2017年06月23日

ハンドボールに国境なし〜友情編・パート3〜

DSC02085ドイツ滞在のハイライトとなった5月6日の金曜日。

この日は、ヨーヴィクの選手たちが一番楽しみにしていたドレスデン観光の日でした。
いや、正確に言うと、何よりも心待ちにしていたのは観光よりもショッピングの方でした。


「ショッピング」「ショッピング」とうるさい年頃の女の子たちを乗せた車がドレスデンの市街地に到着。
歩いて数分で目の前に広がったエルベ河と古都ドレスデンの景色に、さすがの年頃女子も大興奮の様子でした。
写真撮影を一通り終えて向かった先は、ドレスデンの代名詞と言っても過言ではないフラウエン教会(聖母教会)。

DSC02017ブリュールのテラスから眺める通りと、その先に堂々とそびえ立つフラウエン教会。

この場所からの写真を春夏秋冬、今までに何十枚撮ってきたかな・・・。

ドレスデンの歴史はとっても興味深いのだけど、長くなるのでここでは割愛します。
歴史。風景。文化。全てにおいて素晴らしい街なので、一度は訪れてもらいたい場所です。

夏のさわやかなドレスデンも、中世の雰囲気が漂う冬のクリスマスマーケットも、多くの人を魅了して続けています。


DSC02020歴史と文化を学びながら、次々と現れる壮大な景色や歴史的建造物に感動する選手たち。

みんながドレスデンを、ドイツを好きになっていくのが伝わってきました。

こういう経験ができたことも、ドイツへ来た大きな意味の一つだと思っています。


DSC02021フラウエン教会の塔の上からの景色。







DSC02026フラウエン教会から、2万4千枚以上のマイセン磁器タイルを用いて作られた「ドレスデン君主の行列」の壁画を見て、「カトリック教会」、「州立歌劇場」を見て回って、「ツヴィンガー宮殿」に着いた時には、時刻は正午に近づいていました。

10時にドレスデンに着いてから、ギュッと中身の詰まった2時間でしたが、誰かが「ショッピングの時間がなくなる・・・」とつぶやいたのを皮切りに、観光そっちのけでソワソワし始める選手たち。

こういうところも普段の練習では見られない姿なので、「子ども」なんて言っていたこの子たちが、すっかり「女の子」に変わってきたんだなぁ・・・としみじみしてしまいました。


DSC02040たくさんのお店で賑わっているアルトマルクトガラリーの前まで来て、どこにどんなお店があるのかの説明を聞いている間は、もうゲートから今か今かとスタートを待ちわびる競走馬のようでした。

「じゃあ、14時にここで集合」っていう言葉を言い終えるか否かのタイミングで、ノルウェー人御一行様は姿を消しました。

歩くのはけっこう早い私が本当に一瞬で捲かれたほど、小走りにいなくなっていったみんなの最初の目的は、Bonprix とかいう激安洋服店。
洋服、靴、アクセサリーを驚きの安さで提供するこのお店は、私は全然知らなかったんだけど、ヨーロッパの限られた大都市にしかないようで、やっと見つけた選手たちが必死に洋服を物色する横で、テンションマックスのかーちゃんズも一緒にショッピングを楽しんでいました。

思わずツボにはまった光景でした。

それ以外にもノルウェーにはない若者に大人気のお店がいくつかあって、大人も子どもも大興奮の怒涛の2時間でした。

Bonprix の混雑具合と両手いっぱいに試着品を持って右往左往するみんなの姿に、早々に戦意喪失した私はゲラに電話をしてカフェで待ち合わせ。
のんびりお茶をしながら、集合時間までおしゃべりをしていました。


集合時間に間に合わない選手たちが続出する中、みんながみんなデッカイ紙袋を2個も3個も抱えて、全力を出し切った表情で待ち合わせ場所に現われるのを、ただただ苦笑いで待つ私とドイツのホスト。

いや〜。

ショッピングって戦いなんですね。


ショッピングの戦利品の話で盛り上がりながら Grossroehrsdorf に戻った私たちは、お昼ご飯を食べて、体育館へ移動しました。

この日は1年越しに Roedertalbienen との交流試合が組まれていました。
選手たちの成長を見ることができる貴重な機会でした。


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この日から1年前、ゲラとコーチとして対戦できたことに心から感動したことを、はっきりと覚えています。

冗談のようなアイデアが実現して、縁がつながって、ドイツの若いハンドボーラーがノルウェーへやってきてくれました。

ドイツとノルウェーの選手たちの心温まる交流。
それを支えるコーチや両親の限りない愛。

そんな日々を企画できたこと、優しさと笑顔に溢れた空間にいられたこと。
私の宝物になりました。

あの時の約束を果たして、今度は私たちがドイツへやって来られたことに、感謝の気持ちしか湧いてきません。

1年前と同じように、感慨深い一試合になりました。


DSC02071プレーの面ではまだまだ差はあったものの、気持ちの面で大きく成長したヨーヴィクの選手たちは、堂々と試合をしていました。

楽しそうに、力強く。

もう「エミ〜、ドイツの選手たちがユニフォーム引っ張ってくるんだけどぉ。どうしたらいいの〜」って泣き出しそうになる子はいません。


DSC02074前半に大健闘して、後半立ち上がりで追い上げたヨーヴィクは、後半5分、ついに10−11と1点差まで詰め寄りました。

長期の怪我で試合に出場できず、私から写真撮影係を任されたミナ・ソフィエとミナは、ベンチにいる選手たちと大興奮。

「1点差だよ!1点差だよ!あの Roedertalbienen に1点差だよ!!」

そんなことを口にしながら、証拠写真をパシャ。


その直後に同点打を決めたヨーヴィク。

「あ〜!!同点。同点。ついに同点!!早く。早く。写真。写真〜」

どんだけ弱小チームなんだって、コーチとして責任を感じざるをえないベンチの大興奮ぶりに苦笑い。

そして、ミナが慌てて撮影した写真がこちら。


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焦りすぎてピンボケ。




・・・・・え?

試合結果?


同点に追いついたくらいでこんなに慌てちゃうチームじゃ、まだまだ修行が足りません。

逆転に成功することなく、最後は8点差くらいまで離されて負けてしまいました。

でも、2015年から大きく成長を感じた試合でもありました。


DSC02079この試合には、レア、ザビーネ、フランク、オリバーが応援に来てくれました。

試合を観戦して、その後の買い出しに付き合ってくれて、学校の前で10分ほどおしゃべりをしただけ。
それでも、一目会いに来てくれるレア家族の存在がどれだけ大きなものかを、改めて感じた瞬間でした。

別れ際、たくさんのおみやげとともに渡された愛飲ビール Radeberger 6缶2ケース。

私、みんなからどんだけ酒飲みって思われてるんだろう・・・。
そして、会う人、会う人から酒をプレゼントされるコーチを、選手たちはどう思うんだろう・・・。


レア家族を見送って校庭へ入ると、ヨーヴィクの選手たち、お母さんたち、Roedertalbienen の選手たち、コーチ、家族がバーベキューで盛り上がっていました。

ドイツ、ノルウェー、ごちゃまぜになって、英語やドイツ語で会話する選手たち。

楽しそうな笑い声があちこちから聞こえてきました。


DSC02080食事の後は、ヨーヴィクのチームで一番積極的に Roedertalbienen の選手たちと交流していたミアが、英語でお礼のスピーチ。

感謝の気持ちを込めて、みんなの思いをしっかりと伝えていました。


DSC02082ハイタッチでお別れをするみんなの表情は、とてもさわやかでした。





日が暮れてからも、ずっと話し続ける選手たち。

そんな選手たちの姿を横目に見ながら、私はシュテフェンやゲラ、ハイコ、アンドレ、ウテとあっという間に過ぎた4日間を振り返っていました。


DSC02086一生続く信頼関係を築けたシュテフェン。

この人がいなかったら、私はドイツへ行くことも、今ノルウェーに住んでいることもなかったはずです。



DSC02089元気いっぱい笑顔いっぱいで、いつも場を和ましてくれるハイコ。

2015年の交流以降、フェースブックで近況報告をしてくれたり、ヨーヴィクの選手たちの誕生日にメッセージをくれたり、最高のサポーターです。


DSC02091エマのお母さんのウテ。

今回は、バスの予約から宿泊場所の手配まで、とってもお世話になりました。

優しくて、気が利いて、笑顔の素敵なお母さん。


DSC02092コーチのアンドレと奥さんのジモーネ。

2015年には、みんなの食事を作ってノルウェー滞在を陰で支えてくれたジモーネ。

コーチのアンドレとは2015年も2016年も、熱くハンドボールについて語り明かしました。
宿泊した学校の近所に住んでいて、大型バイクを乗り回すダンディー・アンドレとは、この日も夜が更けるまで語り合いました。


DSC02088この4日間を凝縮したかのような一枚。

ミナ・ソフィエは前日のドイツ人宅への訪問が、本当に楽しかったと私やエレンに報告してくれて、この日もずっとドイツのお友達と話していました。


笑い声の絶えない。でも、別れの寂しさが胸を締め付ける最後の夜でした。



DSC02099翌朝。選手たちにドイツのおいしい焼きたてパンを食べてもらいたいと思った私は、トコトコとスーパーへ買い出しに出かけました。

キッチンに並んだ種類豊富なパンを、選手たちは喜んでくれました。


DSC02102最後の朝ご飯。

食事を終えた後は、全員で手分けをして使った教室を丁寧に掃除しました。



DSC02103わざわざ見送りに来てくれたドイツの選手も何人かいました。

出発まで時間があったので、仲良くおしゃべり。

住む国は違っても、話す言葉は違っても、同年代のハンドボーラーという共通点だけでこんなにすぐ打ち解けられるんだなぁ、と感心しました。


DSC02104見送りに来てくれたみんなとお別れの時。

1年前のように「またね」の約束がないこの別れは、優しさと寂しさに満ちていました。



DSC02111ドレスデンのバス乗り場まで送ってくれたシュテフェン、ゲラ、ハイコと最後に記念撮影。

もう、なにに感謝したらいいのか分からないくらい。

出会えたことに。
ドイツでの日々に。
国際交流のきっかけをくれたことに。
そして、ヨーヴィクを訪れて、今度は私たちを迎えてくれたことに。

ありがとう。


バスが来るまでの待ち時間、「帰りたくない」と涙する選手がいました。

そんなきれいな涙を見ながら、「本当にこの子たちとドイツへ来てよかった」という思いが溢れました。
同時に「本気で望むなら、いつかきっとまたこの子たちをここへ連れてきてあげよう」と決めました。


「エミ、私たちをドイツへ連れていってくれてありがとう」

「帰りたくない」

「またドイツへ来たい」



1年前にノルウェーで芽生えた友情は、ここドイツで確実に大きく育ちました。

全く接点のなかったヨーヴィクと Roedertalbienen、ノルウェーとドイツのハンドボーラーが、不思議な縁で出会って、一緒に過ごした1年越しの8日間。


友情の素晴らしさを教えてくれた、人生の宝物になるような経験をさせてくれた全ての人たちに、心からの感謝を込めて。


『ありがとう』





今日は、ヨーヴィク2001年生まれ女子チームの選手たちの中学校の卒業式でした。

私があの子たちに出会ったのは、中学校に入学してからすぐのこと。
3年間、コーチとして一緒に成長してきました。

いつの日か、あの子たちが中学校生活を振り返ったとき、ハンドボールが思い出の中にあって、懐かしく思い出されることを願います。

そして、ドイツの友達との交流がいつまでも、いつまでもみんなの心に刻まれますように。


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卒業おめでとう。

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2017年06月22日

ハンドボールに国境なし〜友情編・パート2〜

DSC01861ドイツ滞在2日目は聖霊降臨祭の休日。

ドイツ国内では「Maennertag−男性の日」で親しまれていて、男の人たちが自転車のカゴやリュックサックにお酒をたくさん詰め込んで町中や川沿いの道を爆走する、という素敵な日です。

私がドイツに住んでいた頃は「男女平等の日」と勝手に銘打って、95%を占める男性チャリンカーに負けじと、友達と一緒に楽しくエルベ河沿いの道をサイクリングしたことが懐かしく思い出されます。


この日は朝食を学校で食べた後、Grossroehrsdorf から南へ20キロほどの Festung Koenigstein に遠足へ行きました。

Festung Koenigstein (ケーニッヒシュタイン要塞)は、ドレスデンからチェコの国境へ向かう途中に現われる壮大なザクセンスイスにそびえるヨーロッパ最大の自然要塞で、初めて書物に記録されたのは1233年という歴史のある人気観光スポットです。


DSC01863休日のこの日は渋滞に巻き込まれて1時間ほどのドライブになりましたが、ヨーヴィクで仲良くなったシュテフェンとアネットの車で楽しくおしゃべりをしていたら、時間が経つのも忘れました。





DSC01865駐車場から要塞までは緩やかな上り坂を歩いていきます。

楽しそうな笑顔の選手たち。

この日は Roedertalbienen の選手もたくさん来てくれました。



DSC01867個人的に大好きな一枚。

2000年生まれがほとんどの Roedertalbienen のU16チームにあって、2001年生まれでレギュラーとして存在感を示していたサウスポーのエマ。
そのエマが、歩くのが嫌になっちゃった甘えん坊の弟をおんぶしてあげていたのが、とっても微笑ましい光景でした。



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要塞の麓まで来てグループ写真。


DSC01884歴史やスケールに圧倒されながら門を入ると、そこは天空の城のような緑あふれる空間でした。

大きな木に抱きついて、『写真撮って〜』って選手に頼んだ私のもとへ走ってきて同じポーズをするエマの弟。

かわいすぎる。


DSC01890そして、要塞の上から見るエルベ河とザクセンスイスのこの絶景。






DSC01896天気も最高!!






DSC01892覗いちゃうよね。間違いなく。








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手当たり次第、集合写真。

THEツーリスト。


DSC01921大きな要塞を一周した後は休憩タイム。

選手たちは持参したサンドイッチを木陰や太陽の元、楽しそうにおしゃべりしながら食べていました。

私はシュテフェンやゲラと一緒にレストランで食事。

ヨーヴィクのかーちゃんズに了承を得て一杯。

あ〜最高。


DSC01922集合時間に遅れそうになりながら、一年前もいろんなポーズで遊んだアネットと一年越しのツーショット。







DSC01925要塞から駐車場まで下りてから、横にあった林のアスレチックで遊びました。

ジップ・ラインって言うのかな?
木と木を一本のロープでつないでいって、そこに命綱をかけて、いろんなコースを回っていくというもの。

確か6コースくらいあって、2時間めいっぱい楽しみました。


DSC01928身長制限をクリアしてこの笑顔。

ピース。







DSC01931早く始めたいオーラ全開の選手、ビビッてる選手。

十人十色でおもしろい。




DSC01957出発進行。








DSC01958ロープにぶら下がって一気に木と木の間を滑り降りる、というものもあって、命綱がつながってるって分かっていても高所恐怖症の人にはきびしいかも。






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DSC01973楽しむ選手たちに紛れて、一番はしゃぐ36才。

いかに美しく飛んで、いかにダイナミックに滑り降りて、いかに速く木々の間を渡るか。

たかがジップ・ライン。されどジップ・ライン。



DSC01987ウンコ座りのまま絶妙なバランスになって、このまま動けなくなるミナ。





DSC02001興味深かったのは、はしゃぐ子、果敢に攻める子、ビビり倒す子。
普段のイメージと高さ10mの世界が全く違ったっていうこと。

ハンドボールコートではチーム一番って言っても過言でないほど慎重で、チームプレーに徹するアンネが、この日は誰より果敢でした。


DSC02007めいっぱい絶景を楽しんで、時間いっぱい遊んだ私たちはケーニッヒ要塞を後にして、学校へ帰宅しました。

さすがに子供たちも疲れてるだろうな・・・と思っていたのに、かーちゃんズが夕食を作ってくれている間、砂場で遊ぶ数人の姿が。

エナジー底なし。


DSC02013夕食の時間帯に学校へ遊びに来た Roedertalbienen の選手4人とヨーヴィクの選手3人。

若者が大好きなテレビ番組・・・なんだったかなぁ・・・「Germanys next topmodel」だったかな。
それを誰かの家で観ようというお誘いでした。

ご飯を食べてまったりしてしまったヨーヴィクの選手たちのほとんどが、学校でおしゃべりをすることを選んだのですが、好奇心旺盛でフレンドリーなミア、ミナ・ソフィエ、エマ(写真後列左から)が Roedertalbienen の選手のお宅に遊びに行く、と決めて、7人仲良く校門を出ていきました。


私?

私は、シュテフェン、ゲラ、アンドレ、シュテフェン、アネットと校庭で乾杯。

2日目の夕方にして初めてゆっくりシュテフェンやゲラと話す時間ができて、近況報告、お互いのチームの一年間、今のチームやクラブの状況、そして一年前のノルウェー旅行の話で盛り上がりました。

懐かしい時間が夕焼けに照らされて流れていきました。


前日、私にビール1ケースを持ってきてくれたシュテフェン。
それと同時に、ウテがヨーヴィクのお母さんたちにワインを2本プレゼントしてくれました。

そのワインを渡そうとした私にかーちゃんズは、「いいよ。いいよ。私たち飲まないから。エミが飲むか、持って帰るかしてちょうだい」と、手をつけようとさえしませんでした。
なので、初日の飲酒は私も自粛。


2日目のこの日、校庭で堂々とビール瓶を片手に笑い声をあげるドイツの友人と話しながら、選手たちの目を気にしていた私も「ここはドイツだから」ということでボジョレ Radeberger 解禁。

いろんな意味でドイツな時間を過ごしました。


よく聞かれる質問で、「ドイツとノルウェーどっちが好き?」というものがあります。

答えは『どちらの国も大好きだけど、合っているのはドイツかな』と決まっています。

いや、酒じゃないよ。

酒じゃないけど、アクティブに行動したり、お酒を嗜んだり、細かいことを気にしないで楽しもうぜっていうメンタリティとか文化とかが、どちらかといえばドイツ向きかなっていうことで・・・。

・・・・・

・・・・・

もういーや。酒がうまいぜ。ドイツ!!


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懐かしいザクセンスイスの景色に再会して、ジップ・ラインをめいっぱい楽しんで、Roedertalbienen の選手たちの笑顔に出会って、ヨーヴィクの選手たちの意外な一面を知って、ドイツの友人と幸せな時間を過ごした。

そんなドイツ滞在2日目。

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2017年06月21日

ハンドボールに国境なし〜友情編・パート1〜

DSC01778一年の時を経て、ついにドイツの友達との約束を果たす日がやってきました。

2016年5月4日。

ヨーヴィク2001年生まれ女子チームの選手たちは水曜日の学校を休んで、3泊4日の日程でドイツへと旅立ちました。


前年の Roedertalbienen は、ドイツから大型バスで遠路はるばる23時間をかけてヨーヴィクへやって来てくれました。
ヨーヴィクのチームで話し合いになったときは、満場一致で空路に決定。
滞在中の食費などを考えても、比較的物価の安いドイツで全てを購入した方がいい、という意見に反対する人はいませんでした。

オスロ−ベルリンの飛行機は、7時40分発。
余裕を見て、ヨーヴィクを朝4時に出発しました。

飛行機でどこかへ旅する前日は眠れない、ということがすっかり恒例となってしまっている私は、この日も寝ずの甚八。
悠長にブログを書いて、荷造りをしている間に夜が明けました。

空港には発着時刻2時間前に到着。
選手たちが思いのほかテキパキと行動できるようになっていて、大人数での飛行機の旅にも慌ただしくなるようなことはありませんでした。


16人の選手たちを引率したのは、私、ミナ・ソフィエのお母さんのエレン、ユリエのお母さんのグリュー、マヤのお母さんのメッテの4人。
もう一人のコーチ、シャロットは、残念ながら仕事が休めず、一緒に行くことができませんでした。

オスロ空港で大興奮の選手たちの中、一年前、特にドイツの選手たちと交流を深めていたミナ・ソフィエとミアが私のところへやってきて、「エミ、私たちをドイツへ連れて行ってくれて、ありがとう」と嬉しそうに言いました。

まだ、飛行機にも乗っていないのに・・・胸がいっぱいになりながら、『私じゃなくて、お父さんやお母さん、ドイツのみんなのおかげだよ』と返事するのがやっとでした。


チェックインを終えて、出発ゲート近くまで来たエミ&かーちゃんズの一番初めの仕事は、手持ちのお金の換金。
チームの会計係ビヨンから受け取ったお金が、確か、2万クローネとか、3万クローネとか、けっこうな大金だったと記憶しています。
その中から、いくらをユーロに換金して持っていくかということで大議論。

結局、1万クローネ弱を1000ユーロへ換金しました。
日本円に替えたら・・・13万円くらい?

エレンが「そんなにいらないでしょ」と言った直後に、『だって、20人だよ。3泊4日だよ。』と返した私の言葉が決め手となりました。


飛行機に乗り込んですぐに就寝した私は、離陸も着陸も夢の中。

目覚めたら、懐かしい光景が広がっていました。


到着予定時刻9時15分通りに着陸したことを確認して一安心。

ウテが予約してくれた、ベルリン・ショーネフェルド空港からドレスデン行き、10時25分発のバスに万が一乗り遅れてしまったら、次のバスは3時間後になってしまうところでした。

荷物を受け取って、全員がそろったことを確認して、バス乗り場に移動した後、いつもこの空港に来ると必ず食べるベルリン名物カレーソーセージを買いに行きました。

大好きなカレーソーセージを食べる私を興味津々で見つめる選手たち。

「なにそれ?」

「おいしいの??」

「え?ホント?一個もらってもいいの??」

何人かにちょっとずつ分けてたら、みんな「おいしい」と言い出して、キヨスクに走っていきました。

あ〜かわいらしい。いつまでたっても、私のかわいい子供たち。

DSC01787プチブームを巻き起こしたカレーソーセージと、もうこれだけで幸せそうな子供たち。





その後は、ドレスデン行きのバスが15分以上も遅れて、気づかないうちに乗り過ごしたんじゃないかって疑心暗鬼にかかる選手たちやお母さんの不安が私にまで移って、来るバス、来るバス、確認にいく私、としっかり者のミア。
「行き先ハンブルグ」って普通に考えたら方向真逆なのに・・・。

一人だと能天気で、ハプニングが起きてもすぐ対応できる自信のある私ですが、さすがに19人を連れた責任者となると心持ちも変わるもんだと、自分の知らない一面を新発見。


ドイツらしく、何事もなかったかのように遅れてきたバスに乗り込んで、ようやく一息つきました。

疲れて眠る選手たち、おしゃべりを続ける選手たち、窓の外を見るお母さんたち、の横で爆睡の私。


予定を大幅に遅れて13時にドレスデンに到着した私たちを迎えに来てくれていたのは、シュテフェンとアンドレ、この日初めましての Roedertalbienen の選手のお母さんでした。


ドレスデンから Roedertalbienen のホームタウン、Grossroehrsdorf までは車で30分ほど。

初めに3日間宿泊する学校をウテに案内してもらって、選手たちは寝床作り、エミ&かーちゃんズは買い出しへ出かけました。


DSC0178820人の3日分の食事が全く見当もつかなかった私に対して、意外にもハイスピードで買うものを見つけていくお母さんたち。

さすがかーちゃん。

エレンのパンの量に笑ってパシャリ。


ものすごい量のパン、パスタ、お肉にジュース等々、レジに溢れんばかりに並べる母ちゃんに、財布を握りしめながら、いくらになるのかドキドキする私。

ピ・ピ・ピ。

ジャリーン。130ユーロ。


安いっ!!!


ていうか、1000ユーロ換金してきたのにっ‼!!


ノルウェーの物価の高さに慣れてしまったか、ドイツの食料品の値段というものをすっかり忘れてしまっていました。

「870ユーロ・・・使い切れるかな・・・」って思わず考えた自分に、リッチな気分がした瞬間でした。


DSC01797買い出しから帰っても休む間もなくお昼ご飯を作るお母さんたち。

エレン、グリュー、メッテの元気のおかげで笑いが絶えなかったし、選手たちは4日間を精一杯楽しむことができました。

心から感謝。



DSC01800私は時間の合間にお母さんたちのお手伝いをすることもあったけれど、大半は通訳をしたり、選手たちの様子を見たりして全体的な流れの把握に努めました。

そして、Roedertalbienen のコーチや選手たち、選手の両親とのコミュニケーションを大事にしました。



DSC01805お昼ご飯を食べ終わった後は、宿泊していた学校から歩いて5分ほどの体育館へ移動。

ここで、Roedertalbienen の選手たち全員が、私たちを迎えてくれました。

Roedertalbienen では1年の間に、1軍チームと2軍チームが分かれて、新たに加入した選手もいて、チームがずいぶんと変わりました。
けれどこの交流では、2015年にヨーヴィクを訪れてくれた選手、その両親がまた一つのグループに戻って私たちを歓迎してくれました。


DSC01806懐かしい、一年ぶりの再会。

2015年にヨーヴィクで撮影した写真のスライドショーを見てから、いざ合同練習へ。




DSC01828ヨーヴィクと Roedertalbienen を混ぜて、4チームに分けて、バスケットボールでウォーミングアップ。

最初は久しぶりの再会に固くなっていた選手たちも、体が温まるにつれて緊張はほぐれていきました。




DSC01838笑顔の溢れるアップの後は、4チーム総当たりのハンドボールゲーム。

当然、合わせに難しさがありましたが、ナイスプレー連発の楽しいひとときでした。



練習後、初日は早め解散。

DSC01846学校に戻った私に、シュテフェンが遠くから、「エミ〜!!忘れ物!!」と届けてくれたのが、ビール1ケース。

うん。シュテフェン。

ノルウェーはね、スポーツマンは酒なんか飲んじゃいけないっていう文化なんだよ。

学校でアルコールとか、ありえない国なんだよ。

って、心の中でだけつぶやいて、私の愛飲するビール、Grossroehrsdorf の隣町に醸造所のある Radeberger をありがたくいただきました。


DSC01849「おやすみー。また明日ー」って手を振るのは、私の恩人であり友人のシュテフェンとゲラ。コーチのアンドレ。

ありがとね〜。




DSC01852練習を終えた後も若者には最後の仕事が残っていました。

荷解きをするお母さんたちの部屋に、校舎横の体育館からマットを運ぶというもの。

このマットが、まぁ〜ビックリするほど重い。

それでも、2人一組になってテキパキと、文句も言わずにマットを次々に運び込む選手たち。
いつの間にか、強く逞しくなったなぁ・・・って思ってたら。


DSC01854あ、だよね。

やっぱめちゃめちゃ重いよね。




DSC01855こんな風にマットが並んでたら絶対やっちゃう前転。

みんなテンション高くて眠れるのかな?って心配していたけど、朝早くて疲れていたのと、なによりも私が思っていたよりずっと大人になっていた選手たちは、約束を守って静かに眠りにつきました。


DSC01859ヨーヴィクの選手たちに混ざって、一緒に学校で眠ったレア。

おやすみ〜。

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2017年06月07日

ハンドボールに国境なし〜友情編・プロローグ〜

DSC02066「ハンドボールに国境なし」

そんなモットーを掲げてノルウェーとドイツのハンドボーラーが友情を育みました。

今日は、だいぶ遅れてしまったけれど、そのハンドボーラーたちの交流第2弾です。



2014年の8月からコーチになった2001年生まれ女子チーム(J01)。
初めて練習を見たのは、あの子たちが中学校に入学してすぐの夏でした。

早いものであれから3年近くが経ち、初々しかったあの子たちはこの5月と6月、中学卒業を前に最後の試験に追われる日々でした。

ドイツ語の口頭試験で、ドイツのハンドボールチームとの交流について聞かれたアイラは、交流することになった経緯、ドイツから同年代のハンドボーラーがヨーヴィクに来てくれたこと、そして1年後に今度はドイツに友人を訪ねに行ったことを一生懸命ドイツ語で伝えたそうです。

その話をアイラから聞いて溢れだした思い出。

ずっと書きたかった続きの物語を、やっと書き残すことができます。



事の始まりは、2014年のクリスマスに遊びに行ったゲラとシュテフェンの家での冗談とも本気ともつかないようなアイデアでした。

2015年5月。みんなの情熱に全てが動かされて、アイデアが現実となって、ゲラがコーチをしているチーム Rodertalbienen の選手たち、コーチ、両親数名を、ヨーヴィクJ01のゲストとして迎えることができました。

ハンドボールを通じて、国境を越えて交流したハンドボーラーたちは、楽しかった4日間の最後に1年後の再会を約束して別れたのでした。


【2015年5月26日「自分で言うよ、すごいって」、2015年5月28日「ハンドボールに国境なし〜パート1〜」、2015年6月5日「ハンドボールに国境なし〜パート2〜」、2015年6月26日「ハンドボールに国境なし〜パート3〜」参照】


ところが、夏が終わり2015/2016シーズンが本格的にスタートすると、ドイツ行きが危ぶまれるような雰囲気が漂い始めました。
日程調整の問題、そして、他のカップ戦との兼ね合いが原因でした。
実際に、選手の親を招いて行われたミーティングでは、「ドイツへ行けば Rodertalbienen の選手たちに再会できるし、練習試合もできるけれど、それで他のカップ戦へ出場できなくなるのなら、試合数を考えれば他のカップ戦に参加した方がいいのではないか」という発言が出て、それに賛同する親も少なからずいました。

でも、私には譲れない想いがありました。

試合数をこなして、みんなで楽しい思い出を作れるカップ戦は素晴らしいものだと思うけれど、国を超えたハンドボーラーの交流は、申し込めば参加できるカップ戦とは全く目的が違うと思っていました。

「絶対にドイツに行きたい」と言っている選手がいるのを知っていて、親やコーチの判断でキャンセルなんてできるはずがないとも。

そしてなにより、「また来年」って涙ながらにした約束を忘れられるわけがありませんでした。

『選手たちには、これから先ずっと心に残る思い出を作ってほしい』

その想いを貫こうと決めました。


選手たちと話し合いを設けたら、ほとんど全員がドイツ行きを希望していて、特に、積極的にドイツの選手たちと話したり、その後も連絡を取り合っていた子たちは、心から再会を願っていました。


その想いが叶って、2016年、前年と同じく聖霊降臨祭の休日を利用して、5月4日の水曜日から5月7日の土曜日までドイツへ行くことが決まりました。

1年前にヨーヴィクに訪ねてきてくれた友達に会いに。

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2017年06月01日

うわぁ、ハンドボールの宝石箱や〜!

20170528_000427週末は、ノルウェーのコーチングライセンス−Trener3−の3回目の講習会、トップハンドボールセミナーに参加してきました。

Sandefjord というオスロから南へ1時間半の海沿いの町で行われたこのセミナーには、Trener3 だけではなく、Trener4 (EHFマスターコーチ)の受講者や、一般の参加者、合わせて200人近くがノルウェー、ヨーロッパの国々から集まりました。

一言で表すならば、豪華絢爛、夢のような週末でした。


メインテーマが「DF」と「キーパー」だった3日間のセミナーでは、スウェーデンの新たな選手育成プラン、ノルウェー女子代表監督 Thorir Hergeirsson の講義、スウェーデンのバスケットボール・プロコーチのDF理論と実技、今年1月に行われた世界選手権で銀メダルという快挙を成し遂げたノルウェー男子代表監督 Christian Berge の講義、怪我予防のトレーニング実践のための講義、ノルウェー男子代表チームの国際大会期間中のフィジカルトレーニング、ユーゴスラビア出身のキーパーコーチ Dejan Peric の基礎テクニックと理論、そしてキーパートレーニング、スペインのプロコーチ Jorge Duenas の実技DFトレーニング等々。

思い出すだけで胸がいっぱいになるような最高の時間でした。


特に、近年世界最強の名をほしいままにしているノルウェー女子代表チームを率いる Thorir、昨年のヨーロッパ選手権での飛躍を自信に、1月の世界選手権で誰もが予想だにしなかったノルウェー男子代表チームの快進撃を支えた Chrisitian のハンドボールフィロソフィーやセオリーが興味深く、一言も聞き逃さないように必死でした。

怪我予防のためのトレーニングについての講義では、改めて、ウォーミングアップを最大限に活用する必要性を痛感しました。

ノルウェー男子代表チームのフィジカルコーチ、Ole Martin Viken の講義では、内容の興味深さもさることながら、Ole Martin が単純におもしろすぎて大きな会場が爆笑の渦に包まれました。

バスケットボールのプロコーチからは最高のインスピレーションをもらい、トゥーネを心から感動させたキーパーコーチの Dejan にはキーパートレーニングについて一から学びなおしたいというモチベーションを与えられ、スペインのコーチ Jorge の実技の後は、自分の受け持つチームでの次のトレーニングが待ちきれないほどの高揚感を覚えました。


ただただ彦摩呂の名言がリフレイン。


『うわぁ、ハンドボールの宝石箱や〜!』


スウェーデン人の話す言葉が最後までスウェーデン語だったのか、スウェーデン語なまりの強いノルウェー語だったのか分からなくても。

デンマーク人の話す癖のあるノルウェー語に白目を向きそうになっても。

そして、スペイン語をノルウェー語の訳すスウェーデン人、という多国籍&多言語な世界に未だかつてないほどの疲労に襲われても。

好奇心と喜びが遥かに勝って、ず〜〜〜っとニコニコしていたはずです。


夜は、トゥーネや同じグループで色々助け合ってるイエンツ、その他にも新たに知り合ったコーチの人たちと語り合って、熊本の世界選手権でノルウェー男子代表を率いたノルウェーハンドボール界のレジェンドに口説かれて、私の元監督のビョルゲと嬉しい再会を果たして、そしてノルウェー1部リーグの有名すぎるコーチの顔ぶれにドキドキしながらチラ見して、本当に・・・言葉にならない至福の時でした。


コーチとしてもっともっと自分に厳しく、ハンドボールを追及して、いつか来たる日に備えて英語を話せるようにならなければ、と強く決意しました。


恵まれた環境に感謝して、迷いのないこの道をひたすら突き進むぞぉ〜!!!

emi_aus_riesa at 08:55|PermalinkComments(8)TrackBack(0)clip!

2017年05月22日

素晴らしきかなハンドバル〜その四〜

DSC046863月24日(金)、25日(土)はヨーヴィクで「Super Weekend」が開催されました。

この Super Weekend は、2001年〜2004年生まれの女の子を対象にしたハンドボールスクールで、企画運営はノルウェーの強豪クラブ Larvik Handballklubb、会場の提供と宣伝はヨーヴィクHK、2つのクラブが協力して実現した新しい試みでした。


このスクールで講師を務めたのは、ヨーヴィク出身で、20年間プロハンドボールプレーヤーとしてトップレベルで活躍を続けているGro。
ノルウェー代表では長年キャプテンを務め、 オリンピック金メダル、ヨーロッパ選手権金メダル、世界選手権銀メダルに加えて、Larvik ではチャンピオンズリーグ優勝も果たしています。
2007年にはIHFが選ぶ「年間世界最優秀選手」に選ばれて、まさに世界のトップを走り続けた、ヨーヴィクのスーパースターです。

もう一人の講師はAnja。
Anjaは私が大好きなプレーヤーの一人で、多彩なシュートやフェイント、視野の広さと創造力溢れるプレーで、対戦相手の虚をつくようなトリッキーなハンドボールを展開します。
女子の試合に能力のめっちゃ高い高校生の男の子が一人混ざったような、唯一無二のプレースタイルに魅せられます。

そんなスーパースター2人を招いて行われた Super Weekend には、いろんな町のクラブから69人の参加者が集って、とても有意義な2日間を過ごしました。


金曜日の予定が空いていた私は、情熱的に立候補してお手伝いをさせてもらえることになっていました。
「オフェンス」のテーマを担当した Anja の助手を私が、横のコートで他のグループを受け持った Gro の手伝いはチームメイトのSynneが。

あの場にいた誰よりもきっと、子供のように目をキラキラ輝かせていた私は、Anja が見本で見せるドリブル、シュート、カットイン、一つ一つの動きにワクワクして、Anja が放つ言葉すべてを聞き逃さないように全神経を集中させていました。

シュートの狙いどころやカットインの方法、世界一のポストと名高い Heidi Loke のブロックの秘密。
本当に全てがおもしろくて、ワクワクして、嬉しくて楽しくて、最高の時間でした。

実技のあとは Gro の講演を聞いて、コーチとしてこれからチームのために活用できそうなことをたくさん学ぶことができました。

この日の実技、講習がすべて終わってから、Gro の元チームメイトで、今はヨーヴィク1軍チームのアシスタントコーチをしているモナにお願いして控室に乱入。
ユニフォームとサインカードにサインをもらって、スリーショットをお願いしました。

基本的には全くミーハーじゃない性格の私ですが、この日ばかりはテンションMAX。
やっぱり、すごい選手はオーラが違うなぁ・・・と心から感動しました。

ハンドボールを始めたあの頃に戻ったような気持ちを味わえた最高の一日でした。



DSC04688翌日3月25日は、ヨーヴィクから車で1時間ほどの Stangehallen というハンドボールコートが3面作れる大きな会場で、4部リーグ男女、全ての最終戦が予定されていました。

ヨーヴィクはシーズンを3位で終えた Kongsvinger との対戦を控えて、メンバーがいよいよギリギリに。

キーパーはシーズンを健康に、そして、どんなに連戦が続いても疲れを見せずに高いモチベーションを保ってくれたイングヴィル(98年生まれ)とシリエ(99年)の2人。
コートプレーヤーは右サイドのトゥルーデ(98年)、フローターはイェニー(98年)、マリン(99年)、テア(01年)、左サイドにハナ(00年)、そしてポストの、これまた長くてタフなシーズンを皆勤賞で乗り切ってくれたイダ(98年)とヴィルデ(99年)の7人。

ついに交代メンバーはキーパー1人、コートプレーヤー1人になり、平均年齢は17才に下がりました。
4部リーグでは左サイドでの出場が多いマリンをフローターに置き、そもそも4部リーグでの試合経験が2〜3試合というテアとハナをほぼフルで出場させなければいけない状況に苦笑いが出つつも、それでも、「すべてがうまくいけば勝機は十分にある」という思いはなくなりませんでした。

試合開始、ゴールに立ったのはイングヴィル。
DFで絶対の信頼を寄せるイダとヴィルデを3枚目に置いて、16才センターのテアとヴィルデをOFとDFで交代しました。
Kongsvinger ボールになるごとにテアとOFについて話し合って、経験の浅いセンターをサポートしようという作戦。我ながらイケてる・・・はずが。

理想的なプレーには程遠く、ミスを連発するヨーヴィク。

テアとハナは2000年生まれチームで、セカンドチームの選手たちとは普段から一緒にトレーニングをしているわけではないので、パスや動き出しのタイミングがなかなか合いません。

この時間帯、同じくミスを出した Kongsvinger に助けられました。
パワフルな Kongsvinger のフローターのシュートはゴール枠を捉えません。

5分、2−3。

10分、3−5。

ここでヨーヴィクのタイムアウト。
サイドがポストポジションへ走りこんだ後に、Kongsvinger のDFでマークチェンジのミスが起こることを確認しました。
その隙を逃さずフェイントからカットインで得点したテア、サイドにブロックをかけてノーマークを作り出したイダの得点で、ヨーヴィクは引き離そうとする Kongsvinger にリードを広げさせません。

15分6−8、20分8−10と粘られて、今度は Kongsvinger がタイムアウトを請求します。

DFがグッと引き締まったヨーヴィクは、攻めではエースのイェニーの個人技で加点して、25分、9−11、そして前半を終えるまでに1点を縮めて、12−13でハーフを折り返しました。

選手の頑張りが伝わりすぎるほどに伝わってきて、心から勝たせてあげたいと思った前半でした。

後半。

試合が再開してすぐに驚きの光景。
Kongsvinger が、エースのイェニーにマンツーマンをつけました。

なんというか・・・。
ユースのカテゴリーの試合ではないし、勝つための戦術を選択することは当然だと思っています。
マンツーマンをつけられて崩れるのなら、それはチームの弱さだとも理解しています。
でも、昇格も降格もかかっていない試合で、ベンチ入り14人をフル活用している上位チームが、1点差でリードしている後半スタートの場面で、交代選手がいないような対戦相手にマンツーマンをつけるかな?という疑問が浮かんできたのでした。

それと同時に浮かんできたのは、「これはきびしい・・・」という正直な思いでした。
イェニーはこの試合に出場したフローターの中で、唯一経験値の高い選手でした。

左サイドのハナをフローターにあげることはできるけど、シュート力のある選手はこの日、イェニーだけ・・・。
どうしようか考えを巡らせていた間に、テアが苦し紛れで放ったディスタンスシュートがゴールバーに跳ね返って、ポストのイダのもとへ一直線で戻ってきて得点。
ラッキーと思ったら、次のOFでもデジャブかなっていう状況でリバウンドをとったイダが連続得点。

そんなヨーヴィクのぼた餅得点を受けて、Kongsvinger はマンツーマンを下げてしまいます。
マンツーマンをつけられたとき以上の疑問が再び私の頭に浮かびます。
「あんなに攻めあぐねていたのに、なんでだろう・・・」

なにはともあれ、ヨーヴィクにとっては幸運な戦術チェンジでした。

マンツーマンでヨーヴィクのリズムを一瞬狂わせて、OF、DFチェンジをするヨーヴィクの隙をついて速攻で連続得点を奪い、13−16とした Kongsvinger でしたが、イダの得点、そしてマンツーマンが解かれた後のイェニーの個人技で、40分、17−17と試合を振り出しに戻しました。

相手の速攻にやられないように、OF、DFのチェンジをやめて、テアをDFに起用した私が見たのは、16才になったばかりだというのに全く怖気ずくことなく果敢にタックルにいくテアの姿。
180僂剖瓩た板垢粒笋砲脇阿韻董△覆鵑任眩把召傍杣しようとする選手・・・世界は広いなぁ・・・と思います。

この日、9本のシュートを放って8得点と大活躍だったイェニーは、DFのブラインドを利用したアンダースロー、カットイン、フェイントと多彩な技術でチームをけん引してくれました。

後半に入ってセーブ率が下がったのを見て、キーパーを変えようとしていた40分過ぎ、私の考えを読んだかのように連続でノーマークを止めだしたイングヴィルの活躍にも助けられました。

17493214_10155172119157220_1481330339802976614_o45分18−19。

50分20−20の場面で Kongsvinger のタイムアウト。

タイムアウト明けも接戦のまま時間が過ぎて、54分22−22。
今度はヨーヴィクがタイムアウト。

手に汗握る試合でした。

チームのために全力を出し切った選手たち。
本当にポイントをゲットするだけの努力はしたのですが、最後の最後はミスに泣きました。

この日のパスミスは6。テクニカルミスにいたっては19というありえない数字でした。
チームとしての合わせがなかったこと、交代選手がいなくて疲れていたのもあったでしょう。
後半中盤以降からはイェニーのフェイントがオーバーステップを吹かれるようになって、終盤の大事な場面で連続ミスが出ました。
DFの要のイダも、普段では考えられないようなミスから22点目の失点。

今思い返すと、イダとヴィルデを変えればよかったとか、キーパーも中盤で一度交代させてもよかったかとか、イェニーを途中で休ませてあげていれば・・・とか、堂々巡りに陥ります。

残り20秒を切って相手のセンターが放ったステップシュートに、ヨーヴィクの選手に当たりに行ける力はもう残っていませんでした。

決勝点が決まって、23−24。
粘って粘って、最後に1点差の惜敗でした。

どんなにミスが多くても、感動すら覚える善戦に心からの拍手を送るとともに、最後の大事な場面で選手たちの力になれなかったことを申し訳なく思いました。


怪我人が出て、シーズン中にチームを離れた選手たちもいた中で、最後はギリギリの人数で戦ったセカンドチーム、4部リーグの2016/2017シーズン。

10勝4分8敗。12チーム中5位と堂々の成績で終えることができました。

うまくなりたいという向上心に溢れ、トレーニングにまじめに取り組んで、チームのために戦うモラルを持って試合に臨む選手たち。
そんな選手たちと一緒に戦った今シーズンは、本当にコーチ冥利に尽きる楽しい時間でした。



ヨーヴィクの試合の後は、男子のStorhamar対Totenと、女子のToten対Veldreの試合観戦。

4部リーグといっても、やっぱり男子の試合は迫力が違いました。
3部リーグへの昇格を決めたTotenに、惜しくも2位でシーズンを終えたStorhamarが意地を見せて1点差で勝利。

試合だけを見てもおもしろい試合だったのですが、お目当てはStorhamarのエースとして大活躍、前半終了後のノータイムフリースローをゴールネットに沈めたスティアン。
スティアンは2014/2015までヨーヴィクでプレーしていました。

対するTotenには昨シーズンまでヨーヴィクでプレーしていたヘンリックが、クレバーでファンタジスタなセンタープレーヤーとして試合に出場していました。

1999年生まれの2人をコーチとして受け持っていた私は、試合観戦に来ていた元監督のヨアキムと一緒にスティアンとヘンリック応援。
関わった選手の活躍は、なによりも嬉しいものです。

この日の最後は、隣町Totenでプレーイングコーチをしているお友達ジャネットが、降格を争った試合の応援。
最下位のVeldreを相手に終始リードしながら、後半中盤に一気に追い上げられたToten。
ベンチでコーチングしていたジャネットがコートに立って、いい仕事をした!!と思った矢先に膝を負傷してしまいます。
前十字靭帯負傷という大怪我を負ったジャネットの気合に触発されたように一気にリードを広げたTotenが勝利して、4部リーグ残留を決めました。



IMG_4705翌週の4月1日土曜日は、2001年生まれ女子チームのU16ー2部リーグの上位4チームが優勝を争うプレーオフがヨーヴィクのホーム、Campus Arenaで開催されました。

ヨーヴィクHK2とヨーヴィクHK3でシーズンを戦った2001年チーム。
レギュラーシーズンを2位で終えたヨーヴィクHK2がプレーオフ出場権が勝ち取りました。

主にヨーヴィクHK2で試合に出場した選手、ヨーヴィクHK3の試合を中心にシーズンを戦った選手と分かれてはいたものの、もとは一つのチーム。
選手全員が少なくても2試合、3試合はヨーヴィクHK2でプレーできるように、ベンチ入りのメンバーをローテーションしていました。

だから、プレーオフも全員がベンチ入りして総力戦。


準決勝は、シーズンを3位で終えた Otta との対戦でした。


序盤、Otta の主力選手のパワーとスピードに受け身になってしまったヨーヴィク。
奪われたリードを追う展開になりました。

それでも徐々にリズムを取り戻した選手たちは、OFでは2対2や個人技からノーマークシュートのチャンスを作り出し、DFでも課題を克服しようと努力していました。

今シーズンの成長が見られた部分もありながら、まだまだこれからのチームだということを再確認した試合でした。

結局、18−23で準決勝敗退。
3位決定戦にまわることになりました。


3位決定戦はミューサ湖対岸のチーム、Moelven との対戦。

この試合ではスタートから積極的にゴールを狙う選手たち。
DFも Otta 戦よりはバランスよく守れていたように思うのですが、相手チームのエースのシュートに当たり切れませんでした。

今度は奪ったリードを守る展開になったヨーヴィク。ベンチ入りの選手全員一丸となってプレーしました。

試合終了のブザーが鳴って、スコアボードを見上げました。

24−21。

シーズンの締めくくりに、2部リーグ3位入賞を果たすことができました。


3位決定戦にまわって複雑な表情だった選手たちも、勝利でシーズンを終えることができて嬉しそうな笑顔でした。
選手よりもっと喜んでいた両親は、ロッカールームにアルコールなしのシャンパンやケーキを用意してくれていました。

昨シーズンは、U14−1部リーグと2部リーグでシーズンを戦って、2部リーグ4位が最終成績だったので、少しは前進したかな。

楽しそうにハンドボールをプレーする素直なあの子たちだから、これからもっともっと成長してくれると確信しています。
今から来シーズンが楽しみです。



ちなみに、このプレーオフで考えさせられたこと。

試合前に、Otta のヘッドコーチと話をしたときのことでした。

「いや〜、今日は4部リーグでプレーしてる2人を連れてきてるんだけど、試合はどうなるかね。よろしくね」

軽〜く、悪びれることもなく言うコーチの言葉に、聞いていたシャロットと私は返事ができませんでした。

U16のカテゴリーでは、2000年生まれと2001年生まれの選手たちがプレーしているのですが、16才になると大人のカテゴリーで試合に出場することができるようになるので、チームの中で特にフィジカルが強い選手、能力が高い選手は年上の選手たちに混ざって、一般のリーグ戦に参加するようになります。
そういう選手たちと、U16カテゴリーの1部リーグにエントリーできなかった2部リーグの選手たちとは、どうしても力の差があります。

4部リーグでシーズンを戦った選手、さらにU16−2部リーグの試合には1試合も出場していなかったような選手をプレーオフにだけ出させようとすることに驚きました。

プレーオフに勝つことだけを考えたら当然の策でしょう。
ルール上でも違反しているわけではありません。

でもそれは、私が、U16−1部リーグでシーズンを戦った2000年生まれチームを率いて、プレーオフを戦うのと同じだという気がするのです。
私は絶対に上のレベルやカテゴリーでプレーした選手を降ろすことはしないな、とそのとき思いました。

Otta に負けたからそう思うのではなく、Otta のチームで2部リーグを戦った選手たちが、上のカテゴリーから降りてきた選手たちにプレーの場を奪われたり、自分たちのプレーを全くできなくなったりすることに、違和感を覚えたのでした。

このリーグは、この試合は、誰のためのものなのか。

一人ひとりの選手たちが試合でプレーできる場所がある。
頑張ってきたシーズンの最後に、出場権を獲得したプレーオフで輝ける。

一番大事なことだと思います。

大接戦のあと、ノータイムフリースローを決めて1点差で優勝を飾ったSkreiaも、4部リーグで主力メンバーとして活躍している選手を出場させていたと聞きました。

ジュニア、ユース育成に重きを置いて、勝ち負けを育成よりも優先させるべきではないと言い続けているノルウェーのハンドボール界においても、やはり様々なコーチがいます。

私は、自分のポリシーをしっかりと持って、選手たちと向き合っていきます。



IMG_4750プレーオフでシーズン最後のイベントを終えた2001年チームは、翌日4月2日、打ち上げを兼ねて寿司パーティーをしました。

個人的にはいい加減に飽きてきちゃう寿司パーティー。

お姉ちゃんのマリエがセカンドチームでプレーしているミナが、「セカンドチームだけ寿司パーティーしてズルい!!私たちもみんな寿司大好きなのに!!」と言い出したのがきっかけ。

でも、本当にほとんど全員が寿司好きだったようで、握ったり、巻いたり、作る作業にも積極的に参加していました。

17人全員が揃って、この日はキョンもゲストに招いて、楽しい時間を過ごすことができました。



DSC05072セカンドチーム、2001年生まれ女子チームと、コーチとして受け持つチームの全試合を終えた私の今シーズン最後の仕事は、休暇でヨーヴィクにいないアンネ・カーリンに変わって、2000年生まれ女子チーム(J00)の参加するトーナメントに帯同するというものでした。

1998年チームをノルウェー全国優勝に導いたアンネ・カーリンは、2年前にJ00チームのコーチが辞めるというタイミングで、次女がプレーするこのチームを引き継ぎました。

10人しかいないJ00チームは今シーズン、2001年チームと週一で合同練習、セカンドチームと週一で合同練習、最後の一回は単独で練習という形でトレーニングをしていました。
だから、必然的に私が週に2度トレーニングを受け持っていたのですが、J00チームの試合に帯同することはありませんでした。

1年間トレーニングで見てきた選手たちのシーズン最後のトーナメント。
さらに、このトーナメントのあと選手たちはセカンドチームに上がることになっていたので、J00チームとして本当にラストとなった大会でした。

参加した Yngres Cup は、昨年、99年生まれ男子チームが同じくチームにとって最後の大会として参加した、個人的に思い入れのあるトーナメント。
J00の選手たちからも優勝したいという思いが伝わってきて、できるだけのことをしようと気合を入れて臨みました。

U16カテゴリーに申し込んだチームは全部で5チーム。
全チーム総当たりで優勝を争うことになりました。


4月21日。初戦の相手は、2001年チームがU16ー2部リーグのプレーオフで対戦した Moelven でした。

今シーズン、U16−1部リーグで大きな成長を見せたJ00チーム。
地力で勝る Moelven を相手にリズムに乗ることができませんでした。

Moelven のセットOFはシャットアウト。
ヨーヴィクDFを抜けたシュートも、キーパーのヤスミンのナイスセーブで得点を簡単に許しません。

でも、逆速攻からの失点に目を覆いました。
7mスローをキーパー正面に打ってキャッチされて、Moelven がそこから速攻。
7mスローを打った以外のヨーヴィクの選手は5人いるはずなのに、2次速攻からど真ん中にノーマークができたり。
速攻の戻りでなんだか話し込んでる2人の横をドリブルで追い越す Moelven の選手。のそのまた後ろから、「速攻の戻り〜」とチームメイトに叫びながらダッシュで走ってきて、シュートしようとする対戦相手を突き飛ばして7mスロー、2分間退場になる選手がいたり。

ありえない感じのミス。

OFではシンプルなクロスプレーやポストのブロックプレーからディスタンスシュートを決められているのに、そのプレーが続かない・・・。

スカッとしないまま20分の試合を終えて、10−5。

なにはともあれ1勝目を飾りました。


翌4月22日は、3試合が予定されていました。

朝一番の対戦相手、Stryn とも地力の差はあるものの、なんだかテンポの悪い、ミスの多い試合。
それでも、スピードで押し切ったヨーヴィクが、13−5で勝利しました。


1時間の休憩をはさんで迎えた3戦目、Ostsiden Fredrikstad との試合も、引き続き本来の力を出せないままでした。

DFは中途半端でしっかり当たれない。当たろうと意識してラインを高くするとチェンジミスが起こる。
OFではシュートの決定率がとにかく低い、そして我慢が利かなくなって単発で攻撃を終える。

悪循環でした。

結局、7−9で負けてしまいます。


試合後の選手の落ち込みようったら、見ていて辛くなるほどでした。
勝てる試合だったし、このトーナメントにかける想いを感じていただけに、思わずかける言葉を失いそうになりました。
次の試合を数時間後に控えていたし、その試合に勝てばまだ優勝の可能性が残っていたので、できるだけ冷静に簡潔に試合を分析して、次の試合への準備をするように声をかけました。

選手たちと両親のいる観客席に行って、見るともなしに他の試合を見ながら、前日からの3試合を思い出していました。

普段は元気いっぱいのJ00チームの選手たちが、このトーナメントでは楽しくなさそうにプレーしていたな・・・。
最後の試合は楽しくプレーして、忘れられない試合にしてもらいたいな・・・。


4試合目、最後の対戦相手は優勝候補。この Yngres Cup をホームで戦う Elverum でした。

ウォーミングアップ前に集合したときに、一言だけ選手に伝えました。

『私はコーチとしてミスをしてた。勝ちたくて、みんなも優勝したいって思ってて、だから勝つためにって戦術もいろいろ考えてたけど、順番が違ってたみたい。結果はどうなっても、次の試合がこの10人でプレーできる最後の試合だから思いっきり楽しんで。いつまでも思い出せるようなガッツのあるプレーをして。』

その言葉を聞く選手たちの表情は、それまでの3試合とは全く違っていました。

アップから全力で、みんなで声を掛け合って、なんか歌って叫んで、とにかく楽しそうでした。

試合も、ビハインドを負った状況から、気合の入ったDFと、迷いのないOFで一気に逆転。
楽しそうに、1点取るたびに、1本シュートをブロックするたびに、1本ナイスセーブが出るたびに、コートから、ベンチから、ガッツポーズと掛け声がとびだしました。

チーム一丸となってみんなで戦った最終戦は、11−7。

選手たちの嬉しそうな笑顔と、応援に駆け付けた両親の興奮した様子が心に残る試合でした。

これでヨーヴィクは全4試合を終えて、3勝1敗。
ヨーヴィク以外の4チームは最後の試合を日曜日に残していたので、その試合の結果待ちになりました。


翌日。

Moelven に1敗していた Ostsiden Fredrikstad が Elverum に敗れて、3勝1敗でヨーヴィクと Elverum がポイントで並びました。
最終的に直接対決で勝利を収めていたヨーヴィクが優勝。

家で嬉しい報告を受け取ることができました。


ハンドボールを始めた小さな子供の頃から10年近くも一緒にプレーしてきたあの子たちの、チームとしての最後の大会を優勝という形で締めくくることができて本当に良かった。

心から、おめでとう!!



2016/2017シーズンは、選手としてだけではなく、コーチとしても学びの多い、素晴らしいシーズンを送ることができました。

一緒に戦った選手たちに、支えてくれたコーチ・マネージャーに、いつでも声援を送ってくれた選手の家族に心から感謝の気持ちでいっぱいです。



明日からは、2017/2018シーズンに向けて、新たなセカンドチームのトレーニングがスタートします。
2000年生まれの選手たちも合流して、他チームから移籍を考えてトレーニングに混ざる選手たちを迎えて、来シーズンへの第一歩。
今からとても楽しみです。

来シーズンを終えたときに、また最高のシーズンだったと言えるように・・・。

精進していきます!!!





ちなみに、今日はモナの家でノルウェーリーグの決勝、Larvik HK−Vipers Kristiansand の試合を観戦しました。
この試合は、冒頭に登場した Gro と Anja の引退試合でした。

見事、優勝で輝かしいハンドボールキャリアに幕を閉じた Gro と Anja。

本当に心からおめでとう‼!!

そして、いつか最後の試合を迎える自分も、こんなに最高の笑顔でコートを去りたいと思いました。



選手としても来週の火曜日からチームトレーニングが再開します。

一日一日を大切にして、もう一花咲かせて見せます!!!





好きなことができる幸せ。

素晴らしきかなハンドバル。


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2017年05月15日

素晴らしきかなハンドバル〜その三〜

IMG_4684お待たせいたしました。

勢いのあるうちに書き終えないと、相当な高確率で未完のシリーズになる予感たっぷりの「素晴らしきかなハンドバル」、シーズン怒涛の第3弾です。


U18のプレーオフで接戦を制して、見事 Region Innlandet で地域優勝を飾ったセカンドチームは、勝利の余韻に浸る間もなく、翌19日、4部リーグの試合で Grue へ向かいました。

片道2時間弱をかけて、パワフルなハンドボールで4部リーグを4位で終えた Grue に乗り込んだのは、キーパー1人、コートプレーヤー9人の計10人でした。
前日のダブルヘッダーを考えると、ギリギリのメンバー構成。
9人のコートプレーヤーのうち、2人は右サイド、2人はポストと別ポジションでの起用が難しい選手たちで、フローターと左サイドを5人でまわすカツカツ具合でした。
さらに、U16チームから助っ人として来てくれたハナ、テアは16才で、4部リーグでの出場は2試合目というフレッシュさ。

どうなるか分からない少しの不安と、いや、きっといいプレーを見せてくれるという期待が入り混じった試合になりました。

試合開始の笛が鳴ると、ホームでは勝利を収めていた Grue を相手に一進一退の展開に。

DFが強みのヨーヴィク。この日は、そのDFが機能しません。
相手エースのパワフルシュートに当たり切れず、そこからポストへのパス、逆フローターへのパスがつながっていきます。
今シーズン大きく成長したキーパーのシリエも、DFの枝と合わずに迷いが出たか、波に乗れないまま時間が過ぎていきました。

けれど、攻めでは個々の良さが十分にでた試合で、マリンが左45から会心のロングシュートを連続で決めると、サウスポーフローターのテア、左サイドのハナ、マリンに変わって左45でプレーしたテアが要所で得点していきます。

そして、この日の文句なしのMVPはセンターのマテア。
ディスタンスシュート、カットイン、速攻と勢いが止まりませんでした。

1点〜2点を追い続けた前半は、最後の最後でヨーヴィクがついに同点打を放ち、16−16でハーフを折り返します。

DFの修正点をしっかりと確認して、6:0DFから5:1DFにシステムを変えて臨んだ後半は、開始直後に17−16と逆転に成功。
そこからは、エースに対峙したヴィルデ、センターバックを守るイダが頑張って、簡単に失点を許しません。
トップを守るサウスポー・テアは、OFとDFでチェンジしたり、攻撃参加もしたり、休みをいれながらの流動的な起用でした。

OFではマテアの個人技に引き続き助けられてリードを3点まで広げると、その点差のまま時間が流れていきました。
ラスト10分強で、依然3点のリード。

ところが、そこから連戦の疲れが出てきたのか、OFでミスを出して、DFでも守れていたプレーにコンビの乱れが見え始めます。
27ー24から一気に4連取を許し、27−28と逆転されてしまいました。

残り時間は3分半。

28ー28、28−29、29−29。ラスト1分。

最後の攻撃をミスで終えたヨーヴィク。
残り10秒の速攻の戻りで、OF、DFのチェンジをしてしまいます。
チェンジで1人少なくなったところをしっかりと狙った Grue のエースは、そのプレーで7mスローをもぎ取りました。
そこでタイムアップの笛。

そして、ノータイムの7mスローを決められたヨーヴィクは、29−30で惜敗。

60分間、力を出し切って戦って、最後の最後でポイントを逃してしまいました。

ゴールデンゴールで劇的に優勝した翌日に、ノータイム7mスローで1点差の負けを喫する。
ハンドボールの醍醐味を実感しました。

DFの安定感にかけ、DFとキーパーのコンビも合わず、最後は判断ミスを相手の勝利につなげられてしまいましたが、それでもOFでは個々の良さが十分に出た試合でした。
リードを追い続けた前半も、プレッシャーをかけられた後半も、チーム一丸となって頑張りました。
なにより、連戦の続く3月、ダブルヘッダーで優勝後の気持ち的にも身体的にもきびしい試合で、素晴らしいプレーをしてくれました。

コーチをしていて本当におもしろいと思える、素晴らしいチームに成長したと心から感じた試合でした。



試合後のミーティングを終えて向かったのは、Grue から20分ほどヨーヴィクへ戻った Flisa という町。
この日は、2001年生まれ女子チームのU16カテゴリー2部リーグのシーズン最後の2試合が、Flisa で行われました。

1試合目の Flisa−ヨーヴィク2は13時から。
セカンドチームの Grue との試合が12時からだったので、1試合目には間に合わず。

15:15からの Flisa−ヨーヴィク3の試合に合わせて会場入りしました。

Flisa は2部リーグで11チーム中10位。
1試合目に快勝したこともあって選手たちの気が緩んでいたか、2試合目はなんだか見ていてコートに飛び込みたくなる試合でした。

いいタイミングでシュートを放てば得点になるのに、ミスをしたり、単発なシュートで攻撃を終えたり。
守っては、シューターの利き腕に合わせられずに、なんで?っていうシュートを決められたり。

ベンチで私と同じくらいもどかしそうにしていたシャロットと2人、タイムアウトを取ったり、選手と話したり、なんとかチームのプレー修正のきっかりを作りたいと思っていました。

終始リードを保ちながら、でも最後の最後までリズムには乗れないまま、最後は4点差で勝利。



2001年生まれ女子チームは、ヨーヴィク2が17勝3敗の2位、ヨーヴィク3は9勝11敗の6位で、U16−2部リーグのシーズンを終えました。

2位のヨーヴィク2は、上位4チームが出場できるプレーオフ進出を決めてシーズン目標を達成。

ゆっくりだけど、こちらも選手一人ひとりの成長を感じることができたシーズンでした。


私個人としては、3月2週目に自分の試合も含めて6試合、3週目には4試合を戦って、2週間で10試合、7勝1分2敗。

ビバ・ハンドバル。



そして、週が明けた木曜日3月23日は、これでもか、というほど試合が続くセカンドチーム、4部リーグの試合がホームでありました。

この日は今シーズンのホーム最終戦、12チーム中12位の Veldre との対戦でした。

試合日程、怪我から復帰後の調整の関係で、フローターのマッテ、アンナ、サイドのアネッテの3人がトップチームから助っ人でやってきてくれました。
加えて、2000年生まれチームからレアとマッテを呼んで、キーパー2人、コートプレーヤー11人の贅沢チーム。
チャンスのある時に、セカンドチームの選手を休ませようと試行錯誤を繰り返していたシーズン終盤でした。

ベンチにもコーチ陣が全員集合、私、ヨルゲン、ラッセ、そしてチームのお世話役エリンの4人。
いつもすっきすきのベンチなので、この試合はやけにコートサイドを狭く感じました。

5:1DFでスタートしたDFは、普段練習で合わせていないメンバーということもあって、なかなか機能しませんでした。
OFでもいいチャンスは作り出すものの、ベテランキーパーの前にシュートを決めきれません。

それでも、地力で勝るヨーヴィクは戦術、選手をすぐに変えずに我慢して、コートに立つ選手たちが修正してくれるのを待ちました。

15分、7−6から一気に勢いに乗ったヨーヴィクは、前半終了までにリードを15−8に広げます。

後半もそのまま勢いを止めることのなかったヨーヴィクが、34−17で勝利しました。

2000年生まれチームのレア、マッテが伸び伸びとプレーしていたこと、若い選手にまざって努力を重ねた22才のイネが、今シーズン初得点をあげたことがなにより嬉しい試合でした。



シーズンもいよいよ残すところわずかの終盤戦。

次回、最終回となる「〜その四〜」でお会いしましょう。

ごきげんよう。さようなら。

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2017年05月10日

素晴らしきかなハンドバル〜その二〜

IMG_4673前回の「〜その一〜」から半月が経過していることを軽くスルーして、シーズン最後の怒涛の数日を振り返っていきましょう。

U18のリーグ最終戦。1位と3位だった Storhamar、Storhamar Elite とのダブルヘッダーを今季最高の内容で制したヨーヴィクは、2位から1位へ順位を上げてレギュラーシーズンを終えました。



翌日の3月12日は、2001年生まれ女子チームU16の2試合がリレハンメルで、そして午後からはヨーヴィクで4部リーグの Skreia 戦がありました。

朝一番のアウェーは、リレハンメルのチーム LFH09 対ヨーヴィク2。

一つのカテゴリーに複数チームを登録するクラブは、ヨーヴィク1、2、3というようにチームを分けています。
ヨーヴィク1は2000年生まれチームで、U16の1部リーグ。
2001年は一つの学年で2チーム登録していました。今シーズンは両チームともにU16の2部リーグを戦いました。

個人的にヨーヴィク2は、1部リーグでも通用したと思うくらい安定していたチームで、この時点で2部リーグでの順位は2位でした。

ところが、チーム内にものすごく気の強い子が2人いて、この日はアップからミスも出て険悪ムード。
アップ中に集めて注意するも、チームの雰囲気は変わらないまま試合が始まりました。

50分の試合中、相手のエースを止められずに失点を繰り返して、我慢強く攻められないOFは個々のプレーばかり。
結局、実力では勝るはずのリレハンメルを相手に悔しい負けを喫しました。


2試合ともに出場した数人以外はメンバーがガラッと変わった2試合目。
ヨーヴィク2と3の選手は、ハンドボールで大きく力の差があるというよりも、気持ちの強さやトレーニングに来る回数、もしくはトレーニングに対する姿勢に差があると思っています。

試合中に泣き出しそうになる選手や、自信が全くない選手が多いヨーヴィク3は、ハンドボールをプレーするには優しすぎる子ばかり。
でも、周りを助けようとか、協力して頑張ろう、と思える選手が多いことがプラスに働くことも多々ありました。

この日はまさにその典型的な例で、しっかりと遠目をブロックするDFと、そのDFを信頼して自分のコースを全力で止めにいくキーパー。
攻めでは、みんなで足を動かしてチャンスを生かし、一人が得点したらみんなで喜ぶ。

そんな、当たり前のチームプレーを一つ一つの場面でしっかりとやりきったヨーヴィク3は、今シーズン最高の内容で LFH09 に快勝しました。

普段おとなしくてシュートをなかなか狙わないアンネの連続得点や、1月から病気がちでトレーニングになかなか来られなかったリサのガッツ溢れるプレー、真面目にコツコツ頑張るキーパーのマリのナイスセーブ。
そんな選手たちの活躍と笑顔に感動して、チーム一丸となって戦う重要性を再確認した試合でした。


試合後は慌ててヨーヴィクへ戻って、セカンドチームのホームゲームへ向かいました。

この日の試合はU18ではなくて、4部リーグのダービー、Skreia 戦。
今シーズン、19才以上の選手が一人しかいないセカンドチームは、4部リーグ、U18ともに同じメンバーが試合に出ることが多いのですが、4部リーグはユース年代のカテゴリーではないので対戦相手のパワーと経験値がU18とは比較になりません。

試合にメンバー登録したのは12人、内キーパー2人。
この時期、試合に出場できるセカンドチームの選手総動員でした。

スクライアはヨーヴィクから30分ほどの小さな町で、ジュニアの年代ではとてもハンドボールが盛んです。
そのトップチームは週に2度のトレーニングで、「上を目指す」というような目的のチームではありませんが、ベテラン選手を何人も抱え、パワーのある選手も多く、4部リーグでも安定していました。

試合が始まると一進一退。
2ー2、4ー4、7−7・・・。

前半中盤以降、ヨーヴィクがメンバーチェンジをしてから試合が動きました。

7−10までリードを離されてタイムアウト。
ラスト5分、なんとか点差を縮めて後半を迎えたいところで逆に追加点を許して、8−12でハーフを折り返しました。

後半は、マリン、イェニー、マテア、テア、イダ、トゥルーデ、イングヴィルのこの日一番のメンバーをコートに送り出しました。
そこから、DFでの気合がすごかった。

ヨーヴィクの選手たちのタックルを見て、「こんな選手と対戦したくないな・・・」と私が思ってしまったほどの激しいDFでした。

テアのきれいなフェイントが相手DFを翻弄すると、マテアのパワフルシュートがさく裂。
前半OFでミスが多かったイェニーのロングシュートも決まって、徐々にヨーヴィクが点差を縮めていきました。

20分、17−17の同点に追いつくと、25分、ついに19ー18と逆転に成功します。

残り2分を切って、20−20。
タイムアウト明けのOFでは得点できず、ラスト20秒を切った相手の攻撃で、エースに当たり切れずに無情にもシュートを決められてしまいます。

スコアボードを確認したら、残り15秒。

クイックスタートでパスを受け取った左サイドのスピードスター・マリンが全力でサイドから飛び込もうとした、その角度を見て、『マーーーリー――ン!!!スト―――ップ!!!』と叫んだ私の目に映ったのは、エンドラインに向かってジャンプしながら、ありえない角度からシュートを決めたマリンの姿。

なに?どうやって決めたの??

理論とか確率じゃなくて、スピードやパワーが勝負を決めるってこと・・・あるな・・・って苦笑いしながらタイムアップのブザーを聞きました。

アウェーでは1軍チームのカタリーナ、マッテ、アシスタントコーチのモナが出場して、それでも同点で勝ち点を分けた相手に堂々の戦いぶりで、特に5点のビハインドを0にした後半は見事でした。



その1週間後、3月18日の土曜日には、U18のシーズン上位4チームが優勝を争うプレーオフがヨーヴィクのホームで行われました。

2位の Storhamar は2000年生まれが中心のチームだったので、U16カテゴリーの他の試合との兼ね合いで、このプレーオフは辞退。

繰り上がりで出場権を得た Gausdal (シーズン5位)対ヨーヴィク(シーズン1位)、Storhamar Elite (シーズン3位)対 Kongsvinger (シーズン4位)の準決勝を勝ち上がった2チームが決勝を戦うことになりました。

この晴れの舞台にメンバー登録したのは、3人の2000年生まれを含めた14人でした。

準決勝の Gausdal との対戦では、選手たちのシーズンを通しての成長に思わず目を細めました。

左45とセンターのディスタンスシュートが強力で、それに合わせるポストのタイミングが絶妙。
武器はたったそれだけのガウスダールには負けたことはないものの、いつも同じプレーで失点していました。

でも、この日は違っていました。

シューターにしっかりとアタックしながら、後ろのポストをがっちりマーク。
コンパクトに、でもアグレッシブに守ったヨーヴィクDFに打つ手のなかったガウスダール。

2000年生まれのジョーダンやアンネ、エマ、怪我でしばらく戦線離脱していたマリエ、全員が十分に出場時間を得て、生き生きとプレーしていました。

28−8で大勝。

もう一つの準決勝で1点差の勝負を制した Kongsvinger が決勝の相手になりました。


今シーズン、セカンドチームのハイライトの一つとなったU18の決勝。

試合開始から、お互い気合のDFとキーパーの要所でのナイスセーブで簡単に得点を許しません。
1点をとるごとに深いため息が出るほど、緊迫した試合でした。

速攻でヨーヴィクにプレッシャーをかけたコングスヴィンガーに対して、ヨーヴィクはマテア、テア、イェニーのフローターにうまくイダとヴィルデのポストが絡んだ攻撃で得点していきます。
サイドのマリン、トゥルーデも少ないチャンスを積極的に狙っていきました。

リードして、追いつかれて、逆転を許して、同点にして、逆転して。

手に汗握る試合の終盤で退場者を出したヨーヴィク。
1点差、2点差のリードを行ったり来たり。

後半中盤でコートに戻したキーパーのイングヴィルの活躍がなければ、逆転を許していた展開でした。

さらに、そんな緊迫の場面で、相手チームの選手と接触して倒れこんだマテアが立ち上げれずにコートにうずくまってしまいました。
思わずコートに駆け寄ると、「大丈夫」と立ち上がりますが、スタッフがベンチからコートに入ったので、攻撃3回をベンチで休むことに・・・。

「代わりのフローターがいねぇ・・・」

なんか、前もあったようなデジャブを感じながら、ベンチを見回して目が留まったのは、2000年生まれチームでセンターのジョーダン。

『ジョーダン!!!』と指名した私を、泣きそうになりながら見つめるジョーダンにビックリ。
「この場面で出たくない〜」という文字が顔に浮かんでいるようなジョーダンの表情に気づかなかったフリをした私。

苦しい時間帯に、テアが個人技で得点をもぎとります。
マテアも戻って、引き続き1点のリード。

19−18で残り30秒を切っていました。

そこでタイムアウトをとった私は、きっかけの確認をして、できるだけ冷静に選手に声掛けをしました。

ゆっくり攻めて、時間を使って・・・落ち着いて・・・っていう場面でやっぱり、あ〜〜〜ミスが出た!!
ラスト5秒で速攻のシュートを決められて延長突入。

勝利を目前にミスから速攻を決められた選手たちは愕然とした様子でした。

延長戦は、最初の1点が決まった時点で終了という無情なルール。
カップ戦などに多い特別ルールですが、通常の5分ハーフの延長戦に比べて緊張感が半端じゃありません。

コングスヴィンガーボールでスタートしたこの延長戦。

ベンチから見ていても、両チームの選手全員が慎重になっているのが手に取るようにわかりました。

ミスをして相手ボールになれば、その攻撃で試合が決まるかもしれない。
そんな心の声が聞こえてくるようでした。

ヨーヴィク気合のDFに攻めあぐねるコングスヴィンガーでしたが、攻撃の最後に放つシュートにはヒヤリとさせられました。
でも、どんなに速くてコースをついたシュートも、キーパーサイドを確実にシャットアウトしたイングヴィルのおかげで得点になりません。

ヨーヴィクはOFでは、足の動きが止まってパスを回してばかり。
消極的な攻撃から放たれるシュートはやはり相手ゴールに決まりません。

両チーム、3回ほど攻防を繰り返した時だったと思います。
再び、マテアが接触プレーで倒れこみました。

今度は簡単にコートに入るまい、と心に決めていた私。の横をダッシュで通過してマテアのもとへ向かうエリン。

ああ、エリン。

もう一度、ベンチ待機の羽目になったマテアの代わりに、今度は神経の図太いマリンを左サイドから左45へスイッチしました。

あんなにパワフルでスピードあふれるハンドボールを展開していた選手たちがこんなに変わるものかな・・・と思い始めたその瞬間、試合を決める一打を放ったのは、サウスポーのテアでした。

アウトカットインから倒れこんで、全力でシュートを打ったテア。
そのボールがゴールラインを割って、ホイッスルが鳴りました。

駆け寄るチームメイト。

歓喜の瞬間でした。

抱き合う選手たちを見て、一緒にベンチで叫んだエリンとヨルゲンの笑顔を見て、嬉しさでいっぱいになりました。

最高の笑顔で表彰式を終えた選手たちは、ロッカールームでアルコールなしのシャンパンシャワー。

1年間、一緒に歩んだ選手たちの成長を喜んで、選手たちの努力が報われたことに感謝した瞬間でした。


IMG_4677この日の夜はエリンの家で選手たちと寿司パーティー。

選手たちたっての要望に応えて、みんなでワイワイ寿司作り。

とっても楽しい夜でした。



まだまだ続くよ。怒涛の3月・・・その三へ続く。

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2017年04月24日

素晴らしきかなハンドバル〜その一〜

17016014_10155129366157220_1491823540983722600_o2016/2017シーズンは、選手としてだけでなく、コーチとしても充実した楽しいシーズンを過ごすことができました。

今週と来週は、コーチとして選手たちと歩んだシーズンの怒涛のラスト数週間を、写真とともに振り返ります。



DSC046643月9日のホーム最終戦の翌日は、いまさら感が半端ない「1999年生まれ男子チーム、2015/2016シーズンの打ち上げ」がエリンの家で企画されていました。

昨シーズン、ヨーヴィクU16でプレーしていた選手12人中11人が集合。
監督のヨアキムも打ち上げのためにHamarからヨーヴィクに足を運んで、楽しいパーティーになりました。

スタートの時間より少し遅れてエリンの家に着くと、リビングでくつろいでいた男の子たちが玄関までやってきて、一人ひとりハグしてくれました。
キャプテンのヘンリック、長身エースのペッター、オールマイティープレーヤーのシャルベン、エリンの息子・負けん気の強いヴィリアム、期待の大型ポスト・マルクス、全身バネのロイ、私にやたらなついてくれていたこれまた全身がバネのようだったシオン、パワーチーム一のマリウス、ガッツ溢れるプレーのクリスティアン、やんちゃなサンダーに、センスの光るプレーのルートヴィク。

試合会場やフィットネスクラブで会って話したりする選手もいるけど、すごく久しぶりの選手もいたし、なにより、週に2〜4回必ず会っていたあの2年間を思えば、会えないことが普通になった今がとても不思議です。

190僂鯆兇┐襯撻奪拭爾篭むようにハグしてくれました。
クロスフィットに新たな楽しみを見つけたマリウスは、ムッキムキの体になっていました。
そして、当時チームの中で唯一身長が伸びきっていなかったルートヴィクは、最後に会ったときよりずっと背が高くなっていました。

ヨーヴィクのU16のチームがなくなった後も、7人が隣町のTotenやミューサ湖対岸のHamarでハンドボールを続けていて、その活躍を耳にしたり、実際に目にすると、本当に嬉しい気持ちになります。
コーチ冥利に尽きる、と思う瞬間です。

ピザを食べながら監督のヨアキムや打ち上げに来ていた選手の両親と話し込みました。
お互いの近況報告、ヨアキムが今シーズン受け持っているU14の男子チームの話、選手たちのハンドボールの話、私の今シーズンの話、等々。

食後にはマリウスが用意していた「ヨーヴィクHK早押しクイズ」で選手も親もコーチも全員で大盛り上がり。

その後は、選手たちが座っていたソファーに移動して、みんなの近況を聞きました。
変わっていないんだけど、でも変わってる。
みんな少年から青年に成長しているなぁ・・・としみじみ実感しました。

DSC04666男の子たちが帰った後は、ヨアキム、エリン、ハイディ、ヤン・エリックと熱くて深い話をしながら。夜が更けていきました。

本当に素敵な打ち上げパーティーでした。

ヨアキムの緩い感じも、両親の情熱も、男の子たちの優しくて、でも熱い性格も、チームの雰囲気も、全部好きだったなぁ、と懐かしく思い返した夜でした。



その翌日、3月11日の土曜日は、セカンドチームが登録しているU18のシーズン最終戦2試合がありました。
アウェーで、1位のStorhamarと3位のStorhamar Eliteとの対戦でした。


セカンドチームは、4部リーグとU18の2つのカテゴリーでシーズンを戦っていました。
3月は、U18の全国リーグの試合も含めて、セカンドチームの選手が出場する試合が、な、な、なんと11試合!!
当然、一人の選手を11試合に起用するわけではなく、1週間2試合をマックスとして、個々の選手のコンディションを考えながら、1軍チームや本来ならU16でプレーする2000年生まれチームの選手を助っ人に呼んで、なんとか全試合をこなした、というような状況でした。


この時点で、U18カテゴリーの2位に位置していたヨーヴィク。
この日のダブルヘッダーでは、4部リーグやU18全国リーグへ出場している選手は1試合だけ、U18をメインに試合に出場している選手は2試合に起用することにしていました。

1試合目、1位のStorhamarは2000年生まれの選手たちで、速いボール運び、速攻が際立つチームでした。
キーパーはシリエ、イングヴィルの2人、フローターはマテア、イェニー、テア。ポストのヴィルデ、サイドはエマとトゥルーデ+2000年チームからの助っ人、フローターのテア、フローター/サイドのハナ、ポスト/サイドのマッテの11人。
セカンドチームで中心選手のマテア、テアが素晴らしいコンビプレーで前半にチームをけん引すると、後半のラスト大事な時間にはエースのイェニーが個人技で得点をもぎとりました。

今シーズン、驚きの成長を遂げたポストのヴィルデはDFの中心としてStorhamarの攻撃を抑えて、エマとトゥルーデもしっかりとサイドの役割を果たしました。
キーパーコンビのシリエとイングヴィルもノーマークを弾いて、チームを勢いづけました。

2000年チームの3人も要所で活躍して、27ー16(12ー7)で快勝。

最高の試合でした。

この勝利で一気に首位に躍り出たヨーヴィク。

1時間ほどの休憩をはさんで再びロッカールームに集合した選手たちは、リラックスした雰囲気を漂わせていました。

センターのマテアとサウスポーフローターのテアを1試合で帰らせて、普段左45でプレーするイェニーをセンターにする、と決めていた私。
イェニーが休憩するとき、もしくは攻撃がうまくいかないときに、センターでプレーする選手を指名しようとして、『イェニーの代わりにセンターに入るのは〜〜〜』・・・

「は〜〜〜」を伸ばしながら、ロッカールームに座る選手を見てビックリ。
センターの代わりになる選手が見当たらないまま端から端まで見回してしまいました。

慌てて、2000年チームでセンターもプレーしているテアを指さしてその場をしのいだ私。

その後にも、『ヴィルデとイェニーが6:0DFの3枚目でスタート。その代わりに3枚目を守るのは〜〜〜』って言いながら、また誰も見つけられずにロッカールームを端まで見回す羽目に。

自分で選手を決めておいて、本気で思った。

「誰だ。このチーム選んだの」

そんなチーム構成に一抹の不安を抱きながら始まった第2試合。
開始から5分と経たずに、予想以上のStorhamar Eliteのパワーとスピードに圧倒される・・・と思いきや、この日のヨーヴィクには相手を上回る勢いがありました。

2試合目から出場のスピードスター・マリンがセオリーをガン無視したプレーで得点すると、1月にTotenから移籍してきたハナRが大砲のようなシュートをゴールに突き刺します。
2000年チームの3人も伸び伸びとプレーしていました。

右45で出場したハナFは7得点の大爆発。本人ですらどこのコースへいくか分からない必殺のアンダーシュートに翻弄されて、位置取りが完全におかしくなった相手キーパーが気の毒になったほど。

変則の5:1DFで試合をスタートさせたStorhamarは、6:0、3:3、5:1、6:0と目まぐるしいほどにディフェンスシステムを変えて、勢いだけで得点が止まらないヨーヴィクの攻撃に打つ手がありませんでした。

29ー21(14−12)でこの日2度目の快勝。

次々に変わるDFシステムに焦ることなく、そして監督の浅い読みで薄〜くなった選手層にも負けず、一人ひとりがそれぞれの良さを十分に発揮した勝利でした。

選手も親も一緒にベンチに入ったエリンも大喜び。


ライバルのStorhamarに連勝して、U18のシーズンを1位で終えて、本当に嬉しそうな選手たちの笑顔が心にはっきりと刻まれました。

1998年生まれから2001年生まれまで4学年をまたいだ即席チームでも、一人ひとりがハンドボールを楽しんで、チームのためにプレーして、選手たちのモラルを感じた最高の試合でした。


選手たちと一緒に喜んで、勝てたことにホッと一息ついて、でもまだまだ試合の続く3月。

コーチとして気の抜けない日々・・・その二へ続く。

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2017年04月17日

今年のイースター

IMG_49144月9日から17日まではイースター休暇でした。

その休暇に合わせて、ドイツからレア、ザビーネ、フランクが遊びに来てくれました。

ツヴィッカウでプレーしていた頃、私の大ファンだったレアは、当時9才。
身長も私の胸くらいまでの、小さくて可愛らしい女の子でした。

そのレアが、私のユニフォームを最終戦後のオークションで競り落とすために、お小遣いを少しづつ貯めている、と聞いたのは、2011年の年末か2012年の年が明けてすぐだったと記憶しています。

家のクローゼットから前のシーズンのユニフォームを引っ張り出して、4月の10才の誕生日にプレゼントしたときの、目を輝かせて喜ぶレアの表情が印象的でした。

その時すでにツヴィッカウを去る決断をしていた私は、まさか、フランクフルトへ移籍後も、海を渡ってノルウェーに生活の場を移した後も、レアとレア家族とこんなに長く縁が続くとは思ってもいませんでした。


昨年のクリスマスプレゼントに、「今学期の成績が良かったらノルウェー行き」のチケットをもらったレア。
「おかげで、今までで一番いい成績だったのよ」と、こっそり教えてくれたザビーネの言葉に思わず笑みがこぼれました。


12日の水曜日のお昼にオスロ着、17日の早朝にオスロ発の5泊6日。
レア、ザビーネ、フランクとこんなにゆっくり話をして、たくさん笑って、長い時間を一緒に過ごしたのは本当に久しぶりでした。


イースターの同じ時期、スウェーデンの実家へ家族と一緒に帰っていたシャロットが、「家を自由に使っていいよ」と言ってくれたので、ホテル住まいにならずに4人でずっと一緒に行動できました。

以前からなにかと私を助けてくれるシャロット。
車を貸してくれたことも何度もありました。
でも、シャロットの家は豪邸って言っても過言ではないくらいの大きな一軒家。
その家の鍵を私に預けるなんて・・・すげーな、の一言。

私が個人的に持ち合わせる優しさとか信頼とか、そういうものを遥かに超えるものを、きっとシャロットは心に持っているんだと思います。


IMG_4833着いた日は買い出しをして、遅めのお昼ご飯を食べたあとにミューサ湖を散歩。

久しぶりの再会に、話が途切れることがありませんでした。

夜もご飯を食べながら、お酒を飲みながら、ず〜っと笑顔の絶えない時間が続きました。


IMG_4856翌日は朝からまさかの雪景色。

3月中旬からすっかり春の装いだったヨーヴィクが、冬に戻ってしまったようでした。

どうせ雪ならさらに雪の深いところへ、ということでリレハンメルへ。

ジャンプ台の頂上から900段の階段を下りて、長〜い階段を再び上がって、スタートの位置に立ってみて、それからスキー場に向かって、クロスカントリーが盛んな山の山頂まで行って・・・。
ウインタースポーツの街を満喫して、メインストリートを散策して、ヨーヴィクへ帰ってきました。

IMG_4865夕方からはザビーネご要望のお寿司教室。

最近、私の寿司握り頻度が半端じゃないけど・・・ザビーネもレアも、お兄ちゃんのオリバーもお寿司が大好きと聞いたので作り甲斐がありました。

覚えの早い器用なザビーネ。


IMG_4869ドイツ人と寿司inノルウェー。

なんかインターナショナル。




IMG_4893次の日は、気温が少し上がって晴れ間が出ていたので、サイクリングデーになりました。

スタートした後に聞いたら、レアたちはツヴィッカウで自転車を漕ぐことは滅多にないそうで、なるほど、だから試験走行中にザビーネはフラフラしてたのか、と納得。

途中、ギアが変えられないレアの自転車と、私の自転車を交代した後は、今度はレアが蛇行しながら坂道を登るはめになりました。
山の下へ落ちるんじゃないかってドキドキしながら、追い越す車に同情しながら、レアを見守りました。

1時間をかけて見晴台まで自転車を漕いだ後は、最高の街並みを眼下にとらえることができました。
カフェで休憩をして、山を少し歩いて、そこでもまた最高の景色。

たくさん写真を撮って、満足して、楽に坂を下って家路に着くはずが・・・極寒。
風を切って山を下っていく道のりで、手が凍えるほど寒い思いをしました。

家に着いて暖をとって調べてみたら、気温2度。

なるほど、ぽかぽかサイクリングの陽気じゃないわ。


IMG_4925夜はドイツソーセージとドイツビール。

ノルウェーにいて、ドイツへワープしたようでした。




IMG_4984土曜日は午前中に買い出しを終えて、オスロへ。

王宮、オペラ、市庁舎、港、ジャンプ台・・・10キロ近く歩いて、オスロの街を色々と見て回りました。

街歩き中、レアが気に入ったTシャツがあったので、一緒にサイズを選んで、誕生日プレゼントに買ってプレゼントしたら、とても喜んでくれました。

歩き回った一日。夜は疲れて早め就寝の予定でしたが、大きくなって夜更かしができるようになったレアが、学校のこと、ハンドボールのことを話してくれたので、2人で遅くまで起きていました。

いつの間にか身長も越されて、話し方も話の内容もすっかりお姉さんになったレアの成長に、改めて驚きを感じました。


IMG_5056日曜日はヨーヴィクでのんびりと。

朝食の後は、トゥーネとジモーネが来て3年ぶりの再会。
トゥーネが仕事に行った後、シモーネとフランクが政治の話で盛り上がりだしたので、私はレアとザビーネとトランポリンをしたり、ゲームをしたりしていました。

夕方からはキョン、ローゲルも合流してボーリング。
レア家族とは、ツヴィッカウで何度かボーリングに行ったことがあるので、懐かしさが込み上げてきました。
思ったようにいかなくて拗ねるレアも、そのレアを優しく見守るザビーネも、淡々と自分の勝利のチャンスを狙うフランクも、いつものまま。

IMG_5060みんなと別れて家に帰ってからは、3年前にも一緒に遊んだゲームをしました。

私がレアと組むと、なんのゲームをしてもだいたい勝ってしまうので、ことあるごとに「ズルしてる」とケチをつけてくるザビーネとフランク。
この日は、文句のつけようもないくらい、レア&エミの圧勝でした。


月曜日は、3時に起きて4時には出発でした。

6時前にオスロ空港に着いて、チェックイン後に一緒に朝食をとりました。


12才から15才になったレアは、もう子供とは言えないくらい少女になっていました。

でも、別れるときに泣き出したレアは、出会った頃と変わらないままの、私が知っているレアでした。
そして、そんなレアを見て涙を流すザビーネも、全く変わらないままでした。



こうやって会いに来てくれる人がいる。
想ってくれる人がいる。

出会いと縁に感謝した、今年のイースター休暇でした。

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