに目を瞑り耳を塞いで進むようなやり方では、どこかに無理が生じるんだよというのが
無印にてプレシアに対したクロノの台詞からですね。
自分としては『流石にシリーズ構成さえ破壊しかねない』なんてレベルまでは考えていなかったんですが、これは…たしかに否定できないかも。
7. Posted by 藤   2007年06月07日 10:02
>この失敗を踏み台にして
儚い期待ではありますが“この件、狙って歪みを残したまま終らせてないかな?”と思っていたりします。以前書いたかな?
脚本の都築氏、感性・価値観がどこか歪んでると自他共に認めてる御仁なので(とらハVFBにてそんな旨の発言があるし、氏の作品の評価中にもそんな意見が出ることが)。
まぁ、それがこの件に対して発動されるかはまだ分かんないんですけど。この先、今回のを卓袱台返しよろしくひっくり返す事態があるかもしれませんよ?

……なんか凄い量になった。それではー。
8. Posted by 高原ユウ   2007年06月09日 01:32
>藤様

いつもコメントありがとうございます。
さて、ほとんど付け足すこともないのですが……

>なのはの過去を語るという観点

コメントを拝読しながらふと思いましたが、例えば、「巻き込まれた〜」うんぬんについて、視聴者は、なのはが自分で事件と関わる決意をしたことを知っているわけですが、シャーリーはそこまで知らない可能性が高いのですよね。
キャラクターでは、ユーノと、せいぜい当時のアースラスタッフ以外は、伝え聞いた程度で色眼鏡がかかっているのかも。
シャーリーはああいう具合の人間なので、なおさらです。

まあ、ちょっと擁護してみてどうなる言論ではありませんでしたし、スタッフの見識を疑う、という点は変わりありませんが。
9. Posted by 高原ユウ   2007年06月09日 02:04
>狙って歪みを残したまま終らせて〜

実は、私も同じようなことを感じてはいます。
何かやってくるとしたら、やはり主人公のなのは関連でしょうか。
彼女の扱いは、ちょっと極端すぎますからね。

ただ、まあ、特にティアナ編は、脚本として上質だったとはお世辞にも言い難いわけで、何か仕掛けるならもっと上手くやろうよ、というのが率直な意見。
都築氏の作品は、良くも悪くもアンバランスなところがありますが、「SS」については限界ばかりが目に付くように思います。
元々、特別にテクニカルなわけでも手堅いわけでもない作風ですから、やはり尺が長くなると荒が目立つ、ということなのですかねえ……。

なんにせよ、そろそろ「頑張って見続けていて良かった」と思える展開が来てほしいものです。
そうなれば、もう一度ぐらいレビューを書く機会も出てくるでしょう。

なにはともあれ、お付き合い、ありがとうございました。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔