2004年12月02日

監査報酬の出所

おそらく、このサイトに来られた方は、
 監査は誰のため?
という質問に回答できると思います。

では、
 監査報酬はだれから貰うの?
と質問されたらどのように答えますか?


よくある勘違いで監査報酬はクライアントから貰うから監査法人はクライアントに頭が上がらない旨の発言を聞きますが、理論的には間違いですよね。
監査人は株主総会で選任され、監査報酬は株主持分から支払われるのですから。

当然、商法的には、監査人は株主、債権者のために仕事をするのであって、経営者のために仕事をするのではない。証取的には、投資者のため。

したがって、経営者に依頼されて監査をしている訳ではないんですね。
経営者が「ここ見逃してよ」的な趣旨の発言をしたとしても、本来、監査人は応える必要はない。

株主は、経営者の作成した財務諸表が適正であるかどうか保証してもらうことによって、情報リスクが軽減される。情報リスクの低減に見合う形で監査費用を拠出する。
経営者にとっても、情報リスクを軽減し、より安価な資金調達(期待収益の低い)を行うというインセンティブがある。経営者にとっては監査それ自体が受託責任の遂行の一環であるとともに、監査費用は一種の財務費用なのですね。

ただ実際には、株主総会における会計監査人選任の議案は、取締役が作成するし、監査役会の同意が必要としても、監査役の選任は、事実上、経営者によって行われているため、経営者の思惑通りに会計監査人の選任議案が提出される。
株主は、監査法人の実態についてよく知らない。
そして総会では、議案どおりに可決される。

本来は、経営者は株主から任されたお金を運用する主体、受任者であるに過ぎないはずなのに、実質的には、経営者が監査人を選んでるってことになる。
そういえば、株式会社における「経営者支配」の進展はバーリーとミーンズの研究にもあったような気がします。

とすると、監査法人の営業先は経営者ということになるんですね。

そうなると、監査法人と被監査会社の癒着が始まることとなる。
経営者側も、会計士は会社が雇ってると考えるようになる。

このパラダイムの元では監査意見の証明水準は
 監査人が自ら追うことができるリスク(訴訟等の)と
 監査人が受け取る監査報酬が
が均衡する所で決まります。
監査人は自分で負えるリスクの範囲内の粉飾については見逃すこととなる。

これは、例えば、りそなの件で、繰延税金資産の計上が5年から3年へと収束していった場合を思い出すとよくわかります。

共同監査のもと、当初、新日は5年分としていた。朝日は認めない方針だった。そのタイミングで朝日の現場責任者が不可解な自殺をとげ(日債銀の社長と同様に私は他殺だと思っていますが・・・)、朝日は監査を降りた。
そして、エンロン事件を背景に、リスクの大きさに戸惑いを覚えた新日はいろいろあったにせよ3年へと落ち着いた。

この水準は、
 「財務諸表には全体として重要な虚偽の表示がないことについて、合理的な保証を得たとの監査人の判断を含んでいる」
とされる相当程度高い心証よりも当然低くなる訳です。

よって
監査法人間の競争を通じた監査の質の向上のためには、
 ・監査法人の実態を開示を何とかして株主に知らしめ、株主が積極的に監査法人を選ぶ
 ・監査法人の実態を開示し何とかして投資者に知らしめ、投資者が、有報にある監査報酬、監査法人の情報を積極的に投資判断に用いる
というように変革していく必要があると私は考えています。

ただし、監査の有効性、効率性を確保するためには、
監査人と被監査会社の信頼関係は重要ですから、
監査人の守秘義務は必要ですよね。

じゃ、どうやって監査法人の実態を開示しけばよいのだろう??

金融庁の検査じゃ不十分。開示しないですから。

・・・

アメリカのようにサーベンス・オクスレー法等々で、監査人の責任を重くしたところで、サービスの水準(証明水準)は、監査人が負えるリスクの水準以上にはならないし、本質的には、サービス水準の向上には、やはり監査法人間の競争状況を作りだす必要があると考えます。

しかし、資本市場の重要なインフラストラクチャーと位置付けられる監査。
やはりその公共性の高さから、純粋な市場原理の適用は現実的に困難なのかもしれませんね。

他にも問題があるのですが、財務論的に考えた場合、

本来、株主は、情報リスクの観点からどれくらい監査費用をかけるかどうかということを選べるようにすべき、

と考えたりもするのですが、
その場合には
監査意見の証明水準が監査法人ごとに異なることが理論上許容されるのか?
(実際は法人によって証明水準はずいぶんと違う気がしますが^^;;)
とか
そしたら、そもそも法定監査っていらないのでは?
とか
いろいろと反論がかえってきそうです。
そもそも、自分自身が今現在、明確な解答を持ち合わせていないのですが;;


やはり、制度設計を考える際には、国際競争を前提に置く必要があります。
日本における今のままの資本市場では金融の機能それ自体、また効率的資源配分の達成は困難であり、他の国のとの関係において繁栄をなしえることは困難ではないでしょうか。(もちろん、それ以前に、資本市場自体の国際競争もあると思いますが)

制度設計を行える立場にある面々が既得権益に安住しているという問題もあると思います。そろそろ真剣に考えてほしい。
このままだと日本の衰退が目の前に迫っているような気がします。





※てきとーに書いてしまったので論理矛盾してるかもしれません!
異論、反論、お願いします。




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この記事へのコメント
こんばんわ。
今日初めてお邪魔しました。ぜーんぶ興味深く読ませていただきました。・・・ら、いっぱいあってこんな時間に^^;。これからもお忙しいと思いますがわたし記事楽しみにしてますので頑張ってください。
Posted by EN at 2004年12月05日 00:58
楽しみにして頂いているなんて恐縮してしまいます。期待に添えないかもしれませんが、少しずつでも書いていこうと思っていますのでよろしくお願いします。

Posted by emerald_blue at 2004年12月08日 23:32
こんにちは。
教えていただきたい事があります。
営業報告書に監査報酬を開示することになりましたが、この事に対する反対意見って言うのはどういったことがあげられるでしょうか?
Posted by ちえ at 2005年01月22日 14:29