2004年11月23日

監査法人を辞めて感じたこと

とある監査法人退職者より

 もう退職してから数年が経つにもかかわらず、監査法人の内部は(特に代表社員クラスの方々は)何も変わっていない、むしろ腐敗の度を極めていると言うことに愕然と致しました。ただし、その実感とともに、自分の選んだ「退職」という道が正しかったものであると確信する今日この頃です。


 最早、一部の方々のご指摘のように、外部からの強制的な改革により、旧態依然とした監査法人を立ち直させるよりほか、対処法は無いのではないかと感じます。

 「甘ったれるな」と言いたい。「何様なのだ」と言いたい。「仕事に応じた給料」という基本的な考え方を理解することも無い。経営をしたことも無いのに、財務諸表の利益・会社規模・会社ブランドだけで顧客の優劣を「神」のように決めつける。
 そして、一般企業の努力により築かれた日本経済の繁栄を、あたかも自分たちの手柄のように思い違い、その繁栄に寄生し続けて数十年もの惰眠を貪り、ありもしない後光と規制の後ろ盾で顧客企業に威圧的に対応してきた。残念ながら、そういう姿が監査法人の現状なのだと思います。

 「会計士として生きていく!」と思いを決め、監査法人にまつわる数々の悪い噂にも恐れを抱かず、夢を持ち入所しました。すばらしい先輩方(多くは辞められました)がおられ、ここで働けて良かったと感謝していたのを昨日の事の様に覚えています。

 しかし、自分の将来を考えたとき、この組織を改革できるようなポジションにたどり着くまで何十年もかかってしまうという現実、そして、その頃の自分は多分魅力的とは言いがたい封建制度の守護者となってしまうということを危惧せざるを得ませんでした。これが私の退職の理由です。

 監査法人を辞めて感じたことは、会計士は本質的に横柄だと言うこと(まだ「若手」の同期入所の友人達も、監査法人に染まった典型的な「勤務会計士」になってしまった)、顧客企業は会計士なんぞ最初からこれっぽっちも信用していないということ(世間知らずの会計士達はその逆を信じて疑っていませんが)、監査実務の内情をご存知である一般企業の方々に、元監査法人職員だと名乗ることに引け目を感じるということ(本当に悔しい)です。

 監査法人に一生勤務しつづけると心に決めた会計士の行動原則は、一にも二にも、「組織の在り方の維持」 ―決して「組織の維持」ではありません― です。
 その「組織の在り方」とは、『組織の周りには若干の問題は絶えずあるものの、それは大きな問題と捉えるほどのものではなく、そのことさえ認識しておけば、ことさら何をする必要は無い』という雰囲気を維持することです。

 よっぽどの大馬鹿者か能天気な人間でもない限り、勤務会計士は組織が抱える数々の重大な問題に絶えず気づいています。しかし、同時に絶えず「それは大した事ではない」という結論に至るように自己洗脳をし、その結論を組織全体の意思であるかのような雰囲気を醸成し、そして最後に『小手先の改革はやって見せても、抜本的な対策は何もしない』という判断に至ります。

 このような組織で、問題に気づいて良い立場ではない者(例えばシニアスタッフ)が問題に気づく、あるいはシニアマネージャークラスであっても、気づいた問題に対して「何とかしないといけない」と行動を起こそうものなら、どんなに優秀な人間でも間違い無くパージされてしまうでしょう。

 ある意味では愉快なことに、このルールは理事クラスの代表社員にも適用され、人望ある辣腕代表社員(滅多にいませんが)が何かをしようとしても、そのプランが内部の官僚組織を通りぬけたときには、無難に落ち着いたものにされてしまい、結局『小手先の改革はやって見せても、抜本的な対策は何もしない』ということになってしまうのです。

 このような組織では、とにかく「事を起こさない人(事を起こす力の無い人)」こそ重用されるのです。また、そういう人が有力派閥に所属し、同じような人材を選抜し、派閥出身者で法人組織の幹部を固めて、事が起こらないようにします。逆に、問題意識のある人の出世は止まり、その力を発揮すべき場所からどんどん遠ざけられてしまうのです。そして、やがて辞めていくのです。

 そのような組織で、いったいどうすれば「内部からの改革」など望めましょうか。誰が「内部からの改革」などするのでしょうか。『問題が内部にある』と気づいたり、『これは大変なことだ』と指摘したり、『何かしないといけない』と主張する、そのような人を排除することが、「組織の在り方」として正しいと思われている
組織なのです。

 私が在籍していた監査法人に今もなお残っている友人達は、一人一人は間違い無く優秀な人間であり、そのような友人達と同じ法人で働けたことを誇りに感じています。世間の方々もこの点は誤解されないことを望んでやみません。しかし、であればこそ、会うたびに吹聴される、月何回かのゴルフや女遊びの話題は、マーケットで自分の値段を見つめながら必死で生きている身には、暗澹たるものがあります。

 残念ながら、監査法人の特徴である、「全ての問題を先送りする無責任な組織風土」、「事なかれ主義」、「上司(法人内の雰囲気)への絶対服従」がほとんど全ての会計士に蔓延している上に、わずかばかり存在する心ある会計士も、日々味わされる絶望の挙句に常日頃から退職の意思を固めており、去り行く監査法人の改革などには何の興味も無い状態ですから、内部からの改革は非常に難しいと思います。

 しかし、対外的に何の責任も負わないにも係らず、報酬 ―そんなに高額ではありませんが、提供している劣悪なサービスの内容からすれば噴飯ものの金額です― を受け取っている不公正な監査制度を糾すために、外部からの強制的な制度改革が必要な時期に、既に入っていると思います。




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