ヒア アフターどうも、エミです(・∀・)つ
ここ2年ほど見た映画のコメントをまともに書いてませんでしたが、落ち着いてきたのでそろそろ書いてみたいと思います。
久々に書くのは大好きなクリント・イーストウッドの『ヒア アフター』です。
でわでわ、どうぞ。
「クリント・イーストウッドの作品にハズレなし」
と思ってる私も今回はさすがに
「イーストウッド(●´・ω・`)大丈夫?」
と思わずにいられませんでした。
だってスピリチュアルな精神世界のストーリーなんだもん…。
ただでさえクリント・イーストウッドの作品はラストを明快にせず観客に考えさせるので受付けない人がいるのに、好き嫌いがハッキリするスピリチュアルな内容ともなると賛否両論は必至。
クリント・イーストウッドには申し訳ないですが(*´・ω・`*)ドキドキしながら観に行きました。

…が!!!
全然心配する必要はなかった。
疑ってゴメン、クリント・イーストウッド (o´-ω-)oペコッ
賛否両論あるだろうけど、私は受け入れられる内容でした。



パリで活躍するジャーナリストのマリー。
バカンス先で津波に襲われ臨死体験をしたときに不思議な光景「ヴィジョン」を見てしまい、帰国してもそのことが頭から離れません。
ジャーナリストらしくこの体験を追及しようとするけど、周りは冷やかな反応を示します。
結局「ヴィジョン」とその調査結果をイギリスで出版するものの、キャリアと恋人は失ったマリー。

主人公の一人なんだけど、どうもマリーに感情移入ができない私。
キャリアを失った割に豪華なホテルに泊まっちゃってるし、
恋人失うって言ったって元々、不倫関係だからねぇ(;^ω^A ァセァセ…
なんだろ、失うものが得るものより小さすぎて感情移入できなかったのかな?
マリーに感情移入できるかどうかは別として冒頭の津波の映像は凄かったです。
さすがスティーブン・スピルバーグってカンジ。


双子の兄ジェイソンを突然の交通事故で亡くしたロンドン在住のマーカス。
家庭環境がそうさせるのか
一卵性双生児だからなのか
マーカスはジェイソンに依存しがち。
そんなマーカスにとって突然のジェイソンの「死」は受け入れ難く、もう一度ジェイソンと話しがしたいと思って本物の霊能力者を探し始めます。
里親の金をかっぱらって霊能力者を探してるんで行為は「健気」とは言い難いけど、ジェイソンと話したいという気持ちは「健気」なんですよね。
もう、健気過ぎて健気すぎて。゚(゚´Д`*゚)゚。
ジョージを通してだけど、ジェイソンの思いがマーカスに伝わるシーンでは劇場のあちこちからすすり泣く声が聞こえてました。

で、このマーカスがディケンズの作品に出てくる主人公の幼い頃を絵に描いたような子なんです。
ちょうどデイヴィッド・コパフィールドみたいなカンジかな。
ジョージもウィックフィールドみたいな役割だし。


かって霊能者として活躍したジョージ。
相手の手を触れると相手と関わりのある死者の言葉を聞くことができる力はジョージにとっては「Gift(才能)」ではなく「Curse(呪い)」。
ジョージのお兄ちゃんはこの能力でひと儲けを企むし
料理教室でイイ感じになったメラニーともこの能力で別れるしで
サンフランシスコにいることすらイヤになったジョージは大好きなディケンズがいたロンドンへ向かいます。

料理教室でメラニーが食材当てするシーンはエロかったです(笑)
BGMはトゥーランドットの『誰も寝てはならぬ』なんですが、このBGMでエロさ倍増なんですよ。
こういうエロさはクリント・イーストウッドらしいなぁって思います。
…って言うかマット・デイモンがパートナーで目隠しして食材当てする料理教室があるなら今すぐ通いますっ!!


この映画で重要になってくるのがイギリスの文豪チャールズ・ディケンズ。
ディケンズの作品で一番有名なのは『クリスマス・キャロル』かな?
それ以外にも『オリバー・トゥイスト』が映画化されたり
『デイヴィッド・コパフィールド』がドラマ化されたりしてます。
で、このディケンズ。
ジョージが死者との会話(reading)をした後にリラックスするために朗読(reading)を聞くシーンが出てくるんですが、この朗読してる作品がディケンズの作品でジョージは
「シェークスピアよりディケンズが好き。」
と言うくらいディケンズ好き。
接点もなく違う国で生活してた3人がロンドンのそれも「ブックフェア」に集まるのは確かにご都合主義に思えます。
でも私には『ディケンズ』とそれぞれの『思い』が重なって集まるのはとっても自然に思えました。

この映画で賛否両論のラストシーン。
私はジョージが最後に一瞬マリーとキスするシーンを見た後、マリーと握手を交わし恋愛モードに突入するのって『ディケンズ』の作品っぽいなぁって思いました。

マーカスに根負けしてジェイソンと交信するジョージなんですが、最後にジョージはマーカスに優しい嘘をついたんだと思います。
ホントはジェイソンは戻ってきてなくて、ジョージがマーカスを前を向いて生きていけるようについた嘘はジョージ自身が「Curse(呪い)」と呼んでいた力を前向きに使った瞬間だったんだろうなぁって。
ちょうどディケンズの『鐘の音』で主人公のトビーがトビー自身の意識によって鐘の音が変わったように、
ジョージ自身の意識によって「力」が変化したみたいなカンジ。

で、マリーとの待ち合わせのシーン。
あの一瞬マリーとキスするヴィジョンを見たのはそれこそ『鐘の精』
が見せた『未来』なのかなって思います。
ジョージは持っていた力を呪ってた『過去』を受け入れて
意識の変化によって力も変化した『現在』
『未来』が一瞬見えるようになったっていう流れも『クリスマス・伽ロル』っぽいしでディケンズの作品っぽいかなって感じたんです。

だからかな、あのラストを受け入れられたのは。
まぁ、確かに見る人の信条や価値観・経験等によって評価がわかれそうな作品ではあるけど『ハズレ』だとは思いませんでした。