2016年09月28日

シーズン開幕2連戦

DSC036949月最初の週末は、北ノルウェーでのシーズン2連戦でした。

土曜日の早朝にヨーヴィクを出発して、オスロから飛行機で向かったNarvik(ナルヴィク)は、今まで訪れたなかで最も北緯が高い町でした。
試合後、ナルヴィクからバスでさらに北へ3時間半ほど移動したTromso(トロムソ)は、な、な、な、なんと北極圏の都市でした。

まさか、ハンドボールのアウェーゲームで人生初の北極圏突入、最北緯達成を果たすとは思ってもいませんでした。

今日はそんな北の国からのシーズン開幕報告です。


9月3日(土)、Ankenes(アンケネス)戦。

ヨーヴィクを朝6時に出発して、オスロ9時発の飛行機でナルヴィクへ飛びました。

DSC036761時間半ちょっとで到着したナルヴィク空港から眺める景色は、今まで見て知っていたノルウェーの景色とは少し違ったものでした。
大自然の真ん中にポツンと建てられた小さめの空港の背景には、尖るようにそびえ立つ山々。

いまいち地理が分かっていなかった私は、コーチのモナ、そしてチームメイト数人に聞いてみたものの、ボードー、ナルヴィク、トロムソという北ノルウェーの都市の位置関係をしっかり把握している人はいませんでした。
ノルウェー人もあやふやになっちゃうくらい北のほうってこと。


DSC03764ちょっと見にくいけれど、写真はスカンジナビア半島の地図。

西海岸の南北に長〜〜〜いヒョウタンのような形をしているのがノルウェーで、Aの印がついてるところがヨーヴィク、Bがナルヴィクで、Cがトロムソです。

ヨーヴィクからナルヴィクは1200km以上、ナルヴィクからトロムソまではさらに250km。

そりゃ〜景色も変わるなって納得。

空港からはバスで1時間ほど移動して、12時頃には試合会場に到着しました。

でも、試合は15時から。
体育館はまだ空いていませんでした。
スーパーに買い物に行って、体育館へ入った後は昼食タイム。
はやる気持ちを落ち着かせるよう努めました。


この日に対戦したアンケネスというチームの情報は、試合前全く入ってきていませんでした。
ただ、北ノルウェーはオスロやベルゲン、その他大きな都市が集中する南ノルウェーに比べて、ハンドボールのレベルが高くないことは以前から知っていました。
そして、その知識が油断につながらないことを強く意識して試合に臨みました。

大きな窓から差し込む光が眩しいほどの体育館で始まったシーズン開幕戦は、開始から終了まで60分間、力の差がはっきりと分かれた試合になりました。

2部リーグへの昇格最有力候補のヨーヴィクの選手たちとアンケネスの選手たちとの間には、スピード・パワーともに大きな差がありました。
セットOFで攻めた記憶がほとんどないほど、守って速攻につないだ試合でした。

前半が終わってヨーヴィクのリードは10点。

後半も同じような展開で時間が進んでいきました。

そんな劣勢のゲームの中で存在感を示した選手もいました。
アンケネスのレフトバック。孤軍奮迅のエースは、一人だけ違うカテゴリーでプレーをしているようでした。

特別に速いというわけでも、体格的なアドバンテージがあるわけでもなかったけれど、ポストの縦ブロックを利用して2枚目のDFの上から放つディスタンスシュートが絶妙でした。
そのきっかけから、インに切り返したあとのポストへの「そこの空間にしか通らない」というようなパスも思わず感心してしまったほど。
そのパスをギリギリでキャッチして確実に得点にしたポストも見事でした。

同じきっかけのプレーを何度もやられてしまったヨーヴィクDFに課題は残ります。
試合の流れからボールを奪おうという気持ちが先行してDFが広くなっていって、唯一と言っても過言ではない相手チームの「脅威」のポジションを2対2にして周りがフォローしなかったこと、そして2枚目と3枚目のコンビが最後まで噛み合わなかったことが原因でした。

それでも、試合の流れは変わることなく、終始攻撃の手を緩めることのなかったヨーヴィクが、40-17(17-7)でシーズン開幕戦を勝利で飾りました。


私は前半スタートから15分過ぎまで、後半もスタートから50分まで計35分強の出場で10得点でした。

ヨーヴィクDFがしっかりと守れていたこと、キーパーがシュートに対してボールコントロールできていたこと、対峙していた左サイドが速くなかったことに加え、他のポジションの選手からマークにつかれることもなく、走り勝つための条件が揃っていたような試合でした。

でも、届いたはずのキーパーからのパスをキャッチしそこねたり、ワンマン速攻を外してしまったり…フェイントで抜いて7mを奪ったプレーもシュート決めきれたはずでした…。
11本のシュートを打って10得点なら、スコアシート上で見れば最高の試合かもしれないけれど、私は常にプレーの内容、ミスの中身にこだわっているので、その点で反省の多い試合になりました。

ただ、スピードと速攻のスタートでベストな状態ではなかったことを、走るコースで補えたことは次につながるはずです。



試合後、この日のうちにトロムソまで移動するためバスに乗り込みました。
1時間弱バスに揺られた後は夕食をとって、再び北上。

町から町がやたらに遠いノルウェーの道に慣れたはずの私が改めて驚くほど、遠くに見える山の姿以外は何もない一本道でした。

ときどき突如として現れる民間の人たちは、一体なんの仕事をしているんだろう…と珍しく寝るのも惜しんで北の果ての景色に見入っていました。

辺りが暗くなって、それでも地平線にずっと夕焼けが残っていた21時過ぎ、ようやくトロムソに到着。

お世話係のトムが「トロムソは北のパリって呼ばれてるんだよ」と話しかけてきたので、『そんなに綺麗な町ってこと?』と聞き返すと、「いや、パブとかバーがすごく多いんだ」……って完全にいらない情報を教えてくれました。

すると横からモナが「エミはビールが好きなんだよ」と、これまた余計な情報をトムに伝えていました。

『あ〜試合じゃなかったら、綺麗な夜景に囲まれながら、ちょっと角のバーに飲みに行くのにな〜』って言ってたら、嫌がらせのようにホテルの前にパブ。


DSC03687洒落乙ホテルからはトロムソの港が一望できました。

アイシングをして、マッサージをして、翌日に備えて眠りにつきました。





日曜日は遅めの朝食の後、トロムソの町を散策しました。
古い木の家が並ぶかわいい街並みでした。


DSC03696その散策中に「Princess Emi」を発見!!!

正確に言うと、前日にプリンセス・エミを発見したマリから場所を聞いて記念撮影。
泊まったホテルの目の前に停泊していた観光船でした。

こんな北の果てにいたのね、プリンセス。



この日の対戦相手は2年前、2部リーグへの昇格をかけて試合をしたBravo(ブラーヴォ)。
その時には危なげなく勝ちましたが、あれからメンバーが大きく入れ替わったとのことでした。

試合が始まると、前日のアンケネスとは全く違ったスピード感にパスの精度、さらに一人ひとりの縦への強さに「接戦になる」と予感しました。

この試合にスタメンとして出場したのは、前日ベンチスタートだった1998年生まれを中心とした若いメンバーでした。
その選手たちがDFで頑張ります。

ブラーヴォの攻撃は力強く、ベテランと若手が混ざってうまく噛み合っているようなのに、得点につながりません。
ヨーヴィクの若い選手たちと一緒にコートに立ちながら「いいDFするな〜」と思わず他人事のように感心してしまいました。

対するブラーヴォDFは3-2-1。
最初の攻撃こそミスで終えたものの、5分を過ぎた頃にはカタリーナがスピードを生かしたフェイントで相手DFを崩します。
ポストのSynneもしっかりと位置をとってシュートチャンスを作りだしました。

前半中盤までに7点前後のリードを奪った記憶しています。

そこで選手を一斉に交代したヨーヴィク。
そこから一気に流れを失います。

代わって入った選手たちはブラーヴォのパス回しに足がついていかないようでした。
リサやスティーネはもともとスピードではなくパワーで勝負するタイプのプレーヤーだけど、気持ちに油断もあったのだと思います。

点差はみるみる縮まって、一時はあわや同点に追い付かれる、というところまでいきました。

終盤にヨーヴィクが連続得点、ハーフを13-10で折り返します。

気持ちを引き締めて迎えた後半は、DFで30分間集中が切れることなく、キーパーのエリーネのセービングにも助けられてブラーヴォOFを完封。

OFではこの日絶好調だったカタリーナが得点を重ねて、一気に試合を決めました。

25-16(13-10)。

これで開幕2連勝。

最高のシーズンスタートを切ることができました。


私はこの日もスタートから20分まで、後半もスタートから50分まで、40分弱の出場で2得点でした。
フェイントからのサイドシュートと速攻からの得点。

ブラーヴォは前日の試合結果を知っていたのでしょう。
速攻ではがっちりマークされているな、と試合中ずっと感じていました。

それでも、もっと速攻へのチャンスはあったはずでした。
そして、この日も完全なノーマークを自分でも驚くくらい甘いコースに打って外してしまいました。
OFでは広いブラーヴォのDFを相手に、チャンスを作り出すことができませんでした。
味方からタイミングの合うパスがこなくて、それで迷いがでて、試合終了までリズムを掴めないまま終わったという印象です。

一つ一つのプレーに集中して、常に自分のハンドボールを体現できるように。
次の試合では結果を求めます。



今週の土曜日は4週間ぶりとなる試合です。

ホームにFredrikstad2を迎えてのシーズン3節。

全力を尽くして戦いますので、熱い応援よろしくお願いします!!!!!





ブログを書いているうちに日付が変わってしまいました。

1年前の9月27日は、Storhamarとの試合で肋骨を骨折した日です。

折れた箇所には炎の魂が宿っていて、いまもポッコリしています。

健康に日々を過ごせることを、怪我なくハンドボールに情熱を注げることを、そして応援してくれる人たちに支えられていることを感謝して、また新たな一日を迎えます。



北の国からの便り。

みなさんに感謝の想いが届きますように。

emi_aus_riesa at 10:30|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!

2016年09月17日

NM第2戦と第3戦

ちょうど1ヶ月ブログを更新しなかった間に、こちらは本格的にハンドボールシーズンに突入していました。

8月25日はNM第2戦、ホームでBaekkelaget戦。
9月3日、4日は北極圏より北の町、Narvik、Tromsoでレギュラーシーズン開幕となったアウェー2連戦。
9月6日はNM第3戦、ホームでのOppsal戦。

9月に入ってからの連戦を皮切りに、私がコーチを務める各チームの試合も始まりました。

9月7日、U16−GHK2のシーズン初戦はアウェーでのLunner戦。安定したDFから得点を重ねて嬉しい初勝利を飾りました。

9月10日、U18−アウェー2戦、対Flisaと対Elverum。両試合とも力の差を見せつけて快勝。

9月13日、セカンドチームのシーズン初戦、ホームでのSorskogsbygda戦。前半を終えてまさかの5−5から、後半に速攻で加点して勢いに乗ったヨーヴィクが勝利。この試合ではヨーヴィクがエリートリーグだった当時の選手、モナとハンネが現役復帰を果たしました。40代の2人の技ありのプレーが光りました。

9月14日、U16−GHK1対GHK2。ヨーヴィク対決となったこの試合。私がコーチを務める2001年生まれチームは善戦するも、最後は1学年上の2000年生まれチームGHK1に惜敗でした。

9月15日、U16−GHK3のシーズン初戦、片道2時間をかけて向かったKongsvingerでの一戦。5点差で負けましたが、DFでは十分に手応えを感じ、OFでも今までシュートを狙わなかった選手が積極的に攻めて次に繋がる試合でした。


9月は計13試合。先週の土曜日から昨日までの6日間は5試合に帯同しました。

ビバ・ハンドボール。

そんな楽しすぎる毎日を送っていたので、夜は疲れ切ってブログを更新できませんでした。


今日は、ノルウェー国内のトーナメント、NMカップのBaekkelaget戦と、Oppsal戦の試合報告を遅ればせながら。


NM第1戦で4部リーグのLFH09に快勝したヨーヴィクの次なる対戦相手はBaekkelagetでした。

Baekkelagetはヨーヴィクと同じく3部リーグのチームで、以前はエリートリーグに所属していました。
経済的にきびしくなって主力選手を放出、2部リーグ、3部リーグへと降格。
ここ数年のヨーヴィクと同じような歩みを辿ってきたチームでした。

8月25日(木)、Campus ArenaにそのBaekkelagetを迎えたNM第2戦は、ヨーヴィクの今シーズン、ホーム初戦となりました。

試合が始まって最初にリードを奪ったのはBaekkelaget。

フローターとポストのコンビで加点していったBaekkelagetの攻撃は、確かにクオリティの高いものでしたが、主観的にはどちらかというとヨーヴィクのDFのバランス、2対2のコンビが悪くて失点していた、という感じを受けました。

OFでもミスを出して2〜3点差を追う形となった前半序盤の試合展開を打破したのは、スタートメンバーに代わってコートに立った若い選手たちでした。

ノルウェーU18代表、センターのマリFがスピードをつけてしっかりと前を狙うと、それまでコンパクトだったBaekkelagetのDFに驚くほどスペースができました。
そこからポスト、両フローターへとさばかれたパスを得点につなげたヨーヴィクが、徐々に点差を縮めていきます。
特に左45のカタリーナは、スペースを生かしたダイナミックなシュートで連取してチームに勢いを与えました。

DFではマリF、同じくアンダー代表のSynneの2人が3枚目を守って、阿吽の呼吸のコンビプレーでBaekkelagetの攻撃を完全にシャットアウト。

6−8のスコアから逆転に成功すると、12−9とリードを3点に広げて前半を折り返しました。

後半は、前半終盤の勢いのままにスピードで圧倒したヨーヴィクがリードを広げていきました。

DFでは個人のイージーミスで失点を許す場面もありましたが、終始危なげない展開で試合を運んで、最終的には28−19(12−9)で勝利。

NM第3戦へ駒を進めました。


私は前半スタートから15分強、後半もスタートから45分過ぎまで計35分ほどの出場で6得点でした。

前半開始直後、サイドからのシュートチャンスで普段なら7mになる場面でチャージングをとられて、リズムが少し狂ってしまったように思います。
その後もオーバーステップをとられたり、ノーマークシュートを外したりと、前半はOFで全くいいところがありませんでした。
後半に入ってからはしっかりと修正して速攻、サイドシュートで5得点。
ポストへのアシストも通って及第点のプレーでした。

DFでは前後半ともに納得のいく出来で、チャージング、パスカットと自分の仕事をこなせたと思っています。
ルーズボールのシーンでは体を張って、対戦した左サイドへのワンマン速攻のパスを滑り込んでカット。
キーパーのイネが弾いて相手コートでサイドラインを割りそうになったルーズボールも滑り込んでキープ。
少年野球で培ったスライディングが役に立ちました。

OFとDF、前半と後半で良かったところ、良くなかったところが入り混じった試合でした。

自分らしいプレーは次に繋げて、反省は次に生かして、1試合通してコンスタントに結果を出せるように調整していきます。



9月6日(火)はNM第3戦、エリートリーグ(1部リーグ)のOppsalとの対戦となりました。

Oppsalは、ヨーヴィクで2015年の春まで監督をしていたビョルゲが率いるチーム。
ビョルゲは私にノルウェーへの移籍の道を切り開いてくれた恩人で、Oppsalはヨーヴィクが昨シーズンのNM第4戦で敗れた相手。
昨シーズンまでヨーヴィクのエースだったGuroが移籍したチームということもあって、縁を感じずにはいられません。

昨年のNMでは肋骨骨折で無念の欠場をしていたので、今回もう一度Oppsalとの対戦が実現して本当に嬉しさでいっぱいでした。

全力で挑もうと決めていました。

この試合には、ノルウェーU18代表センターのマリFと、U18代表キーパーのエリーネ、サウスポーのエマを高校の遠足というまさかの理由で欠き、さらに岩手国体出場が決まっているキョンが所属チームの変更で出場できませんでした。
でも、試合前のミーティング、ウォーミングアップでは、コートに立てるメンバーが一丸となって戦う、という気概に溢れていました。

試合開始の笛が鳴った直後からヨーヴィクは堂々たる戦いぶりで、1部と3部という差を全く感じさせません。

リサの豪快なステップシュートで先制したヨーヴィクは、その後もコンスタントに得点を重ねます。

左45のカタリーナが2枚目DFの上からロングシュート、そのワイドポジションから大きくインに切り返してシュートと変化に富んだプレーでOppsalゴールを脅かします。

守っては気迫のDFでOppsalの攻撃をしのぐと、その気迫がプレッシャーとなったのかDFの間を抜けたOppsalのシュートもゴールの枠を捉えませんでした。

8分をすぎて、6−2。

理想的なスタートを切りました。

そんなヨーヴィクの猛攻にも全く慌てなかったビョルゲとOppsalの選手たちからは、エリートリーグでプレーしているプライドが感じられました。
7人攻撃、ヨーヴィクのミスを速攻で確実に点につなげたOppsalは前半中盤に同点に追いつくと、そのまま逆転に成功します。

それでも崩れなかったこの日のヨーヴィク。
カタリーナに代わったマリTが、サイドの切りをきっかけに放ったロングシュートを連続で決めます。

シンプルなサイドの走り込みきっかけでエースにプレスをかけられなかったOppsalのDFと、シュートが放たれる前に遠目に動き出していたキーパーには疑問を覚えましたが、それでもマリTのスピードとダイナミックなシュートは目を見張るものでした。

左45のカタリーナとマリTは、間違いなく3部リーグでトップクラスの得点力を持つ選手です。
エリートリーグ、ハルデンの当時のヘッドコーチが目をつけたこともある2人。
年齢、戦術理解から考えると、18才のカタリーナにはかなり現実的に、エリートリーグでプレーするチャンスがあるはずです。
エースのGuroの控えにまわって、出場したら単発のシュートで攻撃を終えていた昨シーズンと打って変わって、DFを引きつけてからパスをさばけるようになった今シーズンは、ヨーヴィクで一番のキープレーヤーになると確信しています。

そんな2人のエースを中心にOFで攻め続けたヨーヴィクは、前半を終えて14−14、エリートリーグのチームを相手に一歩も引けをとりませんでした。

自信を持って迎えた後半。
ところが、再開の笛が鳴った直後から前半とは明らかに違った様相になりました。

Oppsalのサウスポーフローターが力強くヨーヴィクDFの間を割ると、Oppsalのシンプルなクロスが見事なほどに決まって、次々とシュートチャンスを作り出します。
フットワークでコンパクトに、でもアグレッシブに守れていたヨーヴィクの前半のDFは嘘だったかのように広いスペースが目立つようになりました。

開始5分ほどで一気に5点をとられたヨーヴィクは攻撃でもリズムを失い、有効なパスがつながらなくなりました。
ミスを速攻へつながれて悪循環に陥ると、あとは一方的な試合展開でリードを広げられていきました。

ヨーヴィクのチーム最年少、17才のセンター・マッテが後半に出場したチャンスを生かして、力強いフェイントから得点を奪ったのが後半ほぼ唯一の見せ場だったように記憶しています。

試合終了の笛が鳴って見たスコアボードの表示は、20−32(14−14)。

最高の前半と、打つ手なくやられた後半。
それが試合の感想でした。


私は60分フル出場して1得点。

前半、フェイントからのサイドシュートで得点した1点に終わりました。

速攻でDFの前を走れていてもパスが短くてカットされたり、セットOFでサイドへチャンスが巡ってこなかったり、サイドプレーヤーとしてチームメイトに生かしてもらえないゲームでした。
でも試合後には、私の状態がベストでないこと、この試合で全てを出し切れなかったことに、しっかりと気持ちが向いていました。

この試合が始まる前は、『ヨーロッパのトップリーグのチームと試合するのは、もしかしたらこれが最後かもしれない』という考えが頭をよぎりました。
でも、こんな不完全燃焼をラストゲームにするわけにはいきません。

これからも精進して、現役でいるうちはチャンスを待ち続けます。


試合が終わった後のチーム関係者のコメントを耳にしたり、新聞記事を読んだりして受けた感想では、周りにいる人たちは、コーチ陣を含めて、後半の大失速を連戦と欠場選手のせいにしたいようでした。
確かに、ノルウェーの北端で土曜日、日曜日と連戦した後の火曜日の試合、もしくは主力選手を4人も欠いた状態での対戦に、マイナス要素がなかったとは思いません。
前半の善戦を讃えて、後半の失速に理由を見つけたい気持ちも分からなくはありません。

でも、私は個人的には戦術と経験で明らかな差があったな、と感じています。

前半、3〜4点のビハインドを追って7人攻撃を仕掛けてきたOppsal。
私は185cmほどのごっついポストと、シュート確率の高い左サイドにはさまれていました。
ビョルゲが意図的に、体格で劣る私のところでマッチアップを望んだことはすぐに分かりました。
ハチャメチャに動いて、必死に1対2を守ること2回。
ポストにパスを入れられて、隣を守るマリに『もう少し早くフォローに来てほしい』と要求すると、「なんで?私はマークしっかりとってたよ?」という噛み合わない答えが返ってきました。
どうやら2枚目を守っていたマリは、Oppsalが7人で攻撃していたことすら気付いていないようでした。

それから数分後に退場者を出したヨーヴィクは、キーパーに代えて6人目のプレーヤーをコートに送りました。今まで練習したこともないのに。
連続でミスを出したヨーヴィクは、誰がキーパーと代わるかもいまいち分からない状態で、ロングシュートを立て続けに決められました。

Oppsalが退場者を出した時間には、右サイドのフェイントから右45のクロスプレーでノーマークを作られたり、右45からの早い切り返しのパスでサイドに飛び込まれたり・・・まさに「典型的」な戦術にはまるチームメイトを見ていると、経験値の高いプレーヤーに囲まれていたドイツ時代を懐かしく思いだしてしまいます。

この日7得点の活躍だったOppsalのサウスポー右サイドは、体勢を崩してもしっかりとキーパーを見てコースをつくいいシューターでした。
でも、私が前にいたら多くても2得点で抑えられる自信がありました。

速攻の戻り方、セットDFで対戦相手の攻撃の意図を読むということ。

長い年月をかけて私が身につけてきた技術や戦術眼を、どうやって若い選手に伝えていくか。

改めて、ベテラン選手としての自分の役割を考え直させられた試合でした。



週末は、U18の全国リーグ予選が、Runarという町で開催されます。
ノルウェー国内のトップチームと対戦できる全国リーグへの参戦は、98年生まれ、99年生まれの選手たちにとってとても貴重な経験です。

明日の対戦相手はRunarとOrkanger。声を限りに応援してきます。


プレーヤーとして、コーチとして。
一日一日を大切にしてシーズンを戦っていきますので、でっかい元気玉を送ってください!!!

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2016年08月17日

さりげなく

16そう、さりげなく。

いつの間にか涼しくなった夜風に夏の終わりを感じるように。

昔よく遊んだ神社の小ささに驚いて時の流れを実感するように。

それくらいにさりげなく。

2016/2017シーズンが始まりました。


昨日、8月16日(火)は国内トーナメントNMカップの第1戦で、LHF09と対戦しました。

LHF09は隣町リレハンメルのチームで、3部リーグから4部リーグへ降格してしまったばかり。
リーグは一つ下でも、対戦すると毎回のように接戦になるLFH09は、ヨーヴィクにとっては相性の悪いチームでした。

リレハンメルへ乗り込んでのダービーマッチ。

ヨーヴィクは今までのライバル関係を一気に崩すような内容で勝利を収めました。
今シーズンのチームとしての充実ぶりと、明らかな力の差を見せつけた試合になりました。

前半、スタートからDFで対戦相手を圧倒したヨーヴィクは、ポストのマークミスを得点につながれた以外はリレハンメルの攻撃を完封。
堅守を速攻へつなげて得点を量産すると、30分を終えて20−5と大量リードを奪いました。

ポストをしっかりケアしつつ、前半の勢いのまま守って速攻へつなげようと話し合ったハーフタイム。
ところが試合が再開すると、ボールを奪いにいこうという気持ちだけが先行して、6−0DFが見たこともないほどオープンになって連続失点をしてしまいます。

後半序盤の10分は、得点だけで見ると互角の戦いでした。

でも、前半から後半にかけての失速の原因は、コートバランスを崩して選手間の連携を失ったDFと、OFを単発のシュートで終えて逆速攻へつながれたヨーヴィク自らのミスでした。

後半中盤になって落ち着きを取り戻したヨーヴィクは再びリードを広げていき、最後は40−18で快勝。
NMカップ第2戦へ駒を進めました。


この日はサウスポーのエマが右サイドでスタメンだったため、私はベンチスタート。

前半15分過ぎからハーフまで、後半は43分から試合終了まで、計30分強の出場で10得点でした。

11本のシュートを放って10得点。
ポストへのアシストパスを通したり、7mスローをとったりと納得のいく内容で、この試合のMVPにも選ばれました。

7月末にトレーニングが再開してから1週間は膝が痛みだして思うように走れませんでした。
膝の調子が良くなってプレーできるようになってからは、コースを狙った通りに打ちきれずにシュート率が上がっていきませんでした。
近づくシーズンスタートに少し焦る気持ちがあったので、シーズン最初の公式戦に合わせて調整がうまくいったとホッとしています。

昨日は速攻を中心に、ズレてきたサイドシュート、フェイントからのシュートと、キーパーをしっかり見て、しっかりと駆け引きをして、狙ったコース通りのシュートを打てました。
後半にキーパーが変わってからは決め打ちをしてしまった場面もあったけれど、それは今後のトレーニングで意識していきます。

確実にシュートを決めること。それと同じくらい重要だったのは「走れている」という感覚を取り戻すことでした。

前半私がコートに入ってから数分後に、左の2枚目を守っていたマッテにワンマン速攻のチャンスが巡ってきました。
ボールを素早くコントロールしたキーパーのイネからのパスは少しだけ長すぎて、ノーマークだったマッテの頭上を越えていきました。

そのマッテよりさらに前を走っていた私はそのままボールを追って、左サイドのコーナーギリギリで追いつくと、左サイドのポジションから6m内へ飛び込んで、ライン際で待っていたポストのスティーネにパスを通しました。

逆側のサイドが取れなかったパスを私が対角のコーナーまで走ってキャッチする。
ドイツにいた頃はたまに起きた現象でした。
最近、そんなボールに追いつけることがなくなっていたので、私の中でなによりも大きな意味を持つプレーでした。


今シーズンのヨーヴィクは、1軍登録の選手の実に半数が1998年生まれ。
今までよりもさらに若いチームに生まれ変わりました。

ヨーヴィクの1998年生まれチームは、2年前のシーズンにノルウェーで全国優勝を果たしています。
さらに、その内の3人はU18のノルウェー代表に名を連ねています。

若くて能力の高い選手と経験のある選手がうまく混ざって、質の高いトレーニングを可能にして、層の厚いチームになりました。

若いチームメイトがコートで躍動する姿はとても頼もしいものです。

でも同時に、若い選手の活躍を心から喜ぶだけになったら現役を引退する時期だという確固たる思いが私の中にはあります。

圧倒的な実力の差がなければいけない、と思ってベンチから試合を見ていました。
それは、4部リーグでプレーする対戦相手に対してではなくて、2部リーグ昇格だけを目標に定めたチームにあっての実力の差。


誰よりも速く。


プライドと夢を持って、新たなシーズンを戦います。


熱い熱い応援、よろしくお願いします。

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2016年07月25日

戻ってきたぜよ

IMG_0309昨日の夜、無事にヨーヴィクへ戻ってきました。

ドアtoドア26時間の長旅も全く苦にならないほど、移動中はひたすら寝ていました。

今日も昼過ぎまで爆睡して日本での慢性睡眠不足を解消。
そのまま明日まで寝続けられる勢いでしたが、頑張って起きて、テレビでやっていたハンドボールの試合を見て、軽く走って、洗濯をして、ご飯を作りました。

のんびりと過ごした一日。

明日から、新シーズンへ向けてハンドボールに生きます。



今年の日本滞在は新しい出逢いに溢れていました。

きっと今までで一番「はじめまして」の多い3週間でした。
その全ての「はじめまして」が、これからにつながる素晴らしい出逢いとなりました。

慌しく日本全国を飛び回って、会えなかった人たちもいたし、連絡ができなかった人たちもいました。
家族との時間が少なくて、特に両親には申し訳ない思いでした。
地元で過ごす時間も限られていて、友達と会える日数が少なかったり、母校に挨拶に行くのが最後になってしまったりしました。

それでも、温かく迎えてくれた家族、友人、恩師に感謝でいっぱいです。

今年もまた心に残る帰郷でした。
お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

今年会えなかったみんな、来年は会いに行きます。


パワー充電完了。


思いっきり遊んだ後は、夢に向かって邁進あるのみ。

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2016年06月30日

帰るぜよ

13493230_972356029529087_958613549_o (1)現在時刻、早朝6時。

2時間後にヨーヴィクの自宅を出発して、日本時間、金曜日のお昼に羽田に着きます。

やっぱり今年も眠れなかった。

ブログも書きたいことが山のようにあるのにそれどころじゃなかった。

帰国前にやっておこうと思っていたこともトランクとともに来日。


うん。いつも通りだ。


というわけで、無事に到着できるように頑張ります。

金曜日の夜からは日本でいつも使っている携帯電話を持ち歩くので、連絡お待ちしております。


待っててね〜!!!

今行くよ〜!!!



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2016年06月16日

エミの誕生

DSC015383月19日の話。

珍しく試合のなかったこの週末は、トゥーネの家に遊びに行きました。

午後にジモーネと一緒にIKEAに買い物に行って、それから夕飯の買出し。
おいしい食事を終えて、3人でおしゃべりをしたり、テレビを見たりしていたら、気がつかないうちに眠ってしまいました。

突然に目が覚めたのは私の携帯電話が鳴りだしたから。
ディスプレーを確認すると一緒にいたはずのトゥーネからの着信でした。

横目でジモーネも眠っていることを確認しながら電話に出ると、「子牛が産まれそうだよ。見たかったらおいで」とのこと。

トゥーネはヨーヴィクから車で15分ほどの小さな町の牧場の中にある家を借りて住んでいます。
その牧場主のハラルドが留守の時には、トゥーネは夜に牛舎へ行って掃除をしたり、子牛にミルクをあげたりする仕事を手伝っています。

この週末はハラルドが不在だったので、「夜23時になったら牛舎に行く」と言っていたことを思い出しました。

時計を見ると23時を少し回ったところ。

家を出て、向かいに立つ牛舎へ向かいました。

中に入るとトゥーネが入り口で待っていてくれました。
私に合う長靴を探しながら、出産を間近に控えた牛が二頭いること、本当はもう一頭のほうが先の出産だったはずなのに急に出産を早めた牛が今すぐにでも子牛を産みそうだということ、を説明してくれました。

牛舎の中へ入るのはこの日が2度目でした。
以前、やはりトゥーネが仕事の手伝いをしていた日に中を見させてもらったことがありました。

興味深々に色んな質問を投げかけていた私にトゥーネが慌てることなく、「あ、エミ。牛が尻尾をあげたら危ないよ・・・ほらエミの前・・・」と言った瞬間、目の前にいた牛に糞をかけられるという惨事に見舞われて以来でした。

この日、出産を早めた牛は牛舎の一番手前にいて、落ち着きなく動きながら、大きな声で「モーーー」「モーーーーー」とお産の苦しみを訴えるかのようでした。

なにをしていいか全く分からなかった私。
トゥーネに手伝うことはあるかと尋ねると、「通常の場合なら私たちは何もしないでも大丈夫。でも、稀に子牛が出て来られないときがあるから、そのときは人間が引っ張って出してあげなきゃいけないの。私は年末に手術した右手にまだ力が入らないから、エミに手伝ってもらうことになるかもね。」


おー。

なるほど。

よっしゃ。


もしものことを考えてビビリながら、でも牛の出産に立ち会えることに感激しながら、お母さん牛を見守ること・・・数十分は経ったのでしょうか。

動き回っていたお母さん牛が座って、たった一人(一頭)で頑張って、前足、鼻、と少しずつ子牛が出てきて、最後に一気に外へ出て・・・生命が誕生した瞬間はただただ感動しました。

奇跡だと思いました。


DSC01534生まれたばかりの子牛をすぐ横にあった柵の中へ移動させようとしたトゥーネは、やはり右手に力が入らなかったらしく「エミ、手を貸して」と一言。

ここまで来たらもうビビッてる場合じゃない。

トゥーネと一緒に、思っていたよりずっと重い子牛を策の中へ運びました。

ヌルヌルの子牛を藁が敷き詰めてある策へ移動させて、藁で体を拭いてあげて、プルプル震え続ける間ずっと撫でてあげて、なんだか我が子のようでした。

そうしている内に早くも立ち上がろうとする子牛。

後ろ足を伸ばして、でも前足を伸ばせなくてヨロヨロ。
勢いをつけるけど、やっぱり前足が伸びなくて、バランスもとれなくて、倒れて柵にガシャーンと突っ込んで。

何度も何度も倒れて、その度に柵にぶつかって、思わず「そんなに急がなくていいよ」って言いたくなったけど、早く立てなければ自然の中では生き残れないんだもんな・・・と思うと尊敬の念が沸いてきました。

生まれてから30分もかからなかったかもしれない・・・そんな短時間で。

子牛はついに立ち上がりました。


その後はトゥーネが持ってきてくれたミルクを子牛にあげました。

なかなかミルクを飲んでくれない子牛に、ミルク瓶の角度を変えたり、声をかけたり、トゥーネに言われたように口の中に指を入れて飲み方を教えてあげたり、と悪戦苦闘。

生まれてから最初の一時間のお世話をしているうちに、自然に愛着が沸いてきました。

トゥーネが、「エミが体を拭いてあげて、初めてのミルクもあげたから、この子の名前はエミだね」と言った頃にはすっかりお母さん気分。


DSC01543命名、エミ。

元気に大きくなってね。

たまに遊びに来るからね。

別れを惜しみながら、貴重な体験ができたことに感謝した夜でした。





昨日の話。

DSC02543先月ドイツで買った Polar の時計の使い方を教えてもらうために、トレーニングの後にトゥーネの家に行きました。
進化し続けるテクノロジーの世界と反比例するかのような生活を送る私は、買った時計をインストールする、という作業ができずにいました。

時計なのに初期設定をするまでは時間さえ見られない、という謎。

先週シャロットに助けてもらって初期設定に成功。
なんとか時間は見られるようになりましたが、本来の目的の心拍数の表示やインターバルの時間設定ができないままでいました。

「明日のインターバル走を前に、なんとしても時計を使いこなせるようになりたい」ということで、私が購入した時計と同じ型番の時計を持っているトゥーネに色々な機能を説明してもらいました。

私が必要とする機能を一通り教えてもらって、『日本行きのチケットをこれからとりたいから、今日は泊まらずに帰るね』と帰る準備をしていたのは23時を少し過ぎた頃でした。

突然、トゥーネの携帯電話が鳴って、電話口から慌てた様子の女の人の声が聞こえてきました。

「うん。分かった。分かった。すぐ行く」と言って電話を切ったトゥーネに事情を聞くと、電話をかけてきたのは牛舎で働いていた女性で、1週間先の出産予定だった牛が今にも子牛を産みそうで助けを必要としている、とのことでした。

トゥーネと一緒に牛舎へ向かうと、慌しく往来する女性の姿がありました。

この夜は機械が故障してアラームが鳴って、ミルクが足りなくて困っていて、ただでさえ忙しかったところに突然出産が始まって、そのお母さん牛を個別の柵に移動するのに一人ではどうしようもなくて・・・とお盆とお正月が一緒に来たかのような忙しさでした。

完全にお客様だった私は昨晩はほとんど力になれませんでしたが、その女性とトゥーネは手際よく柵を組み替えて、お母さん牛を即席の個別柵へ移動させていました。

そして、まさかの二度目の出産立会い。

そんなに頻繁にトゥーネの家に遊びに来てるわけじゃないのにすごい確率。

破水して、もう出産が始まるというタイミングでした。
前回同様に、「モーーー」「モーーー」と苦しそうに鳴く母牛。

しばらく動き回って、それから横になって、そして出産が始まりました。
前足、鼻、と出てくるのが前回よりもはっきりと見てとれました。

生まれてきたのはお母さんそっくりの真っ白な子牛。
今回は男の子でした。

エミのお母さんは黒と白のまだらで、エミは茶色と白のまだら模様でした。
当たり前だけど、やっぱり牛も人間も親に似るんだな、としみじみ。

子牛が生まれた後の対応は牛の種類によって違うらしく、今回はお母さん牛が近くにいて子牛のお世話をしていました。

子牛を舐めて乾かすお母さん。

しばらくすると立ち上がろうとする子牛。

3ヶ月前に見ているんだけど、やっぱり感動の光景でした。

ヨロヨロしながらも諦めずに頑張った子牛は、一度立ち上がってからは再び倒れることはありませんでした。

再び立ち会えた牛の出産。

トゥーネがまたも名付け親になりました。

命名、レミ。


昨日はエミとの再会も果たしました。

3ヶ月で見違えるほど大きくなっていてビックリ。
撫でようとしたらちょっと警戒してたけど、食欲旺盛に藁をモリモリ食べていました。

新しい生命の誕生を見届けて、エミにも会えて、満足してトゥーネの家に戻ったら1時になっていました。
シャワーを浴びてから帰宅。
それからチケットを探したら、明け方になってしまいました。

でも、眠さも感じない素敵な夜でした。


生命の誕生は奇跡。

子牛はすっごくかわいい。

そんな結論に達して眠りについた充実の一日でした。

emi_aus_riesa at 10:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2016年06月13日

砂送球

DSC02672今週末は金・土・日とミューサ湖対岸の町、Moelven でビーチハンドボールの地区大会が開催されました。

去年は2001年生まれ女子チーム(J01)の登録3チームのうち1チームが見事優勝を飾ったこの大会。

ビーチハンドボールが大好きな子どもたちは、今年もやる気満々でこの週末を迎えました。

私がコーチとして関わっているチームからは、1999年生まれ男子チーム(G99)が1チーム、1999年生まれ女子チーム(J99)が2チーム、そしてJ01が3チームの登録でした。

計6チーム。

体は一つ。

うん、無理がある。

というわけで、J99の2チームはエリンの全面的なサポートの元、できる限り多くの試合に参加してきました。


J99は2チーム登録した後に、予想外の怪我人、病人がでて人数がギリギリ、いやギリギリアウト。
1998年生まれの選手2人と、2000年生まれの選手3人に助っ人で出場してもらっての参戦でした。

今年の5月から今までのU16を卒業してU18のカテゴリーにあがった99年生まれの選手たち。

1学年上のチームも多い中、ヨーヴィクHK1は予選リーグを全てシュートアウトで競り勝ち3戦3勝、グループトップで準々決勝進出を果たしました。
もう一つのチーム、ヨーヴィクHK2は苦戦しながらも予選最後の試合で勝って1勝2敗、同じく日曜日の準々決勝へ駒を進めました。

勝てば準決勝でヨーヴィク同士の対戦となるはずだった準々決勝は両チームともに敗退。
残念でしたが、悔しがりながらも「すごく楽しかった」と言っていた選手たちを見て、「来年はもっとビーチハンドボールの練習をさせてあげよう!!」と密かに心に誓いました。


J01は3チームに分かれての参加。

ヨーヴィクHK1はかろうじてキーパーだけが交代できる5人という少人数だったにも関わらず、センターのハナを中心に健闘して1勝2敗。
ヨーヴィクHK2は本職のキーパーがいないながらも、みんなでフォローしあって2勝1敗。
ヨーヴィクHK3は個々の良さを生かして1勝2敗。

3チームともに無事予選を通過して日曜日のトーナメントを迎えました。

準々決勝へ駒を進めるためのトーナメント第1戦では、無情にもヨーヴィクHK1とヨーヴィクHK2のヨーヴィク対決となってしまいました。
この試合はヨーヴィクHK2が勝利。

ヨーヴィクHK3は、ヨーヴィク2000年生まれチームをやぶった Storhamar に、シュートアウト延長戦の末に劇的逆転勝利を飾りました。

準々決勝ではヨーヴィクHK2、ヨーヴィクHK3ともに体が一回りも違うチーム相手に負けてしまいましたが、J99チームと同様に、みんな敗戦に悔しがりながらも、楽しくて充実した週末を送れたようでした。


J99にもJ01にも共通して言えることは、もう少し本格的にビーチハンドの準備をして、2ポイントになるトリックシュートを練習しないと勝ちあがれない、ということ。

来年はU18、U16ともに上の学年になるので密かに優勝を目指します。


DSC02593J99、常にガッツ溢れるマリエのシュートシーン。

構図がお気に入り。



DSC02651こちらはJ01、アイラのシュート。





DSC02559これはシュートアウトの場面のはず。

指示してる人と、指示されてる人は目つぶっちゃってますね。

私の横にいるマッチ棒のようにヒョロヒョロの選手が、J01のキャプテンでセンターのハナ。
私が投げかける質問に対して彼女からは必ず的確な答えが返ってきます。
試合中の指示もすぐに理解して実行してくれます。

筋肉をモリモリつけて素晴らしい選手に育ってもらいたいと思っています。


最後の1チーム、私のかわいい男の子たちG99は予選を2勝2敗で終えて、日曜午後の準決勝では見事に勝利を収めて決勝進出を決めました。

決勝では、競り勝った前半の後に、後半ではミスから点差を離されて1−1。
シュートアウトではトリックシュートがクロスバーに弾かれて、さらにその後の大事な場面でミスが出て惜敗。
優勝カップまで手が届くという距離だったので本当に残念でした。

試合後には優勝、準優勝のチームが表彰されました。
そして、表彰後にキャプテンのヘンリックが私のところへやってきて、準優勝のトロフィーを私にプレゼントしてくれました。

その途端に私の目からポロリと涙。

突然に涙が出てきたことに自分でビックリしました。

どのくらいビックリしたかを文章ではうまく説明できないのですが・・・Wordで文章を書いたとしたら、普段12で設定されてる文字の大きさを16に変えて、太字にして、なんなら斜線に変えて、色までつけちゃうくらいの【ビックリ】

決勝が終わったときには感傷に浸る気は全くなかったのに・・・。

もちろん、思わず感情的になったのには理由があって、実はこの大会が、G99のチームに私が関われる最後の大会でした。

ブログでは「1999年生まれ男子チーム」と書いていましたが、実際は1998年生まれ2人、1999年生まれ6人、2000年生まれ2人、2001年生まれが2人の4学年から構成されたチームでした。

5月から一つ上の学年でプレーすることになって、U16でプレーできる選手はたったの4人。
逆にU18でプレーするには何人かの選手は体が細すぎました。

選手のため、そしてクラブのためになんとかチームを存続できる方法はないかと思案して、声かけをしてきましたが、最終的にチームは解散。
選手の多くは隣町の Toten への移籍を決めました。

女子チームへ力を注ぐクラブの陰で、おまけのような扱いを受けることも多かった男子チームの選手たち。
その選手たちを支え続けてきた両親。

個人の「別れ」ではなくてチームの「終わり」を迎えることしかできなかった、ということへの私個人の思いは無念に近いものがありました。
「ヨーヴィクが、女子だけでなくて男子ハンドボールの拠点になるように」という気持ちでG99チームに携わってきたつもりでした。

「最後まで力になれなかったなぁ・・・」と思っていた私にかけられた「ありがとう」の一言は、悲しいでも、寂しいでも、悔しいでもなく・・・ただただこのチームに関われた3年間の感謝の気持ちを溢れさせるものでした。

海外へ渡ってからどんどん強くなっていって、自分のことで、ましてや人前で泣くことなんて滅多になくなった私。
その私が太陽の下、陽気な音楽を背に涙ぐむなんて、まず考えられません。

思いっきり涙目になりながら、笑顔の選手たちとの対比にすごく恥ずかしくなりました。
「なにも知らない人から見たら決勝に負けて泣いてるみたいだ」と気付いてからは気まずさでいっぱいでした。

でも、感情に素直に、思わず涙を流せるような一面が自分に残っていたことが、なんだか嬉しくもありました。


いつも私をワクワクさせてくれるプレーをしていたハンドボールが大好きなヘンリック。

ずいぶん私になついてくれていたパワースターのクリスティアン。

パワーで負けても、食らいついていくことを決してやめなかったヴィリアム。

真面目に練習に取り組んで、私の言うことにも真剣に耳を傾けてくれていたロイ。

チームのお兄さん的な存在、シャイなペッター。

オールマイティー、安定のプレーのシャルベン。

笑顔が最高、不器用だけどパワフルなプレーでガッツ溢れるマリウス。

礼儀正しくて、怪我にも負けず復帰を目指して頑張っていたヘライク。

全身がバネのようなプレーで私を驚かせてくれたシオン。

15才で190cmという恵まれた体格とパワーを生かしてチームを支えたマルクス。

綺麗な動きとテクニックで2学年も下とは思えないプレーをしていたルードヴィク。

才能を秘めてこれからがおもしろいサンダー。


このチームを支え続けた両親と家族のみんな。

たった一言。心からの感謝を。

『ありがとう』


20160612_215710今日みんなからもらったトロフィーは私の宝物になるでしょう。

ノルウェーに来てから、わずか2ヶ月とちょっとで週に一回トレーニングを受け持つことになったG99。
G99との歩みは私のノルウェー生活と同じだけの長さで、このチームは間違いなく私の生活の一部でした。

選手たちのこれからの活躍を、心から願っています。





金曜日の夕方から始まった私の週末は、素敵な思い出と心地よい疲労感を残して幕を閉じようとしています。

金曜日は5試合、土曜日は8試合、そして今日は6試合。
計、19試合。


土曜日は10時から12時まで自分のトレーニングをした後にビーチハンド会場へ。
8時間太陽の下で活動して、帰宅後に翌日の試合時間をチェック、集合時間を選手に連絡をした後、元チームメイトのピアとテアの誕生日パーティーへ顔を出してきました。

今年で20才になった2人の合同パーティーに来ていたお友達はとにかく若者。
23時半前に会場に着くなり、20mくらい先の暗闇から「エミじゃない?エミでしょ!?エーーーミーーーーー!!!」と叫びだす女の子。
近づくと元チームメイトのティナでした。

抱きつかれて「久しぶり!!エミ!!覚えてる?ティナだよ!!」と大興奮のティナと、そこにやってきて「来てくれてありがとーーーーー!!!」とやっぱりテンションマックスのピアとテア。
パーティー開始から2時間半で、どうやったらこんなに泥酔状態になれるのだろう・・・と不思議に思わずにはいられませんでした。

会場に入ると他にもハンドボールの子達がいて、おしゃべりをしながら、ノルウェーの典型的な若者の泥酔パーティーを見て楽しんできました。

私の人生において、酔っ払っている人を私がシラフの状態で観察する、ということはまぁ滅多にないので(逆はたくさんあるんだろうけど・・・)なんだかおもしろい時間でした。
そのパーティーから帰宅して即就寝。

金曜日、土曜日と連続の6時間睡眠で今朝は起床が戦いのようでした。

ビーチハンドボールの大会が終わった後は、J01の選手を3人家まで送って、シャワーを浴びて、すぐに家を出て、さっき家まで送ったJ01の選手2人と映画館の前で待ち合わせ。

J01チーム一番の愛されキャラの選手が、学校の企画で撮った映画の主人公に抜擢されたと知ったのは2日前。
今日がその映画の試写会だったので、間に合えば見に行こうと決めていました。

17時半から出演者の挨拶、18時から1時間弱の映画上映、と聞いていた私たちは17時50分に待ち合わせをしていたのですが、私が時間に間に合わずに18時を過ぎて到着。
慌てて映画館へ入って、教えてもらった扉を静か〜に開けたらすでに映画は上映中でした。

とりあえず座らなきゃ・・・と空席を探していた私の目に飛び込んできたのは、まさかのいきなりラブシーン。
抱き合う2人の周りをグルグル回るカメラワーク、背後にはヨーヴィクの象徴ともいえるミューサ湖が。
そして、エンディングロールが流れて、映画しゅーーーりょーーーーー。

電気が点いて、学校の先生らしき人が現れて、「今日はどうもありがとう」・・・って。

18時から上映の映画、18時5分に終わっちゃいましたけど??

意味が分からないまま呆然としていたら、周りにはシャロットをはじめ顔見知りがたくさん。

昨日パーティーで会ったばっかりのテアも「あの主人公の男の子、私の弟。。」と恥ずかしそうな顔をして帰っていきました。

どうやら、17時半から挨拶が始まった試写会は予定を繰り上げて17時50分に始まって、映画自体も15分ほどのショートフィルムだったようで。

間違いが誤差の範囲じゃない。

でも、心優しい先生の配慮で、遅れてきた私たちのためにもう一度映画を上映してくれました。
手作りの、いまどきな感じの、でも知ってる子が演技しているからかとっても心がほんわかする映画でした。

無事に映画を観ることができて、主人公だった選手にも声をかけることができて、「良かった。良かった」と満足して駐車場の車に戻ると、フロントガラスに黄色い紙。
まさか・・・と思いながら近づいたら、そのまさか。
世界一、駐禁が高い国ノルウェーでの駐車違反。

日本円で1万円の罰金。

30分も停めてないのに・・・お高い駐車料金になりました。
というよりも、お高い映画鑑賞でした。

でもまぁ、主人公の選手は私が来たことをすごく喜んでくれたし、ラブシーン1回5000円っていうことで・・・いいか。

その後は、キョンの家でご飯をご馳走になって、キョン、ローゲル、トゥーネ、ジモーネと日本から遊びに来てるキョンのお友達と一緒にボーリング&レーザーをしてきました。

ハードな3日間だったのに、駐禁まで切られたのに、すこぶる元気。みなぎるパワー。


やっぱり、ハンドボールの疲れは心地いい。

疲れるよりも、もっともっと沢山のパワーを子どもたちからもらえるからでしょう。

そんなハンドボールとパーティーと映画とゲームな週末。


また明日からハンドボール三昧な日々を楽しみます。

おやすみなさい。

emi_aus_riesa at 10:20|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!

2016年06月07日

価値の証明

先々週、外国人局から滞在ビザ取得の通知が来たので、カード申請のためヨーヴィクの警察署へ行ってきました。
そして、先週の火曜日に滞在ビザ所持の証明となるカードが手元に届きました。

来シーズンの契約書には4月下旬にサインをしていたのですが、滞在ビザが下りるまでは正式に報告できませんでした。

日本を離れて13年目の挑戦となる2016/2017シーズンも引き続きヨーヴィクHKでプレーします。

今まで家族や友人、沢山の方々に支えられてハンドボールを続けてくることができました。
感謝の心を持って精進していきますので、今後とも熱い応援をよろしくお願いいたします。



以前このブログで報告したとおり、ヨーヴィクHKは9月からノルウェー3部リーグ(2.ディヴィション)でシーズンを戦うことになります。

ドイツ3部リーグから始まった挑戦。
長い月日をかけて世界最高峰の舞台へと歩みを進めたその道は、チームの破産を分岐点として再び3部リーグのコートへつながっていました。

積み上げてきたものがある日突然なくなって、再挑戦を決めて渡ったノルウェーの地でも思うように結果が出せない。
無力感や虚無感、行き場のない悔しさなどを味わうこともありました。

3部から2部、1部、そして2部、3部と、戦っているレベルだけで見れば完全に後戻り。
でも、私は日々前進していると思っています。

歩みを止めない限りはチャンスが必ず巡ってくると信じています。


2年前に2部リーグから3部リーグへの降格が決まったとき、将来のことを真剣に考えました。
来る日も来る日も、答えを見つけるために考え続けました。

そんな時、私に光をくれたのは前監督ビュルゲの一言でした。

「オレは2年か3年後に1部リーグへ戻るつもりでいる。それまで選手として若いチームを助けてくれないか。その間コーチとして経験を積んで、ヨーヴィクがトップリーグに返り咲いたらオレをサポートしてほしい」

ハンドボールでの挑戦の「終わり」を常に意識していたから、見えなくなっていた可能性があったということに気がつきました。

あれから2年。

再び3部リーグへの降格というきびしい現実を目の前にした私に迷いはありませんでした。
この町に未知の夢が待っているかもしれない・・・2年前に感じた予感は、今は確信のようになっています。

あの時、あの場所で抱いた決意は、今も変わらず胸の奥で燃えています。

ちょっとやそっとの困難で揺らぐくらいの決意なら、最初からしないほうがいい。

この確信が根拠のあるものだったのか、ただの勘違いか。
固い決意が何かを変えるのか、それともなんの力も持たないのか。

数年後には分かるでしょう。

36才、まだまだ現役。

一日一日を大切にハンドボールを楽しんでいきます。



来シーズンもこれまでと変わらずに1軍チームでプレーヤー兼アシスタントコーチを務めます。
2001年生まれ女子チームの監督は継続、そして新たに2軍チームの監督になることが決まりました。

今回、私がサインした契約書は「コーチ」としてのものでした。

2軍の監督になるから、という理由ではなくて単純に手続き上の問題。
ヨーヴィクに来てからはずっと「プロ選手」として契約書にサインをしていましたが、基本的に「プロ選手はノルウェー1部、ないし2部リーグでプレーする選手に限る」という条件に引っかかるかもしれない・・・という理由からの判断でした。

でも、肩書きがどうかなんてぶっちゃけどうでもいいことです。

ハンドボールをプレーして、ハンドボールを教える。

やることに変わりはないし、ハンドボールを生業にできている、ということにも変わりはないから。


ドイツに渡ってからの数年でよく耳にした言葉がありました。

「ハンドボールで飯を喰いたい」

大きな夢を抱いてドイツへ移籍を決めた若いハンドボーラーたちの言葉でした。

スポーツ番組などでは「右腕一本で稼ぐ」などという表現もよく使われています。

そういう言葉や表現を聞いて自分と照らし合わせても何だかピンと来ない・・・というのが正直なところでした。


私の右手は短めで、速いシュートが繰り出されるわけでも、すごいテクニックシュートが放たれるわけでもありません。
右腕一本で世界トップリーグのコートを渡り歩けるような選手では到底ありません。

幸運だったことにヨーヴィクHKはコーチを必要としていて、私はずっと指導者になることを目指してきました。
コーチという仕事は、プレーするのと同じだけ大きな夢と情熱を私に与えてくれます。

でも、コーチとしてここで結果を残せたかと問われれば、NOと答えるより他ありません。
自分が望む「結果」をいまだに出せたと思っていないからです。


それでも私がチームにとって必要な存在になりえたのは、「価値を高める」ことに真摯に向き合いながら、「価値を証明」するための毎日を過ごしたからでした。


右腕だけで10点取れる選手じゃないのなら、全身を使って地味なプレーにも全力を注ぐ。
普段のトレーニングから若い選手の見本になって、エゴを通しながらもチームのために戦う。

チームをすぐに勝利へ導いて、選手を短期間で見違えるほどに変えられないのなら、日々学ぶ。
片言でも言葉を紡いで、それでも通じないならジェスチャーを使って指導する。
そして周りのコーチやサポーターと協力して選手にとって最善の環境を作り出す。

情熱や想い、ハンドボールの楽しさ、そんな目に見えないけど必ず伝わるものを、全身全霊を込めて一人ひとりに伝える。

私は、一人のスーパープレーヤーとしてでも、一人の敏腕コーチとしてでもなく、「エミ」としてチームにとって必要と言ってもらえたのだと思っています。


先のことは分からない1年契約です。

だからこそ、ここで挑戦を続けるチャンスをくれた全ての人たちに感謝をして、自分のために、チームのために、そしてヨーヴィクでプレーする若いハンドボーラーみんなのために全力を尽くします。

自分を磨いて、恩返しするつもりで毎日を過ごしていきます。

一生懸命。いつか、私が本当に価値あるハンドボーラーとなるために。

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2016年05月30日

スナイパー

DSC01570今週の木曜日は、毎月最終木曜恒例のドイツの集い(Stammtisch)の日でした。

3週間のオフに入る前の最後のトレーニングを終えた足で向かった先月の Stammtisch から、早一ヶ月。

たっぷりあると思っていた時間はいつも通りに過ぎ去りました。


前回の Stammtisch の翌日、金曜日から日曜日まで1999年生まれ女子チームとトロントハイムのトーナメントに参加して、そのまま慌しく2001年生まれ女子チームとドイツへ。
5月4日から10日まで1週間のドイツ滞在も、振り返ればあっという間に過ぎた感だけが残ります。

昨年の今頃、ふと、1週間の休みが取れることに気がついて急遽ドイツ行きを決めた私は、今年はドイツ滞在中に水曜日と金曜日のハンドボールアカデミーの日程さえ組み変えていれば、あと1週間長くドイツにいられたことに気がつきました。

でも、さすがに帰りの飛行機をキャンセルして、責任者として受け持っているアカデミーを他の誰かに任せるわけにもいかないので、残りのオフをノルウェーで思いっきり楽しむことに決めました。

その決意通りの2週間弱と、来シーズンに向けて早くもトレーニングが再開した1週間を今日は写真盛り沢山でご紹介。


5月10日にドイツからノルウェーに帰ってきた私は、翌水曜日のハンドボールアカデミーを終えて、トゥーネの両親が所有する山小屋へ向かいました。
トゥーネのドイツの親友が遊びに来ていて、「2人で山小屋にいるから是非おいで」と誘われていました。

車で1時間半かけて Fagernes へ。
前日から山小屋へ来ていた2人とは、山の麓のお店で待ち合わせをして買い出し。

そこからはトゥーネの車で山道を登っていって、山道の途中の駐車場に車を止めて、小屋まで最後の5キロは徒歩orチャリ。
荷物を抱えて山道を自転車で登る2人を尻目に、身軽な私は一人快走して山小屋へ到着しました。

DSC02198はじめまして、のメルとはすぐに意気投合できました。

トゥーネの親友らしく、サバサバしていて、気が利いて、おもしろい子でした。
語学学校、大学とあわせると8年間も通ったライプツィヒに住んでいるということも、きっとすぐに親しみを覚えた理由の一つだったんだと思っています。

ビールを飲んで、太陽を浴びて、3人以外誰一人としていない山の中の澄み切った空気をめいっぱい吸い込みました。
時間を気にしないでただ自然の中にいる、っていう何気ない時間が、実はすごく特別なものになっていることに、改めて日々の喧騒を振り返りました。

DSC02200沈む夕日。

息を呑む、っていう表現がピッタリの景色でした。

ちなみに、メルとトゥーネがライプツィヒで知り合ったのは、ちょうど10年前だそうで。

だから、10周年記念だね、なんていう話をしているときに、『そういえば、私もトゥーネと大学選抜で一緒にプレーしたの、ちょうど今から10年前だ!!』と話に割り込んだ私。
連絡を直接取ることもなく、お互いの状況も知らない時期が長かったので、薄〜〜〜い10周年だね〜なんて話していました。

ところが、後日もう一度考え直してみたところ、トゥーネとは大学選抜でプレーする前にすでに相手チームのゴールを守るキーパーとして対戦していました。

Naunh-Uchi2証拠写真。

薄〜い交流の上、10周年も誰に気に留められることもなく過ぎてしまっていたようです。



DSC02288日が暮れた後は山小屋に入ってピザを食べて、私が持参したリグレットというカードゲームで盛り上がりました。

リグレットは10枚の手札を早く場に出し切った人が勝ちで、それ以外の人は手持ち札がマイナスの数として計算されるというゲーム。
場に出ているカードはプラスの数として換算されるので、いち早く手札を出し切るとともに、手持ち札とは別のカードの山から少しでも場に自分のカードを出すことが勝利の秘訣です。

スピードと運が勝負の行方を左右する、スピードに似たカードゲームです。

この日は圧勝だった私。
メルは2番手で、トゥーネはビックリするほどのショボさでした。


翌日は昼前まで快眠。

遅めの朝食をとった後は、山道を散策しました。

山には雪がところどころ残っていました。
雪解け水がすごい勢いで川を下っていって、夏には車も通れる道は雪解け水のために地盤が緩くなっていました。

DSC02223DSC02211





山の片方の斜面は白いのに、逆側の斜面は緑色と茶色で不思議な光景でした。

DSC02224散策の途中にアーモンドのような物を発見。

なにかの実かと思ってトゥーネに聞いてみると、「オオジカの糞」とのことでした。

・・・・・

そしたら、まぁ・・・・・


DSC02229やらないわけにはいかないだろう、ということで。

とりあえず、踏ん張ってみました。






DSC02231道なき道を進み、雪に膝上まで足を取られて進んだ山歩き。

頂上まで辿り着いて地平線を眺めたら、一気に疲れも吹き飛びました。


2時間半ほどの散策から戻った後は、とりあえずまたビールを飲んで、トゥーネの手料理を食べて、午後寝。
夕方の18時半とかから「少し昼寝しようかぁ」って誰ともなく言い出して、眠る。

ぐーたら。

20時頃に起きだして射撃対決がスタートしました。
カードゲームみたいな間隔で「射撃しようか」っていうところがノルウェー風。

DSC02252唯一のノルウェー人トゥーネはさすがの腕前で、見た目も様になってるし、見本で打った2発を的に当てるというスナイパーぶり。




DSC02258メルも見た目は完全にスナイパー。

射撃の経験があるらしく、試し撃ちの時点で的を射抜いていました。



DSC02255私はというと、支えるべき箇所に手が届かない、肘が当たらないというハプニング。

単純に手が短すぎるのだと思います。

フランクフルトでスポーツ射撃をしたときは全く的に当てられず、昨年の冬にバイアスロンをしたときにも25発1中という記録を叩き出した過去を持つ私は、射撃の才能がないと自分で決め付けていました。

DSC02256的までこの距離。

この日も的に当てられる気が全くしなかったのですが、トゥーネの分かりやすい説明を受けたあとに的に銃口を向けると、なるほど言ってることはよく分かる。

でも、銃が重くて手が震えてしまって照準を合わせることができませんでした。

「床に伏せて撃つと安定するよ」と薦めてくれたトゥーネの作戦。

DSC02262試してみると・・・





DSC02261オーーーーー!!!!!

な〜〜〜んと、見事命中。



DSC022591順目の0から一変、2順目一気に50ポイントを獲得すると、その後も次々に的を打ち抜いていきました。

思わぬ才能を発見。

射撃って当たるとめっちゃおもしろい。



DSC02282トゥーネとメルも高い確率で的を打ち抜いていましたが、的にしていたビール缶を弾が突き抜けてしまうことが多くて缶が倒れずポイントになりません。



DSC02283気がつけば全員の予想を裏切る結果で、私が見事優勝〜〜〜。

と、なるはずでした。

なのに、当初の予定の4順を終えて「ラストもう1順やろう」という2人の声に押された私のあさはかさ。

「缶を落とすには真ん中じゃなくて上のほうに当てなきゃダメなんだよ」と言った私たちの言葉を受けて最後の6発を撃ったトゥーネは、本当にスナイパーかなと思うほどでした。

一番奥の的まで打ち抜いて、たったの6発で110ポイントを獲得してしまいました。

トゥルネ13。

いける、あの命中率なら。


DSC02270綺麗な夕日がもの悲しく目に映る。

勝負、最後まで決着したと思うなかれ。




DSC02284結局、射撃対決はトゥーネがノルウェー人の意地を見せて逆転勝利を飾りました。





小屋に戻ってからは再びリグレット。

その頃には、私の負けず嫌いをはっきりと悟ったメル。

「私は別に勝てなくてもいい」と言ったトゥーネに対して、メルの口からは「私も普段は負けてもどうとも思わないけど、エミにだけは勝たせたくない」という衝撃の発言が。

その後も、なにかにつけては「ズルしてるでしょ」という因縁をつけられました。
知り合って2日目にしてこのライバル心。

こうして、私に対して尋常でない勝負への執念を発揮したメルが、射撃優勝のトゥーネ、前夜リグレット王者の私を抑えてこの夜の総合優勝を果たしました。


金曜日は早めに起きて朝食。

その後に山小屋の掃除をして帰路に着きました。

DSC02298帰りの山道、ノルウェーを代表する動物オオジカの親子を発見。

トゥーネとメルは山小屋に来た日、私と待ち合わせた日の2度ともこのカーブでオオジカ親子を見かけていて、どうやらそこに住んでいるようでした。

私はノルウェー在住3年目で、2度目となるオオジカとの遭遇でした。


家に帰って着替えて、金曜日のハンドボールアカデミーへ。

DSC02300ハンドボールアカデミーを終えて家でご飯を食べていたら、トゥーネとメルに呼び出されてまさかの三夜連続リグレット。

この夜はスピードスターの意地を見せて、私が栄冠を奪取しました。



翌土曜日は午前中ゆっくりして、午後からはエリンとウエイトトレーニング。

夕方には、トゥーネ、メル、ジモーネと一緒に、ハンガリー人のアンドレアとジルビアの家に遊びに行きました。
この日はヨーロッパ各国を代表する歌手が集って優勝を争うユーロビジョンの決勝。

アンドレアの絶品手料理をいただいた後は、6人で誰が優勝するかを予想して盛り上がりました。

ユーロビジョンの後に始まったのは、トレーニングを再開したいトゥーネとオフで体がなまってきていた私のウエイトトレーニング。
私をハイクリーンしようとしたトゥーネの試み、トゥーネを担いでフルスクワットしようとした私の挑戦はあっさり失敗に終わりました。

騒いで笑って汗かいて、少し落ち着いて「ゲームしよう!!」と提案した私たちにジルビアが持ってきたのは、懐かしのジェンガ。

DSC02315日本にいた頃、よくやっていました。

ず〜〜っと前のある大会で、午後から試合があった日に朝食後に猛烈に眠くなって、でも先輩から眠っちゃいけないと言われていたので友達とジェンガをしながら睡魔をしのいでいたら、部屋に入ってきた先輩に「試合前に遊ぶなっ」と怒られたことが懐かしく思い出されます。

そのジェンガ、この日の夜は4人で始めたはずなのに気付けばメルとの一騎打ちになっていました。
すぐにガラガラとジェンガを崩す他のメンバーはどんどん抜けていって、最後は私にだけは負けたくないメルと、ジェンガでは絶対負けられない私のプライドをかけた勝負。

メル・・・普段は負けず嫌いじゃないって言ってたけど・・・嘘だと思う。

真剣そのものの眼差しで、そ〜〜〜っとジェンガを積み重ねていく2人と、そんな2人のジェンガが終わるのを眠そうに待つ4人。

これを取られたらきびしいと思っていたところで、メルがジェンガを崩しました。

負けられない性格って疲れる・・・と思った数日間でした。

DSC02316とっても楽しい週末を過ごしたみんなと集合写真。






DSC02317月曜日はお昼にキョン、マリ、リサ、スティーネと待ち合わせてビーチバレー。

キョン・エミvsマリ・リサ・スティーネは2対3の数的不利にも関わらず、キョン・エミチームが3戦3勝。
ビーチバレーをしてても、楽しくというよりも勝つためのプレーをしている自分に気がつきました。
スティーネが帰ってから飛び入り参加したホーコンを加えてチーム変えをしても負けなし。

ビバ負けず嫌い。

ボールがバレーコート横のプールに落ちるたび、なぜか一番足が短い私が拾いに入水する羽目になって短パンびしょびしょ。
たまにはハンドボールから離れて運動するのもいいもんだ〜と思った昼のひとときでした。


午後はシャロットの家でBBQ。
シャロットは私以外にもエリン一家、エリン・ルンデ一家を招待していました。

シャロットの娘は長女のイダがJ99、次女のリサがJ01、三女のエレンはハンドボールアカデミーにいて、3人ともハンドボールを教えています。
エリンの家の双子はJ99とG99で監督、コーチとして2シーズン関わっていました。
エリン・ルンデの娘もJ99のマリエ、J01のミナと2人とも私のチームです。

シャロットとエリンは個人的に仲も良くて、なんだか縁を感じる3家族です。


夜からは元チームメイトのジャネットの家に遊びに行きました。
ジャネットのお母さんの誕生日を一緒にお祝いして、この日はジャネットの家にお泊り。

DSC02328翌5月17日は、ノルウェーの憲法記念日でした。

ジャネットと旦那さんのマルティン、ジャネットのお父さんとお母さん、ジャネットの子どものマルクスとルーカスと一緒にレナの町の広場まで行って、パレードに参加してきました。

5月17日はノルウェーの人たちにとってはとても大切な日。

子どもたちは学校ごとにパレードに参加して、大人たちはそのパレードを見守って、みんな口々に「おめでとう」と言い合います。
デンマーク、スウェーデンに支配されていた時期が長かったノルウェー、そのノルウェーの人々は、1814年5月17日にノルウェー憲法ができた日を国をあげて祝福します。

この日に向けて高校3年生の生徒たちは高校卒業(正確に言うと高校卒業を控えているだけなので卒業前提)を盛大に祝います。
5月17日はその総決算ともいうべき日で、派手なバスに乗って最後となるパレードに参加します。

DSC02329レナはヨーヴィクの隣町で農業の盛んな町。

トラクターがバスを牽引してパレードする光景はレナならでは。




DSC02334パレードが終わってからも、太陽の下アイスを食べて、家に帰ってケーキを食べて、子どもたちと遊んで、これぞまさに5月17日という一日を過ごしました。







20160517_192637子どもたちが眠ってからはジャネットと山登りへ。

1年前にプルーシィ、シュレークと遭難した懐かしの山の隣の山へ、犬2匹を引き連れて登山してきました。

駐車場に着いてジャネットから渡されたのは黒い毛並みが綺麗な猟犬ドゥッフェンとロープ。

どうやらロープを腰に巻いてドゥッフェンと一緒に行動しろ、ということらしいのですが・・・。

一日家にいてやっと外に出られてテンションMAXの猟犬のパワーを見くびっちゃいけない。

走り出すドゥッフェンを足腰に力を入れて抑えながら足場の悪い山道を登っていく・・・トレーニングだ、こりゃ。

ジャネットはドゥッフェンよりさらにパワーのあるディーゼルのロープを腰に巻いて、笑顔で山を登っていきました。
そりゃ、ハンドボールしてても誰より強かったわけだわ・・・。

20160517_200538頂上で記念撮影。

当然、登りよりも辛い下り。
一歩一歩踏みしめながら下山しました。

自然児のジャネットと屋外に行くときは、心してかかれ。
改めて実感。

5月17日をお祝いして、自然を満喫できて大満足の一日でした。


翌水曜日はアカデミーのあとにランニングして、夜からは1軍と2軍のコーチが集まってミーティングでした。
20時に始まったミーティングが終わったのは0時。
有意義なミーティングになりました。


DSC02337金曜日にはヨーヴィクでハンドボールをプレーする13才以下の選手たちのシーズンの打ち上げ。

体育館がディスコに早変わり。

みんな楽しそうに踊って、お菓子を食べたり、シュートを打ったり。

最後は1軍の選手からメダルをもらっていました。
子どもたちの笑顔が印象的な催しでした。

その後はシャロットの家でご飯&ビール。
2001年生まれ女子チームの来季の計画を立てるという名目でおしゃべりしてきました。


13275341_953775588053798_652714556_o翌土曜日はヨーヴィクHKのスポンサーでもあるショッピングモール、CCヨーヴィクが主催する「CCランニング」に参加してきました。
こういうスポンサーが企画運営をしている行事に参加することは、とても大事なことだと思っています。

参加者を募ったら私以外に、マリ、マリ、キョン、ノラ、イングヴィルが参加してくれました。

みんなでゆっくり走ろうねって言ってたのに、負けず嫌いに火が点いたかラストスパートをかけだす選手たち。
私は後ろの方で一人取り残されてるイングヴィルを待って一緒に走ることにしたのですが、そんな優しさをスルーするかのようにラストスパートで私を振り切ったイングヴィル。

だな。

勝負に情けは必要ねーぜよ。

来年はみんなで一緒になんて言わないで優勝目指してダッシュしようかと思案中です。

その後はキョンとローゲルの家にお邪魔してBBQ。

ノルウェーでの12日間のオフをめいっぱい楽しみました。


そして、今週の月曜日から再開したトレーニング。

月曜はウエイトトレーニング、火曜が体育館練習、水曜はインターバルで、木曜に体育館練習。
金曜日にウエイトをして、土曜はインターバル走でした。

月曜日の2001年生まれのトレーニングで、ゴムチューブをつけて40秒間走る選手を後ろから引っ張るっていう補助を15セットした私。
その後に自分のウエイトトレーニングをしたら太ももが大変なことになりました。

オフ明けの1週間、筋肉痛との闘いでした。


昨日はインターバルの後に1999年生まれの男女チームとビーチハンドのトレーニング。
男子の人数が少なかったので、一緒に練習してきました。

足はめちゃくちゃ重かったけど、久しぶりのビーチハンドはおもしろかったです。

夕方からはまたキョンとローゲルの家にお邪魔して、トゥーネとジモーネも来てBBQ。
チャンピオンズリーグの準決勝第2試合、THWキール対ヴェスプレムの試合を観戦して、マリオカートして、充実の時間を過ごしました。


今日はチャンピオンズリーグの3位決定戦と決勝を観戦。

昨日、ハーフタイム3点のビハインドをひっくり返して決勝へ駒を進めたヴェスプレムは、攻守ともに歯車ががっちりかみ合った試合展開で44分には9点差のリードを奪いますがそこから大失速。

解説者がすでに試合終了したかのようなコメントをしていた45分過ぎから4連取に成功して、5点差、さらに4点差、3点差と点差を縮めていったキエルツェが目に見えない力を手に入れたかのようなプレーでラスト3秒、力ずくのスーパーシュートで同点に追いつくと、延長後半にも1点ビハインドで一人退場者を出した最大のピンチを乗り切って再逆転。

延長ラスト数秒で今度はヴェスプレムが同点に追いついて7mスローコンテストに勝負の行方が託された決勝は、キエルツェの優勝で幕を閉じました。

ハンドボールは試合終了までなにが起こるか分からない。

手に汗握る熱戦でした。



そんな私の3週間を振り返る長〜〜〜いブログの最後は、最初に戻って今週の木曜日のドイツの集いのこと。

ヨーヴィクに移籍してきた私を、トゥーネがドイツの集いに初めて連れて行ってくれたのは2013年の9月か10月。
早いもので3年近くが経とうとしています。

集まるメンバーの人数は3人から12人程度と月によって大きく異なりますが、たま〜の例外を除きいつも必ずいるのがヴォルフガングとハインツ。
バイエルン州出身の陽気なおじさまたちは、私のことを気にかけてくれて、ハンドボールの試合にも幾度となく足を運んでくれていました。

新しいメンバーが来たりすると「エミがハンドボールコートでどれだけ早くて巧いのか」を説明したりしてくれました。
少し照れくさい思いをしながら、でもそうやって応援してくれる気持ちが嬉しくて、毎月ドイツの集いは私の楽しみになっていました。

ところが、ハインツが今年の夏にヨーヴィクから3時間ほどのTronsbergという町へ引っ越してしまうことになったのです。

ドイツに渡った2004年以降、自分が移籍して引っ越すこともあって、出逢いと別れがセットのような生活を送っていたのだけれど、ヨーヴィクにいる間はヴォルフガングとハインツに毎月会えるということは変わらない、となんとなくそんな気がしていました。

引っ越してもハインツが遊びに来ることもあるだろうし、ヴォルフガングと一緒にハインツの新居に遊びに行くこともできるけど・・・数年先を予定していた引越しが急に早まったことを聞いて、寂しい気持ちに襲われました。

やっぱり、出逢いと別れはセット。

でも、きっと再会もセットなんだと思います。

慣れ親しんだドイツを離れてノルウェーにやってきた私を、ハンドボーラーとして全力で応援してくれたハインツ。

本当にありがとう!!!!!

emi_aus_riesa at 08:55|PermalinkComments(6)TrackBack(0)clip!

2016年05月04日

恒例となった出発前夜の夜更かし

4月10日のシーズン最終戦から早いもので3週間が経ちました。

慌しく毎日を送っているうちに、あっという間に過ぎたという気がしています。


その間に、熊本地震が起きました。

犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

被災された方々、現在も不自由な暮らしをされている方々に穏やかな日々が戻るよう祈るとともに、被災地の一日も早い復興を願います。

練習やミーティングの合間をぬって情報を集めながら、自分が日本から遠いところにいると改めて実感しました。

遠くに住んでるから何もできない、とは言えません。
きっと海外に住んでいても何かできるはずだし、行動を起こしている人もいると思うから。

でも、日々の暮らしに追われていると状況すら把握できないことに、焦燥感に似た感情が沸いてきました。

想うだけでは何の力にもなれないけれど・・・いつかなんらかの形で私にできることを見つけたいと思っています。


今年はシーズン終了後にもトレーニングが続きました。

1軍チームの中にU18の全国リーグに出場している選手が何人かいて、その試合が4月の3週目にあったことが理由なのですが、長いシーズン、さらに3部リーグへの降格という結果に終わった後だっただけに、個人的に気持ちを奮い起こすことが難しい日々でした。

それでも、ヨーヴィクは初参戦となったU18の全国リーグを納得できる順位で終えて、クラブの未来は明るいと思わせてくれました。

さらに、日本での国民体育大会の位置づけにあたる州選抜大会の選抜チームにヨーヴィクから1998年生まれ、1999年生まれの9人が選ばれ、ヨーヴィクが所属のインランド選抜が見事全国優勝を飾りました。

その最高の結果とともに、1軍チーム、2軍チームは先週でトレーニングを終えて3週間のオフに入りました。


私は自分のトレーニングに加えて、コーチとしてのトレーニングもあったので、この3週間はシーズン中となんら変わらず毎日トレーニングのハシゴ。

2001年生まれ女子チームのシーズン順位決定戦、1999年生まれ男子チームのカップ戦、1999年生まれ女子チームのカップ戦、そして州選抜全国大会の決勝を観戦と、週末もがっつりハンドボールの予定で埋まっていました。

加えて各チームのミーティングが7回。
チームフロントとの個人的な話し合いを入れたら数え切れないほどの時間を費やしました。

メールでの連絡や電話での確認。とにかく考えなければいけないことが沢山あった3週間でした。



DSC016224月9日は2001年生まれ女子チームのシーズン順位決定戦。

残念ながら4位でU14・2部リーグのシーズンを終えましたが、確実に成長が見られた一年でした。



DSC01625U14のカテゴリーの大会が全て終了したので、その翌週からは2号ボールと松やにを使用してのトレーニングがスタート。

松やにを興味津々に見つめて、恐る恐る手につけてみる子どもたち。

「エミ〜。どれくらいつければいいの〜??」とか。

「あ〜〜〜!!髪の毛がついた、取って、取って!!」とか。

かわいらしい。

一人だけ私より背が低い選手がいる以外は、全員はるかに私より高い身長なのですが、なんだかとっても幼く見えました。

U14に上がったばかりのこの子達を受け持つことになった2年前。

時間が経つのは本当に早いな〜としみじみ思いながら、子どもたちの成長を間近で見られることに幸せを感じた瞬間でした。


DSC01652その1週間後には1999年生まれ男子チームがミョーサ湖をはさんだエルベルムという町の Yngres Cup というカップ戦で見事優勝。

このチームも2年以上見てきているので、愛着が沸きまくっています。

チーム名としては1999年生まれとしているものの、実際は1998年生まれから2001年生まれまで4学年から構成されたこのチーム。
シーズンを4位と素晴らしい結果で終えて、カップ戦も優勝しましたが、残念ながら来シーズンはみんなバラバラの道を歩むことになりそうです。

U18のチームを登録するだけの人数がいないので、数人はすでに隣町のTotenに移籍を決めています。

このチームで最後のハンドボールの大会となったこの日。

ヨーヴィクG99チームに携わることができて良かったと心から思いました。


DSC01775先週末は1999年生まれ女子チームと、トロントハイムで行なわれた Trondheim Cup に参加してきました。

金曜日から日曜日まで、電車でトロントハイムに行って、学校の教室にみんなで宿泊した3日間。

グループリーグの初戦で全国リーグ5位の強豪に善戦するも最後は5点差で負け。
その後の2試合を1勝1分として、準々決勝へ駒を進めました。

日曜日の準々決勝ではいいプレーも見られましたが、今シーズン課題だった安定感に欠けて勝つことはできませんでした。

でも、試合後に涙する選手の姿を見て、これからもっと伸びていくという確信を持ちました。

ハンドボール以外では選手みんな仲良く過ごして、最高の週末になりました。



家でゆっくり眠れるという喜びもつかの間、明日から2001年生まれ女子チームとドイツへ旅立ちます。

1年前にヨーヴィクに来てくれた Roedertalbienen。

今年は私たちが会いに行ってきます。

「ハンドボールに国境なし」というモットーで始まったノルウェーとドイツのハンドボーラーたちの交流。

子どもたちにとって忘れることのできない、素晴らしい4日間になるでしょう。

そんな贈り物ができることに感謝。

めいっぱい楽しんできます!!!!!



出発まで2時間半を切りました。

いい加減、荷造りを始めたいと思います。

今回こそは早めに準備して、睡眠をしっかりとってドイツに行くはずだったのにな〜。

いつまでたっても学びのない私です。

emi_aus_riesa at 09:10|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!