2021年11月11日

1111の1111

255221130_1046257569531339_6873207198639889794_n今日は11月11日。

ストーハーマル高校のハンドボールの授業を終えて、事務所で午後のトレーニングの準備をしていたとき、ふと時計を見あげたら11時11分でした。

11月11日の11時11分。

なんかいいことありそうだなぁ〜ってめっちゃ嬉しくなって、同僚のテレッセに慌てて報告したら、一緒に喜んでくれました。

地味〜に嬉しい出来事。


ブログに書きたいことは山のように積もっていくのに、時間とパワーが足りないというもどかしさ。

先週あたりから風邪気味の選手が増えてきて、「コロナ渦を経てみんな免疫力弱ってるなぁ」と他人事のように思っていたら、昨日から私も鼻水ずるずる。

昨日は週に一度の昼からオフの日だったのですが、家に帰って2度目のランチを食べて、17時半にソファーで寝落ちしてしまいました。

パソコンを職場に忘れていたので、目が覚めて、「あ、パソコン、取りに行かなきゃ」「お腹減ったから夕食作らなきゃ」「もう仕事はしないでビール飲んじゃおうかな」という3つの選択肢を頭の中に浮かべながら時計をチェックしてビックリ。

深夜の3時半になっていました。

ソファで10時間ぐっすり。
目を疑うワープ具合に、眠り姫具合。

3択は消えて、歯を磨いて、コンタクトレンズをとって、シャワーを浴びて、ベッドに移動して再就寝しました。


先ほど、コロナテストキットで陰性を確認したので仕事は続けられますが、いつもよりちょっとだけパワー不足を感じています。


という感じで、なかなかゆっくりと腰を据えてブログを更新できませんが、短めなのをちょこちょこ書いていく予定です。


IMG_4098今日はこれからU14の女の子たちとチームビルディングで、少し時間差の「ハロウィンパーティー」

アラジン。アラジン?

いってきます。

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2021年11月07日

クレア、祝代表選出!!

本当に分かりやすく更新頻度が減る私のブログです。

別に忙しいアピールをしたいわけではないのだけど、ここ3週間は自分のトレーニング回数、睡眠時間、料理を作る時間も削られる日々でした。

もう少し、計画的に効率的に仕事をして、仕事の取捨選択を学ばねば。

さて、今日は寝る前に嬉しかったことと、気合が入ることの報告です。


DSC012372016年にノルウェーまではるばるハンドボール体験をしに来てくれたクレアが、12月の世界選手権の日本代表に選出されました。

本当におめでとう!!!

夢が叶ったね。
これからもずっと応援してるよ〜。


そして、明日はノルウェー3部リーグの試合で、アウェーのヨーヴィク戦です。

古巣との対決。とっても楽しみです。

ぐっすり寝て、明日に備えます!!!


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2021年10月10日

(元)体育の日

CIMG2720日付が変わって今日、10月10日はお母さんの誕生日です。

お母さん、生まれてきてくれてありがとう。

私を生んでくれてありがとう。

元気な体に育ててくれて、何不自由なく生活させてくれて、夢をずっと応援してくれて、ありがとう。

一緒にお祝いができなくなって何年もたつけれど、毎年10月10日は気持ちだけ日本に飛んでいます。
これからも元気でいてね。

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2021年10月07日

2,23日に1試合

253555262_306675831040734_7471578028558099105_n9月5日に3部リーグのシーズンが開幕してから先週末の10月3日までの間に、監督として指揮、アシスタントコーチとしてサポート、選手として出場した試合が13試合ありました。

3部リーグ3試合。4部リーグ3試合。U20レギョナルリーグ1試合。U14レギョナルリーグ2試合。U18ナショナルリーグ予選1試合。U20ノルウェーカップ3試合。

29日で13試合。

ビバ・私のシーズン開幕。


当然、夕方には毎日クラブのトレーニングがあって、そして平日の午前中は、ハンドボール専科のある高校WANGでハンドボールトレーニングを月・水・金、公立のストーハーマル高校の「競技スポーツ・ハンドボール」の授業を火・木、アーヤー中学の選択授業「ハンドボール」を金曜日に受け持っています。


そんな感じで充実&多忙の毎日を送っている間に、ノルウェーはコロナ関連で定められていた国内の規制が全面解除されました。

「9月25日の16時に規制全面解除」という発表がされたのが前日の24日。

盛り上がるSNSなどの投稿を横目に、淡々とその時を迎えました。
ハンドボール協会、競技関係者、感染者が出た時の市の迅速な対応のおかげで、今夏からはほぼ規制なくハンドボールの活動ができていたし、シーズン中にバーに飲みにもいかないし、ホームパーティーで20人招待したりしないし。
規制前も後も、私の日常は変わりませんでした。

でも、国内の規制解除ができるほど、コロナウイルスの感染拡大が収束に向かっていることに、心から喜びを感じます。

日本も含めて、世界中の国々で一刻も早く日常が戻ることを願います。


あと2日働けば、試合のないフリーの週末。来週は秋休みで学校がないので少しのんびりできます。

頑張るぞー。オー。そして、週末はがっつり寝るぞー。オーーー。

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2021年09月24日

581日

おぉ。

9月最初のブログが24日という衝撃。

昨シーズンに比べて仕事量が増えたのに見事に反比例して、いまだかつてないほど更新頻度が低くなっていました。

新しく始まった仕事のこと、ようやく開幕したシーズンのこと、ハンドボール協会の育成コーチとして巡ってきたチャンスのこと、そんな諸々の出来事はもう少し時間があるときにまわすとして、今日はどうしても書きたかったことを一つだけ。


242250167_1071170430320022_8663344716607320829_n先週の土曜日、選手として1年半ぶりにハンドボールのコートに戻りました。

2020年2月15日にヨーヴィクで3部リーグの試合に出場したのを最後に、コロナウイルス感染拡大の影響でプレーする場を失っていました。

実に581日ぶり。

ストーハーマルの選手として、4部リーグの試合でのカムバックでした。


この日、喜びや興奮、かすかな緊張、いろんな感情が入り混じる中で、一番大きく心を占めていたのが「感慨深い」思いでした。


人生でたったの一度も、自ら「ハンドボールを辞めたい」と思ったことのない私が、競技を続けられないかもしれない危機に陥ったのは、たったの二度だけ。
フランクフルターHCが破産した時と、今回のコロナ感染拡大によるスポーツ活動の休止でした。

トップリーグが再開して、20才未満の選手たちにプレーの場が戻ってきても、ルールの狭間にいた20才以上・3部リーグ以下の選手には長らく活動が許可されませんでした。

それでも、「必ずコートに戻るんだ」と心に誓って、トレーニングを重ねました。

1年半の間、ほぼ毎日欠かさず。一人ただ黙々と自主トレーニングを繰り返す日々。

いつまたハンドボールができるようになるのか分からない中で、そもそも、監督を務めるチームで選手として試合に出場できるのかさえ不確かな状況で、競技復帰を諦めることはありませんでした。

たとえそれが4部リーグであっても、監督という本業の合間で取り組める余暇活動だとしても、絶対にもう一度プレーすると決めていた。

なぜなら。


ハンドボールが好きだから。

引退の時は自分で決めたいから。


夜遅くたった一人トレーニングジムでウエイトトレーニングをしているとき、インターバル走で自分を追い込んでいるとき、走り込みが原因で足に痛みが出た時、ふと、虚しい気持ちになることもありました。

「こんなにトレーニングして、本当にもう一度ハンドボールができるのかな・・・」と。

そんな時に、私を支えてくれた言葉がありました。

2019年3月に引退したイチロー選手が、引退試合後の記者会見で、「今、ふっと思い返して、このシーンが一番印象に残っているというもの、を教えてください」という質問に対しての返答。

「(2018年)5月からゲームに出られない状況になって、その後もチームと一緒に練習を続けてきたわけですけども、それを最後まで成し遂げられなければ、今日のこの日はなかったと思うんですよね。今まで残してきた記録は、いずれ誰かが抜いていくと思うんですけど。去年の5月から、シーズン最後の日まで、あの日々はひょっとしたら誰にもできないことかもしれない、という風な、ささやかな誇りを生んだ日々であったんですね。どの記録よりも自分の中では、ほんの少しだけ誇りを持てたことかな、と思います。」

ゲームに出られない日々の中でも、自分が決めた目標に向かって努力を継続したイチロー選手。

「ささやかな誇りを生んだ日々だった」

心に深く突き刺さったこの言葉を、コロナ渦で何度思い出したか分かりません。
私なりに切実にトレーニングを重ねた日々を、力強く支えてくれた言葉でした。



そんな万感の思いで迎えた復帰戦。

普段、ハンドボールを指導している選手たちのチームメイトとして、センター・右45で出場したこの試合は4部リーグのホーム開幕戦。対戦相手はノード・ビュッグダでした。

35人ほどが所属する私のチームの内、10人がこのノード・ビュッグダの出身で、この試合にも5人が出場していました。
元所属チームとの対戦にナーバスな若者たち。

でも、ウォーミングアップからしっかりと集中して、いい形で試合に臨んだストーハーマルは、終始、主導権を握って試合を進めていきました。
試合開始10分こそ短い攻撃でミスを出しましたが、前半中盤以降はチームで攻められるようになって、エースのアマリエのディスタンスシュートを中心に得点を重ねていきました。
DFも時間がたつほどに、チームとして機能するようになっていきました。

前半を14−12で折り返すと、後半は速攻を中心にノード・ビュッグダをたたみかけて、最後は33−24で快勝。
開幕戦を勝利で飾りました。

エースのアマリエは12点の大活躍。
チームとしては、トレーニング量の違いがスピード、スタミナにはっきりと表れた試合でした。


私は、この日はウォーミングアップからものすごい集中力でした。
ブンデスリーガの試合前、くらいの勢いでアップ、からのベンチスタート。
10分を過ぎたあたりで交代して、前半はセンターで、後半は右45とセンターでプレーしました。
計45分ほどの出場で、3得点。アシストは10はいってたんじゃないかと自己満。

誰よりもDFで声出して、誰よりも速く逆速攻で自陣に戻って、誰よりもガッツ溢れるプレーをしていたと自負しています。

試合の応援に来てくれていたアーヤー中学校の同僚エリンMとエリンママも、クラブの事務職のテレーセとビオも、体育館の管理人のライモンとイヴォンも、皆一様に、私の速さとガッツに感激していました。
試合に集中していて聞こえなかったけど、みんな「エミー!!がんばれー!!!」って声援送ってくれてたみたい。

ありがとう。ありがとう。

同時に、1年半ぶりの試合にテンションが上がりすぎて、さらにフローターというポジションもあって、ガツガツ行き過ぎた上でのミス連発。
フェイントをかけてチャージをとられたり、絶対ダメな場面で果敢にミドルシュートを打って外したり。

コーチ仲間のエスペンは「エミー!プラマイ。マイナスーーー!!!」と、観客席から叫んで笑いを誘っていたそうです。

素晴らしい。

チームメイトが2002年−2003年−2004年生まれという超ヤングチームにあって、41才という年齢を感じさせない果敢加減、からのミス加減。

ミスをしないように80%の力で若い選手のチャンスだけをメイクしたりしない。

『トライ&エラーで学べ!』と普段から選手に言っている言葉を自ら体現すべく、全力でプレーしてきました。

まだまだ。これはただの始まり。

1試合1試合を全力で戦って、シーズン終盤には誰にも止められないスーパーファンタジスタを目指します。


応援してくれた人たちの存在と同じように嬉しかったのは、選手たちの反応でした。

シーズンが始まるまでは、自分が監督を務めるチームでプレーすることに若干の迷いが残っていたのですが、選手から「エミとプレーするとやりやすい」という言葉をもらえると、一緒にコートに立つことで伝えられることもたくさんあると実感します。

試合開始直後、いい場面でシュートを打てていなかったアマリエに声をかけて、コートに立ってからはクロスプレーでアマリエが気持ちよくシュートを打ち切れる状況を作ることに徹しました。
その結果、シュートを思いっきり打ってくれたり、試合後に喜びの言葉を聞けたりすると、私としても本当にやり甲斐を感じます。

インゲボルグからも「エミとプレーするの楽しい」と、試合後にSMSをもらいました。
インゲボルグは本来左サイドの選手なのですが、この日はポストがいなかったので助っ人として出場してもらっていました。

私のチームからは、インゲボルグを含めて計4人の選手たちがユース代表候補に選出されています。

ついに、私がドイツに渡った2004年に生まれた選手たちと一緒にプレーするようになったか・・・と思うけど、でも、全然嫌じゃない。
むしろ、将来有望な、ハンドボールに夢中な選手たちと一緒にプレーできることを心から嬉しく思います。


明日も4部リーグの試合。

あさっては3部リーグの試合。

ワクワクが止まらないシーズンが続きます。


私らしく、これからも全力で驀進していきます!!!

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2021年08月22日

新シーズン最初の1週間

IMG_34658月2日から新シーズンへ向けてK2/K3チームの活動が始まって、1週目はチーム練習、選手との二者面談、合間にはオリンピック観戦&自分のトレーニングに励んでいました。

8月2日の月曜日は、5週間の夏休みが明けて初めてのハンドボールトレーニングでした。

ずいぶんと長くチーム練習から離れていたのでどうなるかと思っていましたが、さすがはストーハーマル、ノルウェー国内でも屈指のユースチーム。
みんなしっかりと自主トレーニングに励んでいたことが見て分かる攻防でした。

戦術理解と状況判断はまだまだ高校生、という感じですが、将来のノルウェー代表を本気で目指す選手が何人もいるチームを指導するのは、本当に楽しくてやりがいを感じます。

1週目のハンドボールトレーニングは、月曜日、火曜日、木曜日の3回でした。
まだ夏休み中だったので休暇中の選手や、ユース代表でヨーロッパ選手権に出場していた選手、ストーハーマル・エリートの練習に帯同していた選手などがいて、チーム全員が揃わなかったこの週は、速攻、1対1・2対2の攻防、シュート練習、といった個人技術・戦術を高めるテーマに重点を置きました。

夕方から始まるトレーニングの前に選手と個人面談をしたり、チームミーティングをしたり、トレーニングが終わった後にはコーチ陣で話し合いの場を設けたり、新シーズンを迎えるにあたって大事な準備ができました。


236507383_375895487392207_4158452808823411199_n金曜と土曜は泊りがけで「キックオフ」。

金曜日の12時前に、ホーム会場のボーリパートナーアリーナに自転車で集合した選手たちは、テントや寝袋などの大きな荷物をアシスタントコーチのアーレンが運転するバンに預けて、行先を知らされないまま出発。

一路、東を目指します。

20キロ強を1時間半ほどかけて到着した先は、チームの5分の1ほどの選手が住む隣町リョーテン。
そして、中間地点として設定していたのは左サイド・インゲボルの家。

インゲボルのお母さんと事前に内密の計画を立てていたことを誰にも気づかれずにすんだようで、どう見ても明らかにリョーテンに向かって自転車を漕いで、さらに自分の家の方向へ進んでいることも露知らず、インゲボル、自転車で帰宅。


236444072_138709878447871_6090871937997502089_n総勢20名でお邪魔して、東京オリンピック・女子ハンドボールの準決勝、ノルウェー対ロシア・オリンピック委員会の試合を観戦しました。

みんなで代表チームを応援して、ノルウェーが決勝進出を決めるところをチームで喜ぼう、という予定でしたが、結果はまさかの1点差での敗退。
リオデジャネイロオリンピック同様に、準決勝でロシア相手に1点差で負けて決勝進出を逃しました。

今大会のノルウェーに期待していた私のショックたるや。

絶対この中の誰よりもノルウェーを熱く応援してた・・・と思う。
ノルウェー人は意外に冷静に負けを受け止めて、敗因を分析していました。


IMG_3450さっさと荷造りを始める選手たちに置いて行かれないように立ち上がる私の心の傷は癒えないまま。
とはいえ、いつまでもインゲボルの家にいるわけにもいかず、ヘルメットを装着して再び自転車を漕ぎだしました。

この日の最終目的地は、リョーテンから10キロ弱のロコ湖でした。

16時15分。到着と同時にテント設営とハンモック設置を開始する選手たち。
慣れた手つきです。
野外キャンプでテント泊、ということが日常的なノルウェー人にとっては、テント設営は朝飯前。

IMG_3453コロナ渦で人気が高まったのはハンモック。

この2年で急激にハンモック人口が増えて、この日も全体の3分の2はハンモック組でした。
こちらは慣れた手つきの選手もいれば、取り付け方が分からなくて助けてもらっている選手もいました。

私も流行りに便乗して、ついにハンモックデビュー。

エリンから借りたハンモックの取り付け方はもちろん分からなくて、近くにいたイェニーに手伝ってもらいました。


238749989_545187183413897_8083049201680318550_n寝転がって空を見上げると、見たことがないような角度からの木々の緑と空の青が、自然の中にいることを実感させてくれました。

めっちゃワクワクするけど、ユラユラもして、眠りにつく前に確実に酔うな・・・と不安しか抱けない。

「最終的にはバンの車内に移動して眠るんだろうな・・・」と、この時は思っていました。


IMG_3458テント&ハンモック設営の後、選手たちは4チームに分かれてゲームをしました。

最初のゲームは、その名も「チームメイトを知ろう」。

チーム内で家族構成や趣味、今まで試したスポーツ、行ったことのある国、好きな映画等々、とにかくチームメイトのことをよりよく知る時間が与えられます。
その後に、私が出題する問題にチームの中の一人が答えを紙に書いて、他のメンバーがその答えを当てる、というもの。

IMG_3459楽しそうに趣味の話で盛り上がるチームもあれば、勝ちたい気持ちが前面に出て、2人一組で試験前の丸暗記のように情報交換だけするチームもあって興味深い。

こういうゲームは個性が出て、見ていて面白いです。

30問出題の中の最後6問はコーチ陣に関わるものだったのですが、4チーム中3チームが私の苗字のスペルを書けたこと、その質問に答えられなかった残りの1チームが私がドイツでプレーしてたクラブ名を答えられたことに感動。素晴らしい。


IMG_3478途中、湖で泳ぐスイミングタイムを挟んで、第2のゲームは「ストロータワー」。

50本のストローに1本のハサミが各チームに配られて、制限時間内にストローで一番高いタワーを作れたチームが勝つ、というゲーム。


IMG_3487すごく緻密な作戦を立てて、実際に組み上げる段階になってみたら全然形にならないチーム。

どうせみんなタワーにならないでしょ、とはなから諦めて平屋のようなこじんまりしたストローの塊を作るチーム。

戦術を話し合う時間にはいまいち活発な話し合いができていなかったのに、いざ組み立て時間となった瞬間にすごい高さのタワーを組み上げていくチーム。

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こちらも見ていて個性が光る、おもしろいゲームでした。


IMG_3494ストロータワーは写真手前のチームが他を圧倒する高さの塔を作って圧勝でした。

戦術の選択だけではなくて、誰がリーダーシップを発揮するかなど、ハンドボールコートでは見られない一面も見られて、チームビルディングにおススメのゲームです。


IMG_3497ストロータワーが終わった時点で時刻は19時。

最後の対決を前に腹ごなし。
ソーセージをグリルで焼いてポテトサラダと一緒に食べる。

ノルウェーの野外キャンプはお金をかけず気を張らず、気軽にできるのが利点です。


この日ラストのゲームは、「ハンドボールグッズ探し」。

みんながソーセージを食べている間に私は、ハンモックを設置した小さな森にハンドボール、ゼッケン、カラーコーン、アイスバッグを隠しました。

それをチームで手分けして見つけて、それぞれの個数を数えて、正しい数を私に報告する、というゲーム。
簡単そうでなかなか難しいゲームです。

森の中に隠れた黄色いカラーコーンは、けっこう見つからないんだなぁ。


IMG_35023つのゲームで対決して表彰まで終えた後は自由時間。

それぞれが思い思いにおしゃべりしたり、キャンプファイヤーの周りで焼きマシュマロを作ったり、トランプをしたり。

いい時間でした。

私は選手たちの輪に入ってみんなの話を聞いて、ローゲル&アーレンとハンドボール談議に花を咲かせて、日が落ちる時間になってからは罰ゲームをかけて3人の選手とトランプをしました。

直訳したら「クレージー」っていうのかな。
勝った試しのないトランプゲームで、予想を裏切らずに見事ビリに輝いた私。

罰ゲームは湖で泳ぐこと、でした。

すっかり暗くなったロコ湖に潔く入水する勇者エミ。
そういえば、ロコ湖ってなんかドラクエに出てきそうな名前。

監督がこんな深夜に湖入っていったぞ・・・的なザワザワが遠く暗闇の向こうから聞こえてきました。


こうして、キックオフの夜は更けていきました。


バンの鍵をズボンのポケットに忍ばせて、ハンモックに横になった私は、多分30秒くらいで眠りについたと思います。

爆睡。

揺れとか感じる間もなくお休み30秒でした。

夜中に何度か寒さと尿意で目覚めた記憶はありますが、起き上がるのが面倒くさすぎて、再び眠りにつきました。


235634088_227621869370326_5185851402299298650_n翌朝、思いのほかスッキリと目覚めた私。

新鮮な空気がこんなに快適な眠りを導いてくれることに驚いていました。

さらに、この日の夜に時計を見てビックリしたのですが、睡眠時の数値が今まで見たことのない値でした。
睡眠中の心拍数や眠りの深さ。そういった数値から表される睡眠の質がものすごく高くなっていました。

ハンモックにぶら下がって、満天の星空の元で眠る。

おススメです。


土曜日はみんなで朝ご飯を食べて10時に解散。

23人いた選手の中で、帰りも自転車を漕いだのはたったの5人でした。
それ以外の選手はみんな車で迎えに来てもらっていて、今どきの子感全開。

私はアーレンの運転するバンに自転車を乗せて車で一緒に帰ることもできましたが、もちろん自転車をチョイス。
選手を全員見送ってから、一人で爆走して22キロの道のりを1時間で帰宅しました。


新チームにとって、ハンドボールコート以外の時間を共有できた貴重なキックオフになりました。


さぁ。新しいシーズンの始まりだぁ〜!!!

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2021年08月21日

フリーダム

239457484_148866330645453_8115004102535330860_n日曜日の夜から始まった隔離生活も早いもので6日目。金曜日の夜を迎えています。

今日のお昼にコロナテストを受けて、陰性の結果が届けば晴れて自由の身になるので、チームの練習と自分のトレーニングにいつでも出発できるように荷物をまとめて待機していましたが・・・



と、ここまで書いた時点で携帯電話が{ピロリロリーン}と鳴りました。

22時40分。

もう今日中にはテスト結果は来ないだろう、と諦め半分でブログを書き始めた手を止めて、携帯電話に目をやると「テスト結果が届いています」というSMSが!!
慌てて医療・コロナ関係のサイトを開いて確認すると!!

いただきましたーーー!!!陰性ゲット!!!


238502579_421737739266483_5236435896044353398_nちゅーわけで。

夜中の23時から0時まで筋トレしてきました。

嗚呼、自由だ。

ビバ・フリーダム。


うん。皆まで言うな。

分かってる。そんな夜中に小一時間トレーニングするよりは、早めにぐっすり寝て明日の朝にトレーニングしたほうが効率がいいことを(明日の朝もトレーニングするけど)。

でも、そういうことじゃない。

捕らえられた野生の虎は、自然にかえるチャンスがあったら昼夜を問わずに走り出すはず。

やっと白馬に乗った王子様が迎えに来てくれた王女様は大安吉日かどうかなんて気にしない。

それくらい、隔離解除=トレーニング、が私にとって自然の摂理。


ブログを投げ出してトレーニングジムへ行ってきたので、書きたかったことは次回にします。

明日はK2/K3チームの練習試合、そして、その前にインターバルを走る予定なので、もう寝ま〜す。


おやすみなさい!!

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2021年08月17日

ついにきた・・・濃厚接触からの自宅隔離

236780843_966942264068945_7980143324695118737_n8月2日にハンドボールの新シーズンが始まってから2週間。

いまだかつてないほどのハードスケジュールに追われる毎日でした。

1週目はそこまで忙しくはなかったのだけど、4週間強の夏休み明けということもあって、仕事量以上の疲れと眠気を感じる日々を過ごしていました。

先週は、サマーキャンプとWANGの新学期再開とチームの本格的なトレーニング開始が重なって、今度は本当に忙しい1週間でした。

月曜日は普通に仕事をしていただけなのに、一日の活動量が「スポーツ選手」設定にしている私の時計の基準で200%を超えて、歩数も3万歩!!
ハンドボールトレーニングとミーティングだけで3万歩も行くか!!?と我ながら驚きました。

金曜日は8時から仕事を始めて、帰宅したのは日付が変わった0時15分。
ずーーっと仕事をしてるわけじゃないけど、16時間以上も活動するってなかなかハードボイルド。

日曜日には3日間のトーナメントが終わって19時頃に、「あ〜疲れた〜。まだでも明日の授業の準備しなきゃいけないし、ウエイトトレーニングもしなきゃ〜」と、スポーツリーダーのウノとチームの事務所で話していたら、同僚のエスペンからメッセージが届きました。

「コロナ追跡グループから連絡来た?」

『来てない。いや、携帯電話をずっと見てない・・・』

「すぐに確認して」

ちょっとドキドキしながら携帯電話をバッグから取り出すと、着信履歴に知らない番号が表示されていました。
そして、「折り返し連絡してください」とのメッセージが。

電話をかけなおすと、「金曜日にWANGの授業で一緒だったクリスティアンに陽性結果が出ました」という衝撃の事実を知らされました。

あら〜〜。その授業の後、トーナメントで200人くらいの人と接触しちゃったし、ヨーヴィクからの友達何人もハグしちゃったよ・・・。と思っても後の祭り。

クリスティアンと一緒に授業をした私は濃厚接触者になって、金曜日から数えて10日間の自宅隔離が決定しました。
1週間後にコロナテストを受けて陰性結果が出れば、10日間隔離が7日間に短縮されるという条件ですが、とにもかくにも自宅に籠る日々が始まりました。

昨年の秋から何度もチームの選手や友達が濃厚接触者になったり、実際に陽性結果が出たり、さらには症状が出て大変な思いをしたりしていたのに、私はギリギリのところで濃厚接触の条件にひっかからず逃れてきたのでしょう。

国内がずいぶんと落ち着いて、私的にはコロナ渦が過ぎ去った気分になっていた今になって、まさかの自宅隔離。
いやはや、油断は禁物です。

ヨーヴィクからの友人や知人と親しく話して、短い休憩時間にヨーヴィクの選手を家に招待したり、対戦相手のコーチに愛想よく声をかけたり、そんな風に振る舞っていたことで、危うくスーパースプレッダーになるところでした。

帯を締めなおすように、これからは気を引き締めてまだ終わっていないコロナ渦を過ごします。

今日のお昼に受けたテストの結果は先ほど届いて、無事に陰性でした。

危ない。危ない。

というわけで、最短でも金曜日まではお籠り生活が続きます。

家でできる仕事をして、トレーニングの時間を見つけて、さらに持て余す時間を家の掃除やブログの更新にあてたいと思います。

皆様。ご自愛くださいませ〜。

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2021年07月31日

夏休みの終わり=新たな冒険の始まり

8月2日の月曜日から新シーズンに向けてのトレーニングが再開します。

夏休みが終わってしまうな〜、と少し寂しく感じるけれど、ハンドボールにどっぷり浸かる毎日が戻ってくる喜びとワクワクがダントツで勝っています。

2021/2022シーズンは通常通り開幕する予定で準備が進んでいます。
ハンドボール専科のある高校WANGでは、責任と仕事量が一気に増えて、週3回すべてのトレーニングでハンドボールコーチとして働きます。
クラブでの「すべての子どもにスポーツの機会を」というプロジェクト責任者も引き続き務める予定です。
ハンドボール協会の仕事としては、インランド地域U15選抜チームのコーチになることが決まっています。

昨年の夏に始まった新しい冒険。新シーズンはさらにワクワク感がアップしています。

日々勉強。ハンドボールのある暮らしを楽しみます。


その新シーズンが始まる前に、ストーハーマルでの1シーズン目を終えて、関わった選手たちや受け持ったチームに感じた思いを書き残しておきたいと思います。


IMG_2964K2/K3/Juniorチーム(コートゥー/コートレー/ユニオチーム)。

ハーマルには、2つのハンドボールクラブがあります。

一つは私が働いているストーハーマル・ハンドボール。
男女、子どもから大人までがハンドボールをプレーしている大きなクラブです。

もう一つは1チームがクラブとして独立しているストーハーマル・エリート。
こちらはノルウェー女子1部リーグ2位の強豪で、よりプロフェッショナルな運営をしているクラブです。

私が昨シーズンから監督として受け持つことになったK2/K3は、ストーハーマル・ハンドボールの女子チームで、16才から25才までの30人ほどが所属していました。
このチームはストーハーマル・エリートのセカンドチームとしての役割を担いつつ、選手育成を第一に考えて活動しています。

トレーニングをするグループとしては1チームなのですが、参戦しているリーグやカップ戦は、3部リーグ、4部リーグ、U18全国リーグ、U20地域リーグ、U20ノルウェーカップ、といくつかの異なるカテゴリーに分かれています。
選手たちは年齢や現在の実力に合ったリーグで試合に出場します。

昨シーズンは、U20地域リーグ以外のシーズンが開幕しなかったので、ほぼ試合のないまま終わってしまいました。
20才以上の選手にいたっては、コンタクトを伴ったトレーニングが許可されない時期も長く、きびしい1年間でした。

それでも、選手たちはモチベーションを高く保ってトレーニングを重ねていました。

監督として誇らしく感じるほどに、我慢強く、真面目にコツコツと、ハンドボールと向き合っていました。

ときには集中力がなくなってミスのオンパレードになっても、お調子者の選手が騒ぎ出しても、怪我人が増えた時期にトレーニングに来る人数が激減しても、それでも、ハンドボールが好きな子たちばかり。

毎月恒例のチームビルディングでは、負けず嫌いが多すぎて、逆効果かなって思うくらい喧嘩のようになっていました。

個性豊かで、ポテンシャルの高いチームでした。

他チームへ移籍してしまう選手や引退を決めた選手も多数いるので、このチームでシーズンを戦えなかったことは残念でした。

新たな道へ進むことを決めた選手たちに心からのエールを送るとともに、迎えるシーズンは新チーム一丸となって昨年の分まで暴れまわりたいと思います。

みーんなにグッドラック。


IMG_27802006年生まれ女子チーム(J06)は、アシスタントコーチとして指導に当たっていました。

監督のモルテンは、J06チームが小学生の頃からずっとコーチをしてきた、選手みんなのお父さんのような存在でした。
見た目はヴァイキングなのだけど。

私はそんなモルテンのサポートをしたり、練習メニューを考えたり、ときには選手たちを叱咤激励しながら、一人ひとりの成長を一番に考えて行動していました。

13才〜14才とは思えないほど子どもっぽくてお調子者がいるチームで、特にエースのアダは中学生の頃の私を見ているような気持ちになるほどでした。

練習前に必ずエナジードリンク飲んでるのかな?って疑うくらいテンションマックスのことがほぼ毎回。
優しいモルテンの言葉をかき消して練習がカオスになることもしばしば。

でも、やっぱりハンドボールが大好きな子たちでした。

ハンドボールが楽しくて仕方ない、というのが見ていて分かる子が多いチームで、秋から春先にかけての成長は目を見張るものがありました。

はしゃぎすぎてカオスになることも、小さな失敗にとんでもなく落ち込んだりすることも、チームとして成長していったことも、全部一緒に楽しめる。
毎回のトレーニングが楽しみで仕方ない、そんな大好きなチームでした。

選手たちは新シーズン、U14カテゴリーからU16カテゴリーに上がります。
モルテンは選手たちと一緒にU16チームに上がるけれど、私はU14カテゴリーに残るので、選手とコーチとしてはお別れ。

6月のチーム打ち上げでは、『大好きなチームだったよ。毎回練習に行くのが本当に楽しみだった。みんなの成長を一緒に感じることができて嬉しかったよ。U16チームでもみんならしく楽しんで。引退を決めた2人はまたハンドがしたくなったらいつでも戻っておいでね』と素直な気持ちを伝えました。

すると、私の言葉で堰を切ったかのように泣き出す選手たち。

静かに涙をふく選手もいれば、「あーーーーー」と泣き叫ぶ自分がおかしくて笑いだす選手もいて、最後の最後までカオス。

「エミー。エミのおかげでハンドボールのトレーニング本当に楽しかったー。あーーー。ありがとーーー」と号泣しながら選手代表挨拶をするマヤに、「エミー。エミー。」と言いながら、全然言葉が出てこないアーレ。
よくよく話を聞いてみると、「エミ。私たちとの一番最初の試合で、真面目な顔したまま壁に消えたよねー」と懐かしすぎるウエスタン・サルーンの話をして(2020年8月31日『隠し扉』参照)、その出来事を思い出して泣きながら爆笑するアーレ。と、同じく号泣しながら大爆笑のマルティナ。

今まで経験したことのないカオスな、でも、実にJ06チームらしい打ち上げでした。

可愛い選手たちの様子はこれからもしっかり見守っていきます。


また刺激的な一年が始まります!!!

emi_aus_riesa at 19:55|PermalinkComments(0)clip!

2021年07月19日

エミ&ナオ自転車の旅(南林間−陸前高田)〜ファイナル〜

P10309687月17日の日曜日。陸前高田を後にした私は、一路、花巻を目指していました。

東北を巡ったこの旅は、翌日に岩手県の花巻市で企画されていた地元の小学生とのハンドボール交流会を最後に幕を閉じることになっていました。


P1030965陸前高田から一ノ関駅まではバスで、そこからは電車に乗り換えて花巻へ向かいました。

花巻駅にはこのハンドボール交流会を企画、そして選手との連絡や調整をしてくれた中島先生が迎えに来てくれることになっていました。
私が駅に着く時間にまだ仕事中だった先生から、待ち合わせ場所として花巻駅から徒歩3分の林風舎を紹介してもらっていました。

P1030967林風舎は1階が雑貨店、2階がカフェのお洒落なお店でした。

オーナーの宮沢和樹さんは、「雨にも負けず」の詩で有名な宮沢賢治さんの甥で、お店を訪れた私においしいコーヒーを淹れてくれて、宮沢賢治さんの作品やお人柄について話を聞かせてくれました。
花巻が宮沢賢治さんの故郷だと知らなかった私に、丁寧に分かりやすく、本を手に取って語ってくれる姿から、賢治さんへの敬愛の念を感じました。

仕事を終えた中島先生が林風舎に迎えに来てくれて、次に向かったのは宮沢賢治記念館。

宮沢賢治さんが設計した南斜花壇を含む山の斜面の公園を散歩して、記念館の前では岩手の壮大な自然をバックに写真を撮りました。
花巻は、豊かな自然に囲まれた美しい町でした。

記念館ではさらに詳しく宮沢賢治さんについて学びました。
この後、「注文の多い料理店」や「銀河鉄道の夜」などの作品を読んでみて、私もすっかり宮沢賢治作品の世界に引き込まれたことを覚えています。


P103098618時、歓迎式があるということで花巻市役所前に移動すると、花巻中と花巻北中のハンドボール部員が横断幕を持って出迎えてくれました。

くす玉の歓迎があったり、選手の挨拶があったり、選手のお父さんやお母さんも来てくれたり、温かく迎えてもらいました。

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10年たったから、もう時効かな。

実はあの時、私が乗って登場した自転車は神奈川から乗ってきたものではありませんでした。

私が神奈川から陸前高田、そして花巻まで自転車で来ると思っていた選手たちに、電車で来たと言うのが忍びなかったので、市役所裏の駐輪場に停めてあった自転車のうち一台を拝借して、この歓迎式に登場したのでした。

その節はごめんなさい。

でも、一つだけ。これだけははっきりと言える。
南林間−陸前高田だけでも十分すぎるほどにハードだったよ。

心温まる歓迎式の後は、ホテル近くの食堂で夕食をとって、そこから3時間ほど自由時間になりました。


P1030989その自由時間に、大学時代の友人奈々が私が宿泊していたホテルまで遊びに来てくれました。

奈々には陸前高田へ義援金を届けること、そして最後の2日間花巻に滞在することを出発前に話していました。
そしてこの日、盛岡からわざわざ車を走らせて会いに来てくれたのでした。

大学卒業以来の再会に、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。
懐かしさでいっぱいのひとときでした。


P103099321時を過ぎた頃、試合を終えた日本リーガーが合流。

翌日のハンドボール交流会には私だけではなく、この週末に函館で日本リーグの試合があった選手たちが招待されていました。

花巻市ハンドボール協会の方々が歓迎会を開いてくれて、ここでもまたまた温かく迎えてもらいました。

P1030998ずっと気になる存在だったメカリーに初めて会えて、メカリーにも同じように喜んでもらえてテンションが上がる私。

ドイツでお世話になった櫛田さんにも再会して、その他にも以前から会いたいと思っていた選手やコーチのみなさんとお話ができました。

P1030999歓迎会が終わった後は年齢層高めのメンバーでスナックへ移動。

あんなに私に会いたがっていたメカリーは、私の携帯電話で大学の後輩の上町史織ちゃんに電話をかけて、外で1時間以上話していたっけ。
ちょっとジェラシーを感じていたことを懐かしく思い返します。

こうして花巻の夜は更けていきました。


P1040012翌日の午前中は日本リーグの選手、コーチと一緒に釜石市に移動して、全国から送られてきた衣類の仕分けのボランティア活動をしました。




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普段、なかなか会うことのできないハンドボーラーのみなさんと一緒に行動できて貴重な時間でした。


P1040035ボランティア活動を終えた後はバスで釜石の海岸沿いへ向かいました。

海に近づいてきた私たちの目に飛び込んできたのは、捻じ曲げられて崩れ落ちた建物が立ち並ぶ光景。

巨大な船が津波に押し流されて、防波堤に乗り上げていました。



P1040042釜石市も壊滅的な被害を受けたと耳にしていましたが、実際に目にする光景に言葉が見つかりませんでした。
陸前高田の町から遠く離れた釜石のこの惨状。

東北地方の広範囲を襲った大津波の脅威を改めて痛感するとともに、釜石市の復興を心から願いました。


昼食は優しい笑顔のマスターとおいしいお料理が忘れられない無ら里でいただきました。
花巻に立ち寄ったら毎回行きたくなる素敵なカフェです。

P1040050昼下がり。

花巻に戻った私たちは、岩手県内の小学生ハンドボーラーとの交流会で、一緒にボールを追いかけたり、プレーする子どもたちに声をかけたり、青空の下ハンドボールを楽しみました。

大人も子どもも関係なく心から競技を楽しんで、笑顔の絶えない時間でした。

とても平和で、幸福な時間でした。

P1040051子どもたちと一緒にハンドボールをする機会がある時は、毎回とても楽しくて、たくさん元気をもらえるのだけど、この時の気持ちは、いつもの感じとは違っていました。

被災地の状況を見た後、辛く悲しい思いをした人に会った後の子どもたちの笑顔は、思わず涙が出そうになるほど、救いの笑顔でした。

P1040052みんな前を向いているんだね。

東北の町は、人々は、もう復興にむけて歩みだしていました。




P1040055心に残る素晴らしいハンドボール交流会でした。

中島先生、花巻市ハンドボール協会のみなさん、10年という時を経て、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
一緒にハンドボールを楽しんだ小学生のみんな、保護者の方々、日本リーガーのみなさんも、本当にありがとうございました。


P1040007最上級のおもてなし。人の優しさ。豊かな自然の美しさ。

宮沢賢治さんが「イーハトーブ」と讃えた理想郷を、この花巻に見ました。

花巻という町が大好きになりました。


P1040058帰りの最終新幹線に間に合うように急いでシャワーを浴びて、中島先生と総合体育館の前で写真撮影をしました。
ホスピタリティの塊のような、きめ細やかな気遣い溢れる中島先生のおかげで、素敵な2日間を過ごすことができました。

ありがとうございました。


日本リーグの選手たちと一緒に送迎バスで花巻駅まで送ってもらって、そこで解散して各々帰路につきました。

1週間あまりの東北の旅も終わりを告げて、疲労感と達成感、そして、家に帰れるという安堵感を同時に感じていました。

帰りの新幹線のチケットを買うために、バックパックの中に入れておいた封筒を探す私。
確か、バッグの一番大きいとこの、手前のポケットに入れてたはず・・・。

・・・・・

・・・・・

・・・・・ん?

・・・・・・・・あれ??

神奈川の実家を出発する前に、移動中に使う小さなお金とは別にして、間違いなく封筒に入れたはず!のお金が!封筒だけ残してなくなってるっ!!!

財布の中には二千円ほどしか残っていなくて、とてもじゃないけど、神奈川までの新幹線代は払えない!!!

プチパニックに陥りながら、記憶の糸をたどり寄せる私。

南林間を出て・・・自転車で移動して・・・移動中は財布からしかお金を出してなくて・・・陸前高田について・・・シャワーを浴びさせてもらって・・・ゆうとくんとボール遊びをして・・・市長に会いに行く直前に堀さんに預けていたドイツの義援金と私の持っていた義援金と合わせて・・・って、あーーーーーーー!!!

帰りの電車賃、義援金として市長に渡しちゃったーーー!!!!!

衝撃の事実。

陸前高田へ行く1週間前に堀さんに会った私は、安全のためにドイツで集まった義援金を電車で移動する堀さんへ預けていました。
それからの1週間で日本の友人が預けてくれた義援金は、帰りの電車賃とは別にしてバックパックに入れていました。

それを慌てた拍子に全部まとめて義援金として渡してしまったのでした。

頭の中で事実確認を終えた私は、もう今度は完全にパニックになりながら、知り合いを探しました。

「櫛田さん!」

「メカリー!!」

数少ない知り合いを探すも、無情にも知っている人たちは切符を購入して改札を通った後でした。

絶対に櫛田さんは悪くないのに、「こんなときに素早く帰りやがって〜」と逆恨みをしていた私が目にしたのは、今まさに改札を通ろうとしている日本リーガー最後の一人。

『ちょっと、すみません!!』

そう言って肩を掴んだか掴まなかったか。
とにかくそんな勢いで声をかけたのが、当時、湧永製薬でプレーしていた佐藤智仁選手でした。

恥もかき捨て、事情を説明して、ほぼ見ず知らずだった佐藤さんに2万円ほど借りることになったのですが、少し驚きながらも、嫌な顔一つせずにお金を貸してくれた佐藤さんのおかげで、まさに危機一髪、帰宅できない、という難を逃れることができました。

その節は、本当に助かりました。精神的にとかじゃなくて、もう物理的に。
いまだに忘れられないご恩です。

佐藤さん、ありがとうございました。

ちなみに、お金は翌日現金書留でお返ししました。


こうして、達成感と安堵感が吹き飛んで、ただただ疲労感を感じながら、私の東北の旅は幕を閉じたのでした。





奈央と自転車で進んだ南林間から陸前高田への道のり。

道の途中で手を差し伸べてくれた優しい人たちと遠くから私たちを想ってくれた家族や友人。

菅野さんと堀さんの夜を徹したサポート。

陸前高田の町の状況と震災の脅威。

この旅で出会った人たちの優しさと強さ。

ハンドボール練習会、授業、交流会での笑顔。

美しかった花巻の自然。


あの過酷な旅の途中。

心身共に限界ギリギリまで追い込まれて、今までにないほど心が動かされて、苦しみや悲しみを越えた優しさや強さに出会って、「生きる」ということを知りました。


あの1週間の出来事を、私は命がある限り、忘れることはないでしょう。


10年前のあの旅で出会えたすべての人たちに、そして、前進を続けた私たちを支えてくれた家族と友人たちに、もう一度、心からの感謝の気持ちを伝えたいです。

本当にありがとうございました。




















IMG_3139あれから10年がたった今。

私は夏の休暇でドイツを訪れています。

今日は、ブンデスリーガ強豪のSGフレンスブルグで1シーズン、コーチとして研修をしていた佐藤さんに会いにハンブルグまで行ってきました。

10年前にお金を借りたあの日から、一度も会うことのなかった佐藤さんの活躍を、私はフェースブックを通じて追い続けていました。
現役だった頃は密かに応援していたし、引退の報告を読んだ時は残念な気持ちになりました。
フレンスブルグに来ると知った時はとても嬉しくて、昔からの知人のような感覚でいました。

いつか会って、あの時のお礼を改めてしたいとず〜っと思っていました。

明日の便で日本に帰国する佐藤さんがハンブルグに来ていたのは、偶然としか言いようがありません。

お昼過ぎにハンブルグ中央駅で佐藤さんと合流。10年ぶりの再会でした。

それから6時間、ハンドボールの話、10年前の話、家族の話、これからの話、いろいろなことについて話をして、興味深い話を聞かせてもらうことができました。

あの時に助けてもらった印象そのまま、その後もフェースブックで感じていた雰囲気そのままの、穏やかで優しくて、ハンドボールに熱い人でした。

途中でご家族も合流。素敵な笑顔の奥様に元気いっぱいの5才の男の子。
笑いあり、ハプニングありのと〜っても楽しい時間でした。

あっという間に時間が過ぎて、ライプツィヒへ帰る時間がやってきました。
切符を買おうとする私の横で見守ってくれる3人。

『もうここまでで大丈夫ですよ。ホテルに戻ってください』

「いや、切符が買えるかどうか心配なんで」

『アハハ。そうですね。買えなかったらまたお金借りなきゃ』

「そうしたらまた会う理由できますね」

そんなやり取りをした後、結局、家族全員で私の電車が動き出すまで見送ってくれました。

会いに来てよかった。心からそう思いました。



日曜日、ハンブルグに行こう。

そう決めた時は、震災から10年というタイミングと、ドイツにいるというタイミングが重なったから、くらいの気持ちでした。
でも、その後に10年前を振り返るブログを書いていて気付いたことに、目に見えない縁を感じずにはいられませんでした。


2011年7月18日ー2021年7月18日。

10年前の今日だった。


この小さな奇跡で、一つの物語を終えることにします。


心からの親愛を込めて〜fin〜

emi_aus_riesa at 04:25|PermalinkComments(4)clip!